トロールが学校に侵入するという事件の起こったハロウィン後。結局トロールたちの侵入経路などは分からなかったとのことだが、学校はとりあえず平穏を取り戻した。
ハロウィン直後は事件に関して様々なうわさが飛び交っている、というのを咲耶たちは人づてに(主にフィリスから)聞いた。
曰く、
“あの”ハリー・ポッターが迷い込んだトロールを退治した。
新任のスプリングフィールド先生が雷を落して退治した、いや氷漬けにして砕いた。
トロールはホグワーツに隠された秘密を暴くために送り込まれた。
ハグリッドが森で飼っていたトロールが酔って入り込んだのだ。いや、スリザリンが招き入れたのだ。 …………などなど。
色々と噂が流れたが、ハロウィンの浮かれた雰囲気があっという間に消えたように、日々の授業の大変さに噂もすぐに鎮火していった。
噂の一端である生き残った少年も、クィディッチの練習や授業の課題によって慌ただしそうに日々を過ごしていた。
第12話 吸血鬼の真祖とは怪物である
慌ただしい授業の一つ。
多くの新入生が心待ちにしていたであろう闇の魔術に対する防衛術。闇の勢力の恐怖が色濃く残るこの地だからこそ、それに対する備えであるこの科目に対しては入学当初、期待をもって臨む学生が多い。だが流石に3年生ともなれば、多くの者はそこに過剰な期待を寄せることはなくなっていた。
「きき、今日の授業は、きゅ、吸血鬼についてです」
とりわけ今年の防衛術の教師、クィリナス・クィレルの評判はあまり良くない。
この教師、友人たちに聞いた話によると、一昨年くらいまではマグル学を教えていたのだが、修行のため他国を巡り、なぜだかおどおど教師となって帰ってきてから防衛術の教師になったとのことだ。
ちなみに前年の防衛術の教師も、その前の教師も任期は1年しかもたず、それはここ数10年間ずっとだということらしい。
そんな中で、海外に修行にでていたクィレル先生の授業だが、その内容は非常に残念なモノだった。
おどおど、きょどきょどとした授業態度はもはや仕方ないが、教室内は常ににんにくの臭いが立ち込めており、防衛術というお題目はあるものの授業内容はほぼ座学のみで3年生においても実技は全くなかった。
「クィレル先生、今日はいつにもましてきょどってるな」
「まぁ、内容が吸血鬼だしね」
生徒の大半もこの授業に関しては(占い学や魔法史と並んで)不真面目な者が多かった。
実技系を好むリーシャもあまりこの授業は好きではないらしく、いつにもましてカミカミなクィレル先生の授業に小さな声でフィリスとおしゃべりしていた。
「吸血鬼がどないしたん?」
「あぁ、あっ! えっと……」
フィリスの隣に座っていた咲耶が聞こえてきた単語に興味をひかれて問いかけるが、フィリスはすんでのところで咲耶と吸血鬼の関係、占い学で予言された不吉の象徴を思い出して言い淀む。
ちなみに死の予言に関しては、スプラウト先生曰く、トレローニー先生の毎年の恒例らしく、着任以来ずっと続けている儀式だが、未だに誰も死んではいないらしい。
ただそれでも、占いを信じやすい性質らしい咲耶を気遣ってフィリスは言葉を探した。だが、そんなフィリスを裏切るようにあっさりと占い学をとっていないクラリスが告げた。
「クィレル先生はルーマニアで吸血鬼に会ったらしい」
「ルーマニア?」
「そこで恐ろしい目にあって、以来頭のターバンにニンニクを仕込むようになった……らしい」
クラリスの言葉に咲耶は、クィレル先生のターバンに視線を向け、
「ホンマ?」
「さぁ? でもまあかなり怖い目にあったのは事実らしいよ。マグル学教えてた時はあんな感じじゃなかったし」
意外そうな顔で友人たちの方に振り向いた咲耶にリーシャは肩を竦めて返した。
「・・・また、きゅ、吸血鬼は、一般的に、じゅ、十字架とにんにく、そして太陽の光と、流水が、じゃ、弱点と言われていますが、れ、例外があります」
生徒たちは眠たそうにしている者、にんにくが苦手と聞いてくすくす笑いをしている者などいるが、クィレル先生は相変わらずおどおどしながら板書をとっている。
「ま、魔法界に古くから伝わる伝説上の怪物、し、真祖の吸血鬼には、弱点がない、不死の化け物だと、い、言われています」
「せんせー、不死ならなんで今、その真祖の噂を聞かないんでしょうか?」
「ひっ! あ、あくまでも魔法界に伝わる、伝説ですから……ま、魔女狩りの最中に生み出された、ま、マグルの妄想の、さ、産物と言われて、い、います」
あまりにおびえた様子で授業するクィレル先生の様子に、生徒の一人が茶化したように質問をした。
マグルの妄想の産物、あるいは見間違い、というのは旧世界においては比較的よくあることだ。
中にはマグルをからかうために、魔法族の者が魔法を使って騙したなどということもよくあり、マグルとの共存派の魔法族にとっては頭の痛いこととなっている。
「うさんくさい話だよなー」
「魔法界の話なら、サクヤ知ってる?」
不死の怪物
その言い草に、リーシャとフィリスが異なる魔法世界ではどのようなものか聞こうと尋ねた。だが、その返答が得られることはなかった。
「残された伝承によると、し、真祖は、悪逆の限りをつくした残酷な、や、闇の魔王だとも、い、言われています」
「むぅ……」
「サクヤ?」
咲耶は、クィレル先生の真祖に関する説明に眉根を寄せてどこか不満そうに頬を膨らませていた。
・・・
闇の魔術に対する防衛術の授業が終わり、寮へと戻ってきた咲耶たちだが、
「なんか機嫌悪いな、サクヤ」
「やっぱ占いのこと気にしてるのかしら……」
授業中から頬をふくらませて不機嫌そうにしている咲耶に、リーシャとフィリスは小声でひそひそと話をしていた。
八つ当たりじみたイライラだということは本人も理解しているのだろう。心配そうに様子をうかがうクラリスに、咲耶はため息を一つついて立ち上がった。
「そろそろ、いつもの補習の時間やからリオンのとこ行ってくるな」
「あれ? 今日もあんの?」
「今日は遅くならないようにね」
リーシャとフィリスから意外そうな声が返ってきて咲耶は首を傾げた。補習はだいたいいつもやっていることだから、今日に限ってそのように言ってくるのが少しおかしかったからだ。
「今日て、なんかあるん?」
とりあえず分からなかったので、咲耶は首を傾げて友人たちに問いかけた。だが、リーシャたちはぽけっと呆気にとられたように顔を見合わせた。
「何って、サクヤ。明日はいよいよクィディッチのシーズン開幕じゃんか!」
「はえ?」
「明日はグリフィンドールとスリザリンの開幕戦よ」
何を言ってるんだとばかりの二人に、今度は咲耶がぽかんとした表情となった。たしかにクィディッチのシーズンが始まるということで、学校では徐々に盛り上がりを見せてはいるのだが、
「え、ハッフルパフとかリーシャはでえへんよ、な?」
自寮であるハッフルパフは第2戦。
先だってのクィディッチチーム選抜試験で見事メンバー入りを果たしたリーシャだが、当然、他チームの試合には参加するはずもない。
咲耶にとってクィディッチはまだ見たこともないスポーツであり、多少の興味はある、といった程度のものだった。だが、その反応は正しくはなかったようだ。
「何言ってんだよ! 総当たり戦なんだから、どこのチームの試合でも大切に決まってるだろ!!」
「あのハリー・ポッターがでるのよ! 1年ながら、クィディッチ好きの“あの”マクゴナガル先生を認めさせたほどの選手なのよ!!」
きょとんとした咲耶に対して、二人は各々、クィディッチ熱とミーハー熱、それぞれの立場からの見どころを熱く語った。
「特に第2節じゃ、うちがグリフィンドールと当たるんだ! キャプテンのウッドはうまいキーパーだし、ビーターのウィーズリーコンビはチェイサーの私にとっちゃ天敵みたいなもんだし! それにポッターの腕前しだいじゃ、セドリックも危ないかもしんないし!!」
「グリフィンドールの子に聞いたんだけど、ハリー・ポッターのあの箒、やっぱりニンバス2000で、用意したのもマクゴナガル先生なんだそうなのよ! あの厳格な先生にそこまでさせるんだから、きっとすごい腕前なのよ! 上級生の中にはもうサインをもらっておくべきじゃないかって、人たちもいるくらいなのよ!!」
戸惑う咲耶に左右から詰め寄り、
「だからサク、あだっ!!」
「サクヤ、もぺっ!!」
捕捉しきる前に、背後から無表情なクラリスのチョップを喰らって頭を押さえた。
「サクヤ、今のうち」
「はぇ、えーと……ほな、よろしくな、クラリス」
非常に強い魔法族のクィディッチ熱(とミーハー熱)。
そんなこんなで、翌日はクィディッチ開幕。対戦カードは伝統の第1戦。
グリフィンドール 対 スリザリン
・・・・
翔け抜ける箒に跨る魔法使い。
赤字のユニフォームと緑字のユニフォームが目まぐるしく中空を飛んでいた。
「ひゃー。早いなぁ」
右から左へ、あっという間に過ぎ去った選手の姿に咲耶は好奇心にわくわくとした顔をしていた。
リーシャやセドリックの練習を見学して、クィディッチの選手の箒捌きがすごいのは知っていた。
だが、それにもまして試合での選手の動き、グリフィンドールとスリザリンの選手たちの動きは速かった。三次元的に動く選手たちの動きに、咲耶の顔が右に左に揺れる。
「な! 迫力あるだろ、サクヤ! ほら! そこ! ぐわっ!!」
「説明になってないわよ、リーシャ」
スリザリン、グリフィンドール、スリザリン。めまぐるしくボールが行き来し、リーシャのテンションも上がる。試合前には咲耶をクィディッチフリークにしてみせると意気込んでいたリーシャだが、テンション上がりすぎてすでに解説の様相を呈しておらず、フィリスが呆れ混じりにツッコミを入れた。
スリザリンの選手が過激なタックルでボールを奪い取れば、グリフィンドールのビーターがブラッジャーをかっ飛ばして奪い返した。
クアッフルが右に左に飛び交うのに合わせて身を乗り出して顔を左右に動かす咲耶の体も揺れた。
目を回しそうなほどに顔を行き来させる咲耶の頭に、目覚まし時計を止めるように手が載せられた。
「みぎゃ」
「鬱陶しいわ」
リオンの掌が目の前を揺れるように体を動かしている咲耶の頭を固定し、咲耶は着地に失敗した猫のような声を上げて動きを止めた。
昨日、咲耶からクィディッチ観戦の話を聞き、ほぼ無理やりに引っ張ってこられたリオンは不機嫌そうな顔をしながらも、律儀にも咲耶の隣で試合を観戦していた。
三次元で高速に飛び回る選手の動きを捉えられない咲耶と異なり、しっかりと箒の動きを見つめられているようなリオンの様子にフィリスがふと気になったように尋ねた。
「スプリングフィールド先生は、以前にもクィディッチ見たことあるんですか?」
「いや、ない。どういうルールなんだ?」
「えっ?」
フィリスの問いにあっさりと否定して答えたリオン。この先生だったら、そういうこともあるかと思いきや、意外にも興味を傾けてきたことに意外感をもって振り向いた。
「なんだ?」
「いやー、スプリングフィールド先生って、てっきりこういうのに興味もたないかと思ったもんで」
同じように驚いた顔をしていたリーシャが言うと、その隣ではクラリスがこくこくと頷いていた。
「こういうのも風情だからな。それで。点が入っているみたいだが、これはどうすれば勝ちなんだ?」
微笑みながら、食いつきよく尋ねるリオンの様子に咲耶は相変わらずにこにこ顔でその様子を眺めており、リーシャたちはわずかに顔を見合わせてからルールを説明した。
1ゴール10点のボール、クアッフルがあること。クアッフルを運ぶチェイサーが3人いること。選手を妨害するブラッジャーがあること。ブラッジャーの攻撃を防ぐビーターが2人いること。クアッフルを入れるゴールが3つあり、それを守るキーパーが一人いること。
そして
「―――それでシーカーがスニッチを捕まえたら150点入って、同時に試合終了になるんです!」
「スニッチ?」
「小さい、金色のボールです。スゴイ速くて、見つけるのがまず難しいんですよ」
リーシャが主となり、フィリスが補足を入れるように説明し、試合の終了条件まで説明した時、リオンが選手が飛びまわる周囲から少し離れた地点に目をやった。
「小さい、金の……あれか?」
「え?」
「あっ!! スニッチだ!」
リオンの言葉に、咲耶たちが視線を向けた。
そこにある金に輝く小さなゴルフボールぐらいの輝きにリーシャが驚いたような声を上げた。それとほぼ同時に、観客の幾人かや実況役のリー・ジョーダンもスニッチに気づいて声を上げており、グリフィンドールのシーカーであるハリーも気づき、箒をそちらに向けて加速させた。
「ポッターが速い!」
「ここで獲れば、グリフィンドールの、あっ!!」
150点の加点は重い。
ここでハリーがスニッチを獲れば、圧倒的大差でグリフィンドールがスリザリンに勝つ。その期待に、リーシャやフィリスが声を弾ませ、その光景を目にする前に別の驚きに声を上げた。
ハリーがスリザリンのキャプテンの体当たりを受けてリング外までふっとばされた。あわやの事態に観客が息をのみ、マダムフーチが怒りながらスリザリンのファウルを取った。
「ひゃー、危なかったな、ハリー君」
「っぶねーなー。やっぱスリザリンはラフプレーが多いから、セドリックも気を付けねーと」
絶妙な箒捌きでなんとか墜落を免れたハリーの姿に咲耶やリーシャ、観客たちがほっと胸を撫で下ろした。
ファウルからシュートチャンスを得たグリフィンドールだが、怒りに集中を途切れさせたのか、シュートを外し、逆にスリザリンは危機を乗り越えたことで勢いづいたのか得点を重ねた。
スリザリンのファウルにより、動きの速いスニッチは再び姿を消し、クアッフルによる点取り試合が再開された。
勢いづくスリザリンに対して、なんとかウッドたちが盛り返そうとして試合は盛り上がりを見せ始める中、ふと咲耶が試合の中心であるチェイサーたちから離れた位置にいるハリーの動きがおかしいことに気がついた。
「なあ、リーシャ。ハリー君、あれ何しとるんかな?」
「ん? ……なんだ?」
「どうしたのかしら?」
言われてリーシャとフィリスたちも視線を向けると、たしかにシーカーであり、チームで最も箒捌きが巧い筈のハリーが奇妙な行動をとっていた。
急に後退したかと思うと、今度はいきなり前進し、細かく左右に揺れたかと思うと捻るように傾いた。その動きはまるで、ハリー自身が振り落とされているかのようであり、
「箒のコントロールを失ってる!」
「えっ!?」
気づいたリーシャが驚きの声を上げ、その事実に咲耶たちがギョッとした顔となった。
試合の展開から離れた位置にいたために気づくのが遅れたようだが、他の観客たちも次第次第にハリーの動きがおかしいことに気づき始めたのか、心配するような声が大きくなり始めた。
「ヤバい!!」
次第次第に、振り落とそうと揺れる動きが強くなり、遂に堪えきれなくなったハリーの体が箒から放り出された。
「きゃぁっ!!」
「り、リオン! どないしよ!?」
まさかの事態に悲鳴が上がる。
地面に叩きつけられる姿を想像した観客だが、ハリーは体こそ箒から放り出されたものの、なんとか両手で箒にしがみつき振り落とされないように耐えていた。
咲耶は取り乱したようにリオンの袖を引っ張ってハリーを指さした。
「どうもしなくても大丈夫だろ」
あぶぶと慌てる咲耶にガクガクと揺らされながらハリーの方を眺めるリオンは、素っ気なく答えた。
「大丈夫じゃあらへんよ! このままやったらハリー君がトマト的な感じになってまうやん!」
「ちょっ! トマっ!?」
あっさりと見離された友人の安否に、咲耶が少し焦りながら詰め寄った。ただ、咲耶の物言いにリーシャが呆気に取られている。
リオンもあまりと言えばあまりの例えに呆れたように咲耶をちらりと見て、やる気なさ気な視線を落ちそうになっているハリーに向けた。
「こんだけ魔法使いがいるんだ。落ちたら落ちたでミネルバ・マクゴナガルあたりがなんとかするだろ」
「ほぇ?」
「いや、それ! ん? それも、そう、か?」
リオンのあっさりとした言葉に咲耶が呆気にとられ、反論しようとしたリーシャも、思い出したように言葉を止めた。
クィディッチの試合はたしかに危険なものだ。
世界大会では行方不明者が出て、しばらく後に別のところで発見されたといったことや、学校の試合でも骨を砕かれたなどということがあったりする。
だが、それでもクィディッチ好きのリーシャの記憶にも、死者がでたような事故が起きた記憶はなかった。それはつまり、しっかりと安全対策が施されているからに他ならない。
墜落しそうになっていたハリーは、なんとか落ちる前に箒のコントロールを取り戻し、試合へと戻った。
試合はその後、ハリーがスニッチを口でキャッチするという珍事で終了を迎え、スリザリンが抗議の声を上げるが、結局グリフィンドールの勝利で幕を閉じた。
「くぁー。やっぱグリフィンドールかー」
「試合内容はともかく、少しきつくなったわね」
昨年までのクィディッチ対抗試合は、スリザリンの1強だった。だが、そのスリザリンが負けたという事は、それだけグリフィンドールが強いという事だ。
強敵との試合を想像してか、リーシャはからっとした笑みを浮かべており、フィリスはそんなリーシャを微笑ましげに見ていた。
咲耶もそんなリーシャを愉しげに見ていたが、ふと隣に座るリオンを見ると、競技場とは別の方向を見ていることに気づいて問いかけた。
「どないしたん、リオン?」
「……別に」
咲耶の問いに、リオンは少し間をあけて、とぼけるようにそっぽを向いて答えた。
視線の先、ボヤ騒ぎが起きて慌てふためく同僚と、どこかで見たような気のする女生徒がこそこそと逃げ出している光景など、敢えて伝えようとは思わないリオンであった。