春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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冬期休暇と和風の文化

 マグルの立ち入らぬ奥深き森の中。荘厳に聳えるホグワーツ城の周りは今、深い雪に覆われつつあった。

 クリスマスが間近まで迫り厳しくなる寒さの中、心を逸らせていた待ち遠しい休暇がついに到来した。

 

 休暇に入り、一時帰宅する者、寮に残る者。

 当然とまあその通りだろうが、咲耶は帰国はせずに寮に残ることを早々に決めており、それを受けてかリーシャとフィリスも寮に残ることを選んだ。

 咲耶のルームメイトの中ではただ一人クラリスのみが帰ることを選んだようで咲耶たちは見送りのために玄関近くまでやってきていた。

 帰宅する生徒たちがそれぞれに荷物を運びながら、ハグリッドの先導でホグワーツ特急へと向かっている中、クラリスはむずがる子供のように咲耶にぽすんと抱き付いていた。

 

「どうしたん、クラリス?」

 

 クラリスが咲耶に抱き付くのはよくあることだが、なんだかクラリスが帰りたくはないけど帰らなきゃいけないと言っているように見えて宥めるように優しく声をかけた。

 声をかけられたクラリスは咲耶のぬくもりを確かめるようにぎゅっと抱きしめてから顔を離した。

 

「……なんでもない。サクヤ……」

「うん?」

「……行って来ます」

「うん。行ってらっしゃい」

 

 顔を離したクラリスの様子はいつもの無表情なクラリスに戻ってはいるが、咲耶にはそれがなんだかとても寂しそうに見えた。

 

 

 第13話 冬期休暇と和風の文化

 

 

 クラリスの居なくなった寮だが、居なくなったのは彼女だけでなく、大半の生徒は帰宅したらしい。

 いつもよりがらんとした談話室で咲耶たちは休暇を楽しんだ。

 休日前のホグズミードで買い込んだ大量のお菓子や魔法ゲームは初めての寮生活におけるクリスマスイブというイベントは咲耶を大いに楽しませ、24日の夜は夜更けまで笑い声が聞こえていた。

 

 

 そして12月25日。

 

 平日よりも少し遅くに起床した咲耶がベッドから降りるとベッドの脇にはルームメイトたちのプレゼントがデンと積まれていた。

 

「ほわぁ……プレゼントが山なっとる」

 

 日本に居た頃も一応クリスマスというイベントはやっていたりしたが、やはり本場は違うということなのだろう。プレゼントの多さにぽかんと口を開けているとルームメイトたちもカーテンを開いて起きてきた。

 

「メリークリスマス、サクヤ」

「メリークリスマス。リーシャ、フィー! 見て見て! プレゼントが山なっとるよ!」

 

 ふわわと欠伸をしながらのリーシャとすでに平常状態にまで起きているフィリスとクリスマスの挨拶をかわして改めてプレゼントに視線を向けた。

 

「ご飯の前にちらっと見てみる?」

 

 きらきらとした眼差しをプレゼントに向けている咲耶の様子にフィリスが微笑を浮かべながら尋ねた。案の定、咲耶は尻尾があればぶんぶんと振っていただろうぐらいに嬉しそうに頷いてプレゼントを見始めた。

 積み上げられていたプレゼントの多くは親戚の多いリーシャと校内で男子の人気の高いフィリスのものだったが咲耶の物もきっちりとあった。

 母からのプレゼント、祖父からのプレゼント、ネカネからの物まで有って咲耶は「ほわー!」と奇声を上げて喜びを表した。

 

「あれ、これ……?」

「どうしたの?」

「愛しのスプリングフィールド先生からのプレゼントでもあったか?」

 

 プレゼントの一つを手にした咲耶がその宛名に目を丸くしてその様子に二人が声をかけた。リーシャは咲耶が慕う保護者のプレゼントがあったのだろうとあたりをつけてにやにやしながら茶化すように言ってみた。

 

「うん。じゃなくて、ううん。リオンからのは無かったんやけど、これ。リオール君から」

 

 見つけたのはリオ……リオール・マクダウェルからのプレゼントだった。

 

「へー。そういえばサクヤ、ホグズミードの度に随分とリオール君と仲良さそうにしてたし、やっぱり彼。サクヤに気があるのかしらね」

「ひゅー。中身は? なになに? 開けてみよーぜサクヤ!」

 

 あれから何度かホグズミードへ行く機会があったのだが、普段どれだけ探してもリオールという少年は姿を見せないのだが、“なぜか”ホグズミードに行くときだけタイミングよく咲耶の前に現れてリーシャたちと買い物を楽しんでいたのだ。

 クラリスなどはせっかくスプリングフィールド先生からのお墨付きを得たのに余計なのが……と不満そうに睨んでいたりするのだが、当の咲耶は非常に親しげに腕を組んだりしているのだ。

 口笛を吹いてプレゼントに興味を抱いたリーシャの勧めに咲耶は頷きを返し、包装を丁寧に剥がした。

 

「うわっ! なにこれ!?」

「キレー……」

 

 出てきたのはおそらく魔法で創られた置物なのだろう。氷のような結晶の中にパチパチと電気が弾けては消えるイミテーションだった。

 

「…………」

 

 息をのんで氷に触れた。それにも何かしらの魔法がかかっているのか冷たくはなかった。そもそも寒くなってきたとはいえ暖をとっている室内に置かれていたにもかかわらず未だに欠片も溶けていないということは特別な魔法なのだろう。

 

「リオール君って4年生って言ってたわよね。一体どういう魔法を使ったらこんなの造れるのかしら」

 

 氷と雷の二重属性。

 これがどれくらいの持続効果があるかは分からないが、プレゼントで贈るくらいだ。少なくともそんなに短時間で消えるものではないのだろう。

 イミテーションの美しさもさることながら、先輩の底知れない魔法の技量にフィリスは感嘆した。

 

「何か手紙とかねーの?」

「……うん」

 

 これだけ手の込んだプレゼントをしておきながら一言もないことを訝しむリーシャだが、続けようとした言葉は咲耶の顔を見てやめた。

 

 言葉を告げる手紙はない。だがそれでも十分だった。

 教師と生徒じゃ一緒じゃない。そう言っていた口の悪い彼だが、きちんとプレゼントを贈ってくれたのだ。

 教師ではなく生徒として。

 これが彼の習得しようとしている魔法の練習の産物であることは付き合いのある咲耶には分かってはいたが、それでもプレゼントを渡してくれた。距離が縮まったように感じて、それがほんのりと嬉しいと感じていた。

 

 

 

 ・・・

 

 

 休暇は進み一週間後。

 

 その日の咲耶の衣装は普段とはまるで違っていた。

 いつもであればハッフルパフの寮の色である黄色と黒のセーター、膝丈くらいのスカートに防寒用のレギンスを着用し、魔法使いらしい黒のローブを羽織っているのだが、その日の咲耶はルームメイトですら目を丸くする衣装となっていた。

 

「うわっ!! サクヤどうしたの、それ!?」

 

 着替えるのに時間がかかるからと先に談話室に出てきていたリーシャたちは、遅れてやってきた咲耶の姿に驚きの声を上げた。

 

「えへへ~。どかな、お正月らしい服にしたんやけど……」

「すっげー似あってる、サクヤ!」

 

 全体的に薄桃色の衣装。帯は若草色で締められており、披露するように両手を広げるふわりと桜があしらわれた振袖が揺れている。

 髪型もいつものストレートではなく、アップにしており、髪飾りとして花の細工の施された簪で止められていた。

 まるで日本のお姫様とでも題した絵から飛び出してきたような姿にリーシャが興奮しながら褒めた。

 

「ありがとうな、リーシャ」

「着替えるの遅くなるって言ってたのはそれのせい? すごいじゃない、それ。どうしたの?」

「クリスマスの時にお母様から送られてきとったんよ。せっかくやしお正月に着よう思うて。久々やったから着付けに時間かかってもうたけど」

 

 4人の中ではおしゃれに気を遣うフィリスは咲耶の艶姿に感心しつつ、なぜ急に日本らしい衣装を着ているのか問いかけた。

 その答えはこの日の日付にあった。

 

「そやそや。明けましておめでとうございます。今年もよろしゅうお願いします」

「お、おお!」

「ハッピーニューイヤー、サクヤ」

 

 本日、1月1日。

 異国の魔法学校で初めてのお正月を迎えていた。

 

「おはよー……ってうわっ! なにそれサクヤ!?」

「おは……スゴイね、サクヤ!」

 

 昨夜は夜更かしでもしていたのか寝ぼけまなこを擦りながら遅れて談話室にやってきたルークとセドリックも、咲耶の振袖姿を一目見て唖然として声を上げた。

 

「あ、ルーク君、セドリック君。明けましておめでとうございます」

 

 普段はほわほわとした感じの咲耶だが、こういう時は育ちの良さがでているのか、年始の挨拶を述べるときは両手を軽く伸ばして揃え、きっちりと頭を下げて礼をしていた。

 

「ハッピーニューイヤー、サクヤ。良く似合ってるよ、ニホンの服かい?」

 

 セドリックは咲耶の和服姿に目を瞠っていたがはっとして挨拶を返し、咲耶の姿を褒めた。

 

「うん。今から3人でリオン、センセのとこに挨拶に行くんやけど、よかったらセドリック君とルーク君もどかな?」

「それじゃあ……せっかくだし、ご一緒させてもらうよ」

 

 咲耶の提案にセドリックとルークは顔を見合わせ、せっかくなので同行することとなった。

 

 

 ・・・

 

 

 寮を出た時は5人だった一行は、目的地であるリオン・スプリングフィールドの部屋に着いた時には7人に増えていた。

 

「なんだこれ?」「サクヤ、これ日本の魔法使いのドア飾り?」

 

 ウィーズリーの双子、フレッドとジョージが道の途中で咲耶の和服姿を目にとめて、面白そうだと踏んだのか同道してきたのだ。

 二人はリオンの部屋の前に置かれている謎の物体をまじまじと見て咲耶に尋ねた。

 扉の両脇に左右で対になるように置かれた用途不明の松竹の飾り。中心に三本の竹が切り口を斜めにして突き立っており、その下に紅白の葉牡丹と長めの若松が添えられている。

 

「これは……門松やね」

「カドマツ?」

 

 さしもの咲耶も洋風のこの城内にある異物に呆気にとられているようで、咲耶の様子と謎の物体の名称にフレッドとジョージのみならずセドリックたちも首を傾げた。

 

「リオンもしかして……」

 

 風情を愛でるリオンの性格とそれをできるであろう魔法力に、とある予感をひしひしと感じながら咲耶は部屋の扉をノックした。

 少し待つと部屋の中からドアノブが回され、扉が開いた。

 

「――近衛様。おはようございます。マスターに何か御用でしょうか」

 

「…………は?」

 

 てっきりスプリングフィールド先生が出てくると思っていた咲耶以外の一同は呆気に取られて間の抜けた声を上げた。

 出てきたのは謎の女性。今日という日に合わせたのか和服を着用してはいるが、緑の髪をした無表情な女性が淡々と咲耶に要件を尋ねたのだ。

 

「明けましておめでとうございます。リオン居るかな?」

「おめでとうございます。マスターは御在室ですが、本日は元旦につき休日モードとのことです」

「そかそか、年始の挨拶したいんやけど、上がってもええかな?」

 

 突如教師の部屋から見知らぬ女性が出てきたことに一拍遅れてぎょっとしたフィリスたちだが、咲耶は気にせずににこにこと笑顔のままでぺこりと礼をして何事もなく部屋への入室許可を求めた。

 咲耶には入室の許可が出されていたのか、女性は扉を大きく開けて咲耶たちを招き入れた。

 

「なあ、サクヤ。あれ誰?」

 

 こちらです。と先導する女性の後ろ姿を見ながらリーシャが小声で尋ねた。

 もうお昼頃だとはいえ、部屋に見知らぬ女性(明らかに学生ではない)を連れ込んでおり、来客の応対までさせているのだ。その素性が気にならないハズもないだろう。

 

「ロボットのメイドさん。リオン、家事苦手やからそこらへんやってもろとるんよ」

 

 みんなの疑問を代表したリーシャの質問に咲耶はあっさりと答えた。

 

「ロボットって……」

「この学校って、たしかマグルの機械は使えなくなるはずじゃ?」

 

 答え方はあっさりしていたが、その内容はあっさりとしてはいなかった。

 生粋の魔法族であるウィーズリーやセドリックたちとはいえどもマグルが作っているというロボットなる機械については多少は聞いたことがある。だが、マグルの作るものが、こんなにも人とそっくりな行動をとることに驚きは隠せない。

 特に父親が熱心なマグル好きなフレッドとジョージにはいささかばかり関心をひかれるものだ。

 だが、セドリックはこの学校に仕掛けられたいくつかの魔法処置を思い出して首を傾げた。

 

 後ろの客人たちの会話が聞こえたのか、先導するロボットは後ろを振り向くことなく咲耶の言葉に訂正を入れた。

 

「正確には私どもはロボットではなくガイノイド、電気と魔力で動くオートマタに近い存在です。電力の補給は途絶えているため、現在はマスターの魔力で動いております」

「…………」

 

 正直、出てきた単語の違いは魔法族である彼らには理解できなかった。

 とりあえずあの教師は魔力でこんな人のようなものを自在に動かすことができるのかと納得した。主に尽くすしもべのような存在であれば、例えばホグワーツにいる屋敷しもべ妖精のようなものもいることだし、そうそう突飛ということはなかったからだ。

 ただ、部屋の中にはさらに驚きが待っていた。

 メイドロボット。もといガイノイドの説明を聞きながら先生の部屋へと足を踏み入れた一同は、目に入った光景に絶句した。

 

 教師の部屋らしく棚にはたくさんの書籍や巻物が置いてあり、研究室らしさを残しているが、内装はなんだかよく分からないことになっていた。

 部屋の一角には10枚ほどの干し草を編んだような床敷があり、その上には脚の短い机が置かれている。ただその机はテーブルのすぐ下にもっこりとした布団が挟まれており中の構造を見ることはできない。

 他にもおそらく暖をとるための器具なのだろう、抱えるほどの大きさの陶器の中に赤い光を灯す炭の入った物が置かれていたり、四角い器の上に生花が置かれていたり、壁には筆で書かれたと思しき書画が飾られていたりする。 

 ちなみにたくさんの本や巻物が置いてある棚には、なぜかそれに並んでやけに存在感を主張する洋風の人形が一体置かれていた。

 

 極めつけは先ほどのガイノイドと同じような女性が二人。

 一人は木製の大きなハンマーのようなものを振りかぶっては、同じく木製の置物に振り下ろしていた。ペタン! ペタン! と妙に気の抜ける衝撃音が鳴っており、振り下ろされる合間合間に潰されないよう絶妙なタイミングでもう一人が置物の上に手を差し入れていた。

 

 この室内では一体なにが起こっているのか。

 理解不能の事態に絶句している一同をよそに咲耶はお目当ての人物を見つけると顔をほころばせてトコトコと近づいていった。

 

「リオン! 明けましておめでとうございます。今年もよろしゅうお願いします」

「ああ。よろしくなー」

 

 赤い髪のリオンの近くにちょこんと正座して三つ指ついて丁寧に挨拶を述べた咲耶に、リオンは炬燵に足をつっこんで頬杖ついた状態で間延びした声で挨拶を返した。

 

「えっと、これは……?」

 

 朝から驚きの連続で、いい加減リアクションに困ってきた一同。

 咲耶はそんな友人たちをよそに裾を整えながらリオンの横に居座って炬燵に足を入れて振り返った。

 

「あれ? どないしたんみんな、そんなとこで? ぬくぬくやでー」

「…………」

 

 どうやら見慣れない形状のあの床机は暖かいらしい。

 もこもこの布団が足掛けになっており、中の様子はうかがい知ることはできないが、いつもはきりっとしているスプリングフィールド先生が、妙にへにゃっとして見えるくらいだから、外の寒さとは隔絶したものなのかもしれない。

 

 とりあえずすでにお邪魔している咲耶が呼んでいることだし、それを聞いても部屋の主は特に咎めようとしていないところを見ると別に出て行けと暗に言われているわけではないらしい。

 そういう訳で一同は少し詰めて炬燵の中に足を入れた。

 

「スプリングフィールド先生。えっと。これは一体……」

「んー。日本の正月風景だ。日本だとこんな感じの室内でだらだらと三が日を過ごすのが風情だ」

「…………」

 

 奇天烈なほどの部屋の光景に思い切ってセドリックが尋ねたが、返ってきた答えは果たして真偽不明の内容だった。

 普段から授業以外では見かけることの少ないスプリングフィールド先生だが、よもやこの三日間は完全に自室に引き籠るつもりだろうか。というよりも、この明らかに白人の教師が抱いている日本人の謎の生活習慣にフィリスたちはなんとも言いようのない顔をした。

 

「嘘教えたいかんえ、リオン」

 

 そんな友人を見かねてか、咲耶が少し呆れたような顔で注意するように口をはさんだ。注意を受けたリオンは「んー?」と気の抜けた感じで反応した。

 そうだよな。いくらバカンス期間でもそんなことはないよな。となぜだかホッとしそうになったフィリスたちだが

 

「ちゃんと初詣とか、凧揚げとか、カルタとかもあるやろ!」

「初詣に行くとこがないだろうが。凧ならそこらにあるが、もうすぐ餅がつき終わるぞ」

 

 まったくそんなことはなかった。

 

 

 とりあえず部屋でくつろがせてもらうことにした一同。咲耶の「炬燵には蜜柑や」という謎の勧めでハッフルパフの4人はそれぞれ蜜柑の皮を剥いていた。だが、好奇心旺盛なフレッドとジョージはこの奇妙な部屋に一体どんな面白いものが秘められているのか落ち着いてすぐに、興味津々とばかりに周囲を捜索し始めた。

 

「あの、スプリングフィールド先生、あれはいいんでしょうか……?」

 

 教師の部屋をあんなにも堂々と家探ししてもいいのかと不安になったフィリスが双子を指さしながら尋ねた。

 以前、咲耶から怒った時のスプリングフィールド先生は雷を落すということを聞いており、そして実際に雷を落したところを見てしまったため怒りに触れないかと心配したのだ。

 だが、心配をよそにリオンはやる気なさ気に蜜柑に手を伸ばしていた。

 

「別にいいぜ……っと。おい、双子のウィーズリー。そこらのものは適当に弄ってもいいけど棚の巻物にだけは触んなよ」

 

 蜜柑の皮を剥きながらの注意に二人は「はーい」と返事を返したモノの、ちょうどその巻物が目に留まってしまった。

 双子が思い出すのはとある巻物。城の管理人であるフィルチから失敬した宝物。その巻物から得られた情報は彼らに大いなる愉快と利便をもたらしてくれたのだ。

 悪いとは思うが注意されただけで引き下がっては悪戯仕掛人の名が泣くというもの、まして同じ巻物と来れば2匹目のドジョウを意識したくもなるだろう。

 

 二人はリオンが見ていないことを確かめながらほんの少しだけ巻物を覗き込もうとして、人形の横に立派な置台の上に設置された巻物に手を伸ばそうとして

 

「ケケケ。ヤメトケ、ガキノ遊ビジャ済マネーゼ?」

「……うわぁ!!」

 

 その横に置かれていた人形に止められて手を引っ込めた。

 ただの人形だと思っていたモノがいきなり喋りかけてきたことに、しかも自分の悪戯を嗜められたことに驚きの声を上げた。

 

 二人の驚きの声に咲耶やフィリスたちが連鎖して驚き、振り返った。

 仰天している二人の方を見るとその傍では、なんだか部屋の持ち主には似合わない人形はピョンと棚から飛び降りてとことこと歩き始めたではないか。

 

「あれ? チャチャゼロ、出てきとったんや」

 

 顔なじみなのかあまり驚いたようではない咲耶は、ただ人形・チャチャゼロが魔法儀の中ではなく、外に出ていることが意外だったようだ。

 チャチャゼロは咲耶に「ヨウ」と返事を返して、双子の脇を抜けてとことこと炬燵の方に歩いてきた。

 メイドの女性と異なりその外装は関節が明らかに人工物だと分かるし、顔には奇妙な笑顔が貼り付いている。その背中にはコウモリを模したような黒い翼があり、頭部には可愛らしいカチューシャがある。ちなみにその手には本人の胴体ほどの大きさの一升瓶が握られている。

 覇気のない状態で反応することすらしないリオンの横まできたチャチャゼロはパタパタと背中の羽を申し訳程度に羽ばたかせて炬燵の上に飛び乗った。

 

 到底動くとは思えない人形の動きにリーシャたちは呆然とそれを見つめた。

 謎の人形は持ってきた一升瓶を器用にガラスコップに傾けている。とくとくとくと透明な液体が注がれている。 

 

「おいこら、一応学び舎だぞ」

「イイジャネエカ」

「横にノンアルコールで酔っぱらうお子ちゃまがいるんだよ」

「ちょおリオン、お子ちゃまって誰のことや」

「ケケケ。ガキノオ守リハ大変ダナ」

 

 どうやら人形はお酒を飲もうとしているらしい。

 それを見て流石にリオンが顔を顰めて注意を入れるが人形は茶化したように言って手酌で入れた酒を飲み始めた。

 

「……サクヤ。なに、それ?」

 

 ポカンとしていた一同だが、チャチャゼロを指さしながらフィリスが問いかけた

 

「リオンの……従者?」 

「ガラクタゴミだ」

 

 首を傾げながらの咲耶の言葉にリオンは忌々しげに言った。

 母親のことがあるだけに、魔法使いの従者の観念は咲耶も知っている。だが、チャチャゼロとリオンがその関係にあるかと問われれば甚だ首を傾げざるを得ないだろう。

 

「オイオイ。母親ガ泣クゼ、ボーズ」

「黙れ、チャチャゼロ。あれが泣くようなやつか」

 

 リオンの言葉にガラクタゴミ呼ばわりされたチャチャゼロが呆れたように言い、リオンはイラッとしたように言い返した。

 小さな人形がボーズ呼ばわりするほどリオンは幼くはないのだが、不思議とリオンはそちらにはツッコむ気はないようだ。

 

「従者、ですか?」

 

 リオンとチャチャゼロのやりとりはともかく、咲耶から気になるワードが出てきたことに首を傾げてセドリックが尋ねた。

 

魔法使いの従者(ミニステル・マギ)なんよな?」

「こっちの魔法使いには従者の考え方はねーよ。それにそれが従者なんて殊勝なもんか。魔力供給のための契約かわしてるだけみてーなもんだ」

「ミニステル・マギ?」

 

 咲耶はリオンに確認するように尋ねながら説明するが、リオンからは素っ気ない感じの説明が返ってきて、聞きなれないワードが増えたことに一同は首を傾げた。

 分かっていなさそうな生徒たちの様子にリオンは億劫そうな顔をしつつも説明のために口を開いた。

 

「魔法使いは基本的に詠唱中、無防備だ。その詠唱時間を稼ぐための盾や剣になって守護するのが従者だ」

 

 リオンの説明にルークたちから「へー」という声が上がった。いつの間にかフレッドとジョージも戻ってきておりまじまじとチャチャゼロを見ている。

 

「なんでこっちの魔法使いにはないんでしょう?」

 

 また新たに魔法使いの作法の違いに疑問を感じてフィリスが問いかけた。

 

「こっちの魔法の詠唱はそれほど長くないからな。精霊魔法の詠唱は上位になると数秒から数十秒かかる。その差だ」

 

 こちらとあちらの魔法の違いは分かっては来ていたが、今のところそれほど長大な呪文詠唱を必要とする魔法は習っていない。加えて接近して行う肉弾戦など、“魔法使い同士”の決闘では論外な行為だ。そのため詠唱中を守るという考えに馴染みがないのだろう。いわんや接近戦をしてくる非魔法使い、“マグル”との戦闘などはなから考慮に入っていない。

 

「先生にそういう従者はいないんですか?」

「いない。必要ねーし」

「オーオー、アノガキガ大キクナッタモンダ」

 

 ならばリオンにもいるのだろうが、先ほど咲耶の問いかけにノーと答えたからにはこの小さな人形は従者ではないのだろう。従者なのに人形とはこれいかに? と思わなくもない。

 ちょっと興味の湧いたリーシャの質問にリオンはぶっきらぼうそうに答えた。

 

 そこでセドリックはふと思い出した。 

 たしかに魔法使い同士の戦いにおいて接近しての肉弾戦を行うことはないが、つい最近その実例を見たことがあった。

 

「そう言えばトロール投げ飛ばしていましたけど、あれって魔法じゃないんですか?」

 

 今は話題に上ることもなくなったハロウィーントロール事件の際、咲耶や生徒の危機に駆け付けたリオンは剛腕をもつトロールと真っ向から格闘をやらかしていたのだ。

 雷や氷の魔法のインパクトが強かったが、あの時トロールの腕を真正面から受け止めたり、まさに魔法のように投げ飛ばしていたりするのは、たしか魔法ではなかったと咲耶が言っていたのを思い出したのだ。

 

「あれは体術だ。多少魔力で補強するが、基本的には魔法は使ってない」

 

 休暇モードであるためかそれほど詳しく説明する気はないらしく、端的な言葉でしか告げなかったリオン。

 質問を続けようとしたセドリックだが、リオンは視線を隣に座る咲耶に強引に外した。

 

「……ところでその振袖はどうしたんだ咲耶?」

 

 リオンも咲耶の装いは気になっていたのだろう。

 もっともそれはリーシャたちの驚きとは微妙に異なり、振袖をどうして持っているのかということだ。

 寮生活にあたり、荷物は必要なものだけにしたはずだ。いくら実家では頻繁に和服を着ていたとはいえ、留学先の寮に和服をもっていくことは流石にしないだろう。まとめた荷物の中に利用頻度が少ないだろう和服が入っていた可能性は低いはず。

 そう思って尋ねたリオンに咲耶ははにかみながら問い返した。

 

「えへへ~、どかな、似合うとる?」

「……ああ、そうだな。よく似合ってるよ」

 

 久しぶりの振り袖姿の披露に、答えを期待しながら尋ねてきた咲耶。珍しく素直に、リオンは咲耶の頭を撫でながら咲耶の振袖姿を褒めた。癖のない濡れたような黒髪を梳くように優しい手つき。リオンの言葉に咲耶は嬉しそうに頬を染めた。

 兄と妹のようにも、あるいは些か年の離れた恋人のようにも見える関係。

 

 リオンに褒められてご満悦の咲耶。タイミングを見計らったかのようにメイドさんが湯気の立つお椀を人数分、お盆に載せて運んできた。

 

「しかし、よくそんな振袖もって来てたなお前」

 

 お椀を受け取り、箸を片手にお雑煮を食べ始めたリオンや咲耶たち。

 彼らに見習ってフィリスたちもこの見慣れない和食をいただくことにして、恐る恐るといった感じに白くもちっとした物体に手を付けたりしていた。

 リオンは気になっていたことを尋ねながらずずっとお椀を傾けた。

 

 そして

 

「クリスマスの時にお母様が贈ってくれたんよ。“姫初め”に使いなさいって」

 

「ごふっっ!!!」

「?」

 

 爆弾が投げつけられた。

 意味の分かっていなさそうな顔でにこにこと発言した咲耶。リオンはげほげほと盛大に咽こみ、意味の分からない一同は教師の謎の行動に首を傾げた。

 

「お母様が、『リオンがきっと喜ぶえ♪』 ってプレゼントしてくれたんやけど」

「あの天然百合姫!!!」

 

 咲耶の言葉に、ほわほわ顔で爆弾を投げつける極東の姫君に届かぬ怒鳴り声を上げた。

 

「“姫初め”ってよう分からんから聞いたら、リオンに聞きって」

「知るかぁ!! 詠春にでも聞け!!」

 

 いつもは冷たい印象のあるスプリングフィールド先生。だが今は、普段の冷たい印象の顔を赤くして涙目で怒鳴っていた。

 

「ケケケ。ナンダ知ラネーノカヨ。姫初メッテノハ、ヨウハエ」

「出て! 来るな!! ガラクタゴミ!!!」

 

 言葉の意味を知らずに訪ねている咲耶とマスターであるリオンの様子に、からかいどころと見たのかチャチャゼロが口をはさんだ。

 だがその言葉が言い切られる前に、ガシッとその頭をつかんだリオンは全力で振りかぶって小さなチャチャゼロを地平の彼方まで飛んで行けとばかりにぶん投げた。

 主の意図を察したメイドがタイミングよく窓を開け、チャチャゼロは「ケケケ」というエコーを響かせながら飛んでいった。

 

 

 

 


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