春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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勉強と隠し事と友達

「んなぁあーーーっ!!」

 

 イースターの休暇。始まる直前まではこの休暇をどう楽しく過ごすかと話していたリーシャだが、いざ休暇が始まると、あまりの課題の多さに絶叫を上げていた。

 

「リーシャ煩い」

 

 長々とした魔法史の課題を仕上げていたクラリスは音を上げているリーシャに淡々と言い放った。一見いつもの無表情のようでいて、彼女も課題の量の多さに辟易しているのかもしれない。

 

「ふにゃぁ~」

「ちょっとサクヤも。リーシャのが感染してるわよ」

 

 魔法薬学のこれまた長ったらしいだけでなく、出題者の性格が滲み出ているような課題をこなしていた咲耶も頭から湯気を出して机の上に崩れ伏せ、フィリスがこらこらと注意を入れた。

 いつもであればリオンの部屋で ―別荘で― 大量の課題をこなしていた咲耶だが、今回は他の生徒と条件を同じにするためにリオンから部屋の使用許可がでなかったのだ。

 咲耶自身も友達と一緒にテスト勉強をするということに憧れを抱いていたので始めた当初は楽しそうにしていたのだが、それにも限度があった。

 魔法史に魔法薬学、変身学に薬草学、呪文学と闇の魔術に対する防衛術と、それぞれの教師が「休暇なんだからこなせるよね」とばかりに大量の課題を出してきた結果、生徒は休暇とは名ばかりの勉強漬けの時間を過ごす羽目になっていた。

 

 

 第15話 勉強と隠し事と友達

 

 

 

「くあー。やっと終わったー」

「はー、くたくたやー」

 

 ひととおり課題を終わらせる目処をつけて図書室からの帰路につく咲耶たち。リーシャがぐぐーっと伸びをして、同じように咲耶もぐぐーっと両手を上げて背筋を伸ばした。

 大柄なリーシャの横で小柄な咲耶が同じことをすると妙な微笑ましさがあり、それを後ろで眺めるフィリスとクラリスも大量の課題に疲労がやや溜まっていた。

 

「後は夜に天文学の課題を終わらせれば一通りは終わりね」

「あとは実技の試験勉強にあてられる」

「げっ! まだやんの!?」

 

 慣れない英語での課題をこなす咲耶と元々座学は低空飛行のリーシャと違い、平均以上はできているフィリスと学年でも優等生の部類のクラリスは疲労困憊の二人よりももう一段高いところを想定しているらしい。

 友人たちの会話にリーシャはがばっと後ろを振り向いてカエルが潰れたような声を上げた。

 学期末試験は6月。時期的には少々気が早いと言えるだろうが、あいにくと先の2年でも同じような感想を抱いて同じような苦労を味わったのだ。理性では二人の言うことを聞いていた方がいいのは分かるが、やはり勉強づくしでは気が滅入るというものだ。

 

「わざわざ試験のテーマまで教えてくれた先生がいるのだからやっておくべき」

「あぁ゛~~」

 

 もっともなクラリスの言葉にリーシャの悲鳴が上がり、その“親切”な教師のことをよく知る咲耶は苦笑いを浮かべた。

 

「でも精霊魔法の、『魔力の効率的運用と精神力の強化』って具体的に何すればいいのかしら? 課題内容は障壁の魔法だったわよね」

 

 その早々にテーマを決定させた教師、リオン・スプリングフィールドの出したテーマにフィリスたちは頭を悩ませていた。

 彼女たちにとって魔法とは杖を持って呪文を唱えることで発動させるものなのだ。魔法の中には、例えば盾の呪文や“許されざる魔法”のようにそれだけでは発動できないモノもあるし、姿あらわしや動物もどきのように下手に発動させることが危険なために公的な許可が必要な魔法もある。だがそこに“魔力の運用”などというものはあまりなじみのないことだ。

 

「うーん。多分、長時間障壁を展開するとか、一定以上の出力の障壁をつくるとかやと思うわ」

 

 フィリスの質問に咲耶は顎に指を当てて昔教わった内容を思い出すようにして言った。

 昔、幼く魔力の制御が今よりもさらに未熟でしょっちゅう暴発して熱を出したりしたこともあり、咲耶は母だけでなくリオンからも多少魔法の手ほどきを受けたことがある。その時に制御の一環として持続して安定的に魔法を発動させることなどもやっていたのだ。

 

 

 わいわいと試験のことやそれぞれの魔法のことを話しながら歩いていた一行は、見知った顔を発見して足を止めた。

 

「あっ! ハーミーちゃん! とハリー君!」

「サクヤ!」

 

 困惑した感じで話し合っていたハーマイオニーとハリー、そしてリオンよりも濃い赤毛の少年 ――たしかロン―― と出逢って、咲耶は声をかけた。

 なんだか眉根を寄せていたハーマイオニーだが、咲耶とハッフルパフの上級生たちが向かってきていることを見るとハッとした表情をしてからすぐにとりつくろった笑顔に切り替えた。

 

「何やってるの、サクヤ?」

「んー、うちらは試験勉強の準備。ハーミーちゃんは?」

「えっ。あっ、えーっと……」

 

 試験勉強をしているという言葉をハーマイオニーの後ろで聞いたハリーとロンは「正気かよ!?」とでも言いたげな顔で咲耶たちを見て、ハーマイオニーが「ほらごらんなさい」とでも言いたそうな視線を返した。だが、次いで自分たちの行動について尋ねられると、困ったように視線を彷徨わせた。

 口ごもるハーマイオニーの様子に咲耶が首を傾げているとハリーが「そうだ!」とばかりに顔を明るくして口を開いた。

 

「サクヤ! サクヤはドラ、あいたっ!!」

 

 何を聞こうとしたのか。ハリーの言葉は途中で痛そうな悲鳴に遮られ、ハリーはこっそりと自分の太腿を捻ってきた手の持ち主、ハーマイオニーを睨み付けた。

 

「どしたん?」

「ううん。なんでもないの! そうだ、サクヤ! あのね、私たちも精霊魔法を受けているんだけど、ちょっとコツとか聞きたいの! 時間のあるときないかしら?」

 

 二人のやりとりに小首を傾げた咲耶だが、その追及をハーマイオニーは慌てた口調で掻き消すように精霊魔法についてのアポをとってきた。

 

「うん。ええよ~。でも今はちょっと休ませて。勉強詰めで頭がパンクしそうや」

「ええ。うん。いつでもいいの! それじゃあ、私たちもちょっと用事があるから」

 

 勉強のし通しでふらふら気味なため、約束だけ承諾した咲耶。ハーマイオニーはその約束を聞くやハリーとロンを引き連れて立ち去ってしまった。

 慌ただしく去っていく3人に咲耶たちは小首を傾げてそれを見送った。

 

 

 

 ハーマイオニーに太腿を抓られたあげく、せっかく会えた咲耶からあっという間に引き離されてしまったハリーは不機嫌そうにハーマイオニーを睨んでいた。

 それに対してハーマイオニーも憤慨したような感じでハリーとロンを先導している。

 

「ちょっとハリー! サクヤに何言うつもりだったのよ!?」

 

 十分に距離が離れたところで、先ほどの会話でハリーが口を滑らしそうになり、危ういところで止めたことをハーマイオニーが怒りながら尋ねた。

 

「何ってハグリッドのドラゴンのことだよ。ドラゴンの孵化って珍しいんでしょ? サクヤにも見せてあげたいし」

 

 ハーマイオニーが困惑していたのは、咲耶たちと出会う前に知ってしまったとある違法行為についてのせいだった。

 ハリーたちの友人、森の番人であるルビウス・ハグリッドが違法であるドラゴンの飼育をしている。それを図らずも知ってしまった3人は、ことの次第をどうしたものかと考えていたのだった。

 

「あのねハリー。さっきも言ってたけどドラゴンの飼育は違法なのよ」

 

 イギリス魔法界においてドラゴンの無許可飼育は違法だ。

 強力な魔法生物であるドラゴンは、多くの場合人には懐かず、制御することもできない。そんなモノを人の住む近くで飼おうなどということは恐ろしいことなのだが、彼らの友人にして凶暴な生物を愛するハグリッドはずっと昔からの念願だったドラゴンの卵を手に入れてこっそりと飼育してしまっているのだ。

 

「それは聞いたよ。でも孵化するときにこっそりサクヤと一緒に見に行くくらいなら」

「サクヤの立場も考えて!」

 

 ハリーとしては、魔法界に来て初めて知り合った異国の可愛らしい少女にちょっぴり自慢するような感じだったのだが、同じく彼女の友人であるハーマイオニーの考えはまったく別のものだったらしい。

 

「サクヤは留学で来てるのよ。万が一にもそんな危ないことに関わらしちゃいけないわ!」 

「あー。僕らは“そんな危ないこと”とか“あんな危ないこと”に関わろうとしているわけだけど……」

 

 咲耶は日本の魔法協会のトップに座る人物を祖父に持つ留学生だ。留学先の異国で問題行動に関わらせては、個人の問題としても大事になるし、悪くすれば組織対立にも繋がりかねない。

 友人ではあるが、いや、友人だからこそ、そんなことに関わらせることはできないと怒るハーマイオニーに、ロンはひっそりと声を上げ、睨みつけられてしゅんと黙った。

 

「だからこっそり見せてあげて、黙っていてくれって言えばいいじゃないか。サクヤはきっと黙っていてくれるよ」

「そうでしょうとも。ただ、お忘れでしょうけど、彼女は保護者のスプリングフィールド先生にべったりなのよ? 彼女、隠し事とか苦手そうだし、スプリングフィールド先生が怪しんだりしたらアウトよ」

 

 ハーマイオニーの指摘に流石のハリーもぐぅと押し黙った。

 ロンの兄であるフレッドとジョージは、なぜかあの教師のことを「クールな人だ!」とか「愉快な人だ!」と評して持て囃しているのだが、ハリーたちにとって見れば、マクゴナガル先生と並んで怖い先生の一人だ。

 生徒から怖がられるという点においてはスネイプも同様だが、彼の場合はスリザリンを露骨に贔屓し、ハリーを逆贔屓することからどちらかというと怖いというより嫌いな教師だ。

 スプリングフィールド先生の場合は多くの生徒に苦手意識をもたれている。その苦手意識はハリーたちよりもスリザリンに顕著だろう。

 彼らは当初、英国魔法族における歴史ある名家として、他国の魔法協会トップの肝いりでやってきたスプリングフィールド先生と“お近づき”にでもなろうと考えていたようだ。

 だが、その代表格ともいえるドラコ・マルフォイがけんもほろろに一蹴される様を見て、そしておそらく自寮にてその惨状を聞いてしまったためにそれ以降、あの精霊魔法の教師を遠巻きにしているのだ。

 そんな先生だからこそ、つながりの深い咲耶にもなるべく秘密にしたい。

 ハーマイオニーが知っている魔法薬の中にも相手の秘密を暴く魔法などがあるくらいだ。異なる系統の魔法の使い手であるスプリングフィールド先生が似たような魔法を使えないとは限らないだろう。

 それでなくとも、年上のくせにやたらと幼く見える少女は隠し事には向かなさそうだ。

 

 なんとかハリーを説得することに成功したハーマイオニーだが、この時彼女は知らなかった。

 この説得によりたしかに咲耶が巻き添えをくうことはなかったのだが、結局、彼女たち自身は大きな罰を受けることになってしまうことを。

 

 

 

 ・・・・

 

 

 

 イースターの短い休暇が終わったころ、事件が起きた。

 

「なにやったらあんなことになるんだ!?」

「どうしたんリーシャ?」

 

 外から談話室に戻ってきたリーシャがクラリスと一緒に帰ってきた。扉をくぐった時の様子に咲耶が尋ねた。

 

「グリフィンドールの点数が大暴落してんだよ」

「えっ!?」

「それにスリザリンもかなり点数を落としている」

 

 咲耶の質問にリーシャは少し怒ったように答えた。驚く咲耶にクラリスが補足するように得点の変動がグリフィンドールのものだけでなかったことを付け加えた。

 

 大広間に設置してある各寮の得点を示す砂時計。

 先日まではクィディッチでの活躍もありグリフィンドールがトップを走っていたその砂時計が、今日には大きく目減りし、一気にごぼう抜きにされていたのだそうだ。

 2位だったスリザリンもかなり減点されていたが、グリフィンドールほどではなくなんとかレイブンクローとの僅差の勝負になっていたそうだ。

 元々成績の良い優等生の多いレイブンクローや成績良好に加えて魔法薬学で露骨に贔屓されているスリザリン。そして今期はクィディッチでの大量得点があるグリフィンドールに対して、あまり成績が振るわない者の多いハッフルパフは寮の得点もそれほど高くはない。

 勿論中にはセドリック・ディゴリーのように学年でもトップクラスの優等生がいないでもないが、全体の数で比べれば四寮中、学力・実技の平均はハッフルパフが最も低いのだ。

 それはハッフルパフという寮の求める性質が「心優しく勤勉で真っ直ぐな者」という者であり、そのために勇猛さや狡猾さ、知性などを求める他寮に選ばれなかった者を受け入れるという性質も持っているためであろう。

 はからずも最下位を脱することができたハッフルパフだが、どうも自分たちで逆転したわけではなく、上が落ちてきたこと、しかもその理由がよく分からないことが気に入らないらしくリーシャなどは顔を顰めている。

 

 

 咲耶たちが気づいたのと同様、グリフィンドールの謎の失墜はその日のうちに全校生徒が知るところとなった。

 そして他寮の女子とも交流関係の広いフィリスが仕入れた情報によるとなんでもグリフィンドールの1年生3人と、スリザリンの1年生が消灯時間を過ぎて以降に校内を徘徊して、マクゴナガル先生に見つかったらしい、という噂が最も信憑性が高く、その噂はその日の内に校内を駆け巡った。

 それというのもその中に、クィディッチのニューヒーロー。生き残った英雄、ハリー・ポッターが混ざっているというのだから、噂への関心はほかの生徒たちの比ではなかった。

 そしてそれを裏付けるように彼の態度はひどく周りの視線を気にしたものへと変わっていた。

 まるで全ての視線が自分を非難するように突き刺さっているというかのように、極力目立たないよう目立たないように行動していた。

 

「あーあ。せっかく今年こそスリザリンの首位が阻止できるかと思ったのになー」

 

 がっかりといった様子でリーシャが愚痴をこぼした。言葉にはしないが、この間までハリー・ポッターを褒めていたフィリスなども失望を隠せいない。

 たしかに点数にして150点ほどの大暴落をするほどの違反を犯したのはいけないことだろうが、下手なバレかたをすると危険だった違反は咲耶だって経験がある。その時、リーシャたちはむしろけしかける側だったのだ。

 それが不思議で咲耶は首を傾げた。

 

「なあなあ。なんでみんなハリー君たちに怒っとるん?」

 

 同じ寮のグリフィンドール生ならばまだ分かる。だが、咲耶の感覚からするとなぜグリフィンドールが大きく減点したことで他の寮の生徒までハリーのことを冷めた目で見るようになったことが不思議に感じたのだ。

 

「ここ数年間、ずっとスリザリンが寮杯を獲ってるのよ。スリザリンはほら。色々あるから、どこでもいいからスリザリンの寮杯獲得を阻止してもらいたいのよ」

 

 咲耶の疑問にフィリスが答えた。

 4寮中、最もスリザリンと敵対意識が強いのはグリフィンドールだ。

 だが、スリザリンの狡猾かつ過度な純血主義はレイブンクローとハッフルパフとも折り合いが悪いのだ。

 だからこそ、数年間トップをひた走り続けたスリザリンの首位陥落に、グリフィンドール生ならずとも多くの生徒が期待を寄せた。

 

「それがあのハリー・ポッターの活躍で、っていうんならみんな納得してたけど、当の本人が大ポカやらかしちゃな~」

 

 それはミーハーな感のあるフィリスだけでなく、リーシャにとっても同じらしく、ハリーの失態にやや失望めいた色を顔に浮かべている。

 

 フィリスとリーシャ。二人の友人の言い分からおおまかに学校に漂う、友人を責める雰囲気の理由を理解した咲耶は、それでもどこか納得いかなそうに唇を尖らせていた。

 

「むぅ~…………よし」

 

 そして、なにか思いついたのか咲耶は勢いきって立ち上がった。

 この人のいい留学生の次の行動がなんとなく分かったフィリスはそれを止めるべく、咲耶の腕を引いて寮から出て行こうとするのを引き留めた。

 

「ちょっと待ちなさい、サクヤ。ハリー・ポッターとかあのグリフィンドールの子に今あんたが会いに行くのはやめときなさい」

「なんで!?」

 

 やはり予想通り彼らに会いに行くつもりだったのか、フィリスの言葉に咲耶はショックを受けたように振り向いた。

 励ましにいくつもりだったのか、それとも単に会いに行くだけのつもりだったのか。

 いずれにしても、今、咲耶が会いに行くのは、あまり具合が良くはなかった。

 

「あのねぇ。今あの子たちなるべく目立たないようにしてるでしょ? 自覚ないみたいだけど、あんたも結構目立っているのよ? 学校で一人しかいない留学生なんだから」

「うぅ~~。でもハーミーちゃんに精霊魔法のこと教えるて約束したもん」

 

 針のむしろのような状況に晒されているハリーたちにとって、極力目立つ行動は避けたいところだろう。そこにホグワーツ唯一の留学生などが一緒にいれば、ただでさえ英雄という看板に色をつけるようなものだ。

 フィリスの言い分に、しかし咲耶は不満そうに訴えた。

 

「……ハリー・ポッターへの期待が凄すぎて今はその落差にみんな過敏になってるのよ。もうしばらくしたらみんな気にしなくなるだろうし」

 

 頬を膨らませて抗議の視線を向けてくる咲耶だが、フィリスはぐっと堪えて待つように諭した。

 別に咲耶を彼女やハリー・ポッターに取られるなんてことを考えたわけではない。だが、この少女は人の気持ちを読んでも、周りの空気を読まずに気持ちを大切にするだろう。そんなイメージがあるだけに、彼女まで立場を悪くさせたくないのだ。

 

 ――あの有名なハリー・ポッターが、今度はニホンの魔法協会の留学生となにかやるつもりらしい――

 

 そんな噂がたってしまうと、咲耶にとってもハリーにとっても嫌な思いをするだろう。

 お姉さん役のフィリスが制止を求め、リーシャはどうしたもんかと眉根をよせて二人を見ている。

 

 

 だが、リーシャの横で咲耶の様子を、友人のところに行きたそうにしている彼女の様子をじっと見ていたクラリスはくいくいと咲耶のマントを引いた。

 

「……サクヤ。図書室に行こう」

「?」

 

 いきなりの誘いに咲耶は呆気にとられ、フィリスは訝しそうにクラリスを見た。

 咲耶の視線を受けたクラリスはいつもの無表情な顔で咲耶を見上げた。

 

「図書館は静か。人目を避けたい(・・・・・・・)ときとかにゆっくりと勉強ができる場所」

「!」「クラリス!」

 

 咲耶がクラリスの言葉の意味に気づきぱぁっと顔を明るくし、同じくフィリスが咎める声を上げた。

 頻繁に図書室を利用するクラリスだ。おそらくそこでハーマイオニーとよく遭遇したことがあるのだろう。

 

「うん! ありがとうな、クラリス!」

 

 クラリスの助け舟に咲耶はがばっとクラリスに抱き着いた。

 

「サクヤ!」

「つーん。うち図書室にクラリスと勉強しにいくだけやもん」

 

 少し強めの口調で言うと咲耶はクラリスを抱いたまま拗ねたようにそっぽを向いた。

 

「図書室はみんなの場所やからそこで誰と会っても問題あれへんやろ」

「…………」

 

 すでにそこに会いたい友人が居るのは確定しているような口ぶりだ。

 咲耶の反応にフィリスは頭を痛めたように額を抑えた。

 フィリスにも、このお姫様チックな少女が見かけによらず我儘だということをすでに痛感していた。

 自分一人のことならばそうでもないが、他の人のことに関わる時、咲耶はかなり自分の思ったままに行動する。きっとそんなところをクラリスは分かって、だからこそ彼女に非常に懐いているのだろう。

 フィリスもそれは分かっている。だが、だからこそと、口を開こうとしたフィリスの肩に、ポンと手が置かれた。

 振り向くと仕方なさそうにリーシャが苦笑していた。

 

「サクヤ。ポッターが居たら、次は負けねーって、伝えといて」

「うん!」

「……はぁ」

 

 結局、リーシャもクラリスも、やはりハッフルパフの寮生なのだ。

 心優しくまっすぐで、苦難を苦難としない心の広さ。

 フィリスは、溜息をつきつつも、図書館へと向かうクラリスと咲耶を見送った。

 

 

 

 ・・・

 

 

 

「ナニ見テンダ?」

 

 月のない夜のホグワーツ。

 窓辺から外を眺めていたリオンに、不気味な笑い顔を貼りつけたチャチャゼロが問いかけた。

 

「……花火だな」

 

 リオンの中の闇の力が最も薄れる新月の夜。赤髪のリオンは暗闇の先に写る広大な森、禁じられた森の空に赤い火花が咲くのを見て呟いた。

 

「ふん。随分と趣味の悪い何かを招き入れたものだな」

 

 同じ森の中、不気味な魔力の蠢きを感じて機嫌悪そうに鼻を鳴らした。

 

「ナニカ? オイオイ、チャント仕事シロヨ、ボーズ」

 

 リオンの様子から、外に居るモノはよくないモノなのだろうと察したチャチャゼロは、何かを察知していながら様子を見に行こうとはしないリオンに呆れたように指摘した。

 

 チャチャゼロ本人にとって、ここの生徒など正直どうでもいい。おそらくマスター代理であるリオンもまた同じだろう。だがおそらく彼は仕事はするだろうと思っていた。他に手渡したくないモノがここにはあるから。

 

こっち(赤髪)の時は感知苦手なんだよ。それにこれは外からの侵入者じゃない。招き入れられたモノか、もともと中に居た奴だ」

 

 動かない理由。それはこれがこちらの魔法界に関わりの強いモノであるから。そしてそれが今のところは手渡したくないモノ、咲耶に近づく気配が見られないからだ。

 リオンの仕事はホグワーツの教師。そしてここの生徒である咲耶の警護だ。そのついでに(・・・・)この学校の守護の任も一部受け持ってはいる。

 

 だがいろいろとやりづらいのだ。

 日本の協会と英国の魔法省との関係とか、新世界と旧世界の魔法族のあれこれとか。いろいろと…… 

 仮に森に居るのが、こちらの魔法族にとって良くないモノだとしても、“由緒正しい”魔法学校の敷地内に招き入れられたモノを無闇とぶちのめすことはできない。

 咲耶に関わる事案に発展するか、無断で侵入したと分かる者、あるいはここと関わりがないということがはっきりすれば手の出しようもあるのだが。

 もっとも、この学校は招き入れられない限り、外からの侵入に対しては結界が作用して並大抵の術者では侵入できないし、手の出しようがあるといっても、あくまでもやる気になれば、の話だが。

 

 禁じられた森で蠢いているらしいそれが近づこうとしているのは……

 

「どうやら、生き残ったガキに興味はあるようだな」

「ナライイジャネエカ。別ニヤッテモ。血マミレ希望ダ」

 

 咲耶ではなく、“生き残った少年”。

 先ほど校舎から禁じられた森の方に歩いていく生徒の姿があったこともあるが、放課後にやってきた咲耶が言っていたのだ。

 ハリー・ポッターをはじめとした何人かの生徒が規則破りで罰則を受けることになったと。

 

 生徒に調査させるには少々 ――どころかなかなかに危険の高い案件な気もするが、それがホグワーツの教師の決定なのならば、罰則にリオンがどうこう言う筋はない。

 ダンブルドアあたりは森にいるモノについて知っていそうなものだが、口出ししていないところを見ると、何らかの思惑でもあるのだろう。

 一応、彼らに何かあったときは、英国魔法界の英雄殿を守るという名目で手をだすことはできなくもない。果たしてそれを ――魔法世界側の魔法使いが旧世界の英雄を助けるという行為を望んでいる者がいるかどうかは分からないが。

 

 ただ、どうやら相当に退屈しているらしい殺戮人形(チャチャゼロ)はなにやら物騒なことをほざいており、リオンは不機嫌そうに窓から顔をそむけた。

 

「あれには手を出さんと言ったものでな」

「ケッ。律儀ナモンダナ」

 

 

 “生き残った少年”には手を出さない。

 それは軽い口約束でもあり、一種のけじめのようなものでもあった。

 

 こちらの魔法学校に来るにあたり、闇の勢力の動きがキナ臭いから、という理由で咲耶の護衛についたわけだが……

 うっかりすると彼女を守っているつもりで、いつのまにか、英雄殿の守護に使われていたなんていうことにもなりかねない。

 どこぞの誰かにその思惑があるかどうかはともかく、お偉方はそれを希望していないわけではないだろう。

 日本古来の呪術協会の長が、その孫娘の護衛につけた魔法使い。

 もしかすると英国魔法界のエリート魔法使いである闇払いくらいの実力はあるだろうくらいは期待していてもおかしくはないだろう。

 

 むろんリオンとしてはわざわざそれに乗ってやる義理はない。

 純血だの穢れた血だのという英国魔法使いにとって長年の問題は、リオンにとって心底どうでもいいことなのだから。そんな御旗を掲げて猛威を振るっていた“名前を言ってはいけない”お方など、どうでもいい輩の筆頭だ。

 もっとも、その通り名の一つである“闇の帝王”とやらには些かばかり興味はあるが。

 

 リオンは机の方に戻り、休憩前に手を付けていた古書の解読に戻った。

 

「目論見ノ目処ハツキソウナノカヨ?」

 

 日本の旧家である近衛家で育った咲耶ですら首を傾げていた漢字で書かれた書物に目を通すリオンにチャチャゼロはいつも通り、哂うような顔で問いかけた。

 

「ああ。なにせサンプル(・・・・)が近くにあるからな」

 

 従者もどきの問いにリオンは些かばかり進展した状況を思って頷いた。

 

「ハッ! マァセイゼイ頑張レヤ」

 

 リオンが今の仕事(ホグワーツの教師)を受けたのは咲耶の護衛のため。

 それは間違いがない。

 

 だがそれでは、なぜ“咲耶を護衛すること”を引き受けたのか。

 

「ほう? いいのかチャチャゼロ?」

 

 “それ”を知っているはずのチャチャゼロの言葉にリオンは口元に笑みを浮かべながら、しかしその瞳に凍えるようなモノを宿しながらチャチャゼロを見つめた。

 

「別ニ。ヤリタキャ勝手ニヤレバイイダロ。一応今ノ御主人ハボーズデモアルカラナ」

 

 試すようなリオンの問いに、“母親の長年の従者である”チャチャゼロは一見興味なさそうに投げやり気味に答えた。

 そこに、ほんの僅か、瞬く間に消えてしまいそうな粉雪のような思いをにじませながら。

 

 

 

 闇から生まれた子供が光の子供を欲しがる理由。

 それがなぜかを知っている。

 

 願うことがあるのだ。

 

 絶対に叶えられないはずのそれ。

 

 でも、その鍵は手元にある。

 

 

 詠春は闇の子を信じていると言った。

 

 でも所詮闇の子(バケモノ)は――

 

 

 ――闇の住人(バケモノ)でしかないのだ。

 


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