春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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姫と護衛と友達と

 第19話 姫と護衛と友達と

 

「ん~む。できればお主が行ってくれるとありがたいんじゃが……」

 

 関西呪術協会。

 その長、近衛詠春が一人の青年と対面していた。

 灰色の髪の青年。鍛え抜かれた体躯でスーツを着用していた男性。

 

「今の状況は比較的穏やかだと伺いましたが……やはり学校の方でなにか動きがあったのですか?」

 

 昨年の今ごろやってきた誰かさんとは違って穏やかで理知的。

 ただ、日本における呪術・魔法の二大協会の長と臆す事無く話せるだけの経験を積んでいることが伺えた。

 話の内容は長の孫娘が留学している魔法学校について。といっても長の私的な話し合いというわけではない。

 青年 ――タカユキ・G・高畑―― の言ったように比較的平穏な状態になっているはずのイギリス魔法界に動きが見られそうなためだ。

 

「リオンの話では学校の方でも少し襲撃があったようじゃ。だがそれ以上に、周辺の状況がどうもキナ臭くてのぅ」

「周辺、というと?」

 

 一つにはイギリス魔法界内部の問題。闇の勢力の蠢きと活性化の兆しがみられることだ。

 孫娘も危機に曝されかけはしたが、そちらはリオンの方で対処できていた。

 問題はもう一つ。

 

「どうも“組織”の残党が向こうの魔法使いに接触している節があるんじゃよ」

「! リオンの方は?」

 

 タカユキたち、そして彼らの父たちが追い続けた“組織”の残敵の影が見られることだ。

 すでに主もなく、主が求めた理想は末端まで伝わらずに歪み、最早何を求めたのかも分からなくなっている組織。

 

「リオンは魔法世界の方に行っておるんじゃが、ちょっと帰りが遅れそうなんじゃよ」

「何かあったのですか!?」

 

 残党とはいえ、かつては魔法世界最強クラスの幹部が幾人も居り、そして魔法世界全土を影から操っていた強大な組織だったものだ。

 侮り難く、だからこそ狩り続けている連中だが、リオンならば対処は十分に可能なはずだ。

 魔法世界で単独行動しているところを襲撃されたとしても、幹部たち亡き今、最強クラスの一角であるリオンをどうこうできるとは思えない。

 

「ん、んむ……実はの」

 

 タカユキの質問に詠春は目を泳がし、歯切れ悪く口ごもり、

 

「どうもゲーデル博士とやりあったらしくて、ウェスペルタティア近郊の渓谷が氷土に覆われたという報告が……」

「…………」

 

 非常に言いづらそうに事の顛末。事態収拾に一役買った、というか事後処理をするはめになってご立腹の女王からの報告を口にした。

 旧知の人物、魔法世界に赴いた際に色々とつるむことの多い腐れ馴染みの名前が出てきたことでタカユキは呆れたように沈黙した。

 

「幸いというか、手を出してきたのはゲーデル博士の方らしく、博士個人が私兵を動かしただけだったというから、問題は大きくなっていないんじゃが。今リオンはアスナ女王にお説教されておってな」

「……アスナ女王はたしか、リオンの姉弟子でもありましたよね」

 

 旧知の人物。アルフレヒト・ゲーデルは立場的には魔法世界のメガロメセンビリアの元老院議員の息子にして自身極めて有能かつ有名な魔法博士だ。

 そんな人物に手を出してはただでさえ魔法世界で敬遠されているリオンの心証はさらに悪くなる。場合によってはリオンに比較的寛大なオスティア女王や詠春でも庇いきれなくなる。

 ただ今回の場合、どちらかというと攻めてきたのはアルフレヒトの方であり、それを理由にアスナ女王がメガロの要求を突っぱねたらしい。

 

 リオンの母の弟子にもあたるアスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア ――神楽坂明日菜―― は系譜的にリオンの姉弟子にあたる。また彼女はリオンの出生の秘密を知る一人と目されており、彼が魔法世界で名を知られ始めたときから、英雄ネギ・スプリングフィールドとともに彼を庇護していた人物だ。

 

「うむ。それを抜きにしてもアスナ女王にはリオンも頭が上がらんようだしのう」

 

 姉弟弟子という関係を抜きにしても、いろいろと援助を受けているだけにリオンが頭の上がらない数少ない人物にして、“戦闘力”の観点から見ても、――立場上、実際に戦闘できるかどうかはともかく―― リオンを抑え込めることのできる数少ない人物だ。

 

「ははは。それにしても……はぁ。アルフレヒトのやつ、まだリオンのこと暴くの諦めてなかったのか」

 

 母親譲りの好奇心と知的探求心を持つあの発明の天才は、昔からリオンの父と母のことを知るのに非常な熱意を持っていた。

 本人は、「英雄と真祖の名を同時に冠するリオンの存在は全世界の人間が興味を抱き、知りたがるものだから」と言っていたが、タカユキはどちらかというとアルフレヒト自身が“友達”のことを知りたがっているだけではないかと見ていた。 ――本人たちの口から出てくる言葉は絶対にそれを認めないし、彼ら自身そう考えていないだろうが。

 

「まあ、リオンの両親に関しては、エヴァもナギもネギ君までもが口を閉ざしておるからの。気になる気持ちが分からんでもない」

「それで。大丈夫なんですか?」

 

 ツンデレとヤンデレ。友人二人の歪極まりない友情はともかく、差し迫ってリオンの予定は切迫していたはずだ。

 地球の時間ではもうじき夏休みが終わるころ合いに差し掛かっており、始まるまでには学校勤務のリオンはイギリスに戻らなければならないし、それよりも早くに“彼にとって重要な”近衛咲耶がイギリスに準備のために赴かなければならなくなる時期だ。

 

「うむ。アスナ女王のおかげで学校が始まるまでにはなんとか戻れるだろうということじゃ。ただ、そのせいで咲耶の方がのぅ……」

 

 過保護かもしれないが、咲耶は日本古来の呪術協会の長の孫娘という立場的にも、そして本人の資質的にも極めてVIPな存在なのだ。色々ときな臭くなってきているイギリスに一人で送り出すなど、年齢的にも怖いし、万一なにかあったことを思うと護衛は必須だ。

 関西呪術協会に人が居ないわけではないが、基本的に万年人手不足で手練れは出払っている。

 そして、なによりもあのリオンが代理とは言え咲耶の護衛に勧めたのがタカユキなのだ。

 あのリオンの代わりを任されるということにタカユキは苦笑した。

 

 タカユキは自分が並みの魔法使いと比べて弱いとは思っていないが、それでもリオンと比べればその差は歴然だと思っている。

 幼いころは共に修行したこともある仲だ。

 自分よりも年下の彼は、しかし自分など相手にもならないようにあっという間に遥か高みへと昇って行った。

 

 その才能に嫉妬したこともある。

 それが悔しくなかったというわけではない。

 

 ただ……違うという事を認めた。それだけだ。

 

「いいですよ。ちょうど僕も英国の魔法省の方と話し合いがあったので」

「おお! すまんのぅ。よろしく頼む。こちらでも念のために護鬼をつけておくつもりじゃが、一般人の前では難しいからの」

 

 友達が守りたがっている者を任されたのだ。ちょうど仕事の都合でイギリス魔法界に赴くこともあって、否やは無かった。

 首肯したタカユキに詠春は嬉しそうな表情となった。

 だがタカユキは詠春が言った言葉の一つに驚いたように眼を瞠った。

 

「護鬼を? そんなに向こうの方は情勢が切迫しているのですか?」

 

 日本古来の魔法使い。陰陽師がその護衛として使役する式神。守護の鬼。

 それも呪符による式紙ではなさそうな言い方をしているところからすると本格的な“鬼”をつけそうだ。

 

「んーむ。それはなんとも。ただネギ君やアスナ姫、いやアスナ女王によって“彼”は討滅されたが、末端から中層の者だった連中が生きており、最近になってあちらの方で接触を試みているという報告もある」

 

 驚くタカユキに詠春はリオンも感じていた懸念を告げた。

 前年度のあの襲撃があの“組織”と関わりがあるとは思っていない。それでも動きがあるだけに用心しておくに越したことはない。

 

「例の発表も間近に迫っておるし、あまり混乱を起こしたくはないんじゃよ」

「分かりました。では護衛と交渉が終わり次第、そちらの方も少し調べてみます」

 

 まして今は時期が時期だ。

 例の発表を終えれば否応なく混乱は生じるだろうから、せめてそれを最小限にしようとは思う。

 

「よろしく頼む」

 

 しばらくは欧州での行動にかかりきりになってしまうことは申し訳ないとは思うが、リオンが魔法世界に行き、上の世代の者たちが計画にかかりきりになってしまっている以上、動ける若い戦力で単独行動が出来るほどなのはそうそう数がいないのだ。

 

「それで、具体的にどのあたりで動いているという情報があるんですか?」

「うむ。欧州の魔法使いの間では悪名高い監獄……――――――」

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 強い日差しが容赦なく降り注ぐ8月の中頃。

 イギリスはロンドン。ダイアゴン横丁は多くの魔法使いの子供で賑わいを見せていた。

 

 例年通り、夏休みが終わりに近づきそれぞれの子供が通う魔法学校、ホグワーツから次年度のカリキュラムに関わる諸々の教科書の通達があったことで、親子連れでその準備のために奔走しているのだ。

 

 魔法族の子供で今年からホグワーツに通うことになる子は笑顔で親の手に繋がれて。

 マグルの子供で魔法界について知らない子供は教師の引率のもとで恐々と。

 上級生となる子供たちは親を引き攣れるようにやや自信を持ったように。あるいは久方ぶりに会う友人と楽しげに。

 

「だからさぁ。やっぱもっかいだけ! もう一回だけ、箒用具店の方に行こ!」

「だーめ。もうそろそろ待ち合わせの時間なんだから、サクヤ来ちゃうでしょ」

 

 フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラーのテラス席で姦しくしゃべっている少女たち。

 

「ほら。ルークも箒見てみたいとか言ってたし! なっ?」

「ルークもクィディッチのチーム入りする気なの?」

「ん? あー、まあそうとも言うというか……サクヤもそんな時間ぴったしには来ないんじゃね? なぁ、セド」

「どうだろう。でもサクヤはそういうところしっかりとしてきそうだけど」

 

 そして話をふられてあいまいに答える男の子たち。

 彼ら、彼女たちはとある少女を待っていた。遠い異国から今日、ここで集合する予定だが、イギリスに来ているのはすでに連絡を受けていた。

 そろそろ約束の時間が近づいているが、まだ少女はやって来ていない。

 

 クィディッチ好きの少女、リーシャが新しい箒が出ていたとかでそちらに興味を惹かれているようだが、まとめ役のフィリスが口を尖らせて宥めすかしていた。

 そんな少女たちのやりとりを楽しげに見つめるルークとセドリック。

 そして会話に参加せずモクモクと小動物のようにアイスクリームをつっついているクラリス。

 流石に4年目ともなると彼女たちも新年度の開始イベントには慣れているのか保護者の姿は近くにはない。だが今年は昨年までと違って、異国の友人との待ち合わせがあるためそれぞれにテンションが上がっているのか落ち着きがなく、それが顕著なのがリーシャだ。

 そして一見して普段と様子が変わらないながらも、実は一番友人の来訪を心待ちにしているのが無口な少女であり

 

「!」

「どうしたクラリス?」

 

 いの一番にそれに気づいたのもクラリスだった。

 アイスクリームを完食し終えたクラリスは、兎が何かの接近に気がついたかのようにピクンと反応し、その反応にリーシャが声をかけた。

 

「来た」

「ん? おっ!」

 

 言葉短く、がたんと席を立ったクラリス。そちらを見たリーシャもそれに気づいて嬉しそうに席を立った。

 とっとっとっとと、小走りに駆けて行くクラリス。その行く先にはきょろきょろと人探しするようにあたりを見回す少女。

 足元には子犬。隣には見知らぬ男性が居るが、それらには構わず駆け寄るクラリス。少女はそれに気づいたのかぱあっと顔を明るくして、持っていた荷物を置いてクラリスに駆け寄った。

 

「サクヤ!」

「クラリス! おひさやクラリス!」

 

 抱きついてきたクラリスを「わーいわーい」と嬉しそうに頬ずりしている咲耶。

 おいてけぼりをくらった子犬が慌てたように咲耶の足元に駆け寄り、同行している男性は苦笑しながら放り出された荷物を確保した。

 

「よっ!」

「あっ、リーシャも!」

 

 ひとしきりクラリスの感触を堪能したころ、片手を上げて朗らかにリーシャが声をかけた。クラリスから腕を放し、嬉しそうに駆け寄ってくる咲耶。

 

 久々の友人との再会。

 熱烈な再会を期待したリーシャは腕を広げ、咲耶はその胸元にダイブして抱擁を交わし

 

「うーん。この感触。また育っとるなぁ~」

 

 むにむにむにむにと、大きな胸に頬を押し付けて至福の感触を味わっていた。

 

「…………お、ま、えはぁ~~!!!」

 

 感動の対面から一転、まったく変わっていない友人の様子にリーシャは怒りつつも笑みを浮かべて咲耶の頬をギリギリとつねりあげた。

 ぷにぷにのほっぺたが、むぎゅーっと引っ張られて伸びる。

 足元の子犬が主人への暴行にナイトよろしく「ぐるる」と小さく威圧の声を上げているが、小さすぎてまったく影響を及ぼしていない。

 

「ふぃふぁふぃふり。フィーふぉ!」

「はいはい。相変わらず元気そうでなによりよ、サクヤ」

 

 ほっぺたを引っ張られつつ、フィリスにも満面の笑みで再会の喜びを告げる咲耶。

 せっかくの可愛らしい顔をびみょーんと伸ばしながらも満面の笑みを浮かべている咲耶にフィリスは苦笑しながら挨拶を返した。

 ぱたぱたと手を振っている咲耶にリーシャもぱちんと手を離した。頬が赤くなった咲耶はそれでも「えへへ」とにこにこ顔で頬に手を当てた。 

 

「セドリック君とルーク君も!」

 

 いつもの三人に加えて、同じ寮の男子二人も来ており、咲耶の挨拶に「やぁ」と軽く挨拶を返した。

 

 久方ぶりに終結したハッフルパフの友人たち。

 ホグワーツ魔法学校第3学年における咲耶の最も親しい友人たちの変わらぬ笑顔に咲耶は満面の笑顔を浮かべた。

 

 しばらくわいわいと咲耶をもみくちゃにした後

 

「ねえサクヤ。あちらの人は?」

 

 咲耶の付添だろう、遠巻きに友人たちとのやりとりを微笑ましそうに眺めていた男性に視線を向けてフィリスが尋ねた。

 

「あっ! こちらタカユキさん。こっちに来るのに付き添ってくださった、リオンの友達です」

「どうも。タカユキ・G・タカハタだよ。咲耶ちゃんがいつもお世話になってるみたいだね」

 

 フィリスの質問に、今更ながらに放置していたことに気がついて咲耶が付き添いの男性、タカユキを紹介した。

 咲耶の父親かと思いきや、全く別の名前、学校の教師の名前が出てきてぎょっとした顔になるフィリスたち。

 

「スプリングフィールド先生の!? よ、よろしくお願いします」

 

 イギリス魔法界の魔法族ではあまり見られない、マグルのきっちりとした服装の青年の男性。年の頃はリオンよりもやや上といったところだろう。

 リオンの友人、という割には、と言えば失礼かもしれないが、あまり彼とは雰囲気の似ていない、穏やかで優しそうな男性だ。

 

「なんかスプリングフィールド先生とは感じが違うよな」

 

 セドリックたちに友好的な笑顔を向けて挨拶を交わしているタカユキを見てリーシャは咲耶に問いかけた。

 同じ日本の魔法協会から派遣されたものだからよく似ているものとは思わないが、近寄ると凍えるようにピリピリとした威圧感を感じるリオンとは異なり、タカユキからはそれほど威圧的なものを感じなかった。

 身なりも魔法族らしくなく、フィリスなどから見るとどこかの学校の教職員といった風にも見える青年だ。

 咲耶はうーんと口元に指をあてて小首を傾げた。

 

「そやなぁ。そう言えば、二人は所属しとるとこも違うし、実はあんま一緒に居るとこみたことないんやけど……」

「所属?」

「うん。リオンはフリーの魔法使いで、タカユキさんは日本の関東魔法協会の魔法使いなんやって」

 

 思い返してみれば、リオンとタカユキ。どちらも祖父や母の知り合いの縁者ということから咲耶とも知り合うようになったが、二人が仲良く友達をやっている姿は実は記憶には無い。

 ただタカユキはリオンのことを“友達”と呼び、リオンもさして否定せずに名前で呼んでいたからそう思ったのだ。

 

「正確には、僕は魔法使いじゃないんだけどね」

 

 咲耶の説明が耳に届いたのかタカユキは苦笑いを浮かべて口を挟んだ。

 タカユキの言葉にフィリスたちは驚きの顔となった。付き添いとはいえ、彼はおそらくニホンの魔法協会の長が孫娘につけた護衛だ。

 

「えっ!? じゃあ、もしかしてマグルなんですか?」

 

 護衛役の人物が魔法使いではないというのは意外を通り越して奇妙さすら感じる。

 驚いた様子でルークが尋ねた。

 

「うーん。ちょっと違うけど、魔法使いというよりも魔法戦士、といったところかな」

 

 まじまじと見てくる子供たちの視線に、タカユキは困ったように頬を掻いた。

 イギリス魔法界は関東魔法協会の総本山である麻帆良とは異なり一般人と魔法使いの区分けが厳しい。

 非魔法族生まれの魔法使いがいないではないが、麻帆良のように互助的に働きあったりはしない、ということはタカユキも事前に情報として入れていた。

 

 立派な魔法使い(マギステルマギ)

 その在り方は、世のため人のために陰ながらその力を振るう者に与えられるというものだ。すでに認定資格による名誉称号のようなものになってしまってはいるが、基本的にその在り様は変わっていない。

 魔法族、非魔法族問わず、人のために魔法の力を振るう者に与えられる名誉だ。

 

 タカユキは体質的に呪文詠唱が唱えられなかった父と比べれば魔法を使うことができるが、一般的な魔法はそれほど上手くない。ほぼ戦闘タイプに特化した戦士といえるものだ。

 無論、それだけがタカユキの在り方でないのは、今回イギリス魔法省と交渉役を任されていることからも分かるのだが、魔法使いとしての領分では一般的なものからはやはりズレる。

 

「まっ。戦闘にしてもリオンには敵わないんだけどね」

 

 そしてその戦闘にしても、最強クラスの一角に数えられるリオン・スプリングフィールドなどと比べると数段は見劣りしてしまうものだ。

 あははと笑って告げるタカユキにフィリスたちは「はぁ」とよくわからない返事を返した。

 

「ふーん。ところでさサクヤ。さっきから足元でうろついてるこの子犬。サクヤのペットか?」

 

 そしてリーシャは先程から気になってはいたのだろう。咲耶の足元でうろちょろしている白毛の子犬らしき動物を指さして尋ねた。

 

「この子? この子はおじいちゃんが誕生日祝いにって、うちにつけてくれた式神。新しい友達の……シロ君、自己紹介しよか」

 

 尋ねられて咲耶は白い子犬を抱きかかえて胸元まで持ち上げた。

 うろちょろとしていた割に咲耶が手を伸ばすと大人しく抱き上げられ……胸元まで持ち上げられるとぴょんと飛び降りた。

 木の葉が舞うようにくるりと空中で回った子犬は、次の瞬間「ポン」と音を立てて煙に包まれた。

 

 いきなり子犬が消えたかと思うと、そこに居たのは先程の子犬と同じ白い髪の毛をした9歳くらいの咲耶よりも小柄の少年。

 子犬が少年へと姿を変える。

 アニメーガスという前例があるのだからそこまで驚くことではないだろうが、そこに居たのはアニメーガスのとけた魔法使いではなかった。

 

 日本の民族衣装だろうか、どことなく去年の年始に咲耶が着ていたものの面影がある和服を着ている。あれよりも非常に淡泊な色合いで、仕立てを簡素化した男物の衣裳を着た少年。

 特徴的なのはその頭部に生えるイヌ科のものらしき白くてもふもふな犬耳と後ろで揺れているふさっふさの白い尻尾だろう。

 

「…………」

 

 緊張した面持ちで上目づかいに咲耶を見上げた少年は、そこに促すような瞳を見つけて思い切ったように口を開いた

 

「わ、我こそは祖神猿田彦命の御末裔! 四十八天狗が一、富士山陀羅尼坊太郎が眷族! 山宮配子。藤原朝臣近衛咲耶様が式神、白狼天狗!! 今世において顕現を果たし、旧主の勅命に依りて今ひとたび浅間の姫君の――」

 

「式神のシロ君や」

 

 のだが、少年は非常に長ったらしく、小難しい言い回しの自己紹介をしようとして途中で咲耶に遮られた。

 

「はぅぁっ! また(・・)遮られた!」

 

 ガンッと衝撃を受けたように振り返った少年 ――咲耶曰くシロ君はどうやら前にも自己紹介を遮られたことがあるのか、瞳を潤ませて涙目で咲耶を見ている。

 

「スマンスマン。でもシロ君のじこしょーかいは長いから、ほらリーシャたちが呆気にとられとるやろ」

 

 うるうると見上げてくるシロに咲耶はぽむぽむと頭に手を置いて苦笑した。

 咲耶の耳には、シロの言葉が堅苦しい言い回しの“日本語”に聞こえたが、どうやら周りには一応彼女たちに“聞き取れる”言語には変換される魔法がかけられているらしい。とはいえそれは聞き取れるというものであり、堅苦しく要点を得ない仰々しい名乗りはリーシャたちをぽかんとさせた。

 そしてなによりも、その容姿。

 フィリスやセドリックたちは唖然としてそのピンと張りつめた犬耳やピコピコと揺れている尻尾を注視していた。

 

「尻尾……」

「えーっと、サクヤ。人、狼……じゃない、よね?」

 

 ぽかんと口をついてでたクラリスの言葉と恐る恐るといった風のフィリスの質問。

 イギリス魔法族の間で恐れられている狼人間。それは満月とともに狼の姿に変化する“ヒトとたる存在”と位置付けられており、噛んだ相手を同胞 ――つまりは狼人間に替えてしまう呪いを持った種族であり、元々種族として亜人に分類される狗族とは異なる魔法生物(・・・・)だ。

 

 そして今、フィリスたちの目の前にいる少年。

 満月による変身ではなくどうやら自分の意志で変身できるように見えるし、狼人間としての獣形態ではなく、半獣の形態ではあるが、それでもイヌ科のような特徴的な耳と尻尾は紛れもなく本物。

 

 狼人間の呪いを知っているからこそ、その恐ろしさに反射的にたじろいでしまったが、どうやらフィリスの質問はシロにとって矜持に引っかかるものがあったのか、カチンときたように膨れた顔になった。

 

「むっ。じ、人狼とは失敬な! 我こそは由緒正しき天狗(あまつきつね)に連なる者ぞ! それに貴様ら! 先程から聞いておれば姫様に対し、なんと不遜な!!」

「はいはい、シロ君お座り」

「はぅあっ!」

 

 フィリスの質問にぷんすかと怒って腰に帯びた剣を鞘から引き抜こうとしたシロ。だが、どうやら怒っているのはそれだけではなく先程からの友人たちの態度が気に入らなかったのか、余計なコメントを付け加えてしまい、咲耶からゴチンとトンカチツッコミを受けて轟沈した。

 

「ごめんな~。ちょっと気難しとこがあって。一度覚えたら基本的にはええ子やから」

「ぅうぅぅ~~、ひめさまぁ~~」

 

 暴走しそうだった式神を強引に大人しくさせた咲耶。トンカチツッコミを受けたシロはきゅ~と子犬のように鳴きながら涙目で主を見やった。

 どうにも気難しそうではあるが、基本的に主には忠実らしい。

 ただ予想外に咲耶のツッコミが実は厳しいことを目撃したフィリスたちは半笑いとなっていた。

 

 一方でシロをマジマジト見ていたクラリスは、自分の記憶にある天狗の知識との相違に首を傾げていた。

 

天狗(テング)? …………教科書に載ってた絵と違う」

 

 天狗と言えば、ニホンで見られる赤ら顔で高く突き出た鼻を持ち、ニホン独特な衣装を纏って黒い羽を羽ばたかせる魔法生物。

 たしかに目の前のシロにはニホンのものらしい衣装に身を包んでいるが、翼はなく、代わりに教科書の挿絵にはなかった犬のような耳と尻尾があるではないか。

 

「多分それは烏天狗だね。シロ君は白狼天狗。年経た狼が天狗化した妖狼、仙狼の類だよ」

 

 クラリスの疑問にタカユキが短く注釈を入れた。

 

 流石に西洋の魔法生物の教科書には記載されていなかったことなのだろうが、実は天狗には種類がある。

 

 山の神ともみなされるほどに強大な力を有した大天狗。一般的な烏天狗。ほかにも川天狗や尼天狗。

 その中でも最も位が低いとされるのが年経て神通力を得た白狼天狗とされている。

 ただ、位が低いとはいえ、神仙妖魔の一角に名を連ねる天狗の一種。神にも通じるとされる天狗―――なのだが……

 しょぼんと犬耳を萎れさせ、涙目となっている少年。その姿はどう見ても年経た存在には見えない。

 

「年経たって。こいつ一体何歳なんだ?」

 

 年齢不詳な自称天狗にリーシャが訝しげな視線を向けて年齢を尋ねた。フィリスたちも興味が惹かれたのか、咲耶にナデナデと頭を撫でられているシロを見下ろした。

 視線を向けられたシロは、伺うように主を見上げるが、そこにもきょとんと首を傾げている姿を認めて、言葉を詰まらせた。

 

「そ、某は……はて?」

 

 始めは戸惑ったように、そして段々と唸るように首を傾げ始めたシロ。

 うーん、うーんと唸る声が漏れ、必死に思い出そうとしているように見えるが、一向に年齢が出てきそうな様子はない。

 

「ずーーっと眠っていたような気がするのですが……たしか、以前は…………」

「咲耶ちゃん。今日は新学期の準備なんだろう。シロ君も昔のことは思い出せないみたいだし。早くしないと遅くなってしまうよ」

 

 なんとか口を開いたシロだが、再び言葉が尻すぼみになっていく様子に、タカユキがやり取りを一旦遮るように口を挟んだ。

 


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