春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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優等生ディズ・クロス

 フローリシュ・アンド・ブロッツ書店。その店内に雑多に積まれる数多の本。その多くは、一般の市場に流通する物ではない。

 

 “毒キノコ物語”。“マグルは見た”。“吸血鬼たちとの日々”。“君はトロールをガードマンとして訓練する能力を持っているか?” などなど

 

「へー、魔法世界とは違う、変わった本が並んでるな……ん? 動くのを嫌がる写真……?」

 

 護衛対象である近衛咲耶が友人と楽しく本を見て回っている間に、タカユキは書店の棚に平積みされた書籍やバーンと貼られたチラシに目を向けていた。

 

 店内では最近有名人でも来店したのか自慢するように何かのチラシが威容を放っていた。ただ、それがよく見る一般的なチラシと違うところは、その中の人物が動いていることだろう。

 得意満面の営業スマイルをキラリと浮かべる男性。チラシの枠に隠れるようにして顔を見せることを嫌がる少年。男性は少年を無理やり引きずり出そうと奮闘しており、嫌がる少年はなんとか抵抗して縁に顔を隠すという行動をとっている動くチラシ。

 写真の中の映ることを嫌がっている少年は、そんなに嫌ならなぜこんな広告に載ったのだろうと思わなくもない。

 

「ギルデロイ・ロックハート氏。ホグワーツ魔法魔術学校。闇の魔術に対する防衛術の教授に就任。同氏推薦の教科書を買い求めに来た数多の生徒の中には、かの有名なハリー・ポッターの姿もあり、か……」

 

 紙面には英雄と稀代の有名人の奇跡の会合という文字がまさに踊っており、その中に友人と咲耶が通う学校の名前が含まれていることを見て、タカユキは苦笑した。

 

 

 

 第20話 優等生ディズ・クロス

 

 

「あの人どう思う、セド?」

「どうってなにがだい?」

 

 店内では友人たちとの行動を優先させるつもりなのか、付き添いだというあの男性は咲耶とは別行動をとっており、店の窓際に貼られている広告を眺めている。

 そんな様子を横目で見ながらのルークの質問にセドリックは本棚に手を伸ばして必要な書籍を手に取って確認しながら尋ね返した。

 

「んー。気になんねえの?」

「サクヤはあれでも魔法協会のトップの孫娘らしいから、付き添いくらい不思議じゃないんじゃないかい?」

「いやまあ、そうっちゃそうなんだけど。こうさー……」

 

 奥歯に物の詰まったようなルークの言葉にセドリックは怪訝な視線を向けた。

 たしかに、タカユキというあの男性のことが少し気にならないではない。

 魔法世界への付き添い、というのならそれこそ咲耶の両親であったり、スプリングフィールド先生であっても良さそうなものなのに、自称“魔法使いではない”人を付き添いに選んだというのは少々おかしな感じはする。

 ただ、ルークが言いたいのは、おそらくそういうことではなく……

 

「あれ? おい、セド」

 

 ルークはまた何かに気付いたのか、ちょいちょいとセドリックの腕をつついて呼びかけてきた。

 質問されたことによって、抑えていたもやもやとしたものがわき始めていたところにまたも話しかけられたことで、セドリックはため息をついた。

 女性の買い物が長いというのは相場の決まったことだが、だからといって、自分たちの買い物をだらだらとしていていいというのではない。むしろ、彼女たちよりも長くかかってしまう方がエチケットに反するというものだろう。

 先ほどから色々なことに気をとられて教科書探しを怠けている友人を叱ろうとして

 

「ルーク。そろそろちゃんと」

「あれあれ。クロスが来てるぜ」

 

 そのルークの口から出てきた人物名に反射的に振り向いた。

 

「あ」

「やあ、奇遇……でもないか。セドリック・ディゴリー。新学期の買い物かい?」

 

 思わず、といった感じで漏れた声に気づいたのか、ルークが指さした人物、ホグワーツ同学年のスリザリン生であるディズ・クロスが振り向いて声をかけてきた。

 

「うん。そういうクロスは……買い物にしては手ぶらだね?」

 

 新学期に向けての準備の買い物、というのであれば、ディズも教科書をもっているはずだが、セドリックが見たところディズはほぼ手ぶらだ。

 

「まあね。僕はホグワーツの図書館に入れてもらいたい本の品定めに来たのさ」

「うぇっ! 図書館に入れる本とか。やっぱ学年主席はやることが俺の想像の埒外だな」

 

 ディズの言葉にルークが嫌そうに顔を顰めた。

 4年目ともなれば、すでに学年トップをひた走る優等生のことなど大抵の同級生は知っている。どうやら向こうも、自分の順位の一つ下に居る生徒のことはちゃんと覚えているらしい。

 

 教科書を購入するのではなく、学校で借りることを前提としたディズの言葉は、彼の家系事情の苦しさを表すと共に、すでに彼の知識の源が教科書レベルではないことを暗に示していた。

 

「できれば精霊魔法か、魔法世界の本があればよかったんだけどね。流石にここにはないようだ」

「ああ、それなら。今日サクヤが来てるよ。ほら」

 

 どうやら期待していた書籍は、魔法の本の中でも昨年まであまりかかわりのなかった魔法世界や精霊魔法に関するものなようで、ディズは残念そうに肩を竦めた。

 そんなディズにセドリックは一緒に来ている留学生の友人を紹介するつもりで、近くに見えた咲耶を指さした。

 

 

 

 ・・・・

 

 

「オモテのチラシ見た!? 今年の闇の魔術に対する防衛術の教授!!」

「んあ? なんかお知らせあったっけ?」

 

 男性陣と分かれて必要な教科書を探しているフィリスたち女子陣。

 興奮したように喋るフィリスにリーシャがあんまり興味なさそうに尋ね返した。

 彼女にしてみれば、先の3年が3年だけに防衛術の教師などもはや誰だろうとどうでもいい情報でしかない。

 だがその言葉にフィリスは信じられないとばかりに目を見開いた。

 その様子に咲耶はもの問いたげにきょとんと首を傾げて隣を歩くクラリスを見た。

 

「入口のところにチラシが貼ってあった。来季の防衛術の教授はギルデロイ・ロックハート」

 

 咲耶の視線を受けてクラリスは特にテンション変わらず淡々と答えた。

 

「ギルデロイ・ロックハートさん?」

「ロックハート……おお! あの小説家の?」

「ちっがーう!!」

 

 誰だかよく分かってない咲耶とどっかで聞いた覚えのある程度のリーシャ。二人の反応(特に後者のコメント)にフィリスはばんっと手に持っていた教科書のリストをつきつけた。

 

「次の防衛術の指定教科書!! ロックハート先生の冒険を記した著書ばかりなのよ!!」

「だから小説家……」

「あんたは、ちょっとはクィディッチ以外の情報も詰め込みなさい!!」

 

 近年において稀に見る有名人がホグワーツの教授に就任し、数多の魔女の憧れの的である彼が教壇に立つというのに全く関心を示さない“クィディッチバカ”にフィリスは怒髪天をついたように捲し立てた。

 咲耶の魔法の教科書知識には覚えがないが、どうにもロックハートという人物は有名人なようだ。そんな有名人が学校の教師になるということですっかり興奮しているフィリスの説明ではよく分からない。

 咲耶は轟々と言い募っているハイテンションなフィリスからクラリスへともう一度視線を向けた。

 クラリスは、彼女も少し興奮しているのか、いつもの感情の乏しそうな表情の中でやや瞳を輝かせていた。

 

「闇の魔術に対する防衛術、特に闇の生物に対するスペシャリスト。教科書はその自伝書を指定してる」

「ほぁ~。なになに……」

 

 クラリスの言葉に、咲耶は手に持っていた教科書リストをもう一度見直した。

 

 

 ――“ヴィーラと優雅な週末”

 “レプラコーンとじゃらじゃら土迷宮” 

 “鬼婆とのオツな休暇”

 “トロールとのとろい旅”……――

 

「――“狼男との大いなる山歩き”。“バンパイアとバッチリ船旅”……?」

 

 来る前にも一応目を通していたが、たしかに同じ名前の著者の教科書がよく使われてるなー、くらいの感想しか思っていなかったが、リーシャが言うように確かに教科書というよりも“小説”のようなタイトルが並んでいた。

 特に最後の二つのタイトルは、咲耶にとって馴染のある人物のからんだタイトルでありきょとんと首を傾げた。

 その様子をロックハートの偉業に驚いていると解釈したのかクラリスは近くの棚にあった一冊を手に取って言った。

 

「多くの闇の生物を退けた功績でマーリン勲章を授与されたりしてる人」

「ちょっとクラリス!! それだけですませないで!!」

 

 勲章を授与されるということだけでも大したものだと思うが、どうやら彼のファンらしいフィリスにとってはそんなあっさりとした説明では十分とは言い難かったらしい。リーシャの胸元に詰め寄った状態からガバッと顔を振り向かせた。

 

「最近の週刊魔女じゃ、5回も連続でチャーミングスマイル賞を授与したのよ! ロックハート様は!! ファンクラブだってあるのよ! ほら見て見なさい!」

「…………」「へー」

 

 ギルデロイ・ロックハート公式ファンクラブ会員ナンバー108番。

 刻印された文字が躍るケバケバしいほどに煌びやかなクラブのメンバーカードを鼻息荒く見せつけるフィリス。いつの間にか先生から様づけに呼び方が変わっているがそこにツッコむ勇気はない。

 

「でもなぁ。この人、クィディッチの本は出してないし……うぉっと」

 

 ぼそりと、反論するように呟いたリーシャの言葉にフィリスは射殺さんばかりの眼差しを向けて封殺した。

 

 普段控えめでストッパー役になることが多いフィリスだが、以前のハリーのことしかり、意外と暴走することがある。そのことに咲耶はほのかに笑いながらフィリスの熱弁を聞いていた。

 ミーハー熱をぶちまけるフィリスと珍しく押されているリーシャ。それを見守る咲耶。そして

 

「あれクラリス?」

 

 いつの間にか隣に居た筈のクラリスが傍を離れており、本棚から何冊かの本を取り出して持ってきた。

 

「リストの分は揃った」

「あっ、ごめんなークラリス。おおきに……。フィー、リーシャ」

 

 埒が明かないと見たのか、立ち回り上手くクラリスは教科書を全員分揃えて戻ってきた。

 小さな体でたくさんの本を持って来てくれたクラリスのお礼を言って受け取り、二人にも声をかけた。

 声をかけられてやることをやっていないことを思い出したのかフィリスが「あ」の口をして気まずそうになった。

 

「ごめん、クラリス。ありがと」

「っと、これで全部か。わりー、クラリス」

 

 一人で仕事をさせてしまったことに慌ててフィリスはクラリスに謝り、リーシャは持って来てくれた本のタイトルをリストと照合して言った。

 

「いい。それよりあっちで二人を見かけた」

「そう。それじゃあ、そろそろ合流しましょうか」

 

 冷静さを取り戻したのか、クラリスの言葉にフィリスはこほんと一つ咳払いしてから提案した。

 

 クラリスの持って来てくれた本をそれぞれの(持ちかご)に入れて、別行動をとっていた男子二人と合流すべく歩みを再開させた4人。

 ほどなくして、クラリスの言っていた方向でセドリックとルークの二人を見つけた。

 

「セドリック君、ルーク君。きょーかしょ見つか、った……?」

 

 そしてそこには一緒に買い物をしていた二人以外にももう一人、咲耶にとっては覚えのない男子が追加されていた。

 

 

 

 ・・・・

 

 

 別のところで教科書を探していた咲耶、そしてその後ろに続くリーシャやクラリス、フィリス。

 咲耶はセドリックたちに話しかけるつもりで近づいて来て、あまり覚えのない男子が一緒にいることにきょとんとした顔になった。

 それに対してディズは興味深そうに咲耶に視線を向けた。

 

「へぇ、君がサクヤ・コノエか……」

 

 すぅっと目を細めて咲耶を見つめるディズ。

 咲耶の足元で子犬の状態のシロがピンと尻尾を立たせて見知らぬ男子を睨み付けている。

 

「あれ? クロスじゃん。なんでセドリックと一緒?」

 

 放っておけばそのまま吠えかねない様子のシロだが、その前に咲耶の後ろからディズの姿を認めたリーシャが問いかけるように声をかけた。

 

「えーと、初めまして、やよな?」

「そうだね。一応初めまして、かな。ディズ・クロス。スリザリンだ」

「去年の、っていうか3年連続で学年主席の男子よ」

 

 同学年の生徒全員を覚えているわけではない咲耶が首を傾げている様子に、ディズは自己紹介し、補足するようにフィリスが咲耶に耳打ちした。

 

 夏休み前。発表された成績によるとハッフルパフでトップだったセドリックを抑えて堂々のトップ成績を収めたスリザリンのディズ。それが今目の前に居る男子だということで咲耶は「おぉ」と感心したように声を上げた。

 落ちこぼれと揶揄されることの多いハッフルパフだが、セドリックが学年でも優秀な魔法使いであることは知っている。そんな彼よりもさらに優秀なのが彼なのだ。 

 

「ハッフルパフのサクヤ・コノエです。よろしゅうおねがいします」

 

 3年連続、ということにやや驚きながらも咲耶はぴょこんと頭を下げて自己紹介した。

 

「そちらは?」

 

 咲耶の名前を聞いたディズは次いで、彼女たちの後ろに視線を向けて問いかけた。

 咲耶の後ろにはリーシャとフィリスとクラリス。彼女の友人たちがいるはずなのだが

 

「わっ! びっくりした」

「そろそろ荷物が嵩張るころかと思ってね。その子もホグワーツの子かい?」

 

 タカユキが考えの見えない笑顔を浮かべて立っていた。いつの間にか音もなく立っているタカユキは、ディズに視線を向けて尋ねた。

 視線を向けられたディズがハッとしたように眼を瞠り、そして睨み付けるように視線を細めた。

 

 そんな二人の表情とは裏腹の視線に気づくことなく、咲耶は掌を上に向けてタカユキを紹介するように言った。

 

「こちら、今回うちの保護者をしてくださってる、リオン先生の友達の」

「タカハタ・G・タカユキだよ。よろしく」

 

 咲耶の紹介に合わせてタカユキはにこりと微笑を浮かべた。リオンの友人、という言葉にディズの瞳に一瞬だけ光が宿り、その光は気の所為かと見紛う間もなく消え去った。

 穏やかそう(・・)な眼差しのディズとタカユキの視線が交わる。

 

「……魔法世界の魔法使い、という方ですか?」

「いや。僕は旧世界、こちらの世界の生まれだよ。それに魔法使い、と呼べるほどのものでもないしね」

「そう、ですか」

 

 ディズが向けてくる視線、その中に見定める様な色が混ざっていることを見つけながらも言葉を返した。

 タカユキの言葉にディズは残念そうにすっと瞳を伏せ、そして先程の優等生らしい顔を咲耶に向けた。

 

「去年はあまり話せなかったけど、コノエさんには是非いろいろ話を聞いてみたいと思っていたんだ。魔法世界のこととか、ね」

「ええよ~。あ。でもうち、今からお買いものやから……」

 

 にこやかな笑みを向けて咲耶と友誼を結びたいと申し出るディズに咲耶は嬉しそうに答えた。

 今は他の友人たちと一緒に買い物中だからあまり時間は割けないが、魔法世界のことに興味を持ってくれる友達が一人でも増えるのは咲耶にとって好ましかった。

 ディズも流石に今、時間をかけさせる気はないのか、咲耶の困ったような返答にも特に動じた様子はない。

 

「ああ。もちろん。だからよければ学校が始まってからお話できないかな。

 魔法世界とはどんなところなのか。どんな魔法使いがいるのか。どんな国があり、どんな風にそこを統治しているのか」

 

 だんだんと、熱を帯びていくようにも聞こえるディズの言葉にかぶせるようにタカユキが割り込んだ。

 

「咲耶ちゃんはそれほど魔法世界に詳しくはないよ。そういう話ならむしろリオン。スプリングフィールド先生に尋ねた方が有益だと思うよ」

「……そう、ですね。スプリングフィールド先生にも是非、色々伺いたいと思っていましたから」

 

 学校の生徒のことは“先生”に任せることにしよう。タカユキは思い切って友人に色々と厄介事を押し付けるように告げた。

 それは彼にとってはむしろ好都合だったのか、ディズは不敵に微笑んだ。

 

「っと、あまり邪魔をしても悪いので、今日はこれで。新学期を楽しみにしているよ、サクヤ」

「うん。よろしゅうな~」

 

 スプリングフィールド先生(異世界の魔法先生)に話を伺う口実をつくれたことに満足したのか、話のタイミング的にもキリが良かったからか、ディズは最後に咲耶に別れの挨拶を告げた。

 咲耶はピコピコと手を振ってディズを見送り、足元のシロは、まだ警戒状態のままではあるものの、どこかほっとしたように尻尾を下ろした。

 

 

 ディズが去り、それぞれ新学期に向けた本を買い揃えた咲耶たちも書店を後にした。

 

「クロスかー。頭いいよな~、あいつ」

「そうよね。それにスゴイ紳士的。スリザリンなのにマグル生まれの子に対してもあんまり嫌な態度とらないし、他の寮の人からも人気よ」

 

 女子陣の話題は先程別れたスリザリンのハンサム優等生。ディズ・クロスについてだった。

 ややクセのある巻き毛の金髪。整った容姿は“一学年上のリオール”とも張り合うほどの美形。

 学業成績はクィディッチチームにこそ入っていないが、どの分野の科目でも優秀で、学年2位のセドリックを寄せ付けない飛び抜けた成績を誇り、すでに50年に一人の天才とも一部教師の間で評価されている。

 加えて他寮と敵対することの多いスリザリン生にしては珍しく紳士的な振る舞いで他寮の、特に女子から人気のある生徒だ。

 

 だが

 

「でもスリザリンの中では微妙な立場」

「? どしてなん?」

 

 好評価のリーシャとフィリスからは変わって、やや深刻そうなクラリスの言葉に咲耶は首を傾げた。

 いつもよりもなお、感情を隠しているように見えるクラリスに、咲耶は反対方向に首を傾けた。

 むっつりと口を閉ざしたクラリス。咲耶はうかがうようにリーシャとフィリスの方に視線を向けた。するとフィリスとリーシャも少し言いにくそうに眉を寄せて、結局リーシャがガシガシと後頭部を掻きながら言いにくそうに口を開いた。

 

「あー……あんま話題にしていいことじゃないんだけど……あいつマグルの孤児院育ちらしくてさ。スリザリンに入れたからどっかの純血の子供だろうって言われてるけど、よく分かんなくて。それであのスリザリンだから、ちょっと立場微妙らしくてさ」

 

 陰口、というわけではないが、込み入った他人の家の事情だけに言い辛かったのだろう。

 特にスリザリンに代表されるように、イギリス魔法界は魔法族と非魔法族の差別意識が強い。

 ハッフルパフの生徒では比較的影響が少ないが、それはマグル生まれの魔法使い(・・・・)には寛容なグリフィンドールであっても根強く、ましてスリザリンではマグルの孤児院出身の彼の立場は非常に肩身の狭いものだろう。

 

「特に去年はスリザリンに純血主義の名家の子が入ったしね」

「?」

「こっちの魔法使いの中にはマグルとの混血を嫌う純血主義の思想がある。特に純血の名家ほどその傾向が強い」

 

 リーシャの説明を補足するフィリスの説明に、咲耶は首を傾げて疑問符を浮かべた。純血主義という言葉についてクラリスは無表情な顔を凍てつかせたようにして淡々と話した。

 

 一方リーシャはフィリスの言った名家の子のことを思い出そうとしているのか、眉根を寄せて額を小突いていた。

 

「なんだっけ。えーと……マル、マル……」

「マルフォイよ。ハロウィンの時、あんたが助け起こした子」

 

 思い出そうとして思い出せなかったリーシャの代わりにフィリスがその子の名前を口にした。

 

「おおっ! あれ? あいつだったんだ!」

「へ~。マルホイ君か~」

 

 昨年のハロウィン。トロール襲撃事件のあったあの日、避難の途中でリーシャが助けたスリザリンの生徒。

 すでに忘却の彼方にすっ飛んでいたあの少年がその純血の名家だと分かってとりあえずリーシャはぽんと手を打った。ついでに感心したように言う咲耶。

 

「ちなみにリーシャも一応純血」

「へー」

 

 クラリスはおまけのように、彼女たちの友人も一応出自は立派だということを告げた。

 

「あ~。ま、一応、遡れば5代くらいはそうなんだけど。ウチの場合はそんなに気にしてなくて、単に学生の時に恋愛してってパターンが多いだけだよ」

 

 肩を竦めて言い淀むリーシャの様子からは、純血ということにさして重きを置いているわけではなさそうなことが見て取れた。

 血筋などにとらわれない自由な翼。

 それはリーシャにとてもよくあっているように思えた。

 

 微笑んでリーシャを見た咲耶は次いで、こそこそとフィリスとクラリスと顔を寄せ合ってこれ見よがしにコソコソ話をしだした。

 

「なるほど。つまりリーシャもそのうち学生結婚てパタンやね」

「同じ寮だと誰かしらねー。リーシャ、スタイルいいし、もう少しおしゃれさせれば可愛いし」

「黙らせておけばバカなのもバレない。とりあえずあの胸を武器にすればいい」

 

 咲耶はワクワクと、

 フィリスは少し離れたところを歩く少年にちらちらとわざとらしい視線を向けて、

 クラリスは相変わらず辛辣に、ただ普段と変わらないように。

 

「おいっ!! 聞こえてるから!!」

 

 青筋を浮かべたリーシャが咲耶たちを追いかけまわし。咲耶やフィリスたちはキャーと騒ぎながら逃げ回った。

 

 

「相っ変わらず仲良いよな、あいつら」

「そうだね」

 

 きゃいきゃいと鬼ごっこしている4人を感心したようにルークは眺め。4人の会話の聞こえなかったもののその仲が良さそうなのはセドリックも見ていて微笑ましかった。

 それは幼いころからの咲耶を見てきたタカユキも同じらしく、見守るように微笑ましそうな眼差しを咲耶に向けていた。

 

「良い寮に選ばれたみたいだね、咲耶ちゃんは」

 

 思わず、といった風に漏れ出たタカユキの言葉にセドリックはピクンと反応した。

 聞き取られるつもりはなかったのだろう、タカユキは苦笑をセドリックに向けてから照れくさそうに視線を外して咲耶に向けた。

 

「さて。咲耶ちゃん!」

 

 少し大きめの声で呼びかけられた咲耶は、ちょうど逃げ回っていたところをリーシャに捕えられており、リーシャも一緒になって「ん?」というように振り向いた。

 ちょいちょいと手招きしているタカユキを見て、リーシャは咲耶を放した。

 

「僕はそろそろ魔法省の方に行かなきゃならないから、後はシロ君に任せさせてもらうよ」

「うん。おおきにありがとうございました、高畑さん。お仕事頑張ってな」

 

 とことこと近くまでやってきた咲耶にそろそろ辞去することを申し出ると咲耶はそっかという顔をしてからぺこりと頭を下げた。

 中途半端な時に護衛役を辞するのが気にならないと言えば嘘になるが、タカユキとしても魔法協会の任務である魔法省との会談も疎かにはできない。

 買い物はおおよそ終わっているし、後は友人宅に泊まりに行くだけのようなものだ。そして、護衛役には長自らが選任した白狼天狗がいる。

 

「咲耶ちゃんだったら大丈夫だと思うけど、シロ君から離れて無茶はしないようにね」

「はーい」

 

 ないとは思うが、一応注意を述べておくと咲耶は素直に返事を返し、シロはトットッと重さを感じさせない足取りで咲耶の体を昇って肩の上にとまった。

 

「それじゃあ、グレイスちゃん。親御さんに挨拶できなくて申し訳ないけど。みんなも、咲耶ちゃんのことよろしくね」

「あ、はい」

 

 咲耶と別れを済まし、彼女の友人たちにももう一度挨拶を済ませたタカユキ。

 どうやら咲耶たちはイギリス魔法族の伝統的な交通手段を使って家へと戻るとのことだ。

 

 別れ際、大きく手を振る咲耶に最後にもう一度小さく手を振ったタカユキはくるりと背を向けて表情を引き締めた。

 

 これからの交渉の相手は、先程までの純粋な子供魔法使いではなく、イギリスという伝統ある魔法の国で伏魔渦巻く権力の中枢に居る老獪たちだ。

 そちらの交渉に関して、今のところ特に目立った問題があるとは聞いていないが、これから話に行く内容が内容だ。かなり荒れることが予想されるし、その後には荒事の予感漂う事案も残されているのだ。

 

「さてと。まずはイギリスの魔法省か。それと……

 

 ……欧州魔法族の監獄“ヌルメンガード”か」

 

 

 


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