春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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リオール君は一体いつこのデートの情報を入手したんでしょうかね

 ―― 一緒にデートしないかい? ――

 

 投げかけられた爆弾に方々色々と反応してから一日。

 

「なんでこうなるかなぁ……」

 

 ホグズミードへ行くために校門前に集まったリーシャたち。

 みんなで遠足気分の咲耶。フィリスはなんだかワクワクしたようにその咲耶と話しており、クラリスは相変わらずの無表情。

 セドリックとルークは、今日に限って再び姿を現したリオールと何やら話している。

 リーシャはなんだかよく分からない事態になっていることに「はぁ」とため息をついた。

 

「やあ! ごめん、待たせたかな」

「ううん。大丈夫」

 

 そしてリーシャを困惑させている当人、ディズ・クロスがハンサムな笑顔でやって来て咲耶に声をかけた。

 セドリックたちも会話をやめてディズに近づいた。

 

「今日はよろしく、セドリック・ディゴリー……それと……」

「ああ。彼はリオール・マクダウェル君。えーっと、咲耶と仲が良くて、よく一緒にホグズミードに行くんだ」

「へぇ……よろしく、リオール・マクダウェル(・・・・・・)

 

 リオールとは“初顔合わせ”となるディズに紹介した。ディズはリオールに興味を持ったのか、握手を求めて左手を出した。

 

 

 握手を返すリオールを見て、そして自分の隣でワクワク顔をしているフィリスを見て、リーシャは溜息をついた。

 

「はぁ……フィー。なんでそんな楽しそうなんだ?」

「え!? だって気にならない? あそこ」

 

 なんだか睨みあっているようにも見えるリオールとディズ。そして二人を困ったように見ているセドリックと、リーシャと同じく溜息をついているルーク。

 咲耶は二人の間でニコニコしており、足元のシロは不機嫌そうに尻尾を揺らしている。

 

「わたしゃ、見てて胃が痛くなりそうなんだけど……」

 

 咲耶の想い人が某魔法先生なのは承知済み。

 その上で、ホグズミードデートを繰り返したり、クリスマスにはプレゼントを贈ってきたりとしているリオールは、咲耶に気があると思っていた。

 そして昨日突如として咲耶をホグズミードデートに誘ったディズ。

 紹介したセドリックが困ったような顔をしているのも頷ける。

 

「バカね。だから見てて面白いんじゃない。あの4人と…………」

「ん?」

 

 他にも気になることがあって気分が下がっているリーシャだが、対してフィリスはここ最近の落ち込みがなんだったのかと言わんばかりのテンションの高さだ。

 ワクワクが止まらない、といった様子のフィリスは、ふと言葉を切ってリーシャを見上げた。

 

「うん。まだ分かってなさそうね」

「なんだよ」

「いいからいいから」

 

 本日、ホグズミード集団デート開催。

 

 リーシャの溜息が漏れた。

 

 

 

 第29話 リオール君は一体いつこのデートの情報を入手したんでしょうかね

 

 

 

 事は昨日、決闘クラブが終了した直後に遡る。

 咲耶をデートに誘ったディズだが、あぶぶと混乱している咲耶。そして目の色を変えた彼女の友人たちを見て、にっこりとなった。

 

「あ、よければ君たちも一緒でどうかな?」

「は?」

「セドリック・ディゴリーや、ルーク・アグリアーノも」

「???」

 

 続いた言葉は、咲耶だけでなく、リーシャやフィリス、クラリス。そしてセドリックとルークまでも誘うというものだった。

 流石に混乱するリーシャたち。

 

「ああ。ごめんごめん。デート、って言っても、ちょっと君たちと一緒に回ってみたくなったんだよ。君たちはいつも楽しそうに回ってるからね。……それに、サクヤとももっと話してみたいし」

 

 胡散臭そうに見てくるリーシャにディズは説明を補足した。

 前々から咲耶と話をしてみたいと言っているディズだが、どうやら今回のデートの申し込みは、個人的に咲耶につきあって欲しいというものではなく、少しでも距離を近づけたい、といったものらしい。

 そうならそうと紛らわしい言い方をせずに言ってほしいものだが、顔を近づけてウィンクしている様子からは、外堀を埋めていくために敢えて、そういう言い方をしたようにも見えた。

 

 

 ・・・・・・

 

 

 ホグズミードにやってきた一行は、ひとまず買い物を済ませてから三本の箒へと入った。

 そしてディズから今回のこの集団デート(?)の目的を聞かされることとなった。

 

「クラブ?」

「ああ。最近物騒だろう? 昨日の決闘クラブのように僕たちで戦い方を練習しないかい?」

 

 それぞれに三本の箒名物のバタービール(咲耶のみオレンジジュース)を注文してから切りだされた話は、クラブ活動の誘いだった。

 ホグワーツにおいて、クラブ活動は認められているものの決して数は多くない。

 

 たしかに今年に入ってからだけでもスリザリンの継承者による襲撃騒ぎが続いており、昨年度に至っては、トロールの侵入や“例のあの人”が手先を潜り込ませるといった事件が起きていたのだ。

 特に今年は(今年も)その実技を本来教えるはずの闇の魔術に対する防衛術の教師が“アレ”なのだ。実践的な魔法について自発的に学ぼうとする者がいてもおかしくはないだろう。

 

 だが、リーシャは引き合いに出された昨日の決闘クラブを思い出して顔を顰めた。

 そしてそんなリーシャを見てセドリックも少し難色を示した。

 

「それは面白い考えだけど、僕とリーシャはクィディッチがあるからなかなか時間をとるのは難しいと思うんだけど」

 

 この中でセドリックとリーシャの二人はクィディッチチームの代表選手に選ばれているのだ。

 年がら年中練習をしているわけではないが、それでも二人はかなりの時間をクィディッチの練習に費やしており、課題の時間なども考えるとそれほど余裕はない。

 

「そこは上手く調整するさ。勿論ハッフルパフのクィディッチチームの戦力低下を目的としたものなんかじゃないから、出来る範囲でかまわないよ」

 

 セドリックの懸念に対し、ディズは冗談めかして言った。

 

「でも戦い方を練習するなんて先生の許可か、見てもらう必要があるわ」

 

 それに対してフィリスは実際にやることを想定しての懸念を告げた。

 魔法戦闘を意識した練習などということになれば、危険を伴うだけに先生に許可を申請しておく必要はあるだろう。

 フィリスの指摘にディズは口元に笑みを浮かべた。

 

「そう! それなんだけど。スプリングフィールド先生に頼もうと思うんだけどどうだろう?」

 

 ディズの言葉に、リオールと咲耶がぴくんと反応した。セドリックもひくっと顔を引き攣らせてリオールにちらり視線を送った。

 

 一体何を思ってディズがスプリングフィールド先生を監督にしようなどと考えたかはセドリックは知らないが、タイミング的にはよりによって、というタイミングだ。

 

「どう思うかな、サクヤ?」

「はぇっ!?」

 

 しかもディズはわざわざ咲耶に意見を求めたではないか。

 動揺しているところに質問を向けられて咲耶が椅子の上で小さく跳ねた。

 

「スプリングフィールド先生とサクヤは親しそうだから、お願いできないかな?」

「え。えーっと……」

 

 まあよく考えれば、わざわざ咲耶に話があるといった上でスプリングフィールド先生の名前を出したのだから、取り持ってくれという頼みであることは分かるのだが……

 

 咲耶は明らかに動揺したようにちらちらと隣に座ってバタービールを傾けているリオールに助けを求めていた。

 困ってますと目が語っている咲耶の様子に、リオールはジョッキをおいて溜息を一つ。 

 

「たしか、第1回目を開催された防衛術の教授がいらっしゃったと思うが?」

「残念ながら前回のロックハート先生の決闘クラブを見る限りにおいて、秘密の部屋の怪物に役立つ戦い方を学べるとは思えないんだ」

 

 大反響をもって行われた決闘クラブ。

 その第1回目の主催者にお願いすれば、あの先生はきっと喜んで大々的にクラブを開催して下さるだろう。

 それは分かる。それは分かるのだが、リオールのそれはどう聞いてもリーシャたちには皮肉にしか聞こえなかった。

 そしてリオールの問いにディズはすらすらと、残念そうな顔をして反論した。

 

 フィリスがむっとして反論したそうにしたが、流石にこの場ではロックハート先生擁護派が少数であることは察しているのだろう。不満そうにしたまま意見は差し控えた。

 

 フィリスの不満。咲耶の動揺。そしてリオールの(おそらく)苛立っていそうな感じにセドリックは口を挟んだ。

 

「それならフリットウィック先生はどうだろう? 先生は若いころに決闘チャンプだったというのを聞いたことがあるし」

 

 妥協案として、別の方面に巻き添えを増やすという方法。

 決闘チャンプという肩書があるのだから理由としてはたつし、少なくとも“本人”の目の前で素知らぬ顔で相談事をするという気まずい状態は避けられる。

 

「フリットウィック先生はレイブンクローの寮監だから、今居るメンバーとは関わりが薄いだろ。それにこの前の決闘、ルールで負けはしたけどスプリングフィールド先生の戦い方は凄かったと思わないかい?」

 

 だが残念ながらディズの考えは固いらしく彼の返答にリーシャは「まあなぁ」と腕組みしながらうんうんと頷いた。

 

 たしかに、昨日の模範演技。

 無言呪文を連続発動させたスネイプ先生の手並みも中々だったが、杖を吹きとばされた状態で、まるで姿現しでもしたかのように一瞬でスネイプ先生の背後をとったスプリングフィールド先生の技は、セドリックも関心の深いものだった。

 

 しかも、結局それを除けば精霊魔法も障壁魔法も使わなかったことを考えると、あれは本気ではないのだろうという予想は容易くついた。

 

 思わず揺らいでしまうセドリック。

 

「それなら勝ったセブルス・スネイプ先生の方が適任では? たしか貴様の居るスリザリンの寮監だろう?」

 

 劣勢気味のセドリックを援護するため、というか面倒事を回避するためか、リオールが決闘クラブのもう一人の助手殿を差し出した。

 

 その意見の筋はたしかに真っ当。

 元々スネイプ先生は、闇の魔術にすごく詳しいという評判のある先生で、長年防衛術の教授職を狙っているというもっぱらの噂のある先生なのだ。

 スリザリン生を贔屓して、他寮の生徒に意地が悪いという欠点こそあるが、そのスリザリン寮生で極めて優秀と評判なのがディズなのだ。

 そのほかの参加(予定)者のことと本人の性格を考慮しなければ選択肢としてはありかも知れない。

 

 リオールの反論にディズはじっと見つめ返し――ふっと微笑んだ。

 

「そうだね。ただ……本音を言うと、先生にもっと精霊魔法について聞きたいと思ったんだ。

 この前の決闘。杖を失ったら負けというルールで負けていたけど、先生は杖を失ってもなんの問題もないように戦っていた。それこそ本当の戦いに必要な技能だと思わないかい?」

 

 明るい表情に切り替えて“演説”するディズに、リーシャなどは腕組みしてうんうんと頷いている。

 

 咲耶がみんなの様子をちらりと伺ってみると、ほとんど全員、申し訳なさそうなセドリックも含めてディズの意見に傾きかけているように見えた。

 どうするつもりだろうと咲耶は隣に座る“リオール”に視線を向けた。

 

 

 

「たしか精霊魔法にも発動媒体は必要だと習ったと思うが?」

「うん。だから、それも含めて戦い方だろ?」

 

 ――コイツ…………――

 

 リオールは話しながら、ニコニコとした顔を作っているディズを観察していた。

 

 ディズの魔法力は、流石に自分や、まして咲耶ほどの魔力容量はないものの、授業で見る限りにおいて中々に優秀な部類に入るとは思っていた。

 そして前回話した時に感じた感触や、向けてくる見透かそうとするかのような視線。

 

 この子供は自分の偽装 ――年齢詐称薬による年齢変化を見破っている。

 

 そんな感覚を“リオン”は覚えた。

 

 前学年時の、あのトロール事件の時から向けてきていたこの少年の眼差し。

 タカユキが自分に押し付けたということからも、どんな意図をもって咲耶に近づいてきているのかと警戒して、今回同行することを決めたのだが、どちらかというと狙いは最初から自分であったかのようにすら思える。

 

「一応頼むだけ頼んでおいてくれないかな、サクヤ」

「えっ!? あ、えー、うん……」 

 

 リオールを説き伏せたと判断したのか、ディズは改めて咲耶にお願いをした。

 咲耶も、リオールが反論を止めて、テーブルに置いていたジョッキを手に取ったことで、首を縦に振るしか選択肢がなくなってしまっていた。

 

 咲耶に首を縦に振らせたことでひとまず満足したのか、ディズはにこりと微笑んだ。

 

「良かったよ。継承者の動きが一層悪質なモノになってるみたいだから気になってたし」

「悪質?」

 

 ほっとしたように言うディズ。その言葉にフィリスは首を傾げた。

 

「そう言えば、サクヤはハリー・ポッターと仲が良いのかい?」

「ハリー君と? うん。こっちに来て一番最初にお話ししたんがハリー君なんよ」

 

 口に出して気づいたような顔をして尋ねてきたディズに、咲耶は笑顔で答えた。

 

「へぇ……最初? どこで会ったんだい?」

 

 ディズはその顔をじっと見つめた。普段の学校生活を垣間見るに、最も親しそうにしている友人は同じ寮でルームメイトの彼女たちだろう。それよりも早く、別寮の年下の子と知り合う機会など、留学生にはそうはないだろう。

 

「えとな。去年、学用品買うためにダイアゴン横丁に行ったとき、ハグリッドさんに案内してもろたんやけど、その時。な?」

「知るか。なんで俺に聞く」

 

 なぜだか嬉しそうで振り返ってきた咲耶に、リオールはいらっとした返答を返した。

 

「でもそうか……なら彼は今、大変そうだね」

「そうなの? 例の噂のことならそろそろ下火になってきたころじゃないの?」

 

 先程の話の流れとハロウィーン以降に噂された件、ハリー・ポッターが継承者説についてのことだと察したのだろう。フィリスがディズの言葉に意外そうに尋ねた。

 

 もともと第一発見者で、フィルチが騒いでいたくらいしか噂の根拠はなかったのだ。ほとんど信憑性のないはずだった噂だったのだからそろそろ鎮火する頃合いだと思っていたのだ。

 

 だがそう思っているのは少数派のようで、興味のなさそうなリオールの他は、よく分かっていなさそうな咲耶とフィリスのみ。リーシャやセドリック、ルークたちは眉根を寄せて険しい顔をしている。 

 

「昨日まではね。でも今日は再燃してるはずだよ。なにせハリー・ポッターがパーセルタングだと昨日暴露したからね」

「パーセルタング?」

「蛇の言語、もしくは蛇と話せる技能のことだよ」

 

 ディズが言った聞きなれない単語に二人は首を傾げ、セドリックが険しい顔のまま注釈した。

 

 パーセルタング。蛇と話せる技能。

 昨日の決闘クラブで、マルフォイが呼び出した蛇が、術者の意に反したように進路を変えた。それは思い返してみればハリーが何か声にならないなにかを喋った直後だったようにも思えなくない。

 

「それがなんでハリー君が継承者って話になるん?」

 

 きょとんとした様子の咲耶。

 

「そうか……サクヤは知らないか」

「えっ? 私も分からないんだけど……」

 

 ディズは少し考え込み、彼だけでなくリーシャやクラリスたちも顔を顰めている様子にフィリスが怯んだように周囲を見回した。

 

「パーセルタングはスリザリンの持っていた異能なんだよ」

「えっ!?」

 

 純血ではないフィリスが知らず、そしてリーシャが気づいて言わなかった理由。

 それは昨日のあの場面は、ハリー・ポッターが継承者だと思わせるのに決定的に近い理由があったからなのだ。

 ハリーに対して疑心暗鬼になりかけていたフィリスにあの場で告げれば、恐慌状態になる恐れがあった。そのためにリーシャは口をつぐんだのだった。

 

 咲耶は思わず反射的に頼りとしているリオールへと振り向いた。

 

「なんで俺を見てんだよ」

「あ、いや…………」

 

 ただの反射的なものだったから深い理由はない。ただリオールだったら蛇とくらい話せるのではないかと淡く期待したからなのだが、反応を見る限りそういうものでもなさそうらしい。

 

「少なくともイギリス魔法族の間では、蛇と話せる魔法使いはそうは居ない。恐らく今、学校の方だとハリー・ポッターがスリザリンの子孫だという噂でもちきりじゃないかな」

 

 そしてさらに、ディズは現状の推測を交えながら話を進めた。

 リーシャがちらりとフィリスの顔を伺うと、やはりそこには顔を蒼ざめさせている脅えた友の姿があった。

 

「そんな……それじゃあ、やっぱりハリー・ポッターが継承者なのかしら……?」

「……可能性は50%ってところだと思う」

「そんなっ!!」

 

 あの英雄がまさか自分たちに牙剥く“悪魔”かもしれない。それはフィリスの恐怖を呼び起こすには十分だったらしい。

 顔を青ざめるフィリスにディズは慎重に言葉を選ぶように言った。白黒半分ほどの可能性というのが高いのか低いのかはともかく、全くの白ではないというのは、やはりショックなのだろう。友人にかけられた疑いに咲耶が高い声を上げて身を乗り出した。

 

「根拠はあるのかい?」

 

 ショックを受けている咲耶の様子を見て、セドリックがその根拠を尋ねた。

 

 セドリックとハリーは、互いにクィディッチチームのシーカー同士という間柄でしかない。それに昨年の試合ではハリーがセドリックを寄せ付けない圧倒的な能力を見せつけたこともあって、おそらく彼の印象には残っていないだろう。

 言ってみれば敵という間柄ではあるが、それでも彼が今学校を騒がせているスリザリンの継承者であるとは思えないのだろう。

 

「継承者はスリザリンの怪物を操っている。そのことから純血、特に名家の可能性が極めて高い」

「だったらたしかスリザリンに居るだろ。もっと怪しいのが?」

 

 ディズの答えはどちらかというとあまりハリーを犯人にする根拠とは思えないものだった。セドリック同様、リーシャも彼とは友人と呼べるほどに親しい間柄ではないが、咲耶の友人であり、クィディッチのライバルであるハリーを犯人にしたくはないのだろう。

 

 思い浮かべたのはホグワーツ特急で図々しくも咲耶に近づいてきた生意気な後輩。

 純血主義で純血の名家の出である少年。

 

「ドラコ・マルフォイかい? 彼は違うと思うよ」

 

 それは同じ寮のディズの方が詳しい。その反論がくるのが分かっていたかのようにディズは微かに微笑んで否定した。

 

「彼のことは同じ寮だから知ってるけど、あんな風に挑発的に立ち回るよりも、こそこそと影で何かするか、強者の威を借りる程度だと思うな。まあ可能性的にはせいぜい10%ってところだろうね」

「うーん。それもそう、か…………」

 

 ディズの推測と評価にリーシャは思わず納得した。

 1年前のこととはいえ、スリザリンの継承者としての力を有しているほどの魔法使いがトロール相手に無様を晒すようなことはしないだろう。それよりもうまく立ち回ってなにかをするか、それとも立ち向かうかするだろう。

 そう考えるとたしかに、彼と同じ1年生でトロールを倒したと言われるハリーの方が怪しく見える。

 列車の中でも上から目線で咲耶を引き込もうとして、それが出来なかった途端に親の威を借りて偉そうにしようとした挙句、シロに一蹴されていた。

 仮にも伝説の魔法使いの継承者を名乗るのならば、それこそ相応しくないとみなさざるを得ないだろう。

 

「でもハリーってマグルの家で育てられているのよね。それに例のあの人を倒した人よ?」

 

 納得しようとしているリーシャに対して、ハリー英雄説を信じているフィリスは信じないとばかりに反論を続けた。

 

 “名前を言ってはいけない例のあの人”。闇の帝王。ヴォルデモート卿。

 今現在の英国魔法界が平穏を保っているのは、ひとえにハリー・ポッターが彼を滅ぼしたからだ。

 闇を払い世界を安定へと導いた英雄。その彼が、よりによって“例のあの人”が掲げた純血思想を引っ提げてホグワーツを粛清しようなどと悪夢以外の何物でもあるまい。

 

「確かにね。……でもどうやって倒したかは分かっていない」

 

 それはディズも分かっている。

 フィリスの言葉に首肯しながら、疑念を口にした。

 

 フィリスもそれに気づいたのかはっとしたように口を噤んだ。

 

「彼があの人を倒した時、彼はまだ1歳かそこらだろう? それこそ生まれながらに何らかの力を持っていたと考えた方が自然だ」

 

 闇の帝王と称される“例のあの人”は、英国魔法界ではただ一人ダンブルドアのみが彼の恐れる人物であったと言われており、実際に数多の闇払いや魔法使いが屠られ、恐怖の世界へと陥れられたのだ。

 子供が、まして赤ん坊と言っても差し支えない幼児が倒すことができる人物でなかったはずなのだ。

 

 だが、ハリー・ポッターは帝王を倒した。

 そして…………

 

「それにポッター家は元々純血の名家だ」

「えっ!!?」

 

 もう一つ口にした言葉にフィリスだけでなく、セドリックやルークもぎょっと驚いている。

 ハリーがあの人を倒した時に両親を失い、マグルの親戚の家に預けられて育てられているというのは、1年前にすでに全校生徒が知るほどに知られた事実だ。

 だからこそ、違うと思っていたのに、ディズはそれを崩すことを口にした。

 

「ああ。聞いたことあんな。うちのとーさんが昔、クィディッチであいつの父さんと戦ったことがあるとかで、結構仲良かったらしい」

 

 誰もが驚くディズの言葉に、リーシャは記憶の底をさらうような顔をして思い出しながら言った。

 

 ハリーの父。ジェームズ・ポッター。

 クィディッチのトロフィールームにその名を刻まれるほどに卓越した乗り手だったのは事実だ。

 

 リーシャの両親も魔法族の純血であり、当然その学生時代は彼女たちと同じホグワーツで青春を過ごしたのだ。

 ほかのことならばいざ知らず、クィディッチに関する知識だけはたしかなリーシャがそういうからには、そうなのかもしれない。

 

「確かに、そう考えていけばすごく怪しいわね……でもそれだけあって何で50%なの?」

 

 揺らぎ始めたのかフィリスが不安そうに尋ねた。

 これまでのディズの言葉を信じるとすれば、純血の家系で、何らかの強力な能力を有しており、スリザリンの異能であるパーセルタングを持ち、行動力もある。

 

「彼がグリフィンドールだからだ」

 

 フィリスの問いに対するディズの答えはあっさりとしたものだった。

 短いその答えに思わずフィリスたちはきょとんとしてディズを見た。

 

「それと、ポッター家は純血でも、おそらく彼は純血じゃない」

「どうしてそんなことが分かるんだい?」

 

 付け加えたディズにセドリックが首を傾げた。

 

「少なくとも母親はマグルとかかわりが深いからさ」

「彼のお母さんを知ってるの?」

 

 たしかにリーシャも父親に関しては知っていたが、母親に関しては何も聞いていない。

 

 だが魔法族の純血、というのならば図書館で調べることも可能だったかも知れないが、あまり有名な純血でない可能性も十分にありうるはずだ。少なくとも、マグルの孤児院出身のディズが純血魔法族の情報網に詳しいというのは奇妙な話だろう。

 

 もちろん、ディズはそれを知っているわけではない。

 

「いいや。だけど彼は親族であるマグルの家で暮らしているのだろう? だったら、少なくとも母親はマグルか、もしくはマグルに極めて近い親等だったはずだ」

 

 だが、ディズの推測は十分に一考に値するものではある。

 疑いかけていたフィリスやクラリスが気付いてあっと声を上げた。

 

「もちろん、彼が“ポッター家”の魔法使いとして血の半分のみを誇っているのなら疑わしさは極めて高い。けど、彼は見た限りにおいては純血思想とは距離をおいている」

 

 普段のハリーを見た限り、本当に魔法族のことには疎く、マグル生まれのはハーマイオニーと親しことなどからも、どちらかというと純血思想を嫌っているように見える。

 

「このために初めから隠しているというのは?」

 

 クラリスが尋ねた。

 

「たしかに歴代校長の誰もが見つけられなかった秘密の部屋を開けた継承者はかなり頭がいいのだろう。彼がそうなら意図的に自分の能力や思想を隠していた可能性はある。

 けどそれならいきなり犯人候補になるような間抜けな真似はしないよ」

 

 スリザリンの継承者は極めて頭のいい人物だろうというのがディズの予想だ。

 歴代校長が、なによりもダンブルドアが未だに見つけられていない秘密の部屋を開いた人物なのだから。 

 だからクラリスの推理を全否定はできない。

 だがもしもそうならば、わざわざ衆人環視の中でスリザリンの異能であるパーセルタングを見せつけはしないだろう。

 

「わざと疑われることで、敢えて疑惑から外れるっていうのはどうかしら。ほら、よくマグルの推理物であるみたいに」

 

 フィリスがマグルの世界でよくあるフィクションを思い出しながら言った。

 

 第1発見者を装って疑惑を外れようとするというのはたしかによくいるものだ。

 あるいは、事件を解決する探偵役を装った犯人などなど……

 

「それはいくつかの候補が予め想定できる場合だよ。今回みたいにそもそも候補が浮かび上がらないというのに敢えて疑惑の目を向けさせるなんてナンセンスだ」

 

「でもそういう風に考えさせることが……」

 

 マグル世界に慣れているディズもそれは分かっているのだろう。だが、それでもフィリスの推理には否定的らしい。

 

「うーん。だからさ。そういう風に考える余地がある時点ですでにらしくないんだよ」

「?」

「例えばさ、この話をした時点で、継承者が僕だという風に疑っている人がどれだけいる?」

「えっ!!?」

 

 よくわかっていなさそうな咲耶やリーシャたち。

 ディズは思い切ったように自分を例にし、思わずフィリスたちはぎょっと身を引いた。

 

「ほら。そういうことさ。こんな風に言い出すってことは継承者じゃない証拠だ、って言うこともできるけど。そもそも今みたいに怪しまれる可能性を出さなければ候補にすら上がらないんだから」

 

 そんな女子たちの反応に、ディズは微笑みながらおどけたように言った。

 

「あ、そっか」

「えっ? えっ? ど、どういうこと?」

 

 ディズの言葉で、その意図が分かった咲耶やフィリスたちだが、リーシャはよくわかっていないらしく混乱している。

 

「つまり疑いを外すって目的でも、自分に目を向けている時点ですでに目的がおかしくなっちゃてるってことね」

 

 フィリスが確認するように言うとディズは、答えを導き出した教え子に向けるようににっこりとほほ笑んだ。

 

「そう。元々怪しまれる可能性が高いドラコ・マルフォイが第1発見者だったとか、パーセルタングだった、って明かしていたとしたら、今みたいな余地はあったけどハリー・ポッターはそうじゃない。

 もしもミセス・ノリスの時に近くを通らず、パーセルタングであることを明かさなければ、候補になることすらなかったんだ。

 秘密の部屋を開けるほどの才覚の持ち主なら間違いなく後者を選ぶ」

 

 ハリーが継承者であるか、そうでないのか。話の流れからするとディズはどちらかというと否定派のような印象を受けるものの、怪しさであらばたしかによくわからない状態ではあった。

 

 セドリックやルークもディズが言っていた意味を理解してなるほどと頷いていた。

 ただ

 

「まるで秘密の部屋を開けることの難しさを知っているみたいな言い方だな」

 

 意地悪く、にやりとした挑発的な笑みを浮かべながら落ち着いた場をかき乱すようなことを言う赤毛が一人。

 

 ニヤニヤとしているリオールに、その言葉の意図を理解したセドリックやクラリスがぎょっとして振り返った。

 ディズは虚をつかれたように一瞬きょとんとした顔でリオールを見た。

 

 そしてふっと微笑みを返した。

 

「それはそうさ。歴代校長が影すら見つけられなかったホグワーツの謎なんだから」

 

 返したのは特に当たり障りのない返答。

 目を引く美少年二人が向けある笑み。

 ただし、その間に漂っているひんやりとした雰囲気は、困惑している咲耶やリーシャたちの気のせいではあるまい。

 

「えーっと、じゃあ継承者は誰なのかしら……」

 

 継承者に対する恐怖よりも今この場における空気の悪さをどうにかしようとフィリスが戸惑いがちに疑問を提示した。

 

 見つめ合うディズとリオール。

 フィリスから質問を提示されたことで、視線がついっと逸らされた。

 

「それは分からない。けどおそらく今の時点で候補になっていなくて、過去に闇の魔法使いと何らかの関わりがあった人物だろうね」

「ほう。つまり貴様は今、候補にのぼったから除外されるわけだ」

 

 まあ妥当な推測を口にするディズに対して、まぜっかえすリオール。

 隣に座っている咲耶があぶぶあぶぶと慌てている。

 

「はは。そうだね。リオールはどう思う?」

 

 揚げ足を取るリオールの性格がだいたい分かってきたのか、ディズが咲耶に気にしてないよと笑いかけながら相槌を打って、切り替えして尋ねた。

 

「さあな。こそこそ隠れながら猫やら子供にしか手を出せないなら、よっぽどの腰抜けなんだろ」

 

 興味なさそうなリオールの言葉に、フィリスたちは目を丸くし、ディズは口元に笑みを浮かべた。

 

 

 

 咲耶たちがホグズミードを訪れていたこの日。

 

 

 ホグワーツ場内では継承者による第3、第4の襲撃事件が起きていた。

 

 ハッフルパフの生徒、そしてゴーストまでもが継承者によって石にされるという事態に、学校は恐怖に覆われていた。

 


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