春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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立ち込める暗雲

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 グリフィンドールのジニー・ウィーズリー

 スリザリンのドラコ・マルフォイ

 

 確認しているだけで、あの二人はすでに継承者の手に落ちている。

 幸いなのは、継承者とは思考の方向が違うらしい。

 まあそれも当然だろう。

 

 過去と血筋を後生大事に自慢して自ら未来を殺し、古い世界に閉じこもろうとするようなヤツだ。

 違う世界、新たな世界を求める自分とは見るべき先が違う。

 

 継承者の注意は闇の帝王を倒した英雄へと向いている。

 自分の注意は新世界の魔法使いへと向いている。 

 

「リオーン。なんかアドバイスないん?」

 

 そう――――今現在、修練のために訪れているこの魔法球の主、リオン・スプリングフィールドへと。

 彼は魔法戦闘の訓練をしている自分たちをよそに本を読んでいる。

 

「相手の攻撃に当たらないようにして、自分の攻撃を当てろ」

 

 本に向けている視線を上げることなく、ぺらりとページをめくって素っ気なく答えた。

 あまりにもあんまりなアドバイスにセドリックやフィリスは苦笑し、リーシャやクラリスがむっと顔を顰めた。

 

 この場所(レーベンスシュルト城)を決闘クラブの活動場所として使わせてもらうようになって、たしかに魔法戦闘の基礎は幾分磨くことができた。

 だがそれはほとんどセドリックやディズが他のみんなに教えるという形式であり、二人も模擬戦などをして多少の経験にはなっているが、それは十分な訓練を積んだとは言い難いだろう。

 

「むー、教えてくれねーな。スプリングフィールド先生」

「サクヤのお願いでもダメじゃねぇ……」

 

 咲耶をけしかけてお願いさせたリーシャが唇を尖らせ、フィリスも残念そうに頬に手を当てた。

 

 できるのならば“英雄君”が目立ってくれている間にあの怪物と継承者をどうにかする目処をつけたいというのが正直なところなのだが……

 

 ふむ、と一つ思考を巡らせ、ディズは相変わらず本を読んでいる先生に近づいた。

 

「先生。よろしければ一度お手合わせ願えませんか?」

 

 ぴくり、と反応して先生は顔を上げ、ディズを観察するように見た。後ろの方でリーシャたちがおおっと驚いている声が上がった。

 

 

 今の所彼には教える気というものがないのだろう。

 だが、ディズの見立てではこの魔法先生は自分には多少興味を抱いていると見ていた。

 それが“彼女”を基点にした警戒心に基づくものか、それとも散々にとってきた挑発の結果かは残念ながら判然としないが。

 

 そして興味のあることならば、この前の決闘クラブのように杖をとることもある。

 あの時に興味があったのはおそらくスネイプ先生。

 今の自分が、この魔法先生の中でどの程度の評価になっているのか。これはその判定の質問だ。

 

 

「ガキはガキ同士仲良くやってろ」

 

 僅かに目を眇めて観察したスプリングフィールド先生はふんと鼻を鳴らしてから素っ気なく言って視線を本に戻した。

 

 残念ながら、まだまだこの魔法先生の中では杖をとらせるほどの評価は得ていないらしい。

 だが

 

「ヤッテヤレヤ、ボーズ。スプラッタ希望ダ」

 

 先生の隣の椅子に座っていた動く人形 ――“チャチャゼロ”というらしい――が援護するようににやにやとしながら言った(この人形は常に不気味な笑顔を貼りつけているが)。

 

 スプリングフィールド先生は人形の言葉に、機嫌悪そうに顔を顰めた。苦々しく人形を見下ろす先生とふてぶてしく笑っている人形。

 スプリングフィールド先生が合図するように指を鳴らした。

 

「お呼びですか、マスター?」

 

 シュタッと、まるで姿現ししたかのように一瞬で現れたメイド姿のガイノイド。

 合図がなってほとんどラグのない程のタイミングで現れたことに些かの驚きをもって彼女を見た。

 もっとも呼びつけた当人は再び視線を本に戻して顔も上げていないが。

 

茶々丸´(チャチャマルダッシュ)。適当に相手してやれ」

「どの程度で?」

 

 先生の言葉に少しの驚きをもってガイノイドを注視した。

 見た目的にはそれほど人間の少女と変わらない――魔法戦闘用には見えないロボットだが、先生の口ぶりはそれを如実に否定している。

 なによりも、今の姿現しもどきには見覚えがあった。

 

 あの決闘クラブの時に、この魔法先生が見せていた移動術だ。

 

 本来ホグワーツ内部では姿現しも姿くらましもできない。いくつも抜け道こそある縛りだが、だからこそ、あの移動方法は普通の姿現しではない。

 

「多少痛めつけてやれ」

「かしこまりました」

 

 優雅に一礼してきたガイノイド。

 

 例え魔法使いでなくとも、いや、人ですらなくとも魔法使いを打ち倒すことはできる。

 古きに囚われていては決してしることのできないそれを、彼はこの後痛みとともに身をもって知ることとなった。

 

 ――――――――

 

 

 第32話 立ち込める暗雲

 

 

 

 4月第1週目の土曜日。

 カラッとした天候が続くようになった春晴れの日に、ほとんど全部の生徒がクィディッチの試合場へと赴いていた。

 グリフィンドール対ハッフルパフ。

 

 昨年の大敗の雪辱に燃えるハッフルパフと寮対抗クィディッチ杯獲得に燃えるグリフィンドール両チームのテンションは最高潮に高まっていると言えた。

 

 この日ばかりはスリザリンの継承者に対する恐怖を忘れて楽しもうという日。

 

 そんな中、ハーマイオニーは図書館にて本を開いていた。

 

「あった! “毒蛇の王”。これだわ!」

 

 危険な魔法生物についてが記載された古い本を棚から引っ張り出し、目を皿のようにして調べていた彼女は目的の一文を見つけて声を上げた。

 

 つい先ほど、彼女の友人であるハリーが姿なき声を聞いたと言って気がついたのだ。

 

 以前からそれを示唆するピースは見つけていた。

 

 逃げ出す蜘蛛。

 突如殺された雄鶏。

 “パーセルタング”のハリーにしか聞こえない声。

 

「でも、その眼からの光線に捕われた者は即死する。……目を合わせると……合わせてないんだわ! ノリスの時は水たまり。コリンの時はカメラ越し。ジャスティンはニック越しで、ニックはゴーストだから2度は死なない! ハリーにだけ声が聞こえるのもこれなら説明がつく! 後は…………」

 

 記された特徴を指でなぞりながら確認し、一つ一つ矛盾を解くように自分の中で答えを整理していっていた。

 

 パズルを解くように。

 昨年、“賢者の石”のために敷かれた守護の一つ。スネイプの論理を解いた時のように、その抜群の頭脳をフル回転させていた。

 

「……パイプ。そうパイプの中を移動すれば人目にもつかない。致命的な雄鶏の鳴き声の弱点は雄鶏が殺されていたとハグリッドが言っていた。全部つじつまが合うわ!」

 

 彼女は気づいたのだ。

 ホグワーツの優秀な魔法先生ですら気づいていない、この事件の実行犯――秘密の部屋の怪物の正体に。

 

 

 毒蛇の王。

 とある闇の魔法使いによって飼育されたという記録を持つ怪物。

 小さき王。八つ足の蜥蜴。邪眼の主 

 ――バジリスク――

 

 その眼を見た者を死に至らしめるという蛇。

 

 それこそが今、ホグワーツを徘徊し、石化の事件 ――殺人未遂事件を引き起こしている存在だ。

 

 

 だが彼女は気づいていなかった。

 ずるり、ずるりと、彼女にもまたその毒蛇が迫りつつあったことを…………

 

 

 

 

 ・・・・・

 

 

 

「がんばれーリーシャ!!」

 

 眼下にのぞむクィディッチフィールドでは今、対グリフィンドールにあたって最後の作戦会議を行っていた。

 固い結束を示すようにスクラムを組み、意気を高めるハッフルパフチーム。

 

 応援の声を上げる咲耶やハッフルパフの生徒たち。

 グリフィンドールチームも今か今かと飛び立つ時を待っている様子だ。

 

 ハッフルパフチーム、キャプテンに今期から任命されたシーカーのセドリックは、同じくシーカーのハリーに挑むような視線を向けていた。

 

「リーシャたち勝てるかな?」

「どうかしらね。でも、今日のセドリックは気合十分よ。リーシャも居るし、絶対去年みたいにはならないわ」

 

 顔を興奮に赤くしながらも少し心配するように尋ねる咲耶と控えめながらも力強く今年は違うと言い切ったフィリス。

 

 昨年の大敗。

 

 マクゴナガル先生が規則を捻じ曲げてまでチームに入れた勝利配達人とでも言うべきハリーが居たとはいえ、優等生として自分の魔法力に自信を持っていたセドリックにとって、開始から数分という短時間で何をすることもできずにスニッチをかっさらわれたのは屈辱以外何物でもなかった。

 

 セドリックとグリフィンドールチームのキャプテン、オリバー・ウッドががっちりと握手を交わし、フーチ先生が選手それぞれに箒に跨るように指示を出した。

 

 カナリアイエローのハッフルパフと真紅のグリフィンドール。14人の選手が箒に跨り、今、大空へと―――

 

「お待ちなさい!! この試合は中止です!!」

 

 

 飛び立てなかった。

 巨大な紫色のメガロンを手にもって、グラウンドに腕を大きく振りながら、半ば走るようにやってきたマクゴナガルが、開始の笛が鳴る直前に拡声魔法を使って競技場全体に広がる声で中止を命じたのだ。

 

 唖然とする生徒たち。

 選手たちも愕然とした表情でマクゴナガルになにか言い募っている。

 だがマクゴナガル先生は選手たちの不満には耳を貸さずに、混乱している競技場にメガホンで叫んだ。

 

「全生徒はそれぞれ寮の談話室に戻って待機しなさい! そこで寮監から詳しい話があります! みなさん、できるだけ急いで!」

 

 

「どうしたのかしら?」

「なんやろ? ハリー君だけ連れてかれとる……?」

 

 ざわつく観客席からでも困惑した選手たちの様子が見て取れ、それと同じくらいに観客たちもざわついている。

 客席から見ていた咲耶は選手たちの中から、マクゴナガルがハリーを連れ出してどこかに向かっているのを見つけて首を傾げた。

 

 混乱してはいるが、マクゴナガル先生の指示もあり、生徒たちは不平不満をぶーぶーと垂れながらも城へと戻り、それぞれの寮へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 たくさんの生徒でごった返す寮の談話室は、楽しみにしていたクィディッチが中止になったことでかなり剣呑な雰囲気となっていた。

 

 咲耶やフィリス、クラリスたちも空気の悪さに不安げな表情を浮かべていた。

 観客だった咲耶たちと違って、クィディッチチームの選手として競技場にいたリーシャとセドリックがまだ戻って来ていないのだ。

 

 興奮で忘れていた不穏な空気が段々と鎌首をもたげ、顔を覗かせようとしていた。

 

 そして、ガチャリと談話室の扉が開き、キャプテンのセドリックを中心に選手たちが戻ってきた。

 

「リーシャ、セドリック君! どうなったん?」

 

 わらわらと駆け寄る寮生たちから外れて、リーシャとセドリックが咲耶たちに近づいてきて、咲耶が心配そうな顔で出迎えた。

 

「……サクヤ」

 

 友人のお出迎えに、しかしいつも快活なリーシャは顔を曇らせた。

 いつもと違うリーシャの様子に、咲耶は首を傾げ、フィリスは何かを察したのか、隣に居たルークと顔を見合わせた。

 リーシャの様子とフィリスとのアイコンタクトで何かを察したのか、ルークはセドリックに視線を向けた。

 

「何か情報聞けたのか、セド?」

「……ああ。どうもスリザリンの継承者がまた出たらしい。今度は三人も一気に被害者が出た」

 

 ルークに尋ねられたセドリックは、少し言いよどんだ後、顔を険しくして言った。

 競技場で中止を宣告された後、収まりのつかない選手たちに優先的に情報を流したのだろう。

 セドリックの言葉にフィリスが「ひっ」と短く悲鳴を上げた。

 

「三人……」

 

 クラリスも顔を険しくした。

 前回の襲撃から時間が経ち、もう現れないかと思われた時期での襲撃。咲耶も痛みを堪えるように顔を曇らせた。

 少女たちにそんな顔をさせることは決して本意ではないのだろう。

 リーシャが言い辛そうに沈痛な面持ちをしているのをちらりと見たセドリックは、気持ちを静めるように息を深く吐いてから言葉を続けた。

 

「襲われたのはレイブンクローの監督生が一人。それから…………グリフィンドール2年のハーマイオニー・グレンジャーと1年のジニー・ウィーズリーだ」

 

「え…………?」

 

 続けられた言葉に、咲耶の瞳が凍りついたように見開かれた。

 

 ――誰が、襲われた……?――

 ゆっくりと氷が融けるように思考が巡りだした途端、咲耶はバッと身を翻して談話室の出口へと向かった。

 

「待てサクヤ!」

 

 慌ててリーシャが止める声が上がるが、咲耶は突撃するようにして扉を開き、丁度入って来ようとしていた女性とかち合った。

 

 急ブレーキをかけて対面した人物を見上げると、そこにはずんぶりとした体型のスプラウト先生が顔を険しくして立っており、飛びだそうとしていた咲耶を見て驚いていた。

 

「どこに行くのですかコノエ? 生徒は寮に待機と伝えているでしょう」

 

 咎める様な声。それは生徒の身を案じているからこそでもあるのだろう。 

 

「スプラウトセンセ! ハーミーちゃんとジニーちゃんが。ウチの友達が襲われたって!」

 

 泣きそうなほどに恐慌している咲耶の様子に、スプラウト先生は憐れむように顔を崩した。だが、それはすぐさま教師という責務で覆われ隠れた。

 

「…………行っても無駄です。保健室には入れません」

「なんで!?」

「マダム・ポンフリーが保健室を面会謝絶にしました」

「そんな…………」

 

 淡々と事実を告げるスプラウト先生に咲耶はいきり立ち、そして絶句した。

 前回、ハーマイオニーが入院した時も、結果的にその時は勘違いだったが、身を案じてお見舞いに駆けつけたのだ。

 なのに今、その姿を見ることもできずにただ待てという命令のみが下された。

 

 スプラウト先生も、友人を大切にする咲耶の――いや、ハッフルパフ生としての思いを理解しているのか、表情がいつになく沈鬱だ。

 

「不幸中の幸い、とまでは到底言えませんが、今回の襲撃では1年生の少女が石化を免れています」

 

 だからこそだろう、口にすべきか少し悩むようにしてから、悲報の中に微かに紛れた朗報を口にした。

 

「ジニーちゃんが!?」

「ええ。気を失っているそうですが、ポンフリーが治療に当たっています。遠からず目を覚ますでしょう。そうすれば事件解決の糸口を掴むことになります。ですから犯人が被害者たちの息の根を止めに襲う危険性が非常に高くなっているのです――――分かってください、コノエ」

 

 それは説得のためでもあったのだろう。

 たしかに、治癒の魔法を習得しているとはいえ、まだまだ修行中の咲耶を危険承知で保健室に近づけるわけにはいかないだろう。

 事件の被害者にとっても、そして関西呪術協会のVIPということを考慮しても。

 

 咲耶もスプラウト先生の気の毒そうな顔と感情の滲む声に頭を少し冷やしたのか、それを察することができるほどには冷静さを取り戻していた。

 

 シュンと項垂れる咲耶の肩に、リーシャが手を置いて扉から引き離すように談話室の奥へと連れていった。

 

 友を案じた咲耶の落ち込みようを見送ったスプラウト先生はため息を堪えるように顔を顰めてから、パンパンと手を叩いて注目を集めた。

 

「みなさん。今後は夕方6時までに、各寮の談話室に戻るようにという決まりがつくられました。それ以後は決して寮を出てはなりません。

 授業に行くときは、必ず先生が一人引率します。トイレに行くときは、必ず先生に付き添ってもらうこと。クィディッチの練習も試合も、すべて延期です。夕方は一切、クラブ活動をしてはなりません」

 

 

 

 通知を終えたスプラウト先生が談話室を去ってから、生徒たちはざわざわと不安を吐露するようにしゃべりはじめた。

 落ち込む咲耶を取り囲むように座るリーシャたちはなんといっていいか言葉を探しているようであり、結局かける言葉はなく、無言となった。

 

 

 そして同日。

 悪いことは続くとばかりに……いや。事件を起こすのは人であるという例の最たるものであるかのように、ダンブルドア校長の停職が決められた。

 ホグワーツ学校長の任命権を持つ12人の理事全員の満場一致による停職決定。

 その知らせが、今の学校にどれほどの恐慌をもたらすか知らぬはずもないにもかかわらず、“度重なる事件を止めることができず、現場を掌握できない”という理由による決定。

 魔法省のせめてもの成果とでも主張するように、森番のルビウス・ハグリッドが、一連の事件の容疑者として連行。英国魔法界が誇る脱獄不可能の悪夢の監獄“アズカバン”への収容が即日決定された。

 

 

 

 翌日

 

「――――――それによって大分烈戦争期には、強力な軍事力をもった南北の大国に挟まれたウェスペルタティア王国は政治的に極めて弱体化し、戦争の混乱に巻き込まれていくこととなる。その後、大戦末期に巨大な魔法災害によって王都が崩落するとともに、国として一度滅亡することとなる」

 

 恐々としているのは生徒のみならず、多くの先生たちにとっても同じはずなのだが、そんなもの関係ないとばかりにいつも通り淡々とした授業が精霊魔法の教室では行われていた。

 

「――――そろそろ時間だな。以上で旧ウェスペルタティアの栄枯盛衰の話が終わり、次回からは戦争終結とその後の安定期、そして王国の再興についての話となる」

 

 すでに馴染みの光景となりつつあった映像魔法が終了し、映し出されていた壮観な空中王国が消えていつもの教室へと戻った。

 授業が終わると生徒の安全のために次の教室移動は教師が付き添うこととなっており、そこは流石にこの異端教師も倣うつもりらしく、生徒の後片付けを待って生徒たちを先導し始めた。

 

 そしてそのタイミングを待っていたかのように、先生の近くに駆け寄る数人の生徒。

 

「リオン!!」

「……先生だ」

「リオンセンセ! お願いがあります!」

 

 いつものほわほわ顔ではなく、歩きながらではあるが挑むように見上げてきた咲耶。リオンの睥睨をものともせず、ただ受けた注意には素直に従って、決意は固いとばかりにお願いしてきた。

 

「……なんだ」

「後ででええから保健室への付き添いと入室許可をください!」

 

 言ってくることの想像がついていたのか、実に嫌そうに馴染みの少女を見下ろすリオン。促す言葉はどう聞いても不機嫌でリーシャたちには回れ右したくなるような声音だったにも関わらず、咲耶は丁寧なのか微妙な言葉づかいで言ってきた。

 

「ダメだ」

「入室許可をください!」

 

 足を止めることもなく短く返ってきた拒否の言葉に、しかし咲耶は怯むことなく声音を強めた。

 見上げる咲耶の視線は凛としており、リオンはフイッと視線を逸らせて前へと足を進めた。

 

 リーシャたちにとって、スプリングフィールド先生のしかめっ面は見慣れたものだが、咲耶の顔を見ずに視線を合わせないようにしているのは、それだけ苛立っているのかいつにもまして刺々しい空気を纏っていた。

 そしてそれ以上に、咲耶が甘えたようにではなく、語気を強めてこの先生につっかかるのはなかなか見ない光景だった。

 

「石になったお友達に会ってどうする。どうせ向こうは何も分かりはしないだろ」

「治せるかもしれんやろ!」

 

 冷たく突き放すリオンに、咲耶はカチンときたのか掴みかからんばかりの剣幕になった。同行していた生徒たちが咲耶の大声を聞いて、遠巻きにではあるがギョッとして見た。リオンも足を止めて咲耶に振り向いた。

 

 それまで視線を逸らせて前を見ていたために見えなかったスプリングフィールド先生の顔を見て、リーシャたちは思わず後ずさりしたくなった。

 

 授業中の冗談交じりの冷気とは違う。

 正真正銘、異世界を渡り歩いてきた魔法使いとしての威圧感を放っていた。

 

「夏休みから、ウチいっぱい治癒魔法勉強してきたもん! こっちの魔法では治せんでも、なにかできることがあるかもしれんやん!」

 

 それと向き合う咲耶は、普段のほんわかとしたお姫様ではなく、凛とした意志を持つ姫君だった。

 ジッと確かめるように咲耶を見つめたリオンは、

 

「…………あの石化状態は俺も視た」

 

 奇妙に平静な声で話した。

 

「あれはお前の母親が解呪した“永久石化”に比べればランクは落ちるが、石化は石化だ。お前は世界屈指の治癒術師が20代半ばになってようやく解呪できたレベルに自分が達していると思っているのか?」

「…………」

 

 母と同じレベルを引き合いに出されて咲耶は少し傷ついたように顔を歪め、そして顔を伏せた。

 

 最強の魔法使いと言われた“千の呪文の男(サウザンドマスター)”。その魔力をも上回る魔力を有し、世界屈指の治癒術士と謳われる立派な魔法使い(マグステル・マギ)

 “癒しなす姫君”

 母の偉大さと凄さはその娘である咲耶自身が最も強大に感じている。

 

 それを誇りに思う事こそすれ、プレッシャーに感じたことなど、疎ましく感じたことなどありはしないが、それでもこんな時には自分の未熟さを思わずにはいられない。

 

「どのみちあと数週間もすれば解呪の魔法薬ができると言ってるんだ。余計なことをするな」

 

 厳しく言い聞かせる言葉に咲耶はシュンとして顔を俯かせた。

 実際、優秀な治癒術士である校医のマダム・ポンフリーを差し置いて治療をするのはかなり踏み込んだ行為であるし、“色々と”目立つ行為でもある。

 

 例えば

 

 余計な敵に目をつけられるといった風に…………

 

 


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