春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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魔から訪れた者たち

 ハッフルパフ談話室はかつてない程に重苦しい空気に包まれていた。

 ホグワーツの安全を保障する何よりの存在であるダンブルドアが居なくなり、恐々としていたところに、純血の魔法使いとして名高いウィーズリーの少女が攫われたとの報せが入ったのだ。

 しかもその少女はスリザリンの継承者に関して何かの情報を持っていた可能性があった。

 再襲撃を予想して警戒していたにもかかわらず、事件解決まで秒読み、というところで襲い掛かった更なる事件。

 

 もはや多くの生徒が一刻も早く、この安全ではなくなった城から逃げ出したいという思いを抱いていた。

 

 どこかへ出ていくこともできず談話室では多くの生徒が沈鬱な表情で時間を過ごしていた。

 

 そんな中、気持ちを落ち着けるように白い子犬を抱いていた咲耶。

 不意に、抱きしめられていたシロは爆発したように昂ぶった魔力の余波を感じ取って首をめぐらした。

 

「どしたん、シロくん?」

「…………戦闘の気配です」

 

 大人しくしてくれていたシロが急に腕の中から飛び降りたことにびっくりした咲耶が尋ねると、シロはポンと少年の姿へと変化して答えた。

 

「城内ではなくかなり離れていますが、ここまで届くほどの魔力の気配。おそらくあの男、リオン・スプリングフィールドが交戦状態に入っているようです」

 

 その顔はいつか見せた戦士の顔であり、主へと迫る脅威を排除する騎士としての顔であった。

 

 この城から遠く離れた、しかし確実のこの学校の結界圏内の上空で、規格外の魔力が激突しているのをシロは感知していた。

 

「交戦状態って!? まさか秘密の部屋の怪物!?」

 

 シロの言葉にリーシャがギョッとしたように尋ねた。

 今この時において先生が戦っているだろう相手といえば真っ先に思いつくのは今の元凶である秘密の部屋の“恐怖”と言われる怪物だ。

 

「か、どうかは分かりませんが……少なくともそれと同等以上には厄介な相手なのでしょう。いつから交戦していたかは分かりませんが……」

 

 だが、シロの見立てでは、あの男(リオン)が学校で騒ぎを起こしている程度のモノ相手に出張って、戦闘の余波を感じさせる戦いをするとは思えなかった。

 

 あの男の強大さはよく知っている。

 

 当世、最強の魔法使いの一人

 最強種の眷属

 最凶の闇の魔法使い

 

 一体何を相手にしているかはしらないが、遊んでいるのか思ったよりも相手が強いのか。あるいはその両方か、随分と長く戦っているらしい。

 

 だが、問題は今、学校が閉鎖されようとしていることだろう。

 あの男は別にこの学校に縛り付けられているわけではないのだから、閉鎖されようと日英・新旧魔法世界の繋がりがどうなろうとどうでもいいだろうが、いい加減この事態をなんとかしてほしいものだ。

 

 そうでなければ、大切な姫の悲しむ顔を見続けなければならなくなる。

 

「リオンが………………ウチに、ウチにも、なにかできることはないんかな……?」

 

 意を決したように自らに出来ることを探そうとする咲耶の顔を見て、シロは困ったように眉尻を下げた。

 

 きっとあの男は姫が動くことを良しとはしないだろう。

 何か動いていたっぽい“生き残った少年”から咲耶を遠ざけ、何かを企んで咲耶に近づいていた“優等生”を警戒し、そして余計な動きをしないように監視し行動をそれとなく制限するためにあの珍妙な決闘クラブなるものを許可したのだ。

 

 なるべく自分の意志で動いているように見せて、それとなく庇護下に置いていたあの男の行動。

 

 そんな風に動いていたあの男が唯一顔を険しくして止めたことが一つだけあった。

 

「お、畏れながら申させていただきます」

 

 シロは居ずまいを正して手を床につき、奏上するかのように言った。

 

「姫さまは、なぜ、ご自分のなさりたいことをなさらないのですか?」

「えっ?」

 

 おそらくあの男が危惧しており、そして姫が一番やりたいであろうことを。

 

「ご友人をお救いしたいと、姫さまはおっしゃっておられましたよね。なぜ姫さまのお力で癒して差し上げないのですか」

 

 癒しの力を鍛えていたのは、大切な人を、困っている人たちを救うため。

 そのための力であったはずなのだ。

 

「だって。リオンがウチには無理やって……」

 

 シロの言葉に、咲耶は自信なさ気にしょぼんとしたように言い訳しようとして

 

「言ってはおりません」

「え」

 

 それを明確に否定されて、まじまじと自らの式神を見つめた。

 

「あの男は一言も、姫さまには無理だとは言ってはおりません。無理だと決めつけているのは、母君と同じことができないと思っておられるのは、姫さまご自身です」

 

 

 あの時。

 咲耶が友人を治したいと申し出た時、リオンはそれを止めさせようとした。

 幾つか理由はあっただろうが、一番大きいのはおそらくリスクを考えてだろう。

 

 ここの魔法で容易に治せないものを治したと知れば、それを利用とする考えがあったもおかしくはない。

 逆にその力を不都合なものと見なして排除しにかかってくる可能性もある。

 

 事実、その昔咲耶の母親も、まだ力が覚醒していないときですら、極東最大と噂されるその膨大な魔力を悪人に利用されかけたことがあったのだ。

 同じようなことが咲耶の身に降りかかることを、リオンは警戒したのだろう。

 

 

 彼は咲耶ができないとは、一言も言わなかった。

 “母親と同じレベルに自分が達しているのか”と尋ねただけだ。

 

 できないと結論したのはリオンではなく、咲耶自身。

 むしろあの言い方は、遠まわしに、咲耶なら出来る可能性があったことを示唆していたのではないか。

 いや、そうでなくとも、式神ならばこそ、信じているのだ。

 

「でも」

「姫さまのお力は、秘めたる素質は、かの“癒しの姫君”にも劣らぬ、いえむしろ上回るものだと、某は信じております」

 

 姫の力を。

 これまで励んできたその努力を。

 

「ウチにできる、かな……?」

「“わずかな勇気が、本当の魔法”。姫さまが望むのならば、某はどこまでも従います」

 

 危険が降りかかるのならそれを排するのが式神の役目。

 ただ姫の心のままに、為したいと思うことをこそ、なさせることが、白狼天狗である彼の望みなのだ。

 

「…………ゴメン、みんな。ウチ――」

「保健室に行くんだろ? 友達を石にしたまま帰るってわけにはいかねーからな」

 

 意を決したように立つ咲耶。

 その肩にポンとリーシャが手を置いた。そちらに視線を向けると、ニッと笑顔を見せているリーシャとこくこくと頷くクラリス。

 友人たちの無茶な行動に、フィリスは深々と溜息をついた。

 

 できるのならば、談話室から出たくはないが、友達を見捨てることもまたしたくはない。

 

「先に職員室よ。保健室は閉鎖されてるんだから」

「フィー……うん!」

 

 少し青い顔で、それでも一緒に来てくれようとしているフィリスに咲耶は少し瞳を潤ませて嬉しそうに頷いた。

 

「僕も行くよ。こんな時のために鍛えていたんだからね」

「……ま。少しでも多い方が安全っちゃ安全か」

 

 決闘クラブでともに魔法を鍛えたセドリックとルークも顔を見合わせて同行を申し出た。

 

 

 ハリー・ポッター

 “スリザリンの継承者”

 近衛咲耶

 アルバス・ダンブルドア

 

 そして――――――

 

 様々な思惑渦巻く闘争が、今、大きなうねりを迎えようとしていた。

 

 

 

 第34話 魔から訪れた者たち

 

 

 

 蛇の抜け殻の所に友人と役立たずを残し、ハリーは一人先へと進んでいた。

 

 あの後、恐怖の限界を振り切ったロックハートは逆上してロンに襲い掛かり、杖を奪って気勢を取り戻した。

 ロックハートは蛇の抜け殻を少し持ち帰って証拠とし、ジニーを救うには遅すぎたと告げることで事件を終わらせようとしたのだった。

 ハリーとロンの二人には得意の忘却術をかけて記憶を消し去り、正気を失ったことにして処理する。

 

 だが、そんな思惑は、手にしたロンの“ほとんど壊れた”杖によって失敗に終わった。

 発動させようとした魔法は、杖が小型爆弾のように爆発したことで失敗。衝撃で通路は天井から崩れ、ハリーはロンたちと分断され孤立してしまったのだった。

 

 結局、至近距離で爆発を喰らったロックハートは気を失い、通路を塞がれ入り口側に残されたロンは何とか通路を開通させることとなり、一人ハリーだけが、先へと進むこととなったのだ。

 

 幾つかの曲がり角を越えた先に、ハリーは大きな扉を見つけた。蛇の彫刻の刻まれた扉。恐らく秘密の部屋の、最奥部への入り口だろう。

 

 その扉に近づこうとしたハリーは、その近くに再び人影のようなものを見つけて身構えた。

 今度は先程のように巨大な蛇を想像させるものはない。

 ただ人が一人、横たわっているだけだ。そう――ハリーよりも年下の少女くらいの人が……

 

「ジニー!!」

 

 明かりをかざし、横たわっている人物を認識したハリーは小声で叫んで傍に駆け寄った。

 

「ジニー!! 死んじゃダメだ! お願いだから生きていて!! 目を覚まして!!」

 

 傍らに膝を着き、肩を揺さぶるも青白い顔を石のように冷たく、その目が開くことはなかった。だが、ハーマイオニーとは異なりやはり石にはされてはいない。

 

 頬を叩き、懸命に身体を揺さぶるも、ジニーが起きる気配はない。

 

 あまり長い時間はかけることはできない。

 最奥部への扉は閉まっているが、どこからバジリスクが姿を見せるかは分からないのだ。

 

 ハリーは周囲に人影や、何か動く気配がないかと視線を巡らせた。

 周囲には何も、誰も居ない。

 ジニーをここに連れてきた継承者も。こちらを睨む大きな蛇も。

 

 ハリーにハーマイオニー程の魔法の腕があれば、この場で何かの魔法を行使してジニーの気つけを試みるところだが、技量を考えれば下手は打てない。

 できることは、とにかく一刻も早く、この危険区域からジニーを連れて撤退することだ。

 

 ハリーはジニーを両腕で抱え上げようとして、しかしそれだけの腕力が伴っていないことに苛立ちながら、ジニーをおぶるようにして担ぎ上げた。

 それでも少女とはいえ、気を失った人を運ぶのはこの足元や緊張を強いられる状況では重労働で、なんとか苦心しつつもハリーはロンの所まで引き返した。

 

 継承者と対面することも、バジリスクと対面することもなかったのは幸いだが、まるで状況が分からない。

 

 一体誰がジニーを、そしてマルフォイをここに連れてきたのか。誰が本当の継承者なのか。

 どうやってこの場から脱出すればいいのか ――入口は急勾配の長く長く続く滑り台だったのだ。その前に塞がれた通路をどうすればいいのか。

 

 

 一体この事件はどのように解決するのか、先の見えない暗闇に迷い込んだような薄気味悪さが広がっていた。

 

 

 

 ・・・・・

 

 

 

 暗雲垂れこめる空の中

 

 雷の槍が乱舞し、炎の大剣がそれを切り裂いた。

 紫電が瞬き、白炎が爆ぜる。

 

 膨大な魔力によって高められた身体能力によって振るわれた拳が襲い掛かる。一撃で大地を砕くほどの威力の拳が連撃として放たれるも、それは流し、いなされて決定打とはならず、逆に腕をとられて投げ飛ばされた。

 体勢を整える間もなく、入りも抜きも見せない縮地によって詰められた距離から放たれた重い一撃が白銀の男の胴を捉えて吹きとばされた。

 

 吹き飛ばされた白銀の男は宙を掴んで滑る体を止めて素早く体勢を整えた。

 

 追撃が来るかとも思えたが、相手は余裕を見せて遊んでいるのか酷薄な笑みを浮かべてこちらを見ているだけだった。

 

 圧倒的すぎる力の差。

 

 これでも、“人”と比較すれば怪物、化け物と言われるランクに相当する男だが、かの“福音の御子”を前にしては、ただ玩ばれる雑魚に過ぎないといったところなのだろう。

 

 先の一撃で口の端から血が流れた。滴る痕を残す血を拭い、白銀の男は余裕の態度で浮かぶ男を見据えた。

 

「流石は、あの御方の子だ。噂に違わぬ力。このようなところで無聊を囲っておられるとは実に惜しい」

「ふん。小難しい言葉をよく使う」

 

 情報によれば、この日は吸血鬼のハーフである彼が最も弱体化する日であったはずだ。

 事実、男から感じる気配は人と吸血鬼とが半端に混ざった状態で、どちらの力も中途半端だと言えた。

 

 だが、そのレベルが桁違い。

 傾ききらない半端なところにあってなお、圧倒的な魔力。

 卓越というのも生ぬるいほどの体術と魔法技能。

 

 たしかに、かの英雄と魔王の力を受けていると納得せざるを得ないほどの理不尽なまでの力だ。

 

 こんなところで、何の制約もなく、教師をやっているなどと言われても到底信じられないし、誰も納得しはしないだろう。

 

 どうあっても勝てる見込みはない。

 

 

 だが

 

「!!? これは……!」

 

 突如、何かに気づいたようにリオンは城の方に振り向いた。

 

「余所見は、いけませんね!!」

「ちっ」

 

 その隙を見逃さず、白銀の男は炎の蜂を詠唱無しに召喚し、襲撃した。

 囲むように襲い掛かる炎の蜂。

 着弾と共に爆発する凶悪な魔法呪文に、リオンは反応早く避けて誘爆を誘い、それでも抜けてくる蜂に対しては腕を振るって氷の爆発を巻き起こして炸裂させた。

 

 氷の霧が生じて視界が奪われ、その霧中の中を突っ切って白銀の男が接近した。

 2撃、5撃、7撃…………

 放たれる拳を流し、反撃の蹴撃をしかけて吹きとばした。

 

 距離を離し、その隙に離脱を選ぼうとしたリオン。

 先程まであの敵はどちらかというと距離をとろうと苦心し、なんとか逃げ出す隙を窺うような戦い方をしていたのだ。

 隙だらけならばともかく、この状況でこちらから離脱すれば追撃はないはず。

 

 だが、身を翻して城へと向かおうとするも、行く手を阻むように焔の壁が遮った。

 

「貴様……」

「行かせませんよ。せっかく楽しまれていたのですから、もうしばしおつきあい願いましょうか」

 

 久々に暴れられる機会だったために、なるべくゆっくりと遊ぶつもりだった。

 だが、そんな思惑を想定していたのか、この敵の狙いは城への突破などではなかったのだ。

 

 狙いは初めから厄介な守護者を誘い出し、足止めすること。

 

 城の内部から感じられた気配が目の前の敵の思惑と、自分の失策とを告げていた。

 

 

 

 

 ・・・・・

 

 

 

 ところ変わって職員室では、各寮への通達を終えた寮監の先生たちが重苦しい表情で集まっていた。

 そこには行方不明の娘を案じて涙を流すウィーズリー夫人、モリーと彼女の肩を抱きしめるアーサー・ウィーズリーの姿もあった。

 報せを受けて急遽ホグズミードに姿現しして、駆けつけたのだ。

 

「一体どうすれば……」

「ジニー……」

 

 夫妻の悲壮な様子に沈鬱な空気が職員室を覆っていた。

 

 頼むべきダンブルドアは居らず、秘密の部屋に関する手がかりも、継承者に関する手がかりもない。

 

 

 そこに

 

 

「おや。ちょうどお集まりいただいているようで好都合」

 

 

 

 突如として、場違いなほど明るい声が発せられた。

 聞き覚えのない声。

 スネイプがいち早く振り返り、一拍遅れてマクゴナガルたちも振り向いた。

 

 白い外套に白いスーツを着こなした男。その髪は緑色。

 

 振り向き様に杖を抜き放とうとしていたスネイプは、しかし男の両サイドに転がっている者たちを見て僅かに硬直した。

 

「ジニー!」

 

 アーサーが驚きの声を上げた。

 男の両サイドには事態の推移についていけていないかのように目をぱちくりさせているハリーとロン、気絶したままのジニーとマルフォイ、そしてぽけっとした表情のロックハートが座り込んでいた。

 アーサーの横では涙を流しそうな表情で口元に手を当てたモリーが瞳を潤ませ、そして駆けだして正体不明の男にも目もくれずジニーに縋りついた。

 

「ジニー! ああ、ジニー!! そんな、なんで、こんな冷たく……ジニー!! 目を覚まして頂戴!」

 

 抱きついたジニーの体温がまるで石のように冷たくなっていることにモリーは狂乱したように涙を流した。

 

「ポッター、ウィーズリー! それにマルフォイ!? 一体、貴方達は一体……」

 

 混乱しているのはマクゴナガルも同じなようで、唖然としているハリーとロンに唇をわななかせた。

 

 そして彼らを連れてきたと思しき男は、感動の御対面を嘲笑するような目で見ながらコツコツと数歩移動した。

 

「さて。学校の関係者ではないようですが、あなたはどちら様でしょうか? 当校の生徒を連れてきていただいたようですが」

 

 行方不明だったジニーに加え、泥だらけの4人が突然見知らぬ男に連れられてきたことに、驚いていたマクゴナガルたちだったが、スネイプは生徒たちの姿をちらりと見てからすぐさま男に最大級の警戒を向けて注視していた。

 

「いえいえ、ちょーっと、用事を命じられて来たんですよ。えーと、なんだっけ、秘密の部屋? に居たこの子たちなら知ってるかと思ったんだけど、知らなくてさぁ」

「秘密の部屋!?」

「ポッター、ウィーズリー! あなたたちはなぜそんなところに!?」

 

 スネイプの問いに、男はニコリした笑みを返した。

 彼の言葉にアーサーやマクゴナガルがぎょっとした声を上げた。

 

「とりあえず連れてきたんだけど、貴方たちだったら知らないかなぁ」

 

 ニコニコとした笑み。

 笑顔とは通常、人に敵意を持たないことを伝えるためのもののはずだが、この男の浮かべる笑みは、スネイプの警戒心を解くどころか、これ以上ない程に警鐘を鳴らさせていた。

 

「その子たちを危険な場所から連れてきて下さったことには感謝します。もっとも貴方が今、当校で起きている事件の犯人でなければ、ですが…………あなたは一体何を求めているのですか?」

 

 マクゴナガルも、驚愕から回帰して警戒状態へと戻ったのかキッとした視線を向けて謎の男に詰問した。

 

「だから、部屋の“鍵”さ。それを持って来るように命じられてるんだよねぇ」

「……なんのことを言っているのか分かりかねます。私どもは秘密の部屋の場所さえ、知らないのですから」

 

 ふざけたような口調。

 胡散臭い微笑。

 

 そもそも、秘密の部屋の場所ですら把握していないのに、その鍵についてなどマクゴナガルが把握していようはずもないのだ。

 だが、男には知っているのが当然とでもいう態度だ。

 

「え~。でもさぁ、この子たちは入ってたわけだし。やっぱりこの子たちにちゃんと聞いた方がいいのかな? ねぇ、そこの眼鏡をかけた君」

 

 なぜならば、彼自身も部屋に入ったから。

 入口の封印の解けたことでその部屋に入ることができていたから。だからこそ、そこで脱出に困っていた子供たちを連れてくることができたのだ。

 

 ただ残念ながら、出るのにすら困っている有様の彼らが、部屋の“鍵”を手にしているとは到底思えなかった。

 

 だからこそ、わざわざ好印象を与えるために、知っていそうな魔法使いたちのところまで手土産を持って来て上げたのだ。

 

「あ、あの、僕、部屋は……」

「ポッター!!」

 

 話しを振られ、どもりながら視線を左右に彷徨わせたハリー。その口が何かを喋る前にスネイプ先生の怒号が響いた。

 

 緊張感が高められていく室内。

 そこに、ガラリと扉が開く音が聞こえて、スネイプを除く魔法使いたちはビクリと反応して振り向いた。

 

「失礼します、セン……え?」

「コノエ!?」

 

 入ってきたのはハッフルパフの寮に居るはずの近衛咲耶。そしてその友人たちだった。自寮の生徒たちの入室にスプラウトがギョッとして声を上げた。

 入ってきた咲耶も、心構えしていたのとあまりに違い過ぎる職員室内の光景に唖然としている。

 

「ん? おやおや。これはこれは。“花の姫君”か。困ったなぁ」

 

 割り込んできたのが子供であったことで興味なさそうにちらりと一瞥した男は、しかしその先頭に居た少女を見て顔を顰めた。

 

 聞きなれない呼び方をされた咲耶が首を傾げた。

 状況を尋ねようとしてか、咲耶が口を開こうとして

 

「姫さま、お下がりください」

「シロ君?」

 

 それを遮って人化形態のシロが抜刀した状態で前に出た。

 

「この者。人では御座いません」

「えっ!!?」

 

 臨戦態勢に入ったシロの言葉に、咲耶だけでなく、マクゴナガルや咲耶の後ろのリーシャたちも呆気にとられた。

 

 見た目で言えば、犬耳尻尾の生えたシロの方がよほど人ではないように見える。それに対して男は奇抜な髪の色に加えて雰囲気こそ怪しいものの、外見上は人間にしか見えないのだ。

 

 だが、男は主を護ろうと剣を構える小さな白狼天狗をニヤリと見下ろした。

 

「ああ。そう言えば僕としたことが、名乗っておりませんでしたね、姫君。お初にお目にかかります。ダーフィト・ヘーゲル・フォン・シュトラウス。これでも伯爵の地位をいただいております」

 

 それまでだらけたような口調だった男、ダーフィトはなぜか咲耶に対して口調を改め、仰々しい手振りをして名前を告げた。

 

「シロ君。人じゃないって、どういう……」

「失礼、姫君。貴女との遭遇はこっちとしても想定外でねぇ。ちょっと時間がなくなっちゃったんですよねぇ。そこで――――」

 

 困惑している咲耶。だがその質問を遮るようにしてダーフィトは口を挟み、自らの都合を優先させて、パチンと指を鳴らした。

 

「なっ!!?」

 

 それを合図にしたかのように、ダーフィトの足元近くに1つ、2つと魔方陣が光輝き、そこからさらに二人の黒ずくめの男が姿を現した。

 

「僕の配下の者たちです。……さて、できれば平和的に鍵をこちらにお渡しいただきましょうか」

「貴方は、一体…………」

 

 数で言えば4人(+1)の魔法先生に加えて、アーサーとモリー、そして魔法生徒たちの居るホグワーツ側の方が多い。

 だが、その中でロックハートはどう見ても役に立ちそうにないし、マルフォイとジニーは気を失って目覚める様子がない。

 ジニーに縋りつくモリーやアーサーも戦力にはならないだろう。

 

 ハリーたちを庇うように前に出ながら尋ねるマクゴナガル。スプラウトとフリットウィックも咲耶たちを庇うように身を移した。

 

「貴族位を持つ、悪魔ですよ。メイガス」

「悪魔! 何をバカな」

 

 マクゴナガルがダーフィトの言葉に侮辱されたように顔を歪めた。

 

 悪魔。

 英国魔法界においても、たしかにそのような存在がいることは想像されている。

 だが、今目の前に居る男はどう見ても人なのだ。

 

 まるで一般人のような反応を示したマクゴナガルにダーフィトは悲しそうに溜息をついた。

 

「悲しいねぇ。ただの一般人ならいざ知らず、生粋の魔法使いにそんな態度をとられるのは。なんなら……」

 

 顔に手を当てて隠した。同時に呼び出された二人の男たちの体に靄のようなものが纏わりついて姿を隠した。

 

 そして、ダーフィトが顔を露わにした時、そこに居たのは人ではなかった。

 

 ――これで信じてもらえるかな?――

 

 禍々しい角を生やし、その肌は黒。瞳は毒々しい緑の光を放っていた。

 

「なっ!!」

「悪、魔……」

 

 絶句するモリーや生徒たち。

 

 主格と思われるダーフィトの他の二人もまた正体を現すかのようにその姿を異形に変じていた。

 

「貴方が、今回の事件を引き起こしたのですか!?」

 

 ギシリと歯を噛み締めて動揺を堪えたマクゴナガルが、杖を突きつけた。

 

「失礼だなぁ。僕は今さっきここに来たところで、だから、その部屋の鍵を貰いに来たんだよ?」

 

 失敬なと肩を竦めて言うダーフィト。彼の姿だけは、先程までの人のものに戻っているが、二人の男だった者は全身を異形の形態に転じており、先の告白が見間違いではないことを告げていた。

 

「できれば早くしてほしいんだよね。あの御方が厄介なのを引きつけてくれている内に終わらせたいんだから」

 

 物わかりの悪い者に手を焼いているとばかりの態度のダーフィトに、スネイプたちの敵意のこもった眼差しが鋭さを増す。

 

 そして

 

「なんなら一人くらい見せしめにでもすれば、大人しくしてくれるかな? そうだなぁ。せっかく姫君がおられるし――!」

 

 害意を示す言葉が口に出された瞬間、スネイプの腕が杖を振るおうと動き、それよりも早くその横を瞬動でかけた白狼天狗。

 振るった一刀を躱されたシロは、距離をとったダーフィトをギンと睨み付けた。

 

「姫さまには指一本触れさせはせん!」

「へえ…………人に飼われた狗風情が。――――やれ」

 

 

 牙を剥く忠義の剣士。

 今や完全に悪魔の姿を隠そうともしない二人の男は、ダーフィトの命令が下りるやスネイプ、そしてマクゴナガルたちへと襲い掛かろうとしていた。

 

 


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