春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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黴臭い骨董品の古本から出てくる魔法使いは邪悪に決まってるだろ

 悪魔が消え去り、その傷跡が重々しく残る職員室で、悪魔相手に無双の強さを見せた魔法先生と留学生の少女が向かい合っていた。

 

「それで?」

「御免なさい」

 

 魔法先生は不機嫌さを露わに見下ろしており、少女はぺこりと頭を下げた。

 

 自分の意志で、自分にできることをしたいという思いで出てきた咲耶だったが、余計なことをするなというリオンの指示と、寮にて待機という寮監の指示を無視して出てきたのは流石にマズかった。

 

「えーっと、スプリングフィールド先生。サクヤは、そのー……」

「石化した子たちを治せる見込みがあるから来た」

「そう! それなんです!」

 

 先ほどの先生の剣幕を見るに、普段以上に怖さを感じずにはいられないが、なんとか擁護しようと口を挟んだリーシャ。クラリスからの援護を受けて、なんとかとりなそうとしている。

 治せるかも、という言葉にマクゴナガルが驚きの表情を見せた。

 

「それは本当ですか、コノエ?」

「えっと。やってみんことには分かりません……けど、ずっと治癒魔法を鍛えてきたんは、こういう時のためで、できることはしたいと思って……」

 

 マクゴナガルの驚きを押さえつけた質問に、控えめに、それでもはっきりとした意思を見せて答えた咲耶。

 リオンの表情が険しさを増して、ちらりと咲耶の横で睨み上げてきている白い子犬を忌々しげに見下ろした。

 

「……おい狗。余計な入れ知恵をしたな」

 

 お互いにぐるると唸り声が聞こえてきそうな睨みあい。なんだかバチバチと火花が散っているようにも見えるのは気のせいだろうか。

 

 式神と守護者を交互に見比べた咲耶は、おずおずとリオンに問いかけた。

 

「リオン。リオンは……ウチがお母様みたいな治癒術師になれると思う?」

 

 上目遣いで尋ねてくる咲耶に、リオンはため息をついて睨みあいを止めた。

 

「……無理だと言ったら諦めるのか? 意味のない質問は止めろ」

 

 どうせ諦めろといってもすでに意思を定めている以上、引きはしないだろう。まして憧れている理想を諦めることなど決してない。

 

 ツン状態のリオンの返答に咲耶はなぜか嬉しそうに「うん!」と返事した。

 

 

 

 第36話 黴臭い骨董品の古本から出てくる魔法使いは邪悪に決まってるだろ

 

 

 

 温かく、優しい光のようなものが水底に沈んでいた彼女の意識に触れて、包み込むように感じた。

 それはゆっくりと彼女の意識を浮上させていき、温もりの中で彼女はゆっくりと目を開いた。

 

 随分と長く暗闇の中に居たような気がして、入り込んできた光に開きかけた瞳を眩しそうに細めた。

 

「ハーミーちゃん!!!」

「ハーマイオニー!!」

 

 身じろぎする彼女の耳に、友人たちの声が飛びこんできた。

 

「ん……サク、ヤ? ハリー?」

「ハーミーちゃんハーミーちゃん!! ヨカッター!!」

「わぷっ。なに? ちょっ。サクヤ!?」

 

 目を擦りながらゆっくりと体を起こすと、その体を押し倒すようにして咲耶が抱き着いて来てハーマイオニーはベッドに押し戻された。

 うりんうりんと頬ずりしており、いきなりの抱きつきにハーマイオニーは一気に覚醒させられた。

 

「これが……サクヤ・コノエの治癒術。なんという……」

 

 少し離れたところからマクゴナガル先生の驚いたような声が聞こえてきて、そこで初めて室内を見回すと驚いた顔をしているマダム・ポンフリーとマクゴナガル先生がおり、それだけではなくダンブルドア校長やフィルチ、スプリングフィールド先生まで顔をそろえていた。

 ベッドを挟んで咲耶とは反対側にハリーとロンがおり、ぐりぐりしてきている咲耶を見てか控えめに笑っている。

 

 寝起きの倦怠感が頭の回転を鈍らせており状況の理解に数秒を要したが、次第に頭が明瞭になるにつれて、思い出してきた。

 

 図書館でバジリスクについて調べていた事。

 秘密の部屋の怪物の正体が分かり、それを先生に告げようとしたこと。

 先生の所に行く前に、レイブンクローの上級生と会って、バジリスクについての注意を教えたこと。

 曲がり角を曲がる前に鏡を使って直死を防ごうとしたこと。

 そして――――鏡の中に映った細長い蛇の瞳。

 

「! 私……」

 

 自分もまた石化させられたということに気づいた。

 そして、今、目が覚めたということはマンドレイク薬が完成したのだろうか。

 

 ハーマイオニーは誰かに尋ねようと先生たちに視線を向けた。

 

「わ、私の猫も! 私の猫も早く治してくれ!!」

「アーガス! 生徒が先です!! できますか、コノエ?」

 

 だが、質問するよりも早く、フィルチが取り乱したように叫び、マクゴナガル先生が一喝した。

 

 

 

 フィルチを制したマクゴナガル先生の問いかけに、咲耶はようやくハーマイオニーへの頬ずりを止めて体を離した。

 まだ起きたばかりの混乱しているハーマイオニーに微笑を向けてから咲耶はマクゴナガル先生へと振り向いた。

 

「はい!」

 

 膨大な魔力を前提にした治癒術の行使。

 それにより負傷していたポンフリーを回復させ、次いで石化していたハーマイオニーの解呪を行った。

 魔法の系統が違うとはいえ、それは咲耶の才能とこれまでの努力のたまものだろう。

 

 マクゴナガル先生だけでなく、ダンブルドア校長も少し驚いた表情をしているが、期待と優しさに満ちた視線を向けてくれており、咲耶は元気よく頷きを返し、立ち上がって隣のベッドへと、石化したままの子のところへ行こうと一歩踏みだした。

 

「あれ……?」

 

 しかし踏み出そうとした一歩は前に出ることなくガクリと、体勢を崩してハーマイオニーのベッドに手をついた。

 

「サクヤ?」

「あ、ゴメンゴメン。てへへ、ちょっと躓いてもた」

 

 ふらついて手をついた咲耶にハーマイオニーが声をかけ、咲耶は失敗失敗とばかりに照れ笑いを返した。

 

「コノエ? もし疲れているようならば、無理をする必要はないのですよ? 数日すればマンドレイク薬が完成するのですから」

「大丈夫です。できるだけ早く治った方が、みんなも安心すると思いますし。やらせてください」

 

 膨大な魔力の行使が行なわれたことは見ていたからだろう。マクゴナガル先生が無理をしないように言うが、咲耶はベッドについた手にぐっと力を入れて、今度こそ一歩を踏み出そうとした。

 

 だが

 

「ぁ…………」

 

 ――ぷつり、と糸の切れたような気がした。

 

 

 

「サクヤ!」

 

 ふらりと傾き、倒れていく咲耶。ハリーが慌てて手を差し伸べようとするが、ベッドを挟んでおり届くことはない。

 ハーマイオニーたちが見ている前で、崩れ落ちていく咲耶。

 

 その体が床へと投げ出される直前―――― 一瞬でベッド横まで瞬動したリオンによってぽすり、と抱き留められた。

 

「スプリングフィールド先生! コノエは!?」

「怪我の治癒1人と仮死蘇生1人。今のコイツならこんなところか」

 

 驚き慌てて咲耶の容態を尋ねたマクゴナガル。それに答えてか、リオンは気を失った咲耶を抱きかかえ直しながら言った。

 

 ポンフリーの怪我の治癒はともかく、ハーマイオニーの石化――仮死蘇生は専門ではないとはいえダンブルドアでも容易にはいかない呪いだったのだ。

 それをなんのバックアップもない咲耶が行なうのはかなりの負担だったはずだ。

 

「スプリングフィールド先生。コノエをこちらのベッドに運んでください」

「要らん。ただの魔力切れだ。しばらく休ませれば目を覚ます」

 

 それこそありったけの魔力を一気に放出するくらいの魔法行使。

 先に治癒されたポンフリーがてきぱきとベッドの準備をして寝かすように指示するが、リオンはそれを拒否した。

 

 一応、学校を騒がせていたスリザリンの継承者は居なくなったとはいえ、魔力をほとんど吐き出した咲耶を保健室に寝かさせる気にはならないのだろう。

 

「もっとも、魔力が完全に戻るまでには数日かかるだろうがな」

「先生はこうなることを分かっていて、サクヤにさせなかったんですか?」

 

 魔力切れを起こしての気絶。それを予期していたからこそ彼女の保護者であるこの教師は彼女に治療行為をさせなかったのか。それを問いかけたハリー。

 リオンはスッと表情を消してハリーを一瞥した。

 

「貴様に言う義理はないな」

 

 その答えにムッとしたハリーだが、問いかけを続ける前にリオンは保健室を後にした。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 今年のホグワーツを賑わせた継承者騒動はこうして一応の終結を見た。

 

 ハーマイオニーの治療直後に気絶した咲耶は、その後スプリングフィールド先生の自室に運ばれ、翌日には目を覚ました。

 だが、魔力が充分には回復しておらず、結局咲耶が完全復活する前にマンドレイク薬が完成したことで他の石化した人たちは回復した。

 

 ジニーとマルフォイの二人は、あの悪魔が奪われた魂を返したと言っていたのは偽りではなかったらしく、あれからすぐに目を覚ました。

 ただし、マルフォイに関してはさらに服従の呪いと思われる魔法もかけられていたためにそれから数日入院と検査を要した。

 

 スリザリンの継承者を突き止めるために色々な規則破りを行ったハリーとロンは、結局、秘密の部屋の場所と怪物の正体を突き止めたことと、攫われていたジニーとマルフォイの救出に一役買ったということで罰則を免れ、継承者を恐れずに友を救いに動いた勇気を称賛されてそれぞれ60点の加点を受けた。

 付け加えると咲耶も治癒魔法の技能を評価されて50点の加点を受けた。

 

 なお、継承者の正体については、あの悪魔の言っていたこと、ハリーの体験したこと、そして回復したジニーの証言を元に、あの日記に封じ込められていた昔のヴォルデモート卿――トム・リドルが引き起こした事件という事をダンブルドアが認めて処理された。

 実行犯にされたジニーとマルフォイだが、幾人もの聡明な魔法使いが騙されたヴォルデモート相手ではそれも仕方ないということで一切の処罰を受けなかった。

 

 またスリザリンの継承者事件解決のお祝いとして期末試験は免除となり、生徒たちは夏休みまでの残り短い学校生活を堪能していた。

 

 ただ、全てが平穏無事に終わったかというと、事後処理に関してひと騒動、いや三つほど騒動がその後も起きていた。

 

 一つは日記について。

 ジニーがどこからその日記を手に入れたかについては結局、定かではなかった。

 いつのまにかジニーの荷物の中に紛れ込んでいたらしく、彼女本人も親が用意してくれたものと思っていたらしい。

 これに関してハリーは一つの仮説を立てており、ダンブルドアもまた同意見だったらしい。

 というのも、事件終結後すぐに学校に一人の来客があったのだ。

 

 ルシウス・マルフォイ。

 元死喰い人の一人で、“あの”ドラコ・マルフォイの親で、ホグワーツの理事の一人だが、自らが停職に追い込んだダンブルドアが自分の知らない間に勝手に復職していたことに腹を立てて乗り込んできたのだ。

 もっともダンブルドアの停職は、元々マルフォイ以外の理事は反対で、彼に脅されて仕方なく同意していたということらしく、ジニーの行方不明の報を受けてすぐに停職解除をダンブルドア直々にふくろう便で訴えたらしい。

 

 そしてその際にマルフォイ家の屋敷しもべ妖精であるドビーが無言のジェスチャーで訴えかけてきたおかげで、ハリーは日記の出処が“例のあの人”の忠実だった下僕のマルフォイが、敵対関係にあるウィーズリーを貶めるために仕掛けた罠であることに気づくことができた。

 おそらく夏休みの際に――実は書店でひと騒動あったのだが――ジニーの買い物鍋に潜り込ませたのではないかということだ。

 

 ただ残念ながらそれに関しては確たる証拠はなく、結局真相は闇の中なため明らかとはならなかった。ただ、他の理事を脅したことでルシウス・マルフォイは理事を解任。ヴォルデモートの昔の学用品をばら撒くことを止めるようにダンブルドアに釘を刺され、さらにはハリーのちょっとした意趣返しにより屋敷しもべ妖精を失うことになるなどの(起こしたと思わしき事件に比べると非常に軽い)制裁を受けることとなった。

 

 

 二つ目は秘密の部屋に残されたバジリスクだ。

 スリザリンの遺した宝とはいえ、そんなもの、悪用を考える者しか存続を望みはせず、ダンブルドア校長の決定により対処することとなった。

 どのように対処したかは、部屋を開けることだけ協力したハリーには知らされなかったが、なんでもダンブルドアとスプリングフィールド先生が秘密の部屋に乗り込んで何かをやったらしい。

 もう二度とバジリスクが校内をうろつくことはないという宣言が出されたから……たぶんそういうことなのだろう。

 

 

 そして三つ目。

 

 

「どうぞ。お茶代わりです」

 

 今現在、ハリーの目の前に差し出された不気味な色をした謎の液体の入った怪しげなフラスコをどうすべきかということ……

 

 ではなく、あの悪魔襲撃の事情聴取が行われていることだ。

 

「えっと……」

「いただきます……あっ。おいし。これなんなんですか?」

「自家調合のエーテルです。多少ですがMP回復効果もありますよ」

 

 先程までコポコポボフンッと怪しげな調合をしていたのと合わせても、それを手に取って飲もうとはどうしても思えないのだが。

 手を伸ばすのを悩んでいると同じく事情聴取を受けている一人である咲耶が手を伸ばしてフラスコに口をつけて顔を綻ばせていた。

 

 

 MP回復ってなんだという疑問はさておき、エーテルなる謎の飲み物を差し出したこの女性。

 あの事件から数日して、悪魔襲撃がホグワーツや英国魔法省だけの問題ではないと判断されたらしく、この機会に魔法世界と縁のある魔法使いの参入を決定したそうだ。

 

 

「さて、あらためまして。今回の悪魔襲撃事件の調査を依頼されたISSDA所属、“白き翼”。宇宙探偵あらため魔法探偵のユエ・セタです。以後お見知りおきを」

 

 紺色の長い髪の女性で、魔法使いらしい帽子こそかぶっているが、服装はマグルのものらしきYシャツを着た人だ。

 彼女は、なんでもニホンの魔法協会と縁の深い国際組織における魔獣・魔物退治の専門家なのだそうで、ハリーや咲耶を始め、あの時に悪魔と遭遇した人たちが事情聴取を受けることとなったのだ。

 

 現在事情聴取を受けているのはハリーとロン、咲耶たち学生で、スプリングフィールド先生の研究室を間借りしていた。

 

 

 そしてこの部屋の主である先生は……

 

「まったく、敵を追い詰めておきながらみすみす逃がすなんて、詰めが甘いのは彼とそっくりだ。まるで彼がお子様先生だった時の姿のようだよ、リオン・スプリングフィールド。もっとも、彼は今もお子様と変わりないようだけどね」

 

「あ? あんな甘ちゃんの女タラシと一緒にするな。だいたいああいうのの動きを抑えておけなかったのはお前らの怠慢だろう」

 

 なんかやたらと美形の男性とメンチのきりあいをしていた。

 ハリーから見て、ロックハートよりもずっと美形の、スプリングフィールド先生と並ぶ優男風の白髪の男性だ。

 

「それを調べるために一体でも捕縛しておく必要があったんだよ。その程度のことも分からないのかい?」

「ぶっ壊れてるのは舌の味覚だけじゃなくて、そのよく回る口らしいな、陰険白髪野郎。そこまで知るか」

 

 顔は凄く整っているのだが、目つきはスプリングフィールド先生に負けず劣らず鋭くて、冷たい印象のある人。

 

「あのミス・セタ……あちらの人は……」

「彼はフェイト・アーウェルンクス。今回の事件に関する調査員とでも思っておいてください。…………喧嘩なら迷惑なのでどっかの荒野でやるです。そしてさりげに二人して師匠をディスるのはやめるです」

 

 なんだかメンチのきりあいだけでなく、漏れ出たバカげた魔力が奔流みたいになって激突しており、恐る恐るセドリックが尋ねた。

 探偵の女性はどこか妙なところに触れたのか青筋浮かべて二人に注意をいれた。

 

 先生とフェイトさんはしばし無言でバチバチと睨みあうとお互いにふんと顔を逸らした。

 

 

 

 スプリングフィールド先生とフェイトさんはお互いに距離をおいて椅子に腰かけて探偵の女性の事情聴取を見守っていた。

 

 ハリーはユエさんにダンブルドアにも語った今年の事件の概要を話した。ただ、そのほとんどはこの学校での問題であり、彼女たちの調査に関わる悪魔については、ハリーたちもほとんど分かってはいなかった。

 

 あの悪魔は、ジニーを連れて通路の崩れた所で待っていたロンと今後を話している時に突如として姿を現したのだ。

 声は届いてかろうじて互いの姿が見える程度にしか開通していなかった通路を一撃で開通し、混乱しているハリーたちを全員連れてマクゴナガル先生たちのもとに転移したのだ。

 

 ハリーたちを連れていったのも

 

「君たちが知ってる様子はなさそうだし……まあお土産くらいにはなるか」

 

 ということだったらしい。

 

 その後の顛末はハリーたちはもとより、セドリックや咲耶たちも見たままだ。

 

 咲耶の式神やスネイプ、マクゴナガル先生たちを追いつめ、その後スプリングフィールド先生に蹴散らされた後、ジニーたちを蘇生させて逃げた。

 

 

「――――なるほど。おおよその事件のあらましは分かりました。つまり彼らの目的は、その日記に込められていたトム・リドルという魔法使いの魂だか記憶だった可能性が高いという事ですね」

 

 数10分ほど話して終えたころだろうか、ユエさんは確認してきて、ハリーたちは自信なさ気に頷いた。

 

 結局、あの悪魔たちは――彼らが言っていたことを信じるのならば――日記の現物は返却してきたし、吸い取られていたジニーとマルフォイの魂は返してきたし、秘密の部屋の怪物にも手を付けずに退却したことになる。

 

 

「ただ話を聞く限りでは、悪魔侯爵が言った“別口”というのが彼らの別動隊かどうかは分かりませんね。内部協力者がいた可能性も無視はできないです。それに危険を承知でリオン君の前に姿を現したということは、人に対する殺害規制がかかっていた? 魂の収集という類似性からしてもあの件と繋がりがある可能性はあるですね。ただ、こちらの魔法界に手を出してきたということはむしろタカユキ君の方の調査と関係があると考えた方が……」

 

 ユエさんは考えを纏めるようにぶつぶつと早口で呟いていたが、ハリーたちにはそれの意味するところはほとんど理解できなかった。

 それは咲耶も同じなのか、そろって呆気にとられてみていると、

 

「ああすいません。ひとまずこの件は、もう少し学校での調査も必要ですね。……リオン君」

 

 ユエさんはハリーたちをそっちのけで思考に埋没していたことに気づいてか、顔を上げてスプリングフィールド先生に振り向いた。

 

「貴方はフェイト君と魔法世界の方に向かってください」

 

 そして告げられた言葉に、ぞわりと殺気がと呼べるものがスプリングフィールド先生から沸き立ったようにハリーには見えた。

 

「あ? なんで俺がこいつと一緒なんだよ」

「フェイト君は別件で魔法世界に行ってもらう予定だったのです。リオン君はアスナさんとコンタクトをとってください」

 

 別件、というのがなんなのかはハリーたちには分からないが、誰がどう見ても混ぜるな危険としか思えないコンビを指定したユエさんに対して、先生は冷気を漂わせてドスのきいた声を発して睨み付けている。

 

「私は夏休みまでここで調査をして、追って詳細を師匠に報告に行きますので」

 

 ただ、それはユエさん自身はまだすべきことがあったがためにらしく、さらっとホグワーツにしばらく駐屯するようなことを告げた。

 スプリングフィールド先生はちらりと咲耶を見て、それから顔を顰めた。

 

「一応俺はここの教師なんだが?」

 

 期末テストが免除となり、夏休みまで残り短いとはいえ、それでも授業はしっかりとある。

 しかもあの先生は、ニホンの魔法協会のお偉方から派遣されてきたはずなのだが、それを勝手に決めてもいいものだろうか。

 

 セドリックたちが不思議に思っていると、ユエさんは一枚の紙を取り出して先生に手渡した。

 

「西の長さんからは許可をもらってます。夏休みまでは――――――――」

 

 

 

 

 後日。

 日に日に夏の暑さがこたえ始めてくるこの季節。

 

「――――ということで、今学期の残りの授業は私、ユエ・セタが代行させていただくことになったので、よろしくです」

 

 あの悪魔襲撃、というのが魔法世界とどう絡んでいたかはハリーには分からなかったが、どうにも複雑な事案らしく、魔法探偵を名乗るユエ・セタさんはしばらくホグワーツに滞在することとなった。

 

 代わりかどうかわからないが、なんでも魔法世界で調べることができたらしく、スプリングフィールド先生が学期半ばで一度学校を離れる必要ができたのだそうだ。

 

 そのため、精霊魔法の授業はスプリングフィールド先生の代わりにセタ先生が教鞭をとることとなった。

 

 

 ちなみに授業は、スプリングフィールド先生のものよりも分かりやすいと好評だった。

 

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 

 大方の授業が終わりを迎えた夏休み二日前。

 咲耶は無事に日常復帰したジニーやハーマイオニー、そしていつものメンバー(ルームメイト)たちとちょっとした女子会を開いていた。

 

 怪物の徘徊に関しては終結宣言がだされたとはいえ、あまりにも恐ろしい眼にあった友人たちを明るく励まし、楽しい夏休みを迎えようという思いで開かれたこの会。

 

 話題の内容は、うやむやに終わった継承者の件――

 

「だからジニーはまず、他の男子とつきあって、ハリーにもっと自分らしいところを見せられるように鍛えた方がいいんじゃないかしら」

「……そうよね。今のままじゃ、彼とも、全然――」

「ちゃうよジニーちゃん!!」

 

 ではなく、恋する乙女の悩みだった。憧れのハリーに対して面と向かうと話すこともできずに茹蛸になってしまうジニー。その症状は、彼女が攫われたと聞いて継承者を恐れることなく救出に奔走してくれたというハリー(と兄であるロン)の顛末を聞いて進行していた。

 

 昨年ハリーはハーマイオニーとともにウィーズリー家に滞在していたのだが、今年もその予定らしく、来たる夏休みにどんな顔をしてハリーと一つ屋根の下で暮らせばいいのかという悩み相談に乗っていたのだった。

 

「そこは退いたらいかんって!!! 恋愛は戦いや! ガンガン行かな!!」

 

 兄弟が多いジニーは、男子に耐性がないわけではないらしいのだが、まずは恋人の前でありのままの自分を出せるようにする特訓をするべきだとアドバイスしたハーマイオニーに対して、咲耶はバンッと地面を叩いて力説していた。

 

「えっ。でも……」

「例えばハリー君がくぃでぃっちの練習終わった後に檸檬の蜂蜜漬けをこっそりと渡すとか!」

 

 ハーマイオニーの意見に同意しかかっていたところに、全く逆の意見を言われて戸惑うジニー。

 咲耶はずずいとジニーに近づいて、どこから仕入れたのか定かではない具体例を突きつけた。

 

「なんでレモンのハチミツ漬け?」

「マグルのスポーツマンガとかだとちょくちょくあるのよ。疲労回復にいいって。というかマネージャー?」

 

 マグルの習慣や栄養学などという観点のないリーシャが首をかしげており、マグルの生活にも詳しいフィリスが咲耶を野放しにして話していた。

 

「夏休みはハリー君、おうちに来るんやろ! それやったら胃袋を攻めるとか!!」

「え、でも私料理はできない……」

「それやったらウチが教えたる!! あとあとあの手編みのセーターは来年から小母さんじゃなくてジニーちゃんが編むべきや!!!」

 

 なんだか目の色がいつもと違い、頭の上のお花畑が炎のようにも見える今日の咲耶。

 

「おーい明日で学期終わりだぞー」

「なんかスイッチ入ったみたいね。あれかしら、恋する乙女の共感?」

 

 言っても無駄だろうなぁと思いつつもひとまず学校ではそんな時間はないことを告げて見たリーシャだが、咲耶はガンガンとジニーを押し込んでいた。

 

 

 すっかりいつも通り(?)の景色が戻ったホグワーツ。

 

 楽しげな女子たちのささやかなおしゃべりが続く中、後ろから「ふふふ」という笑い声が聞こえてフィリスたちは振り向いた。

 

「あっ、セタ先生。調査の方はもう終わったんですか?」

「ええ、ご協力ありがとうございましたレメインさん。それと皆さんも。おかげさまでだいたい仕上がりました」

 

 魔法探偵 兼 精霊魔法教師代理の瀬田夕映先生が微笑ましげな眼差しを向けていた。

 

「盛り上がってるとこ失礼するですが、咲耶さん。少しいいですか?」

「はいな、瀬田センセ」

 

 咲耶は乗りかからんばかりに顔を近づけていたジニーから体を離して先生に振り向き、圧倒されていたジニーはほっと息を吐いた。

 

「少し渡したいものがあるので、部屋の方に来ていただけますか」

「ええですよ」

「ああ。お友達も一緒でも構いませんよ」

 

 にこりとした笑みを浮かべてのお誘いに咲耶は友人たちを見回して確認してから頷いた。

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 瀬田先生に連れられて精霊魔法の教師の――元スプリングフィールド先生、現瀬田先生の私室を訪れた咲耶たち。

 

 その内装は夏休みまで短い期間の滞在とはいえ、スプリングフィールド先生の時とはまるで違う様相を見せていた。

 やはり魔法がらみではそれぞれに危ないものがあるのか、咲耶たちが決闘クラブで使っていた魔法儀やチャチャゼロなどはいなくなっており、先生のときよりも新しい本が多く本棚に並んでいた。

 

 部屋に入った咲耶は、少しだけ違和感を覚えたようにきょろきょろしながら席を進められてソファに腰掛けた。

 

「咲耶さんには少しこの部屋は違和感があるようですが、我慢してください。流石にリオン君の私物は危険物だらけなので置いて行かれると次の日には死ぬ恐れがあるので」

「ああいえ! そないなことは……ありそですね」

「あんのかよ!!?」

 

 咲耶の思いを見透かした瀬田先生は肩を竦めて言った。それに対する咲耶の返答にリーシャがガビンと驚いた顔で部屋を見回した。

 

 咲耶に同行する形で何度も訪れた部屋がそんな明日の命を脅かすような危険地帯だったとしれば無理ないリアクションだろう。

 

「大丈夫ですよ。禁呪やら危険物やらは全部持って行ってもらいましたから、ここにある危険物は私のものだけです」

「あ、それなら……良くない!!?」

「冗談ですよ」

 

 どこからが冗談なのかは定かではないが、とりあえずからかわれているということに気づいたリーシャを咲耶たちはくすくすと笑って、ひとまずこの部屋への違和感を忘れ去った。

 

「さて咲耶さん。ここに呼んだ理由ですが……今回の事件でも治癒術を行ったそうですが、貴女は治癒術士を目指しているのでしたね?」

「はい」

 

 若人でひと遊びして満足したのか、瀬田先生は優しげな表情で尋ね、咲耶がはっきりとした肯定を返したのを見て、フッと微笑んだ。

 

「では、これをどうぞ」

「?」

 

 机の端に置かれていた分厚い本を押し渡されて、受け取った咲耶は小首を傾げた。

 

「このかさん――貴女のお母さんが、自身が修めた治癒魔法を纏めたものです」

「えっ!!?」

 

 驚いて分厚い本を見直す咲耶。フィリスたちも興味があるのか横から本を覗き見た。

 

「このかさんは15歳で魔法の世界に入り、それから優れた師について魔法を学び、自身かなりの努力をして、本人の才能も大きかったですが、世界屈指の治癒術師と呼ばれるまでになりました。

 その本は彼女が治癒術士を目指した友人に参考にしてほしいと譲り渡したのですが。今回私がこちらに来ることを知ったその友人が貴女に返してあげて欲しいと渡されたです」

 

 だから貴女のものですと手渡されたそれ。

 実家にも多くの魔法の本があり、それを使って母も魔法の勉強をしたんだよと教えられてはいたが、母が作った教科書ともなればその重みは別格だ。

 

「あ、あの……瀬田センセは、ウチのお母様をご存じなんですか?」

「おや? ……ああ。そうですね。前に会ったのは貴方がまだ小さいころでしたから覚えていないのも無理はないですね」

 

 先程の瀬田先生の言葉からちょっとした疑問を覚えたのだろう。

 目の前の少し青みがかった長髪の女性をまじまじと見て咲耶は尋ね、問われた瀬田先生は少し訝しそうな顔をしてから思い出して納得した顔となった。

 

「このかさんとは友人で学生時代のクラスメイトだったですよ。同じ師の元で魔法の研鑽を積んだこともありました」

「そうなんですか!!」

「ホントに聞いてなかったですね。彼女とは同じ図書館探検部の一員で、日夜本を求めて図書館を探索していた仲です」

 

 図書館探検部、というのが一体なにをする部なのかは定かではないが、ひとまず友人だったというのは本当の話らしい。

 咲耶は目をキラキラさせて瀬田先生を見つめた。

 

「そういう顔はこのかさんそっくりですね。性格は彼女よりもアクティブなようですが」

 

 瀬田先生は子犬のように嬉しそうな顔を見せる咲耶に目元を緩めて懐かしそうに言った。

 

 

 それからしばらく、瀬田先生は咲耶に学校生活についてなどを聞いていた。

 

 それは先生代理として、というよりも友人の娘を見守るような優しげな顔をしていた。

 

 

 

「図書館探検部てどんな部活やったんですか?」

 

「私たちが居た麻帆良学園では図書館が一つの小さな島に建てられていてとても巨大だったのです。内部構造も入り組んでいて迷路のようになっていたので、隠された本や未開のエリアがたくさんあったので、新たな発見を求めて本を探し求めるという……まあ、本好きの集まりですね」

 

 母から麻帆良学園時代の話を聞いたことももちろんある咲耶だが、それでも母をよく知る人物から語られるそれは、非常に興味深く、わくわくとして話を聞いていた。

 

「先生も本好きなんですね!」

「ええまあ。ただ私の場合は興味ある分野が偏っていたので、学校の成績はいまいちでしたが……」

 

 同じ本好きとして琴線に触れたのか、ハーマイオニーが瞳を輝かせて嬉しそうに話しかけた。

 

「先生。あの! 本を見させていただいてもいいですか? 私もすごく、本が好きで」

「いいですよ、グレンジャーさん。ただ、あまり魔法書関連は持って来ていませんよ」

 

 沢山の本に囲まれている状況で耐えきれなくなったのか、ハーマイオニーが意を決して口を開いた。

 瀬田先生から許可が出るとハーマイオニーは喜んで跳ねるように本棚に近づき、クラリスも後に続いて本棚を眺め出した。

 

「宇宙関係の本がたくさんありますね」

 

 瀬田先生の言葉通り、本棚には主に航空宇宙力学や宇宙環境についての本。テラフォーミングに関する書籍が大量にあり、期待したような魔法世界がらみのものはほとんど見られなかった。

 

「ええ。私の本来の専門は宇宙開発なので。魔法探偵は昔とった杵柄というやつですよ」

「宇宙!?」

「魔法使いなのに宇宙開発なんですか!?」

 

 あまりにも魔法使いのイメージと違う専門分野が飛びだしてきたことにリーシャやフィリスも驚いて瀬田先生に振り返った。

 ハーマイオニーやクラリスもびっくりして見つめてきており、そのリアクションにむしろ瀬田先生は軽く驚いたように目を瞠っていた。

 

「おや? そのあたりの話はまだリオン君から聞いていませんか?」

 

 そして不思議そうにして「ふむ」と顎に手を当てて少し考え込むような素振りを見せた。

 

「ではその話は後のお楽しみにしておきましょう」

「えっ!? なんなんですか?」

 

 そしてにこりと微笑んでもったいつけた返答をした先生に、フィリスが少し身を乗り出して尋ねようとした。

 先生はそんな生徒たちをまあまあと軽く宥めて微笑みを深くした。

 

「魔法の世界というのは今は、ただ裏に埋もれているだけではなく貴方たちが思っている以上に世界に貢献しているのですよ」

 

 優しく告げた言葉は、まだハーマイオニーたちが――いや、旧世界に籠る魔法使いたちが見つめていない未来を見つめているがゆえの言葉だった。

 

 

 

 

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 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

【積み重なった想い】

 

 

 

 丸く区切られた視界の先に、赤毛の少年が笑っていた。

 

「主……なにもそんなモノを使わずとも」

「風情だよ」

 

 背後から話しかけてきた“息子”のよくわからない、といったような、呆れたような雰囲気が感じられた。

 どうやら彼には、この望遠鏡なる道具――人の手によって生み出された物の愛おしさというものが分からないらしい。自分で生み出した存在だが、それは少し残念だ。

 

 視界の先の少年は、実に生きた笑顔を浮かべている。

 彼らはもう間もなく、ここへとやってくる。

 戦争を終わらせるために。

 私たちを屠るために。

 

 戦いは激しいものとなるだろう。“息子”の実力は間違いなく、人においては最強クラス。それをあの少年も知っているだろうに、激戦を前に、あの笑みが浮かべられることに興味がわいた。

 どのような者なのかと問うと、息子はやや小ばかにしたような返答を返してきた。

 

「旧世界英国にある隠れ里の家の出です。とりたてて名家ということもない。七世代遡っても何の系統、因果も見出せません」

 

 なんの因果もない。

 

 それは…………

 

「ほぉ。それは良い」

 

 面白いと思った。

 

「失礼ながらマスター。奴は力だけのただのバカ。考えなしに立ち向かうものを殴り倒し、ただ前へと進むことしか知らぬ愚か者です」

 

 愚か者。

 たしかにそうなのかもしれない。人とは、生きることとは。

 ならば結局は前へと進むしかない。

 

「それが人間だ。結局、前へと進むしかない。ならばああいうバカの方がやってて気持ち良い」

 

 きっと自分はアレが羨ましいのだ。

 なにものからも束縛されえない自由な翼。

 自由に、思うが儘に

 

 きっとそれが道を開くことにつながるのだろう。

 

 だからこそ、今は自分の思うがままの道を選ぶ。

 

 もはや全てを満たす解はない。いずれは全てに絶望の帳が下りる。

 その前に、全てを幸福な世界へと導くのだ。

 それこそが、この世界を創った者としての責務。

 

 全ての救われえぬ者たちを救うために。

 次の世界へと、完全なる世界へと旅立たせるのだ。

 

 

 たから、もしも、次があるのならば……

 

「いくぞ。後は頼む」

「ハ……ハッ!」

 

 今度は何者からも自由な存在になりたいと、そう希う。

 

 

 

 


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