春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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第3章
魔法使いとは古典的な生き物のはずです


 日本に麻帆良学園という巨大な学園がある。

 麻帆良市という都市に明治ごろから設立され、幼等部から大学までのあらゆる学術機関を内包した一大学園都市だ。

 

 この麻帆良学園。

 基本的には魔法使いではない一般人 —―英国魔法界の言うところのマグル――が生活している学園なのだが、少々毛色が異なる特徴を有している。

 まずその来歴。この学園は、元々魔法使いたちにより建設されたと言われているのだ。

 世界樹と言われる他に類を見ないほどに巨大で、22年に一度発光するというマグルにとっては謎な現象を起こす大樹があったり、世界中から様々な貴重書を集めた図書館島という謎ダンジョンを有していたり。

 極めつけは、この都市で暮らしていてピンチに陥るとどこからともなく魔法少女や魔法先生、魔法生徒といったとってもマジカルな人たちが助けてくれるという…………

 

 つまりは、この麻帆良学園都市。

 非魔法族と魔法族が共存している都市なのだ。

 

 魔法世界(ムンドゥス・マギクス)とかかわりの深い、関東魔法協会の魔法使いたちが、立派な魔法使いたることを心掛けて、修行や治安維持を行っており、中には世界の紛争地域に赴いて、秘密裏に魔法の力を行使して悲劇のいくらかを回避しようとする魔法使いも在籍している。

 

 同じく日本に存在する関西呪術協会では、関東に比べれば魔法世界との関わりは薄いものの、それでも闇にまぎれる魑魅魍魎を討伐したり、悪霊・怨霊に悩まされている人々を救うために活躍したりと、非魔法族と共生しながら存在している。

 

 その生活様式は、関西ではその総本山が古式ゆかしい神社ということで古めかしい感が遺されているが、一般的には非魔法族のそれと同じで、日本ならではの最新の家電機器も使えば、魔法なしでの家事炊事もこなして当たり前に生活している。

 

 

 一方、イギリス魔法界では、日本の関西がそうであるように、いや、より顕著に旧世界の魔法族とマグルの生活は分かれている。

 国土面積の問題から、多くの都市ではどちらも暮らしているものの、魔法族はマグルから隠れて生活している。

 基本的に魔法族のことは仲間内だけで処理をして、非魔法族の生活には関わらない。

 稀に科学力の恩恵をあずかることもあるが、基本的にマグルの産物を軽視しており、科学力、という点ではマグルよりも1世紀は遅れを取っている。もっとも、魔法を日常生活に使っているため、(彼らにとって)不便はなく、そえゆえに発展していないともいえるが。

 

 彼らの言い分では、「マグルが魔法のことを知れば、なんでも魔法で解決したがるようになるから」、ということでマグルを魔法から切り離しているわけだが、逆に魔法族は一般の非魔法族の生活からは切り離されている部分がある。

 

 例えば、イギリス旧世界の魔法使いは、往々にして一般社会生活においては、マグルの基準に照らすと奇抜な服装や突飛な行動をしている人ばかり。

 

 マグル好きで知られるアーサー・ウィーズリーでさえ、プラグ集めという奇妙すぎる趣味のレベルでしかマグルを理解していないし、手紙の連絡手段はふくろうを飛ばすというなんともアナクロの手法がメイン。電話なんてものはない、というよりもそもそも電気のインフラがない。

 魔法族の中には、マグルの生活にも造詣が深い人物がいるが、それはマグルを助けるためというよりもより上手くマグルの生活に偽装するためという意味合いが強い。

 

 

 何が言いたいかと言うと――――

 イギリス古来の魔法族にとって、最先端科学という言葉は、まったく結びつかないものだということだ。

 

 

 

 第37話 魔法使いとは古典的な生き物のはずです

 

 

 

 “生き残った少年”ハリー・ポッターが13歳の誕生日を迎えた7月最後の日。

 

 ハリーが朝食をとりに2階の自室から1階へと降りていくと、ダーズリー家の3人はすでにキッチンのテーブルに座っていた。

 1歳のころに両親を失い、以来育てられている親戚のダーズリー家。

 母の姉妹であったペチュニアおばさん。がっちり、でっぷりした体格で首が肉で埋もれて、大きな口髭をたくわえているバーノンおじさん。

 そして豚のような5重顎をだぼつかせて、山ほどの朝食をかっくらっているいとこのダドリー。

 

 ハリーを普通ではないと毛嫌いするマグルの一家だ。

 もっとも、彼らが普通の一般的なマグルかというと、バーノンおじさんが穴あけドリルの製造会社の社長であることや、ダドリーが名門“スメルティングズ男子校”の不良生徒で一ケタの計算ができないくらい成績が悪いとか、あまり一般的とはいいがたいものではあるが。

 

 

 今日がハリーの誕生日ということも覚えていないだろうダドリーとバーノンおじさんの間に座り、ちらりとテレビに視線を向けた。

 

 テレビの中では、空へと延びる……というよりも先頭が見えない建物が映し出されており、“軌道エレベーター、来春民間開放!?”というテロップがでかでかと映っていた。

 

<――――ISSDAを中心に世界各国の協力のもと建築された軌道エレベーターが、来年春、民間開放されるという発表がありました。技術的困難さから理論のみが先行し、夢の技術と持て囃されていたこの軌道エレベーターの建築により、各国に多大な経済的利益と宇宙開発の飛躍的推進という大きな影響をもたらしました。ISSDA設立以前の予想を遥かに上回った建築速度には、まさしく魔法の技術が使われていたと言われるほどで――>

 

「何が魔法だっ!! 連中にそんな脳みそがあるものか!」

 

 アナウンサーの言葉の中にこの家での禁止ワード――魔法――というのが含まれていたため、バーノンおじさんが不愉快そうにテレビに文句を言った。

 

 あいかわらず“普通ではない”ことに対してアレルギーのように癇癪を起すバーノンおじさんだが、実は基本的に最近は機嫌がいいことが多い。

 なんでも、この“なんとかエレベーター”と宇宙開発がらみで工業が発展してドリルの大口受注が増えているのだ。

 最近は業績上がりで、よくわかっていなさそうなのに「宇宙特需さまさまだ!」とかいうのを昨晩、ペチュニアおばさんに機嫌良さそうに話していた。

 

<――――民間開放には各国とも慎重な姿勢を示していましたが、建築に中心的役割を果たした同機構のネギ・スプリングフィールド氏の強い意向も反映されての決断となったようです。同氏の発表時の会見の様子をお送りします――――――>

 

 テレビをちらりと見ると、丁度場所が切り替わり、その“何とかさん”の会見の場面になったところのようで――――ちらりと見た瞬間ハリーの心臓がどきりと跳ねた。

 

<この軌道エレベーターは多くの人の協力なしには到底為し得なかった大きな成果です。その上で、今後ブルーマーズ計画、テラフォーミング事業を推進していくためにも、これまで以上に民間との協力が必要と判断し、民間開放を推進してもらいました。まだ早いという声も勿論多くありますが――――>

 

 危うく「スプリングフィールド先生!!?」と叫びだしそうになるほどに、テレビに映っている赤毛の男性は、学校の ――バーノンおじさんの言うところの普通ではない―― 魔法先生とそっくりだったのだ。

 

 親友のロンよりも落ち着いた赤毛。10人女性が居れば9人は視線が釘づけになりそうなほどに整った容姿。(もっとも、豚のようなダドリーを溺愛するバーノンおじさんやペチュニアおばさんに言わせれば、やせっぽっちの不出来なマッチ棒とでも言われそうだ)

 

「まともな人間のまっとうな発展というのはこういうものを言うのではあるのだろうな」

 

 ハリーがまじまじとテレビを凝視していることにも気付かず、おじさんは自分の会社の売り上げに大きな貢献をもたらした赤毛の男性を満足そうに頷きながら見ている。

 

<ネギ・スプリングフィールド氏は、ISSDAを通じて各国の首脳にも強く働きかけており、今年の夏前にはスプリングフィールド氏とともにISSDA設立に携わったフェイト・アーウェルンクス氏が、宇宙開発推進に関わる調整のためにイギリスを訪問するなどの活動が見られています>

 

「ぶっ!!!」

 

 今度こそハリーは噴き出してしまった。

 バーノンおじさんがぎろりと睨んできていたが、ハリーの視線はテレビの方に釘づけだった。

 再び切り替わった映像には、学校の先生に似過ぎな男性が、本人は絶対にしなさそうな笑顔を浮かべており、ほんの夏休み前に見た覚えのある冷たい印象の白髪の男性と映っていた。

 

 もはや何が何だか分からない。

 

 夏休みに入って、魔法を毛嫌いするこのダーズリー家に戻ってきてからというもの、ハリーにとって魔法世界との関わりといえば、こっそり行っている夏休みの宿題と時折ペットのフクロウ、ヘドウィッグが届けてくれる友人たちからの手紙くらいだ。

 ここでは写真の中の人が動き回る新聞も、話しかけてくる絵も、通り抜けると凍えるような冷たさを感じるゴーストも、魔法の破裂音もしない。

 だから、こんなちょっとしたニュースに魔法の世界との、ありもしない繋がりを想像してしまうのだろうか。

 

 どうせ想像するなら、ロンやハーマイオニー、サクヤのような友人たちとの繋がりを意識できるものにしてもらいたい。

 

 悪魔も逃げ出すほどにおっかない雰囲気の、“あの”スプリングフィールド先生が人好きのしそうな笑みを振りまいてテレビで会見していたり、魔法使いが魔法嫌いのバーノンおじさんの仕事に利益をもたらすような普通の仕事をしていたり、まして最先端科学を駆使して宇宙開発に勤しんでいるなんて、どう考えても質の悪い冗談だ。

 

 ハリーの友人のウィーズリー家の人なんかは電話の使い方も知らないくらいだし、おそらく大部分の魔法使いは魔法もなしに鉄の箱が空に昇るなんて信じちゃいないだろう。

 ダンブルドアがあの老魔法使い然とした格好でロンドンの地下鉄を使っていたり、八グリッドが自動車に身をかがめて乗り込んで運転していたりするのを想像する以上に違和感だらけだ。

 

 あるわけないあるわけないと、ハリーは頭を振って先ほどのニュースを忘れて、朝食へととりかかった。

 

<続いてはイギリス国内のニュースです。凶悪な死刑囚、シリウス・ブラックが脱獄して――――>

 

 

 本日もプリベッド通り四番地のダーズリー家は、ほんのちょっぴり普通ではない一日を過ごしていました。

 

 

 

 ちなみにこの後、13歳最初の1週間、大嫌いな伯母がダーズリー家に滞在し、その最終日にハリーは伯母さんを風船みたいに膨らませた挙句、家出するという、とっても普通ではない行動をとることになる。

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

 長い夏の一日を、ハリーはダイアゴン横丁のフローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーのテラスで優雅に過ごしていた。

 

 二週間ほど前に、ダーズリー家を家出したハリーはナイトバスという魔法使い用のバスを利用してダイアゴン横丁へとやって来ていた。

 両親を侮辱されたからという理由ではあるが、未成年の魔法使いがマグルに対して魔法を不正に使用してしまった事から(しかも昨年、冤罪ではあるが一度警告文を受けている)、ホグワーツ退学の処分の危機に陥ったと考えたハリー。

 当初は単にグリンゴッツ銀行でまずはこれからの資金を引き出そうと考えていたのだが、入口である漏れ鍋に到着したハリーは、意外なことにイギリス魔法省魔法大臣であるコーネリウス・ファッジと出会うこととなった。

 

 なぜファッジが一学生の魔法不正使用のために出張ってきたのかはハリーには分からなかったが、どうやらファッジはハリーを探していたらしく、ハリーにとっては幸いなことに彼にお咎めなしの免罪を告げに来てくれたのだ。

 しかも漏れ鍋の一室をハリーにあてがい、夏休みの残りをダーズリー家の虐待の生活から解放してくれたのだ。

 活動範囲をダイアゴン横丁と活動時間を夕方までに限定されはしたが、今まで魔法無しの軟禁生活にも等しい生活を送っていたハリーにとって、ダイアゴン横丁での生活は快適自由そのもので、学期が始まるまでここから出て行こうなどという気は到底起きなかった。

 

 ダイアゴン横丁をぶらぶらしていて店を覗いて回っても楽しいし、カフェではいろんな魔法使いが魔法世界の話をしているし、パーラーの店主は時々宿題を手伝ってくれたり、サンデーを振舞ってくれたりとサービス尽くしだった。

 

 今日もハリーはテラスでのんびりと通りを行き交う人たちを見ていると、聞いたことのある声で話しかけられた。

 

「あれ? ポッターじゃん」

 

 自分の名前を呼ばれて、そちらに振り向くとそこにはハリーと同じ学校の、つまりはホグワーツの見知った生徒がいた。

 しかもそれは幾度かクィディッチで対戦したこともあるハッフルパフの金髪の女生徒、サクヤの友人のリーシャ・グレイス。

 そしてその周りには咲耶の近くでよく見た女生徒や男子生徒がいた。

 

「やぁ、ハリー」

「リーシャ、セドリック。どうしたのみんなそろって? 買い物?」

 

 その中の一人、セドリック・ディゴリーは中でもハリーのポジションと同じシーカーで、背が高くハンサムで、おまけにとっても優秀な生徒だというのを聞いた気がする。

 他寮の上級生とはそれほど親しいわけではないが、クディッチの試合で何度も会っているし、明るいリーシャや穏やかなセドリックはハリーにも比較的話しやすい相手だ。

 

「ああ。今日サクヤが来るから、ここで待ち合わせてんの」

「サクヤが? え、でもまだ学校まで1週間もあるのに?」

 

 リーシャが待ち合わせ場所らしいパーラーのテラスを親指で指して言ったことに、ハリーは意外そうに尋ねた。

 ハリーやリーシャなどならともかく、サクヤはニホンからの留学生だ。

 滞在費用などを考えると、前日か数日前くらいに来るものと思っていたのだ。学期1週間前はどう考えても早すぎる。

 

「ホームステイするんだよ。去年はウチで今年は」

「私の家」

 

 それに対してリーシャは去年、そして今年の、ハリーの知らなかった咲耶の夏休みの過ごし方を告げた。リーシャの影から聞こえてきた声に視線を向けると、半眼の状態の小さな女の子、クラリス・オーウェンがひっそりと自己主張していた。

 クラリスはハリーよりも2歳年上にもかかわらず、幼く見える咲耶(出会った当初もそうだし、夏前の時点でも幼く見えた)よりもさらに小柄で今年からの新入生と言われても通じそうな子だ。

 

「そ、しかも今年に限って急にみんなもご招待って、このやろー」

「…………」

 

 なんだか友人同士、いろいろとあるのかリーシャはぐりぐりとクラリスのほっぺたを弄っており、クラリスは鬱陶しそうに眉根を寄せている。

 もっともどちらもその程度のじゃれあいは日常茶飯事っぽいやりとりで他のみんなも微笑んでいるが。

 

「ハリー君は今日買い物?」

「あー……まあね」

 

 二人がじゃれ合いをしている横から、別の女の子が尋ねてきた。こちらはスタイルの良すぎるリーシャや、小柄すぎるクラリスとは異なり極めて平均っぽい子で、フィリス・レメイン。この3人と咲耶とが、ハッフルパフの同じルームメイトなのだそうだ。

 フィリスの質問にハリーは曖昧に答えざるを得なかった。

 伯母さんを風船にして家出してきた、なんてことはできれば吹聴したくはない。

 

 ただ、彼女たちの待ち合わせ場所がここである以上、ハリーがここに居れば話は続けられ、いずれはその話はしなければならなくなりそうだ。

 どうするべきかと思案していると不意にクラリスが顔を背けて通りを見た。

 

「やっほー、みんな! おまたせ~……あや? ハリー君もおる?」

「サクヤ!」

 

 クラリスが真っ先に駆け寄り、サクヤの手を握った。

 咲耶も両手でぎゅっと握り返してなにやらぶんぶんと両腕を振ってじゃれあい、リーシャやフィリスも順々に咲耶もみくちゃにして挨拶を交わしている。

 

 

 ハリーもサクヤの手を握りたい衝動に駆られたが、彼女の同寮の友人たちが囲んでいるし、隣に立っている男の人は、サクヤの保護者か護衛といった風に見えて、近寄るのを躊躇わせた。

 

「高畑さんはハリー君初めてやったよな」

「ああ。彼がハリー君かい?」

 

 セドリックたちからも一歩離れた位置に立っているハリーに気づいたサクヤが保護者風の男性を振り返ってハリーを紹介した。

 

「あ、あの。初めまして」

「よろしく。タカユキ・G・タカハタだ」

 

 いきなり注意がこちらに向いて、ハリーは少しどもったがぺこっと頭を下げた。

 男性――タカユキはにこっとハリーに微笑みかけた。

 

「ハリー君はこれから買い物?」

「あ――、ううん。僕、もう買い物は済ませちゃったんだ」

「ありゃ、そうなんか」

 

 初顔合わせを終わらせたとみて、咲耶はぴょこんとハリーに近づき尋ねた。

 

 この流れならまた一緒に買い物できる――と思ったハリーだが、よく考えなくても自分の分の買い物はもうすでに終わらせてしまっていることに気がついて、少し眉を曇らせながら答えた。

 咲耶はハリーの反応に残念に思っているのかどうか微妙な気楽さで応えている。

 

「サクヤも来たし、後はリオールか」

「どこに居るのかしら」

 

 待ち合わせの中で、おそらく一番遠くから来たであろう咲耶が来て、今回のメンバーの中ではあと一人。リーシャがきょろきょろとすると、フィリスも通りを探すように視線を向けた。

 

「リオールって誰だい、サクヤ?」

「え? あ、えーっと」

 

 ハリーが聞き覚えのない人の名前を咲耶に尋ねると、咲耶は途端にびくっと挙動不審となり言いよどんだ。

 

「同じ決闘クラブの上級生だよ」

「一回も参加してないけどな」

 

 嘘とごまかしができそうになり咲耶の様子に、セドリックが素早く説明を加えたが、その横からはルークが皮肉っぽい笑い顔で付け足した。

 

 率直なルークの意見にセドリックが咄嗟に言葉を返せず、サクヤも目を泳がせた。

 

 

 今回の咲耶のホームステイ。

 色々騒動の多かった前学期の最後にその話し合いをしたのだが、去年と同じく自分の家に誘うつもりだったリーシャの予想に反して「今年は私のとこ」と言葉少なにクラリスが全員を招待したのだ。

 クラリスの家の事情を知るフィリスやリーシャたちはぎょっと驚いたが、咲耶は喜んでホームステイに応じた。

 ただその際、話を聞いていたルークが「俺らも行っていい?」とにこにこ顔で尋ねてきたことからさらに人数が増えることになった。

 

 夏休み開始前の時点でフィリスとリーシャとルークとセドリック。さらには夏休み中に連絡をとっていると、咲耶から「リオール君もいい?」というお願いがきたことでさらに一名追加。

 例年ならば家族でのバカンスに行く予定だったフィリスも今年は留学生のホームステイにつきあいたいと言ったところ、バカンスの日程を早目にずらして日程調整してくれたのだ。

 こんなにたくさん大丈夫かという疑問もあったが、クラリス曰く「大丈夫」とのこと。

 

 

 

 ということで現在、一体どこから来るのか分からないリオールを待っている状況なのだが……

 

 

「こんにちはミスター・タカハタ」

 

 どこから買い物を始めようかと話していた咲耶たち。そこに厳格そうな男性の声がかけられた。

 

「おや? ミスター・クラウチ。このようなところでどうされたのですか? たしか会議の日程は午後からだったと思うのですが」

 

 振り返って男性を見たタカユキがちょっと意外そうな顔になって尋ねた。

 

 咲耶も同じく男性を見た。

 短い銀髪をきっちりと整え、口髭も定規で揃えたようにきちっと刈り込まれている男性。非魔法使いの服装のタカユキと比べても、それよりもきちっと着込んでいるスーツ姿。

 その後ろには黒いローブを纏った魔法使い然とした男性が二人。

 一人は長身の黒人で、片耳には金のイヤリングをしており、もう一人は白髪混じりの短髪の魔法使い。

 咲耶は誰と問うように小首を傾げた。

 

「バーテミウス・クラウチさん。魔法省の国際魔法協力部部長だよ」

 

 疑問符を浮かべている咲耶に驚きつつもセドリックが答えた。

 

「まほーしょう、ってこっちの魔法使いのお偉いさんやな?」

「ええ。でもなんでこんなとこに……?」

 

 咲耶の確認にフィリスが頷きを返したが、彼女も役人のいきなりの登場に面食らっているような顔だ。

 

 そんな子供たちの疑問はおいておいて、タカユキは表面上にこやかにクラウチと話している。

 

「会議の時間に変更はありません。しかし――」

 

 クラウチはちらり、と咲耶を、そしてハリーを見た。

 厳格そうに寄せられた眉根がさらに1,2本皺を刻んだように見えた。

 

「現在、イギリス国内は警戒態勢を敷いているということは、カンサイ呪術協会にもお伝えしたかと思います」

「ええ。それは長から聞いております」

 

 少しせかせかとしたように話すクラウチに、タカユキは穏やかそうな顔で受け答えしている。

 現在、イギリス魔法界はマグルにまで情報拡大して、とある脱獄囚の捜索を行っているのだ。

 

 過去脱獄を許したことのないイギリス魔法界最悪の監獄“アズカバン”。

 そこから脱獄した、死喰い人、“シリウス・ブラック”が現在、イギリス魔法界を揺らしているのだ。

 ハリーが未成年魔法使いの制限に関する法令を破ったことをスルーされたのも実はここが関係していたりするのだが……

 

「我々は会議に先立ち、貴方と、そして留学生の彼女の安全確保のための護衛の派遣を手配しました」

 

 どうやらハリーを探していたファッジとは異なり、今回は、クラウチが探していたのはタカユキと咲耶らしい。

 護衛、という言葉に咲耶は驚き、タカユキはぴくりと反応して目を細めた。

 

「彼女が行くのは友人の家ですよ」

 

 タカユキの声は先程までよりも幾分声が固くなっていた。

 

 たしかに、“闇の魔法使い”シリウス・ブラックの脱走とそれによる厳戒態勢の現状は関西呪術協会を通してタカユキにも知らされている。

 だが、咲耶に関しては友人のところに泊まりに行くというほぼ私的な理由なのだ。

 そこに魔法省から護衛がつくというのはおかしな話であり、咲耶にしてみれば変に圧迫感を感じるものだろう。

 

 タカユキの言葉にクラウチはちらりと咲耶の、その横にいるクラリスを見た。

 

 クラウチからの視線を受けたクラリスは顔を険しくし、ぎゅっと咲耶の腕を握った。

 

「……オーウェン家の子か。彼女の家に行かれるのですかな?」

「はい」

 

 クラウチは厳格そうな顔でじとりとクラリスを見てから咲耶に尋ねた。

 自分の腕を掴むクラリスの手が微かに震えているように感じて、それを握り返しながら咲耶は頷いた。

 クラリスは握り返された咲耶から力を貰ったかのようにキッとクラウチを真っ直ぐに見上げ、クラウチは僅かの間クラリスと睨みあうかのように視線を交わし、一瞬、目を伏せた。

 

「たしかに、オーウェン家は優秀な闇払いを輩出したこともある家ではある、が現在の彼女のご両親の状態を鑑みるに、警護体制が充分であるとは、思えておりません」

 

 クラウチの言葉に、クラリスはぐっと何かを堪えるように口元を固く結び、リーシャが何か言いたそうに一歩前に出ようとしてフィリスに腕を引かれた。

 

「それに時間的にももうミスター・タカユキは我々とともに来る頃合いでしょう。彼らは優秀な闇払いです。ご心配はありません」

 

 

 タカユキはちらりと咲耶に視線を向けた。

 

 たしかに、時間的にはそろそろ咲耶と分かれて会議に向かわなければならない頃合いだ。だが、はいそうですかと、大人しく彼女を渡すのには躊躇いがあった。

 

 元々、咲耶の留学に関して、その護衛は関西呪術協会が護衛役を派遣するという条件だったのだ。

 最初とは情勢が変わったといえばそれまでだが、“例の件”が大詰めに近づいた今、このような動きがあったのは、何かの裏を感じずにはいられなかった。

 それが、少しでも関西呪術協会や魔法世界に恩を売るため、というのであれば、まだ可愛いものだが、彼女を盾に、という暴挙に出ないとも限らない。

 タカユキたちが調査を入れた限りにおいて、そう不安視しなければならないほどに、イギリス魔法界は裏の部分が深すぎるのだ。

 

 それに咲耶としても、友人宅に行くのに魔法省からの強面の“監視”つきというのはいい気がしないだろう。

 

 さてどうしたものかと、タカユキはイギリス魔法界の外交の責任者、そしてイギリス魔法界が誇る闇の魔法使いに対するエキスパートたちに視線を戻した。

 

「固っくるしい会議、お疲れなことだなタカユキ」

「! リオ……ぉル君」

 

 返答しようとしたタカユキの、その言葉を遮って声がかけられた。

 タカユキは振り返ってその赤毛の人物を見つけて安堵した。咲耶は咲耶で嬉しそうにぱぁっと顔を華やかせ、リオールへと駆け寄った。

 

「遅かったじゃないか」

「小言ならこっちに来る前にたっぷり受けたからもういらん」

 

 一回りほども年齢が離れていそうなのに、軽口を叩きあうタカユキとリオール。

 外交のために来た日本の魔法協会のエージェントのそんな様子にクラウチは眉をひそめた。

 

「彼は?」

「あー……えっと、リオール……」

 

 クラウチは値踏みするような視線を赤毛の少年へと向け、タカユキはこの姿の時の友人の名前をどう誤魔化そうかとちらりとリオールへと視線を向け

 

「マクダウェルだ」

「リっ!? あ、ははは。彼の両親とはちょっとした友人なんです」

 

 あっさりと言い切ったリオールの“一番言ってはならない名前”にぎょっとしつつも慌てて取り繕った。

 

マクダウェル(・・・・・・)……?」

 

 どうやらそのファミリーネームに聞き覚えがあるのか、クラウチの眉が訝しげに寄せられる。

 

 ――なんでそっちの名前なんだよ。バレたら――

 ――面白そうなことになるだろ?――

 

「ミスター・タカハタ、なにか?」

「ああいえ! なんでも」

 

 こそこそと小声で話しているところに声をかけられて笑顔で誤魔化すタカユキと友人の焦りなどどこ吹く風とばかりのリオール。

 

 クラウチはぎろりとリオールを一睨みしてから話を戻そうとタカユキへと視線を戻した。

 

「そうですか。それで、護衛の件ですが」

「いらん」

 

 一睨みして言外に牽制したにもかかわらず、その話にずかずかと踏み込んできた少年にクラウチはいらいらとしたように睨みつけた。

 

「リオール君」

「鬱陶しいだけだ。断れタカユキ」

 

 この状態でも相変わらずの友人の様子にタカユキは口元をひくつかせて一応声をかけてみるが、返ってきたのはよく見る冷え冷えとした眼差しと言葉だった。

 

 事態の推移にクラウチの脇に控えていた二人の魔法使いが前に進み出ようとした。

 その動きをクラウチは片手を上げて止めて改めてリオールへと向いた。

 

「マクダウェル君と言ったかな。君にとって彼女は単なる学友かもしれんが、我々にとって彼女は賓客に値するのだ。ダンブルドアの庇護下に入る前に騒動に巻き込まれる可能性を考慮すれば――」

「タカユキ」

 

 苛立ちのはいったクラウチの説得を遮ったリオールの声も有無を言わさぬ圧力が込められていた。

 

 闇払いというイギリス魔法族の戦闘部門のエキスパート二人を引き連れた外交部長と、一緒に修行したこともある昔なじみの友人。

 

 どちらの苛立ちの方が怖いかと言えば

 

「ミスター・クラウチ。詠春さんも彼女にはちゃんとした護衛をつけていますし、あまり大事にしては彼女の友人も気をつかってしまいます。申し訳ありませんが護衛は必要ありません」

 

 タカユキにとって考えるまでもないことだった。

 

「しかし、今は時期が時期だ。我々は貴方方が持ち込もうとしている案件がシリウス・ブラックにとっては好ましからざるものと考えています」

 

 断りの言葉を述べてきたタカユキにクラウチは一瞬虚をつかれたようになり、次には柳眉を逆立ててタカユキを睨み付けた。

 

 一方でリオールはもう話は終わったとばかりにとっとと踵を返していた。

 

 タカユキは友人の相変わらずすぎる様子にやれやれと溜息をつきたくなるが、ひとまずやることは変わらなかった。

 

「心配ありませんよ。彼女についているのは、最強の護衛ですから」

 

 

 

 


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