春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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今年が忙しくなるのはもう分かりました

 五年生になった生徒たちは先輩から聞いてある程度は覚悟していた。だが授業開始初日からリーシャたちの活力はガリガリと削り続けられる一方となっていた。

 

 五年目の授業の最初はフリットウィック先生の呪文学。

 

「みなさんが覚えておかなければならないのは――――」

 

 積み上げた本の上に小さな体を乗せてキーキーと甲高い声でO.W.L試験についての重要性を演説していた。

 

「このO.W.L試験がこれから何年にもわたって、みなさんの将来に影響するという事です。まだみなさんが将来の仕事を考えたことがないなら、今こそその時です。そして、それまでに自分の力を十分に発揮できるように、大変ですがこれまで以上にしっかり勉強しましょう!!」

 

 初回の授業は間違いなくO.W.L試験にでるとフリットウィック先生が言い切った“呼び寄せ呪文(アクシオ)”を行った。

 呪文の難易度は試験にでると豪語するだけあってかなりの集中力を要し、しかも授業の終わりにはこれまでにない大量の宿題を出した。

 

 そして、大変だったのは呪文学だけではなかった。

 ただでさえ難しいマクゴナガル先生の変身術も、スネイプ先生の魔法薬学も、O.W.L試験について生徒を散々に脅かし、発破をかけた後、昨年までよりも複雑で難易度の高い授業を行っていた。

 

「おい、もしかして今年一年ずっとこんなのが続くのかよ…………」

 

 勿論それぞれたんまりと宿題もだされてしまい、リーシャはあっという間にぐったりとしていた。

 

「まあそうだろうね。来年以降の授業にも関わるし。先生も言ってたけど将来の進路にも関係するし」

 

 監督生に加えてクィディッチチームのキャプテンになっているセドリックも流石に疲労の蓄積は著しく見える。

 

「今年はルークもクィディッチチームに挑戦するんだっけ?」

「まーな。たしかチームのビーターが去年卒業してただろ」

 

 ぐたぁとだれていたリーシャが顔を上げてルークを見た。

 ルークの言うように、キャプテンのセドリックやチェイサーのリーシャなどは残留しているものの、昨年までのハッフルパフチームの何人かは卒業してしまっている。

 

「ルーク君はビーター希望なん?」

「ああ。俺って結構力あるし。スピードよりも小回りの方がよく利くし」

「へぇ……まあ、ルークには合ってるかもね」

 

 リーシャやセドリックと同じクィディッチチームの代表に挑もうというルークに、咲耶は嬉しそうな眼差しを向け、フィリスは何やら思わせぶりな目をルークに向けた。

 その目配せの意味するところを察することのできたルークは目を細めて見返した。

 

「そりゃどーも」

「しっかりと守りなさいよ、ルーク」

「まずは選抜通ってからだけどな」

「ちゃんとセドのこと守れよルーク! 親友なんだから!」

 

 にやにやとした含み笑いを向けてくるフィリスをあしらうルーク。その肩をばしばしと叩きながら励ますリーシャ。クラリスとフィリスは呆れたような眼差しをリーシャへと向けた。

 

 たしかにクィディッチのルール上、スニッチを掴むことで150点を稼ぎ、試合を終わらせることのできるシーカーは重要で、もっとも狙われる可能性が高い。そのポジションであるセドリックを守ることは戦術上たしかに正しいのだが……

 

「…………ああ」

 

 ルークは間近に見えるリーシャの笑顔に、苦笑しつつ選抜への意気込みを新たにした。

 

 

 

 第41話 今年が忙しくなるのはもう分かりました

 

 

 

 クィディッチの練習に厳しい授業、沢山の宿題。だが、全ての授業がO.W.L試験に焦点を当てて苛烈さを増していたかというとそうではなかった。

 ゴーストのピンズ先生が授業している魔法史などは、おそらく何があっても変わらないだろうと言うほどに一本調子のままだったし、逆に昨年よりも明らかに難易度が低下している授業もあった。

 

 

 咲耶の目の前で、緑色のレタスの葉の上を褐色の芋虫のような生物が非常にゆっくりと這っていた。

 

 もそり…………もそり………………もそり………………

 

「なんなんだろな、この授業」

「なんやろなぁ」

 

 じーっと観察しているとほとんど分からないが、逆に時折目を向ける程度にしていると動いていたことが分かるほどにゆったりとした動きのフロバーワーム。

 それを飼育するというなんとも退屈な授業に、活動派のリーシャが呆れて眠たそうに眼をトロンとさせていた。

 さしもの咲耶もこの授業には集中力を維持できないのか、一応顔はフロバーワームに向けているが、膝の上に子犬状態のシロくんを置いて毛を梳いて手慰みしている。

 

 監督生に任じられているフィリスは、友人たちのだらけた様子を見て、そしてハッフルパフ生だけでなく、合同授業しているレイブンクロー生にも似たような空気が充満していることを見て、眉を潜めて担当の教師に視線を向けた。

 

 昨年までのケトルバーン先生は高齢と職務の厳しさから職を辞し、今は体が大きく毛むくじゃらの森番、ハグリッドが先生をやっている。

 

 そのハグリッド先生は、授業の始めにフロバーワームを持って来て、授業中飼育と観察をするようにとだけ告げて、後はぽけーっと放心状態のように虚空を眺めている。

 そんな先生の様子にフィリスはいい加減苛立ちが募っているのだろう。先生の巨体の足元まで歩み寄ると困惑と憤慨と義務感を混ぜたような顔で口を開いた。

 

「ハグリッド先生! 差し出がましいようですが、フロバーワームの飼育なんて3年の始めにやるような授業ですよ。今年の試験に関して他にやることがあるのではないでしょうか?」

 

 もともとあの森番は動物好きが高じて森番になったという話だが、色々と突飛な噂が流れている人物であり、今年の指定教科書に“怪物らしい怪物の本”などという暴れる教科書を指定するほどの先生なのだ。

 学生時代に狼人間の子供をベッドの下で育てようとした、禁じられた森で怪物を飼育している、ドラゴンの違法飼育を行ったことがある、などなどあまりいい噂も聞かない人物であるが、動物好きだけは本物であることは周囲の評の一致するところだ。

 5年生になり、O.W.L試験が控えた今年、一体どんな怪物がでてくるかと戦々恐々としていた生徒たちは、フロバーワームの飼育という放っておけば最高に調子のいい生物の飼育を任されたことで困惑していた。

 

 憤慨している様子のフィリスの声に、初めて生徒が近くに来ていることに気がついたのかハグリッドはゆっくりとした動きでフィリスを見て口を開いた。

 

「あー……うん。俺も、もすこし難しいもんがええと思っとったんだが……うん。初めての授業ならこんくらいでちょうどええ。だーれも怪我せんくらいがちょうどええんだ」

 

 なんとも覇気のない声で答える先生に、フィリスの眉間にしわが寄せられた。

 

 

 

 

「結局、時間いっぱい虫の観察で終わったな」

「うーん。ハグリッドセンセ、初めての授業言うても、もすこししゃんとして欲しかったなぁ」

 

 一日の授業が終わり、咲耶たちは談話室でたくさん出た宿題を片付けていた。

 怒涛の宿題ラッシュにも大概辟易させられているものの、逆に全く授業をしなかったハグリッドの授業は、それはそれで不満の残るものだ。

 流石にO.W.Lの試験でフロバーワームが出てくるなんて楽天的すぎる希望は到底抱きようもない。

 次回からの授業で段々と調子が上がっていけばいいが、今日の腑抜け具合を見るにそれも危うく思えるほどだったのだ。

 

 クラリスも交えて宿題をこなしていると談話室の扉が開き、溜息交じりにフィリスが入って来た。

 フィリスは咲耶たちを見つけると、近寄ってきて同じように椅子に腰かけた。

 

「分かったわよ」

「なにが?」

「魔法生物飼育学よ。いくらなんでも、あんなバカげた教科書を指定した先生が、あんな大人しすぎる授業するはずないと思ったわ」

「?」

 

 フィリスは少し苛立っているのか、きょとんと首を傾げたリーシャと咲耶に少しきつい口調で話し始めた。

 

「一番初めの3年生の授業で怪我人を出しちゃったらしいのよ」

「なんの授業やったん?」

 

「ヒッポグリフらしいわ」

「あ~、あれか。あれってケトルバーン先生だと4年の中頃じゃなかったか?」

 

 昨年の中頃にやったヒッポグリフ。

 頭と体の前側、そして羽は大鷲で体の後ろ半分が馬のような体を持つ半鳥半馬の生き物。魔法生物の危険度を表すM.O.M.分類では決して危険すぎる生物ではない。だが、誇り高く、侮辱されるとその大きく強力な鉤爪で攻撃してくるため、対応には注意が必要だと教えられたものだ。

 

「ええ。対処を間違えると攻撃してくる危険があるから扱いに注意が必要だって。

 注意をしてなかったのか、その生徒が聞いてなかったのかは知らないけど、ヒッポグリフの爪で腕を切りつけられたそうよ」

 

 広い交友関係を使って噂話などを仕入れてきたらしいのだが、どうやらその中にハグリッドのあの授業の奇妙さの原因についてを解く鍵もあったらしい。

 

「ふーん。それで怪我なんかするはずねー、フロバーワーム? 極端から極端に走るな、あの先生」

「ヒッポグリフはハグリッド先生が大切に飼育されていた子たちだってケトルバーン先生がおっしゃってたから、自信のある授業だったんでしょうね。人生最初の授業で怪我人を出しちゃったから落ち込んでたのよ」

 

 ヒッポグリフに限らず禁じられた森に居る生物の多くはハグリッドが育てたと自負するものも多い。ケトルバーン先生も授業教材に森の生き物を使うことはあったが、その際にはハグリッドの協力を得ていた。

 

 大切な授業だと意気込んでいたからこそ、とびっきりの生き物を用意したのだろう。授業難易度を無視していたのは褒められたことではないが、決して初めからあれほど無気力だったわけではないのだ。

 

「でも無責任よね。O.W.L試験のある学年であんな授業をするなんて!」

「うーん、そやなぁ……」

 

 同情を示しつつも、それでも教師としての職務とある意味、私事とを分けることができずに授業をほぼ放棄していることは許せないのだろう。フィリスは憤慨しており、咲耶もフォローのしようもなく苦笑いを返した。

 贔屓で有名なスリザリンの寮監、スネイプ先生でも授業自体は非常に高度できちんとしたものだし、クィディッチシーズンには宿題を出さなくなることで知られるマクゴナガル先生とてそれは同じだ。

 昨年末のスプリングフィールド先生も、事件の煽りで授業を続けられなかったが、きっちりとした(ある意味では彼よりもちゃんとした)代行教師をおいて授業を継続していたのだから。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 さて、前年度最後、魔法世界へと急遽赴くことになり代行をたてたスプリングフィールド先生は

 

「何やら5年生は魔法省主導の試験があるらしいが、当然ながらこの授業にはそんなものはない。ので、継続したくなければ無理には受講は勧めない」

 

「相変わらず、つーか、なんつーか」

「受講者を募っているように聞こえない」

 

 忙しいことを考慮してと言うよりも、積極的に履修脱落を勧めているかのような物言いにリーシャもクラリスも呆れた顔を向けていた。

 

 たしかに魔法省の規定にはない精霊魔法は、O.W.L試験で忙しい5年生には真っ先に削り取られる候補筆頭だろう。

 今までも開講初年度はそれを考慮してか受講は4年生以下を求めていたし、2年である昨年も5年生の受講者は少なかった。(ただし、それは1年目の壮絶な試験内容のせいもあって、どの学年でも少なくなっていたのだが)

 

 留学生が居ることで他の学年よりもややモチベーションが高い生徒が多いこの学年でも、やはり想像以上の試験への圧力から受講を悩んでいる生徒は多いのだろう。友人と一緒に受講している生徒などは互いに顔を見合わせて、今すぐ教室を出るべきか、と目が語っている者もいた。

 

 だが、

 

「さて。それでも授業を継続受講したいという奇特な奴に面白いお知らせだ」

 

 続けられるお知らせに、生徒たちはおやっ、というように顔をスプリングフィールド先生へと向けた。

 

「以前にも言ったが、こちらの世界の人間が魔法世界に行くには非常に厳しい審査と手続きが必要になる。だが、今年度の学期末試験を通過した2年生以上の奴には“とあるところ”から魔法世界への招待状が送られることとなる」

 

 そして、まさかのお知らせ内容に、ほぼ全ての生徒が目を丸くした。

 スプリングフィールド先生自身が今しがた言っていたように、そして昨年も言ったように、魔法世界に行くのは非常に手続きが難しく、現在の彼らが行くのはほぼ無理だと言っていたのだ。

 それはおそらくホグワーツの生徒に限ったことではなく、イギリス旧来の魔法族全体をとっても同様のことだろう。

 純血の魔法族であるリーシャですら、魔法世界に行った事のある人というのは聞いたことがなかった(昨年の大法螺教師を数に入れれば別だが)。

 

 好奇心旺盛なウィーズリー兄弟は互いに顔を見合わせて何やら悪い顔でこそこそと話し始めているし、ディズですらびっくり、という表情で固まっているように見える。

 

「日程は次の夏休みに1週間ほどだ。向こうでの諸々の旅費は滞在費を含めて支給されることになる、まあ研修旅行だな」

 

「マジかよ!?」

 

 おまけのように告げられた内容に、教室内のざわめきは一層高まっていた。

 リーシャが思わずびっくりとした声をあげたが、それは教室のあちこちからも聞こえている。

 

「何かあった?」

「んー。こっち(・・・)はうちも聞いてないなぁ」

 

 クラリスは隣に座っている咲耶に振り返り尋ねるも、咲耶も小首を傾げていた。

 夏にリオンが魔法世界に行ったのは、主に事件の調査や、“例の件”に関するものだと聞いている。

 

 ただ、リオンが言っていた“とあるところ”というのには予想がついていた。

 新世界と旧世界の融和。そのために旧世界の魔法族を招待しようというつもりなのだろう。

 なにせ、新世界の純粋魔法族は、来ることができるようにはなっていても、まだ色々と制約がおおきいのだから。

 

「2年以上で試験に通った者は全員連れていくことになってるから今年は念入りにふるいをかける予定だ」

 

「げ? 気前がいいのか、きついのかよく分かんなくなってきたぞ」

「見事に飴と鞭ね」

 

 試験がなくとも、魔法世界旅行ができるのならば受講動機は高まる。だが、そのために授業がこれまで以上に苛烈化するというのでは、中々に判断に困るところだ。

 リーシャとフィリス同様、生徒たちは困惑を深めていた。

 

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 

 サプライズ発言のあった精霊魔法の授業後、そこかしこで、というには受講者が少なかったものの、それでも人の口の端に戸は立てられずに魔法世界旅行の話は話されていた

 

「魔法世界か~。空飛ぶ島の国とかも行くのかしら?」

「うーん。多分、援助してくれとるんてアスナさん、じゃなくてアスナ女王様たちやと思うから、行くんちゃうかな」

 

 咲耶たちもそれについて話をしていた。

 授業中一緒だったリーシャやフィリス、クラリス、セドリックにルークはもとより、他寮のディズの姿もそこにはあった。

 フィリスはいつか見た荘厳な空飛ぶ王国を思い出して陶然としていた。

 

「それよりさー。なんか精霊魔法も座学増えそうじゃねぇ?」

 

 ただやはり喜んでばかりいられないのはやはり、実技主体だった以前までと違って初っ端から座学色を濃厚にしているためだろう。

 特に座学の苦手なリーシャは、他の授業での試験推しもあってややげんなりとした顔をしている。

 

「魔法世界に行く前に現地の知識を覚えておきなさい、ってことなんでしょ」

「そやねぇ」

 

 セドリックやルークも苦笑してリーシャを見ており、リーシャはフィリスのヤレヤレとばかりの口調と咲耶のほんわか顔に、ぷぅと頬を膨らませた。

 

「授業でさー。杖なしで空飛ぶ魔法はやんねえのかなぁ」

「へぇ。そういうのもできるのかい?」

 

 あーあと天井を仰ぎながらのリーシャの言葉に、ディズが興味深そうに食いついた。

 

「サクヤのわんこの話だと、スプリングフィールド先生もできるって話だよな」

 

 精霊魔法の授業が始まって3年目になるが、空を飛ぶ魔法に関しては一言も触れられておらず、そういえばそんな魔法があることも咲耶の式神であるシロから話を来ていた数人しか知らなかったはずだ。そのことに気づいたのかリーシャが顔を天井から戻してディズへと振り向いた。

 

「それに去年さ。先生、バチバチーって光る変身技みたいなの使ってなかったか? アレなんて魔法なんだ?」

「変身技?」

 

 話していて思い出したのか、リーシャが咲耶に尋ねた。

 この中でその光景を見ていないディズは説明を求めるように咲耶へと視線を向けた。

 

「ああ。なんか雷みたいになった先生が、一瞬で姿現しのように現れて悪魔を切り刻んだんだ」

「んーっと、あれはうちも使ってるん初めて見たんやけど、リオンのとっておき……かな?」

 

 セドリックもあの時の圧倒的なスプリングフィールド先生の強さを思い返していた。

 白く光る体。バチ、バチと周囲に雷を溢れさせ、一瞬で出現した超高速の移動術。

 

 ただ尋ねられた咲耶も、実際にリオンの戦闘を間近で見たことはそうはなく、その時でもあんな技は使っていなかった。

 唯一思いあたるのは、彼の主幹を為す属性に準じた技法だが、それは……

 

「クラリスの時と言い、列車の時といいさ。なんかこうしてみると、精霊魔法教えてもらってるけど、まだ全然知らない魔法ってたくさんあるんだな」

 

 ふーんと感心するように言うリーシャ。

 

 未知なる魔法の存在に、ディズの瞳が鋭く細められているのを、咲耶は見てはいなかった。

 

 

 

 

 

 ・・・・・

 

 

 

 

 試験の準備のための発破を散々にかけられた咲耶たち5年生だけでなく、他の学年の生徒たちも今年の新しい変化に戸惑って、あるいは歓迎していた。

 

「今年の防衛術の先生は、いままでで一番いい先生だよな」

「ええ。ホントにいい先生だわ」

 

 新しい闇の魔術に対する防衛術の教師、リーマス・ルーピン先生の授業は概ね好評を得ていた。

 よれよれでぼろぼろのみすぼらしいなりや呪い一発でダウンしそうな外見とは裏腹に、その授業は学年のレベルに合わせて実践的で分かりやすく、生徒をその気にさせるのが上手く、最初の授業でロンもハーマイオニーも先の2年を忘れてお気に入りの授業認定していた。

 ハリーも二人やそのほかの多くの生徒と同じく教師としてルーピン先生がお気に入りとなっていた。

 

「ハーマイオニーの数占いと古代ルーン文字学はどうなんだい?」

「とっても素晴らしいわ。ルーン文字はそれぞれの文字に幾つもの意味が込められていて、使い方によってはそれ自体が魔法の代わりになることもあるの。数占いも、占いなんてって思ってたけど、理論的で私には合ってたみたい」

 

 とっても嬉しそうに答えるハーマイオニー。

 昨年、授業選択の岐路に立たされた際に、どうやらハーマイオニーは他寮の上級生で親しい咲耶やその友人の意見を参考にしたらしく、魔法生物飼育学を除けばハリーとロンとは異なる科目を選択していたのだ。

 

「貴方達は……あまりいい授業とは言えないご様子だったわね」

 

 彼女がとらなかった授業、占い学を選択したハリーとロンは、初回のばかばかしい授業を思い出して顔を顰めた。

 シビル・トレローニー先生の受け持つ占い学。

 ハリーとロンがその授業を受けたのは、噂では適当にやっていればいい科目とのことだったからだ。なにせ占いなんて不確かでほとんど胡散臭い科目なのだから。 ――ちなみに隠しきれていないがグリフィンドール寮監のマクゴナガル先生もそれには同意見のようだ。

 その適当も二人、のみならず多くの生徒には苦痛であった。なにせ教室内には異様なほどに紅茶の咽る様な匂いが充満しており、あからさまに胡散臭いほどに仰々しく飾った室内とキャラクター。

 極めつけは、マクゴナガル先生曰く、“トレローニー先生の毎年の挨拶”という死の予言だ。なんでも初回の授業で行った紅茶占いによると、ハリーには死神犬のグリムがとりついており、死の予兆が見えるとのことだ。ちなみに、いつまでに死ぬかは言われていない。

 

 付け加えると、2年前に予言を受けたのは、ハリーもよく知るサクヤ・コノエなのだそうだ。

 その彼女は、今の所、元気にペットの子犬や友人と楽しく、とっても健康的に過ごしている。

 

「まったく、あのインチキババア。いいかい、ハーマイオニー。君があの科目を履修しなかったおかげで僕たちは一つ試験を落とすだろうさ」

「私が、何を履修しようと、貴方たちの成績には影響を及ぼさないはずですけどね」

 

 ロンの言葉に、ハーマイオニーは冷え冷えとした極寒の眼差しをプレゼントした。

 先の2年間、ロンとハリーの二人が試験と日々の課題をなんとかこなすことができたのは、ひとえに優秀な彼女の助力があったればこそだ。

 

 ただ残念ながらその頼みの綱のハーマイオニーは占い学をとっていない。

 

「どうせならこの際、他の科目もご自分の力でなんとかしてみてはいかがかしら」

「おいおい! ハリー聞いたかよ。ハーマイオニーは僕らがジニーと同じ学年になっても平気だって言ってるぜ」

 

 ロンのあまりに情けない非難の仕方にハリーも情けない顔をするが、彼もまたハーマイオニーの助力なしには今年一年を無事に通過できるとは思えない。なにせロンはともかく、ハリーはクィディッチチームのシーカーとしてほとんどいつもぐったりとなるほどに練習に明け暮れることになるのだから。

 ハーマイオニーはロンの非難に溜息をついた。

 

「私、サクヤから誘われた決闘クラブに参加しようと思ってるのよ」

「はぁ!?」

「貴方はもうとってないから知らないでしょうけど、今年、精霊魔法をパスした生徒は魔法世界に研修旅行に行けるのよ」

「魔法世界!!?」

 

 ハッフルパフにいる留学生のサクヤ。彼女と仲の良いハーマイオニーは、知識旺盛さもあって精霊魔法の授業をかなり気に入っているようなのだが、それに対してロンは試験の厳しさと、異世界の魔法という事で精霊魔法の授業を嫌がってリタイアしてしまったのだ(一応理由としては昨年杖が半壊していたためということだが、杖自体は夏のウィーズリー家の幸運で新調したらしい)。

 

「そうよ。今年の試験をクリアした2年生以上の生徒全員、招待するそうよ。だから少しでも予習しておきたいし、せっかくサクヤから誘われたんですもの」

 

 昨年、ロンとハリーも聞いていたが、その時は色々と事情が重なっていたために断った決闘クラブ。

 その目的は一応、実践的な魔法の使用方法を自主的に学ぶということだが、その中に咲耶がいるのだから精霊魔法のことも多少は学ぶ機会があるだろう。

 

「でもまあ。どのみちうちはお金が厳しいし」

 

 精霊魔法にも決闘クラブにもあまりいい思い出のないロンは不貞腐れて口を尖らせた。

 

「魔法世界での旅費と滞在費はタダだそうよ」

「あ、ジニー」

 

 近くの通りがかりに3人の話を聞いていたのか、ジニーが声をかけてきた。

 ハリーが声をかけてきたジニーに振り返ると、ジニーは怯んだように赤くなって顔を俯かせた。だが、すぐに何かを思い直したようにぐっと堪えて真っ赤な顔をハリーに向けた。

 

 ロンはジニーの言った旅費タダと言う言葉にあんぐりと顎を落した。

 

「マジかよ……でもジニーは、あんな授業もうとってないだろ?」

「あら、失礼ね。ちゃんと受講は続けてます。フレッドとジョージもとってるそうよ」

 

 つい最近、幸運に恵まれてエジプト旅行に行けて、また同じような幸運に恵まれればいいのにと思っていたくらいなのだ。

 みすみすそのきっかけを手放しており、それを妹や二人の兄が掴んでいるかもしれないと思えば唖然ともするだろう。

 ロンは不満そうに口を尖らせて恨みがましい視線をしている。

 

 ハリーはロンを見てむずがるように顔を顰めた。親友の一人であるロン、そしてウィーズリー家にはよくお世話になっている。ダーズリー家で餓死させられそうになったところを救い出されてウィーズリー家で歓待を受けたこともあった。

 

 できればロンもなんとかしてやりたい、と思いはすれど、あの先生が一度リタイアした生徒を旅行に行きたいからと言う理由で再受講させるとは到底思えない。

 

 ぶつくさと恨み言を言うロンをハーマイオニーは呆れたように見やっていた。

 


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