春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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げきおこぷんぷん丸

 新学期が始まってすぐに、第2節であるスリザリンとレイブンクローのクィディッチの試合が行われた。

 試合は五分と五分。拮抗した試合だったものの、明暗を分けたのはシーカーの状態だった。

 

 学年の始めに“数か月も包帯を巻き続けた重症”から完治したマルフォイと、クリスマス休暇に怪我を負って本調子ではないチョウ・チャン。

 長時間にわたった試合を制したのはスリザリンだった。

 得意満面の笑みを浮かべたマルフォイだが、おかげでレイブンクローとハッフルパフが1勝1敗。スリザリンが1勝。グリフィンドールが1敗という、どのチームもまだ優勝の望みをつないだ展開となった。

 

 

 

 第45話 げきおこぷんぷん丸

 

 

 

 2月。半端ない宿題の量が各教科から出され、多くの生徒を苦しめていた。

 咲耶も難しくて多すぎる宿題に頭を悩ませてはいたが、そこは決闘クラブでの頼もしい優等生、セドリックやディズの協力もあって、なんとか日々を過ごせていた。

 咲耶よりも成績が大変なことになっているリーシャも、クィディッチの練習に精を出しながら周囲の助力のおかげでなんとか持ちこたえていた。

 

 だが、勉学の面で大変な咲耶たち5年生とは別のところで、大変な状況に陥っている友人の話を咲耶たちは聞いていた。

 

 話の内容は友人関係。

 最近、友人たちとケンカし、冷戦状態だったところから絶縁状態になってしまったハーマイオニーのことだ。

 

「あの猫ちゃんがなぁ…………」

「私、私、ロンにどうしたらいいのか、もう分からなくて……」

 

 先日、送り主不明のプレゼントとしてハリーに送られた怪しいプレゼントである“ファイアボルト”。その件は、マクゴナガル先生を始め、フィリットウィック先生やルーピン先生、何人もの先生の十分な検査を受けて、ハリーを害する魔法がかけられていないことが検証され、本人の元に無事に返却された。

 

 そのため、ハリーもハーマイオニーの“気遣い”を受け入れる余裕が生まれ、冷戦状態は解決するかに見えた。だが、その矢先にもう一つの重大事件が起きたのだ。

 

「ロ、ロンはクルックスシャンクスが気の狂った猫だって、ハリーも、じょ、状況証拠だと、クルックスシャンクスがやったんだろうって」

 

 親友たちに責められたのだがかなり堪えたのだろう。ハーマイオニーはしゃくりあげながら事情を説明しており、クィディッチの練習のないサクヤとフィリス、クラリスはそれを聞いていた。

 前々からロンのペットであるネズミの“スキャバーズ”に襲い掛かっていたハーマイオニーのクルックスシャンクス。どうやら彼女がついにスキャバーズを食べてしまったというのが事件らしく、事実スキャバーズが行方不明になったことでロンはクルックスシャンクス、ひいては彼女を放し飼いにしていた主のハーマイオニーを糾弾したのだ。

 

「そういえばシロくんもあの赤猫苦手だったわよね。流石にシロ君が食べられることはないでしょうけど」

「うーん。どう思う、シロくん?」

 

 話を聞きながら、もう一人(?)の被害者が居たことを思い出してフィリスが白犬へと視線を向けた。

 咲耶も隣で丸くなっている自分の式神に、思うところがないかを尋ねてみた。

 

 シロは自分のフワフワ尻尾に攻撃をしかけてくるあの赤猫を嫌って、近くに見かけるたびに咲耶の影に隠れていた。

 だが、本気でシロがクルックスシャンクスに反撃する気になれば、おそらくあの猫に勝ち目はないだろう。

 小さい子犬に見えても、その本性は神にも通じるとされる天狗の末席に連なる者なのだから。事実、関西呪術協会の長やリオンが、咲耶の護衛として一定の信頼を置いているほどなのだから。

 

 シロは主からの質問にぽんと人型の姿になってちょこんと正座した。

 

「食べたかどうかは分かりませぬが、あの赤猫は狂ってはいないと思われます。むしろ非常に頭のよい化け猫です」

 

 攻撃されていたシロから思いもよらぬ評価を告げられてハーマイオニーたちは驚いてシロを見た。

 

「姫さまのご友人の使い魔のことを悪し様に言うことはできませぬゆえ、某、かの猫の性格に関しては口にすること叶いませぬが――――」

「おーい、シロくん。言うてる言うてる」

 

 感情を殺して冷静に徹しようとしているのか、スラスラと出てくる言葉に咲耶は苦笑してツッコミをいれた。

 

「流石は姫さまのご学友のメイガスが選んだ猫です。恐らく某が魔法生物であることを見抜いておるのでしょう」

 

 あまりいい感情は抱いていないのは語調からも分るが、まるでそれも無理からぬことと理解しているような口ぶり。

 

「じゃあ、どうして他のペットを襲ったりしたのかしら?」

 

 フィリスが疑問を口にした。

 

「さて? 某、その“すかばーず”なる鼠を見たことがないので、なんとも言えませぬが、もしかしたら何かの怪しげな魔法生物だったのではありませぬか?」

「そういえば、うちも見たことないなぁ………どうなん、ハーミーちゃん?」

「そんなこと、ないと思うわ。ロンは、特にとりえのないネズミだって。パーシーから譲り受けたおじいさんネズミだって言っていたから」

 

 シロと咲耶の主従からの質問に、ハーマイオニーは目元の涙を拭いながら、まだ仲が良かったころのロンがこぼしていた愚痴を思い出しつつ答えた。

 

 ロンの兄、パーシーがずっと飼っていて、そしてロンがホグワーツ入学と同時に譲り受けた“長命な”だけのネズミ。

 

「譲り受けた、ですか…………」

「シロくん、なんか気になるん?」

 

 その点がひっかかったのだろう。ぴくりと耳を動かしたシロが厳しい眼差しになったのを見て、咲耶がシロに問いかけた。

 

「いえ。聞いていると“随分と”長命な鼠だったのだと思いまして」

「た、大切な、ペットだったのよ」

 

 何のとりえも魔力の発現もないネズミが何年も生きながらえる。そのことにシロは違和感を覚えたのだろう。

 ましてネズミを襲っていたのは、シロのことを見抜いていたと思しき賢猫だ。シロにとって警戒して怪しむ理由は十分にある。

 

「うーん……」

「どうかしたかサクヤ?」

「うーん。なんか……変やなぁと思って……」

「なんかって?」

「う~ん…………」

 

 咲耶もまた、どこかにおかしなところがあるような気がして首を傾げた。

 咲耶の、その直感に訴えかけるなにかがあったのだ。

 

 なにかがおかしい気がすると。

 

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 そして、第2節第2戦。グリフィンドールとレイブンクローの試合の朝。

 ハリーに新たな、そして最高の箒が手に入ったことは全校生徒が知るところとなった。

 

「機嫌悪そうね。あの箒がどうかしたの、サクヤ?」

 

 多くの生徒が興奮して最高級箒に目を輝かせている中、ぷくぅと頬を膨らませてハリーと箒を睨み付けていた。その様子にフィリスが尋ねた。

 

「んーん。なんでもなーい」

 

 ぷんとあからさまに顔を背ける咲耶の様子からは、到底なんにもなくないように見えるが、大方先日の彼女とハリーとの喧嘩のことだとあたりをつけてフィリスは苦笑した。

 

「なあ、サクヤはアレ知ってたのか?」

「あれ?」

「ポッターがファイアボルト持ってるってこと」

 

 グリフィンドールの生徒のみならず、ハッフルパフもレイブンクローも、なによりも敵対しているスリザリンまでもが、ハリーの持つ最高級箒に目を奪われ、興奮した声で囁きあっていた。

 リーシャは、箒のこと自体には特に驚いた様子のない咲耶やクラリスがそれを知っていたのかと尋ねた。

 

「ハリー君の新しい箒? うん、けどウチ箒のことはよう知らんから」

「まあ、そうだわな」

 

 ハーマイオニーからハリーの箒のことは相談されていたが、クィディッチチームのメンバーであるリーシャたちには流石に話すことはできなかったし、そもそもハーマイオニーからは新しい箒としか聞いていなかった。だからそれが、彼らにとってどれほど素晴らしい箒かは全く知りもしないのだ。

 

 一方で多くの魔法生徒にとって、ハリーの持つ箒は憧れの的であるらしく、代わる代わる箒を見に行っていた。

 ハッフルパフのクィディッチチームキャプテンであるセドリックも、理由は少し異なるがハリーのもとへと歩み寄っていた。

 

「まあ、あれでセドリックのスランプが抜けるならいいんじゃない? 彼のニンバスが折れたこと気にしてたんでしょ?」

 

 フィリスは肩を竦めて言った。

 第1戦以来、スランプに陥って練習でも今一つ身の入らないセドリックだが、その原因の一つであるハリーが、前以上の箒を手に入れたことは、スランプを脱するためのいいきっかけになるかもしれない。

 

 やがてハリーの所にはスリザリンチームのシーカーも顔を見せ、何か当てこすりの応酬でもしたのか、お互いに嘲笑をぶつけあってから分かれた。

 そして、ある程度人がはけると、ハリーは咲耶に気づいて嬉しそうに近寄ってきた。

 

「サクヤ! あの、今日の試合なんだけど、見ててね。あの箒でなら、その、負ける気がしないから」

 

 最高級箒をもっての登場にいろいろと沸き立っていたこともあって気分が向上しているのか、少し赤い顔でいつもよりも強気な発言をするハリー。

 不機嫌状態の咲耶が、その不機嫌を知らず知らずに作り出している当人に話しかけられてどうするのかと、フィリスたちがちらりと咲耶を見ると。

 

「ヘー、ヨカッタナー」

 

 めずらしく仏頂面で、棒読みで祝福を告げる咲耶にフィリスは苦笑いした。

 思わぬ冷たいリアクションに、ハリーは戸惑ったような顔になった。

 

「えっと、サクヤ? なんか、怒ってる?」

「ベツにー。エエ箒が手に入ってヨカッタねー、ハリー君」

 

 箒の事から始まり、最近のハリーはハーマイオニー(友達)を嘆かせてばかりいるのが大層お冠なのだろう。

 リーシャはファイアボルトに興味があるのか、そわそわとしていたが、クラリスに足を踏んづけられて痛いリアクションをとらされていた。

 

 喝采を浴びた直後、スリザリンならともかく、友人であるサクヤからそんな態度をとられるとは思ってもみなかったハリーはあたふたとして咲耶に話しかけようとしているが、 咲耶はぷいっと顔を背けてハリーと目を合わそうともしない。

 おまけに主の不機嫌を察知してか、白い子犬はぐるぐると唸りながら牙を剥いてハリーを睨み付けており、ハリーがこれ以上咲耶に近づこうとすれば容赦なく噛みついてきそうな勢いだ。

 

「ハリー、無駄だって。どうせあの箒の素晴らしさなんてニホンの魔法使いには分かんないんだから。それよりしっかり食べておかないと!」

 

 そんなハリーを見かねてか、ロンが口を挟んだ。

 だがそのあまりにもマズイフォローの仕方に、リーシャですら「うわぁ」と頬を引き攣らせた。

 リーシャたちがおそるおそる咲耶を見ると、案の定、咲耶は怒りマークを浮かべていそうなほどに不機嫌度を上げていた。

 

 結局ハリーは、ロンに引っ張っていかれる形でグリフィンドール席へと戻っていき、なぜ咲耶が不機嫌なのかを聞きそびれることとなった。

 

 ハリーたちが去った後のハッフルパフ席では、フィリスたちがご機嫌斜めの咲耶を宥めていた。

 

「グリフィンドールは始まる前からお祭り状態ね。まあ、無理もないでしょうけど」

 

 苦笑しつつ言ったフィリスだが、最後の言葉は今の咲耶には余計だったらしく、咲耶は不満そうにグリフィンドール席を睨み付けた。

 

「ウチのとこ来るよりも会いに行かなアカン人おると思わへん!?」

 

 咲耶は不機嫌そうにレタスをフォークで刺殺して苛立ちをぶつけていた。

 グリフィンドール席には、先日友人との不仲を嘆いていたハーマイオニーの姿はなく、それがハリーたちとの和解が上手くいっていないことを示していた。

 

 たしかに、他人のペット、それも長年連れ添った大切なペットを殺してしまったかもしれないというのは、ハーマイオニーの側に大いに問題がある。だが、だからといって、それとは直接の関わりがないハリーが、彼の身を案じたハーマイオニーを蔑ろにしたのは咲耶にとって怒るに値することのようだ。

 

「サクヤはどうするの? 今日の試合は見ない?」

 

 あまりのおかんむりぶりに、もしかしたら見て欲しいと言ってきたハリーの希望に当てつける形で見ない気かもと思ったフィリス。リーシャは「げっ!」とばかりにガビンと目を見開いていた。

 

「んー……行く。多分ハーミーちゃん居るやろし」

 

 

 結局、咲耶もクィディッチの試合を見に行き、グリフィンドール席では居辛いらしいハーマイオニーとともに試合を観戦した。

 

 

 

 

「1敗の影響は、ほとんどないみたいだな」

 

 試合は終始グリフィンドールが圧倒していた。

 解説役のリー・ジョーダンというグリフィンドール生は、存分にその立場を濫用してグリフィンドールびいきの解説――どころかファイアボルトの解説ばかりおこなってマクゴナガル先生に怒られていたが、その注目具合にも頷けるほどに時折見せるハリーとファイアボルトの加速力は圧倒的だった。

 

 そして他のメンバーも、ルークが言うように第1節での敗戦の影響などまるで感じさせない戦いぶりだった。

 キャプテン・ウッドの鉄壁のゴールキーパーぶりはますます磨きがかかっているし、ウィーズリー兄弟はさながらブラッジャーを追い駆ける猛犬のように棍棒を振るった。

 

 スコアはグリフィンドールが無失点のまま得点を重ねつづけ――――

 ――――怪我から完全に復調したレイブンクローのシーカーチョウ・チャンは、ほとんどハリーの操るファイアボルトについていくこともできずにスニッチを奪われた。

 

 圧倒的な箒の性能を存分に発揮したハリーの技量。そしてレイブンクローに大勝したことで歓声に沸くグリフィンドール。

 

 その中でセドリックは食い入るように復活したグリフィンドールのシーカーを見ていた。

 ハリーがスニッチを掴む前、競技場の一角に黒い頭巾を被った三人が現れて何かをしようとしていたのだ。

 一見するとディメンターのようにも見えるそれに対し、ハリーは箒のコントロールを失うことなく、逆に杖を取り出して何かの呪文を向けて放ったのだ。

 

「今のは……」

「なんやったんやろ? なんか銀色の雲みたいなんが出てたけど?」

 

 セドリックが驚愕したように呟き、咲耶も首を傾げていた。

 銀色の雲のようなものが直撃すると、黒頭巾の三人はもんどりうって倒れ、ハリーは成功を確信していたのか呪文の結果を一瞥すらしなかったのだ。

 

 その呪文の意味が分からなかった咲耶だが、驚きに目を瞠るセドリックにはそれが分かっていたのだろう。

 

「パトローナス・チャームだ」

 

 ハリーが唱えたあの呪文。ディメンターに対抗するための高等魔法。一介の魔法生徒では到底扱いきることなどできるはずもない魔法。

 

「えっ? でもそれってたしか、ディズ君が言うてた凄い難しい呪文のことやんな?」

「ああ。流石に完全ではなかったようだけど、箒で飛行しながらあれほどの呪文を放てるなんて…………」

 

 ギシリと、セドリックの拳が握られていた。

 周りから優等生だなどと評されてはいても、本質的には彼はハッフルパフ。今の自分を作っているのは、実直さとこれまでの努力の積み重ねによるものだという自負がある。

 そして、ハリーよりも2学年上の自分ですら、あの呪文は習得できてはいない。

 

 今までに対ディメンターを想定した呪文を取得する必要がなかったというのもある。

 だが相手の力を認められるからこそ、今の自分とハリーとの違いが悔しかった。

 

「あいつは、前に進んだみたいだぜ?」

「ルーク…………」

 

 進むことなく足踏みしている今の自分との差。

 セドリックのそんな心中を親友が見抜いているかのように言った。

 

「落ちた奴が前に進んで、落ちなかった奴が二の足踏んでちゃ、しまらねえよな、セド」

 

 ルークの言葉にセドリックは力強くハリーを見据えた。

 

 

 ハッフルパフ対レイブンクローの時以上の点差での決着。

 その結果、レイブンクローのみが全試合を終了して1勝2敗と優勝の望みを早々に断たれることとなった。

 残るは1勝のスリザリン、1勝1敗のハッフルパフとグリフィンドールの3チームが優勝の望みを残していた。

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 それぞれに進展と自覚とを促したクィディッチの試合が終わり、優勝の望みをつないだグリフィンドールの寮では歓喜に沸いていた。

 

 そして、問題が起こったのはその日の晩だった。

 

 

 

「またブラックが侵入したぁ!? いったいマジにどうなってんだ?」

 

 夜中にたたき起こされて寝ぼけ気味だった頭が、スプラウト先生からの伝言によって一気に覚醒した生徒たち。彼らの心中をリーシャが口をあんぐりとあけて代弁していた。

 幸いと言うべきか、今回は全員を大広間へと集めるのではなく、各寮の談話室へと集合させるに留まったが、それでも寝ようとした矢先にたたき起こされたのはたまったものではないだろう。

 

 

 

 翌日、至る所の警戒が再び厳しくなり、城内の扉のあちこちにはシリウス・ブラックの手配書写真が貼りつけられ、フィルチは気忙しく廊下を駆けずりまわり、巡回を密にしていた。

 2度の侵入を許したグリフィンドール寮の扉周りには無愛想なトロールが警備として配備されていた。

 

 

 

 教師全員に警戒という仕事が追加された以上、リオンも一応校内に怪しい所がないかを捜索していた。

 2年前、咲耶がこっそりと通った四階の秘密の通路。どうやらまだフィルチも知らないその通路は公的な警戒対象にはなっていないらしく、知っていればだれでも出入りできる状態になっていた。

 

 あまりやる気のあるようには見えない気だるげな捜索の仕方ではあるが、その眼は魔法の痕跡、ここ最近での通過の形跡がないかをきちんと視ていた。

 

 結論として……

 

「なにもない、か」

 

 赤髪に近い状態のため、それほど探知系魔法が得意とは言えないためもあるだとうが、今のリオンにはここを何某かの侵入者が通過した形跡を認めることはできなかった。

 

 狩る気ならば、いっそのこと餌をぶら下げてそこに張り込むこともありだが、今の所護衛対象(咲耶)には危害を加える気がないようだし、生き残った少年(ハリー・ポッター)をあえて危険に曝すようなマネをするのは、彼の護衛があまりいい顔はしないだろう。

 ついでに言えば、今の所そこまでやる気もない。

 

 今の時点で、すでにかなりの厄介事が積み重なっているのだ。

 満悪く、今年は修学旅行なるものの企画を行うように仰せつかっている。それはいよいよ“計画”の時期が来たことも意味しているため、そちらの方でも面倒事なのだ。

 

 とりあえず見回りを済ませて授業準備をするために部屋へと戻ろうとして、

 

「こんにちは、スプリングフィールド先生」

 

 にっこり優等生然とした笑顔を浮かべたスリザリン生、ディズ・クロスと出くわし足を止めることとなった。心底鬱陶しそうな顔をしたリオンに対してディズはにこにことした笑顔だ。

 

「つくづく貴様とは妙なところで出くわすものだな、ディズ・クロス」

「そうですか? 必要ないかとも思ったのですが、一応監督生ですので見回りをしていたもので」

 

 ディズの言葉にリオンは「はん」と鼻で笑って応えた。

 リオンはちょろちょろと視界の隅っこで鬱陶しい動きを続けている小僧を冷たく睨み付けた。

 別に今回のこの騒動にこの小僧が関わっているとは思ってはいない。だが、先年も騒動の調査に気まぐれに乗り出した場所でこの小僧とは出くわしたのだ。

 そして、関わってはいなくとも、何もしていないわけではないことを、リオンには分かっていた。

 ――というよりも、“わざと”分かるように仕向けてきているのだ。

 

「ご苦労なことだ。悪企みは順調か?」

 

 返礼代わりに何気なく進捗状況を尋ねると、ディズは楽しくて口笛でも吹きそうなほどににぃと微笑んだ。

 

「そうですね。興味を持っていただけたようなら、ひとまずは順調ということでしょうか」

 

 そして、誤魔化すのではなく嬉しそうに進捗報告をした。

 

 意図が通じているのか、いないのか。間違いなく通じているうえでこの答えを返したのだろうことがなんとなく分かった。

 

 リオンは自身がどちらかというと腹芸が苦手であることは自覚している。

 なにせ今までにもずぅっとジジイ(詠春)だの近衛木乃香だのに、振り回されてきた実績があるのだから。

 

 特に赤髪の時は、いっそのこと“ぶっこわしてみりゃいいか”という思考にもなりがちだ。実際にそれをここでやると、さらにいろいろと面倒な事態になるのでやりはしないが……。そろそろめんどくさくなってきた感がなくもない。

 

 そんな変化を鋭敏に察知したのか、少年は気勢を制して「失礼します」と一礼して背を向けた。

 

「魔法世界への研修、楽しみにしています。マクダウェル先生」

 

 おまけを一言残して。

 

 

 

 ちなみにこの数日後、厳戒態勢のこの状況下で、この時異常なしと判断したここを使ってホグワーツ城を抜け出した生徒が居たことは、リオンはもとより、さしもの監督生も予想することはできなかった。

 ついでにその暴挙によって一悶着あったのだが、彼らにとっては特に関わりも関心もないことであった。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 5年生にとっては、いよいよもってO.W.L試験を意識せざるを得なくなり、咲耶たちが勉強で忙しくなるころ、幸いなことにハリーとハーマイオニーたちは和解することに成功していた。

 ただし、その代償としてハリーたちはすっかり忘れていたことだが、ハグリッドのヒッポグリフの傷害事件の裁判が敗訴するという衝撃的なできごとがあった。

 ハーマイオニーのみが裁判の手助けをしていたのだが、第1審での敗訴の連絡を受けてハリーとロンはハーマイオニーと和解。3人で控訴審の手伝いをすることになったのだそうだ。

 

 

 そしてまったく休暇になっていないイースター休暇。

 談話室のテーブルには主に5年生向けに魔法界の職業を紹介するパンフレットやチラシなどがうず高く積みあげられるようになり、掲示板には新しいお知らせが貼り出されていた。

 

 

 ――――――――――――――

  【進路指導】

 夏学期の最初の週に、5年生は全員、寮監と短時間面接し、将来の職業について相談すること。

 個人面接の時間はリストのとおり、

 なお、魔法世界、魔法学校への留学を希望する生徒に関しては加えてスプリングフィールド先生の面接を受けることとなるので、事前に寮監に申請をしておくこと。

 ――――――――――――――

 

 

 

 生徒たちはそれぞれ、ずらぁと名前が列挙されているリストを見て自分の日程を確認していた。

 

「おお! 魔法世界への留学とかあるんだ!?」

 

 その中でもリーシャのような精霊魔法の講座を継続受講している何人かの生徒たちは、付け加えられている文章に「おおっ」と驚いていた。

 

 夏休みにおける魔法世界への研修旅行の予定。それに加えて今までは行くこともできなかった魔法世界の学校への留学の道が開けるというのだから驚きもするだろう。

 

「しっかし、面接がスプリングフィールド先生って、ちょっとあれだな」

 

 ただその斡旋をすると思しき先生が、あまりにもアレな気がしてルークは苦笑に頬を引き攣らせたりしていた。

 

 ホグワーツの先生の中で、精霊魔法の先生がとりわけ不真面目というわけではないのだが、あの先生が誰かの世話を焼くというのは咲耶に対するもののインパクトが強すぎて、中々想像しづらいものがある。

 

「サクヤはどうするの? 治癒術士っていうことは、ニホンか魔法世界の病院に行くのかしら?」

「うーん。ウチも面接は受けるよ。こっちの癒者のこととか聞きたいし。リーシャは?」

 

 フィリスは咲耶の目標を思い出して尋ね、咲耶はこちらの治癒術士についてのことにも関心を抱いているのだろう。

 

「ふーん。進路かぁ。どーすっかなー」

 

 一方でリーシャのような多くの生徒には進路といってもまだまだ考え始める時期、といったところでこれといったものを決めている方が少ないだろう。

 

「クラリスは闇祓いって言ってたわよね?」

 

 両親の件から死喰い人や闇の魔法使いを憎んでいるクラリスは、それに対抗するための闇祓いを目指していたはずだ。そしてそれ以上に大切な目的として治癒魔法を求めていた。そのために貪欲に知識を求め、精霊魔法にも手を出していた。

 

 だがクラリスはフィリスの問いに頷くのではなく、掲示板の一文をピタリと指さした。

 

「……留学。できるならやってみたい」

「! へぇ……」

「そうなん!? えへへー」

 

 クラリスの言葉にフィリスもリーシャも目を丸くして驚き、咲耶は嬉しくなり、ぱぁと顔を明るくしてクラリスに抱き着いた。

 

「そしたらスプラウトセンセとリオンに言っとかなな」

「うん……」

 

 咲耶にもふもふされているクラリスは、きゅぅと咲耶の服を掴んでほんの少しだけ笑顔を浮かべた。

 

 フィリスとリーシャは二人の様子を微笑ましい眼差しで見守った。

 クラリスとて、魔法世界に留学したからといって咲耶と一緒に居られるとは思っていないだろう。 

 それでも以前までの一つのことしか見えていなかった少女が、今は大きく別の世界のことにまで目を向けようとしている。それが二人には微笑ましく、そして嬉しい気持ちにさせていた。

 

「ところでサクヤ。貴女一番初めに名前が来てるわよ」

「はぇ!?」

 

 フィリスの一言に、咲耶ははっと目を覚まして慌ててリストの名前を再確認するのであった。

 

 

 


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