春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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攻略不可能な課題 / Mission impossible

 パァッと足元の床に光が輝き、それが消えると、咲耶たち4人は見たこともない遺跡の只中に居た。

 

「またあの魔法儀みたいなとこか?」

 

 不思議空間に足を踏み入れたリーシャもあたりをきょろきょろと伺いながら足を進めた。

 

「課題を解くことが試験って言ってたわね。まずは課題を探しましょう」

 

 以前の試験のときはいきなり全員がバラバラに飛ばされたため、フィリスは警戒してリーシャの傍を歩いていた。

 同様にクラリスも咲耶の傍を歩いており、二人一組で周囲を警戒していた。

 

「あっ。あれ、課題は見つかってねーけど次の部屋の扉じゃね?」

「あら、ホントね。課題はどこなのかしら?」

 

 探していたモノとは違うが、それでもゴールを見つけたリーシャ。

 試験は一応、課題を解くことなのでまずはそれを見つけなければならないのだが、ざっと目に付くところには見当たらない。

 

「ま、ひとまず扉を見てみよーぜ」 

「あ、ちょっと気をつけなさいよ、リーシャ。先生のことだからまたいきなりどっかに飛ばされないとも限らないんだから」

 

 ひとまずゴール周囲を確認しようと駆けて行くリーシャに、フィリスは不用心を注意して追い駆けた。

 開始前の説明によると今回“は”命の危険はないとのことだが、注意にこしたことはない。

 咲耶とクラリスも顔を見合わせて二人の後を追った。

 

 なにやら仰々しい柱が立ち並んだ奥に、樹木が絡み付いた大きな扉が見える。

 扉は相当に古いのか、所々亀裂が入っているように見えるが、それでもその大きさから脆そうだという印象は受けず、むしろ重厚な雰囲気が感じられた。

 

 その扉の近くに来たリーシャとフィリスは、扉に何か課題について描かれていないかを見つけようと見上げていき――――

 

 その上にべちょりと液体が降ってきた。

 

「んおぁっ?!」

「きゃぁ! なに!?」

 

 驚いて悲鳴を上げる二人。

 頭に直撃したそれを拭ってみると、ただの水、にしては妙に粘っこく、しかしそれは体の動きを絡め取るほどには粘弾性がない液体だった。

 よくわからない液体をぶっかけられた二人は、顔を顰めながら液体が降ってきた上の方を見上げ

 

「は?」

 

 間の抜けた声を上げた。

 

「はぇ!?」

「!!?」

 

 少し後からやってきた咲耶とクラリスもソイツを見つけた。

 

 控えめに表現して言うのなら、そこにいたのはトカゲの仲間だった。

 

 緑を基本にしたちょっと触りたくない感じの体表の色に、ところどころ光の加減で紫や黄色の輝きが見えるのは、鱗があるからだろう。

 後ろ足2本で立っており、蜥蜴であれば四足歩行に使われるはずの前脚は、歩行の用途には使われそうにない形状をしていた

 体を起こし、広げられた前脚の部分には“巨体”に似合う大きな翼がついていた。ご丁寧に関節部分には爪に相当するような鋭い角まである。

 

 そう、巨体なのだ。

 鍋に入れるような蜥蜴とは到底比べようもないほどに巨大。平均身長よりも大きい女子であるリーシャよりも、というかハグリッドを含むヒトや亜人全般よりも大きな姿。

 ごつごつとした顔についている瞳は、たしかにそこはトカゲだよなと、奇妙に納得できる形をしているが、その大きな口 ――リーシャたちを纏めて丸のみできるくらいに大きな口からは、「ぐるる」という普通の爬虫類からは決して聞こえてきそうにない、重低音が響いていた。

 

 思わぬ光景に眼が点になるリーシャとフィリス。少し遅れたところから、全体図を眺めることができていた咲耶とクラリスも「あわわ」と戦くほかない魔法生物。

 

 縦長の瞳がリーシャとフィリスとぶつかり、巨大な魔法生物は興味を持ったかのように首を傾げ

 

「ド――――ッッ!!」

 

 絶叫を上げようとして、喉が凍り付いた二人に、ソイツは後脚を伸ばした。気付いた咲耶とクラリスがハッとなった。

 

「危ないっ!!!」

「らぁっ!!?」

 

 巨大な足にあわや踏まれる、というところで、飛び込んできた咲耶のタックルを受けて、リーシャとフィリスは吹っ飛んで転がった。

 

 踏み損ねた地面を見て、“ソイツ”は首を傾げて「ぐるる?」と唸った。

 

「な、な、な――――」

「リーシャ! フィー! 動く!! サクヤ!!!」

 

 衝撃で呆気にとられて固まっていた状態を脱した二人は、ついで、極度の混乱に陥り、再び動けなくなる直前にクラリスの怒声が響いた。

 はっと我に返ったリーシャとフィリス。サクヤと顔を示し合わせて勢いよく立ち上がり、全速力で離脱のために足を動かした。

 

 背後から響く「ガオオオッ!!」という凶暴そうな鳴き声と破壊音。

 

「なんで――――ドラゴンッッ!!!?」

 

 本年度の障害物――それは人がドラゴンと呼ぶとっても大きな魔法生物でした。

 

「キャー!! なんか火ィ、吹いたわよ!!」

「にゃぁーー!!!!」

 

 

 

 

 第49話 攻略不可能な課題 / Mission impossible

 

 

 

 

 ――――話は少し遡る。

 

 精霊魔法の試験を受けるために、2年から6年生までの各学年、全寮の生徒が集まっていた。

 もっとも、全員といっても、もともと受講生は少なく、昨年は一番多かった5年生でも10人にも満たない人数だ。全部合わせても40人居るかいないかといったところだ。

 

「よーし試験を受ける奴はこれで全員だな」

 

 精霊魔法の担当教師は、人数や顔の確認はせずに集めた生徒たちに試験についての話を始めた。

 

 咲耶があたりを見てみると、一緒に来たクラリス、フィリス、リーシャやハーマイオニー、ハリーは勿論。セドリックとルーク、ディズも来ていた。

 他にもジニーやネビル、ジョージやフレッド、ハッフルパフの後輩やレイブンクロー、グリフィンドールの生徒の姿もあった。

 

「それでは試験課題について説明する。と言っても、今回のテーマは危機的状況下においける“総合的な判断力と決断力”がメインだ。詳しい内容は文字通り始まってみてのお楽しみだ」

 

 咲耶たち受講生は試験に関する説明と注意を先生から拝聴していた。

 以前は油断して、不意打ち的に散々な目にあった生徒たちは、気を付けて説明を聞いていた。

 

「試験は時間以内に答えを見つけて戻ってくることだ。一度の参加人数は問わんから、1人で受けてもいいし、何人で受けてもいい。必要なら教科書だろうとなんだろうと持ち込んでいいぞ」

 

 事前に通達されていた通り、試験には持ち込みが自由らしい。

 だが大量の教科書を詰め込んだ鞄を持参している生徒が少ないのは、いきなり雪山に放り込まれた経験を覚えているからだろう。

 

「ただし言っておくが人数が増えれば途中の障害も手強くなるから、一番力量を発揮できる人数とパーティで挑むことだ。そこらへんも判断力の必要なところだ。それじゃ、適当にパーティ組め」

 

 あまりやる気なさそうに告げた先生の言葉で、生徒たちはそれぞれに仲の良い、あるいは信用できる人とチームを組みに動いた。

 

 咲耶はハーマイオニーとハリーから一緒にどうかと誘われたものの、クラリスたちとすでに4人でチームを組んでいるために断った。

 咲耶はともかく、他の3人がハリーたちと力量の発揮できるパーティにはならないだろうからだ。

 

 結局、咲耶たちはクラリス、フィリス、リーシャの4人で、ハーマイオニーはハリーと組んで挑むこととなった。

 他にはセドリックはルークと組み、ハリーと組むかと(咲耶が)期待したジニーは実力が出せるようにするのを優先したためかレイブンクローの友人と組んでいた。

 

 ちなみに、優等生として知られるディズは幾人かから助っ人のような扱いでチームに誘われたが結局一人で受けることを選んだ。

 

 

「まあ、危機的状況とは言ったが、今回は命の危険はまずないから、そこは安心しておけ」

 

 数分して、パーティ編成が済んだと決めた先生が多少安心できる言葉を投げかけ、あからさまに安堵の息を吐いた生徒が幾人かいた。

 

「よーし、それじゃあ……っと、その前に、咲耶」

「はい?」

 

 そしていざ試験開始、と思いきやスプリングフィールド先生は咲耶のところへと歩み寄り、

 

「お前の狗は没収だ」

「のわっ!! な、何をするか!?」

 

 咲耶の足元でやる気満々の顔をしていた子犬の首根っこを抓み上げた。

 首根っこを掴まれて持ち上げられたシロがじたばたと手足を振り回していた。

 

「あー、シロくん!」

「何でもいいとは言ったが、この狗はお節介が過ぎるからな」

 

 没収されて連れていかれるシロ。

 

 そして、「それじゃ行って来い」という言葉と共に、全員の足元に魔方陣が光り輝いて、次の瞬間には生徒たちは見知らぬ場所に立っていることとなった。

 

「またこれか!!?」

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 一人で試験に挑むことを決め、魔方陣に呑みこまれたディズも見慣れない景色の中に立っていた。

 

 どこかの鉄橋の上。今の時刻はまだ昼を過ぎて夕方には早い時間だったにもかかわらず、あたりの景色はすでに真っ暗で、離れたところに見える景色の中には灯りが見えて、今の時間がまるで夜であるかのように思える。

 

 その前方、闇色の空からふわりと舞い降りたのは、周囲の景色に溶け込むような漆黒の外套を着た魔法使い。

 その姿に、ディズは一瞬驚いたように目を瞠った。

 

「試験には、障害があると聞いていた気がしたんですが…………スプリングフィールド先生?」

 

 金の色の髪に、一度みれば記憶に焼き付くほど整った容姿。

 ディズたちが持つような小杖もなく、まして箒すらないのに空から舞い降りてきたリオン・スプリングフィールド。

 

「ああ。だからちゃんと障害があるだろう?」

「…………」

 

 ニヤリと、皮肉気な笑みを浮かべた先生の、その身から感じられる圧迫感にディズは知らずに足を後退させた。

 

「随分と色々、陰でこそこそとやってたなディズ・クロス? ああ。とぼける必要はないぞ?」

 

 放たれる威圧感は氷のように冷たく、鋭い刃を首元に突き付けられたように感じられる

 

「俺の魔法戦闘が見たいんだったな?」

「…………」

 

 この魔法使いの本当の力はどれほどのものか。たしかにそれはディズが知りたいと願っていたものだ。

 だがよもや、こうも唐突に、そして直接的に来るとは期待以上。

 

 ディズは己の魔法力にいささかばかりの自信は持っている。だがそれは、あくまでも学生レベルであることを自覚していた。

 ホグワーツの教師の何人かには引けを取らない自信は無論ある。

 だが、欧州最強の魔法使いとも言われるダンブルドアには遠く及ばないことは明らかだし、いわんや悪魔を一蹴したこの魔法使いに対してはどれほどの高みに居るのかも定かではない。

 

「さて。それじゃあ――――」

 

 昨年の決闘クラブで付き人もどきのロボットの手合せを受けて、そして“悪魔との戦い方を見て”、この魔法使いの戦い方は伝統的な決闘方法とはまるで違うものだということは分かっている。

 卓越した魔法技能と、身体強化によって底上げされた接近戦の融合。

 

 ディズは決して見逃さないように魔法使いを注視し、

 

「存分に味わえ」

 

 気づいた時には、魔法使いはディズの懐深くにまで接近していた。

 

「!? プロ――」

 

 想像を遥かに超えた移動速度。

 思考するよりも早く、ディズは本能的に防御の術式を編もうとして、しかしそれはまったく間に合わずに、拳が突き刺さった。

 腹部に拳がめり込み、光の筋がその体を貫き通した。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

「どうだ?」

「……今の所動く様子はない。あの扉を守ってるように見える」

 

 近くの廃墟に身を隠したリーシャたち。クラリスが柱の影から扉の方を見ると、先程突然出現したドラゴンはご丁寧にも扉の真ん前に陣取って居座っている。

 

「ドラゴンって。命の危険がないって。どこがだよ!?」

「ほんっとに! もう! べちょべちょ!!」

「……スコージファイ」

 

 ドラゴンのブレスからからくも逃げ切り、ひとまず安全であることを確認したリーシャたちは、またしても“惨劇”になりそうなこの試験に対する憤りをあらわにした。

 特にドラゴンの涎を頭からかぶったリーシャとフィリスはべとべとの状態であり、見かねたクラリスは二人に清めの呪文をかけて洗い流した。

 二人はクラリスにお礼を言ってから、そっとドラゴンの方を覗き見た。

 

「やっぱドラゴンよね」

「ドラゴンだろ」

「ドラゴンやねぇ」

「見た覚えのない種。魔法世界のドラゴンの可能性がある」

 

 始まる前、たしかにあの先生は“命の危険はない”と言ったのだ。

 だが、どう考えてもあの扉の前に居座っているオオトカゲは命の危険のある代物にしか見えなかった。

 

「さてと、どうすっかな」

「どうもこうも、アレが課題ってことよね、きっと」

「う~ん。ドラゴン退治かぁ~…………」

 

 決闘クラブのメンバーとして魔法技能を磨いている咲耶たちだが、実際の戦闘経験はない。昨年の悪魔襲撃時にはその場に立ち会ってはいたものの戦ってはいない。

 

 ドラゴンはその全身に強力な魔法特性を有し、さらには自身も強大な魔力を有している存在だ。

 こちらの世界におけるドラゴンでも訓練されたドラゴン使いが数人がかりで対処に当たるものだ。

 クラリスが言うように、あれが魔法世界由来のドラゴンだとして、どちらの世界のドラゴンが上かの議論はともかくとしてもまだ学生の魔法使いが、命の危険なく、4人で打倒できるものではないだろう。

 

「退治が必要とは限らない」

 

 頭を悩ませていたリーシャたち3人に、クラリスが冷静そうな声で意見を述べた。

 

「先生は答えを見つけるのが課題だと言っていた」

「あのドラゴン退治が答えじゃねーの?」

「そうとは限らないわね。あのドラゴンを安全に出し抜くって言うのも答えとしてはありだと思うわ」

 

 扉の守護者らしく、いきなりドラゴンが現れたためにてっきりそれを倒すことが課題かと思い込んでいたが、確かにクラリスの言う通り、スプリングフィールド先生は“障害”と“課題の答え”を分けて説明していた。

 フィリスが納得したように ――というよりもそうとでも考えなければあまりにも無茶ぶりの試験だと考えた。

 

「どっちにしても、あのドラゴンを扉の前から引き剥がさねえとな」

 

 ただ、いずれにしてもこの謎遺跡からの脱出口と思われる扉があそこにある以上、ドラゴンへの対処は必須だといえた。

 リーシャは杖を取り出し、3人に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 地面に体を丸めて休んでいたドラゴンは、何かが近づいてくる気配を感じてその首をめぐらせてあたりを見た。

 

 近くから幾つかの魔力と気配をぱらぱらと感じる。

 近くの3つはそれほど大きくはなく、多少の差はあるが大したものではない。だが遠くの一つはやたらと大きい。

 

「ぐるる――――」

「こっちだ! トカゲ野郎!!」

 

 大したことはなさそうだが、休んでいるところをうろちょろされるのも面倒だと、小さな3つの内の一つに視線を定めると、それとは別の方の1つが大声を上げて物陰から飛び出してきた。

 

 

 リーシャが飛び出し、ドラゴンの注意がリーシャに向けられた。

 巨体が一歩を踏み出そうと後肢を上げ、

 

「――――集い来りて敵を射て! 魔法の射手(サギタマギカ) 連弾(セリエス)光の7矢(ルーキス)!!」

「コンジャンクティバ!」

 

 瞬間、別の物陰から飛びだしたフィリスとクラリスが同時に魔法を放った。

 

 フィリスの放った破壊系の光の魔法の矢。

 ドラゴンに対して有効な攻撃手段だと言われる結膜炎の呪いをかけたクラリス。

 放たれた魔法は狙い違わず、ドラゴンの弱点である剥きだしの大きな瞳へと向かい、

 

「――――ッ!!?」

 

 バシンッ!! と当たる直前で弾けて消えた。

 

「そんな! 魔法を弾いた!? 対魔法障壁!?」

 

 驚愕するクラリス。フィリスもまさか攻撃が通じないだけならともかく、彼女たちが覚えたのと同じような魔法障壁が発動するなどとは思ってもみなかったのだ。

 驚きに足が止まるクラリスとフィリス。ドラゴンは攻撃を当ててきた二人に照準を合わせて睨み付けた。

 あまりにも近すぎる距離。

 

「――――集い来りて敵を射て! 連弾(セリエス)・火の11矢《イグニス》!!」

 

 一瞬の足止めをするため、リーシャは渾身の魔力を込めて得意の火属性の魔法の矢を叩き込んだ。

 当然のこと、リーシャの魔法の矢はドラゴンの障壁に遮られてドラゴンの鱗に微かな傷もつけることはできなかった。

 だが、幸いにも火属性の目立つ色彩がドラゴンの気を引いたのか、ドラゴンは注意をクラリスとフィリスから再度リーシャへと向け直した。

 注意が分散し、獲物をどれにするか悩んだドラゴンの足が止まり、緩慢な動きで首をめぐらしている。

 

「サクヤ!!!」

 

 瞬間、リーシャは決め手となる魔法を放つ咲耶へと大声で叫んだ。

 

 そして3人の陽動の影で、その身に宿る膨大な魔力を発動寸前の状態にしていた咲耶が、自身の持つ最大の攻撃魔法の呪文を紡いだ。

 

「――――来たれ地の精、花の精!! 夢誘う花纏いて、蒼空の下、駆け抜けよ、一陣の嵐!!」

 

 荒れ狂う風が咲耶の周囲へと収束。ドラゴンへと向けた扇の先端に六芒星を基点とした魔方陣が輝いた。

 

 ――『春の嵐(ウェーリス・テンペスタース・フローレンス)!!』――

 

 轟!! と春の香を纏う旋風が大嵐の渦を巻いてドラゴンへと向かい、リーシャたちの魔法を阻んだ障壁をものともせずに飲み込んだ。

 

「やったっ!!」「っし!!」

 

 あのスプリングフィールド先生ですら認める咲耶の膨大な魔力。それを使った大魔法は、現在持っている彼女たちの切り札とした攻撃だ。

 フィリスとリーシャは咲耶の戦術催眠魔法“春の嵐”の効果圏内から逃げながら、ぐっと拳を握って作戦の成功を噛み締めた。クラリスも距離を置きながら冷静に煙の先を睨み付けた。

 流石の咲耶もあまり慣れない攻撃魔法を放出したためか、荒い息を吐いており、

 

 ――「ガァアアアアッ!!!」――

 

「げっ」「うそ!?」「ありゃ?」

 

 雄叫びを上げて風塵を吹きとばし、ぴんぴんとした様子のドラゴンが姿を見せたことで4人揃って顔を引き攣らせた。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

「か、はっ……が……」

 

 右腕一本。

 足は地に着いておらず、喉を締め上げる一本の腕だけが、ディズの体を支え、宙に吊り上げていた。

 

「どうした? まだ簡単な身体強化の魔法程度しか使ってはいないぞ。もっと魔法を見たいんじゃなかったのか?」

 

 使ったように見えたのは、姿現しのような高速の移動術、魔力を込めた拳撃、そしてこちらの魔法使いにはあるまじきマグルの達人のような体術。

 高速の戦闘の中で、幾度か放ったディズの魔法は、その悉くが躱されるか、障壁に阻まれているのか、いずれにしても目の前の金と黒の魔法使いには一つたりとも直撃していなかった。

 

 にやりと笑った金髪の魔法使いは、ふっと腕の力を抜いてディズを落した。

 首から消える圧迫。にやりと笑った魔法使いは、ディズの体が地に着く前にその体を翻し、ディズの体に蹴りを叩き込んだ。

 

「―――――!!」

 

 ディズの体はまるでスニッチを見つけたハリーのように勢いよく飛んで行った。

 飛ばされながらも、身を守る身体強化の術式は確かにダメージのいくらかを軽減していた。

 かの魔法使いの戦い方を参考にして、できるだけ障壁を持続させてはいるものの、そんなものは紙切れのようにあっさりと抜かれている。

 

 ディズは、自身が吹き飛ばされることで相対的に遠ざかるはずの魔法使いが地を蹴って接敵してくるのを視界の端で捉えて、杖に魔力を宿した。

 

「ッ!! セクタムセンプラ!」

 

 一般的な教科書には載っていない、とっておきの攻撃魔法だ。

 無言呪文でいくらかの魔力を消耗させられるよりも、できるだけ威力優先で詠唱して術式を組んで放った。

 敵を切り裂くその“殺傷”魔法は、しかし金髪の魔法使いに当たる前に、まるで見えない壁に弾かれたかのように弾けて消えた。

 

 いくら体勢が不十分だとは言え、魔力は十分に籠っていたはずだ。なによりもこちらの魔法は発動の速さこそが強みなのだ。だが、ディズの魔法はかの魔法使いが何気なく張り巡らせている魔法障壁に罅の一つも入れることができなかったのだ。

 

 地を削り、勢いを殺して体勢を整える――よりも早く、振りかぶられた拳がディズの体へと撃ち下ろされた。

 

「――――!!!」

 

 声すら出なかった。

 ディズの体が地面へと叩きつけられ、その下の地面が大きく割れ、ディズの体にバラバラに砕けたかと思えるほど強烈な激痛が走った。

 

 周囲の景色は、暴れるこの魔法使い ――リオン・スプリングフィールドの魔力の余波を受けて、氷と破壊の痕を残す世界へと変わりつつあった。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 とっておきの魔法と戦術が通用せず、再び撤退して隠れることとなった咲耶たちは、ぜーぜーと呼吸を整えようとしていた。

 

 魔法が全く通用しない。

 相手は咲耶たちが攻撃の意志を見せると襲ってくるが、遠巻きに様子を見ているだけだと動かない。

 

「ドラゴンが魔法使うってなんだよ!?  あんなのどうやって倒せって!?」

「サクヤの魔法が通用しないとなると本格的に倒す方法ないわね。サクヤ。今のよりも強い魔法ってあるかしら?」

「ううん。うちの魔法の中では今のが一番威力のある魔法やから……」

 

 一般的なドラゴンの弱点とされる目を狙っても魔法障壁で跳ね返されてしまう。 

 その魔法障壁を抜くことを狙っても、一番威力のある咲耶ですら大してダメージが与えられない。

 ドラゴン打倒を考えるのならば、手持ちの攻撃手段ではすでに手詰まりと言えた。

 

「とるすと、一度あのドラゴンと課題とを分けて考えましょう」

 

 良く言えば切り換え早く、悪く言えば諦め早くドラゴンの打倒を脇に置いたフィリスの提案に、クラリスと咲耶はこくんと頷き地面の上に腰掛けた。

 

「分けて、つったって、どうすんだ?」

「この空間からの脱出が課題と考えるべき」

 

 リーシャの問いにクラリスが冷静そうな声で答えた。ただあまりにも簡潔なためにリーシャは分からなかったらしくこてんと首を傾げた。

 

「つまり、ここから出る方法を見つけることが課題で、あのドラゴンはそれから目をそらすためのフェイクじゃないかってことよ」

「おお! なるほろ」

 

 補足して状況を整理したフィリスの言葉に、実はよく分かっていなかった咲耶もポンと手を打った。

 

「そいつぁ、その方がいいけど……」

「そもそも、あんなのが出てきて、命の危険がないなんてあるはずないわ。あんなのが相手じゃ、生徒の誰も合格できないもの」

 

 ただやはりリーシャはあのインパクトのある大トカゲが気になるのか不安そうに声を漏らした。

 一方でフィリスはすでにあのドラゴンに関しては課題から除外することに割り切ったらしい。

 

 不意に、話しているリーシャとフィリスを他所にクラリスが何かに気づいたように顔をきょろきょろと動かして周囲を観察しだした。

 

「クラリス、どしたん?」

 

 突然きょろきょろと周囲を見回したクラリスに咲耶が不思議そうな顔を向け、リーシャとフィリスも話を止めてクラリスに視線を向けた。

 クラリスはそれには答えず、自分の杖を横に倒して右の掌の上に載せた。

 謎の行動をとるクラリスを3人が見つめる中、クラリスは呪文をかけた。

 

「ポイント・ミー」

「四方位呪文? クラリスなにを……。 !?」

「なんだそれ!?」

 

 クラリスのかけたのは方角を探るための呪文、“四方位呪文”だ。呪文が発動すれば、掌の上で杖が北を指すはずなのだが、クラリスの掌の上では杖がくるくると回り続けており、北を指す気配がない。

 

「やっぱり、現実空間じゃない」

「あの魔法儀の中ってこと?」

 

 何かを掴んだ様子のクラリスは、フィリスの問いかけに首を横に振って否定を示した。

 

「一昨年、魔法儀の中でも試した。あの時は方角を示していた」

「そっか。もしかしたら……」

 

 クラリスの言葉に、フィリスもハッと何かに気づき…………

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

「ここが現実空間じゃない? どういうことだセド?」

「例えばの話だけど、ホグワーツの食堂みたいに実際とは違う景色を見せる魔法が精霊魔法にあるとして、ここはこの空間そのものが実際とは違う世界なのかもしれないんだ」

 

 咲耶たちが居るのとは別の空間、巨大な木々に囲まれた森の中でセドリックとルークは、別の場所にいる受講者たちと同じ結論に達しつつあった。

 

「あの魔法儀は、少なくとも現実の空間だった」

 

 ドラゴンや、とんでも魔法使いなどに襲われている友人たちと同様、彼らも“なんかよく分からない巨大な蜘蛛の怪物”に襲われて今は身を隠しているのだ。

 

 魔法は通じないわ、障壁を張っても吐き出す糸が障壁ごと術者をからめとろうとするわ、この試験後に蜘蛛嫌いになる自信がルークにはあった。

 

「つまり?」

 

 

 

 

 

 

「先生は言ってたわ。『命の危険はない』。つまりここは夢の世界みたいなものよ」

「正気かハーマイオニー!? ここが夢!? どう見ても現実だよ!」

 

 離れたところをうろつく三頭犬。その尻尾は2匹の蛇でできており、以前見たフラッフィー(三頭犬)とは違うものだった。

 フラッフィーならば適当極まりない音楽ですやすやと眠ってくれるのに、あのオルトロス(三頭犬)は寝もしなければ魔法も効かないという代物なのだ。

 

「魔法でそう見せてるだけなのよ。答えっていうのは、この世界からの出口。つまり……」

 

 

 

 

 

 

「あの扉はただの目印なのよ。この世界から出るための」

「でも結局、あのトリトカゲなんとかしなきゃどうにもならないだろ?」

 

 フィリスの述べた推測にリーシャが眉を顰めて反論した。

 たしかに、ここがフィリスの考えた通りの空間だとしたら、あのとんでも教師らしい試験と言えるだろう。

 命の危険はないが、まさに実戦さながらの魔法実技。

 おまけに魔法世界の生物についても知ることができるというおまけつきだ。

 

「いいえ。もし本当にドラゴンを対処する試験なら、きっと『魔物を倒すこと』が試験の課題になるはずよ。でも先生は一言も敵の存在については言及しなかったわ。ここが幻の世界だと認識して、真っ直ぐあの扉に向かうことが、おそらくこの試験の答えなのよ」

「でも、それもし違ったら、あのトリトカゲの攻撃をまともに受けるぜ?」

 

 仮説としては十分に面白い説ではある。

 命の危険はないという先生の言葉を信じるのならば、攻撃をまともに受けても大丈夫だという可能性は大きい。

 だが、それでもあのドラゴン(暴力の象徴)に突っ込むのは躊躇われる。

 

「その場合は……うん。くしゃっといきそやな」

「おいおい……」

 

 咲耶がにこやかな顔で放つブラックジョークに、リーシャは半笑いで顔を引き攣らせた。

 フィリスとクラリスも半笑いを浮かべながら相変わらずの咲耶を見て、気を取り直して顔を引き締めた。

 

「……人数が多くなると難易度が上がると言っていた。おそらく全員がその答えを確信できないと扉は開かない」

「多分、ね」

 

 頭数がいれば答えに辿りつく可能性は高くなるが、人数が多くなれば意志の統一は難しくなる。

 クラリスの推測にフィリスは相槌をうち、リーシャは唾を呑みこんだ。

 

「なーるほど。サクヤはどー思う?」

 

 二人の意見は統一され、リーシャは残っている咲耶の意見を窺った。

 

「ウチは信じるよ。クラリスとフィーの考え」

 

 にぱっと微笑む咲耶の同意に、頷くクラリスとフィリス。そして

 

「よっしゃ! それじゃ、いっちょ行くか!」

 

 4人の答えは決まった。

 


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