春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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陰謀とは思わぬところで進行しているものだ

 とあるところでは壮絶だった試験の翌日。

 咲耶たちは“ディメンター氷の華事件”を引き起こした張本人と思われるリオンを訪れていた。

 

「そしたら、それであの“でめんたー”居らんようなったんや」

「ふわぁ……ああ。フェイト・アーウェルンクスも明け方前にはここを出てった」

 

 昨晩ディメンターを氷漬けにした氷の華は、試験のあった5年生だけでなく数人どころではない生徒にしっかりと目撃されていたらしく、朝食のときには大広間全体で噂となっていた。

 しかもそのディメンターたち自身は朝には全員がひとつ残らず学校から退去しており、生徒たちはさらに驚くこととなった。

 

 真夜中に騒動の渦中にあったリオンは結局ほとんど寝ていないのか、というよりも吸血鬼の方の本性が全開になっていたためか、眠そうに欠伸をしながら咲耶の相手をした。

 

 ただ、どちらかというとリオンはディメンターが去ったことよりもフェイトが去ったことの方でせいせいしているらしいが…………

 

「えーっと、ブラックが殺人犯じゃなくて、その誰かさんが真犯人で、捕まった?」

「らしいぞ。そっちの方も魔法省のお偉方とやらが引き取って行ったがな」

 

 スプリングフィールド先生のおおざっぱな説明に混乱していたリーシャが戸惑いがちに尋ねると、どうでいいといった調子で返された。

 

 結局シリウスは、氷漬けから解呪されたペティグリューとともにひとまず連行されていった。

 ペティグリューは往生際悪く「違う、違う」と喚いていたが、12年もネズミに身をやつしての逃亡生活の理由など、疑惑を抱くに十分すぎる過程がある以上、再調査は必至だろう。

 まして魔法世界の介入を先延ばしにしようと魔法大臣が苦心した矢先にその介入によって重大事件をひっくり返す物証が出てきたのだ。うやむやにすることはできないだろう。

 

 ただシリウスの被後見人であるハリーは、再調査のためとはいえシリウスが連行されることには最後まで納得していなかったが。

 

 

「なんか色々あったみたいですけど、夏休みの研修旅行ってどうなるんですか?」

 

 来年度の心配はあるが、それよりも差し迫った夏休み。このごたごたでなにか影響があるのかと懸念したルークが研修について尋ねた。

 

「そのごたごたがなんか関係あるのか? 事件解決したんだ、安心していけるだろうが」

 

 ルークの質問にリオンは、今年の様々な変化など関係がないかのようにそっけなく応えた。

 ただその言い方にセドリックは「おや」と気づいた。

 

 ――安心していけるだろうが――

 

 もしかして事件解決に乗り出したのは……

 

「もしかしてリオン……」

「先生、だ」

 

 咲耶への余計な干渉の口実を潰すために、事件解決に乗り出したのではないか。

 その推測を咲耶もまた思い浮かべ、口にしようとした瞬間、リオンは咲耶を思いっきり睨み付けて口を縫いとめた。

 

「……えへへ~。おつかれさま、リオンセンセ」

 

 えへらと笑みを向けた咲耶に、リオンはふんとそっぽを向いた。

 

 

 

 

 第52話 陰謀とは思わぬところで進行しているものだ

 

 

 

 

 学期の最終日、O.W.Lの科目を除いた試験の結果が発表された。

 ハリーたちは全科目をパスしていることが通知された。

 シリウスとの因縁でスネイプの憎悪をかった魔法薬学や、またも学期途中で教師を失った闇の魔術に対する防衛術、そして問題の精霊魔法でも合格の通知を受けていた。

 

 精霊魔法の試験をパスしたことにより得られた魔法世界への研修旅行の権利。

 残念ながらロンは行くことはできないが、ハーマイオニーやジニー、フレッドとジョージ。他にも幾人もの知った生徒や咲耶たちとともに行く新たな世界のことが楽しみではある。

 

「ねえ、ハリー、元気出して!」

 

 シリウスが連行されて以来、気落ちしたように見えるハリーをハーマイオニーは励ますように声をかけた。

 ホグワーツを離れる列車の中、コンパートメントの中にはハーマイオニーとロンの他にもジニーやフレッド、ジョージの姿もあり、ハリーたちはシリウスの事を教えると皆驚きつつも励ましの言葉をかけてくれていた。

 

「大丈夫だよ。シリウスだって、ほら、手紙が来たんだ!」

 

 ハリーは大丈夫さをアピールしようと微笑もうとし――だが、やはり幾割かの落胆は隠しきれずに、読んでいた手紙をハーマイオニーとロンに渡した。

 

 手紙は小さく元気なフクロウが運んできてくれた。

 

 手紙によるとシリウスの冤罪に関しては、ペティグリューが当初否認していたものの、本格的な取り調べが始まるや、あっさりと自供を翻して罪を認めたらしい。

 近くペティグリューはアズカバンに投獄されることとなり、それと同時にシリウスの無罪放免が確定するとのことだ。

 

 ちなみに今現在シリウスは、長年放置されていたブラック家の由緒正しい屋敷に押し込められている状態らしく、手紙の端々になにやら不満が見え隠れして見えたがそれがなぜかはハリーたちには分からなかった。

 

 ハリー待望のシリウスとの同居に関しては、きちんとした住居を定めてからということになるらしく、非情に残念ながら今年の夏には間に合わないとのことが、ものすごく残念そうに書かれていた(ちなみになぜブラック家の屋敷ではいけないのかは書かれていなかった)。

 

 だが、改めてハリーの名付け親として、そして後見人となる意思に迷いはなく、ダーズリー家で過ごす最後の夏休み中に不都合があれば、いつでも知らせてくれと書かれていた。

 

 ロンとハーマイオニーは、シリウスの無罪がほぼ確定的になったことで嬉しそうにしてくれて、ハリーは満面の笑みを浮かべた。

 

「なんだろ、この直ぐ会えるって?」

「まさかシリウス。ハリーの家に行く気かしら?」

 

 手紙の最後には、また直ぐに会えるから、元気な顔を見せてくれとの言葉と、フクロウはペットを失ったロンに贈るという言葉。そして最後に肉球のスタンプが添えられていた。

 

「それはいいや! ダーズリーたち驚くぞ!」

 

 ハーマイオニーがまさかの訝しみにハリーは喝采をあげた。

 ダーズリー家ではとことん普通でない事を嫌っているのだ。魔法使い、しかも大量殺人犯としてニュースを騒がせたこともあるシリウスがやってきたら、ハグリッドがやって来た時以上の驚愕がもたらされるだろう。

 

 なにせ昨年の夏休み、ハリーは伯母を風船のように膨らませてしまったのだ。

 向こうがハリーの両親を散々に侮辱したからという理由はあるが、事を収めてくれたファッジ大臣の話では、ダーズリーおじさんは相当に怒っていたらしい。

 

 だが、魔法を極度に恐れて嫌悪しているダーズリーたちのことだ。今はまだ、ハリーは未成年であるため学校外で許可なくマグルの前で魔法を使うことができないが、シリウスの名前を出してその存在を出すことができるのならば、それだけで大きな助けになるだろう。

 

 それに、今年はあの家に長く居なくて済む予定があった。

 

「それに今年はとっておきだぜ!」

「なにがだよフレッド?」

 

 フレッドがにやりととびっきりの悪戯に成功したときのような顔をして、ロンが尋ねた。

 

「あの惨劇の期末試験をくぐり抜けた勇者にのみ与えられる栄光。魔法世界への大冒険だ!」

「それじゃあ君たちも受かったんだね?」

 

 ジョージの言葉にハリーが尋ねると、二人に加えてジニーも首肯した。

 一方で受講していなかったロンがとびっきり顔を顰めた。 

 

「サクヤの話だと、なんか魔法世界の方じゃ、丁度でっかいお祭りをやる時期らしいぜ」

「出発は2週間後だ! お近づきの印を用意しとかなきゃな!」

「二人とも! 研修はホグワーツを代表していくのよ!」

 

 フレッドとジョージのはしゃいだ声につづいて、ハーマイオニーの怒声がコンパートメントを揺らした。

 

 諸々の事情から研修旅行は一度帰宅後、2週間の短い休暇を挟んで行われる。

 各国家の主要都市を見る、ほぼ、魔法世界一周の研修旅行。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 イギリスから離れたヨーロッパ大陸の某国。深い森の中に、死の瀬戸際にしがみつき生きる一人の魔法使いが居た。

 

 体を失い、ゴーストも同然の状態へとなってしまった“闇の帝王”だ。

 再起に臨んだ賢者の石は奪取に失敗し、しかもその際に不死の秘術である分霊を砕かれるという屈辱を味わった彼は、しかし別の分霊を核にして未だに生きながらえていた。

 

 ヴォルデモートにとって、分霊箱を破壊されるというのは想定の埒外の出来事だった。

 あの術に気づくほどの魔法使いなどいよう筈もないし、まして魂だけを砕く魔法が存在するということも想定していないことだった。

 

 砕かれた魂の代わりに、意識の本体となったのは、先祖の凋落した館 ――魔法族の古い名家“ゴーント家”の屋敷に隠した分霊箱だった。

 だが、魂こそ生きながらえているものの、それは以前よりもさらに不安定な状態へと堕ちていた。

 

 元々、分霊箱作成のために魂を複数個に引き裂いているのだ。

 しかもその状態で分けた魂の一部が砕かれているのだ。この世に魂を繋ぎ止める術にほころびが生じ、不安定になりかけていても不思議ではない。

 最早一刻も早く安定化のための依り代を用意しなければならない。

 魂のみという不安定な状態から、仮にでも体に定着させれば安定化するはず。

 

 だが杖も振れない状態ではどうしようもない。

 あの全てを恐怖で支配する“闇の帝王”の姿とも思えぬ有り様だった。

 

 だが…………

 

「よくやった、ソーフィン。我が忠実なる下僕よ」

 

 用意された仮初の肉体に入ることに成功したヴォルデモートは、主のもとへと参じ、頭を垂れている家来に労いの言葉をかけた。

 

「帝王。そのような仮初の器しかご用意できなかったことをお許し下さい。ですが……」

「ああ。俺様の真の復活には相応しい供物が必要だ」

 

 安定化のための肉体を得たことで、彼には真なる復活のための道筋を描くことができていた。

 まず必要なのは、本来の肉体を取り戻すための供物。

 

 相応しいのはやはり、かつて自身を打ち砕いた敵の血だ。

 そう、逃れることのできない“闇の帝王”の死の呪文から逃れただけでなく、帝王を死の際へと陥れた敵。

 

「手はずはお任せ下さい。すでに協力者も準備しております」

「ほう? だが貴様や、その協力者にホグワーツの結界やダンブルドアの忌々しい守りを掻い潜れるのか?」

 

 問題はそいつにはあの賢者の強力な守護が幾重にも巡らされていることだ。

 いかに“闇の帝王”といえど、あのダンブルドア相手に挑みかかるのは得策ではない。

 

「はい。すでに手の者が奴の懐に潜り込んでおります、帝王よ」

「なるほど」

 

 だが奴にも弱点はある。

 もっとも愚かで、致命的な弱点。

 

 人の善なる心とやらを信じる盲目さだ。

 

 どうやらこの魔法力に長けた下僕はそこを巧妙に弁えているらしい。

 

「あの城の守りも、落とす目処が立っております。あとは……」

「ならば、あとはあのハリー・ポッターの血さえ手に入れれば――――」

 

 闇の帝王

 ヴォルデモート卿の復活。その狼煙はイギリスから海を隔てた大陸の深い森の中、静かに上げられつつあった。

 

 密やかな企みの進行に、ソーフィンと呼ばれた魔法使いはにやりと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

【心遺すもの】

 

 

 

 

 一つの大きな戦いが終わりを迎えようとしていた。 

 無数の戦いの果て、苦行とも思える戦いの果てにようやく訪れようとする終。

 

 かつての赤い髪の英雄の物語が今、ようやく終わろうとしていた。

 

「くく、くはは、はははははは! 私を倒すか、人間よ。私に、終わりをもたらすか! 人の道を外れた英雄よ!」

 

 召喚した数多の魔物は“彼”の仲間によって抑えられている

 かつての英雄のなれの果ては、自らを滅ぼそうと立つ“赤い髪”の魔法使いを見上げた。

 

 

 

 かつての幼く、小さかった少年が追い求めた背中。

 ずっとずっと遠く、ずっとずっと追っていたその英雄と、かつての少年は対峙していた。

 

 数多の人の願いと、消え去るはずの運命を背負い、世界を背負い、救う決意を抱いて。

 

 

 傍らにはかつての英雄が救い、ただただ普通の幸福を願った少女が、傷を作りながらも立っていた。

 

「はい。終わりです……父さん……」

「…………ナギ」

 

 最早ここにいないことを知っているだろうに、それでもかつての少年は彼の名を呼び、そして少女は彼の名を呼んだ。

 彼の顔はすでに悲しみも、憐憫も乗り越えていた。

 

 かつての少年の傍にはたくさんの仲間が立っている。

 

 かつての英雄の友の娘、翼持つ半妖の剣士、半魔の射手、心を宿した絡繰りの少女、他にも多くの仲間たち

 

 そして…………

 

 かつての娘、そして彼を愛した少女も…………

 

 

 新たなる英雄には、勝利の喜びも、かつて追い求めた背においついた感慨のなく、ただ“神”だったものへと問いかけた。

 

「造物主さん。あなたは、なぜ……なぜ人造世界を創ったのですか? 貴方ほどの方ならば、いずれ魔法世界がこうなることも分かっていたはずです」

 

 いかに神の御業といえど、永久に続くものなどどこにもありはしない。

 だからこそ悠久とも思える時の果てに下りた絶望の帳。

 

 おそらくそれは分かっていたはずなのだ。

 

「くっ。たしかに、な。だが、ならばどのような手段があったというのだ?」 

 

 英雄の問いに答えるにはあまりにも棘があった。

 胸を僅かにさすその痛みに、思わず苦笑してしまうほどに。

 

「全ての者を救うために。私はどのような方法を選べばよかったのだ? 私にできたのは、せめてそれを求めた者たちに安息の地を与えることくらいだった。たとえいつかは消え去る幻だとしても、それだけが唯一の救いだったのだ」

 

 始まりの希望はもはやいったいなんだったのか霞の彼方に逝ってしまった。

 

 いつか自分と同じ想いを抱いた者がより良い世界へと導いてくれる。

 そんな希望を抱いていた時もあった。

 

「だから、私は不滅の存在となった。せめて、自らの眼で、世界の行く末を見守るために」

 

 だが現れなかった。

 1000年が経ち、2000年が経ち、それでも現れなかった。

 愛すべき泡沫たちは、互いに夢と現の境界を争うように停滞を続けた。

 

 先を託せる者は現れなかった。

 

 自分は――――諦めたのだ。

 

 

 その果てに得た答えだったのだ。

 

 “すべてを等しく、無かったことにする”

 かつて愛したモノを。

 守りたい、慈しみたい、そう願ったそのすべてを、安らかな夢の世界へと誘うことで、絶望や嘆き、いや、彼ら自身を消し去ろうとした。

 

「なら、なぜ、マスターを。エヴァンジェリンさんを不死にしたのですか?」

「ボウヤ……」

 

 英雄となった少年が問いかけた。

 傍にあるうちの一人。

 白金の髪と碧眼を持つ愛しい娘を思いやって。

 

「……貴様には分からんだろうよ……いや、今の貴様ならばいずれ分かるときがくる。永遠の孤独の苦しみが。寝て起きた時には誰も自分を知る者が居ない。その悲しみが」

 

 良かれと思い望んだ結末が、より残酷な結果をもたらすことなど、ありふれ過ぎている。

 これもその内の一つ。

 

 守ることを願い続けた生が。

 全てを終わらす為のものへと転じてしまったのだから。

 

 愛し続けることを願い、共にあろうとした夢が。

 憎悪をもたらし、決別をもたらしてしまったのだから。

 

「だからと言って、同じ苦しみをエヴァンジェリンさんに与えるなんて!」

「ボウヤ、もういい……」

 

「……孤独を与えたかったわけではない。私はただ、共に生きる存在を欲しただけだ。私の愛した、私のアタナシア」

 

 愛しい我が娘よ。

 幾星霜の果てに見えようともその顔はただただ愛おしい。

 たとえその内に宿る思い、私に向けられた思いに憎しみしかなくとも。

 

「あなたは――」

「もういいと言っているだろう!!」

 

 愛しかった娘が、視線を向けていた。

 その瞳にはなんの感情があるかも読み取れなくなっていた。

 

 あの時までの愛情。

 あの時の憎悪。

 あの時からの絶望と嘆き。

 

 今そこにあるのは、なんなのか。もはやそれは分からない。

 たとえそこに憐憫が混ざっているとしても。

 

「ああ。もう、いい。もはや、世界は私を必要とはしていないのだろう。そなたたちの、人の力で世界は変わる」

 

 悠久の時を経てきたというのに、まだ心残りはあった。

 いや、心残りが出来てしまった。

 

 せめて、変わり行くこの世界を、

 

 始まりの魔法使い()ではなく、人として見てみたい。

 

 そして、ようやく終わるこの苦しみからの解放を、どうか、涙を流すあの愛しい子にも……

 

 

「造物主さん。僕は、貴方を――――――――」

 

 

 

 

 




今回登場した下僕さんは原作ハリポタにもちょこっと登場しますが、設定はほぼオリジナルとなっております。

次回は外伝です。ナンバリングから外れる番外編ではなく、リオンでも咲耶でもない別キャラが主役になるストーリーの予定です。

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