いざ行かん研修旅行!!
日本、現在は麻帆良学園都市と呼ばれる都市の一角にある超巨大建築物内の会議室で会議が行われていた。
「――――以上が、公募により提案された民間エレベーターの新名称候補です」
議場にいる人たちは、議事進行役の言葉を受けて視線を手元に向けた。
各々が手元に現出させている電子ボード上に、幾つかの名称が浮かんでいる。
バベルタワー、太陽系開発推進塔、天柱、ラ・トゥール、アメノミハシラ、大黒柱…………
この春、民間開放した軌道エレベーターの新名称を決める会議だ。
現在は率直に“軌道エレベーター”という名前で呼ばれているが、民間に開放していく中で、より親しみある名前を民間から公募して検討しているのだ。
会議では合わせてこの軌道エレベーターが建築されている、麻帆良学園都市の名称も変えようという案も出されている。
会議の中心的人物であるネギにとって、この街は思い出深い街だ。
彼が初めてこの街を訪れたのは、まだ彼が数えて10になったころ。
修行として中学校の先生をすることになったのだ。
初めて訪れた日本のこの地で多くを学び、多くの仲間を得た。
追いかけ続けた父の手掛かりを見つけたのもこの地だった。
――麻帆良学園――
その名が入ったこの街の名前が変わることに思うところはある。だが感傷に浸って停滞している暇はない。
名前以外にも幾つもの重要な案件が会議では上がっている。
宇宙開発 ――ブルーマーズ計画の進捗具合。
魔法開示計画の進捗と、それに伴って起きる混乱について。
その日の会議が閉幕し、議場にいた人たちがそれぞれに解散していく中、ネギの周りに集まり、幾つかの追加の話を持ってきていた。
今や宇宙開発のみならず、ISSDAは世界にとって大きな影響を及ぼす機構となっているのだ。
農業、工業、情報に続く新たな産業革命を起こし得る事業となることが予想されている。その証のように、ネギの秘書の一人は魔法と科学の粋を集めたガイノイドのプロトタイプと言われており、生の人間など到底及ばないほどに優秀な秘書役となっている。
ネギのもとに集まった人たちを秘書の茶々丸がてきぱきとさばき、要件をまとめてネギへと繋げていた。
やがて人がはけるとネギは茶々丸と共に会議室を後にした。
部屋をでたネギは、そこに旧知の女性がいるのを見て、ぱぁっと微笑んだ。
「ネギ先せ……ネギさん。少しお時間よろしいですか?」
「夕映さん! いいですよ」
かつての教え子、そして…………
ネギは今では共に働く仲間の一人としばし話し込むことをした。
「イギリスの方のことです。向こうの魔法族と交渉が難航していると聞いたですが」
夕映は先年、急遽赴いた伝統魔法族との交渉進捗がかんばしくないことを尋ねた。
「ああ。そういえば夕映さんはあちらの学校で臨時講師をしたんですよね?」
昨年の魔法学校悪魔襲撃事件の話はネギも聞いている。
なにせあの学校には“リオン・スプリングフィールド”がいるのだから。
「ええ。次の夏も生徒の魔法世界行きの案内と護衛をする予定ですが……リオン君はやはり来れないですか?」
ネギの確認の言葉に夕映は頷きを返した。
今度の夏も、魔法生徒たちの研修旅行のための引率兼護衛としてその派遣が決まっているのだ。
かつてはとある魔法騎士団の仕事も務めたことのある夕映だ。他にも人員がいるのだから大概のことでは問題はないと思えるが、やはり“本来の魔法先生が来れない”というのは少し不安を感じることだ。
「ええ。イギリスにあるゲートは、ウェールズ、メガロ行きですから……裕奈さんたちにも依頼していますが、よろしくお願いします」
イギリスにあるゲートの行先はメガロメセンブリア。諸々の理由からリオンが行けない魔法の国だ。
正確には行けないことはないし、むしろメガロの重役たちからすると是非にも来てもらいたいくらいだろうが、だからこそ、リオンが研修旅行に同行すれば、“ドキドキ☆楽しい研修旅行♡”が一転、暗殺者や賞金稼ぎ、軍隊を蹴散らす“殺伐ライフを満喫☆修行だらけの大冒険!!”になってしまうだろう。
ということで、研修旅行には臨時講師の経験のある夕映とメガロから派遣される予定のエージェントたち数名がつく手はずになっているのだ。
「はい。任せてください。ああ、それと魔法開示の折衝ですが、そちらの方はどうですか?」
「そちらの方はフェイトに任せていますから、大丈夫だと思います」
夕映の懸念はもう一つ。
イギリスの伝統魔法族との交渉の進捗についてだ。夕映自身も、悪魔襲撃の調査と並行して、伝統魔法族の魔法世界に対する印象などを調べていたが、大きく見るとそれはあまり良好とは言えなさそうだった。
魔法世界に対して、というよりも伝統魔法族の中には身内以外に対して排他的思想に凝り固まっている魔法使いが多く存在するからだ。
懸念を口にした夕映に、ネギは安堵させるように笑顔を向けた。
「その通りだよ。イギリス魔法省の方との交渉の目処はたった」
「フェイト」「!?」
その安堵を重みづけるように夕映の背後から魔法省との交渉を終えたエージェントが声をかけた。
いきなりの声掛けに夕映がびくぅ! と反応して振り向いた。
「もっとも向こうの感じからするとまだ仕掛けてくることは十分に考えられる。気を付けておく必要はあるだろうね」
「やっぱり。そう簡単に進まないのは想定済みだよ。学校の方には今期の研修旅行と、来期には欧州の魔法学校の方からも――――」
ネギはすっかりフェイトと話し込み始め、夕映は苦笑した。
夏の予定から、“その後”の予定、派遣講師について。
「あ、すいません夕映さん」
「いえ」
しばしフェイトと話しこんでから、ネギははたと夕映を放置していることを思い出して謝った。
「夕映さん。魔法世界の研修旅行。大丈夫だとは思いますけど、気を付けてくださいね」
「はい!!」
第53話 いざ行かん研修旅行!!
茹だる様な熱気の中、ロンドン西部にあるパディントン駅を歩いていたハリーはもう一度確認のために通知の紙面に目をおとした。
『
集合時間:――月――日11時
集合場所:ロンドン・パディントン駅、くまの銅像前
期間:出発日よりこちらの地球時間に換算して1週間
本研修旅行はこちらの伝統的魔法族と魔法世界との交流、友好目的のための事業の一環として行われます。
そのため、集合して以降の旅費(移動費、滞在費)に関しては、すべて協賛企業、団体に支援されています。
期間は1週間、とありますがこちらの世界と魔法世界では時間の流れが異なります。また移動距離も多くなるため、荷物は最小限にとどめるように。
持ち物として杖、宿題、お小遣いは許可されますが、金銭に関してはゲートにて換金の必要があります。ペットに関しては、学校へ持ち込むものと同様のものに関しては許可されます。
研修中、希望者に関しては箒レース(クィディッチではない)への参加も認められるため、必要であれば箒を持っていくこと。
――――――――』
それ以外にもいろいろな諸注意が書かれている中から、場所と時間を再確認し、そして駅のホームを確認した。
ホグワーツへ行くときの9と3/4番線とは異なり、駅に入った程度では周囲に一見して魔法族と分かるような人は見当たらない。
なにせ人数が格段に少ないのだ。
研修旅行では3年生(昨年度の2年生)以上の精霊魔法試験合格者のみが参加の権利を得るのだが、その試験が惨劇とまで評されているものなのだから、全員を合わせても30人程度でしかない。
その上、手紙には“非魔法族(マグル)の旅装にて集合すること”と念押ししているのだ。行事参加もあるため制服も持ち物リストには入っているが、今はトランクの中だ。
もっとも、残念ながらハリーは、見た目を変えずにトランクの容量を拡大するような呪文を習得していないため、どれだけ荷物を少なくしたところで、箒を入れることはできずに、マグルの姿には成りきれていないが。
ただ、箒に関しては譲れなかった。
昨年シリウスから贈られた(その時は知らなかったが後で手紙で知らされた)最高級の競技用箒――ファイアボルトだ。
魔法世界でどんな箒と乗り手が居るかは分からないが、少なくともこのファイアボルトに勝る箒はないものだと考えていた。
いつもの魔法界行きとは異なる駅の中を駅構内の地図を見ながら目的地を目指した。
3年前、初めてキングスクロス駅を訪れたときは9と3/4番線への行き方が分からず、運よく一緒になれたウィーズリー家の人たちに教えてもらったが、今回は純粋にマグルにも分かる待ち合わせ場所だ。
集合場所にはすでに何人かの見知った顔があった。
「ハーマイオニー! ジニーも、元気かい!」
「こんにちはハリー!」
「ハリー! 私すごく楽しみで……まあ! ハリー!! あなたなんで箒をむき出しにしてるの!? 手紙にはちゃんとマグルの旅装でって書いてあったでしょ!」
二人に挨拶をすると、ジニーは少し気恥ずかしそうに顔を赤くして、それでも去年一昨年ほど茹蛸にはならずに可愛らしく挨拶を返し、ハーマイオニーはワクワクと興奮した様子から一転、ハリーの旅姿に別の意味でテンションを上げた。
「仕方ないだろ。ファイアボルトを折ることなんてできないんだから」
ハリー自身はマグル育ち、つまりマグルの視点から見て、今の自分がどれほど不格好で奇妙なのかは分かっているが、譲れないものは譲れない。
ハーマイオニーはハリーから箒をひったくると、自分の持っていた小さなバックの中にぽんと放り込んでしまった。
どう見ても体積が一致しないにもかかわらず、ハーマイオニーのバックからは箒の柄どころか枝すら出ていない。
「どうやったんだい、それ?」
「検知不可能拡大呪文よ。あらかじめかけておいたの」
目を丸くして尋ねるとハーマイオニーがあっさりと答えてくれたが、きっとその呪文は答え程あっさりしていないと断言できる。
少なくともハリーには、そんな呪文を習った覚えはない。――もっとも、ハリーが聞き逃している多くの授業の中で登場した可能性は否定できない。
見ればジニーの鞄もハリーほどは大きくはなく、おそらく彼女の荷物にも同様の呪文がかけられているのだろう。
周囲を見て、ハリーは他にも友人がいないかを確かめようとした。
やはり精霊魔法を受講していなかったロンの姿はなく、少し胸がうずくような感覚を覚えたが、仕方ないことだろう。
「ハリー!!」
不意に、ハリーは聞き覚えのある男の人に名前を呼ばれた。
その声は耳に馴染むほどには聞きなれていない、しかしこの数週間ずっと聞きたいと思っていた声。
「シリウス!!?」
呼ばれた声に振り返って見た先に居たのは、シリウス・ブラック。
ハリーの後見人にして、父の親友である人だ。
シリウスは嬉しそうにハリーに近寄ると、ぎゅうと抱きしめて親愛を示した。ハリーは目をぱちくりと瞬かせ、しかし感じる温もりが確かなものであることを知るとぐっと力をこめて抱き返した。
「シリウス。どうしてここに? 裁判は?」
体を離したシリウスを見ると、この前会った時にあった伸び放題の髭や髪が切られており、骸骨のような姿はかなり改善されて見えた。
嬉しそうな笑顔はハリーが持っている父と母の結婚時の写真に写る、ハンサムな花婿付添人の姿に近くなっていた。
「裁判は順調さ。今回はダンブルドアと魔法省が今回の引率役に私たちを指名したんだ。牢獄暮らしのお詫びのバカンスってところだ」
ハリーの質問に、シリウスはにやりと笑って答えた。
12年続いた冤罪。その対価として、普通の魔法使いではどれだけ家柄やお金があっても――それこそ今回嬉しいことに参加していないマルフォイ家であっても、行くことができない魔法世界への旅行券は少しでも慰めになるものなのだろうか。
それよりもハリーは、シリウスとの思いがけない早くの再会が跳び上がるほどに嬉しく、胸に迫る思いだった。
「元気だったか、ハリー? かなり背が伸びたじゃないか。けどどうした? 前よりも随分と痩せているように見えるぞ」
「あー、うん。いとこがダイエット中でそれで最近は僕もダイエットに巻き込まれてたんだ」
まだ十分に牢獄生活で細くなった体つきが戻っているとはいいがたいシリウスの言葉に、ハリーは少し苦笑しながら答えた。
この夏休み、いとこのダドリーは、ついに ――あまりにも遅きに失したように思えるが、学校の校医からその豚のような体格が目に留まりすぎてダイエットを行うように勧告されたのだ。
ダドリーを溺愛するおじさんとおばさんは、学校に対して散々に不平不満を喚き散らしていたが、ダドリーが着られる制服の規格がないという歴然たる事実の前にはいかなるクレームも抗することができず、ダドリーのダイエットを行うこととなってしまったのだ。
災難なのは、ダドリーの喚く不満を少しでも弱めるために一家総出でダイエットに狩り出される巻き添えを喰らったうえ、ヒエラルキーを示すためにとりわけ少ない食事しか与えられなかったハリーだろう。
だがそんなダイエット生活とも、一足先にお別れだ。
そしてハリーはシリウスの言葉と、後ろで微笑むもう一人の見知った顔に驚きを覚えていた。
「私たちって、もしかしてルーピン先生もなんですか?」
もう一人の魔法使い。
こちらはこの前に別れたときよりも一層みすぼらしい格好に見えるリーマス・ルーピン先生だ。
正確には“元”先生であり、ルーピンも苦笑しているのだが、それでもハリーにとってルーピンは紛れもなく最高の先生なのだ。
「ああ。私はスプリングフィールド先生からの推薦だ」
ルーピン先生は少し居心地悪そうに答えた。
その顔には、その推薦を彼自身が納得して受けいれているわけでないのがうかがえた。
ルーピン先生は人狼の魔法使いだ。
昔人狼に噛まれてしまい、その呪いから満月の夜には理性を失った狼として人に害をなす存在となってしまう。
昨年は脱狼薬という魔法薬を服用することによって教職を果たしていたが、一度大きな失敗からハリーやハーマイオニーたちを危険に晒してしまったため、自ら職を辞したのだ。
ゆえに、あのスプリングフィールド先生の推薦には、彼が何を思って推薦したのかも分からないこともあって、ひどく悩ましい思いがあるらしい。
だがルーピンにとって悩ましくも、父の親友の一人であり、好ましい先生に引率してもらえるというのはハリーにとって喜ばしいことだった。
ハリーたちが話をしていると段々と人が集まってきた。
ハリーの友人のネビルやジニーの友人のレイブンクロー生。グリフィンドールの後輩はカメラを構えてわくわくを抑えていなかった。
そして
「ハーミーちゃん!!」
「わぷ。元気そうねサクヤ。それに……お久しぶりです、セタ先生」
ハッフルパフの咲耶がハーマイオニーを見つけて嬉しそうにハグしに突撃してきた。
一緒に来ているハッフルパフ生たちも咲耶の洗礼はすでに受けたのか、生暖かい顔で咲耶の抱き付きを見ており、その横では一昨年臨時講師をしていた瀬田夕映先生が苦笑していた。
ハーマイオニーは友人との抱擁を交わしてからひっぺがすと、元先生へも挨拶を述べ、瀬田先生は軽く挨拶を返した。
「スプリングフィールド先生と一緒ではないの、サクヤ?」
「うん。今回はリオンは来うへんのよ」
「えっ!?」
ハーマイオニーは周囲に咲耶の保護者役である魔法先生が居ないことを訝って尋ねるが、返ってきた答えにハリーたちともども驚きの声を上げた。
たしかに無愛想で恐い先生ではあるが、一番ホグワーツと接点のある魔法世界の魔法使いがあの先生なのだ。それが引率しないというのはハリーたちにとって想定外の出来事であろう。
「諸事情があって、リオン君は今回の研修旅行に帯同できないのです。そのため今回は私と、数人のエージェントが引率として派遣される手はずになっているのですよ。――――貴方がたがホグワーツと、魔法省から派遣された引率者の方ですね?」
ハーマイオニーたちの疑問に答えるように夕映先生が答えた。後半はシリウスとルーピンに確認するように問いかけた。
夕映の問いにシリウスとルーピンは一瞬お互いに顔を見合わせ、その一瞬でルーピンが対応することを決めたらしく肯定の言葉を返した。
「リーマス・ルーピンです」
「シリウス・ブラックだ」
「ISSDA所属、“白き翼”の夕映・瀬田です。どうぞよろしく。残りのメンバーは最後の手続きを……ああ、来たようです」
互いに自己紹介をかわした後、夕映先生は近づいてくる仲間を見つけた。
ハリーたちも夕映先生の視線の先を見ると3人の女性が近づいて来ていた。
咲耶よりも短い黒髪を肩ほどに伸ばしたサイドテールの元気そうな女性。
さらさらの金髪をおろした気の強そうな女性。
そして赤い髪を二つに分けて結んでいる女性。
三人ともキッチリとしたスーツ姿で、マグルの会社に勤めていると言われてもおかしくない格好だが、たしかに一般的な魔法族よりも、そしてボロボロの服装のルーピンと比べてもマグルらしい服装だ。
その中の一人が、ホグワーツ側の引率者と挨拶をするつもりなのかルーピンとシリウスへと歩み寄った。
「初めまして。イギリス魔法族の方々ですね」
三人の中で一番性格がキッチリとしてそうな金髪の女性だ。
赤髪の女性は一歩引いたところでぺこりと頭を下げ、黒髪の女性はにかっと笑って咲耶に小さく手を振った。
「ミスター・ブラック。ミスター・ルーピン。こちらメガロメセンブリア――魔法世界の第1目的地の国から派遣されたエージェントの高音さんと愛衣さん、そして裕奈さんです」
「初めまして。高音・D・グッドマンです。今回はよろしくお願いします」
夕映が二人にエージェントたち、高音、愛衣、裕奈を紹介し、3人を代表して高音がルーピンとシリウスに挨拶をした。
引率者同士の話し合いを始めた大人たちを他所に咲耶たちもそれを横目におしゃべりをしていた。
「スプリングフィールド先生来れないの?」
「うん。リオンはイギリスにあるゲートを使えへんから」
フィリスの質問に咲耶は頷いて返した。
ほんのり寂しいが、学期中に本人からも同行できないことは聞いていた。
「それだけじゃないけどねー」
話していた咲耶たちに、明るい声がかけられた。咲耶たちが振り向くと、エージェントという女性たちの中の一人、先程咲耶に手を振っていた女性が快活そうな笑顔を浮かべていた。
「裕奈でいいよ。木乃香の娘さんの咲耶ちゃんでしょ?」
ちょっとおっかなびっくり、といった表情の咲耶たちに女性 ――裕奈は気さくに告げた。
「リオン君が居ないからいつもよりは戦力落ちるけど、ま、その分は人数でカバーするからよろしくね」
裕奈が近衛咲耶とコンタクトをとったのを夕映は確認して、小さく微笑んだ。
咲耶の母と友人である夕映同様、彼女もかつて咲耶の母とクラスメイトであり、
どちらかと言えば、最近
夕映は意識を裕奈たちから高音たちのやりとりの方に戻した。
「それでは生徒が集合、点呼の後に移動を開始します。列車の方は――――」
目的地はウェールズ。
イギリス国内ではあるが、こちらの伝統的魔法族の常套的移動手段である煙突飛行は使えない。
目的地であるウェールズの村は、従来伝統魔法族と距離をおいていた魔法世界の魔法使いが多く住む村だからネットワークに組み込まれていないのだ。
そのため移動は非魔法族――マグルの鉄道網を使うこととなり、それがために生徒には周囲に溶け込める服装であることを通達したのだが……
不意に高音や夕映は視線をルーピン達からそらした。
「ェヘン、ェヘン」
そのタイミングに合わせたかのように、ルーピンたちの耳に、これ見よがしとばかりにわざとらしい咳ばらいが聞こえてきた。
視線を向けると、ふっくらとした女性、短くくるくるにカールした巻き毛の魔女が、なんとも周囲から浮いたけばけばしいピンクのカーディガンと帽子をかぶってこちらを向いていた。
キッチリとしたスーツ姿の高音たちは言うに及ばず、ボロボロの服装ではあるがなんとかマグルらしく偽装しているルーピンやセンス良くフィットした服装のシリウスの行いを台無しにするような奇天烈な格好に、高音は眉をしかめた。
ルーピンとシリウスもハッとしたように表情を変え、次いで苦々しく顰めた。
ピンクのまるっこい女性は、あからさまにお呼びでないという視線を受けているにも関わらず、にたにたとした笑みを顔に貼りつけたまま高音たちに話しかけてきた。
「初めまして、みなさん。わたくし、イギリス魔法省より今回の子供たちの旅行を引率するよう任されました、魔法大臣上級次官のドローレス・アンブリッジです」
年齢を間違えたように甲高く甘ったるい少女ちっくな声がにたにたと微笑む女性から話され、聞いてもいないのによろしくと自己紹介を行った。
アンブリッジ、という名にルーピンの顔が一層険しくなり、高音は魔法大臣上級次官、という肩書にぴくりと反応した。
彼女の今回の任務は旧世界英国の伝統的魔法族の魔法世界旅行の引率と護衛だが、だからといって現地の魔法族の管理者である魔法省を無視して良いと言うものではない。
だが
「任された? 愛衣?」
「えーっと、今回の申請リストには無かったと思い……はい、ありません」
高音は訝しげに、近くに控えていた愛衣に今回の魔法世界行きの同行者のリストを確認するように促した。
愛衣は戸惑いがちに答えながら、携帯端末で情報を確認し、そこにそのような役職の人物もアンブリッジなる人物の名前もないことを確認した。
「失礼ですが、今回の研修では事前に人物の査定を行ったうえで、世界間移動の許可を受けた人物しか行くことができません」
融和政策をとっているとはいえ、それでも魔法世界に行くのは本来気軽にできるものではない。特に元々魔法世界と縁故のない現実世界人が訪れるのは非常に煩雑な手続きが必要なのだ。
「あら。おかしいですわね。わたくしが見た所、あなたがたが許可したという人物には、我が国を代表する資格が著しく欠けていると思いますのよ」
至極真っ当な意見を返した高音に、アンブリッジはまるで困ったちゃんの言葉を聞いたかのように返した。
その口調はどう聞いても高音たちを侮っている風にしか聞こえない慇懃無礼とした言葉遣いだ。
「彼らはホグワーツ学校長と現在関西呪術協会がホグワーツに派遣しているリオン・スプリングフィールドがそれぞれ推薦した代表の―――」
「ェヘン、ェヘン」
時間的にもあまり煩わされたくない頃合いだ。高音は逆撫でされる神経を無理やり押し隠して返そうとするが、アンブリッジはそれをわざとらしい咳払いを再びすることで遮った。
「考え違いをされておられるのかもしれませんが、我が国を代表するのは、学校長ではなく魔法省の大臣ですのよ?」
にたにたと笑うその笑顔と言葉に、高音は、いや彼女だけでなくルーピン達もアンブリッジ上級次官の狙いが、単に撹乱、もしくは嫌がらせをして“旅行”にケチをつけるのが目的だと気づいた。
高音たちは、この旅行が次のステップ、つまり新旧の魔法族の融和のためのイメージ戦略であると捉えており、この上級次官とやらは旅行の出始めでこのようなパフォーマンスをすることでケチを付けているのだ。
「我が国を代表して、大切な子供たちを引率する大人が、一人は脱獄した犯罪者で、もう一人は半獣では、我が国が恥をさらすようなものですわ」
アンブリッジはちらりと決定している引率者たちを見遣り、あからさまに侮蔑の視線を投げると自分こそが代表だと主張した。
高音もこの女性の一々癇に障る言い方に苛立ちを覚えはするものの、聞き捨てならない言葉が混ざっていることに反応した。
「犯罪者……?」
「違う!!」
訝しげに高音が返すと、アンブリッジはにまぁと笑みを濃くし、聞こえていたのだろう、ハリーが声を上げてそれを否定した。
口を挟もうとしていたシリウスとルーピンは、ハリーの剣幕と言葉にハッとしてそちらを見た。高音たちもハリーに視線を向けると、ハリーははっとして少しトーンダウンした。
「あ、いえ、違います。シリウスは冤罪で12年も捕まっていたんです!」
「ェヘン、ェヘン」
大人たちから視線の集中を浴びてハリーは退きかけたが、シリウスへの侮辱と、撤回されたはずの濡れ衣をまた被せようとしていることに反発の心を湧き立たせて主張した。
だが、すぐさまアンブリッジはわざとらしい咳払いで注意を自分に戻そうとしてきた。
「いいかしらボク? その件に関しては、改めて調査中なのよ。そしてそこの男には、脱獄したという明らかな犯罪歴があるの」
ハリーはアンブリッジの甘ったるく幼児にでも言って聞かせるような言葉に目を吊り上げた。
そもそも冤罪なんてせずにちゃんと調べていれば、ペティグリューがホグワーツに潜り込むことはなかったし、シリウスが脱獄するなんてこともなかったのだ。
「その脱獄の件ですが――」
言い返そうとしたハリーだが、その間に割って入るように高音が感情を押し殺したような声で口を挟んだ。
「ダンブルドア校長、および国際魔法力部の方から、野放しになっていた真犯人の検挙への貢献、および彼の被後見人の安全確保のため、英国魔法執行部が超法規的措置を適用したと伺っております。――そして彼自身、優秀な魔法使いであるとも聞いております」
高音にとって、このようなことに横やりが入るのは予定外ではあっても、想定外ではない。
なにせ前交渉していたISSDAのネゴシエーターからして、色々と受けていたらしいのだから。
一応話はまとめたらしいが、この数週間でまたなにか色々とイギリス魔法省内でパワーバランスの変化が起こったのか。まさかこの上級次官さんの独断行動ではあるまい。
高音の返しにアンブリッジは一瞬、鬱陶しそうな表情をしたが、すぐさまそれをにたにた笑いで覆い隠した。
「あらあら。それでは半獣の件もかしら? 魔法大臣は、人狼というとっても危険な存在を魔法世界に持ち込むことを危惧されていると思いますことよ?」
「人狼…………?」
ハリーはぶん殴ってでもこのガマガエルのような魔女の口を閉じさせたいと思い始めていた。
よりによって生徒が集まり始めて注目されてきているこの状況で、ルーピン先生のことを暴露するなんてことをしでかすとは。
案の定、ハーマイオニー以外の生徒たちからは困惑したようなざわめきが広がっており、魔法世界側の魔法使いたちも困惑して……
「人狼種なんですか!?」
「メイ」
「はひっ!」
……いなくて、なんだか一名やけにハイテンションで何かを期待するようにルーピン先生を見て、仲間に咎められていた。
「先生は!」
「エヘン! エヘン!! お嬢ちゃん? 今は大人の話をしているの。少し黙っていてちょうだい。それからそこの半獣は先生ではないのよ」
ハーマイオニーが声を大にして言い募ろうとするが、アンブリッジは甘ったるい声をやめて睨み付けていらいらと吐き捨てた。
ハリーにとって、シリウスは犯罪者でもなければ、ルーピンは最高の先生だ。それを侮辱されてハリーは怒鳴り返してやろうとして、それを制するように夕映先生がハリーたちの前に腕を掲げた。
「……見た所、彼は獣化を制御しているように思えますが?」
「あらあら? これは失礼。異世界の方はそんなこともご存じなかったのね」
真剣な顔をして話す高音とニタニタ顔をひっこめずに揶揄するように話すアンブリッジ。周囲の生徒たちはちらちらと恐れるようにルーピン先生を見つつも、二人の会話を聞いていた。
「人狼は満月の夜に本性を顕すの。野蛮な獣になって子供たちに牙を向けるなんて危険なことをするのよ」
魔法世界の魔法使い、といってもなんてことはない。というのを吹聴するかのようにあえて小馬鹿にしたような口調で人狼の特徴を教えて差し上げるアンブリッジ。
高音はそちらは適当に流して、ちらりと鋭い視線をルーピンに向けた。
「制御は、できていないのですか?」
「コントロールできるようなものでは、ないので……」
ルーピンは申し訳なさそうに肯定した。
アンブリッジはこれ以上ない程に気味の悪い笑みを浮かべているのをハリーは見た。
「お分かりになりましたかしら?」
勝ち誇ったような笑みを浮かべるアンブリッジ。
半獣などを魔法世界に連れていくくらいならば、上級次官である自分を連れていく方がはるかに筋が通っている。
よからぬことを企んでいるこの魔法使いたちが、子供たちに良からぬ影響を与えることを監視して、魔法大臣に報告を行う……
「なるほど。納得いきました」
「でしたら――」
「だからあのリオン・スプリングフィールドが推挙したのですね」
つもりだったのだが、相手はなにやら別の意味で納得してしまったらしい。
「リオン・スプリングフィールドからは、引率者としてよりも、個人として彼に魔法世界を体験させてほしいと言う風に伺っております」
「なっ!?」
正直なところ、高音もこの人選にはあまり得心していなかったのだ。
リオン自身が来られないのは、まあ彼とメガロの――正確にはメガロ上層部やゲーデル博士との関係を考えれば無理からぬことだが、なぜ彼が推薦したホグワーツ側の引率者が、前年に退職した先生だったのかということだ。
魔法世界の魔法に対して寛容であり、イギリス伝統的魔法族特有の特権階級意識が薄く、日程的に体力があって、荒事にも対応できる魔法力を持っている人物。
たしかにリーマス・ルーピン、シリウス・ブラックという二人の魔法使いは見た感じその条件には合致していそうだ。
だが、退職した先生を推薦したというのはなんらかの意図を感じさせるには十分だ。
要注意生徒の一人“ハリー・ポッター”の後見人であるシリウス・ブラックを学校長が推薦したというのはまだ分かる。
そしてリオン・スプリングフィールドが推薦したリーマス・ルーピン、彼についても読めてきた。
「ミスター・ルーピン。誤解のないように先にお伝えしておきますが、魔法世界も決して亜人に対しまったく差別のない世界ではありません。ですが、人口の大半が亜人である魔法世界を見ることは、貴方にとっても有用だと思います」
高音はルーピンの方を向いて告げた。
魔法世界には人狼だけではない、亜人種があふれているのだ。むしろ純粋人間など5%程度しかいないのだから、それであたふたしていては今から身が持たない。
周囲の生徒たちも、そして“ルーピン本人も”。
「獣化の制御に関しては、こちらの裕奈が対獣化・精霊化のエキスパートです。彼に関してはこちらで責任を持って、安全を保障します」
高音の紹介に裕奈はウィンクして応え、アンブリッジは実に忌々しそうな視線を彼女たちに向けた。