春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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いざ行かん、魔法世界へ!!!!

 ガタンゴトンと揺れる列車の中、ホグワーツの生徒たちは心配そうに車両の出口の方をチラ見していた。

 安全上、そして今現在は魔法を秘匿する必要から、生徒たちの精神衛生上、車両一つを貸し切っての鉄道旅だが、生徒たちの現在の心配事は、開始早々に暴露された引率の魔法使いの重大事項だ。

 

 前学期をもって“闇の魔術に対する防衛術”の職を辞職したルーピン先生が人狼であったということ。

 

 ルーピン先生は前年度多くの生徒に人気の授業を行った良い先生ではあったのだが、人狼に対する恐怖は大きく、満月までにはまだまだ先のある日の昼の今でさえ、生徒たちの多くは不安そうにささめきあっていた。

 

 そんな生徒たちをハリーは不機嫌そうに顔を顰めて見ており、ハーマイオニーはそんなハリーを心配そうに見ていた。

 

 

 

 第54話 いざ行かん、魔法世界へ!!!!

 

 

 

「ルーピン先生!」

 

 対魔獣封印術式を施すために席を外していたルーピンと裕奈が戻ってくると、多くの生徒は恐々と先生を見つめ、ハリーはルーピンに駆け寄った。

 見た所大きな変化はなく、ルーピンは過剰なハリーの反応に苦笑しているほどだ。

 

「大丈夫だよ。ちゃんと封印しておいたから」

 

 その横から、術式を施した裕奈が言い、ルーピンは左の袖をまくって腕を見せた。そこには5本の黒い線がぐるりとタトゥーのように入っている。

 

「1本が1日。今日かけた分で5日分です。満月の時以外は大丈夫だとは思いますけど、心配なようなら印が全部消える前に言ってくださいね」

 

 ハリーが問うように裕奈を見ると、彼女は施した封印術式のことを改めて念押しするようにルーピンに言った。

 獣化禁止術式。

 裕奈の特性からくる得意系統だ。

 

「それがあれば。ルーピン先生の体質は治るんですか?」

 

 今の所見た目は変わらないが、ハーマイオニーはややの驚きと好奇心から尋ねた。

 少なくともイギリス魔法界における伝統魔法では、人狼になった人を治し、それを抑制する術はない。

 唯一、近年開発された脱狼薬によってのみ、獣化は防げずとも理性を保たせることはできる。

 

 だが、それは人狼という種族が忌避される欧州だからこそとも言える。

 闇の魔法生物を使役する術法に長けた日本では人狼 ――狗族を制御する術は確かに存在する。

 ただし、それは治すものではないし、封じるというのは人狼としての特性のみだけではない。

 

「んー、治るわけじゃないんだよね。封印術式だから、魔力の一部とか本来の力も一緒に封じちゃってんの。だから自分で制御できる方がいいよ」

「制御する方法があるんですか!?」

 

 封印術式は完璧ではないし、できるのならば制御できる方が断然いい。

 だが、それはハリーたちにとって思いもよらぬアドバイスだったらしく、ルーピンもまた目を丸くして裕奈を見た。

 

「どうなんだろ? 知り合いに人狼種の人がいるけど、その人は制御してるみたいだよ、ね、愛衣さん?」

 

 裕奈は知り合いの狗族の男性を思い返して、そして先程から人狼の彼を気にしている友人にニンマリとした笑みを浮かべて尋ねた。

 

「はい!? え、あ、えーっと……」

「小太郎君は狗族とのハーフなので、先天的な能力です。調べたところ、そちらの方の人狼体質は後天的な呪い、強制的な転生呪といったところのようです。制御方法がまったく違うというわけではないと思うですが、同じというものでもないと思いますよ」

 

 水を傾けられた愛衣はあわあわとテンパって赤い顔をし、代わりに夕映が答えた。

 

 正確にはルーピンのような人狼の獣化と、彼 ――犬上小太郎の獣化は別のモノだ。

 分類するならば、どちらも亜人、獣人となるのだが、小太郎は生まれつきの人狼――狗族のハーフであり、ルーピンのそれは後天的な人狼化だ。

 人から亜人への変化。それは最早、転生と言ってもいいだろう。

 そして転生により変化した特質を制御するのは並大抵のことではない。

 

「転生による能力を制御した症例は非常に報告例が少ないようです。ただし、私たちが知り得る限り、一人、それを為した“人”を知っているです」

「治した人が居るんですか!?」

 

 夕映の言葉にハーマイオニーたちが驚いてまじまじと先生を見た。

 

「治療ではなく制御です。その呪いは、本人が一番分かっているとは思いますが怪我や病気とは違います。魂魄からの転生ですから根治することはまずないでしょう」

「…………」

 

 分かっていても、違う魔法を操る者たちにもはっきりとそれを口にされてルーピンはほんのりと痛みをかむように微かな苦笑を浮かべた。

 

「それこそ、世界最高の治癒術士でも無理でしょうね」

 

 かつて一人の魔法使いが、人からより上位の存在へと転生を果たした。

 だがそれはあまりにも危険な行いであり、正面からぶつかったとしても制御することは極めて困難な事象だったのだ。

 

 文字通りの死を乗り越え、取り返しのつかない代償を支払って、制御するに至ったのだ。

 転生の呪いということは、治療という治す術では意味がない。

 

 いかに世界最高の治癒術士、近衛木乃香といえどもおそらくルーピンの人狼の呪いを解くことは不可能だろう。

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 開始初っ端からの旅の動揺はルーピンの狼化に対する処置が一応保障されたことで、ひとまずの落ち着きを見た。

 ただやはり人狼を暴露されたルーピン先生に話しかけることは気軽にはできないようで、ハリーやハーマイオニー、そして彼らと親しいジニーやウィーズリーの双子らが積極的にルーピンとシリウスと話していた。

 

 その様子と、やはり旅の雰囲気に車内は次第に楽しげなおしゃべりで満ちていった。

 

「裕奈さんもお母様の友達なんですよね?」

「そだよー。まあ、私よりゆえ吉の方が接点は多かったけどね。同じ部活だったし」

 

 

 咲耶は引率者の一人、ルーピンに封印術式を施した裕奈と話をしていた。

 護衛の任務も兼ねている裕奈だが、彼女自身探知能力にはそれほど優れていないし、この場には“影の精霊”を使役して知覚を広げられる高音や術式の豊富な夕映が居る。

 どうやら何かを感知したらしく、高音はそちらの対処にかかりきりになっているが、さしあたって裕奈にできることはない。

 このメンバーにおける裕奈の役目は探知・警戒とは異なる。

 

 

「あ、それは聞きました。図書館探検部ですよね」

「そうそう。私は体育会系だったからね。このかとガッツリ仲良かったって言ったらやっぱ刹那さんとアスナだね。二人はよく知ってるでしょ?」

 

 以前夕映先生から聞いた話もあって、咲耶はわくわくとしながら母の昔話を聞いた。

 裕奈はあっけらかんとした口調で微笑みながら答えた。

 

 咲耶の母 ――近衛木乃香の二人の親友。

 その二人とは咲耶も会ったことがある、どころか大変にお世話になっている人たちだ。

 母と本契約を交わした翼ある剣士と、新旧両世界の融和の象徴たる魔法の国の女王さま。どちらも優しくて強くて綺麗な、咲耶にとって母とは別種の憧れの人たちだ。

 

 母と共に行動している刹那はともかく、某国にて女王さまをやっている明日菜とは、この旅行中にももしかしたら会う機会があるかもしれない。

 

 わいわいと楽しそうに話している咲耶と裕奈の周りには、フィリスやリーシャたちもおり、話しに参加していた。

 

「少し気になったんですけど、愛衣さんて妙にルーピン先生意識してません?」

「あー、あれねー……」

 

 フィリスは、出会ってすぐの時から、具体的にはルーピン先生が人狼であることを暴露されてから、妙にちらちらと視線を向けている引率の女性の事が気にかかったようで尋ねた。

 裕奈はその質問にちらりと愛衣に視線を向けた。

 そして少し離れた位置に座っている愛衣に“聞こえるように”こっそりと少女たちに恋バナでもするように告げた。

 

「愛衣ちゃんはね、初恋の相手が狗族のハーフだったから、ちょっと人狼って聞いてルーピンさんのこと意識しちゃって――」

「ゆゆ、ゆうにゃしゃんっ!!!」

 

 あからさまに聞こえてきた自分の恥ずかしい過去()の暴露に、愛衣は顔を真っ赤にして声を上げた。

 あわあわと裕奈の暴挙を止めようと駆け寄ってきた愛衣を軽くあしらい、少女たちとの愉しいお話は続けられた。

 

「ク族? さっきユエ先生が言ってたコタローって人ですか?」

「そうそう。まあ戦ってる時の小太郎君もかっこいいからね~。リオン君も相当だけど、小太郎君だって今じゃ、最強クラスの一角だし」

 

 リーシャは、先程夕映が言っていたことも思い出して尋ねた。

 ク族のコタローという人がどういう人(?)かは分からないが、どうやらこの人たちは人狼とよく似た種族に対して、嫌悪を抱くどころかむしろ好ましい感情すら抱いているらしい。

 そして裕奈の答えは、幾つかの意味で驚きのものだった。

 

「スプリングフィールド先生って魔法世界でも強いんですか?」

 

 たしかに、あの先生がとても強いのは知っている。一昨年の悪魔のことにしても、昨年のディメンターのことにしても。

 だが、それと比較する魔法世界の魔法使いのことはよく分からないのだ。

 

「そりゃ強いよ。多分世界でも十指には入るんじゃない?」

「え!?」

「若手世代じゃ間違いなくダントツで飛び抜けてるだろうね」

 

 あっさりと告げられた評価に、クラリスもぴくりと反応を示し、フィリスたちはあんぐりと口を開いた。

 

 裕奈の言う世界、という括りに果たして自分たちの居る世界が含まれているのかは分からない。 

 だが、含まれているとすれば、それはあるいは、イギリス魔法界屈指の魔法使いと言われるダンブルドアにも伍するかもしれない可能性があると思えたからだ。

 

 

 列車は進む。西へ、西へと。

 そして…………

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 ウェールズ・ペンブルック州にて

 駅から離れ、一行は緑あふれる雄大な自然に囲まれた村へと到着した。

 ホグワーツ特急ほどではないが、それでも長時間の移動で凝り固まった体をほぐすように生徒たちの何人かはぐぐーと伸びをし、自然の香りを吸いこんでいた。

 

「ウェールズは初めてだな。ここに魔法世界行きの駅があんの?」

「駅じゃなくてゲートよ、リーシャ。授業でスプリングフィールド先生が言ってたでしょ」

 

 初めて訪れたウェールズの牧歌的な風景にリーシャはのほほんとあたりを見回し、フィリスはやや呆れたようにツッコみをいれた。

 

 魔法世界とは地理的な距離ではなく、異界に存在しており、通常の移動手段では決して辿りつけない。その往来の為の特殊な設備がゲートと呼ばれるモノである……というのは、咲耶たちが4年の頃に受けた授業で行われた内容だ。

 

 村の入り口に辿りつくと、一行を引率していた高音は全員の注目を集めるためにパンパンと手を打った。

 

「みなさん。ここが今日の目的地です」

 

 のどかな風景。伝統的魔法族がそうであるように、とてもマグルの世界にあるように仰々しい鉄の塊の移動手段が用意されているようには見えない村だが……

 

「ゲートの開門はだいたい週に一度程度です。次の開門は、明日の朝なので、今日はこちらの村で宿泊となります」

「それではこれから今日の滞在場所に向かいます。村の散策をされたい方は荷物を置いてからです」

 

 夕映と高音がそれぞれ告げてから、改めてみんなで村へと入った。

 

 

 

 村は牧歌的な周囲の風景にあったように、平和的な光景なのだが……

 

「おー咲耶ちゃん! 久しぶりだねぇ、元気かい?」

「はい! おじいちゃんも腰の具合はどうですか?」

 

「咲耶ちゃんが来たって? おやまあ随分いっぱい友達連れてきたもんだ」

「えへへー」

 

「咲耶ちゃんが来てくれたのは久しぶりだからねぇ。後で看てくんないかい?」

「はい!」

 

 村中の人たちが、咲耶を見かけるたびに声をかけてくる光景を見て、ハリーたちは不思議な気分になっていた。

 

「近衛さん。はい、ではありません。貴女は研修旅行中でしょう。団体行動を乱すつもりですか」

 

 先程から声をかけられ、無視するわけにもいかずに丁寧に対応している咲耶だが、流石に高音が注意した。

 

「おや? なんだい学校の行事なのかい?」

「まあまあ高音さん。後ならいいじゃん。宿についたら自由行動っしょ? 宿にしても街の人の好意を受けてんだしさ」

 

 注意を受けてシュンとしてしまった咲耶を見て、話しかけてきた人や裕奈がフォローを入れた。

 

「それはそうですが」

「おいおい。この村で咲耶ちゃんに危害を加えるようなやつなんていねえって」

 

 裕奈のフォローに高音は眉を顰めて言い淀み、通りすがりのはずの村人は鷹揚に笑いながら言った。

 

 

 

 

 この村で――その言い様にハリーは気になって咲耶へと話しかけた。

 

「……サクヤ。なんだか村の人みんなが君に好意的に見えるんだけど」

 

 ホグワーツでも、サクヤはその人当たりの良さと留学生という物珍しさからそれほど嫌われてはいないが、この村でのホグワーツ生の――サクヤの歓待ぶりは、まるで初めて魔法界を訪れたハリーに対するそれにも似たものを感じた。

 

「んー。ウチのお母様がこの村の人と仲ええんよ。それでウチもちっこいころからお世話になっとってな」

 

 そう言いながらもサクヤは通りすがりのおばあさんに笑顔で手を振って挨拶しており、まるでこの村の人全員が咲耶の顔なじみなのではないかと思えるほどだ。

 

「この村は昔、悪魔の大群の襲撃を受けて村人の大半が石化していた時期があるのです」

 

 不思議に思っているハリーたちに、ユエ先生が講義でもするように言った。

 

 石化……それを聞いて思い出すのはハリーたちが2年の時の秘密の部屋の怪物の事件だ。あの時、バジリスクの眼を不完全な形で見てしまった生徒や猫、ゴーストが石のような仮死状態になってしまった。

 だが、それはマンドレイク薬ができるまでの1年にも満たない期間であった。

 

「悪魔の強力な永久石化は当時、誰にも解呪することができず、以降20年近く村人たちは石のままでした」

「20年も!? マンドレイク薬は効かなかったんですか?」

 

 石化された期間の、あまりの長さにハーマイオニーが驚き尋ねた。彼女以外の他の生徒たちも唖然としてユエ先生を見た。

 

「ホグワーツで起こった事件では、たしか仮死状態だったと聞きます。この村の人たちにかけられたのは、永久石化(アイオーニオン・ペトローシス)。文字通り対象を石にする魔法です。石にはどんな薬も効果を及ぼすことはできませんでした。咲耶さんのお母さんはその石化の解呪に成功したのです」

 

 当時、誰にも解呪できないと言われていた悲劇。

 それは時代を超えて解かれることとなった。

 

「その功績をもって、マギステル・マギ、近衛木乃香は世界最高の治癒術士としての評価を確固たるものとしました。今回、この村での滞在場所を無償で提供していただけたこと、そしてゲートの通行許可が下りたのは、彼女に対する好意もあってのことです」

 

 この村の大半の魔法使いは、木乃香によって助けられた者たち。だからこそ、本来そう簡単には下りないゲート通過の許可を得るための助力が多数得られたのだ。

 

 

 

 

 

 

 それからも道中、咲耶が道行く人に声をかけられつつ、その日の宿に到着したハリーたちは、長い金髪を腰ほどまで伸ばした女性に出迎えられた。

 

「ホグワーツのみなさん、ようこそ」

「こちら、今回村での宿をとりまとめてくださったネカネさんです。リオン・スプリングフィールド先生の親戚です」

 

 ユエ先生に紹介された女性は、“あの”スプリングフィールド先生の親戚、という物騒な紹介の割に、女性の見た目は物腰穏やかで、外見こそ全く異なるもののどちらかというと咲耶に近い、優しげな女性だ。

 

 宿の雰囲気は、マグル世界育ちのハリーにとっては見慣れた形式で(もっとも、ハリーはダーズリーたちに泊まりがけの旅行に連れていってもらった記憶などないが)、魔法使いの多く住む村、といってもほとんどマグルと魔法使いの見分けはつかないくらいだ。

 

 だが、扉の開閉する音が聞こえ、振り向くと、そこにはホグワーツにいても違和感のない、魔法使い然とした三角帽子とローブを纏ったおじいさんが入って来ていた。眼鏡こそかけていないが、ダンブルドアの髭にも負けないほどに長く白い顎鬚を生やした小柄なおじいさん。その口には、今時使い込んでいることが分かる古めかしいパイプが咥えられている。

 

「なんじゃ、ぞろぞろと」

「あっ! スタンさん!」

 

 そのおじいさんはなにやら不機嫌そうに鼻をならしてホグワーツ生たちに視線を向けた。だが、その不機嫌さとは対照的に、おじいさんの姿を認めた咲耶が嬉しそうにそのおじいさんのもとへと駆け寄った。

 

「あ~! スタンさん、煙草アカーン!」

 

 駆け寄って、その口に咥えられていたパイプを取り上げた。

 取り上げられたおじいさんは、不機嫌そうだった顔を一層顰めて咲耶を見つめた。

 

「かっ。半人前がいっちょ前に説教垂れておって。年寄りから楽しみを奪うな」

 

 この村に入って初めて聞く、サクヤに対してあまり好意的でなさそうな言葉が投げつけられた。

 だが、それを受けてもサクヤの顔は笑顔のままで、おじいさんに対して向けられる好意的な視線はまるで揺らぐことが無い。

 

「おーいサクヤちゃーん。スタンさんに会えてうれしいのは分かるけど、まずは部屋割りして荷物置いてからにしなー」

「はーい。そしたらスタンさん、パイプあずかっとくからな。後でくるから待っとってな」

「ふん。わしゃ用事があってここに来たんじゃ。待っとらんわい」

 

 そのまま脱線してしまいそうなサクヤに、ユウナが声をかけて呼び止め、一行に戻した。

 別れ際までおじいさんは悪態じみたやりとりを返しており、サクヤの親しい友人、クラリスたちは訝しげにおじいさんに視線を向けた。

 

「全くスタンさんったら、咲耶ちゃんをからかって」

「あれはからかってるんですか?」

 

 しっしとサクヤを追い払っている老魔法使いの様子にネカネは苦笑しており、フィリスが心配そうに尋ねた。

 

「スタンさん。もう普段はパイプなんて吸ってないのよ。咲耶ちゃんに叱られる口実つくってるだけ」

 

 こちらに戻ってくる咲耶に聞こえないように、ネカネはこっそりとフィリスたちに告げた。

 

 

 

 

 

 誰もがその健やかな成長を楽しみにし、そこに居ることを望まれる少女。

 

「――――――――」

「うん? クロス、何か言ったかい?」

 

 ぽつり、と聞こえてきた言葉にセドリックはディズへと振り向いた。

 

「いや。なんでもないよ。」

 

 貼りつけた笑顔でセドリックに応えて、ディズは再び咲耶を見た。

 花咲くように笑う少女を見て、ディズは自身の裡のどろどろとしたものが蠢くようなものを感じた。

 

「サクヤはさ」

「ん?」

 

 ふと、ディズは口を開き咲耶へと話しかけた。

 

「サクヤは、周りの人間からこうだって期待を押しつけらえて、辛くはないのかい?」

「?」

 

 よく分かっていない顔で小首を傾げる彼女を見て、無性に、壊してやりたくなった。

 

「周囲の人間がみんな、君は母親のようになれって押し付けてるだろ。それはすごく鬱陶しくないのかい? 期待が重くはないのか?」

 

 誰も自分を見ていない。

 見ているのは親の子供だということ。

 

 必要ないのだ。

 親ですら、ただの道具としてしか見ていない。

 

 くだらなく続いて行く世界。

 それを続けて行こうとする期待など、ぶち壊してしまいたくなる。

 

 

「ん~。お母様のようになりたい思たんはウチやし、立派な魔法使いになって色んな人の助けになれたらうれしいもん」

 

 えへらと微笑むその顔を見て、再び口を開きかけたディズは、出かけた言葉を取りやめて、当たり障りのない言葉へと挿げ替えた。

 

 

 困っている者を助ける立派な魔法使い、というのが異世界の魔法使いの姿なのだとしたら――――この少女は、そんな在り方を本当に叶えられると思っているのだろうか。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

 翌朝。まだ空が薄暗く、日の昇らない頃合いに生徒たちは村の出口へと集まっていた。それぞれ、昨日は来ていなかった魔法使い然としたローブを全員が着用しており、昨日のマグルへの融け込み具合から一転、いかにも怪しい集団へと変わっていた。

 

「おはようございますみなさん。今日はこれからゲートへと向かいますが、宿にあったローブを必ず着用して、はぐれないように私について来て下さい」

 

 夏の明け方前という早すぎる時間の為、生徒の多くは欠伸を噛み殺して眠たそうな顔としているが、引率役の高音はそんな態度をおくびにも出さずにはきはきとした姿を見せている。

 

「ゲートには手順通りの儀式を行いながら近づかなければ決して辿りつかないようになっています。もしはぐれたら濃霧の中で数時間彷徨った挙句、村の出口に逆戻りすることになるので気を付けてください」

 

 高音は全員に注意を述べて、特に事前報告で悪戯好きだと知らされており、実際に稚気に富んでいそうな少年たちの方をちらりと見た。

 そちらには咲耶がわくわくといった顔でついているため、大丈夫そうだ。

 

 まだ陽が充分にさしていないため、気温は上がりきっていないが、それでもこの時期にローブを着こめば相応の熱さが付きまとう。

 しかも目的地までの距離が分からないまま歩くのは精神的には中々につらいものだが、それでもこれから魔法世界というファンタジックな地に赴けるということを思えば、わくわくとした期待感が強かった。

 

「サクヤ。ニホンのゲートもこんな感じなの?」

「んー。日本のはなんか迷宮みたいなとこやなぁ」

「麻帆良のゲートは連絡先が連絡先だからねー。復旧したのもわりと最近だし」

「裕奈さん。ちゃんとはぐれている生徒がいないか注意してください!」

 

 はぐれると大きく時間をロスしてしまい、場合によっては開門の時間に間に合わないだろうこともあるため、注意が必要だ。

 先導する高音は時折小さく呪文を唱えて何かの魔法を使いつつ歩き、生徒たちははぐれないように注意しながら濃霧の中を歩いた。

 

 ようやく朝日が昇り始めた頃、サァァと風が流れ始めたのを合図にするかのように一行は小高い丘のふもとへとたどり着いた。

 

「おっ? 霧がはれてきた」

 

 丘の向こうから差してくる陽の光にリーシャは眩しそうにした。

 

「ええ、着きましたよ皆さん」

 

 高音の言葉と、丘の上にある光景に一同は思わず「おぉ」と感嘆の言葉を漏らした。

 一行が到着した丘の上には立石(メンヒル)が立ち並でいた。

 門のように積み上げられた石柱が幾つも同心円状のような配列で並んでおり、その中央には黒く大きな岩柱が屹立している。

 

 咲耶たちの他にも、丘には数十人の魔法使いと思しきローブ姿の人物がおり、それぞれに幾人かのグループに分かれて待機していた。

 咲耶たちは宿で用意されたサンドウィッチを食べながら開門の時間を待っていた。

 

「結構、人が居るんですね」

「ええ。ただ、これでも少ないくらいです。鎖国状態だった昔と違って、近年では徐々に往来が活発になってきていますから」

 

 フィリスの質問に夕映が答えた。

 

 昔、夕映たちが初めて魔法世界に訪れたころは、まだ魔法世界では旧世界との国交に対して消極的であった。

 だが、紆余曲折を経て、世界間の融和政策へと舵が切られた。

 なので、いくら手続きをとることが難しく、以前よりも開聞の回数が増えているとは言え、一週間という感覚で百人にも満たない人数しか集まっていないと言うのは少ないと言えた。

 

 朝食を食べ終える頃には、すでに十分に太陽は昇り、気温は夏のそれらしく上がる気配を見せ始めていた。

 高音は腕時計で時間を確認し、待機していた他の魔法使いたちも時間を気にしはじめていた。

 

「…………そろそろ時間です。みなさん、中央近くの第一サークルの中に集まってください」

 

 高音に先導され、咲耶やハリーたちはぞろぞろと立石の中央へと足を踏み入れた。

 

「いよいよ魔法世界か!」

「楽しみね」

 

 リーシャとフィリス、そして他の生徒たちも期待と、そしてややの緊張をした様子でわくわくとし――――

 ――――どこからともなく響いた鐘の音を合図に、岩柱を中心とした地面一帯が光り輝いた。

 

 地面と呼応するように空に幾つもの魔方陣が浮かび上がり、中央を貫いて岩柱に降りるように光が降りそそいだ。

 そして――――――

 

 

 


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