春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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なんか自称友人が多いんだけど!?

 目を閉じても瞼を貫通してくる強烈な光はしばらく続き――――そして消えた。

 

 恐る恐る目を開けると、一行は先程までいた屋外の丘の上ではなく、どこかの建物の上に居た。

 周囲には先程までと同じように岩柱を中心とした石の門が円形に並んでいるが、明らかに先程まで居た場所とは異なる景色だ。

 

 

 

 

 第55話 なんか自称友人が多いんだけど!?

 

 

 

 

 列車や車とはまるで違う、一瞬で移動できる魔法の手段。そう聞いてハリーは煙突飛行を連想して、心配していた。

 一昨年前、ハリーはウィーズリー家で初めてその魔法族特有の移動手段を利用して、少々トラウマのような懸念を覚えていたのだ。

 なにせその時ハリーは煤を大量に吸い込んでしまい行先の指定を正しくいう事ができず、訳の分からぬままグルグルと目を回すような気持ちの悪さを味わった挙句に目的地からも、同行する予定だったウィーズリー家の人たちともはぐれて気味の悪い横丁へと跳んでしまったからだ。

 だが、幸いなことに、今回のこのゲートという移動手段は、少々眩しすぎたのと、辿りつくまでが大変だったことを除けば楽なものだった。

 

「もう、着いたのかな?」

 

 ハリーがきょろきょろと周囲を窺うと、同じようにホグワーツの生徒たちはあたりを見回していた。

 

「みなさん、ここが魔法世界側のゲートポート――駅です。これから入国手続きと、荷物の受け取りがありますので、ひとまずみなさんこちらについて来て下さい」

 

 高音が直近の予定を告げてみんなを誘導した。

 周囲には幾つか床面に五芒星の描かれた台座が立っており、模様のような通路で連絡している。

 

 高音に先導されて階段を上り下りしたり、通路を渡っていると、途中にはあきらかに魔法使いと分かるローブを纏い、身の丈以上の大きな杖を持っている人が警備員のように立っていたりした。

 

「なんだかアンバランスなところね。魔法使いみたいな人がいるかと思ったら、カウンターの人はマグルの空港みたいだわ」

 

 手荷物預かりカウンターの係り員は逆にマグルの世界のそれと同じようにキッチリとした制服姿であり、この一行の中では珍しくマグルの飛行機を利用したことのあるハーマイオニーが興味深そうに言った。

 

 

 

「では、ホグワーツ魔法魔術学校の皆さま。杖などの武器類は全てこの封印箱の中にあります。強力な封印でゲートポートを出ませんと開錠できませんのでご了承ください」

「ええ。分かってます。ごくろうさまです」

 

 来る前に預けた荷物(特に全員の小杖は武器に属するということで預けさせられた)を代表して受け取る手続きをしている高音は、手渡された小さな箱を受け取った。

 どうもその箱には、ハーマイオニーや他何人かの生徒が自分の鞄に賭けているのと同じような拡大呪文がかけられているのか、30人ほどの人数の荷物を収めているようにはどう見ても見えないサイズだった。

 

「安全上の問題からゲートボート内での魔法の使用は禁止されているのです。ウェールズ側のゲートのところも、ああ見えて非常にセキュリティレベルの高い場所になっているのですよ」

 

 不思議そうに見ている生徒たちに夕映がこの安全上の手続きを説明した。

 

「旅行中、魔法世界では通常禁止されている未成年の魔法使用に関する制限は緩和されます。ただし、貴方がたは旧世界の代表としてこちらに来ているということを胸に、節度ある行動を心がけてください」

 

 そして手続きが終わると、彼女たちはみんなを展望テラスへと案内した。

 佇む魔法使いと剣士の像を背景に広がる、魔法世界でも指折りの都会的賑わいを見せる首都メガロメセンブリアの光景。

 屹立する山のような大岩やそこに並ぶ高層の建物。そして空を覆い尽くすかのように及ぶ空飛ぶ鯨や貝(?)。街並みは明るく雑多で、ロンドンの街並みにも負けないほど、いや、マグルの世界のどこにも負けないほどに都会然とした“魔法世界”の都市がそこにはあった。

 

「なあ、サクヤ。鯨が空飛んでるんだけど……」

「飛行機、なの……?」

「メルヘンやろ?」

「………………」

 

 イギリスの伝統的魔法族であるリーシャはもとより、マグルの世界もある程度知っているフィリスも、そしてクラリスも唖然として初めて見る魔法世界の景色に口をぽかんとしていた。

 

 いくら伝統的魔法族が機械に疎いとはいえ、彼女たちも堂々と空を飛んでいる飛行機なるマグルの機械の存在は知っている。

 よく分からない理屈で魔法無しに空を飛ぶおかしな鉄の塊。よもやそれによく似たものが、他でもない魔法世界の空に、ホグワーツの食堂に浮かぶ蝋燭のようにたくさん浮かんでいるとは思いもしない事だ。

 

「あれは祈祷精霊エンジン搭載型の飛行船ですね。あちらの世界の飛行機とまあ大体同じようなものです」

「精霊エンジン……魔法と科学の融合ということですか?」

 

 雑事博学の夕映が、生徒たちが唖然と見つめるものの説明を自ら行うと、それに知的好奇心をくすぐられたのか、ハーマイオニーが食いついて尋ねた。

 

「あの型はほぼ魔法オンリーの機体です。魔法科学統合学、という分野の研究も進められていますが、まだポピュラーにはなっていませんね」

「魔法、カガク統合学……?」

「ここ2,30年ほどで急激に発達している分野です。主に日本や、メガロで発達していますが、最先端工学技術の一つ、といったところです」

 

 イギリス(に限った話ではないが特にイギリス)の伝統的魔法族は科学と非常に相性が悪い。

 魔法族にも文明というものがある以上、無縁ではないが、それでも現在の科学水準と比べるとそのレベルは優に一世紀は遅れている。無論の事、科学と魔法の統合した学問、などというものは進歩するはずがない。

 夕映の説明と、目に映る光景に生徒たちはぽかんとしていた。

 

 そして遠くに見える光景以外にも、好奇心旺盛な生徒の気を引く物はあった。

 

「セタ先生。この像はなんなんですか? ウェールズの村にもありましたけど」

「この像は魔法世界の始祖といわれるアマテルという魔法使いとその従者の像です。魔法使いの従者については習いましたか? ――――グレンジャーさん」

 

 質問を受けて夕映が解説し、研修という意味合いから先生らしく質問を混ぜて生徒を見回した。

 質問を受けて、やはりピーンと手を挙げて伸ばしているのは、ハリーたちの学年の秀才、ハーマイオニーであった。

 

「精霊魔法では通常、長い詠唱が必要であり、その詠唱中は全くの無防備になります。そのため詠唱中の魔法使いを守護するパートナーが必要であり、それが魔法使いの従者です」

「正解です。この像はその従者――ミニステルマギ契約の祖になっているとも言われています。またこのアマテルの子孫が魔法世界最古の王国であるウェスペルタティア王国の王族であり、現在の女王はその直系です」

 

 ホグワーツでリオンが説明した伝統魔法と精霊魔法の大きな違いの一つをしっかりと答えたハーマイオニーに夕映は満足そうな笑みを浮かべた。

 イギリス伝統魔法族と関係の薄かった裕奈などはすらすらと応えたハーマイオニーに口笛を吹くように感心の視線を向けた。

 

「魔法世界の純血主義ということですか?」

 

 夕映の説明に、どうやら政治方面に興味があるのか、ディズが尋ねた。

 

 夕映は何と答えるべきかと答えを選ぶように口元に指を当ててしばし考えた。

 言葉通りの字義、“純血”というのとは厳密には異なるが、たしかに血筋を重んじた、というのは間違いではない。

 ただ、イギリス伝統魔法族で意味される“純血主義”というとまた意味合いが異なってしまうのだ。

 なぜなら、当代の女王は、厳密な意味では魔法を使えない、伝統魔法族の定義に当てはめれば“マグル”、ということになってしまうからだ。

 

「違う、とは言えませんが、単に血族だから選ばれているわけではありませんよ。かの王族には代々魔法世界でも特異な魔力が宿ることが確認されています。当代の女王はその中でも特に異質な力をもっていて、だからこそ一度滅亡した王国再興の御旗として立っておられます」

「特異な魔力…………?」

 

 夕映の答えは否定ではなく、答えを率直に告げた。

 流石にリオンも授業ではその説明はしていなかったようで、ディズは訝しげに眉を顰めた。

 ただ、“それ”の詳細はここで語るには相応しいものではない。

 

「さて。それではそろそろ街の方に移動しましょう」

 

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 ゲートポートからバスのような乗り物(マグルの世界のそれとは違って宙に浮いて走行していた)に乗って街まで降りてきたハリーたちは、ひとまず荷物を置くために宿へと向かった。

 街並みは近くで見ると、ロンドンのビルよりもなお高い摩天楼が立ち並んでおり、通りの広さや清潔さなどはダイアゴン横丁とは比較にならないほど整えられていた。

 

 そして宿

 

「………………」

「……あの、セタ先生。ここ、ですか……?」

 

 ハリーは宿、として連れてこられた建物を前にあんぐりと口を開けていた。顔は首が居たくなるほど上に向けられており、多くの生徒、ジョージとフレッドですら同じように唖然としていた。

 旅行自体に慣れていないハリーはもとより、バカンスでよく旅行にでかけるハーマイオニーですら目の前の“宿”の威容に圧倒されており、恐る恐る引率の夕映に尋ねた。

 

「はい。流石に一人一室ではなく、男女別の数人グループで一部屋ですが、十分くつろげる広さはあると思います」

 

 ユエ先生があっさり答えるが、“宿”はどう見ても学生の旅行で使うようなものではなく、それこそ魔法大臣が案内されてもおかしくないようなVIPが滞在するようなホテルだ。

 外観から部屋の広さは分からないが、ガラス越しに見えるフロアの様子はとても豪華に飾られており、ホグワーツという城で普段生活している生徒たちから見ても、このホテルは格が高いと分かるものだった。

 

 タカネたちに促されてロビーへと足を踏み入れると、やはりそこは外から見た通り、というかそれ以上にハリーたちを圧倒する豪華さであり、ハリーは絶対に場所を間違えているという疑念から逃れられなかった。

 多くの生徒も、好奇心旺盛なフレッドとジョージのような例外を除けば、流石に面食らっているようで、同じウィーズリー家でもジニーなどはハリーの隣で顔を赤くして俯いていた。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

 チェックインを終えた一行は、部屋分けされた部屋にそれぞれ向かった。

 ひとまず荷物をおいてひと休憩した後、街にでて観光を行うという予定らしい。

 

 

「しっかしすげーなこれ。研修旅行ってだけでこの待遇とか、これVIP待遇じゃね?」

 

 スプリングのよく利いたベッドに腰掛けてルークは感嘆の息を吐いた。

 

 部屋分けされて入室した部屋も、やはり外装同様とてもではないが学生の旅行レベルのものではなく、窓からはメガロメセンブリアの絶景、用意されたベッドはふかふかで清潔。イギリス伝統魔法族御用達のロンドン“漏れ鍋”のすすけた様子とは雲泥の差であった。

 

「たしかにすごいな。どうしたんだいクロス?」

 

 部屋のグループ分けは、ホグワーツにおける寮に準じるのではなく、近しい学年で分けられることとなった。

 ルークとセドリックは、もっとも参加人数の多い新6年生であり、同じ学年という事もあってディズともう一人レイブンクローの生徒と同室となった。

 ルーク同様、魔法世界に着いてから圧倒されっぱなしのセドリックは、窓際の椅子に腰かけ高層からの街の眺めを見ながらルークの感嘆に同意した。

 そしてテーブルを挟んで向かいに座るディズの考え込んでいる様子に問いかけた。

 

 話しかけられてもディズはなにか考え込んだような顔のまま、声を返した。

 

「さっきの、あの魔法使いのことをちょっとね」

「さっきの魔法使い? ああ、あのなんとかって博士と先生もどき? なんだったんだろうな」

 

 ディズの思案しながらの返答に、ルークは先程部屋分けが為された後でロビーで起こった一悶着を思い返した。

 

 

 

 

 

 

 ロビーには客と思しき人の姿もあり、生徒たち集団が入って来たことに気づいて顔を向けた。

 どうやらダイアゴン横丁やホグズミードとは異なり、ステレオタイプな魔法使いの装いをした魔法使いはそれほど多くないらしく、多くはマグルの上流階級の人のようなきっちりとした服装の人ばかりだ。

 ただ、その中に明らかに角と思しきものを生やした人物や尻尾と思われるモノを揺らす人物がいることには初日という事もあって眼を瞑っておきたい。

 そしてそんな人たちの中、一人の男性がこちらへと近づいてきた。

 

「おや? これはこれは。白き翼(アラアルバ)の瀬田夕映さんではありませんか」

 

 声をかけてきたのは、この世界ではよく見るタイプだが、魔法使いには到底見えない男性だ。

 裕奈や高音のようなエージェント、というよりもスーツの上から白衣を纏っているその姿は研究者と言ったほうが似合っていそうな感じだ。

 

「ゲーデル博士!? ……なぜ、このようなところに居られるのでしょうか?」

 

 声をかけられたセタ先生は驚き、そして警戒したように緊張感を滲ませた声で男性に詰問した。

 他の3人の引率者も、ぎくりとしたように身を強張らせている。

 

「いえいえ、今日は旧世界から国賓級の客人たちが来られていると聞いて、是非とも一目お会いできないものかと思いましてね」

 

 引率のタカネの態度とは対照的に、ゲーデルと呼ばれた男性の態度はひょうひょうとして、親しげな―― 一見すると好意的な態度にも見えた。

 だが、その口元に浮かんでいる笑みは、彼の纏う雰囲気と併せて、どこか警鐘を鳴らすには十分なもののようにディズには見えた。

 男性はにこりと生徒たちをぐるりと見回し、

 

「おや。そちらの少年は、たしかイギリス伝統魔法族の英雄、ハリー・ポッターではないですか」

 

 今気付きましたとばかりに、“異なる世界の英雄の名前と顔を一致させた”。

 名を呼ばれたハリーがどきりとして、どう対応しようか逡巡している間に、ゲーデルは気軽に、親しげに、警戒心をほぐすようなわざとらしいジェスチャーとして腕を広げながら彼に歩み寄った。

 

「噂は聞き及んでおりますよ。かつてイギリス魔法界の巨悪を倒し、危機を救った“英雄”と」

「あ、いえ、僕は……」

 

 (ハリー・ポッター)魔法の世界(ホグワーツ)へとやって来てすでに4年目。当初こそ周囲の生徒たちが彼の一挙手一投足に注目していたが、流石に今ではその熱もかなり冷めており、面と向かってハリーを英雄呼ばわりする者は新入生や熱烈なファンを除けば少なくなっている。

 どうやら彼は、厄介事によく首をつっこむ性分にも関わらず、あまり注目されることを好んでいないのか、初対面の理知的な大人からこういうあからさまな扱いを受けることに耐性がないようだ。

 

 ハリーの友人であるハーマイオニーやウィーズリーたちも、事態の思わぬ推移にハリーをフォローするどころではなさそうだった。

 そしてそんなハリーの混乱に、ゲーデルは笑みを深くした。

 

「謙遜することはありませんよ。最近では賊から秘宝を守り抜き、凶悪な上級悪魔を退け、なんと昨年は重大な魔法犯罪者の検挙にも貢献されたとか」

 

 自身が首をつっこみ、解決に多少なりと貢献した事件を次々に話題にされ、持ち上げられていることハリーは居心地悪げに照れている。

 

 だが、その横で、流石にハーマイオニーが事態の奇妙さに気づいたようだ。

 賢者の石の守護(一年目の活躍)秘密の部屋の騒動(二年目の活躍)、そして直近の三年目の事件についてまで口にしたことの不可解さ。

 ここは、ホグワーツではないのだ。

 ましてハリーの打倒した闇の帝王の影響の強かったイギリスでもない、どころか異世界の国だ。

 イギリスを主な根拠地にしていた“闇の帝王”を打倒したからといって、彼が魔法世界で英雄と呼ばれているはずはないだろうし、まして日刊預言者新聞を読めるはずもない異世界の人間が、数週間前の重大事件を知っているはずもないだろう。

 

「その年にして、すでに現代の英雄にふさわしい経歴ではありませんか――――ああ、それとグッドマンさん。あまり滅多なことは言わない方が、あ、いえ思わない方がよろしいですよ。貴女もメガロのエージェントの一人なのですから」

 

 まるで舞台演技のようにハリー・ポッターを讃える傍ら、険しい顔つきをしていた高音へとさらりと釘を刺すような言葉を投げつけた。

 

「! …………即時念話盗聴はゲーデル議員の特技でしたね」

 

 びくり、と高音の肩が震え、顔つきが一層険しくなり、苦し紛れのように睨みつけた。

 ディズたちには届いていなかったが、どうやら念話という技術を使って他の引率者たちと対応を練っていたらしい。

 だが、声に出してはいなかったその会話も、このゲーデルという博士には筒抜けだったらしい。

 

 この状況ではメガロのエージェントである高音には分が悪いと見たのか、一歩引いていた夕映が前に出た。

 

「旧世界の、一学生の情報をなぜ貴方がそれほど知っておられるのです、ゲーデル博士」

 

 夕映の指摘するように、ゲーデル博士が魔法学校の内情を知っている道理はない。

 たしかにあの魔法学校の件は情報統制されていたわけではないが、それでもこの魔法科学分野の博士が興味関心を示す領域ではないはずなのだが

 

「なに。ちょっとした伝手があるのですよ、瀬田さん。なにせ、私は彼らの先生であるリオンとは大の親友ですからね。それに…………」

 

 にっこりと笑いかけながら言いつつ、ゲーデル博士は視線をハリーから一人の少女、近衛咲耶へと向けた。

 

「関西呪術協会近衛家の御令嬢、近衛咲耶さん。イギリスの英雄と日本の姫君の魔法世界旅行。なんとも絵になる光景ではありませんか」

 

 にっこりといい笑顔をハリーに向けるアルフレヒト・ゲーデル。サクヤと似合いの一対、とでも言うかのような言葉になにか思うところがあったのか、ハリーは顔を赤くしてちらりとサクヤを見た。

 

 

 

 一方で、そんな思春期男子学生の微笑ましい内心とは裏腹に、夕映は舌を打ちたくなっていた。

 

 これは嫌がらせだ。

 こちらに来る前に受けたのとは意味合いの異なる、“リオン・スプリングフィールドが居る魔法学校の生徒に対する”嫌がらせだ。

 しかもどうやらその食指は特に、咲耶 ――リオンが興味関心をもっている少女へと向いている。

 

 高音や裕奈にもそれが分かったのか、顔を顰めた。

 念話の盗聴さえされていなければ、「大の親友など、どの口がほざくか」と愚痴っていただろう。

 まあゲーデル博士の研究の発展に尽力した、と言う意味ではたしかにリオンはゲーデル博士と近しいのかもしれない。

 もっともそれは、最強クラスの“怪物”であるリオン・マクダウェル・スプリングフィールドを捕獲するために必要なモノを開発・改良する必要があったという理由からだが。

 

 言いたいことはいろいろあるが、このメガロで彼と騒動を起こすのはあまり好ましくない。

 なにせ、彼は自身の名声もさることながら、権力としても非常に厄介な立ち位置にいるのだから。

 

「親友からの頼みでもあるので、どうでしょうか。メガロ滞在中はぜひとも私の研究室に――――」

「誰が親友だ、誰が」

 

 そんな、言いたいことを言えない葛藤状態を、ぶち壊すようにイラつきと呆れとを内包したツッコミが入った。

 

 

 

 

 

 聞き覚えのある声に、生徒は、そして夕映や高音たちも振り向いてその姿を見た。

 

 ややくすんだ白色のローブを纏った魔法使いの装い。

 髪の色はちょうど金と赤とが混じり合った頃合い。

 

「リオン・スプリングフィールド!?」

「スプリングフィールド先生!?」

 

 彼の“親友”を名乗っていたゲーデルも、この場に居るはずの無い魔法使いの登場に、思わず声をあげて驚いた。

 

「バカな。なぜ貴方がメガロに…………」

「あ? 俺がどこにいようが貴様には関係ないだろうが」

 

 これには飄々としていたゲーデルも虚をつかれたらしく、頬を引き攣らせた。

 ちらりと見れば、よほどこの登場は予想外だったのか、夕映たちや咲耶ですら驚き、まじまじと彼を見ている。

 

 しばし無言で睨みあうリオンとゲーデル。

 そこに念話での会話があったのか、なかったのかはディズたちには分からなかった。

 だが

 

「…………なるほど。どうやら彼は相当に心配性なようですね」

「さて、な」

 

 なにか得心のいく事情を察知したのか、ゲーデルは不敵な笑みを取り戻した。

 そしてこの人物を前にしては、分が悪いと判断したのか、これ以上のちょっかいを続ける気はもたなくなったらしい。

 

「それでは、ハリー君。いずれまたお会いできることを期待しております。」

 

 ただ、去り際に、棘を打ち込むようにハリー・ポッターへと声をかけてホテルを後にした。

 

 

 

 

 去って行くアルフレヒト・ゲーデル(お騒がせ者)を見送るリオン。

 彼は高音やディズたちに背を向けたままら、ローブのフードを頭からかぶって、今更ながらに顔を隠すようなことをやっていた。

 そして、予定外すぎる登場をしたリオンへと、引率リーダーらしき高音が噛みつくように声をかけ、

 

「リオン・スプリングフィールドさん! なぜあなたが魔法世界に来ているのですか!? 貴方は――――」

 

 振り向いた魔法使いの姿は、先ほどのやりとりがあたかも幻であったかのように、そこには“別人”がいた。

 

「ふふふ。リオン君がなにやら面白そうなことに協力しているので、私も協力させていただこうかと思ったんですよ。女王陛下にも頼まれましたしね」

 

 深めにかぶられたフードによって顔には影が落ちており、その顔をはっきりとは見ることはできない。

 だが、はっきりと見えなくても、その人物の容貌は明らかにリオン・スプリングフィールドとは異なっていた。

 胡散臭い、という言葉がこれほどぴったり当てはまる人はそうは居ないだろうというにこやかな笑顔。それを向けられて高音や夕映は絶句していた。

 

 

「えっ!? あ、貴方は!! アル――――」

 

 その人物の名を高音が言おうとした瞬間、ローブを被った魔法使いは忽然と姿を消し、一瞬で高音を背後に置き去りに、ディズやハリーたち ――生徒の前に姿を移した。

 

「クウネル・サンダースです。初めまして、ホグワーツの学生のみなさん。それに……近衛咲耶さん」

 

 姿現し、にしてもこれほどまでに静かにできるものではないだろう。

 おそらく別系統の魔法か何かを使ったのか。

 クウネルと名乗ったその人物は、怪しいながらも丁寧に物腰柔らかく少年少女たちに挨拶をした。

 

「アルビレオ・イマ! なぜ貴方ほどの人がここに!?」

「いきなりお見苦しいところを見せてしまいましたね。アルフレヒト君にも困ったものです。彼はリオン君が大好きなもので、ついつい遊びたくなってしまうようなのです」

「はぁ……」

 

 詰問しようと“別の名前を”声高に叫ぶ高音の言葉は、まるで聞こえていないかのように飄々とした態度を貫くクウネル。

 後ろでわめく高音の声がまるでBGMであるかのように、クウネルの態度には一切のブレがない。

 

「アルビレオさん!!」

「しかし咲耶さんはお母さん似ですね。フフフフフ、貴女を見ていると日本が懐かしく思えますよ。詠春はお元気ですか?」

「おじい様をご存じなんですか?」

 

 クウネルは生徒たちの中でも、やはりというべきか咲耶へと特に注意を向けており、話しかけてた。

 咲耶も謎の男性から自身の祖父(関西呪術協会の長)の名前が出てきたことで驚きつつもどこか嬉しそうに尋ね返した。

 

「ええ。それはもう。懐かしき我が戦友です。彼の作る料理はとても美味しくて……そう、我々は敬意をもって彼をこう呼んでいました――鍋将軍、と」

「~~!! クウネルさん!!」

 

 この人物はいったいどこまで本気なのか。

 怪しさでは先のゲーデルという人物と大差ないが、それでも怪しさのベクトルは随分と違う。

 怒鳴っている高音も、先程までよりも随分と緊張感が薄いように見えるのは気の所為ではあるまい。

 そして先程からず~っと別の名前で呼んでいた高音が、反応しないクウネルに痺れを切らしたのか、ようやく(自己申告した)彼の名前を口にした。

 

「はい、なんでしょうか、麻帆良の誇る脱げおん―――」

「きゃあああああ!!!!」

 

 途端、くるりと清々しいほどのにこやかな笑顔を向けて反応したクウネル。 

 だがなにやら言葉の途中で高音は発狂したかのように金切り声をあげてクウネルに掴みかかった。

 

 顔を真っ赤にして涙目の高音は息荒くクウネルの胸倉をつかんで顔を近づけてものすごい剣幕を向けていた。

 

「なぜ麻帆良から消えた貴方がここに居られるのですか!?」

「すでに私は一線から隠居した身の上です。懐かしの地を巡る旅をしていたとしても問題はないでしょう?」

「よくもまあぬけぬけと……今さら隠居だなどと! 貴方は――――」

「フフフフフ。ほらほら、老人の相手をしていては可愛らしいお方達が蔑になってしまいますよ」

「っ…………」

 

 仲が良いのか悪いのか。一体どのような繋がりがあるのかホグワーツの生徒たちには定かではない。

 不意に、クウネルの腕が高音の腕に絡み付き、次の瞬間高音はふわりと数歩後ろに下がらせられていた。

 

「それでは咲耶さん。リオン君と詠春によろしくお伝えください。イギリスの魔法使いの方たちも魔法世界を是非楽しまれていってください」

「あ。お待ちなさ――――」

 

 高音の制止を綺麗にスルーしてクウネルの体が一瞬で消えた。

 去り際に咲耶へと向けられたにこやかな笑顔は、胡散臭い彼の微笑の中で、唯一、なにか懐かしく愛おしげなものを見る様な色を、ほんの微か、奥底に秘めていたような、そんな気がした。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

「アルビレオ・イマ。魔法世界の大戦の英雄、か……初日から期待以上のものを見せてくれる」

 

 ほんのひとときだけ、目の前に現れた魔法使いのことを思い出して、ディズは口元に笑みを浮かべた。

 

 半世紀前の大戦の英雄が、あれほど若々しい姿だったのには、多少の違和感を覚えなくもない。だが、それ以上に、彼の気を引いたのはあの魔法使いの底の見えない強さの予感だった。

 それこそ、あのリオン・スプリングフィールドのように、どれほどの強さなのか予測もつけられないほどに、圧倒的な強者の予感が、彼からはしたのだ。

 

 それの証左のように、あの魔法使いはリオン・スプリングフィールド同様、ディズの目では魔法障壁を視ることができなかった。

 

 精霊魔法の授業から魔法障壁とは常在させることが可能な術式であると知った。

 サクヤやユエ、タカネなどの様子からも、それは当たり前の技能であり、ディズ自身も積極的に取り入れようとしている精霊魔法の利点だ。

 だが、リオン・スプリングフィールドやあのクウネル・サンダース(アルビレオ・イマ)からは、障壁の存在を視ることができなかった。それはあの二人が障壁を張っていないと、考えるよりもディズの実力では、彼らの障壁を視ることもできないほどに力の差があると考えるべきだろう。

 

 相手の力を読み取ることもできないほどに隔絶した力の差。

 それが世界を変えたと呼ばれる者の力。世界を変えて行こうとする者の力というのならば…………

 

 

 

 




いつもの本編と違う魔法世界編、ということでネギまサイドからの出演大目となております。

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