春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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主人公、ハリー・ポッター!!!

 メガロメセンブリア

 南のヘラス帝国と双璧を為す魔法世界の超大国、北のメセンブリーナ連合の首都であり、魔法世界最大の軍事力を擁する超巨大魔法都市国家。

 イギリスのウェールズと連絡するゲートポートを有しており、旧世界(ホグワーツや関西呪術協会などがある世界)との関係の深い都市であり、意思決定機関としてメガロメセンブリア元老院がある。元老院は日本の関東魔法協会(麻帆良学園)など旧世界に幾つかの下部組織を有しており、魔法使いにとって最も尊敬される仕事である“偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)”の資格を発行する機関でもある。

 マギステル・マギは現在、表向き(イギリス伝統魔法族の言うところのマグルの世界)には国連NGOとして活動している。

 

 

「――――というわけで、ここがその“マギステル・マギ”資格を発行したりもする様々な機関がある議事堂です。安全や機密上の問題から、残念ながら中の見学を行うことはできません」

 

 ハリーはイギリスの魔法省にも“普通の”議事堂にも行ったことがないが、よくダーズリーおじさんが見ているテレビに映るような国家権力の中枢、といった感じの建物の前に来ていた。

 ユエ先生が魔法史の授業よろしく解説をしながらその観光案内をしていた。

 

 

「マギステル・マギには私達のような魔法使いもなれるんですか?」

「可能かどうかで言えば可能です。実際、咲耶さんのお母さんの近衛木乃香さんは旧世界――日本の関西呪術協会の出身で、幼少期にはこちらの魔法とは無縁に育ちましたが、資格を得て活躍しています。――――ただし、多くの魔法使いが目指す職業であり、その資格習得率は極めて低く、長い修行を経た歴戦の魔法使いですらそうそうなれるものではありません」

 

 時折される質問にもすらすらと応じており、まさに勉強のための旅行、という呈をただしく実行していた。もっとも、質問する顔ぶれは学校での時と同様ほとんど決まっていたが、他の学年も混じっている分、ハリーにとってはいつもとは毛色が異なることに、ハーマイオニー以外の生徒の質問する姿も見ることができた。

 

 

 

 

 第56話 主人公、ハリー・ポッター!!!

 

 

 

 

 メガロメセンブリアの市内にはハリーたちも見慣れた一般人――ただし全員魔法使いらしい――が多く見られた。

 市内の観光名所などを巡ったり、マーケットのようなところを訪れたりして生徒たちは魔法の国を楽しんだ。

 

 ただ、ハリーにとって、この観光にまったく不満がないかと言えばそうではなかった。

 

「ハリー!! ちょっとそこに立って、写真をとらせてくれないかな! セタ先生! ここは写真をとってもかまいませんか?」

「ええ大丈夫ですよ」

 

 きらきらと眩しい程の笑顔ときらりと光るカメラのレンズを向けてくるのはグリフィンドール寮、ハリーの一つ下の学年の男子生徒、コリン・クリービーだ。

 彼は英雄・ハリーの熱狂的なファンであり、この旅行においてもその狂信ぶりを発揮してげんなりとしているハリーにも構わずコリンはフラッシュを焚いてシャッターをきった。

 

「……勘弁してくれ」

 

 ハリーは憂鬱だった。それはハリーの都合など知ったものかとばかりに纏わりついてくるコリンにうんざりしているというのもある。

 友人であるハーマイオニーは視線を向けてもしょうがないとばかりに肩を竦めて救いの手は述べてくれない。

 その横にいるのは親友のロンではなく、その彼の妹、ジニーだ。

 他の友人たちフレッドとジョージはどっかに行ってしまったし、サクヤはもはや目に見える範囲のところには居らず、おそらく彼女のハッフルパフの友人たちと観光を楽しんでいるのだろう。

 

 ハリーはがっくりと肩を落し、その瞬間をコリンはシャッターに収めた。

 

 

 ハリーはホテルでのひと騒動を思い返していた。

 今まで動物園の珍獣のような見世物じみた視線を受けたことがないわけじゃない。

 初めてホグワーツに来た時は、あちこちからひそひそ声とともにそんな視線がぶすぶすと飛んできていたし、一昨年だって法螺吹き教師のおかげで悪目立ちしたことだってある。

 ただ、それでもこんなところでまで、あれほど露骨に特別扱いを受けるとは思ってもみなかった。

 ハリーがこの旅行に来るまでの間に出会った魔法世界側の魔法使いは、頻度の多い人でサクヤとスプリングフィールド先生、他は数度会った程度でセタ先生やフェイトという人物くらいしか知らなかった。

 そのいずれも、ハリーのことを名乗る前から知っていたと言う人は居なかった(スプリングフィールド先生は名前くらいは聞いたことがあったようで睨みつけられたが)。

 だからこちらの世界では自分は普通なんだと思っていた。むしろお母さんのことやニホンの魔法協会の事がある分、サクヤの方がよく知られているくらいだ。

 

 なのにあんな扱いを受けるなんて……

 

 しかもこの旅行でなら、普段は学年と寮が違うためにあまり会えないサクヤとずっと一緒に居られると思っていたのに、コリンやジニーに囲まれてあまり話せていないような気さえする。

 

 あのゲーデルという人が、サクヤと似合いと言ってくれたときは、どきりと心臓が跳ね、期待してサクヤを見たのだが、その彼女はまるで変わった様子を見せてくれなかったこともハリーの気分を下降させた要因と言えるだろう。

 

 

 

 

 ともあれメガロでの滞在は、観光の時間はまずまずあったものの、全体で見ればそれほど長時間ではなかった。

 なにせ帰りにも同じゲートポートを使用するのでまたメガロには来ることになるからだ。

 

 一行は最初の逗留地であるメガロから空路で次の目的地、アリアドネーへと赴いた。

 

「……これってマグルの避航船とは、違うんだよ、な……?」

「飛行船? うん。まほーの力で浮いとるらしいえ?」

 

 鯨のような形をした大きな飛行船の腹の中に、恐々と乗り込んだリーシャは、離陸する前からおっかなびっくりといった調子で、この質問もすでに5回は繰り返されている。

 どうやらリーシャを始め、魔法の世界にどっぷりつかっている伝統魔法族は科学(よく分からない理屈)で飛行するよりも魔法(よく分からない力)で飛んでいるという方が安心するものらしい。

 流石にマグルの世界にも詳しいフィリスやディズなどは平然とし、むしろ興味深そうに船内を見回しているし、リーシャと同じ純血の伝統魔法族でもフレッドとジョージなどは早速船内探検に乗り出したりしていた。

 

「クラリス? そんなカチコチなっとったら疲れるえ~?」

「………………そう」

 

 挙動不審なリーシャや、いつにもまして仏頂面+凍り付いているクラリスをほわほわとほぐそうとしつつ、鯨飛行船はメガロを離れ、次なる目的地へと旅立った。

 

 

 

 

 

 ハリーは船内の窓から移ろっていく空の景色を眺めながら、眉根を寄せていた。

 

 空を飛ぶのは好きだ。

 ただしそれは自分が、箒に乗って、爽快に翔けることが、だ。

 ハリーが飛行機、もしくは飛行船というものに乗ったのは、マグルの世界のものも含めて初めてだ。

 顔も見えない操縦者の手による鯨の飛行船で運ばれることのは、なんとも言えない違和感を生じさせていた。

 思い通りに行かない歯がゆさ。風を切る爽快感のなさ。

 

「箒にも乗ってないのに空を飛んでるのが退屈か、ハリー?」

「あ、シリウス? えっと……」

「それとも風になった感じがないことがか?」

 

 ようやくコリンやジニーから解放された一人きりになるタイミングだったが、話しかけてきてくれたシリウスに少し気恥ずかしそうに頷きを返した。

 

「なんで分かったの?」

「ジェームズが地面に降りてた時と同じ顔をしてたからさ。まあ、あいつの場合は地面に降りたら降りたで今度はどうすればリリーに見てもらえるかってバカやってたけどな」

 

 父の親友が肩を竦めておどけてみせたので、ハリーはくすりと笑った。

 父の話は、あまり聞いたことが無い。

 一歳で父母と死別したハリーは、預けられたダーズリー家がポッター家を嫌っていたこともあって、ハリーに両親のことを話してくれたことはほとんどない。

 マクゴナガル先生やハグリッドが昔の生徒を懐かしむようにわずかに語ってくれたことがある程度だ。

 だから父の大の親友であったシリウスから語られるそれは、ハリーにとってとても新鮮で、嬉しいものだ。

 

「父さんはどんなバカやってたの?」

「ん? そうだな……暇を見てはスニベリーに呪いをかけたりかけられたり、知っての通り我らが親愛なるムーニーの可愛いふわふわと遊ぶ計画を立てたりさ」

スニベリー(泣きミソ)?」

「ああ。……魔法薬学の先生殿さ」

 

 ムーニー(ルーピン)パッドフッド(シリウス)ブロングス(父さん)……名前を呼ばれなかった一人のことをシリウスや、今はもういない父さんがどう思っているのかは分からない。

 代わりに上がった名前は(直接は呼ばなかったが)シリウスの顔に少しの苦みを注いだようだ。

 

「後はそうだな……夏休みにバイクでマグルの警官や死喰い人とカーチェイスした時は、空は飛んでなくても笑ってたな」

「カーチェイス!? そんなことまでしたの!?」

 

 父とシリウスの昔の思い出。

 それは平穏に過ごしたい(とは思っている)ハリーからすれば中々にぶっ飛んだ経験だ。

 まあハリー自身も空飛ぶ車でホグワーツ特急を追い駆けたという前科があるものの、それはハリーが望んだというよりも(一応は)已むに已まれぬ事情があったからだ。

 

 シリウスはくっくっと笑い、その顔はとてもハンサムにハリーの目には映った。

 そして再び遠くを見るように空の景色へと目をやった。

 

「バカだったからな。まあそれでも彼らほどの…………ハリー。マグルの世界は楽しいか?」

「え?」

 

 不意に話しの流れが変わり、シリウスの質問の意図をハリーは咄嗟に掴み損ねた。

 マグルの世界が楽しいか?

 その質問に対する答えはノー以外ありえない。

 ダーズリー家でのハリーの扱いは最低で、マグルの友人はいない。楽しい思い出なんてほとんどないと言っていいし、ハリーにとって幸福な思い出といえばすべてが魔法に関わってからのできごとなのだ。

 夏休み前にシリウスが誘ってくれた時に即答したように、マグルの――ダーズリー家から出ていくことができるのならすぐにでもそれを選択したいくらいだ。

 だが、安易に答えるには、というよりもシリウスの様子はハリーの答えを求めているようには見えなかった。

 

「俺の家 ――敬虔なる我がブラック家は、ろくでなしの集まりだった」

 

 シリウスは空を見つめたままぽつりと語り始めた。

 それはシリウスの実家――イギリス魔法界でもきっての純血の名家、ブラック家に対する思いだ。

 

「少しでもまともな奴がいれば、すぐに家系図からは抹消だ。イギリスにはもう碌に残っちゃいない純血であることだけを誇りにしているような家で、俺はそれが嫌で16の時に家出して、君のお父さんの家に転がり込んだ」

 

 ハリーはイギリス魔法界についてあまり詳しくない。

 マグルびいきの純血の一族であるウィーズリー家のロンや、本好きで物知りのハーマイオニーから知識を補完されることはあるが、基本的にはほとんど知らないと言っていい。

 シリウスのブラック家のことも、自分の家であるポッター家についてだってほとんど知らない。かろうじて魔法省の大臣がコーネリアス・ファッジであり、犬猿の間柄であるマルフォイ家がかなり有力な名家であることくらいは知っている程度だ。

 

 自分の庇護下に迎えたいという意志がそうするのだろうか。シリウスはあまり語りたいようには見えない自分の家のことを自嘲気味の顔でハリーに語り始めた。父の話題が出てきた時にだけ、ほんの少し緩和されたように笑顔を交えながら。

 

 ハリーは知らないことながら、イギリスの純血の魔法族はもうほとんど残っていない。

 大抵はどこかでマグルの血と交わっているし、残っている純血の一族もそのほとんどが近遠を問わなければ親戚だ。

 

 そもそも、その有難い純血とやらは、いったいどれほどの価値のあるものなのだろうか。

 魔法使いだって、それこそどこかの学者が提唱したように“火星から生じた”のでなければ始まりはおそらくマグルからの突然変異だ。

 

「魔法世界と聞いて、この世界を見て、ふと思ったんだ。もし連中がこんな世界を見たらどう思ったんだろう、てな」

 

 さらに言えば、今彼らが居る“魔法世界(ムンドゥス・マギクス)”にはそれこそ純血の魔法使いがたくさん、というよりもこの世界では住民のほぼすべてが純血の魔法使いで占められているのだから。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 煙突飛行よりはずっと快適で、ただ相応に時間を要した鯨飛行船での移動の後、ハリーたちはメガロメセンブリアからメセンブリーナ連合の領域をぐるりと西へ抜け、魔法世界の二大勢力から外れる中立国、アリアドネーへと到着した。

 

 その街並みはメガロメセンブリアよりもやや古都然とした伝統を感じさせる趣をもっており、街の上空では箒や大きな剣のようなものに乗った甲冑を纏っている人たちが飛んでいたり、屋根の上を飛び跳ねている人影まであったりした。

 ハリーたちを乗せた飛行船は、発着場だろう架橋の先端へと降り立った。

 

「ようこそアリアドネーへ……お久しぶりです、ユエさん」

「お久しぶりです、ビーさん。今回は色々便宜をはかっていただきありがとうございます」

 

 今度の出迎えは、メガロの時とは異なり、お互いににこやかな、懐かしむような友人同士のやりとりだった。

 幾人かの女性からなる一団が一行を出迎え、その一団の中でも中心人物と思われる黒髪の女性が代表して夕映と握手を交わしていた。

 

 ハリーは我知らずほっとした思いを抱いていた。

 代表の女性はどうやら今度こそユエ先生と親しいように見えるし、周囲の人たちも特にハリーのことを特別奇異な目では見ていない。

 

 

「いえ。麻帆良駐在大使からもよくするようにと言われておりますから……大使はお元気ですか?」

「ええ。こちらに来る前もお会いしましたが相変わらずでしたよ」

 

 現在は“現実世界”に駐在している“純粋魔法世界人”である共通の友人を思い浮かべて二人はくすりと笑みを零した。

 

 徐々にだが、本来往来ができない純粋魔法世界人も最近では現実世界に赴けるようになっている。誰でもが往来できるわけではないが、日本の麻帆良学園はとある理由から魔法世界全体にとって極めて重要な都市となっており、駐在大使が派遣されているのだ。

 

 二人が挨拶を済ませると、夕映は女性のことを生徒たちに紹介した。

 女性はこのアリアドネーの学校の総長であるらしく、夕映と交友関係にあり今回の研修旅行に尽力してくれた一人なのだそうだ。

 

 夕映は研修旅行やそのほか色々と総長と話があるらし、総長は後ろに控えていた魔法使いの中から案内役として数名を生徒たちにつけ、にこやかに歓迎の意を生徒たちに告げた。

 

「こちらアリアドネーの戦乙女魔法騎士です」

「彼女たちが案内してくれますので、裕奈さん、高音さん、あとはお願いするです」

 

 

 

 戦乙女魔法騎士と紹介された女性は肩書の物騒さと裏腹にマグルのスーツ姿と同じような服装であり、それほど物騒な感じはない。

 

「このアリアドネーは連合からも帝国からも独立した中立国。学ぶ意志のある者はどのような者でも受け入れる魔法学術都市です」

 

 案内されながら見ていく街並みにはローブ姿の人も多く居るが、それよりも他のところをこそ、ハリーはここが魔法世界なのだと実感していた。

 

「…………エル、フ?」

 

 ハリーは先頭を歩く女性を ――正確にはその頭部から生えているピンと伸びた兎のような耳を見て呟いた。

 

「兎耳に見えるわよ」

「亜人ということよね。ここの街は同じような人がたくさん歩いてるわ」

 

 ハーマイオニーとジニーもメガロとは違う街並みの様子に興味深げに眺めていた。

 

 メガロではほとんど見なかった魔法世界らしい亜人。案内役の女性はどうもそういった類の種族らしい。

 街には他にも犬のような耳の人、猫のような耳の人。肌の色だけでなく様々なところで種族の違いがあるらしい。

 

「皆さんはまずメガロをご覧になられたのでしたね。でしたら亜人はあまり見なかったでしょうが、魔法世界の、特に南の地域ではむしろ純粋なヒューマンは割合としてそれほど多くはありませんよ」

 

 亜人の姿にぽかんとしている旧世界の子供たち(+二人の大人)の様子に、案内役のウサミミ女性は注意するように言った。

 勿論、旧世界、イギリスにも亜人――“ヒトたる存在”は存在する。

 狼人間や鬼婆、ゴブリン、吸血鬼にディメンター。ほかにも類するものとしては巨人やヴィーラ、小人、泣き妖怪、ケンタウロスや水中人などなど。

 だが、いずれにしてもこれほど堂々と街中を闊歩しているということはない。

 ゴブリンであれば、魔法族だけが目撃するような場所で普通に見かけるものの、ここのように“普通の”ヒトと区別なく生活しているといった風ではない。

 

「あの、亜人と人が普通に生活していて、問題なんかは起きないんですか?」

 

 魔法史ではゴブリンを始めとした亜人と人との争いのことも習った。だからだろうハーマイオニーが少し遠慮がちに、“亜人”の女性に尋ねた。

 

「普段の生活ではそれほど大きな問題は起きませんよ。勿論ある程度もめごとは起きますが人種の違いで大きな争いが起きたのは、大戦以降、ここ半世紀ほどではめっきり少なくなりましたね。まあ辺境の地域に行けば治安が悪いのでもめごとはしょっちゅうのようですが、少なくとも都市部では騎士団も駐在していますから治安は保たれています」

 

 ハーマイオニーはややぶしつけな質問だったが、女性は外見上、それほど気を害した様子もなく微笑んで、生徒に教えるように答えた。

 

 ある程度のもめごと、喧嘩や諍いなどは無論ある。だが、それは“人”が集まる以上当然のことで、ハーマイオニーの指摘したような人種による騒乱を意味しない。

 

「大戦で人種に関する条約ができた、ということですか?」

 

 ハーマイオニーが続けて質問をし、女性は興味深そうに彼女を見つめ返した。

 

 研修旅行に来る前の学校での授業――精霊魔法の授業の座学で、ある程度の魔法世界についての知識は教えられた。

 ただし、それは通常の魔法史ほど詳しいモノではない。なにせ実技も含めてたった一つの授業で包括して教えなければならないのだ。それほど詳しい所までできるはずもない。

 

 そしてハーマイオニーは、そういった“違い”に、感心を抱いたのだ。

 

「歴史に興味がありますか?」

 

 ハーマイオニーは頷きを返した。

 彼女はマグル生まれ――純血主義から“穢れた血”などと言われる魔法使いだ。

 たしかにイギリス魔法族では表向きはそういった差別的な問題はよくないこととされているが、他らなぬハーマイオニー自身が、それを体験している。

 話を聞いた限りでは彼女とハリーの親友、ロン・ウィーズリーの父親も純血の魔法族でありながらマグル贔屓の“血を裏切る者”であるために上司のファッジ魔法省大臣から疎まれているという話だ。

 学校でも一部生徒 ――“主に”スリザリンの生徒による純血思想の差別が普通に存在してそれ自体がもめごととなったりする。

 もしも魔法世界で、そんな純血かどうかなどという違い以上の違いを克服したという方法があるのならばと思えたのだ。

 

 

 興味深そうな女生徒。

 質問してきた彼女以外にも、幾人か興味をもったような視線が向けられているのを確認した案内役の女性はちらりと高音と裕奈に視線を向け、アイコンタクトをとってから、微笑みながら優しげに伝えた。

 

「でしたら授業を聴講されるといいかもしれませんね」

「できるんですか!?」

「はい。総長(グランドマスター)から、希望があれば騎士団候補生と同じ授業を受けることができるようにと、とりはかられております」

 

 お世辞にも学校の勉強――特に魔法史なんかは――不人気授業の際たるものではあるが、成績の関わらないものであれば、興味をひかれた生徒も多いようで、生徒たちは近くの友人とざわざわと相談して、授業についてを検討しだした。

 

 

「クラリスは受けるのよね。リーシャとサクヤは?」

 

 フィリスは魔法世界への留学を希望しているクラリスは当然のこととして、他の二人がどうするかを確認した。クラリスはこくんと無言で頷き、同じように二人を見上げ、

 

「おもしろそーだから受けてみよっかな」

「うちもー!」

 

 リーシャは朗らかに、サクヤはほわほわと微笑んで授業参加を決定した。

 

 授業は嫌いでも、成績のつかない雑学チックな講義だからこその前向き検討なのだろう。他の生徒たちも控えめに、あるいはのりのりで参加を希望する声を上げた。

 そこには魔法世界にまで来たのだから、という思いも大きいのだろう。

 

 

 咲耶たちが聴講を決定したように、知的心探求心旺盛なハーマイオニーは当然のごとく参加を決定しており、ハリーもまた、参加の意思表明をして、そのことを咲耶に言うことで話のタネにしようと、彼女に視線を向け――――

 

「あっぶないよー!」

 

 ようとして、上の方から間延びした注意の声がかけられた。

 

 

 

 異世界での、魔法生徒たちのいつもと違う学校生活が短くも開かれようとしていた。

 

 

 注意している割に、その声はそれほど危機意識を喚起させるものではないようなぼんやりとした声音でハリーは反射的にその声の聞こえた上を見上げ―――

 ――――その目の前に“ナニカ”が広がって、景色を遮った。

 

「よっと、危ない危ない……ん? あれ? 男の子? ……見えたかな?」

 

 遮ったのが“少女”だったのに気付いたのは、それがすたんと地面に着地してからだった。隣にいたハーマイオニーもジニーも、というよりも一行のほぼ全員が呆気にとられていた。

 少女の短めのスカートが、遅れてふわりとおとなしくなり、少女はにぱっとハリーを見上げた。

 

 上からヒトが降ってきて、何事もなく降り立ったこと。魔法の世界なんだからそれはまあありえなくもないことだが、それでもいきなりの展開には虚をつかれるものだ。特に案内役の女性騎士は、落ちてきた少女の顔を知っていたがために、一層驚きに彩られていた。

 

「イズー!!!」

「げっ! 先輩!? なんでこんなとこに!?」

「任務中です! あなたこそ今度は何をしたのですか!?」

 

 先輩、と呼ばれた女性は落下してきた少女をとっ捕まえて、首根っこ掴んで持ち上げた。

 

 さらに驚きなのは少女の容姿だ。

 ハリーから見ても顔立ちは可愛らしいと思える容姿をしている。

 額になにやら奇妙な紋様のようなものが描かれているが、今はえへへと誤魔化し笑いを浮かべている褐色の顔は愛嬌があり、普通の人間ではありえない明るい緑色の髪は軽く波打つようにして少女の躍動的な性格を表しているようだ。

 服装はどこかの学校の生徒なのか、制服らしきものを着ているが、スカートの丈はホグワーツのものよりもかなり短く、太ももの大部分は露わとなって、少女の褐色の肌をさらしていた。

 だが、そんなあれこれよりも生徒たちの目を引いたのは、少女の頭部に映える二本の大きな角と短いスカートの下から伸びている太い尻尾だ。

 

「いやー。まあそれは……って、先輩、この人たちは?」

「だいたい注意を促すのならもう少し危機感を煽る様な言い方を……はぁ、客人です。旧世界、イギリスの」

「旧世界!? あっちから来たの!!?」

 

 猫のように首根っこを掴み上げられていた少女は、先輩と呼ぶ女性が引き連れていた一団へと話題をそらそうとして、返ってきた答えに瞳を輝かせた。

 ひゅん、と一瞬で脱走した少女は、次の瞬間、呆然としていたハリーの目の前に立っており、ハリーの手を握った。

 旧世界からというのがよほどうれしいのか、満面の笑顔を浮かべている。

 

「私、イゾルデ!! イズーでいいよ!」

「え。あ、うん」

「同い年くらいの旧世界出身の子って初めて見たよ! ――――ところで君、見えた?」

「?」

 

 咲耶のほんわかとしたニコニコとはまた違う、燦々とした輝きのようなニコニコ顔。その笑顔のまま、イズーと名乗った少女はハリーに謎の質問を付け加えた。 

 思わぬ事態、からの謎の問いかけに、ハーマイオニーとジニーが訝しげにハリーを見る。

 その問いかけの意味を、ハリーも一瞬理解しかね――――そして遅れて理解してしまった。

 

「な、ない!! ちが! 見えてない!!」

「……ふーん。君、目がいいんだ」

 

 少なくとも、視力的な意味ではこれ見よがしな丸メガネをかけたハリーを目がいいとは言わない。二人のやりとりに、首を傾げるハーマイオニーとジニーにはおそらく意味が分からなかったのだろう。

 空から落下してきて、一瞬で目の前を通過した光景。

 普通であればそれを認識することは常人にはできはしない。

 だが、ハリーは類まれなシーカーとしての素質を持ち、高速で飛翔する小さなスニッチを見つけて捉えるというクィディッチで鍛えられた動体視力がある。

 だから……まあ、分かってしまったわけだ。

 少女の穿いているミニスカートの下がどうなっているかが。より具体的には、ハリーの太ももよりも大きい尻尾があるのに下着はどうしているかの謎が解明されてしまったという…………

 否定の言葉とは裏腹に、ハリーが見えていたことを証明するように顔はこれ以上ないほどに赤くなっており、動揺を露わにしたハリーに対して二人の少女の顔が険しくなる。

 少年の初心なリアクションを楽しんだのか、イズーは楽しげに笑ってから握っていた手を離した。 

 

「ま、いいけど。いきなり驚かしてごめんねー。ちょっと悪者に追われてて」

「誰が悪者ですか!!!」

 

 次から次へと、というのはこういうことだろうか。

 幸いにも今度は上空から落下してくるということはなかったが、空から数人の女の子が箒に乗って降りてきた。

 先頭で怒っている顔を見せているのは、白いネコ耳のようなものを生やした子で、よく見るとイズーと同じ制服を着ていた。

 

「げっ。委員長!」

「イゾルデさん!!」

 

 地面に降り立った女の子を見て、イズーは顔を顰めて逃走しようとし、白耳の少女は制止するように声を上げた。

 

「やっぱりなんかしでかしたな、イズー」

 

 少女だけなら逃走も辞さないといった構えをみせかけたイズーだが、先輩魔法使いが腰に手を当てて怒り逃走を許すまじと構えていた。

 

「ちぇー…………まあいいや」

 

 結局、落下出会い系の角少女ことイゾルデは、箒にのって現れた少女たちによって連行されるように引っ立てられた。

 

「それじゃ、またねー」

 

  去り際、ハリーに向けてぶんぶんと手を振って笑顔を向けてきたイゾルデに、ハリーはなぜか顔を真っ赤にし、友人たちから訝しげな眼差しを向けられるのであった。

 

 

 

 


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