春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

61 / 105
飛翔する魔法使いの卵たち

「というわけで、こちらイゾルデ。クラスは私と同じだよ」

「よろしく~」

 

 エルフの少女に、角と尻尾の生えた少女を紹介されるというファンタジーここに極まれりといった展開に、リーシャはそろそろ感覚が麻痺してきたのを感じつつ、他のみんなと同じように挨拶を交わした。

 

 

 

 第58話 飛翔する魔法使いの卵たち

 

 

 

「今日のお説教は長かったね、イズー?」

「ほーんと。総長からのお叱りが長いのなんのって。“旧世界からの客人を前に礼を失するようでは戦乙女騎士団の――”なんちゃらって、もーくたくただよー。って、それよりさ。今来てる子の中にリオンの関係者が来てるって話聞いたんだけどマジ?」

 

 ころころとよく変わるイズーの表情は、今は少しぐったりとして見せており、机の上にへにゃりと体を投げ出した――かと思いきや、どこかで半端に話を聞いてきたのか、興味津々とメルルに尋ねた。

 

「関係者っていうか、この子ら全員だよ。旧世界から研修旅行で来てて、リオンが向こうの学校で教師やってるんだって」

 

 メルルの言葉に、イズーはびっくりとした顔をして(ついでに尻尾がピンと動いた)、ハーマイオニーやハリーたちをマジマジと見た。

 

「へー、教師かー」

「えーっと、イゾルデさん」

「イズーでいいよ、だいたいみんなそう呼ぶから」

「イズーは、リオンと知り合いなん?」

 

 なぜか感心した様子のイズーに咲耶は気になることがあったのか、小首を傾げて尋ねた。

 イズーの口ぶりは、メルディナやメルルのような遠い有名人を口にしたようなものと違い、もう少し近しい間柄の関係のような気がしたのだ。

 

「んー。知り合いっていうか、恩人……かな。多分向こうは覚えてないと思うけど」

 

 特に照れた様子もなく、あっさりと答えるイズー。だが、その顔はどこか照れているようにも、自嘲めいているようにも見えた。

 リーシャたちはその返答に驚いてイズーを見た。

 注目を浴びてイズーはコリコリと米神をかいた。

 

「ここに来る前にあの人に助けられたことがあってねー。っていうかここに私が放り込まれたのも間接的にはあの人のおかげってとこなんだよ」

「5,6年くらい前だっけ?」

 

 イズーの言葉に、特に驚いていたのはハリーとハーマイオニーだった。

 二人にとってあのスプリングフィールド先生は、サクヤのこと以外に関しては極めてドライに対応する魔法使いだ。

 向こうは知らない、ということは元々知人だったとかではないだろう。それなのに見ず知らずの相手を助けたというのは、二人の持つ先生のイメージとは大きくかい離していた。

 

 

 魔法世界は全てが平和の世界ではない。

 旧世界においてもそうであるように、平和な地域があれば騒乱の絶えない地域や治安の悪い地域もある。

 亜人は種族によっては、その希少性や能力から迫害されることも珍しくはない。

 イゾルデの種族――龍族においてもそれは見られることだ。

 

 彼と出会ったのはそんな世界にありふれた光景の中で起こった、ほんの気まぐれのような出会いだった。

 イズーにとっては荒んだ世界に見えた光のような出会いで、彼にとっては修業時代に遭遇し、気まぐれを起こさせただけの一コマ。

 

 

「そっかー、先生やってんのかー…………よくあの人が教師なんてやってるね?」 

 

 イズーは一度だけ会ったあの魔法使いのことを懐古し、そしてどう考えても性格的に合致しなさそうなことをやっていることに気が付いて苦笑交じりに尋ねた。

 

「ニホンの魔法協会からの推薦だって言う話よね」

「うん。おじいちゃんがお願いしたって聞いたけど」

 

 ハーマイオニーたちほど驚いていなかったフィリスが確認するように答え、咲耶もほんわか嬉しそうに頷いた。

 

「ん? おじいちゃん?」

「あっ、そっか! お母さんが近衛木乃香っていうことは、おじいさんは紅き翼(アラルブラ)の近衛詠春なんだよね」

 

 咲耶の返答にイズーは首を傾げるも、メルルがすぐに気が付いた。

 近衛木乃香の親族、ということは、魔法世界においても有名なもう一人の英雄の親族でもあるということに。

 

「こっちでも有名な方なの?」

 

 ハーマイオニーが尋ねた。同じ世界内ですら、ニホンの魔法協会の長の名前などそうそう分かりはしない。それなのに異世界においてむしろ名前が通っていることに不思議を感じたのだ。

 

「さっき授業で出てた刀もってた男の人だよ。青山詠春! もうだいぶ前に近衛詠春って名前が変わったみたいだけど、旧世界最強のソードマスター! ニホンのサムライだよ!」

「え!?」

「サクヤってサムライの家の子だったの!?」

 

 メルルの話に、ハリーたちはもとより、親しい間柄のフィリスたちも驚いた。

 てっきり魔法使いとしていい家柄だと思っていたら、なんだかトンデモサムライの孫娘だったわけだから驚きもするだろう。

 

「うちもおじいちゃんの若いころの写真は見たことあったけど、戦っとるのは初めて見たわ~。ひょっとしたらリオンとおんなじくらい強かったんやなぁ」

 

 旧世界最強のソードマスター。

 アラルブラのNo.2。

 かのサウザンドマスターの盟友にして、現関西呪術協会の長。

 

 

「へー…………」

 

 照れたように笑っている咲耶をイズーはマジマジと見つめた。

 

 流石に伝統魔法族の中でも精霊魔法の方に慣れているからか、他の――ハリーたちとは違って障壁の展開をしているように視える。

 足元で丸まっている白い子犬は使い魔なのか、魔法生物のように見える。ただ、あのソードマスターの孫、というには武術の心得はなさそうに見え、どちらかというと後衛タイプのように見えた。

 今は自分を見つめ返してくる眼差しに、ワクワクとしたものと、そして…………

 

 不意に、イズーはピンときた。

 

「咲耶。リオンのこと好きなんでしょ!」

 

 いきなりの暴露暴論に、リーシャはぎょっと眼を剥き、フィリスはあらあらと口元に手をあて、クラリスも目を開いていた。

 流石の咲耶も、イズーの話の飛び具合に驚いたのか、一瞬不意を突かれたようになり、

 

「えへへー、うん」

 

 ちょっぴり照れながら頷いた。

 イズーは「やっぱりー」と自身の推測になにやら満足しており、メルルは「ありゃりゃ」と目を丸くしていた。

 

 

「サクヤはスプリングフィールド先生の許嫁」

「はー。そっかー。へー」

 

 クラリスがすでに公の事実になりつつある情報を補足すると、どこかの誰かさんの脳内イメージに特大の錘が落下してダメージを与えたが、イズーは納得したように頷いている。

 

「イズーもリオンのこと好きだったりするん?」

「私? あはは! まあ、好きっちゃ好きだけど、私はこっちにいる大勢のファンの一人みたいなもんだよ。恩もあるし、ただ憧れてるだけ。だから委員長とは相性悪いんだけどねー」

 

 傍で見ているルークやリーシャは口元を引き攣らせていて修羅場かと危ぶんでいるが、咲耶は咲耶で、特に嫉妬心を剥き出しにしたり、不安げな様子もなく尋ね、イズーも豪快に笑い飛ばしながら答えている。

 

 フィリスも、咲耶が嫉妬したりしないかと様子を見ていたが、特にそんな様子もないことから、少しだけひっかかったイズーの言葉じりをメルルに尋ねた。

 

「相性って?」

「ウチはほら、騎士団目指してる人が多いからさ。大戦の英雄のナギとか立派な魔法使いのネギとかに憧れてると受けがいいんだけど、アウトローのリオン派は、まあ言ってみれば不良染みてるってとられちゃうんだよ」

「派閥があんのかよ」

 

 まるで好きなクィディッチチームを語るようなノリになっていることにリーシャたちはわずかばかり驚いた。

 

「メルルは何派なの?」

「私はナギ派かなー。もちろんネギもいいし、リオンの謎に包まれた孤高って感じもいいけどね。ちなみに派閥別性格診断っていうのがあって、ナギ派は武闘派系、いわゆる脳筋が集まってて、ネギ派は知的なインテリタイプが多いんだって」

 

 フィリスの質問にメルルは饒舌になって答えた。

 誰がどういう人物か、という違いは、一人除いてほとんど分からないが、一つだけ分かることがあった。

 

「それで委員長はネギ派の中でも特に崇拝染みてる優等生タイプだから、イズーと相性が、ね……」

 

 今日ハリーたちに文句を言っていたあのメルディナが見た目通り知的な優等生タイプだということだ。

 

「スプリングフィールド先生って、そんな英雄とか立派な魔法使いと同じくらい、魔法世界では有名な人なの?」

 

 ハーマイオニーは少し気になっていたことを尋ねた。

 “ネギ”派だというメルディナが様をつけて呼んだ先生。思い返せばこの研修旅行で初めて訪れたメガロでもあの先生に絡んだ人物との遭遇があり、一騒動起きかけたのだ。

 

「知る人ぞ知るって感じかな? ネームの知名度は抜群だし。メガロと仲が悪いことはとにかく有名で、オスティアの女王様とかネギとかが間に入らないと今でも険悪って聞いたことがあるけど」

 

 ハーマイオニーの問いにイズーが答えた。

 国と仲が悪くて王族や英雄に仲介されるってどんなだよ。と内心でツッコミを入れる一同。

 咲耶が困ったちゃんを思い出すような顔で曖昧に笑っているのは、彼のやや子供っぽい(咲耶にとって)可愛くて困った性格を思い出しているのだろうか。

 

「ただ実力は並外れてるっていうのはたしかだね。なにせ弱冠13歳でのスプリングフィールド杯単独優勝は、史上初の快挙だし。それになによりあの顔と名前だから、色々噂の的になってるよ」

 

 だがそれでも、メルルの言う通り実力はある。

 最強クラスの一角。

 並み居る達人クラスの猛者を寄せ付けない力。

 なによりも2代の英雄の面影を色濃く映すあの容姿は、その名前と相俟って極めて(魔法世界の)世間の注目を集めたものだ。

 

「噂に、ってスプリングフィールドっていう名前のこと? なにか関係があるの?」

 

 ハーマイオニーが尋ねた。

 授業の時から気になっていたのだろう。

 “スプリングフィールド杯”

 2代に渡って偉業を為している英雄の名前。それを一国の魔法協会の重鎮と親しい魔法使いが名乗っているというのだから無関係とは考えにくい。

 

 だが、質問を受けたメルルとイズーは答えに窮したように顔を見合わせ、咲耶を見て、そこにきょとんとした平和そーな顔を見て苦笑した。

 

「んーとね。ナギとネギは親子だってはっきり分かってるんだけど、リオンはよくわかってないんだよね。今の所、ネギの兄弟、ナギの隠し子説。ネギの子供説。他人のそら似説。整形説。ゲーデル博士の陰謀説。ってな感じで色々あるんだけど、そこんとこどうなの咲耶?」

 

 指を立てて色々な仮説を例示したメルルは、許嫁だという少女に尋ねる形で、“魔法界でおそらく最もホットなゴシップニュース”に探りを入れた。

 

 知っている可能性は極めて高い。

 ナギ・スプリングフィールドの盟友である近衛詠春の孫であり、ネギ・スプリングフィールドの仲間である近衛木乃香の娘なのだ。

 

 だが

 

「んー、実はうちもよう知らんのよな」

「え……?」

 

 期待に反して咲耶は人差し指を頬にあて、困ったように言った。

 期待していた答えを得られなかったメルルとは別の意味でハーマイオニーが唖然とした。

 

「元々リオンはお母様とおじいちゃんの知り合いだったらしから、うちが物心ついたころにはふらーと家に来とったんよ。せやから改まって聞いたことなかったかな~」

 

 それでいいのかニホンの魔法協会、という思いは聡明なハーマイオニーならずとも抱いただろう。

 血筋や家系のことを全く気にしないというのはある意味、おおらかな咲耶らしいといえばらしいが、流石に許嫁のことくらい気にかけるべきだろう。

 

「あ、でもお母さんのことは知っとるよ?」

 

 そんな言葉にでなかったツッコミを感じ取ったのか、咲耶は付け足すように言った。

 

「それって、もしかして……あの人?」

 

 だがそれは知りたいようで知りたくない情報。

 メルルは思わず唾を飲み込んで深刻そうに尋ねた。

 ハーマイオニーやフィリスたちは、なぜスプリングフィールド先生の母親のことでそれほど少女が深刻そうな顔をしているのか分からずに訝しそうにメルルを見ている。

 

「? エヴァさん。すっごいまほー使いで可愛い人やで?」

 

 メルルの悩ましい思いをまったく斟酌することなく、咲耶はきょとんと首を傾げてあっさりと、一番あってほしくない人物の、よりによって愛称を口にした。

 

 “エヴァ”

 それがあの先生の母親の名前かと、ハリーたちは特に感慨もなく聞いた。

 しいて気になるとするならば、あの先生の母親というからにはそこそこの年齢だろうに、“可愛い”というのはどういうことだろうかということくらいだろうか。

 

「……会ったことあるの?」

「うん」

「あのエヴァンジェリンと?」

「? うん」

「………………」

 

 だが、そうはいかない魔法世界の住人達。

 

 

 

 交友は深まりつつも、カルチャーギャップはまだまだあるのであった。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 ハリーたちホグワーツ生。

 そして騎士団候補生が手に箒を持って集まっていた。

 

「はーい。それじゃあ今日の飛行訓練は選抜試験も近いので実戦練習としまーす」

 

 彼らがいるのはホグワーツにあるクィディッチ場とは違う、けれども思いっきり空を飛ぶと気持ちの良さそうな芝生場。

 ファランドール先生が生徒たちの教導役として立っていた。

 

「今回は授業の聴講に来ている旧世界の魔法学校生も技術交流として参加するから、男の子もいるよ。脱がし合いが嫌な人は見学に回ってね~」

 

 ファランドール先生の言葉に、騎士団候補生の女子生徒からくすくすと笑い声が聞こえてきた。

 

 ハリーから見て、今のくすくす笑いは自分たちの実力を下に見られたような気がして、わずかにむっとした顔で、くすくす笑いをしたリーダー格の女子を睨み付けた。

 

 ハリーが配されたクラスの委員長、メルディナとその取り巻きの女子生徒たちだ。

 ハリー自身、別に彼女たちをひん剥きたいという願望があるわけではないし、そもそもハリーたちの武装解除では衣服を剥くことはできないのだが、昨日のやりとりからすると、彼女たちがハリーたちを侮っているのは明らかだ。

 ハリーたちの魔法程度、喰らうわけがない、と。

 

「ホグワーツの子たちもいるから改めてルールの説明をすると、レース中は妨害自由。ただし破壊系の攻撃魔法は禁止だから、武装解除と対抗呪文を上手く使うこと! あと高度は30mまでだよ。今回は練習だけど、本番を想定して指定のチェックポイントを通過してここまで戻ってくること! あとホグワーツの人もいるから厳密には指定しないけど一応、コンビでのレースだから気をつけてねー」

 

 軽い調子で説明されたルールは、昨日メルルとイズーに教えられたとおり。

 コンビでの戦いということで、フレッドはジョージと、セドリックはルークと組んでおり、ハリーは誰と組もうかと思ったのだが、実の所選択肢はなかった。

 ホグワーツ生で一番魔法の巧いスリザリン生はこの箒レースに参加しないらしい(というよりももとよりスリザリン生とは組む気はなかったが)。

 ハリーが親しくしており、かつ魔法力の強いのはハーマイオニーとサクヤだが、二人とも箒乗りとしてはあまり優秀ではなく、このレースには参加しないとのことだ。

 

「がんばれー、リーシャ、クラリス!!」

 

 ちなみにサクヤの友人であり、ハッフルパフのクィディッチチームの選手であるリーシャは友人のクラリスと組んで参加するのだそうだ。

 

「しっかしクラリスと一緒に箒で飛ぶことになるとはな~」

「留学予定先のイベント。逃すはずがない」

 

 なんだか嬉しそうなリーシャの横で、小柄なクラリスが感情表現の乏しい表情の中に熱意と戦意を灯して両の拳をぐっと握っていた。

 

 ということで、ハリーが名目上、組むことになったのは

 

「よろしく、ハリー」

「うん。よろしくね、ジニー」

 

 ロンの妹、ジニー・ウィーズリーだった。

 

「心配いらないぜハリー」

「ジニーの箒の腕前は俺たちのお墨付きだ。マルフォイなんかよりよっぽどできるぜ」

 

 彼女の兄たち、フレッドとジョージの推挙もあって、ハリーはジニーと組んで、この競技に臨んでいた。

 ジニーの魔法の腕前は正直あまりよくは知らないのだが、クィディッチの腕前においてはこれ以上ない程に信用できる双子のお墨付きであり、

 

「ジニーちゃん、ファイトー!!!!」

 

 なぜかやたらと応援に力のこもっているサクヤの言外の圧力を受けてでもある。

 

 ハリーは自分の信頼できる相棒である箒 ――ファイアボルトに視線を落し、ギュっと握りしめた。

 

 少し離れたところで見学しているシリウスがくれた世界最高級のレーシング用箒。

 その謳い文句はここに来て正しかったと言えるだろう。

 ハリーが見た限りにおいて、ここの生徒たちが持っている箒は、どう見てもハリーのファイアボルトはおろか、クリーンスイープほどにも洗練されてはいない。

 魔法の腕前はやる前からは分からないが、少なくとも箒の性能は断然にこちらの方が上で――――

 

「ふん。飛行用に特化された専用の箒ですか。自身の腕は大したものではないと告げているようなものですわね」

 

 メルディナがあからさまに蔑んだような視線をハリーの持っている箒に向けた。

 手の中のファイアボルトが優秀であるから、その分だけハリーは自身の魔法の腕前が弱弱しいものだと告げてしまっているように思えて、ギリッと歯を噛んだ。

 

 

 

「おーおー、委員長やる気満々だねえ」

「うっわぁー。ハリー君の持ってる箒って、なんかすっごい飛行用にチューンされてるね」

「ファイアボルトよ。私達の世界では最速の競技用箒なんですって」

 

 早速前哨戦が始まっている参加組とはうって変わって、観戦組のイズーやメルルはフィリスたちと一緒に和気藹々と正しく交友を深めていた。

 

「うーん。私も出たかったな~」

「イズーちゃんはどしてでえへんかったん?」

「う゛っ…………」

「イズーは一昨日の件で今回の研修中、研修生と模擬戦闘の類をすることを禁止させられちゃったんだって」

 

 咲耶の悪意なき言葉がイズーの心にダメージを与えた。

 ホグワーツ生たちが持つ飛行特化型の箒や天敵である委員長との火花繰り出すような活気に当てられてか、羨ましそうにしているイズーだが、どうやら今回はお預けの罰則を受けているらしく、見学組へと回されていた。

 ちなみにメルルが出ていないのは、イズーとペアだからだそうだ。

 

「まあイズーの本領はこういうスピード・戦術系の任務じゃなくて、力押しの制圧系だからこの競技じゃいいんちょーとの勝率は高くないんだけどね」

「ちょっとメルル。なんかそれ私がパワーバカみたいに聞こえてない?」

 

 

 ハリーたちはスタートのためにそれぞれに位置についており、手に持っていた箒へと各々跨り――――ファランドール先生のスタートの合図とともに地を蹴って空へと飛び立った。

 

 

「始まった! ――――お? 委員長が出負けしてる!?」

「おお! ハリー君すっごーい! 他のみんなもやるねー!」

 

 先頭を飛んでいるのは騎士団候補生たちにとっては意外なことに、旧世界から来た魔法使いの――メルルから見ても授業態度があまり良くなさそうな男の子だった。

 コンビを組んでいるジニーは遅れており、連係がとれている様子はないが、それでも単騎での加速力が騎士団候補生たちのそれを大きく上回っているのを見せつけていた。

 先頭にハリー。遅れてメルディナとそのパートナーの女の子が続き、それとほぼ横一直線でウィーズリーたちと、セドリックやリーシャたちがパートナーとともに飛翔している。

 

「ハリーもそうだけどセドリックもリーシャも、私たちの世界の魔法競技――クィディッチの選手なのよ。特にセドリックとハリーはスピードが売りのポジションの選手よ」

「くでぃっち? へ~……あ。委員長が仕掛けた!」

 

 

 

 

 

 

「なっ!」

「速い!!?」

 

 油断、といえばそれも確かにあったが、それでもメルディナたち騎士団候補生にとってハリーたちの箒の速度は予想を大きく超えていた。

 

 メルディナ達の箒や武装は基本的に配給制で、今は画一的な汎用箒だ。

 一部生徒は飛行用にグリップを改造していたりするが、箒というのはただ乗るための物ではなく、杖の代わりにもなるのだ。騎士団員となってからは箒の代わりにランスに騎乗するし、杖のような発動媒体や近接用の武器として使用する汎用性の高い物なのだ。

 飛行術式、安定術式、場合によっては認識阻害術式の全ては、騎乗者の技量に依存する。

 その点で言えば、箒の――飛行用の箒としての性能はホグワーツ生たちが持つ競技用箒の方が段違いに上だ。

 

 特にハリーのファイアボルトは箒の性能によって10秒で約240km/hまで加速できるスペックを有しており、魔法力さえあれば、飛行用の術式も安定用の術式も必要ではない。ただし、安定して、そして速く飛ぶためには術式ではなく純粋に箒捌きの技量が必要となり、勝敗を決するのは箒の性能の違い、そしてその性能を引き出す騎乗者の技量次第となっている。 

 日本では箒による飛行がそれほど得意ではなかった咲耶が、イギリスに来てあっさりと飛ぶことができたのは、飛行用の術式を必要としなかったという理由が大きい。

 

 単純な速度勝負であれば、競技用に特化した箒に乗っているホグワーツ生――クィディッチ選手ではないクラリスですら、メルディナたちの汎用箒に比べて性能が高い―― の方が、勝るのは当然と言えた。 

 

「くっ……ティナ! 仕掛けます!! 前は私が! あなたは後ろを!!」

「了解です!!」

 

 このラリーのゴールは50km。

 まだ開始して数分ということを考えれば、仕掛けるには早すぎる時間帯ではあるが、先頭を飛ぶ一人が速すぎる。

 メルディナはパートナーのアルティナ・ヴェルルへと指示を飛ばし、自らも加速術式を全開にしてハリーのファイアボルトへと距離を縮めた。

 

 

「!」

 

 ほぼ横一直線だった第2陣の中で、二人が急激に加速し、頭一つ抜け出した。

 リーシャたちもそれに遅れまいと加速体勢に入ろうとし、

 

「なっ、箒の上に立った!?」

「ウソだろ、おい!!」

 

 抜け出した内の一人はさらに加速してハリーを追撃。もう一人はリーシャたちにとって驚くことに、箒の上に立って杖を構えて後方から追撃してくるリーシャたちの迎撃の体勢を整えていた。

 

 リーシャとルークは驚愕も露わにし、声には出さずともセドリックとクラリスも驚いていた。

 たしかに箒で飛行中に魔法を放つことができなくはない。

 実際昨年ハリーはクィディッチの試合中にスニッチを追い駆けながらパトローナスチャームを打っていた。

 だが、騎乗に対する安定を騎乗者に依存するセドリックたちの箒では、あんな曲芸飛行――箒の上に立ち、進行方向と逆に構える――なんてことはできない。

 おまけに

 

「シュトル・シュトレル・クワルクシュトレン」

「げっ!!」

 

 唱えられる始動キー。

 このレースにおいて認められている攻撃魔法はただ一つ。

 そしてその恐るべき効果を、リーシャは友人から聞いていた。

 

 ――着ている衣服諸共、武装を解除する魔法……つまり素っ裸にひん剥く魔法――

 

熱波(カレファキエンス)武装解除(エクサルマティオー)!!」

 

 マズイ!! と思いつつも、箒を加速させることに専心していたリーシャたちはそれに対処するゆとりはなく、慌てて舵を切ろうとし、

 

障壁(バリエース)最大(マーキシム)!!! っ!!」

「クラリス!!?」

 

 回避が間に合わず、直撃するその寸前、リーシャたちの前に躍り出たクラリスが障壁に魔力を叩き込んで武装解除を阻んだ。

 だが、相手の魔力はクラリスの咄嗟に込めた瞬間最大魔力を上回っており、障壁にかかる負担にクラリスのうめき声が漏れる。

 

「っ!」

 

 ――持ち堪えきれないっ!!—―

 

 障壁が砕け、クラリスの衣服を高熱にさらす武装解除が直撃する――――その寸でのところで、今度は慌てて箒を操作したセドリックがクラリスを引っ張り、直撃を免れた。

 

「クラリス! 大丈夫か!?」

「…………少し、袖が燃えた」

 

 クラリスのおかげで回避できリーシャやフレッドたちが進みを止めてクラリスのもとへと駆け寄った。

 直撃しなかったとはいえ、クラリスの左右の袖は武装解除の影響を受けて消し飛んでいた(術式の構成のために幸いにも火傷などの外傷はないが)。

 

 クラリスは全力を込めて、それでもなお阻むことができずに砕けた障壁を思い返した。

 

 ――危なかった――

 

 クラリスたちの使う伝統魔法では、魔法による勝負は当たるか当たらないかが大きい。

 例えば今のような場面、伝統魔法同士の撃ち合いならば、相手の攻撃呪文を盾の呪文で防いだ場合、大抵攻撃は徹らない。

 攻撃呪文に障壁貫通能力がほとんどないためだ。

 それは呪文詠唱の短さによる速射性と引き換えにしたものと言えなくもないが、伝統魔法では先に一撃クリティカルヒットさせればほとんど勝敗を決するのが常だから、それは戦術としてそれほど間違ってはいない。

 

 呪文のレベルとしては、クラリスの使った障壁魔法と相手の使ってきた武装解除はそれほど差のあるものではない。

 でなければこの競技のルール――使用できる呪文がほとんどその二つというのはバランスを欠くものとなってしまう。

 つまり今、クラリスの最大障壁が砕けたのは、単純に相手の攻撃魔法の“威力”がクラリスの障壁を上回っていたからだ。

 思い返せば2年前の悪魔襲撃事件の時も、マクゴナガル先生やスネイプ先生の呪文は悪魔の体に常時展開されている障壁に阻まれてほとんど通用していなかった。

 

 これが、伝統魔法による戦いとは違う、精霊魔法による戦い。

 それ自体に優劣がある、とは思わないが、それでも今のように真っ向からぶつかった場合、力不足は明らかだった。

 

「ありがとう、セドリック」

「いや。こっちこそだよ。クラリスが防いでくれなかったら、全員まとめて直撃だった」

「ただの箒レースじゃないって、こういうことか。……どうやらポッターもやられたみたいだな」

 

 クラリスは危ういところで自分を助けてくれたセドリックに礼を述べた。

 ルークも、これがただの箒レースだと思ってしまっていたために対応が遅れたことを省みて、危うかったことを反省した。

 先頭を飛んでいたハリーも、撃墜――こそされなかったものの、進路から大きく弾き飛ばされて動きを止めていた。

 

 

 

「フル・フィル・フェルル・フィナンシエ」

 

 後ろから聞こえてくる精霊魔法の始動キー(呪文詠唱)に、ハリーは杖を取り出した。

 期待通り、ハリーのファイアボルトは魔法世界においても飛び抜けた加速力と速度維持力を有しており、トップを走れている。

 だが、後ろから迫る気配は余力があるとはいえ、ハリーとの距離を着実に縮めている。

 

「くっ! エクスペリアームズ!」

 

 振り向き様、一瞬で狙いを定めたハリーは打たれる前に伝統魔法での武装解除呪文を叩き込んだ。

 始動キーと長い詠唱を必要とする精霊魔法に比べて、伝統魔法では後出ししたとしても楽に先手が取れる。

 杖を弾き飛ばし、呪文の威力で多少吹き飛ばすことができれば追撃は防げる。それを狙ったハリーだが、

 

「ふん」

 

 前面に伸ばした左手。“無詠唱”で張られた魔法障壁がハリーの放った紅閃を楽々と弾き飛ばした。

 唖然とするハリー。

 今の振り向きざまの一撃は不意をついた筈。だが、相手はいともたやすく攻撃魔法の詠唱中の片手間でハリーの攻撃を防いだ。

 

氷結(フリーゲランス)武装解除(エクサルマティオー)!!」

「ぅわああっ!!!」

 

 そして冷風がハリーへと殺到し、なんとか直撃を躱したハリーだがその左半身を凍りつかせ――そしてハリーの上衣の左側のみを砕いた。

 しかも衝撃によりハリーは飛翔コースから弾き飛ばされ、高速で飛翔していたがためにコントロールを一時失ってスリップするように宙を回った。

 

 

 

 

 

「ああ! ハリー!!」

 

 攻撃を受けたクラリスたちやハリー。

 魔法による大画面のウィンドウでその様子を見ていたハーマイオニーが悲鳴をあげた。

 

「いや! 反応がいい。ギリギリで避けてる!」

 

 その横でイズーが感心していた。

 今のは不意をつくつもりで逆襲を受けたのだ。あの高速の飛行中では緊急回避も難しく、直撃してもおかしくはなかった。

 運に恵まれたこともあったのだろうが、それでも今の場面でメルディナの魔法の直撃を避けたのは中々のものだ。

 

 

 動きを止められたホグワーツ生たちを悠々と追い抜き、先頭集団は一気に騎士団候補生たちで占められることとなった。

 

 

 

 




感想にて幾点か受けた指摘について追記させていただきます。



・ハリポタとネギまの戦闘力について
今回の両校の生徒の差は、私がもつ両原作の魔法のイメージとなっています。
生徒同士の力量差という点では、実は次の話でちらりと出す予定ですが、“騎士団員”を目指している生徒と、ただ普通に魔法使いの勉強をしている学生とではやはり戦闘力に差があるだろうという解釈からです。ハリーにしてもいくつか実践を経験しているとはいえ、本作ではほとんど魔法戦闘は経験していませんし、それを学ぶ時間である“闇の魔術に対する防衛術”が3年中1年しかまともに受けられていないためです。その1年も、多くは魔法生物に対するものが中心なので対魔法使い戦闘の経験がホグワーツ側には著しく欠けている、と解釈しています。
一般の魔法使いの戦力差についても、戦闘力の換算は麻帆良学園を参考にして同程度、としています。そのためネギま最強クラスのインフラが目立つラカン表からすると戦闘力300というのは低いように思われるかもしれませんが、一応このレベルが高位と呼ばれる魔法使いで麻帆良学園や本国魔法騎士団団員の平均レべルとなっています。そのため麻帆良学園(ネギまサイド)と比べてホグワーツの学校教員が人材不足、というふうには設定していないつもりです。

・姿現し / 姿くらましとゲート、瞬動について
戦闘訓練を受けていない魔法関係者が、ネギまの高位魔法であるゲートに相当する魔法を普通に使えているのは脅威ではないのかというご指摘を受けたのですが、本作品ではハリポタ原作中にも見られる“ばらける”というリスクの点から両者を分けております。
ゲートは人の転移、というよりも何かを介して空間を接続しているため姿現しのようなばらけるリスクがかなり低いと解釈しています。ただしその分、魔法としての難易度が高い。一方で姿現しは人そのものを転移しているためのリスクがある分、危険で技術としての難易度が高いが、魔法自体はそれほど高難度ではないと考えています。
また姿現しをして魔法使いの障壁を突破できる強力な魔法を問答無用で叩き込むという戦法に限って言えば、ハリポタ側の方が強いです。以前にもハリポタ魔法とネギま障壁の関係について解釈を述べているので省略しますが、強力な魔法使いの障壁や全力の障壁を張られると一撃ではそうそう貫通はできないと設定しています。
ただし、ハリポタの描写から、姿現しは発動時に大きな音がして、姿をくらますまでにタイムラグがある(ドビーの死より)という欠点のため、戦闘時では瞬動より隙が大きいと解釈しています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。