春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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狗族と人狼

 同じ年代の、異世界の魔法使いたちとの交流を温めることができたアリアドネーの滞在日は長くも短くも感じられるうちに過ぎ、一行は再び鯨飛行船にて次の目的地へと向かう日となった。

 

 フィリスたちは新しくできた友人との別れに、離陸する飛行船の窓から名残惜しそうに外を眺めていた。

 

「次に会うときはオスティアって言ってたけど、イズーたちが選抜試験に通らないと会えないのよね」

「また、会えるとええな……ううん。きっとまた会えるて」

 

 出会いと別れは旅の常とはいえ、淋しさを感じないものではない。咲耶もこの慣れない思いを感じて寂しそうな表情になり――――しかしまた会えることを告げるように顔を明るくした。

 

「そうだな……ん? おい、あれ! あの塔のあたりのヤツ、イズーじゃね!?」

「えっ!?」

 

 リーシャの声に、咲耶やフィリス、クラリスまでもが視線の先を追った。

 

「あ! ホンマや!!」

「なんか跳ねながら塔に上ったわよ、あの子」

 

 ポート近くでもは一番の高さの塔に、箒も使わずにぴょんぴょんと跳ねるように駆け上がった特徴的に大きな角と尻尾を持つ少女 ――イズーの姿を見つけて、咲耶たちは窓に顔をくっつけた。

 イズーは咲耶たちの見送りに来たのだろうが、何かを探すようにじーっと飛行船の方を凝視した。そして、明確に視線を一点に向けてにかっと笑うと大きく手を振った。

 

「もしかしてイズー、この距離で見えてるのかしら?」

「……そうっぽいな。あっ、なんか後ろから来てるぞ」

 

 飛行船の中から見ているから気付いたのだが、果たして外から飛行船を見て、目的の人物を特定できるものなのだろうか。

 ただ、なんとなくあの少女は見えてるだろうと感じさせてくれる。後ろに迫っている人物には気づいていないっぽいが。

 

「あ、あれ委員長じゃね?」

「メルディナさん? あ、ホント。でもなんか言い合いしてるわね」

 

 戦いを通じて仲良くなり、見送りに来た……というわけではなさそうで、なにやらメルディナはイズーと言い合いをしているように見える。

 そしてイズーがなにかニヤニヤとした顔で飛行船の方を指さすと、メルディナは顔を真っ赤にして飛行船の方を睨みつけ、飛行船のどこかに向けて指を突き付け、何か喚いた。

 残念ながら、その声は咲耶たちには届いてはいないが。

 

 ただ、なんとなく言っていることが分かるのは、咲耶たちの思い過ごしではあるまい。

 

「へへへ。まったなー委員長!」

「またオスティアで会おな~!」

 

 多分、ニュアンスは違っても、同じようなことを言っていたはずだと信じて、リーシャたちは手を振ってアリアドネーを後にした。

 

 

 

 

 第60話 狗族と人狼

 

 

 

 

 鯨飛行船内にて、ホグワーツの生徒たちが集合し、ハリーたちの前には初めて見る顔の男性がいて、夕映から紹介されていた。

 

「村上小太郎君です。ヘラスではアリアドネー以上に亜人が多いので彼にも同行してもらいます」

 

 追加の引率者。

 なぜ今さら追加、と思わなくもないが、同時にハリーはその男性の外見から向こうで紹介されるわけにはいかないよな、と納得していた。

 

 ちらりと、ルーピン先生の方を見ても驚きに目を瞠っており、他の生徒たちも動揺してざわついていた。

 

「人狼…………」

 

 一見すると普通のヒトと見分けのつかないルーピン先生とは違って、目の前の男性はあからさまだった。

 野生の猛犬の毛並のような黒くツンツンとした髪の毛。そしてその頭部から伸びている三角形の犬耳。顔つきは向こうの世界の東洋人のようだが目つきが鋭く、強気な性格を感じさせる。

 彼が引率の人たちが言っていたク族の人狼なのだろうか、雰囲気からして狼のような人だ。

 この旅行の始め、ユエ先生たちが言っていた人狼の特性を制御する術を知っているかもしれない人。

 ハリーはややの期待を込めて見つめた。

 もしかしたら人狼の制御ができたら、ルーピン先生がホグワーツに戻ってくるかもしれない。

(実際には、人狼という種族自体を嫌悪するイギリス伝統魔法族の世界では、制御できたとしても学校の教師になどなることは難しいだろうし、昨年制定された反人狼法がある限りルーピンが真っ当な職につくことは難しいのだが)

 

 

 

 

 

 ハリーたちホグワーツ生に小太郎を紹介した夕映たちは、ひとまず解散して高音たちだけで別方面の要件について小太郎と情報の交換を行った。

 

「オスティアの方はどうですか?」

「あー……まぁ予定通り、ってか、荒くれモンがうじゃうじゃや。下の方には楓の姉さんと例のアイツが潜って掃除中や」

「楓さんはともかく、あの人は大丈夫なのですか?」

「心配性やな高音さん。アイツは歯ごたえある獲物さえ居ったらええんやから、ある意味扱いやすいで」

 

 ブルーマーズ計画の進捗とともに、魔法世界の“表側”では魔力が生成される環境が整いつつある。

 それを象徴するように魔法世界でも魔力の充実が見られている。具体的には純粋魔法世界人の現実世界への往来が微々たる進捗とはいえ可能となっていることや、魔力消失現象によって荒廃した地域に魔力が戻っていることなどがある。

 つまり半世紀前の大戦で崩落した旧王都オスティアの浮遊島の再浮上だ。

 だが、その一帯は魔法世界の強者でも苦戦する強力な魔法生物たちが、あたかも雑魚敵のごとく大量にポップする危険地帯になっているのだ。そのまま浮上させては現オスティア市街部にも強力な魔法生物たちが流入する恐れがある。

 そのための処置の一つを、彼らの仲間である甲賀中忍、宇宙忍者の長瀬楓と、“とあるやり手の剣士”に依頼しているわけだ。

 

「日程的に彼女は記念式典までオスティアにいるのでしょう? こちらとエンカウントした場合、その反応は不確定なものがあります」

「咲耶ちゃんが襲われでもしたら私らまでリオン君に殺されそうだしね」

「裕奈さん。そんなありそうなことを言わないでください」

 

 高音たちの懸念は“あの剣士”の行動原理が危険極まりないことにある。

 あっはっはと快活なジョークを飛ばす裕奈だが、リオンの咲耶への“執着”を知っている夕映からすれば、それは笑えるようなことではなく、頭痛を堪えるように額に手を当てた。

 

「心配いらんて。アレの食指が動くようなんは連中の中に居れへん。リオンのやつも来てへんのやったら近衛のガキんちょに手ぇ出す理由もないしな」

 

 高音たちの懸念に対してなかなかに失礼な物言いをする小太郎。

 

 “あの剣士”が狙うのは強者だ。

 自分の剣が存分に振るえるツワモノ。

 小太郎からみて、“彼女”の御眼鏡に適うような使い手は、この一行の中には自分を除けばいない。

 かろうじて高音あたりにちょっかいをかけるかと思えるくらいだろうが、それならまあなんとか対処できるだろう。

 

「まあそっちの話はひとまずおいといて。小太郎君、ちょっと君に見てもらいたい人がいるんだよね」

「あん?」

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 

 

「あんたがルーピンさんか?」

「はい。あなたは、村上さん……ですよね」

 

 裕奈たちに促される形で、小太郎はルーピンたちと会う運びとなった。

 

 この魔法世界旅行におけるルーピンのもう一つの意義、人狼化の制御について小太郎の意見を聞くためだ。

 

 ハリーやシリウスたちと話をしていたルーピンは、自分と同じ、いや、それ以上にあからさまに人狼らしき人物に話しかけられて思わずどぎまぎとした。

 

 連れてこられた小太郎は挨拶もそこそこにして、じろじろと不躾な視線をルーピンに向けた。

 ずいと顔を近づけられたルーピンは居心地悪そうにたじろぎ、口を開こうとし、 

 

「ふぅーん……後天的な人狼への転化、ねえ……」

 

 その口から言葉が出る前に言われた言葉に、ルーピンやハリーたちはぎょっとして目を開いた。

 見た目で分かるこの男性とは違い、ルーピンの人狼特性は、普段は一見して分からないものなのだ。

 

 小太郎はルーピンの反応とは無関係に顔を離し、ちらりと夕映を見た。

 

「魔力の影響で満月の光を浴びると理性の枷が外れて無差別に呪いを振り撒く魔狼になるそうです。同じ人狼種の小太郎君なら、彼の治療方法を知らないかと思ったのですが」

 

 あらかじめある程度は説明していたのだろう。

 それに補足するように夕映はルーピンの人狼化について小太郎に説明した。だが、気になる言葉がそこに含まれていたのか、小太郎は鼻を鳴らしてルーピンを見た。

 

「…………あいにくやけどさっぱりやな。治療なんぞ専門外や」

 

 小太郎の答えに、一緒で話を聞いていたルーピンの友、シリウスは眉を顰めた。

 彼は知っているから。

 シリウス自身はルーピンが人狼だからといっても、友であることに揺らぎなどない。だが、それでも学生時代からずっと、ルーピンがそのことで苦悩し、そして辛い目にあっていることを知っている。

 ユエから治療は無理だと言われてはいたが、あらためてそれを通告されるのは気分のいいものではない。

 

「そうですか…………せめて制御方法くらいなんとかならないかと思ったのですが」

「制御いうてもなぁ。生まれつきのもんやし、気にしたことないわ」

 

 夕映の言葉に小太郎は難しい顔をして唸っている。

 

「貴方は、その、人狼の力を暴走させたりはしないのですか?」

「んぁ?」

 

 ルーピンの質問に小太郎は怪訝な表情となった。

 人狼の力とは、ルーピンにとっては制御できるようなものではなく、ただただ苦痛と嫌悪そのものでしかない。

 その牙を別の誰かに突き立てた瞬間、その被害者は新たな加害者たる人狼へと変じてしまうのだ。

 

「暴走? 力の使い方も分からんガキ時分にはあったかもしれんけど…………なんや、もしかして自分、その力が恐いんか?」

 

 ルーピンの様子から自分との相違を見て取った小太郎は、訝しげな視線を彼に向けた。

 

「貴方は恐くないのか!? 自分の身の回りにいる人を無為に危険にさらして! 人狼は……危険な存在のはずだ!」

 

 

 小太郎にとって獣化は奥の手に相当するものではあるが、紛れもなく自身の持つ力の一つだ。嫌悪するものでも恐れるものでもない。

 だが、目の前の西洋魔法使いにとって、彼の内に宿る力というものは、自分のそれとは違うものであることを理解したのだ。

 一方でハリーやシリウスはルーピンの言葉に悲痛な思いに聞いた。

 

 子供のころからその狂暴な性に振り回され、他者を傷つけない代わりに自らを傷つけ続けた半生。いつか自分も、自身を人狼に堕としたあの人狼のようになってしまうかもしれない。

 血に飢え、未来の希望を潰すことに快感を覚え、他者を自分と同じ穴に引きずり落とすことを喜ぶ、そんな獣のような存在に。

 

「はぁ~、な~るほど」

「なにか分かったんですか?」

 

 小太郎が呆れつつも納得したように頷き、それに対して夕映が尋ねた。

 ハリーたちも今度こそ期待を持って小太郎を見た。

 

「なんでコイツが獣化のコントロールできんかは、分かったわ」

「分かるんですか!?」

 

 小太郎の言葉に、ハリーが驚きと喜色を混ぜて声を上げた。

 それはハリーだけでなく、シリウスやハーマイオニーたちも同じであり、当のルーピンは言葉の意味が理解できないかのように唖然として小太郎を見つめた。

 

 

 イギリス、いや、ヨーロッパにおいて人狼を御する方法はないとされる。

 だが、闇の魔法生物というのは、場合によっては魔法使いによって御される場合もあるのだ。

 例えばハリーが2年生の時にホグワーツを恐怖に陥れた蛇の怪物、バジリスク。

 毒蛇の王ともされるあの怪物は、視線を合わせた者を一瞬で殺すという手の付けようのないようにも思える化け物であるが、一説によると魔法使いによって生み出された存在であり、魔法使いによって使役されることもある。

 日本ではそれに似た存在として式神が存在する。

 人によって作り出される、元々存在する、人の意志を越えるものによって生み出される、様々な経緯はあるが、人の手に余る存在を下し、使役する術は確かに存在する。

 とはいっても、魔法生物の使役に関してヨーロッパの魔法が日本の呪術(魔法)に劣っているというわけではない。

 日本の魔法でも使役できない存在をヨーロッパの魔法で使役できることはままある。先のバジリスクなどその一例であろう。

 

 ただ今回に限って言えば、少し違った。

 

「まーな。簡単に言うと――――――――アンタが弱っちすぎんねん」

「なっ!?」

 

 あまりにもあんまりな言い分にハリーは絶句して小太郎を睨み付けた。

 

「オツムがええんか知らんけどな。ぐだぐだ悩んで自分にすら脅えとる。アンタが自分にどでかい枷をかけっぱなしにしとるから、もう一人のアンタが暴れたがっとるんや」

「暴れたがっているなんて……出来るはずがない! 貴方はフェンリール・グレイバックを知らないのか!」

「誰やそれ?」

「イギリスの人狼だ。子供を噛んで人狼にする事を趣味にしているような屑野郎だ」

 

 小太郎が首を傾げ、夕映たちに尋ねるように視線を向けるも、彼女たちも知らないらしく首を傾げていた。

 それに対してシリウスがやや重い声で、その人狼のことを説明した。

 

 かつてルーピンを噛んだ人狼。

 イギリス暗黒時代。闇の帝王に組し、狼人間の中で最も残酷とされている男だ。

 

「そいつも人狼の制御はできてへんのか?」

「やつは人狼になるときわざと子供の近くに居ようとする! それを制御出来ているだなんて言えるものか!!」

 

 グレイバックの信条は“狼人間は人の血を流す権利がある”というもので、闇の帝王に敵対的な行動をとった魔法使いの子供を噛むことで人生を狂わし、狼人間に、そして死喰い人へとすることを使命と捉えているような狂人。

 

 好戦的な小太郎といえども、流石にそんな人物に対しては思うところがあるのか、目を細めた。

 

「ほー…………まあそもそも種族としての狗族とアンタの人狼化はちゃうもんやから一緒にはできんやろけどな。ただ、たとえ制御する方法があったとしてもアンタはできへんわ」

「なんでそんなことが言えるんだ!」

 

 小太郎の見放したようなおざなりな言葉に、ハリーは思わずカッとなって声を上げた。夕映たちも小太郎の言い様に顔を顰めた。

 

「小太郎君」

「聞かれたことに答えただけやろ」

「それにしても言い方があるでしょう」

 

 話しは終わりとばかりにひらひらと手をふる小太郎を夕映が窘めた。

 叱咤するような気配を感じて小太郎は「はぁ」と溜息をついた。

 

「つーかアンタも分かっとるんやろ。転生転化して人外の特性を持ったんやったら、ネギと同じや。簡単にどーにかなるもんちゃうわ」

 

 溜息交じりの言葉に夕映は難しい顔をした。

 小太郎の言は予期していなかったことではない、というよりも予想通りと言えた。

 転生による人外への転化。

 それの意味するところは最早ただのヒトには戻らないということ。そして代償なくそれを制御することは非常に困難だということだ。

 

 だが、その言葉は不可能ということだけは否定していた。

 それに気づいたハーマイオニーは今にも噛みつきそうなハリーを抑えて冷静に指摘した。

 

「村上さん、それはどうにかする方法があるということですよね」

 

 小太郎はめんどくさそうに頭をガシガシとかいた。

 

「こういうんはそれこそリオンのヤツの…………あのガキ面倒事投げて押し付けよったな」

 

 呟きを口にしながら、この人狼もどきをリオンが魔法世界に送り込んだ理由が分かって声に険を宿した。

 

 内に宿す“本質”の制御は、ネギが経験したのと同じものと仮定するならば純粋戦闘タイプの小太郎ではなく、むしろ闇と魔に卓越したリオンやネギ、“闇の福音”こそが専門だろう。

 そして小太郎の見立てでは、彼らの方法では、今の時点のルーピン(人狼もどき)では確実に人狼を制御できない。

 より正しくは制御に失敗して飲み込まれるだろう。

 

 夕映たちから聞いた情報や短いながらも交わしたルーピンとの会話から、ルーピンが自身の人狼としての“本質”を認めておらず、自身すらをも恐れているのは明らかだ。

 “闇の福音”たちのやり方とは合いそうにない。堕ちるのが目に見えている。

 リオンはそれが自分のところに話が回ってくるのがいやで早々に厄介事を放り投げたのだろう。 

 

 

 小太郎を睨み付けるように見つめてくる子供たちやルーピンの眼差し、そして夕映たちの無言の圧力にを受けてガシガシと頭をかいた。

 

「わーったわーった。人狼のよしみで少しは面倒みたるわ」

「え?」

「暴れさせたる言うとるんや。ガキのお守りで来とんのやから少しはできるんやろ? ほれ。撃ってきてみいや」

 

 

 

 

 

 

 ここには居ない誰かさんに対する小太郎のイライラが沸点に到達しそうになっていたころ。

 

「次は“あの”ヘラス帝国か~」

 

 リーシャたちは相変わらずほのぼのと空の旅を満喫していた。

 

「あの?」

「ほら。ヘラスって言ったら、スプリングフィールド先生をリオポン呼びした勇者がいるとこだろ。あれってサクヤの知り合いなんじゃなかったっけ?」

「あはは。うーん、あの二人は今から行く帝都からはちょい離れた王国のお姫さまやからな~」

 

 次の目的地であるヘラス帝国。

 授業によるとそこは住人のほとんどが亜人で構成されている、リーシャたち魔法族にとっても未知の場所なのだ。

 

「え? お姫さまなの?」

「うん。うちよりちょい年上やったかな」

「えっ!?」

 

 ヘラス帝国領内とはいえ、あの二人がいるのは帝都とは違う古都。いくらあの二人がわんばくやんちゃでも、流石にエンカウントすることはないだろう。

 

 だがそれ以外にもたくさん楽しみはある。アリアドネーでの授業で習ったことやメルルに教えてもらったヘラスの見所(スイーツ編)など楽しみはいっぱいで、飛行船は順調に目的地へと向かい――――突然ズーンという音とともに軽く飛行船が揺れた。

 

「ひゃ!?」

「んあ、なんだ?」

 

 グラグラとした揺れは一瞬。すぐさまもとの通りに落ち着いた。

 

「なんやったんやろ今の?」

「別に天気が悪いわけでもないわよね」

 

 外を見ても、今の揺れを起こしたと思われる原因は見当たらず、飛行も安定しているように見える。

 咲耶たちは首を傾げ――――そして何事もなくまたおしゃべりへと戻っていった。

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

「何を考えてるんですか、小太郎君!?」

「なんや寸止したのにダウンかい。典ッ型的なひょろひょろの西洋魔術師やな」

 

 怒る夕映や高音に対してあきれ混じりに指差す小太郎。その指し示す先には吹き飛ばされて壁に激突し、目を回しているルーピンとアワアワと彼に駆け寄るハーマイオニーたちの姿があった。

 

 瞬動からの掌底一閃。

 但し直撃はしておらず、ただ風圧のみがルーピンを吹き飛ばしたのだが、その威力は障壁なしの魔法使いが耐えられるものではなかったらしい。

 

「船を壊す気ですか!!」

「ただの風圧で壊れるもなにもないやろ。それに見てみい。あれだけでノビとるやないか」

 

 ルーピンは防衛術の教師を務めたこともあり、見かけのひょろひょろとした外見とは違って、魔法使いとしては中々に優秀ではある。

 だが 最強クラスに次ぐレベルの遣い手である小太郎の技を見切れるのは、魔法世界においてもそうは居ない。

 

 躱せるとまでは小太郎も思ってはいなかった。

 だがまさか不意討ち対策に障壁の展開もしておらず、人狼の特性である頑強さがこの程度だとは思いもしなかったのだ。

 

「今、彼は獣化の封印とともに力の一部も封じられているのです」

「あー、裕奈さんのあれか。てことは数日はそのまんまやな…………」

 

 小太郎自身もかつて受けたことのある獣化封印術式。

 彼自身はそれを懲罰として施されたのであり、また受けたいとは思わないのだが、自分からパワーダウンするために使うとは奇特な事だと小太郎はノビているルーピンを見やった。

 

「そいつに言うとけ。封印やらが解けてからもっぺんやったるわ」

 

 ルーピンの傍に駆け寄ったハリーは、敵を見るような目で小太郎を睨み付け、小太郎は睨み付けてくるハリーに薄く笑いかけた。

 

「俺は元々狗族やから噛まれても問題ないしな。もっとも、ひょろひょろのヘタレに俺を噛むような牙があるとは思えんけどな」

 

 

 

 

 

 

 

 


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