春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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オスティア観光

『 戦争の終結、そして災厄と呼ばれた女王の処刑から半世紀

  今だからこそ語られるあの時の真実…………

 

 

「空中王都の崩落拡大中!!」

「本艦の周囲にも強力な魔力消失現象! 即席の対抗呪紋塗装装甲がいつまでもつか……」

 

 砕ける大地

 崩れ行く島々

 

「泣き言はいらぬ!! あと数時間持てば充分じゃ」

 

 

 魔法世界最古の王国――――崩壊…………!

 

「最も的確に市民を救えるよう最大効率で舟を回せ!! ただし!! 捨ててよい命はない!! 一人も救いもらすなこれは厳命じゃ!!」

 

 世界を救う代償に自らの国を滅ぼした苦悩。

 その決断はかの女王にふりかかる最後の悲劇の幕開けに過ぎなかった。

 

 各国への難民の受け入れによる社会不安の増大。

 死の首輪法による国際的な奴隷公認法の承諾。

 

 失われた自国の民を守るための彼女の努力。

 世界を守るため、完全なる結社に通じていた父王からの王位簒奪。

 

 全ては完全なる予定調和だったかのごとく、一つの結実へと向かって行った。

 

 

 “災厄の女王”アリカ・アナルキア・エンテオフュシア

          ――――――――――投獄…………

 

 

「アリカ様の処刑が10日後に行われるだと!? それは本当か!?」

「は、はい……」

 

 明らかになるあの惨劇の真実

 

 

「元老院は戦争で疲弊し、混乱した世界の慰み者としてアリカ様を生け贄にするつもりなのです…………。ナギ!! あの方を救えるのは最早あなただけだ!!」 

 

 迫り来る最期の時

 

「……あの崩壊の時、アイツはこう言ったんだよ。女一人を掬っている暇があるんなら、一人でも多くのいわれなき不幸に苦しむ無辜の民を救え。世界を救えってな。あいつは自分を救えとは、言わなかったんだろ」

 

 分かたれた女王と英雄。

 二人の選んだ道とは……!?

 

「あの方もいわれなき罪への悔恨の念に磨り潰され、希望を見失っておられるのです!! それを見捨てるのですか! あなたが行かなければ誰が彼女を救うのです!! ナギ!!!!」

 

 

 刻限は…………残り10日……

 

「いいんだな……それで……」

 

「ああ。俺たちは――――――」

 

 

 

 魔獣蠢くケルベラス渓谷。魔法を一切使えぬその谷底は魔法使いにとってはまさに死の谷。

 魔法の使えぬ谷底で行く百の肉片となって魔獣の腹に収まってしまえば、たとえ吸血鬼の真祖とえども復活することは叶わぬ処刑法。

 

 

「アリカ様!!!!!」

 

 ただただ続いていた冷たく薄暗い世界でお奪い奪われるだけの日々

 …………その終着

 

 一つだけの暖かな思い出…………

 彼らとともに過ごした――――――――

 

 

「よぉーっし。ここまでやりゃもう充分だろ、おっさん」

「なにっ!? 貴様、いったい!!?」

 

 戦いの日々

 

 

 

「行ってください、ナギ!!」

「忘れんなよナギ。俺との決着はまだ着いてねぇんだぜ」

 

 アラルブラ

 No3――アルビレオ・イマ

 No5――ジャック・ラカン

 

「詠春!?」

「ここは通さん!! ナギの道を阻むものは、俺が相手だ!」

 

 No2――青山詠春

 

「アリカ女王を頼む、ナギ!!」

「お願いします、ナギさん!!!」

 

 No6――ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ

 No7――タカミチ・T・高畑

 

「愚かなッ! サウザンドマスターといえどもあの谷底から生きては出られん!!」

「そいつは、どうかな?」

 

 覚えてるか、あの時のこと

 

「な、ぎ……? え……? なぜ主が……」

 

 サウザンドマスター

 ナギ・スプリングフィールド

 

「捕えよ、反逆者だ!! 谷底の二人も逃すな!!」

 

 俺はお前にまだ伝えてねえことがある

 

 

「なぜじゃ! いくらお主でも自殺行為じゃ!! 魔法の使えぬこの場では、主も普通人と同じ! こやつらの攻撃、一撃でも掠れば即死は免れぬ!!」

「確かに、な!! これまでで一番やべぇ状況かもなっ……けど!!」

 

 ――元アラルブラメンバー監修協力のもと明かされる英雄と女王の隠された愛の物語。

 

「ナギ!!!」

「しまっ! がっ……!!!」

 

 ――サウザンドマスター最大の危機。

 

 

「いかにアラルブラとてこの戦力相手に切り抜けられるわけがない! 終わりだ、英雄たちよ!!!」

 

「はっ!! この程度の戦力で、やれるもんかよ! 俺たちも! あのバカも!!」

 

 ――アラルブラ最後の戦い。

 

 

「なぜここまでの危険を冒して妾などを助ける!? 無意味な行為じゃ!」

 

「言ってねえことがあるからだよ! アンタに!! 伝えてねえ想いがあるからだよ!!」

 

 ――二代英雄の物語を紡ぐ、最後の鍵。

 

 

「アンタの罪も後悔も! 世界すべてへの責任ってやつも! 全部一緒に背負ってやる! だから……!!」

 

 

 “THE LAST ―― THE ALA RUBRA MOVIE――”

 

 真実の愛の物語が、ここに描かれている。

 

 

 

 オスティア終戦記念式典、王都オスティアにて先行上映決定!

 

 括目せよ。英雄、ナギ・スプリングフィールドの物語を。           』

 

 

 

 第62話 オスティア観光

 

 

 

 ゴォンゴォンゴォンという重低な音を響かせながら雲海を切り抜けていく飛行船は、間もなく次の予定地へと到着しようとしていた。

 しかし船の高度は一向に下がる気配はない。

 そしてワクワク、ワクワクと一向に落ちること無いテンションのリーシャたち。

 

「楽しみだな、オスティア!」

「サクヤは何度か行ったことあるのよね」

 

 魔法世界研修旅行もいよいよ大詰め。

 ヘラスからオスティアに向けて移動する飛行船の中では、各々で快適な時間を過ごしていた。

 咲耶たちのようにおしゃべりする者。機内で上映される映画や宣伝を見る者。美しい景色の移り変わりを眺める者。ぼこぼこに傷ついた体を休める者…………。

 

「うん。けど、今の時期は丁度お祭りの時期で、うちもこの時期に来たことはないんよ」

 

 オスティア終戦記念式典

 魔法世界文明発祥の地と言われるこの地で行われる祭りは、ヒトも亜人も、人種も国境も超えて世界中から人が集まって平和を願う魔法世界最大の祭典だ。

 

 かつて魔法世界を二分した大分烈戦争、そして魔法世界崩壊未遂事件。

 二つの歴史的事件の解決と終結日に行われ、リーシャたちもこの研修旅行で訪れたメガロやヘラス、アリアドネーの重役なども出席する魔法世界きっての式典でもある。

 

「皆さん、雲を抜けたら間もなく到着しますよ」

 

 夕映たちが下船準備に入るよう生徒たちに教えに来た。リーシャたちは外の様子を見ようと窓に寄り

 

「どれどれ……お? オオッ!?」

「ぅわぁ……ステキ……」

「………………」

 

 窓から見える景色の先には、白い雲をショールのように纏い、悠然と浮かぶ大小の島々があった。

 生徒たちを乗せた船が向かうのはその中でも一際大きな島。見える限りにおいて大都市のように栄えているところもあれば、大きな森林のような地帯もある。

 

 島からは多くの飛行船が発着しておりホグワーツ生以外にも多くの人ごオスティアに出入りしていることがうかがえる。

 

「市街地でもそうですが、ここでの乗降客も多いのではぐれたり、スリに気をつけるようにしてください」

 

 

 

 

 

 飛行船が到着した新オスティア国際空港から移動し、市街地へとたどり着いた咲耶たち。

 そこではまさにお祭りといえる光景が広がっていた。

 

「う、おぉ!! なんか人スッゲー!! ……てかヒト?!」

「亜人も多いわね。それにアリアドネーとかヘラスに比べるとちょっと……活気がよすぎるみたいね」

 

 まるでリオのサンバのようなド派手な装いであったり、ヴェネチアの仮装カーニバルのような顔のヒトであったり、狼人、虎人、悪魔っ子などなど、街はヒトで溢れていた。

 

「この祭典は七日の間、王都を挙げて行われます。多くのイベントが都のあちこちで行われ、合法非合法問わず、様々な賭け試合なんかも開かれています」

 

 平和を願う式典ではあっても、街の光景からはまったく堅い雰囲気は感じられず、人々は全力でこのお祭りを楽しみ、平和を楽しんでいるといった風に見える。

 

「正統派の箒レースや竜槍騎兵による馬上試合などもありますが、中でも例年最も盛り上がるのが、魔法世界全土から選りすぐりの拳闘士が集い、魔法世界最強の遣い手を決めるスプリングフィールド杯です」

 

 魔法世界最強。ユエが語るその言葉の響きに、ハリーやセドリックなどはごくりと唾を飲んだ。

 アリアドネーでは、箒レースによる空戦での魔法“競技”を体験したが、それとは違う、本当の魔法使いたちの拳闘が繰り広げられるというのだ。

 こちらでの魔法を体感しただけに、一昨年あった決闘クラブとは違うだろうという事は容易に想像がついた。

 

「魔法世界最強、か…………」

「スプリングフィールド先生ってこっちでもめっちゃ強いという話だったよな。ってことはあのレベルが集まってくるってことなのか」

 

 マクゴナガル先生やスネイプですら歯が立たなかった悪魔を容易く蹴散らしたスプリングフィールド先生が使うような精霊魔法の遣い手。その最強を決めるための戦いだというのだから、一体どれほどの戦いが行なわれるのか。

 

 などとまだ見ぬ猛者たちの戦いを夢想してシリアスに浸っているセドリックやルークたちの一方、

 

「あっ! リーシャ見て! ナギまんやナギまん!」

「よっしゃ、食おう食おー!」

「……なんかあっちこっちにスプリングフィールド先生……じゃなかった、ナギって人とネギって人のポスターがあるわね」

「あっちには映画もやっている。船の中で宣伝があったやつ」

 

 思いっきり祭りを満喫している生徒の姿もあった。

 

「おーい…………。ちょいちょいサクヤ。スプリングフィールド先生ってさぁ……」

 

 スプリングフィールド先生のことを尋ねようとしたルークだが、露店で“ナギまん”というまんじゅうを買ってもきゅもきゅ食べている咲耶やリーシャ、観劇の宣伝を楽しげにみるフィリスやクラリス。

 戦い方面には興味関心がないらしい。

 

「彼はまた特殊です。ただかなりの荒くれ者がオスティアに集まってくるのは事実なので皆さんも気を付けてくださいね」

 

 ルークの質問には咲耶の代わりに夕映が答え、あわせて街での注意を改めて伝えた。

 

「特殊ねえ……ん? わ!? おい、セド! なんかすっごい船が来てるぜ!?」

「デカい……あれは…………?」

 

 浮遊島のさらに上空。

 大きな、今まで見たこともないほどに巨大な船が接近している光景に、ルークやセドリックが唖然とした声を上げた。

 彼らだけでなく、他の生徒や周囲の観光客たちも、巨大な船の威容に感嘆の声を上げていた。

 

「メガロメセンブリアの旗艦級戦艦ですね。…………あの船が来ているということは、元老院のメンバーが来ているようですね」

 

 船を見つめる夕映は、その船の来ている意味を考えて顔を険しくした。

 メガロメセンブリア元老院。

 そこはこの数十年で幾度か内部改革を行ったことでかつてとは、中身が様変わりしている。

 ネギの活躍による出自の公表――“災厄の女王”アリカ女王にまつわる真実と彼女の名誉回復という、元老院にとっては悪い意味での大スキャンダルが明らかになったのだから仕方ないとも言えるだろう。

 ……それを数十年単位でしかけた、とある“変態”には敬意を覚えるほどだ(当人には絶対言ってやらないが)。

 ただ、それでも元老院が魔窟であることには違いがない。

 ……ひょっとするとあるいは、このタイミングともなればその変態……もとい元オスティア総督が来ている可能性も高い。

 

「おいおい、なんだよアレ!?」

「あれは、確か戦争の講義で出てきてた……」

 

 見上げる間に、戦艦から吐き出されるように巨大な人型が射出され、見た目どおりの重厚感ある音を立てて着地、そしてズシンズシンと歩き始めた。

 

「巨神兵…………」

「ただのパフォーマンスです。持っている杖も儀式用です」

 

 魔法世界の特色とも言える巨大兵器の姿に、思わずディズの口元が歪んだ。

 世界を越えても分かる、圧倒的な力の姿。

 高音はとりたてて騒ぎ立てるのではなく落ち着かせるようにアレを儀式用と言い切ったが、あれだけの質量の機動兵器だ。

 魔法世界製なら対魔法処置も施されている可能性もある。

 ただ巨大なだけで十分に脅威だ。

 

 驚き醒めぬ間に、対抗するかのようにヘラス帝国のインペリアルシップが姿を見せて、同じように巨神兵を落していくのだから、ホグワーツの生徒たちは唖然とするほかなかっただろう。

 

 だが、一足早く周囲の観光客や落ち着きを取り戻したようで、中でも気性の激しい連中などはテンションが上がったのか街中で野試合などをおっぱじめていた。

 

 

「ユエ先生。なんか決闘みたいのが始まってますけど、街の治安とかって大丈夫なんですか?」

 

 周囲の観客たちは囃し立てて、やれ「北に2千」「南に4千」などと賭けと思しき声まで上がっているが、ホグワーツ生にとってはぎょっとする光景以外のなにものでもない。

 ハーマイオニーは慌てて夕映の袖を引っ張って尋ねた。

 

「裏路地は危険です。表通りに関しては……まあ野試合とかがよくあるので注意は必要ですが、警邏が巡回していますから、騒ぎになったらすぐに駆けつけてきますよ」

 

 夕映は何でもない事のように言うが、すぐ近くで起こっている野試合はホグワーツでやったような決闘とはまるで違う、昨年度にシリウスがやったような、いやそれよりも遥かに激しいバトルにしか見えない。

 

 …………と、

 

「どうやら騎士団が来たようですね。無届の野試合は祭りの名物ですが、街中では取り締まりの対象ですからね」

 

 騒ぎを聞きつけたのか、白い鎧に身を包んだ戦乙女騎士がランスに乗って駆けつけて野試合を取り締まり始めた。

 警備団と思しき騎士の登場にハーマイオニーなどはあからさまにほっとして、男連中の幾人かは残念そうにむくれた。

 

「むぐむぐ……あれ? アレて、ありあどねの騎士団じゃないですか、夕映センセ?」

「ええ。基本式典期間中の警備はオスティアのものと、アリアドネーの騎士団の増援で行われますから」

「えっ!?」

 

 ナギまんを食べながら事態を見守っていた咲耶がふと気づいて尋ねた質問と、夕映の答えにハリーたちは先とは違う意味で驚いて騎士団を見てみた。

 だが、騎士団員はフェイスアーマーを着用しており、顔を判別することはできな…………

 

「一人でっかい角と尻尾生えてるのがいんだけど。あれってイズーじゃね?」

「……みたいね」

 

 できそうなのが一人だけいた。 

 リーシャとフィリスが認めた先に居るのは、つい数週間前にアリアドネーで別れた大きな竜の角と尻尾を持つ少女。

 向こうも気づいていたのだろう。暴れていたごろつきを鎮圧すると、周囲のメンバーになにか声をかけて咲耶たちの方へと歩み寄ってきた。

 

「よっ! やっぱまた会ったな!」

「イズー!!」

「うわぁ。イズー、試験受かったんや!」

「まあねぇ~」

 

 話しかけながらフェイスアーマーを持ち上げ、顔を見せてきたのは特徴的な額の紋様と褐色の肌を持つ可愛らしい竜族の少女、イゾルデだ。

 

「そしたらいいんちょさんは……?」

 

 イズーと再会できたのは嬉しい。素直に喜んだ咲耶だが、すぐに選抜の結果彼女がここにいるという意味の逆に思い当たって尋ねた。

 イゾルデ(とおそらくメルル)がここにいる以上、委員長ことメルディナとアルティナは落ちたのだろうか。

 

「委員長たちも来てるよ」

 

 懸念した咲耶だが、イズーがちょいちょいと近くに来ていた騎士を指さした。

 騎士の女性はイズーと同じようにフェイスアーマーを持ち上げて顔を見せた。

 

「お元気そうですわね。ホグワーツのみなさん」

「あっ、いいんちょさん」

 

 先程の捕り物の時とはうって変わって優雅に挨拶をするメルディナに、咲耶はにぱっと笑って手を振った。

 メルディナは咲耶をちらりと一瞥し、それからホグワーツの生徒を見回して――とある箇所を見て顔を赤らめた。

 

「っ、ぅ……い、イゾルデさん! 今は任務中ですわよ!」

「へいへい。まじめだねー委員長は。んじゃ仕事中だから、また後でなー」

 

 ちらちらと誰かさんをチラ見していたメルディナは、誰かさんと視線があったのかガバッとイズーに振り向いて腕を引っ張っていった。

 

「行ってもたなー」

「忙しそうだな」

「街のあちこちで今みたいな騒動が起こるお祭りですからね。みなさんも出歩くときは気を付けるようにしてください」

 

 

 賑わうオスティアの街を一巡り散策した一行は、オスティア滞在先のホテルへと赴いて体を休めた。

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

 魔法世界文明発祥の地、オスティア。

 名物として知られているのは、やはりなんといってもその風光明媚な街並みや遺跡群。

 だが、それに劣らないほどの名物として温泉が知られている。

 特に朝風呂は縁起がいいということで信心深いお婆さんや前夜に飲み明かした若者たちで公衆浴場は賑わいを見せる――――というのがオスティア観光本に記載された宣伝文句だ。

 

 

「おおー、広いなー」

「ホント。ホグワーツの監督生用の浴場もすごかったけど、こっちはこっちですごいわね」

 

 というわけで、その晩。

 リーシャやフィリスたちは仕事上がりのイズーたちと一緒に公衆浴場へとやってきていた。

 

 ホグワーツの学校では生徒個人が入れる小さな浴室とは別に、監督生やクィディッチチームのキャプテンのみが入ることができる専用の浴室がある。

 一般生徒であるクラリスや咲耶はもちろん、平のクィディッチ選手であるリーシャもその中身は知らないが、監督生であるフィリスだけはその中身を見たことがある。

 ホグワーツ監督生用のそれは、浴室も浴槽も白亜の大理石造りで、宝石の埋め込まれた金の蛇口などで彩られた豪華絢爛な浴室だ。蛇口からは様々な種類の入浴剤の泡がでてくる楽しいお風呂ではあるのだが、普段は友人たちと行動を共にしているフィリスはそちらをあまり利用していない。

 時たま監督生としての仕事で咲耶たちと入浴の時間が外れてしまったときに利用するくらいだ。

 

 だがここの公衆浴場は、風呂場、というよりもアミューズメント施設のように広くてさまざまな造りをしている。見渡すといくつもの大きな浴槽が散在しており、それぞれに湯の色が異なるのはそれぞれに薬効なりなんなりが異なるからなのだろうか。

 

「わーい。温泉温泉!」「…………」

「咲耶さん。風呂場で走らないように」

 

 感嘆しているフィリスやリーシャとは別に、咲耶はクラリスを引っ張って元気よく近くの浴槽に突撃しており、夕映が呆れ混じりに口頭注意をした。

 みんなでお風呂、ということでテンションの上がっている咲耶にイズーたちは微笑ましげな眼差しを向けた。

 

「おーおー、元気いいねぇ」

「まったく、子供の遊び場ではありませんのよ」

 

 裸の付き合いとして一緒に来たイズーやメルディナたちも苦笑しつつお湯へとつかった。

 リーシャたちもお湯につかってぐぐぅーと手足を伸ばした。

 

 ホグワーツの魔法のかかったシャボンなどはない、魔法世界の王国にもかかわらずマグル製の浴室と同じ造りだが、それでものんびりできる風呂場は長旅で疲れ気味の生徒たちの体をほぐすにはうってつけだった。

 咲耶はタオルを頭にのっけて、ほにゃ~とふやけていた。

 そして他のメンバーは…………

 

「メルディナさん。ちょっと聞いてもいいですか?」

「なんですかフィリスさん」

「オスティアの警備任務ってずっとあんな感じなんですか?」

「まあだいたいわ…………私たちはまだ候補生ですから任務はゴロツキの鎮圧レベルしか任されませんわ」

「ゴロツキの鎮圧って、危険ではないんですか?」

「ハーマイオニーさん。そのために私達は選抜されたんですよ」

 

 フィリスやハーマイオニーは真面目同士で気が合うのかメルディナやアルティナとよく話をしていた。

 ホグワーツでは基本的に生徒が荒事を任務として任されることはない。一部生徒が“自主的に”荒事に首を突っ込むことはあるが、それは校則をボロクソに破っての違反行為だ。

 ただ彼女にとっては――より正確には彼女の友人にとってはのっぴきならない事情があったがゆえに、首を突っ込みまくることとなった。そのため、同じくらいの年で、自分から荒事を仕事としようとしている気持ちに興味があるのだろう。

 

 

 ふにゃけている咲耶の近くでなにやら深刻そうな顔をしていたクラリスは、じーっととある一点を見ていた。

 

「ん?」

「どしたんクラリス?」

「………………」

 

 クラリスはその一点、イズーの豊満な両の果実をむんずと掴んだ。

 

「なっ!!?」

「お? どうした?」

 

 不意を打たれたイズー本人は特に驚いた様子もなく、むしろ咲耶やいつも揉まれているリーシャが目を丸くした。

 

「………………」

「何やってんだ、クラリス!!!?」

 

 ムニムニムニムニと果実の感触を堪能しているクラリスを、我に返ったリーシャが慌てて羽交い絞めにして引っぺがした。

 イズーの大きな胸が指圧から解放されてぽよんと揺れ、クラリスの背中に押し付けられたリーシャの胸がぐにょんと潰れた。

 

「品評」

「はあ?!」

 

 背に受けた感触にか、クラリスはむぅとした顔をしてくるりと振り返った。

 振り返り、今度は

 

「リーシャより大きい」

「なっ!?」

「でも……」

「ひゃわぁっ!!?」

 

 いつもの手に馴染んだ方の果実を掴んだ。

 もにゅもにゅとクラリスの手の中でリーシャのが形を変え、びくんとリーシャの背が伸びた。

 

「リーシャの方が感度が良い」

「ぁっ! やぁっ、っ! めんかっ!!!」

 

 クラリスの指の動きに合わせてリーシャ艶めいた声が上がり、――――――――拳骨がクラリスの頭に落ちた。

 

 

 

 

 

 

「何をやってるんだか」

 

 一方、離れたところで子供たちの様子を見ていた裕奈は呆れたように苦笑していた。

 かつては彼女も元気いっぱいでオスティア風呂を走り回ったが、流石にこの年になれば落ち着きも多少は出るだろう。

 

「…………」

「ん? どうしたのゆえ吉?」

 

 その横で、なにやらじと~とした眼差しを向けている夕映に裕奈は尋ねた。

 夕映は振り返り、そしてそこにあるものを見て溜息を吐いた。

 

「…………いえ。なんでもありませんよ、裕奈さん。アナタにはきっと関係ないことですから」

「? ……ああ。ムネか」

「ぅぐっ!!」

 

 ぐさりと、どこかにナニカ鋭いものが突き刺さった。

 

「楓とか千鶴さんほどじゃないけど、あの子たちも相当だよね~。“全盛期の”ゆえ吉とあのクラリスって子が同じくらいかにゃぁ?」

「っ!! 」

 

 大人組は大人組で、いろいろとこの引率に思うことがあるらしい…………

 

 

 

 

 

 


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