「ふ~ん。これが……SPEWバッチ?」
「エス・ピー・イー・ダブリューです!」
リーシャはハーマイオニーから手渡されたバッジを気の無さそうな顔で眺めていた。
「ハーマイオニー、最近これを作っていたの?」
「ええ。
最近のハーマイオニーは、食事の時間の度に早食い記録に挑戦しているかのようにあっという間に食事を終えて、図書室へと駆けて行くということを繰り返していたが、どうやらそのS.P.E.Wなる組織の設立のために奔走していたらしい。
「なんでまたんなことやろうなんて思ったんだ?」
リーシャが尋ねた。
こじんまりとしたリーシャの家には屋敷しもべ妖精は居ないが、純血の魔法族であるリーシャは、もちろん屋敷しもべ妖精のことを知ってはいる。
ある程度大きな魔法使いの屋敷に住みつき、その家の魔法使いに無償で奉仕することに名誉と喜びとを感じる妖精。逆に、主人である魔法使いから報酬を受け取ることは彼らにとって極めて不名誉とされ、特に衣服を主人から貰うということは彼らにとって解雇を意味する。
ちなみに、ホグワーツにも屋敷しもべ妖精は存在しており、その数はイギリスでも最大数と言われており、生徒や職員の食事や掃除などの雑務のほとんどは、彼らが人の目につかないところで済ませている。
「なんで? 奴隷労働なのよ!?」
何気なくもまっとうなリーシャの質問にハーマイオニーはスイッチが入ったのか、ピクリと眉を動かし、リーシャに詰め寄った。
「ベッドのシーツ交換、暖炉の火熾し、部屋の掃除、料理までしてくれる魔法生物が無償無休で奴隷働きさせられているの!」
鼻息荒くリーシャに訥々と屋敷しもべ妖精の仕事と待遇の悪さを述べるハーマイオニー。
だが、リーシャたちの反応はいま一つ悪い。
「ふ~ん……」
ハッフルパフの寮は厨房の近くにある。
毎年バレンタインの際にはそこで咲耶がチョコ作りをするのが定番になっているし、リーシャたちも訪れたことがある。
そこにいる屋敷しもべ妖精たちの姿は、ハーマイオニーの言うところの“奴隷待遇”について、今の労働環境こそが至高だとばかりに仕事に励んでいた。
他人から見て奴隷待遇だろうが、当の本人たちにとっては最高の環境なのだ。
奴隷扱いしている覚えもないのだから、リアクションが悪いのも無理からぬことだろう。
「会員は今の所、私とハリーとロンの3人。短期的には彼らの労働条件の改正。長期的にはしもべ妖精の代表を一人、魔法生物規制管理部に参加することとしているわ」
だが、ハーマイオニーはなにやら義憤に燃えているらしい。
新学期が始まってまだ1週間も経っていないというのに大した行動力である。会員が彼女の友人二人、というのはまあ……活動内容からして仕方ないことではあろうが。
思わずリーシャは強制的に会員になったであろうクィディッチのライバルに同情した。
「…………それで、もしかして勧誘?」
フィリスが呆れ混じりの目をハーマイオニーに向けた。
「そう! と言いたいけれど、サクヤには難しいわよね……」
ハーマイオニーはがばりとフィリスたちに振り向いた。だが、難しい顔でサクヤをちらりと見た。
S.P.E.Wの方針は政治的な思想だ。
海外の留学生をそういう団体に入れることは、非情に危うい。流石にハーマイオニーもそれは分かっているのだろう。
咲耶は申し訳なさそうにぽりぽりと頬を掻いた。
「だからサクヤには、というよりもシロくんに話を聞かせてほしいの!」
第68話 屋敷しもべ妖精解放運動? しもべではないわ! 無礼者め!!
「シロくんのこと?」
勧誘ではなく「話が聞きたい」というハーマイオニーの要望に咲耶は小首を傾げた。
当のシロくんは子犬形態で、主に名前を呼ばれたことで首を巡らせ、咲耶の足元できょとんとした顔をしている。
「サクヤ。サクヤはいつもシロくんと一緒よね?」
「うん」
おいでと手を広げれば、シロはぴょんと身軽に腕の中に飛び込んだ。
相変わらずなにかの術をつかっているのか、ほとんど重さは感じず、ふわふわとした毛並の感触が心地よい。
「お休みとか、お給料とかはあげているの?」
ハーマイオニーは気になっていたことを尋ねた。
無償無休。主に奉公することだけが自分の存在価値とでも思っているような振る舞い。
それはまるで屋敷しもべ妖精の奴隷労働のように見えるのだ。
咲耶は小首を傾げて少し考え、「ふむ」と呟くと子犬状態のシロを抱き上げて目線を合わせた。
日本には厳密な意味で“屋敷しもべ妖精”はいない。
天狗や河童に代表されるように、アジア(日本)に生息している魔法生物とゴブリンやヒッポグリフのようにヨーロッパに生息している魔法生物など、地域によって魔法生物も居るモノと居ないモノとがあるのだ。
シロくんは厳密には魔法“生物”とは多少異なる。
式神という“魔法”生命体、というのが括りとしては正しい。
だが本来的には白狼天狗と言う妖怪の一種であり、魔法生物だ。
屋敷しもべ妖精と同じように魔力(気)を操る術法をもち、確たる人格をもつ。
「言われてみればそやなぁ。…………ふむ。シロくん。お休みとろっか?」
思い返せばシロくんはずっと咲耶の傍に居る。魔法世界の旅行中でも片時も傍を離れなかったし、学校でもほぼ咲耶の足元をうろついて、怪しい人物(基本男性か男子生徒)が近づいて来た時に威嚇しているのがデフォルトだ。
自由を求めて脱走するどこぞのカエルとは対照的と言えるだろう。
普段奴隷として扱っているというつもりは毛頭ないが、ハーマイオニーの言うことも至極もっともだ。
咲耶はにっこり笑顔でシロに提案した。咲耶としてはいつも頑張ってくれているシロくんにゆっくりしてもらって、友達と楽しく遊んでもらいたいというくらいの気持ちだったのだ。
だが、その瞬間、シロはガン!!! と衝撃を受けたように身を震わせた。
「そ、それは、某が、ひ、必要ないということでしょうか……?」
「ちゃうちゃう。シロくん、ずぅっとうちにつきっきりやろ? 偶にはゆっくりのんびりしたり、お友達と遊んだり」
ポンという軽い音とともに子供の形態に人化したシロくんは、ポロポロと涙を流してわなわな震えており、咲耶はよしよしとあやす様に頭を撫でた。
「そ、某にとって、姫さまにお仕えできれば、それだけで身に余るほどの――」
「ダメよ、シロくん!!」
えぐえぐと泣くシロくんの言葉を、ハーマイオニーが鋭く遮った。
仕えるだけでいいなんていうのは、まさしく屋敷しもべ妖精と同じ。まともな教育を受けず、洗脳されているようなものだ。
ハーマイオニーは他の幸福があることを知らないシロくんに教えて上げようと熱弁を振るった。
「屋敷しもべ妖精たちもそう!! まずは働く以外にも楽しみがあることを知るべきなの! 魔法使いに尽くすことだけが幸福な生き方だなんて間違いよ! 自分が不当な扱われ方をしていることを理解しないといつまでたっても――」
「黙れ小娘!」
熱弁を振るうハーマイオニーへの怒声。
怒鳴られたハーマイオニーがびくりと身を震わせてシロくんを見ると、先程までの泣いていたのはどこにいったのか、尻尾の毛並を逆立てて総毛だっている。
右手は腰の刀へとのびており、「ふーっ!!」と威嚇するように喉を鳴らしている。
「姫さまのご友人と思って言わせておけば、先ほどから無礼な! 某は姫さまにこそ仕えているのだ! 末席とは言えども我は神にも通ずる天狗ぞ! 人間ごときの卑小な価値観でこの白狼天狗を推し量ろうなどと、愚弄するにもほどがある!」
「こらシロくん!」
「はぅ!!」「サクヤ!! そんな風に扱っちゃダメ!!」
激昂して今にも刀を抜きそうなシロ。
咲耶はトンカチツッコミで式神を大人しくさせるが、その行為は刀を向けられそうになっていたハーマイオニーの気に障ったらしい。
「なんかおかしな関係になってんな~」
とりあえず三人(二人と一匹)のやりとりに傍観を決め込んだリーシャは三竦みを見て呟いた。
少女の行動に侮辱を覚える式神と、式神の行動を怒る主と、友人の行動に憤る少女。
ハーマイオニーが咲耶の行動を注意すると、それがまたシロの癇に障ったらしく毛並みを逆立ててハーマイオニーを威嚇するが、今度は主からの制止を受けているだけあって行動には移さずにすんだようだ。
とりあえずヒートアップしそうな場を宥めるためにフィリスが口を挟んだ。
「まあまあ、シロくんもハーマイオニーも落ち着いて。ハーマイオニー、アナタのやろうとしていることは分からなくもないけど、やっぱり肝心なのは本人の意思でしょ?」
フィリスはひとまずハーマイオニーの行いに関しての批判は避けて、無難にある程度の理解を示しつつ、拙速を抑えるように言った。
「それは本人たちにちゃんとした判断が下せる場合だわ。その本人たちが現状を認識していないのだから――」
「まだ言うか、この小娘!」「シロくん!!」
だが命に縛られて板挟みにあっているシロとは別に、ハーマイオニーはそんなシロの姿を見るに、自説の正しさについての確信を深めているらしい。
ハーマイオニーが、屋敷しもべ妖精とシロくんが“無知”であるからだと反論すると、それを侮辱ととったシロくんがまたも刀に手を伸ばして咲耶に注意を受けた。
「とりあえず、その本人さんはどう思ってんの?」
ひとまず、自説を盲信しているハーマイオニーにシロくん側の意見を汲み取らせるのが難しいと判じたリーシャは、まだブレーキ役が働いているシロくんに思っていることを言ってもらおうと尋ねた。
「某を人の括りで推し量ることが無礼なのだ。某に休みなどそもそも不要」
だが
言葉を選ばぬ全力の否定にハーマイオニーが再び口を開こうとした。
「シロくん。うちのこと気にせんと、自分のことを言ったらええんよ?」
だがハーマイオニーよりも先に、咲耶がなでなでとシロくんをあやしながら優しく問いかけた。
咲耶とて、シロくんが式神であるという認識はちゃんと持っている。
だが、その上でシロくんは単なる道具や魔法の一つではなく、可愛らしく頼もしい友達だと思っているのだ。
押し付けではなく、シロくん自身が休みを欲しい、何かが欲しいというのならば、それを拒むことをする気はない。
熱くなっていたシロは、主の柔らかな声に頭が冷えたのか、シュンと大人しくなり、居ずまいを正した。
咲耶を見上げ、優しく問いかける眼差しが向けられていることを見た。
その間にハーマイオニーの方も、自分からシロの意見を聞きに来たということを思い出したのか、少しばかり冷静さを取り戻して、乗り出すようにしていた身を落ち着かせた。
シロは主から小娘 ――身の程を弁えぬ妄言を繰り返した人間―― へと視線を移すと、少しだけ口を尖らせた。
「そもそも某は式神です。回復の方法が人とは異なり、食事や休息によってはさして回復しないのです。現体し、維持するためには姫さまの御力をいささかばかりいただく――魔力供給が必要なのです」
ひとまずシロは、主から説明するように求められていることを察して、口を開いた。
ハーマイオニーもシロくんの意見を聞くつもりはあるのか、大人しく傾聴しており、フィリスたちはホッと息をついた。
「某を留めおきながら、姫さまが何事もなく過ごされておられるように見えるのは、それだけ姫さまの御力が優れておられるからなのです。そこらの人間風情では契約した瞬間にでも木乃伊となるでしょう」
なんだか言葉の端々に主礼賛と人間に対する見下しが交じっている気がするが、ハーマイオニー達は耳を傾けた。
S.P.E.Wとやらにはほとんど興味のないクラリスたちにとっても、シロの話はいささか興味のある話ではある。
こちらの魔法でも、動物や魔法生物を使い魔として使役する魔法は存在するが、ニホンのシキガミという魔法が、こちらのとどう違うのかは知的好奇心として気になるものだからだ。
そしてどうやらシロくんを使役することは、魔法をかけて使い魔にするのとは魔法の系統が異なるらしい。
「ゆえに某にとってもっとも快適なのは、姫さまのお傍に控えているときなのです」
ただやっぱり、要約するとシロくんの言は“姫さま素晴らしい”に収束していた。
しかもなにやらドヤ顔で満足気に言ったシロに、ハーマイオニーは苦虫をかみつぶした顔になった。
「でも、一生懸命働いているんだからご褒美くらいあってもいいはずだわ」
いかにハーマイオニーが勤勉といえども、系統の異なるニホンの魔法については詳しくない。シロくんの自己申告によれば給料(?)はたしかに支払われているそうだから、無償というわけではないのだろう。
だが、シロくん自身が休みなく一生懸命働いているのだから、存在していること以上にいいことがあってもいいのではないか。
なおも言い募ろうとするハーマイオニーに、シロの眼が剣呑な色を帯びた。
「そやなぁ。シロくんなんか欲しいものないん?」
だが、咲耶も一緒になってシロの労働環境改善に努めるつもりらしい。姫さまの問いに答えることは、自らの怒気を晴らすことよりも圧倒的に優先度が高いらしい。
剣呑さは見間違いだったかのように消え、顔を真っ赤にして姫さまを見上げた。
「ほ、欲しいものなど。そのような身に余るお気遣い……ひ、姫さまに撫で撫でしていただければ、それだけでもう何にも勝る幸せです」
もじもじテレテレと、いつも咲耶がやっていることこそが至高のご褒美だと断言した。
健気可愛いシロくんの言葉にきゅんときたのか、咲耶は「えへへ~」と嬉しそうにシロくんをぎゅっと抱きしめた。
抱きしめられたシロくんは「あわわ」と目をぐるぐるさせながら顔を真っ赤にしている。
「撫で撫でって、だいたいサクヤが暇さえあれば、シロの尻尾やら頭撫でてないか?」
「要は今まで通りが一番シロくんにとってありがたいってわけね」
とりあえず何事もなく収まったことにリーシャとフィリスはほっとしてやれやれと咲耶とシロくんを見た。
いまだにハーマイオニーはどこか納得いかなそうだが、無償無休で省みられることのない屋敷しもべ妖精とシロくんは違うということは理解したらしい。
・・・・・・・・
咲耶たち6年生の授業は、想像以上に大量の課題と難しい授業内容に大いに苦労することとなった。
“変身術”では今までの無生物を生物に変えるものから、生物を変身させる呪文が始まっていたし、“呪文学”でもそうだが無詠唱での魔法の行使“無言呪文”が当たり前のように求められ、その練習のためにクラスメイトたちは唇を引き結んで顔を紫色にするという光景がそこかしこで見られた。
精霊魔法でさえ無詠唱魔法はできない咲耶ももちろん“無言呪文”を使うことはできず、フィリスとリーシャと一緒に仲良くもがいていた。咲耶の身近で、最初の授業の時から使えていたのはスリザリンのディズとハッフルパフではセドリックぐらいであり、かろうじてクラリスが授業後の復習によって行使することができるようになったくらいだ。
“魔法薬学”に至っては、とびっきり調合が複雑な“生ける屍の水薬”を調合したが、これには咲耶は勿論のこと、クラリスやセドリックですら大いに手こずらされ、薄いピンクになるはずの水薬はせいぜいが薄紫といったところだった。スネイプが講評に値すると判じたのは、O.W.Lを優秀な成績でパスしたはずの生徒たちの中でも、唯一ディズのみという散々たるものだ。
生徒が落第しないように授業をしてくれるスプラウト先生の“薬草学”ですら、有毒食虫蔓などの今までよりもずっと危険な植物を取り扱うようになり、グリフィンドールのリー・ジョーダンが下手につついて絡み付かれるような事態になっていた。
だがもっとも恐ろしく、困難だったのは“闇の魔術に対する防衛術”だ。
ムーディ先生はなんと生徒一人一人に“服従の呪文”をかけてそれに抵抗するという訓練を課したのだ。
ちなみにこの授業内容はシロの癇に大いに触ったらしく、一度目の呪文の際は抜刀して先生に切りかかるところまで行きそうになっていた(呪文をかけられる直前だったため咲耶がとめて不発となった)。
それが終わると今度は、ムーディ先生は無言呪文での対人の魔法の掛け合いをするという実技演習を始めた。
こちらは精霊魔法による魔法障壁が大いに役立ち、決闘クラブに参加していたメンバーは軒並み安全を確保できていたのでまだましだが、やはり無言呪文の行使は大いに難問だった。
というわけで
「………………」
「………………」
「――――ぷはっ!!」
「発動してない。リーシャ、声をださないのと息を止めるのは別」
決闘クラブのメンバーは一旦精霊魔法の練習を脇において、この“無言呪文”の習得を目下の課題としていた。
逸早く“無言呪文”を習得していたクラリスが監督しているのだが、咲耶たち3人は中々に難航していた。
「難しいってコレ!」
バシッと呪文を唱えて、ビシッと杖を振って、ドーンと決めることを得意としている(本人談)リーシャにとって、黙って魔法を使うというのは納得がいかないものらしい。この叫びも果たして何度目だろうか。
「集中力が足りてない。フィーは……もうできてきている」
「そうは言っても全然威力が出てないわ。もう少し何とかしないと」
「でも出るだけすごいわぁ。うちまだ全然や」
無言呪文の行使には通常よりも強固な集中と魔法のイメージ、そして魔力が必要とされる。
ジッとしているのが苦手なリーシャは集中力が、伝統魔法への慣れが不十分な咲耶はイメージが伴っていないのだろう。
フィリスだけがこの練習によって何とか使えるくらいになっていた。
うむむと試行錯誤しながら練習していると同じ決闘クラブのメンバーである、セドリックとルーク、そしてディズが入ってきた。
「スリザリンの方はどうなんだ?」
「さあ? 僕はクィディッチチームには関わっていないからね」
ルークの質問にディズは肩を竦めて答えた。クィディッチと言うワードに、リーシャがぴくんと反応して顔を向けた。
「クィディッチがどうしたんだ?」
ただでさえぐだりがちだった無言呪文の練習への集中が完全に途切れたのを見て、クラリスとフィリスは溜息交じりに肩を竦めた。
ちょうど煮詰まって来たこともあり休憩するにはいいタイミングだ。
「グリフィンドールチームがすごいことやらかそうとしてるんだよ」
「すごいこと?」
ルークの言葉にフィリスたちも首を傾げた。
フィリスたちはクィディッチチームには入っていないが、ホグワーツ生の常としてクィディッチは最大の楽しみであり、毎年応援には熱がこもるものだ。
ルークはにやりと笑い、セドリックが困り笑いを浮かべた。
「イズーがクィディッチチームに入ろうとしているらしい」
「ええっ!?」
「今年からグリフィンドールチームのキャプテンになったアンジェリーナ・ジョンソンがマクゴナガル先生に聞いていたんだ。『交流を深める目的ならクィディッチをやるのが一番いいはずだ』って」
セドリックの言葉に咲耶たちが一瞬フリーズした。
昨年優勝杯を手にしたグリフィンドールチーム。そのキャプテンだったオリバー・ウッド。卒業した彼の後任キャプテンなのが、グリフィンドール6年生のアンジェリーナだ。
セドリックたちはどうやらその新キャプテンが新しいチーム編成の事でマクゴナガル先生に質問していたのを目撃したらしい。
「え。そんなん。イズーたちて半期しかおれへんのに?」
「その前に留学生が代表選手になんてなれるの? そんなのスリザリンなんて……」
「そっ。そういう話を今しがたしてたんだよ」
咲耶とフィリスが目をぱちくりとし、ルークはちらりとディズの方に視線を送った。
クィディッチ寮対抗杯は“寮”で競い合うものだ。
編入している咲耶はともかく、半期だけの留学生であるイズーたちが寮に属しているとするかは厳密に見ると微妙だ。
しかもスリザリンに至っては、そこで逗留している留学生の中にプロが混ざっているのだ。
ディズはルークとセドリック、そして咲耶たちの視線も受けて肩を竦めた。
「マーカス・フリントとクィディッチの話をしたことはないから分からないけど、ビクトール・クラムが学生のクィディッチ試合に出ることはないんじゃないかな。仮にもプロなんだし」
「仮にもって!? クラムだぞ!? 世界的なシーカーの!!」
ディズの言葉にリーシャがなんて愚かなとでも言うかのように声を上げた。
クィディッチワールドカップでも活躍したトッププロシーカー、ビクトール・クラム。
「幸か不幸か、ハッフルパフがクラムと試合することはないんだけど、留学生の参加が認められたとしたら、グリフィンドールとスリザリンの試合はかなり荒れそうだね」
昨年、ファイアボルトに騎乗したハリーを破ったセドリックだが、本人はそれを完全なる実力とは思っていない。
ましてそのハリーと比べても、現時点ではクラムがクィディッチ選手としては名声実力ともに隔絶していると見るのが当然だ。
ただし、寮対抗杯は一年を通して3期に分けて行われるため、半期で留学を終える予定のクラムやイズーはイースター休暇の後に行われる第2節に参加することはない。
トッププロと当たる機会を逃すことを幸いととるべきか、残念ととるべきかは、寮対抗杯の行方を考えれば微妙なところだろう。
「でもイズーがクィディッチか~。どうなんやろな?」
とりあえずあまりそっちには執着のない咲耶が人差し指を口元に当てて誰とはなしに尋ねた。
「アンジェリーナの話しぶりじゃ、よっぽど自信があるんじゃないか? たしかにメルディナとかアルティナの箒捌きはすごかったし」
ただし、本人に実力があればだが、とルークは言った。
研修旅行時に見たメルディナやアルティナの箒の技量を考えれば、それと実技では同等以上というイズーの能力は、決して低いものではないだろう。
それでもことクィディッチに関してはいくらなんでもクラムほどとは思えない。
グリフィンドールチームは、それほどシーカーとしてのハリーを信頼しているのだろうか。
たとえスリザリンがトッププロを引っ張り出してきたとしてもハリーならば渡り合えると考えるほどに。
「グリフィンドールチームは、前のキーパーのウッドがいなくなったからね。マクゴナガル先生もチームが勝つためならやるんじゃないかな。交流を深める意味でも……まあ悪くはない、と思うし」
寮対抗杯はホグワーツの学生生活を語る上では、大多数の生徒にとっては欠かすことのできないイベントだ。
文化交流というのなら、それこそ当事者として参加するのが一番。その意味ではイズーがクィディッチに参加するのは望ましいことだろう。