春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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人の口に戸は立てられない……だれかあの赤毛ノッポの口を閉じろ!

 16mほどの高さの三つの柱。それぞれの先端には輪っかがついており、その内の一つに箒に乗った少女が飛んでいた。

 体格は同い年の少女の平均からすると、局所的に膨らみ豊かで……しかし最大の特徴は頭部に生えた大きくて立派な角と額の紋様、そして大きな尻尾だろう。

 アリアドネー騎士団候補生、現在はホグワーツへの異世界留学生、イゾルデことイズーだ。

 彼女の顔にはわくわくと、好戦的な笑みがいっぱいに広がっていた。

 彼女の視界には、びゅんびゅんと人影が飛び回り、人影の合間をいくつものボールが行き交っている。

 イズーはボールの中でも人の間をやりとりされている一つに合わせて三つの柱の前をゆらゆらと動いていた。

 アンジェリーナ ―― アリシア ―― ケイティ。

 敵のDF役をやっているハリーを躱してケイティがアンジェリーナにボール――クアッフルをパスした。

 アンジェリーナがシュートの態勢に入り、イズーは三つの輪っか、ゴールの内の一つへと向かおうとしている。

 アンジェリーナは的確にイズーの箒の進路を読んで無防備となったゴールへとクアッフルを投げ込んだ。

 

「よしっ! 決まっ――――ああっ!!?」

「ん!! おっ、と!」

 

 体の進行方向とは逆。

 イズーは箒の柄の方から伸びている太い尻尾でぺしりとクアッフルを弾き飛ばしてゴールを阻止した。

 

「ヒュー! まじかよ、あんなのウッドだってできないぜ!」

「そりゃそうさ。いくらウッドでも尻尾は生えてなかったからな」

 

 フレッドとジョージがナイスセーブしたイズーへとやんややんやと喝采を叫んだ。

 

 

 

 第69話 人の口に戸は立てられない……だれかあの赤毛ノッポの口を閉じろ!

 

 

 

「これでひとまずウッドの代わりは見つかったな」

「ええ。スリザリンとの一戦だけだけど……許可はマクゴナガル先生にお願いしてみるわ」

 

 安心したようなフレッドの言葉にアンジェリーナが嬉しそうに頷いた。

 過日、クィディッチのメンバー募集の話題を出した時、たまたま話を聞いていた留学生のイズーが食らいついたのだった。

 

 ――「クィディッチ? はいはい!! 私やりたい!」――

 

 元気よく手を挙げ、尻尾を揺らして立候補したイズー。

 留学生が参加できるのかという問題はあったが、ひとまずやってみてもらおう、ということで他の希望者と一緒に選抜を受けてもらったのだが、結果は見事というものだった。

 アリアドネーの箒ラリーの時にもすでに実証されていたが、やはり彼女たちの箒の加速力はハリーのファイアボルトには及ばないものの、他の希望者よりも上で、箒捌きや体捌きはそれこそ本領だった。

 

「おーい、イズー!」

 

 ジョージが声を上げてイズーを呼んだ。

 気分よくぶんぶんと宙を飛んでいたイズーが声に気づいた。

 そのまま箒に乗ってこちらに進路を変える――――のではなく、なんと空中で箒から飛び降りた。

 唖然としたアンジェリーナたちが悲鳴を上げようとした瞬間――――ズザッ! とその横に一瞬でイズーが現れた。

 

「きゃ、え? あ、えっ? 今、箒から飛び降りて……?」

「へへへー」

 

 今しがたまでイズーが浮かんでいたゴールポストの辺りと、今豪快な着地音とともに本人が現れた場所とを交互に見ているチームメイトにイズーはブイッ! とポーズとともに満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

瞬動術(クイックムーブ)、っていってね。まあさっきのは虚空瞬動だけど」

 

 めでたく対スリザリン戦のキーパーの座を射止めたイズー。

 選抜が終わり、寮へと戻る道すがら、イズーたちは見学していたハーマイオニーやロン、他のアリアドネー留学生組であるメルルやメルディナ、アルティナたちと合流しておしゃべりしていた。

 

「クイックムーブ?」

「接近戦の割と上位の使い手が使う歩法だよ。イズーは戦闘系技能に絞れば結構強いからね」

 

 短距離での姿現し(ホグワーツ敷地内では使うことができない)にも似た高速移動術に興味をもったみんながわいわいと先程の技について尋ねていた。

 相棒のメルルの持ち上げてくれている言葉にイズーは苦笑した。

 

「箒なしに空を飛べるのかい!?」

 

 ジョージが驚いて尋ねた。

 伝統魔法では箒なしに自在に空を飛ぶ術は現在のところないとされる。

 ハリーも驚いてイズーを見た。

 夏休みの後半に見たクィディッチワールドカップ決勝でのビクトール・クラムの飛行術。彼の箒捌きはまるで重力から解放されたかのようなものであった。

 だが、イズーがまさに空を飛べるのであれば、空に魅せられた者としてその術はぜひとも知りたいものだ。

 それはハリーだけでなく、この場のグリフィンドール生全員の思いであったようで、みんなが期待のこもった瞳でイズーを見た。

 

「それは無理」

「え?」

「私ができるのは虚空瞬動までだから。空を飛ぶのはできないんだよ」

 

 だがハリーたちの期待に対して、イズーはあっさりと否定した。

 (厳密には“この状態では”というくくりがつくのだが)

 

「それにしたって私のなんかまだまだ。昔見たリオン先生のにだって全然至ってないしな」

 

 イズーは少しだけ寂しそうな顔を見せた。

 

「スプリングフィールド先生てやっぱすごいのね」

 

 イズーの様子には気付かない様子でケイティが尋ねた。

 精霊魔法こそ受講はしていないが、あの先生の容姿だ。気になる女生徒は多く、彼女も気にはなっている一人なのかもしれない。

 

「あたりまえです」

 

 ケイティの質問にメルディナがバッサリと答えた。

 

「高位の使い手の中でもSAランク相当の力をもち、かつ所在が明らかとなっているのはネギ様とその盟友フェイト様、そしてリオン様くらいなのですから」

 

 他にも幾人か、最強クラスと称される使い手は存在する。

 だが、現在所在が(生存が)確認されているのはかの3名の魔法使いだけだ。

 

「SAランク?」

 

 初めて聞く言葉にハリーが首を傾げた。

 

「いわゆる最強クラス、ってやつだね。一人で巨神兵とか軍隊を相手取れるぐらいの超強力な使い手だよ」

「ダンブルドア校長は魔法世界だとどう言われているの?」

 

 メルルの説明を聞いて、ハーマイオニーがメルディナたちに尋ねた。

 勿論ダンブルドアは魔法使いだと思っている。だが、果たしてそれが別の場所ではどのように看られているのか、というのは知りたがりの欲として聞いてみたいものなのだろう。

 

「アルバス・ダンブルドア校長ですか」

 

 問われたメルディナはちらりとイズーを見た。イズーは苦笑して視線を逸らし、首元を掻いている。

 

「ランクは戦闘能力の格付けで判断されますから、たしかダンブルドア校長はAAAランクあたりだったと思います」

 

 AAAランク、ということにハーマイオニー達は驚きの表情となった。

 魔法世界側の基準にあてはめられているから自分たちの認識よりも低く見られているという事もあるのかもしれないが、イギリス魔法界最高の魔法使いと呼び声高いダンブルドア以上と見なされている魔法使いがいるというのだから。

 

 だが、メルディナ達にとっても、AAAというのは驚くべきことだ。

 

「ヒューマンであの高齢にも関わらず、AAAというのは驚異的です。それに、どちらかというとあの方は魔法戦士というより、魔法世界では魔法薬の研究分野で有名です。……イゾルデさんはあまりお好きではないようですが」

「あー、まあ、ね」

 

 イズーが歯切れ悪く頷いた。

 ハーマイオニーは少し驚いたようにイズーに振り向いた。

 なんで? と問うような視線が向けられているのを察しながらも、イズーは答えづらそうに顔をしかめ、代わりにメルルが答えた。 

 

「あっちだとダンブルドア校長の一番有名な功績がドラゴンの血液の利用法に関する研究だからね」

「それでなんで? あれはすばらしい研究よ」

 

 メルルの説明にハーマイオニーは納得できないとばかりに声をあげた。

 強力な魔力を持ち、皮膚や角、心臓などの内臓ですら強力な魔力特性を有しているドラゴン。その中で、かつてダンブルドア校長はドラゴンの血液に関する12の利用法を発見したといわれている。

 それにより魔法薬学は大いに発展したのだが……

 

「イズーは竜族だからだよ」

「え? あっ! あ~……」

 

 ハーマイオニーはハッと気づいてイズーを見て、申し訳なさそうに目を泳がせた。

 だが、他のメンバーは首を傾げており、

 

「竜族? じゃあさ。本物のドラゴンみたいになることもできるのか?」

 

 ロンが興味津々で尋ねた。

 

 好奇心からの問いだったのだろうが、言葉にひっかかるものがあったのか、イズーの尻尾が機嫌悪そうにブンと揺れた。

 イズーの不機嫌を察したメルルとメルディナが素早く目配せして、イズーが変な真似をしないかを警戒したが、イズーは肩を竦めて苦笑した。

 “本物のドラゴンみたい”というのは、イズーにとっては些かならずカチンとくるものがあるのだろう。

 だがまあ、見た感じではやり合うような気もなく、ただの子供の物知らずといったところだろう。

 

「まあね。ここではやらないけど、な」

 

 言葉では軽く流して、ただし、にぃ、と凄味のある笑みをロンへと向けた。

 

 よく分からないが気圧されたロンは「え、あ。そう……」とあいまいに頷き、ハーマイオニーは顔を顰めてロンを軽く小突いた。

 ハリーにはイズーの影に一瞬、獰猛な肉食獣の影が混ざったように見えた。そしてロンの脳裏に、1年生の頃の出来事が蘇っているのが分かった。

 

 1年生の時、彼らはドラゴンに会った。というか育てた。

 本来ドラゴンの飼育は違法だ。

 物凄く危険で、訓練されたドラゴン使いが半ダースは必要なのだと、ロンの兄であるチャーリーから聞いたことがある。

 あのドラゴンも、ハリーたちが育てたくて育てたのではなく、ハグリッドがアンダーグラウンドに卵を入手し、こっそりと孵化させてしまったために育てることとなったのだ。

 まだ赤ん坊のドラゴンであり、わずか数週間の飼育期間であったが、その短い時間でドラゴンの恐ろしさはもう十分だった。

 

 空気が少し重くなり、メルディナの睨み付ける視線が厳しくなったのに気づいたイズーは、ふっと笑みを軽くし、空気も一緒に弛緩した。

 

「服が破けるし。こっちに戻った時に真っ裸になっちゃうからね。それともそれが見たいの、ハリー君?」

「なっ!?」

 

 なぜだかお鉢が回ってきたハリーは、ニマァと浮かべられた笑みに、いつかの謎の光景を思い出して顔を真っ赤にした。

 

 メルディナの視線がなぜだかまた厳しくなった。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

 精霊魔法の授業。

 研修旅行に行ったこともあって、以前よりも“知っている”という自信もあったが、夏休みの終わりごろの大ニュースもあって受講していた生徒たちは、今までとは違うドキドキをもって授業に臨んでいた。

 

 精霊魔法講座独特の、魔法映像には魔法世界の光景ではなく、こちらの世界のとある国――日本の光景が映っていた。

 

「――――現在、魔法技術を組み込んだ科学技術の応用が最も進んでいるのが宇宙開発分野だ」

 

 街並みの光景自体は、日本独特のものではなく、どちらかというとヨーロッパ調の影響を色濃く受けているような街並みで、しかし最大の特徴は空高く天を衝く一筋の塔の存在だろう。

 高く、高く、雲を突き抜けるほどに高い。

 箒で飛ぶよりもずっとずっと高い。

 

「日本の旧麻帆良学園に建設された軌道エレベーター“アマノミハシラ”は、その代表的な建築物だ。これの建築により宇宙開発は一気に推進することとなった」

 

 それもそのはず。

 スプリングフィールド先生が説明している塔は空どころか静止軌道にまで到達していた。

 

 純粋な魔法族としての暮らしが長いセドリックやクラリスはもとより、マグルとしての知識があるフィリスやディズですら、それに魔法と科学の両方の技術が含まれていると聞いて唖然としていた。

 

 こんなものを作るマグルの技術力に。

 最先端の分野に関わる魔法があるということに。

 

 映像は地上から見上げた塔の姿から、“宇宙から”眺める塔の姿に代わった。

 周囲には幾つかの舟が、海の中を泳ぐように行き交っており、宇宙開発、という言葉が実感から離れて聞こえてきた。

 

 

 精霊魔法の授業では、魔法世界に関しての知識、精霊魔法自体に関する知識、実技のほかにも、件の発表を受けてか、魔法と科学の融合――魔法族と非魔法族が手を取り合った成果――についても授業していくのだという。

 

 

「もう一つ、近年魔法統合学技術の応用が進んでいるのがエネルギー分野だ」

 

 今度は一転、映像は地球のどこかの光景へと移った。

 もうもうと煙を吐く煙突群。ダムから放流される激流の水。マグル建築の巨大なタンクのような建造物。

 

「非魔法族――こちらのいうところのマグルは19世紀以降、火力や原子力などの様々なエネルギーを“発電”というシステムを介することにより電気へと変換し、魔法なしでの生活を豊かにしていた」

 

 マグルの生活――その姿なのだろう。

 ホグワーツで見られるような蝋燭による揺らめいた炎の明りではなく。ホグワーツ特急でよく見られる電灯、TV。他にも薄っぺらい板のようなモノが、マグル製品であるはずなのに中の映像が魔法世界の新聞のように動いているような“機械”まであった。

 

 ホグワーツでもマグル学、という学問はある。

 魔法使いの視点からマグルの生活を理解するという学問分野であるのだが、どうやら昨今のマグルの科学の発展は魔法使いの常識をも大きく超えているらしく、マグル学を受講している生徒ですら、魔法界出身の生徒はスプリングフィールド先生が見せる映像をポカンと見ていた。

 

「だが、この発電というシステムを安定的に運用していくためには、地球の地下資源の採掘や環境の破壊という問題を抱えざるを得なかった。ここらへんはマグル学とやらで習って…………いるといいんだがな。まあいい。とにかく20世紀後半の科学技術ではいずれ地球環境の急激な悪化が大きな問題となっていた」

 

 魔法世界を実際に見たこともあり、他の授業でも難易度が高くなっているので合わせたのだが、生徒たちの顔を見回して、ポカンとした顔をしているのが多いのを見て、リオンは溜息をつきそうになって小さく息をついた。

 やはりマグル学、といってもそれほど広範な知識は伝えていなかったのかもしれない。

 中には希少なスリザリン生やマグル出身の生徒などで熱心に聞き入っている生徒もいるが…………

 

「それらの問題を解決した魔力炉の開発は、魔法技術が農業、工業、情報に次ぐ第4の技術革新だということを決定づけるものの一つとなった。もっとも今はまだ一般には魔法の存在は非公開となっているため、大部分の国際企業には新技術供与と言う形で行われたのだが、そこらへんはもうじき関係なくなるがな」

 

 リオンは言葉を一度区切り、魔法映像を切って周囲の景色を元の教室へと戻した。

 

「さて。この学期が始まる前に、この魔法開示によるメリットが何か、と言う質問を受けたが、地球の魔法使い、非魔法使いに対するメリットは分かったことだろう。それぞれの技術水準、生活水準の向上だ。そして宇宙開発によりマグルの経済にも大きな利潤をもたらすとともに地球環境自体の改善にも効果があることが実証されている」

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 今までよりもずっと難しい授業。

 今までとは違う環境での生活。

 それによる疲れは、のほほんが基本の咲耶や頑丈なイズーたちでも「休ませてぇ~」と悲鳴を上げたくなるようなものであり、

 

「ぷっはぁ! いやぁいいなこれ!! これがイギリスの魔法界の名物?」

「いい飲みっぷりだねぇ、イズー。これぞ! ホグズミード名物! “三本の箒”のバタービール!!」

 

 イズーたちは咲耶やリーシャと一緒にホグズミードへとやって来ていた。

 とりあえず一巡りホグズミード村を案内してからやってきた三本の箒。

 店の中は相変わらずガヤガヤとした賑わいを見せており、女主人のマダムロスメルタが相変わらず大人の魅力いっぱいに取り仕切っている。

 イズーは初めて飲むイギリス伝統魔法族名物のバタービールをおいしそうに飲み、リーシャが嬉しそうにジョッキを持ち上げた。

 真っ白なヒゲを生やしたイズー。メルルはそれを笑いながら、メルディナは苦笑し、アルティナはちびちびと飲みながら口元をほころばせた。

 

 新規留学生組のホグワーツ生活は、おおむね良好に過ごせているらしい。

 亜人というちょっとびっくりする外見だが、好奇心旺盛でよく言えばチャレンジ精神あふれるグリフィンドールが世話役に選ばれたということもそれに一役買っているのだろう。特にフレッドやジョージ、ハーマイオニーらの精霊魔法講座組が上手く他生徒との円滑材になってくれているのだそうだ。

 常であればグリフィンドール生と敵対するスリザリン生は、少々ならず失礼な視線を向けてきてはいるものの、例年のような罵り合いにまでは発展していないとのことだ。

 スリザリンには流石に名家の子息が多いだけあって――しかも大概にしてそういう名家は、マルフォイ家を筆頭に権力と密接につながっているため――昨今の情勢を鑑みて、侮蔑の思いをぶちまけることを何とかこらえているらしい。

 もっともだからといって、仲よしこよしという関係にはまったく至ってはおらず、在校生たちの仲の悪さは相変わらずだが…………

 

 

「そしたらイズーもクィディッチ出るんや?」

「うん。キーパーだって!」

 

 とりあえず今の所、クィディッチに向けて徐々に高まりつつある敵対心はイズーにとっては心を燃え立たせる範疇のものに収まっているらしい。

 

「スポーツだっつってたけど、空戦の訓練としてもなかなか面白いよ。ほら、あの体当たりしてくるやつを弾き返さなきゃいけなかったり」

「ブラッジャーね。あれを打ち返すのはビーターの役目よ」

 

 本当にルールを覚えているのかどうか怪しい所はあるが、どうやらそちらの方も概ね順調らしい。

 なんでもビーターの棍棒なしにブラッジャーをぶん殴ったり、尻尾を使った好セーブを連発して、フレッドやジョージがやんややんやと持て囃しているとのことだ。

 微妙になんか違う視点でクィディッチをやっていそうな発言にフィリスが訂正を入れた。

 

「普通はブラッジャーを殴ったりはできないはずなんだけどな」

 

 ハッフルパフチームのリーシャは、今はまだライバルというよりもクィディッチ好きの選手として、イズーの非常識さを呆れ混じりに笑っている。

 

 イズーも「へへへ」と陽気に笑ってぐびりとバタービールを飲んだ。

 

「でもクィディッチは楽しいけど、実践演習する場所がないのは困ったもんだよな」

 

 だがふとちょっとした愚痴を溢すかのように言った。

 

「実践演習?」

「ほら、私らは騎士団候補生だからさ、一応戦闘技能も磨いておかなきゃいけないんだよ。ただこっちだと、教室じゃそんなに派手に暴れられないし、廊下とかは一応魔法禁止だろ?このままだと鈍っちゃいそうでさぁ」

 

 正直、“あの”リオン・スプリングフィールドが先生をしているとうことで、過分な期待をしていた感はある。だが、残念なことにあの先生がここで教えているのは精霊魔法の基本からある程度の応用、基礎魔法力の向上、あとは座学が中心であり、戦い方を教えているわけではないらしい。

 留学希望先のことだからか、クラリスが興味を惹かれたようにイズーを見ているが、イズーは暴れたりないのか物足りなさそうな顔をしている。

 竜の尻尾が不満げにぶんぶんと揺れており、フィリスはふむと顎に手を当てた。 

 

「そういうことなら決闘クラブに入らない?」

「決闘クラブ?」

 

 フィリスの提案にイズーは興味を惹かれたらしい。言葉の響きもあってか、瞳が輝いた。

 

「そう。私達でやってて、精霊魔法とかこっちの魔法とかで、実践的に使う訓練をしようってクラブよ」

「へ~」

「顧問はスプリングフィールド先生」

「あのリオン・スプリングフィールドが!?」

 

 フィリスと、さらにはクラリスの思いもよらないクラブの特典にイズーが身を乗り出した。

 手合せできる、というのは高望みのし過ぎであろうが、先生が顧問をしているクラブ、というのであれば期待ももてるかもしれない。

 イズーは即答で入部しようと頷こうとし、

 

「リオンしゃまでしゅか?」

 

 おかしな言葉が耳に入った。

 

 

「そうそうリオンの……うん?」

 

 うんうんと頷いた咲耶は、ふと、先程聞こえてきた言葉がなんだか呂律の回っていなかったような気がしてイズーたちともども振り向いた。

 

「……ひっく」

「……え? 委員長?」

「しぇっかくの現実世界にゃのに、にゃんでリオンしゃまがいて、ニェギしゃまがいにゃいんでしゅか」

 

 思わずイズーも顔を引き攣らせた。

 いつもはピンと立っている白猫の耳はぺたんと萎れており、両手でバタービールのジョッキを持ってしゃくりあげている。

 

「もしかして、委員長、酔った? 」

「ひっく」

 

 うりゅうりゅと涙目になって、くぴくぴとバタービールを飲んでいるメルディナ。

 いつもの凛とした感じはまったくなく、細長い猫の尻尾がふよふよと揺れている。

 ――――完全に酔っている。

 

「そっかー、いいんちょさんもコレ弱いんやなぁ」

「?」

 

 同類相憐れむ、ではないが同じようにこのアルコール度数がほとんどないバタービールで酔ってしまう咲耶は、初回以降バタービールではなく素直にただのジュースを飲んでいて素面だ。

 あたたかい視線を向けられたメルディナはキョトンと首を傾げており、思わず咲耶は手を伸ばし、なでなでと頭を撫でた。

 

 咲耶のなでなでが心地よいのか、メルディナはにゅ~と甘えたように喉を鳴らして咲耶の方に身を傾けた。

 いつもは堅物の委員長のそんな姿に、イズーは微妙な笑みを引き攣らせ、メルルの方にひそひそと声をかけた。

 

「おいおい、メルル。委員長が――」

「いやもうホンットこっちの世界は違うよね!! 流石は大先生パルルンを生み出した旧世界! もうホントごちそうさまって感じのイイ素材がいっぱいだよ!!! ハリー君とかセドリック君とかディズ君とか!!」 

「……メルル?」

 

 返ってきたのはけたけたと笑いながらいつも以上に明るいメルルの声。

 嫌な予感に振り返ってみれば、こちらはいつも以上に吹っ飛んだ感じに陽気に壊れていた。

 ナニをイッテいるのかワカラナイが、こちらはこちらで豪快にジョッキを持ち上げて、ごきゅごきゅと飲んでいる。

 

「金のボールを求めてトビあう男の子同士とかホントもうありがとうございますって感じだよねっ!!!」

「…………」

 

 とりあえずイズーは暴走状態に入っている相棒からそっと距離をとった。

 相棒が距離をおいたことに気付かないメルルは手近なところにいたクラリスにぐだーと圧し掛かり、クラリスは鬱陶しそうに顔を顰めた。

 

「……そういえば屋敷しもべ妖精はこれに弱いと聞いた。もしかして亜人は酔いやすい?」

「ん~、私はぜんぜんなんだけどな~、アルティナは大丈夫……?」

 

 素面状態のイズーは、アリアドネー四人組の残る一人、唯一亜人ではないアルティナ(委員長のお守り役)を振り返った。

 

「メルディかわいい」

「……でもないな」

 

 どうやら酔ってはいないらしいが、にゃ~と咲耶に手懐けられているメルディナをぽわぽわと幸せそうに眺めていた。

 

 

 

 


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