春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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クィディッチ観戦には万眼鏡だよな! 遠くが見れるし、コマ送りでも見れるんだから!

 天候は今にもぐずりだしそうな生憎の曇り模様。

 真紅のユニフォームをまとったハリーたちグリフィンドールチームと、緑のユニフォームをまとったマルフォイたちスリザリンチームがクィディッチ競技場のピッチの上で睨みあっていた。

 犬猿の仲の両チームによる開幕伝統の一戦に、観客席も大きく盛り上がりの予兆を見せている。

 

 ハリーはぐるりと観客席を見回した。

 グリフィンドールの応援席には、親友のロンとハーマイオニー、そしてジニーやネビルなど例年の顔ぶれに加えて、アリアドネー留学組のメルディナたちが座っており、なにやらロンから熱いレクチャーを受けている。

 解説席には相変わらずのリー・ジョーダンが今か今かと待っており、その後ろには(なるべく)公正な解説を望むためにマクゴナガル先生が睨みを利かせている。(ちなみにその矛先が、リー・ジョーダンか、敵チームであるスリザリンか、はたまた発破をかけるためにハリーたちに向いているのかは微妙なところだ)

 少し離れたところにはどちらのチームのサポーターというわけではないのだが、(それでもハリーの心情的にはきっと自分たちの応援のはずだと思っているが)ハッフルパフのサクヤが手をメガホンのようにして歓声を上げていた。

 ほわほわと可愛らしい笑顔が向けられ、外気の冷たさに反してハリーは身体の中が熱くなったように感じた。

 サクヤはぶんぶんと大きく手を振ってくれており――—ハリーの後ろで(・・・)イズーが大きく手を振り返した。

 

「へへへ~。すっげー盛り上がりだな。向こうさんもいい感じにギラついてるし、気合入るな!」

 

 この一戦において参加が認められたイズーは、グリフィンドールとスリザリンの仲の悪さにはまったく無頓着、というか分かっていないのかもしれない。

 ハリーから見て、イズーの言う“いい感じにギラついた”スリザリンチームの顔は、始まる前からどうやって悪辣な手を使おうかと企んでいるような顔つきにしか見えなかった。

 実際、(例年のごとくだが)試合前の数日間は非常に剣呑な雰囲気が校内に立ち込めており、特にクィディッチで重要なポジションであるハリーは護衛なしに廊下を歩けば呪いでも飛んできそうな状態だった。

 

 審判のマダム・フーチの指示で、両チームのキャプテン、マーカス・フリントとアンジェリーナ・ジョンソンがお互いの手を握りつぶさんばかりに力を込めて握手をした。

 

「おい。ポッター」

 

 すれ違いざま、マルフォイが声をかけてきた。

 2年の時からのスリザリンチームのシーカーであり、その手にはスリザリンチーム全員が持っているのと同じニンバス2001がある。

 近寄れば嫌味を言ってくるのはいつものことだが、相変わらず青白い顔に憎たらしいニタニタ笑いを浮かべてねっとりとした声で話しかけてきた。

 

「あの半ヒトに尻尾を生やす魔法は教わらなかったのか? 気絶して落ちたときに運がよければクッションになるかもしれないぞ」

 

 マルフォイの言葉にスリザリンチームがゲラゲラと笑った。

 本人に直接口撃する意気地はないのだろうが、マルフォイの態度は半ヒトであるイゾルデをあからさまに小馬鹿にした態度であり、言葉の端々に侮辱感がにじみ出ていた。

 侮辱を受けているイズー本人は、一瞬キョトンとした顔になり(もしかしたら別にこれは彼女にとっては侮辱に値する言葉ではなかったのかもしれない)、試合前の挑発行為だと気付いてニヤリと楽しそうな笑みをうかべた。

 だが挑発を受けたのはどちらかというとハリーだ。

 

「そっちこそ、クラムに泣きついて代わってもらわなくていいのか、マルフォイ。まさか恥ずかしげもなく君が試合に出てくるとは思わなかったよ。見ているみんなも、今日君がここに立っていることを望んじゃいなかっただろうさ」

 

 ハリーの返しにマルフォイの顔がさっと赤くなった。

 

 グリフィンドールチームが留学生をチームに入れるようマクゴナガル先生に相談した、という噂が流れてから、校内にはとある期待が生徒の間で広がっていた。

 世界的に有名なプロのシーカー。ブルガリア代表の若き天才シーカー。ビクトール・クラムがクィディッチ対抗戦の初戦、スリザリン対グリフィンドールに出場するのではないか! という期待だ。

 クィディッチワールドカップで見せたような超絶的なウロンスキー・フェイントが見られるのではないか!? その期待は、この試合前に明らかとなったメンバーによってガッカリとしたものへと変わった。

 

 クラムはこの試合に出ていない。

 

 スリザリン側の観客席を見上げればすぐに見つかるのだが(周囲からあからさまな好奇の視線を向けられているのがそれだ)、クラムは観客席に座って、試合の観戦をしている。

 マルフォイが屈辱にまみれたかのように赤い顔をしているところを見るに、どうやらスリザリン内でも散々にクラムへの参加要請が持ち上がったのだろう(つまりはシーカー・マルフォイの不要論だ)。

 

 ハリーとしてはクラムと戦う機会に恵まれずに残念8割、試合の勝利の可能性が大きくなったことによる安堵が2割、といったところだ。

 

 

 

 第70話 クィディッチ観戦には万眼鏡だよな! 遠くが見れるし、コマ送りでも見れるんだから!

 

 

 

「なんか言い合いしとるなぁ」

「スリザリンが留学生を入れたことを当て擦っているんでしょ。まあ、マクゴナガル先生とダンブルドア校長が認めたのなら変わりようがないわよね」

 

 咲耶はイズー(・・・)に手を振って声援を送った後、彼女の近くを歩いていたハリーがスリザリンチームのシーカーとなにやら舌戦を始めたらしいのを見て、相も変らぬグリフィンドールとスリザリンの交流関係の在り方を見ていた。

 咲耶の横ではフィリスが呆れ混じりに両チームシーカーのやりとりを眺めており、そしてちらりとスリザリン席の方を見た。

 

「それにしてもクラムが出ないなんて……残念だわ」

 

 フィリスはあいにくとワールドカップ決勝戦の観戦に行くことができなかったが、日刊預言者新聞やらリーシャから借りた雑誌やらでクラムが空の上では物凄くかっこいいことは知っている。

 それだけに、今その本人が観客席で背中を丸めているのを見るのは残念と言うほかない。

 

「やっぱりプロの選手だからね」

「フリントのやつは出てくれって交渉したらしいぞ。まあクラムは全然首を縦に振らなかったみたいだけどな」

 

 セドリックとルークにとってもクラム不参加は残念だ。

 試合であたるのならばそうそう単純にはいられないが、どのみち留学期間の問題であたる可能性がない以上、クラムのプレーを間近で見る機会、しかも現在学校で屈指の飛び手であるだろうハリーとの差を観られたかもしれないというのは如何にも惜しいものだった。

 

「でもなんでイズーは出れたのにクラムは出なかったんだろうな」

 

 リーシャもまた、クラムが参戦しないことをクィディッチプレイヤーとして不満そうに唇を尖らせた。

 

「クィディッチに関しては素人のイズーとプロのクラムを一緒にできるわけがない」

 

 一方のクラリスはいつも通りの平坦なテンションで言った。おそらくクラムが出なかったのはまさにそこであろう。

 

 競技場ではいよいよ選手たちが箒に跨がり、スタンバイを終え――――マダム・フーチの合図とともに空へと飛翔した。

 歓声が一気に高まり、解説者のリー・ジョーダンが実況放送を始めた。

 

「さーあ! 全員飛び立ちました!! 今回の驚きはなんといっても魔法世界からの留学生騎士イゾルデでしょう! 大きな尻尾と立派な角がチャームポイントとのことですが、むしろすらりと覗く眩しい太腿と魅力的なバストにこそ」

「ジョーダン!!」

「失礼しました、先生。――――グリフィンドールは交流のためにやってきた留学生を昨年までのキーパー・ウッドの代わりに参戦させるという手に出ましたが、魔法世界にはなんとクィディッチはないとのことです。交流にはうってつけでしょうが、果たしてその実力は、おぉっと!! ケイティがクアッフルを奪われた! モンタギューからワリントン。スリザリンが立ち上がりを狙って――――おおっ!! イゾルデ、ナイスセーブ! 華麗な箒捌きで見事にシュートをブロック!」

 

 イズーの好セーブに、グリフィンドールの観客席を中心におぉ!! と歓声が上がり、スリザリン側からは溜息とヤジが上がった。

 

「クアッフルはアンジェリーナに! 今年から新しくキャプテンの座を受けたアンジェリーナですが、噂によるとウッドの執念が乗り移っているのではないかというほどの気迫を見せているそうです。もちろんそれで彼女の魅力が減じるとうわけではありませんが――O.K.先生! 分かってます! さあ、クアッフルはアンジェリーナからアリシア――アンジェリーナに戻って――――グリフィンドール先取点!!!」 

 

 再びグリフィンドール側から歓声が上がった。

 

「ほー、イズーの箒は知らなかったけど、動きいいな」

「うん。立ち上がりで固くなるかもとも思ってたけど、反応がずば抜けて早いね」

 

 友人の活躍に純粋に喜んでいる咲耶などとは違ってクィディッチ選手のリーシャやセドリックは、初めて見る魔法世界人のクィディッチプレーをしっかりと選手の視点から観察していた。

 

「それに箒ラリーでやってたみたいな曲芸飛行だってまだあるし、アレを抜くのは結構骨が折れるんじゃないか?」

 

 ルークもまたイズーのキーパーとしての厄介さに唸った。

 試合は連携して攻め込んだスリザリンチームのシュートをイズーが再び防いでグリフィンドールに歓声をもたらしていた。

 

 

「いやー、これはなかなかいい選手を見つけたかもしれませんね。留学期間の関係で一戦だけなのが勿体無い程です。さて、シーカーたちの方はどうでしょうか」

 

 解説のリー・ジョーダンの実況に、咲耶たちを含めて観客たちが視線を空の上の方に向けて両チームのシーカー、ハリーとマルフォイを探した。

 どちらもまだスニッチを見つけてはいないのか、びゅんびゅんと大きく高速飛行しながら競技場の空を翔けていた。

 

「グリフィンドールのシーカーはもちろんハリー。彼は先の夏休み、魔法世界のアリアドネーで行われた箒ラリーという勝負においてもその実力を存分に見せつけたという素晴らしい飛び手です! 間違いなく留学生のビクトール・クラムとのシーカー対決を誰しもが期待していた事でしょう。ホントに、なんでスリザリンはマルフォイを出しているんでしょう」

「ジョーダン!!!!」

「あぁーとすいません、先生。分かってます。ごほん。スリザリンのシーカー・マルフォイといえば昨年は怪我で試合順序を入れ替えるというはた迷惑をやらかしたスリザリン期待のシーカーですが、今年は無事に出場できているようですね。今年も欠場してくれていれば代理としてもっと面白い展開が期待――ああ! すいません先生! もう言いません!」

 

 どうやら実況の公平性と道徳性に欠けると思われたのかマクゴナガル先生からメガホンを奪われそうになって解説席ではドタバタ劇がプチ発生していた。

 時折混ざるマクゴナガルとジョーダンのそうした掛け合いがスパイスとなって実況は一部生徒を除いて大いに盛り上がっていた。もっともスリザリン席の方からはブーイングが響いていたが。

 ちなみに試合の方はイズーが大半の予想を大きく裏切って抜群の反応速度と箒捌きと度胸で無失点に抑えたまま40-0となっていた。

 

 どうやらスリザリンでは(というよりも魔法世界に行った生徒以外の生徒は)アリアドネー留学生組の魔法力を大きく侮っていたらしく、だからこそイゾルデのクィディッチ出場がすんなりと通ったのだろうが、スリザリン席の方ではブーブーと大きなヤジが飛んでいる。

 スリザリンチームの選手たちも歯軋りしていそうな顔で忌々しくグリフィンドールの選手たちを睨み付けていた。

 

「アリシアがクアッフルを持っています。フリントが追って来て、ケイティ、アンジェリーナにパス――あのヤロウ!! わざとやりやがった!!」

 

 ケイティからのパスは大きくコースを外れてインターセプトされていた。

 フリントはパスの直前でケイティの横っ面に肘鉄をかまして、よろけたケイティのパスが大きくずれてしまったのだ。

 だがタイミングは絶妙だったのか、マダム・フーチの居る位置からは見えなかったらしく、判定はとられずに攻守が逆転した。

 

「ちくしょう! モンタギュー、クアッフルを奪って反転して攻め込む。イゾルデそれを待ち受け――危ないブラッジャ、えええっ!!!?」

 

 観客席に悲鳴と、直後に驚愕の声が上がった。

 スリザリンのチェイサーがシュートを放ち、それをブロックしようと飛んだイゾルデ目掛けてスリザリンチームのゴリラのようなビーターがブラッジャーを棍棒でかっ飛ばしたのだ。

 ウィーズリーの双子のビーターは間に合わず、イゾルデに直撃――というタイミングで、ブラッジャーはたしかにイゾルデに直撃した。ただし、大きく振り回されたイゾルデの尻尾が迎え撃つように動き、ブラッジャーが弾き飛ばされたのだ。

 

「マジかよ!!? アイツ、信じらんねぇ!! ブラッジャーを弾き飛ばした!!」

 

 弾き飛ばされたブラッジャーは、慌てて翔けつけようとしていたフレッドの脇をすっ飛んで行き、危ういところで誤爆するところだったイズーがフレッドに謝っていた。

 

 

「オイオイ。イズーのやつ本当にブラッジャーを弾き飛ばしたよ、しかも尻尾で」

「接近戦の戦闘技能に優れているとは言っていたけど、あの尻尾、攻防にも使うのか」

 

 クィディッチ選手の常として、幾度かブラッジャーの洗礼を浴びているリーシャやセドリックは、常識はずれのイズーの行動に引きつった顔をしている。

 ブラッジャーの直撃は、一昨年前にハリーの腕を折ったこともあるほどのもので、普通は棍棒でぶん殴るものだ。

 鉄製のブラッジャーを撃ち返して平然としているということは、あの尻尾の一撃は棍棒でぶん殴るのと少なくとも同等の威力を持っているということがうかがえる。

 この前ホグズミードでおしゃべりしていた時はただの間違いか冗談かと思っていたのだが、イズーは尻尾でクアッフルを弾き返した上に、シュートまで見事にブロックしており、観客席に向けて拳を上げてアピールしている。

 

 どよめく競技場だが、試合はまだまだ続いていた。

 イズーがシュートブロックしたクアッフルをアンジェリーナが確保し、動揺しているスリザリンチームを抜いてカウンターのシュートを決めた。

 

「グリフィンドール50-0! 大きくリードしていて……おや? ハリーの動きが。まさかスニッチか!? スニッチが現れたようです!!」

 

 天から地へ、二筋の軌跡が猛烈な速さで翔け降りた。

 先行して動き出したのはどうやらマルフォイらしく、その少し後をハリーが猛追している。

 二つの箒の性能差と技量から二人の距離は見る間に狭まり――ハリーがリードした。

 

「くっ――――!」

 

 距離が離されようとした瞬間、マルフォイの腕がハリーのファイアボルトへと伸びて、その箒の尾を掴もうした。

 確実に反則をとられる行為。

 今の動きは審判も観客も全員が集中して見ているのだ、この試合中にも何回かあったようにフーチが見逃してくれると期待できるほど甘くはない。

 だがマルフォイにとって、ここ忌々しいポッターにスニッチを獲られるくらいなら、ペナルティスローを貰うことくらいなんでもない。

 

 しかし、昨年も受けたそれをハリーは覚えていたのか、ハリーは錐揉み状にローリングしてそれを跳ね除け、地面へと突撃するように一気に加速した。

 

 その飛翔はただでさえ早かったファイアボルトの動きを十二分に発揮しており、マルフォイは触れることすらできない次元の飛行に思わず絶句した。

 

 マルフォイを完全に置き去りに、ハリーはぐんぐんとスニッチとの距離を詰めた。それはすなわち地面への距離も一気に縮まっているということであり、観客たちが息をのんだ。

 

 

 

 全ての視線を受けて、それを遠くに感じながらいつかの感覚がハリーの中に蘇っていた。

 

 自分の全てのポテンシャルが引き出されているという充溢感。

 音が遠くなり、風と一体になった感覚。

 視界に流れる光景が、時間を引き延ばしたようにゆったりと流れる。

 近づいてくる地面、スニッチの羽ばたき、コンマ数秒先の軌跡が見えないことが嘘のように思える。

 

 

 ――――地面に突っ込む!!―――― 

 

 観客たちが悲鳴を上げそうになる中、ハリーは地面の上3mで金色のスニッチを掴みとった。 

 歓声が聞こえるよりも早く、ハリーは渾身の力でファイアボルトの柄をぐいと引き上げた。

 残り1m。

 ハリーとファイアボルト重力の軛から解き放たれたかのように、ダイブから上昇へと進路を切り換えた。

 

 世界に音が戻ってくる。

 歓声が上がっている。手の中の感覚がジンジンと熱くなるような気がした。

 

 ――――獲った!!!―――― 

 

 高々と金のスニッチを掲げるハリーにグリフィンドール席が爆発したかのような感性を上げた。

 

 

「すっげえ!! 見たかクラム!!! これがハリーだ!! グリフィンドール、スニッチをとって200対0で勝ちました!!!!」

 

 リー・ジョーダンも大喜びで試合結果を叫んでいた。

 

 

 

「はわぁ。イズー、すごかったなぁ」

「いやいや、ハリーだって! 最後のアレ! クラムばりのターンだったぜ!」

 

 決着した試合のことがそこかしこで興奮気味に話されており、咲耶は先程の試合中のイズーの初心者キーパーとは思えない動きを、リーシャはハリーが最期に魅せたダイナミックな技のことを話していた。

 

「ホント、そのまま突っ込むかと思ったわ! まだ心臓がドキドキする」

 

 フィリスもハリーの危険なダイビングに興奮したのか、ドキドキと跳ねる心臓を抑えるように胸元に手を当て、頬は紅潮している。

 

 ハリーのプレーに魅せられたのは彼らだけでなく、他の多くの生徒も同じであり、セドリックやルークもハリーの絶技を絶賛していた。

 そしてひとしきりハリーへの言葉が出尽くすと、顔を引き締めた。

 

「これでグリフィンドールが1勝、か」

「しかも大差の勝利だからな。次はイズーは出てこないとはいえ、結構キツイな」

 

 セドリックとルークは今後の展開に思いを馳せて口元を歪めた。

 今日の試合を見る限り、イズーの鉄壁ぶり(物理)は尋常ではなかった。しかもどうやらハリーはハリーでクィディッチワールドカップや箒ラリーが刺激になったのか、以前以上に腕前が上がっていると見て間違いないだろう。

 次節ではハッフルパフがグリフィンドールと当たることを考えれば、次のキーパーが誰になるかも問題だが、ハリーとシーカー対決をすることになるセドリックの方も大きな問題だ。

 そして今回グリフィンドールが大勝したことで、次のハッフルパフ―レイブンクロー戦は勝敗とともに点差も大きな課題となった。

 

 

 

 大騒ぎのグリフィンドール席。イズーの試合ぶりを見ていたメルルはほぅと息を吐いた。

 

「いやー、うまくいってよかったね~」

 

 イズーなら怪我をしたりすることはないとは思っていたが、ルールを完全に理解しているかなど不安もあったし、普段が普段だけになにか問題を起こさないか、かなり心配していたのだ。

 だがどうやら無事に試合を終えることができたし、グリフィンドールのチームメイトとハイタッチしている様子からすると交流、という目的としても成功だったといえるだろう。

 これならいいんちょーもさぞや安堵しているだろうと思いきや、

 

「まったくですわ。まだ碌に障壁も張れていないくせにあんな無茶な飛び方をするなんて」

「……ん?」

「え?」

 

 なんか話がかみ合わなかった気がしてメルルはメルディナに振り向いた。

 向こうも違和感に気づいたのか、びっくりした顔をしている。

 しばし奇妙な沈黙が二人の間に流れた。

 

「……イズーのことだよ?」

「へ? あ、ええ! もも、もちろんですわ! あの方がおかしな真似をしてチームの方たちに迷惑をおかけしないか、ホント心配でしかたありませんでしたわ!! ホント!!」

 

 じと~と訝しげな視線を向けると、メルディナは顔を赤くしてあわあわとなにやら取り繕うように胸を張って、盛大に視線を泳がせた。

 

「……いいんちょーさぁ、男の子に免疫ないよね」

「はにゃ! にゃ、な、なにをおっしゃっているのですか、メルルさん!? 私別にハリーさんのことなど、どうも言っておりませんわよ!」

「うん。私もハリー君のことは何も言ってないよ」

「…………」

 

 わたわたと意味不明に動いていた手がピタリと止まった。

 アルティナはなにやら生温かそうな眼差しをメルディナに向けており、二人の視線を受けているメルディナは顔をそっぽに向けているがうなじまで真っ赤にしており、ぷるぷると肩を震わしている。

 

 アリアドネーの戦乙女騎士団の候補生が女子校チックな環境にあるとはいえ、メルディナが男性にまったく免疫がないというわけではないはずなのだが……

 実際、オスティアの警備任務の際には暴漢の捕縛をしたり、普段の生活ではアリアドネーの街中で男性と出くわしたりすることも当然あるのだから。

 

 何か変な運命的なものとか感じちゃってないよなーと、若干の不安を覚えつつ、とりあえず寮に戻ったらなんか揉めそうだなーと、競技場でハリーに突撃してハグしているイズーを見てメルルは思った。

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 大いに盛り上がっているクィディッチ競技場とは別、ほとんど生徒がいなくなった校舎の一室。普段大半の生徒が足を踏み入れない、精霊魔法講座の教師の私室。

 

「――――――――というわけだけど、いいかい、リオン?」

 

 宙に浮かぶモニターに映る友人の確認に部屋の主はいつも通り不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「ふん。まあいいだろう」

 

 送られてきた資料に目を通してそれに了承の意を返した。

 資料の内容は、“組織残党の掃討作戦”。

 最早何度目になるのか分からないこの作戦計画だが、今回は普段動いていたタカユキだけでなく、リオン自身も動くことを了承していた。

 

「決行日時に合わせて代理を手続しておくから、よろしく頼むよ」

「ああ。…………ところでこの回線は本当に大丈夫なんだろうな?」

「それは心配いらないよ。なにせアルフレヒトご自慢の通信技術だからね」

「…………一番信用できん名前が出てきた気がしたんだが?」

 

 ことがことだけに、彼が敵方に内通しているということはないはずだが、リオンにとってもっとも鬱陶しい名前がでてきたことでリオンは視線に冷ややかなものを込めた。

 予想通りの反応にタカユキはあははと気楽そうに笑って流した。

 

「でも、技術的には彼が一番信用できる、だろ?」

 

 口元に笑みを浮かべて諭すように言う数少ない友人に、リオンは「ふん」と機嫌悪そうにそっぽを向いた。

 たしかに、自身盗聴技術にも卓越した魔法科学統合学の博士の技術であれば、それはほぼ間違いなく世界最高レベルの技術だと言える。

 素直ではない友人の反応にタカユキはくすりと微笑み――そして顔を真剣なものに戻した。

 

「実際の所、残党の中にやつらは“いる”と思うかい?」

 

 タカユキの問いを受けて、リオンはもう一度資料に目を通した。

 資料を見る限りにおいては、まず“いる”。

 

「だから俺を駆りだすんだろうが」

「まあ、ね…………」

 

 タカユキとて決して弱くはない。

 新世代に限れば、トップクラスの使い手だろう。

 だが、もしも残党の中に、“幹部クラス”がいるとすれば、タカユキとて打破することはできない。

 ヤツラは本来、そういう存在なのだから。

 

「リオンの予想では?」

「………………」

 

 リオンは目を瞑り、深く瞑想するように記憶を顧みた。

 

 半世紀前の“大戦”における決着。

 そして、その後の残党狩りに対する雌伏の手口。

 “あの”事件の際のネギたち白き翼の、そしてヤツラの顛末。

 その後、何度も繰り返された炙り出しに対する反応と、近年の動き。

 術式を調べるために何度も見た“白薔薇”。

 

 ただ一言。

 リオンは在り得る可能性の“一つ”を口にした。

 

 ――――魔術師――と…………

 

 

 

 


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