春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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ホグワーツ恋愛警報発令中

 クリスマスパーティが近づくにつれ、校内は日に日に色めいていっていた。

 談話室で、食堂で、廊下で、男女がダンスのパーティの話をする光景が見られた。

 

「僕としてはね。気軽に相手を選べる君たちが羨ましいくらいだね」

 

 動きの早い男女が段々とペアを決めていっているある日の朝食時。

 

「どういうことなの、ドラコ?」

 

 スリザリン寮のテーブルでなにやらプラチナブロンドの髪の少年がパーティに関して自らの豊富な経験と、ままならない立場について話していた。

 

「ダンスパーティは家の付き合いも大切だからね。僕の家くらいになると当然、踊らなければならない相手がいるんだよ」

 

 ハーマイオニーはスリザリンのテーブルから離れたグリフィンドールのテーブルに居ながらも、自慢げに話しているその会話が耳に入ってきていた。

 別に聞きたくもないのだが、なぜだかその少年は聞こえよがしに隣のバンジー・パーキンソンに語っており、マルフォイの言葉にバカみたいな悲鳴を上げたバンジーの声ともども嫌でも耳に届いた。

 

 

 

 第72話 ホグワーツ恋愛警報発令中

 

 

 

「なんだいあれ?」

「いちいち反応しないの、ロン」

 

 ハーマイオニーに聞こえるということは、その向かいに座っているロンや隣のハリーにも聞こえるということであり、無視すればいいのにロンはうげぇとわざわざ反応している。

 

 マルフォイの方は、取り巻きのバカ女(バンジー・パーキンソン)が思い通りの反応をしたのに気をよくしたのか、ふんぞり返ってにやにやと笑っている。

 

「当然さ。なにせ今は交流の時期だからね。父上としては――――」

 

 マルフォイはちらりと、どこか別の方向(気のせいでなければハッフルパフ席の方)に薄気味悪い笑みを向けた。

 

「当然。他国の魔法協会とのつながりを大切にしなければならないからね。高貴な家柄の魔法使いはしかるべき家柄と結びつくものなんだよ」

 

 ちらりとハーマイオニーもマルフォイの視線の先に目をやると、そこには友人たちと話をしている彼女の友人、サクヤがいた。彼女はなにやら友人の持っている新聞のことを話題にしているように見える。

 どうやらハリーもマルフォイの視線の先の彼女に気づいたらしく、隣からはムッとした雰囲気が伝わってきて、ハーマイオニーは先手をうった。

 

「いつもの出鱈目よ、ハリー」

「でも」

 

 案の定、ハリーはマルフォイの方に体を向けかけており、ハーマイオニーの言葉に不安げにサクヤの方を見ていた。

 グリフィンドール生がマクゴナガル先生からダンスパーティの話を聞いてからハリーが頻りにあの少女に気をひかれているのは知っている。

 だが、なんのプライドだか知らないが、ハリーは今の所サクヤに自分からアプローチをかけてもいないし、別の女の子の申し出を「ノー」の一言で可哀想になるほどつれなくフッていた。

 ロンといいハリーといい、ダンスパーティにパートナー同伴で出る気があるのかと呆れる思いだ。

 

「サクヤのことだから、相手は最初から決まってるわよ。許嫁がいるんですから」

 

 それは勿論ハリーのことでも、ましてマルフォイのことでもない。

 許嫁という言葉にハリーは不機嫌そうにむくれた。昨年本人やフェイトという人がそう言っていた人物は一人だ。

 ハリーの機嫌の悪化とひきかえに、席に落ち着かせることに成功したハーマイオニーだが、今度はマルフォイの方に彼女の言葉が届いたらしく、にたぁと笑ってこちらに身を乗り出してきた。

 

「おいグレンジャー。もしかしてそれはあのスプリングフィールドとかいう先生のことじゃないだろうな?」

「あら。知ってたの?」

 

 相変わらず侮蔑に塗れたような話し方でつっかかってくるマルフォイに淡々と答えた。

 マルフォイが知っていたというのはそこそこ驚きだが、どうせ親から聞いたことだろう。なら無駄なことだと分かっているはずだが。

 マルフォイはなぜか新聞を見せつけるように掲げてきた。

 

「ああ、そうか。君はまだ知らないんだろうね、グレンジャー。僕ならあんなのが先生をやっていることにも、ニホンの魔法協会から派遣されてきたのにも驚きだけどねぇ。まだ新聞を見ていないのかい?」

 

 掲げているのはおそらく日刊預言者新聞だろうが、それがなんだというのだろう。気にはなるが――――

 

「どれどれ……うわっ! 度胸あるなこれ。よくこんなの書けるな。あ。ありがたく借りてるよ」

「えっ?」

 

 いつの間にか、ハーマイオニーの傍に新聞を持ったイズーが立っており、記事を見て感心している。――――そしてマルフォイはいつの間にか手の中にあった新聞が消えていることに目を白黒させていた。

 

「なにが書かれているのですかイゾルデさん…………呆れた。まさかこんな記事を載せるだなんて」

「うわっ! ホントだ! しかもこの書き方。あっちゃー。これ大丈夫なの?」

 

 メルディナとメルルもやってきて、イズーが持っている新聞を覗き込み、ひくりと頬を引き攣らせた。ただ、イズーもメルルも(メルディナは眉を顰めているが)どこか笑っているように見えた。

 

「なにが書かれているの、イズー?」

「ん? リオン先生のこと」

 

 ハーマイオニーが尋ねるとイズーは持っていた新聞をハーマイオニーに手渡した。

 どこかから文句が飛んできた気がしたが、ハーマイオニーとハリーは気にせずに、イズーが見せてくれた新聞に目を向けた。

 

 

『ホグワーツの危険な人選

 本誌の特派員、リータ・スキーターは、先だってヴァンパイアの危険性について記事を寄せた。

 無辜な魔法使い、マグルを危険にさらす、凶悪な闇の魔法生物――ヴァンパイア。その中でもっとも悪名高く、危険だと言われるのが、数百年前から活動していたという真祖の怪物。魔法界では600万ドル(マグルの金額表示)という超高額の懸賞首であり、“闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)”、“人形使い(ドールマスター)”、“不死の魔法使い(マガ・ノスフェラトゥ)”、“禍音の使徒”、“悪しき音信”、様々な異名を持っていたエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだろう。悪逆非道の限りを尽くしたこの怪物だが、しかし歴史上では突如として姿を消している。

 さて、近年魔法世界との交流を盛んにしているということで諸外国から留学生を多く迎えているホグワーツだが、その中に極めて危険ではないかと思われる人物がいることを本誌は突き止めた。ニホンのカンサイジュジュツキョウカイ(魔法協会に類似)から派遣されている同校の精霊魔法講座教師のリオン・マクダウェル・スプリングフィールドという人物だ。――――そう、マクダウェルだ。

 一説によると、かの“闇の福音”が最期に根城としていたのはニホンではないかとも考えられており、そこから派遣されたこの怪しい人物が、かの怪物と関係があるのではないかと推察することはその名前を見れば容易なことだろう。この危険人物は着任以来、本当にニホンの魔法協会のお墨付きを得たのか疑問に思えるほどの横暴な授業を行っていると評判で――――――――』

 

 つらつらと続いているのは、“疑惑”だとか“察するに”だとか、これでもかとばかりに偏見で塗糊され、筆者の邪悪なユーモラスが滲み出ている批判文。

 

「なによこれ!」

 

 ハーマイオニーは思わず非難の声をあげた。

 スプリングフィールド先生とはハーマイオニーはにとってそれほど親しい先生ではないが、友人の想い人であるし、助けられたことだってある。

 しかもこの記事では、客観的事実を示しているのは名前に共通点があることしかないのに、これではまるで先生が極悪危険な犯罪者とでも言うかのようだ。

 

「よく書けるよねぇ。こんな恐ろしい内容。メガロの新聞でもこんなに堂々とは書かないよ」

 

 しかし、おそらく憧れの人物に対する中傷記事にもかかわらず、イズーやメルルたちは苦笑して見ているばかりだ。

 そのドライな反応にハーマイオニーは目を丸くした。

 

「驚かないの?」

「え? だってこんなの、そうじゃないかって、みんながずっと言ってることだもん。むしろ知られてないことに驚くんだけど」

 

 尋ねるとイズーから返ってきたのは至極あっさりとした、何を今更と言うものだった。

 

「サクヤはこのこと!」

「知ってるでしょ。関西呪術協会、というか近衛詠春は、リオン先生の比護者の一人だったんだし」

 

 ハーマイオニーだけでなくハリーも唖然と口を開き、信じられないとばかりにメルルたちを見つめた。

 そんな周囲の様子に、イズーとメルルは苦笑した。

 

「別にリオンが悪事を働いたって話は聞かないしね~。っと、メガロの軍隊を何度か壊滅させたのは別か」

「あれはメガロから仕掛けて来たんだろ?」

「軍隊壊滅?」

 

 ここにきてようやくの擁護――かと思いきや、なにやら思いっきり物騒な会話になっていることにハリーがぎょっと声を挟んだ。

 

「こういう経歴の方ですからね。昔は何度かメガロの軍隊が討伐に乗り出していたようです。ただ、リオン様が拳闘大会で優勝された頃にオスティア女王とネギ・スプリングフィールド様がメガロとの調停を行って、騒動を収めたそうですが…………新聞ありがとうございました」

 

 たしかにスプリングフィールド先生がメガロという国と仲が悪い、というのは研修中に聞いた話ではあるが、まさか軍隊を派遣されるような人だったのいうのはあまりにもあんまりな情報だ。

 メルディナはイズーから新聞を受け取り、丁寧に折りたたんでマルフォイへと返した。

 マルフォイは差し出された新聞をひったくると、恐々と周囲を見渡し(おそらく記事の内容以上にヤバい危険人物が周囲にいないかを確認したのだろう)、そそくさと広間から出ていった。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

「このリータ・スキーターっていう記者はタチの悪い記事を書くことで有名だから、信じる人はあまりいないと思うわよ」

 

 ハーマイオニーたちと同じようにリオンの記事を見ていた咲耶たちは、精霊魔法の教室へと向かいながらそのことを話していた。

 

「この前のダンブルドアの記事なんて、彼を“時代遅れの骨董品”だなんて書いてたぐらいだもの」

「ひどい書き方やなぁ。まあリオンはこんなん気にせんと思うけど」

 

 フィリスはしきりに、先ほどの新聞を見て顔を顰めている咲耶に気にしないように言っていた。

 

「でもこの記者、本当にタチ悪いことばっか書くからなぁ。ザカリアス・スミスみたいなバカが変に騒ぎ立てないといいんだけどな」

 

 ただ一部の生徒はそういうわけにもいかず、朝食時に咲耶にことの真偽を確かめるようなことを聞いていた下級生のことに、リーシャは気分を害していた。

 おそらくリオン自身は、顔も見えない相手からの、今更な情報を気にはしないが、代わりに怒ってくれている友人に咲耶は微笑んだ。

 

「まあ、エヴァさんのことはホントなんやけどなぁ」

 

 魔法世界の情報をきちんと調べたのか、単に名前が似ているから中傷記事に仕立て上げたのかは知らないが、一部の推察は見事に的を射ていたのだ。

 リーシャたちは、「ふ~ん」と聞き流しそうになり――

 

「え!? でも、このエヴァンジェリンって人、何百年も前の人なんでしょ。そんなの関係があるかなんて証明のしようがないでしょう?」

 

 なんかさらっと流せない関係性があったために、フィリスは驚いて尋ねた。

 

「関係っていうか、リオンのお母さんやよ?」

「……え?」

 

 ピシリと、空気が固まったような気がした。

 スプリングフィールド先生の見た目はどう見ても20代。一方で記事には件の人物は数百年前の人物と書かれている。

 

「でもこの人何百年も前の……」

「エヴァさん、たしか650歳くらいって言うとったから。あ、でもすっごい可愛い人やで。今どこに居るかは分からんけど」

 

 どこかピンとのずれたところで熱心に説明している咲耶に、フィリスとリーシャはパチパチと瞬きだけを返した。

 

 

 

 精霊魔法の教室に到着すると、そこには渦中のスプリングフィールド先生が――

 

「あれ? セタ先生? スプリングフィールド先生じゃないんですか?」

 

 おらずに、夏休みの時に研修旅行の引率をしていた瀬田夕映が教壇に立っていた。咲耶も、一瞬驚いたように目を瞠り、すぐに挨拶をした。

 

「こんにちは夕映センセ」

「こんにちは。リオン君は出張中ですので、しばらくは私が代理としてきました」

 

 

 受講していた生徒たちは、日刊預言者新聞の件もあって、そのせいで不登校となっているのではないかと疑念を抱く者も中にはいたが、授業自体は平穏無事に行われることとなった。

 特に今期から授業で取り扱う“魔法使いによる宇宙開発”に関しては、夕映の専門分野であるだけに、スプリングフィールド先生よりも分かりやすく、好評であった。

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 放課後

 咲耶たちはハーマイオニー、そして彼女に連れられてきたジニーと一緒に昨今のホグワーツ情勢についての議論を廊下にておこなっていた。—―――ようはクリスマスパーティに向けてのおしゃべり会だ。

 もっとも最初はハーマイオニーもスプリングフィールド先生についてのことを聞いてきたのだが、結局はイズーたちがハーマイオニーに語ったことと大差なく、そして咲耶がフィリスたちに語ったことともほぼ同じことであり、当人の出張は記事の件とは関係ないだろうということを話すに終わった。

 そしてそれが終わると話題はマルフォイの振る舞いに関して――つまり咲耶がマルフォイなんかのダンスパートナーになるのではないかという危惧についてだった。

 

「—―――なんて言ってたのよ! サクヤ! ホントなの?」

「ウチが? そのマルホイ君と?」

 

 マルフォイが前々から魔法世界側の魔法使い、そしてニホンの魔法協会の長の孫娘であるサクヤとコネを作りたがっていたのは明らかだった。

 

「ううん。誘われてへんし、おじい様からもなんも言われてへんよ?」

 

 だが、心配をよそに咲耶はマルフォイの名前にキョトンとした顔となり、あっさりと否定した。

 

「でも付き合いとかはいいの?」

「あはは。別にそんなん、会場で話せばええことやん」

 

 もしかしたら祖父の方にはそういう話が行っていたりするのかもしれないが、少なくとも咲耶のもとにはそういう話は届いていない。

 せっかく交流を深める機会なので、話す機会があればいいとは思うが、ただそれだけのことである。

 横で話を聞いていたフィリスが可哀想なものを見る眼で遠くを見ていたりするが、咲耶にはきっと関わりのないことであろう。

 

「そいうハーミーちゃんとジニーちゃんはパートナーどないするん?」

 

 咲耶への疑問が解消したところで、今度は咲耶が友人たちに尋ねた。

 ハーマイオニーもジニーも、咲耶から見てとっても魅力的な女の子だ。(気のせいかハーマイオニーの方は前歯が以前と違っているような気もするが……)

 しかもよく一緒にいる男の子の存在があるだけに、それはもう、咲耶にとって興味の的だ。

 

「ハーミーちゃんはハリー君とかジニーちゃんのお兄さんとよう一緒におるけど、お兄さんの方と行くん?」

 

 ハリーの方は、目下彼を狙っている人物が数人いることを把握しており、その中でも(咲耶にとって)最有力候補なのがここにいるジニーなのだから、自然ハーマイオニーの第一候補はもう一人の彼なのかと、自然にそう思って尋ねたのだが。

 

「なんですって?」

 

 非常に不愉快そうに睨み返された。思わずびびる咲耶たち。

 

「な、なにかあったん?」

「なにか? あの人って……ホンット、もう、信じられないわっ!!」

 

 恐る恐ると尋ねてみると、ハーマイオニーは渾身の怒りをぶちまけた。ちらりとジニーを見てみると、処置なしとばかりに肩を竦めていた。

 

 

 怒れるハーマイオニーの話によると、なんでも彼女の友人、ロン・ウィーズリーは、積極的に動こうとしないハリーを焚き付けることが目的だったのか、ハーマイオニーが居る横で「誰かに申し込まないでこのままだと、残りはトロールになってしまう」などとのたまったのだとのことだ。

 横には女子であり、仲がよく、誰からも誘われていないハーマイオニーが居るにも関わらずだ。

 あげく、「顔のいい順に申し込んで、最初にオーケーしてくれる子ならば、メチャクチャ性格が悪くてもいくのか?」と、彼女が尋ねたら、なんと返ってきた答えは「うん、まあそんなところだ」だったというのだから呆れたものだ。

 これには親友であるハーマイオニーも頭にきたらしい。

 

 

「う~ん。そらいかんなぁ。ジニーちゃんのお兄ちゃんながらダメダメやなぁ」

 

 ハーマイオニーの話に、流石の咲耶もフォローなく、処置なしのジャッジを下した。

 未だにジニーをダンスに誘っていないというハリーにも驚きだが(咲耶にとって)、もう一人の方に至っては論外である。

 パートナーがいるからダンスに行きたい、あるいはダンスという機会を活かして女の子と仲良くなりたい、という健全な思いから外れて、もはや恰好がつかないからアクセサリーが欲しいと言っているようにしか思えない。

 ジニーも兄のことながらフォローのしようもなく、うんざりとため息をついた。

 

「それじゃあハーマイオニーはパーティーどうするの?」

 

 そんな相手と行くことはまずないだろうと、フィリスがどうするのかを尋ねた。

 クリスマスダンスパーティの時期は着実に迫ってきているのだ。

 

「それは……私よりも、ジニーの方が問題よ!」

 

 口ごもったハーマイオニーは、突然、話題を自分からジニーの方に強引に振った。

 

「ジニーちゃん?」

「ハリーのことよ」

 

 先ほどの話では畑の案山子になっているとのハリー。首を傾げる咲耶にハーマイオニーはため息交じりだ。

 

「ハリーっていえば、たしかレイブンクローの5年生が申し込んで断られたって聞いたわよ」

「えっ!?」

「あれ? 私はうちの3年生が申し込んで断られたって聞いたけど」

「えええっ!!?」

 

 フィリスとリーシャから次々伝えられた噂に、咲耶はビックリと叫んだ。

 

「そんならジニーちゃん! 早よ申し込まな!」

 

 幸いにもハリーは断ったらしい、というのであれば、これ以上別の誘惑にハリーが惑わされる前に勝負にでるべきである。

 咲耶はジニーにガバリと詰め寄って勢い込んだ。

 

「サ、サクヤはハリーと行く気はないの?」

 

 サクヤの迫力に仰け反り気味になったジニーは、前々から気になっていたことを思い切って尋ねた。

 

「うちが? ハリー君と?」

 

 首を傾げた咲耶に、ジニーはこくりと頷いた。

 

 ジニーとハリーとは同じ寮で生活しているし、夏休みには一つ屋根の下で生活していたりもする。別の寮のサクヤと比べると、ハリーと居る時間はジニーの方が圧倒的に長いはずだ。

 だが、だからこそ、そんなハリーのことを見ていたら分かってしまうのだ。

 ハリーはサクヤに惹かれている、と。

 サクヤからのアドバイスでなるべく積極的にハリーの傍にいるようにしてはいるが、肝心のハリーは、自分に向ける“親友の妹”という観念を頑なに外してくれない。

 むしろ魔法世界で無意識にサクヤの姿を追いかけていたように、きっとハリーはサクヤが好きなのだ。

 申し込みを断っているのも、もしかしたらサクヤと行きたいからなのではないか。そう思えてならないのだ。

 

 当の咲耶は、そのことにまるで気づいていないのか、なんでそんな質問が来たのか分かっていない様子だ。

 ハーマイオニーが口を挟んだ。 

 

「もし申し込まれたら、としたらよ」

「ないない。でももしそうだとしても、うちに遠慮して申し込まへんとかアカンよ!!」

 

 ハーマイオニーの仮定を、咲耶は一考だにすることなく手を振り、そしてズイッとジニーに詰め寄った。

 

「で、でも、もし断られたら、い、今までみたいな関係にだって」

「ハリー君はジニーちゃんの気持ち知っとるんやろ!」

 

 後ずさりしそうなジニーへの咲耶の追撃。ジニーはボンッと顔を赤くして俯いた。

 普段明るいジニーも、やはりハリーへの恋心に対しては引っ込みがちになってしまうらしい。

 

「やっぱり、ジニーはまず男の子に慣れてハリーの前でもありのままの自分でいられるようにする訓練をするべきじゃないかしら」

「むぅ~~……」

 

 以前から、ジニーの恋愛応援に関しては咲耶とハーマイオニーは意見があっていない。

 まずは他の男子と恋愛関係になって耐性をつけ、同時にハリーに染み付いたジニーへの“親友の妹”としての観念を消すべきだと主張するハーマイオニー。

 恋愛は戦争だから一途に攻めるべきだと主張する咲耶。

 現在のところ、ジニーは想い人との関係がうまくいっている(らしい)咲耶の主張を経験者としての意見として採用している。

 

 今までの経過を見るに、ハリーだってジニーの好意には気づいているはずだし、危険も顧みずに助けようとしたこともあったのだから、憎からず思っているのは間違いない。

 好意を抱いているっぽいイズーやメルディナには申し訳ないが、今まで応援してきただけに、咲耶としてはジニーと結ばれてもらいたい。

 ただ動きの鈍いハリーに対しては、時には引くことも戦術だと言うハーマイオニーの意見ももっともであり…………

 

「すいません。少し、よろしいでしょうか?」

 

 唸っていた咲耶とハーマイオニーたちに声がかけられ、振り向いた。

 

「ありゃ。クラムくん? どないしたん?」

 

 声をかけてきたのは、初日以来、留学生の中ではイズーたちに次いでよく話しているダームストロングのビクトール・クラムだった。

 クラムに対して好意的な(好意ではない)咲耶やリーシャたちとは異なり、毎度毎度図書室を騒がせる原因であり、あまり評判のよろしくないダームストロングの生徒ということもあってハーマイオニーは顔を顰めた。

 

「彼女に、用事があって。おじゃまさせていただきました」

「ハーミーちゃんに?」

「私?」

 

 クラムはいつも通り丁寧に、そしてぎこちない言葉遣いでハーマイオニーに体を向けた。

 まるで接点のない……どころか印象のよくないクラムからの突然の用事に訝しげな色が深まった。

 

 彼がクィディッチの世界的な有名人だということはもちろんハーマイオニーも知っている。

 ほかならぬワールドカップ決勝戦にて、ウィーズリー家のご厚意により観戦することができたのだから。

 だが、ハーマイオニーにとってクィディッチはまわりのみんなが熱狂するほどの魅力あるスポーツではない。

 元々魔法とは無縁のマグル生まれだったということもあるし、彼女自身、実はそれほど箒で空を飛ぶのが好きではない。飛行機ならばまだしも、足がつかない箒に上、というのは……はっきり言って怖いのだ。

 親友のハリーが寮の代表選手だということやトーナメントの結果が寮対抗杯に大きく影響するからこそ、クィディッチ寮対抗試合を熱心に応援してはいる。

 だが、むしろあれは寮同士の友好的な関係を阻害する大きな原因の一つであるとすら思っているし、それに浮かれて命の危険を顧みないなんて極めて愚かだとも思っている。

 例えば命を狙われているのを分かっているのに、差出人不明の最高級箒のプレゼントに安易に乗ろうとしたり、試合の直前に生徒同士で呪いのかけあいをしたりということだ。

 ゆえにそんなクィディッチのトッププロといっても、多少感心するくらいであり、目の色を変えて追っかけまわす気には到底ならない。

 彼女の友人のロンが、クラムにべた惚れ(ファンとして)なのも、癪に障る理由の一つだ。

 

 ハーマイオニーからの、普段あまり向けられる類ではない視線を真っ向受けて、なぜかクラムの顔がさっと赤くなった。

 咲耶やリーシャたちがはてなと首を傾げる目の前で、クラムはすっと片脚を引き、なるべく優雅に見えるように頭を下げた。

 

「以前から、図書室で見かけて、ずっと気になっていました。ヴぉくと、クリスマスに踊っていただけないでしょうか」

 

 クラムの言葉に、咲耶たちは唖然として“少年”を見つめた。

 そこにいるのは、クィディッチのトッププロではなく、彼女たちと同じ、紛れもなく恋する少年だったのだ。

 ジニーは両手で口を覆い隠し、咲耶はぽかんと口を開き、フィリスたちも軒並み似たような驚きの顔で固定されている。

 そして

 

「え……えっ? あ、ご、ごめんなさい。あの、私……私?」

 

 申し込みを受けた当人は、受けた衝撃に呆然とし、それからあたふたと動揺を露わにした。

 問い返されたクラムは、直立の体勢に戻り、こくりと頷いた。

 

「え、その、でも……私、マグル生まれよ?」

 

 ハーマイオニーはおたおたと挙動不審気味になりながら尋ねた。

 誘われた事の衝撃も大きいが、不信感もあるのだ。

 

 ダームストロング専門学校

 世界に11しかない魔法学校の一つで、ホグワーツ、ボーバトンと並ぶ、ヨーロッパ三代魔法学校に上げられる伝統魔法族のための魔法学校。

 秘密主義の傾向が強く、決闘や戦闘魔術の教育に定評がある一方で、その評判は11校中、最悪と言われている。

 特に近年では闇の魔術を積極的に生徒に教えているとも言われており、ハーマイオニーのようなマグル出身者の入学を認めない方針をとっていると噂されているほどだ。

 

 事実というべきか、ダームストロングの留学生はスリザリンの寮に滞在するように通達されており、それは彼らの性質が純血思想に近いことを意味しているのだと、多くの生徒が解釈していた。

 

「ダームストロングが、あまり評判のよくないことは知っています。ですが、それがヴぉく自身へのものでないのであれヴぁ……ヴぉくを見てください。よろしくお願いします」

 

 だがクラムはそんな評判を知った上で、そしてハーマイオニーがマグル出身者と聞いてなお、もう一度頭を下げた。

 

 ハーマイオニーは、困ったように周囲の友人たちを見た。

 驚いているジニーやリーシャ、興味深そうなフィリス、クラリスはいつもと変わらないように見えるがやはり少し驚いているように見え……もう一人は花でも咲かせそうなほどにきらきらの瞳になっている。

 

 どうやらこの友人から見て、クラムという人物はそれほど悪い人柄ではなさそうだというのが、察っせられた。

 そして本人もすごく紳士に申し込んでくれている。

 ほんの少し、いつも一緒にいる友人たちのことがハーマイオニーの脳裏に浮かんだが、その一人の言った言葉も、耳に残響していた。

 

 ――「残りはトロール2匹、なんてことじゃ困るぜ」――

 

 彼にとって自分は女の子ではないのだ。

 フレッドだってパートナーを見つけて申し込んだというし、ネビルだって自分から申し込んでO.K.をもらったというのだ。

 女の子を顔でしか見ないような“友人”が目覚めるのを待つくらいなら…………

 

「分かったわ。よろしく、クラムさん」

 

 言葉とともに、すっと右手を差し出すと、クラムは紳士的にその手を優しく握り、触れるように口づけをした。

 

 隣で咲耶が満開のお花畑を背景にしていた――—かと思えば、はっ! と我に返り、ぐるんとジニーへと振り向いた。

 

「ジニーちゃん! 今からハリー君に申し込みに行こ!!」

「えっ!? い、今から!?」

「うちもついてくから!!」

 

 止める間もなく、咲耶はジニーの手を引っ張って、どこかへと暴走して行った。

 

「…………」

「あれも一つの修羅場の形になるのかしらね?」

 

 幸福感から我に返され、呆気にとられるクラムが説明を求めるようにハーマイオニーを見たが、彼女もまた呆気にとられており、いい加減友人の萌え系暴走に慣れてきたフィリスが遠い目をして、咲耶とジニーを見送っていた。

 

 

 

 






原作との相違点

ジニーがハーマイオニーの対ハリーアドバイス「他の男子とつきあってみたら」を実行していないため、ハリーに対する上がり癖が抜けきっていない。むしろ積極的にかかわるようにしており、少しは慣れてきているとなっています。

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