春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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ホグワーツ恋愛戦線異状アリ!?

 咲耶たちが大広間に入ると、思わず咲耶もハーマイオニーも感嘆の吐息を漏らした。

 大広間の様相は、期待以上のすばらしさだった。

 壁は銀色の輝きに覆われており、雪化粧をしたモミの木が並び、ヤドリギが絡み合うように伸びてあちこちで花を咲かせている。

 いつもの寮ごとのテーブルは消えており、代わりに10人ほどが座れるテーブルが置かれており、ぐるりと視線を巡らすと、友人たちの姿もそこかしこで見つけることができた。

 珍しくしおらしい様子のイズーとルーク。

 フィリスは彼氏と仲良くやっているようだ。

 そしてクラリスは、

 

「サクヤ、ハーマイオニー」

 

 咲耶の姿を見つけてパートナーであるネビルを放り出してやってきていた。

 ネビルは慌ててクラリスの後を追っかけており、その進路の先にビクトール・クラムの姿が見えて「ひっ!」と悲鳴を上げた。

 

「クラリス。相手の子、放り出してきたアカンえ~」

 

 咲耶が苦笑してクラリスを窘めると、彼女はいつも通りの眠たそうな眼差しをネビルに向けた。

 ネビルはおずおずとクラリスの隣までやってきて、しきりにクラムから隠れようとしているが、どう見ても小さなクラリスは衝立の役割を果たしていない。

 

「おいネビル! シャキッとしろよ! 別にカナリアの羽は生えちゃいないぜ!」

「カナリア?」

 

 エスコートの役目を完全に果たせていないネビルに、ジョージがどんと背中を叩いて励ました。咲耶はキョトンと首をかしげた。

 ネビルは前につんのめってクラムに軽くぶつかり、小さく悲鳴を上げて飛び退ってこけそうになったところをクラムに手首を掴まれた。

 

「あ、ありがとう……」

「いい」

 

 ネビルはもじもじとしながらお礼を言い、クラムはムッツリとして返した。

 ハーマイオニーはそのやりとりを見て、くすくすと口元を隠して笑い、視線を向けてきたクラムににっこりとほほ笑んだ。

 クラムの口元が微かに嬉しそうに曲がった。

 不器用ながらもうまくやれていそうなハーマイオニーとクラムのやりとりを見て、咲耶も微笑み――ふと思いついてクラリスに尋ねた。

 

「クラリス、ネビル君と仲よかったんやな。あんまし話とるとこ見んかった気がするんやけど……」

 

 聞かれたクラリスは、いつもの考えの読みづらい瞳でネビルを見た。

 

「……学校に入る前から少し接点があった。最近は話していなかったけど」

 

 クラリスの言葉にネビルはビクッ! と身を震わせた。

 そして言いづらいことでもあるのか、口をもごもごと動かし――意を決して俯いていた顔を上げた――瞬間、クラリスに睨まれてまた俯いた。

 

「どかしたん、ネビル君?」

 

 物言いたげなネビルの様子に、咲耶は小首を傾げて尋ねた。

 

「気にしなくていい。彼の問題」

「?」

 

 だがクラリスはネビルに話させなかった。

 

「個人的にスプリングフィールド先生と話したいことがあるらしい。今回はその取次ぎを頼まれただけ」

「あ、そなんや。ごめんなーネビル君。リオン、しばらく戻らんらしいんよ。うちでよかったら聞くけど?」

「う、うん……」

 

 ネビル自身は咲耶に相談したそうにちらちらと視線を向けるのだが、どうやらクラリスの方がそれをかなり嫌がっているらしい、というのが二人の間に流れる空気として感じられた。

 咲耶はふむと、顎に指を当ててハーマイオニーを見た。

 ネビルと同じグリフィンドールの4年生である彼女なら別の切り口があるかと期待してみたのだが、残念ながらその試みは不発に終わった。

 

「サクヤ!」

 

 いつもよりやや口調の荒い声でディズが話しかけてきてしまったからだ。

 

 

 

 第74話 ホグワーツ恋愛戦線異状アリ!?

 

 

 

「ディズ君。あれ? ディズ君、いいんちょさんと一緒なん?」

 

 名前を呼ばれて振り向くと、無難なドレスコードを選択しているディズが、丈の短く動きやすそうなドレスを着たメルディナを連れていた。

 

「ええ。まあ……」

「それよりもサクヤ。スプリングフィールド先生と一緒だったんじゃなかったのかい? てっきりクリスマスまでには戻るものだとばかり思っていたんだけど……」

 

 ディズの質問で、咲耶はそう言えばディズから一番初めにそれを聞かれていたことを思い出した。

 

「あれ、言うてへんかったっけ? ごめんな、ディズ君に聞かれたあと、リオンから出張の話聞いたんよ」

「悪いなクロス」

 

 咲耶が申し訳なさそうに謝り、その後ろからジョージがにっと笑みを浮かべて立った。

 珍しくディズははっきりと分かるくらいに顔を顰めた。

 

「リオン様が今日居られないことで、何か不都合でもあるのですか、クロスさん?」

 

 メルディナが、探るような視線を向けながら尋ねると、ディズは振り返ってメルディナと視線を交わらせた。

 その顔は今まで見たことがない程に感情が無いように見えた。

 メルディナとディズがわずかな時間、無言で視線をぶつけあう。

 

「…………いいや? 先生に睨まれる役どころを独り占めだね、ジョージ・ウィーズリー」

「あいたたた! それを言ってくれるなよ。もう痛い目をみてるってんだから」

 

 不意に、ディズはいつものように穏やかそうな笑みを浮かべてジョージの方に向きなおって言った。

 ジョージはタブーワードを聞かされたように額に手を当てて天を仰いだ。彼も自分の行動の危険性はいささかならず理解してはいるらしい。

 ディズの様子はすでにいつものそれに戻っていた。

 

「ところでいいんちょさん。アルティナちゃんは?」

 

 咲耶はメルディナといつも一緒にいるアルティナの姿が見えないことを尋ねた。イズーがフレッドとメルルがロンと一緒に行くというのはジョージから聞いていたが、彼女のことだけは聞いていなかったのた。

 

  「ティナはあちらです」

 

 メルディナの指差す先を見ると、たしかに、メルディナと同じように比較的動きやすそうな正装をしたアルティナの姿があった。

 その横に居るのは、プラチナブロンドの髪をオールバックにし、教会の牧師のような格好をした男子生徒。

 

「マルフォイじゃないか!?」

 

 アルティナの相手を見たジョージが嫌そうに声を上げた。

 スリザリン4年生男子のドラコ・マルフォイ。グリフィンドールの彼にとってよりにもよって、という相手だったのだろう。

 特にウィーズリー家とマルフォイ家は互いにイギリス魔法界きっての純血の家系“聖28一族”の一家に数えられているが、国際魔法使い連盟機密保持法成立以降の両者の在り様は真逆。当代の当主であるルシウスとアーサーなど、出会ってしまえば街中であろうと取っ組み合いの喧嘩をするなどという間柄なのだから。

 

「何か問題があるのですか?」

 

 だがメルディナたちにとっては、それはまったくもって関係のないことだ。

 どちらもイギリス魔法界において重要な位置にある家系、というだけのこと。接触の取り方は、片や異世界の友人として、片や将来的な有用性として、という違いはあるが、これからの魔法界を変えていくためにはこの人脈作りは、魔法世界アリアドネーの代表として重要な任務でもある。

 事前に知らされた要警戒人物の身辺に身を置くのと同じように。

 平然としているメルディナに、かえってジョージも意見をしにくいのか、顔を顰めただけでそれ以上は言葉を続けなかった。

 

 

 

 

 ハリーとジニーは会場を巡りながらあちこちに知った顔を見つけては挨拶をしていた。その中でいくつもの驚きをハリーは見ることとなった。

 ハッフルパフクィディッチチームのシーカー、セドリック・ディゴリーがレイブンクローのシーカー、チョウ・チャンと一緒にいることであったり、メルディナがマルフォイと一緒に居ることであったり、パーティに魔法大臣のファッジが来ていることであったりだ。

 考えてみれば、この魔法界情勢が緊迫している現状において、海外や異世界の魔法学校の生徒が複数参加しているこのクリスマスパーティが、彼らにとっては一学校の交流会という以上に重要な役目をもっているということの表れだろう。

 ファッジは精霊魔法の臨時講師をやっているセタ先生と話をしていたし、見れば新聞記者らしき女性の姿もある。

 そして意外なことに、魔法省の外交を司るはずの国際魔法協力部部長のクラウチの姿は会場にはなかった。代わりにファッジの近くには真新しいパーティローブを着た赤毛のパーシー・ウィーズリーの姿があった。

 

「パーシーが来てる」

「みたいね」

 

 ハリーの見たところ、パーシーはファッジの御付としてこの場にいることを名誉ととらえていることは間違いなく、どう見ても頬が緩んでいた。

 ハリーとジニーはその様子を見てくすくすと笑った。

 そんな感じで、ジニーも次第に緊張も解れて魅力的な笑顔を見せるようになり、ハリーも段々と居心地よくパーティを楽しみ始めていた。

 

 そんな時、不機嫌そうなロンと出会った。

 

「あらやだ。なにそんな顔してるのよ」

 

 華やかな場の空気に合わない顔をしているロンにジニーが顔を曇らせて話しかけた。

 

「おい、ハリー。ハーマイオニーが誰と一緒に来てるか知ってたか?」

「いや?」

 

 ロンはジニーをうるさそうに一瞥すると深刻そうな顔をハリーに近づけて低い声で聞いてきた。

 その質問で、そういえば会場に来てからハーマイオニーを見ていないことに気が付いた。

 あたりを見回してもすぐには見つけられない。

 

「クラムだ」

「えっ!?」

 

 姿の見えないハーマイオニーを探していたハリーにロンが唸るような声で言った。

 ハリーはまさかと言う顔でロンを見た。

 

「え、だって、クラムって……ハーマイオニーが?」

 

 ロンは実に忌々しそうな顔でこくりと頷いた。

 ハリーは動揺してもう一度周囲を見た。

 クラムならばすぐに見つかる。なにせ周りから視線を集めているところを追っていけば、その内の一つはクラムなのだから。—―――いた。

 広間に入る前に見た騎士服のような姿のクラムの横に、フリルのついたピンク色のドレスを着た可愛らしい女の子がいる。

 だが、まったくハーマイオニーには見えない。

 いつも猫背気味の背中はピンと伸びているし、魔法薬の煙を吸い過ぎてゴワゴワのくせっ毛は、艶々で真っ直ぐになっており、優美なシニョンで結い上げられている。

 なんで今まで気が付かなかったのかと思うほどに、すごく可愛らしい女の子だった。

 

「あいつクラムなんて有名なだけだなんて言ってたくせに……緋色のおべっかつかいの――」

「違うわ」

 

 唖然としているハリーの横で、ロンがハーマイオニーの文句をぶつくさと言っていると、ジニーがそれを止めた。

 

「クラムがハーマイオニーに申し込んだのよ」

 

 再びハリーはびっくりしてジニーを見た。ロンも同じようにあんぐりと顎を落としてジニーを見ている。

 

「なんで分かるんだよ!?」

「彼が申し込んだときにその場にいたもの。サクヤとかリーシャとか、何人もいる前で申し込んでたわ」

 

 なぜかロンは激昂して尋ね、ジニーは平然として答えた。

 ロンはショックを受けているのか、パクパクと何か言いたそうにして、恨みがましそうな目でハーマイオニーを睨んだ。

 

「なんで言わなかったんだよ」

 

 視線はハーマイオニーに向けたまま、ロンが唸るようにいった。

 

「私が? それこそなぜよ。私には関係ないもの」

 

 ジニーはロンから顔を背けると「行きましょう」とハリーの腕を引いて歩き出した。

 ハリーは驚きが抜けきらないまま、ジニーに合わせてロンから離れた。

 

 本当に信じられない。

 ハーマイオニーがあんなに可愛い女の子だってことも、それを分かっていなかった自分も……そしてなぜ言ってくれなかったのかも。

 だが、たしかに彼女は言っていた。

 何度もロンが誰と行くのかと尋ねたとき、「きっとアナタたちからかうから言わない」と。

 たしかにそうだ。

 今の彼女の姿なしに、猫背でぼさぼさ頭だった時の彼女が言ったとして、きっとロンは笑っただろう。ハリーも信じられなかったかもしれない。

 

 ジニーが歩くに任せるままにしていると、ふとどこに向かっているのだろうかという疑問がよぎった。我に返ってみると、ハーマイオニーが先ほどよりもよく見える。…………ジニーとハリーは彼女の方に向かっていた。

 

「こんばんは、ハリー! ジニー!」

「こんばんは、ハーマイオニー」

 

 咄嗟に逃げ出したくなったが、それよりも早く、ハーマイオニーが近寄ってきたハリーとジニーに気付いて挨拶してくれた。

 その顔は、近くで見るとますます信じられないくらいに綺麗になっている。

 ややぎこちない微笑みは、化粧と少し上気して赤くなった頬のせいもあって、はにかんでいるようにも見えるし、授業中のとある事件以来出っ歯だった前歯を短くしたおかげで、非常に可愛らしい。

 ハーマイオニーはパートナーのクラムにハリーとジニーを紹介した。

 驚くことにクラムはハリーのことを知っていたらしく、しかしなぜか握手した手が威圧するようにぎゅっと強く握られた。

 

「どう、ハリーとはうまくやれてる?」

 

 ハーマイオニーがウィンクをして尋ねると、ジニーは恥ずかしさを思い出したように顔を赤くした。

 

「ハリーはどうかしら?」

「え、あー、うん…………」

 

 綺麗になったハーマイオニーに微笑みを向けられ、ハリーは少しドギマギした。

 

「ハーマイオニー。えーっと、君……すごくキレイだよ、うん」

 

 しどろもどろになりつつも、一生懸命褒めたそれは、ハリーにとって紛れもなく本心だった。

 それが分かったのか、ハーマイオニーの横にいるクラムは、ムッと面白くなさそうに口のへの字の勾配を急にした。

 そしてハーマイオニーは

 

「アナタ……ハリー……」

 

 ハリーにとって予想外なことに、頭痛を堪えるように額を指で押さえていた。

 まるでハリーの今の言葉が最悪の一言だったかのような反応に、思わずハリーはたじろいだ。

 

「ハリー? そういうことは隣のパートナーに言うものよ。もしかしてだけど、まだ言ってないなんてことないでしょうね?」

 

 ドキッとしてハリーは慌ててジニーを見た。

 慌てて出会ってから今までのことを思い出そうとしたが、衝撃的な光景を立て続けに見たせいで、談話室を出る前のことがうまく思い出せない。

 だが、ジニーはにこりと微笑んでくれ、ハリーはほっと胸をなでおろした。

 

 

 パーティの料理は今までとは一風変わったヘンテコな――しかし洗練されたやり方となっていた。

 テーブルには一見何の料理も置かれておらず、金色のお皿とメニューだけが用意されていた。

 どうやらメニューに書かれた料理を言うと、その料理がお皿に現れるという仕組みらしい。

 メニューの中身もいつものものとは違っていて、ボーバトンやダームストロングのことを表したと思われるヨーロッパのいくつかの国の象徴的なメニューやハリーが見たこともない料理などもメニューに含まれていた。(おそらくニホンや魔法世界の料理なのだろう)

 

 ハーマイオニーたちと同じテーブルについたハリーには、ハーマイオニーとクラムが楽しげに話す会話が耳に入ってきた。

 どうやらクラムは正しくハーマイオニーの名前を発音することができないようで、二人で“ハーマイオニー”の名前を呼ぶ練習をしていた。

 “ハーミィ・オウン”と呼ぶクラムの顔はとても大真面目で、ハーマイオニーは苦笑しつつもとても楽しそうだった。

 

 みんなのお腹がほどよく満足したころ、ダンブルドアはみんなの起立を促した。

 生徒たちが立ち上がると、ダンブルドアは杖を一振りし、先ほどまで料理が置かれていたテーブルとイスがくるくると回って消え去り、大広間があっという間にダンスをするのに適した舞踏場へと変わった。

 ハリーはこれからダンスを踊ることを思い出して、急にジニーの存在感が増したように感じられて緊張してきた。

 見ればジニーも少し緊張しているのか、ちらりとハリーの方を見てきて、視線がぶつかって、バッとお互いに顔を背けた。

 —―いけない。意識のしすぎだ――

 そう思ってハリーは別の方向を見ようとしたら、微笑ましげにこちらを見ているハーマイオニーと、その横で敵でも睨むような顔を向けてきているクラムを見てしまった。

 ハリーはなんでクラムがこれほど自分に敵意にも似た視線を向けてくるのか理解できなかった。

 

 ダンブルドアが再び杖を振るうと今度は右側の壁に沿ってステージが作られた。

 そして燕尾服を着た小柄な魔法使いのフリットウィック先生と楽器を携えた楽団が現れて演奏する準備が整えた。

 フリットウィック先生の指揮振りでスローテンポな曲が演奏され始め、ダンスは代表として7年の監督生ペアを皮切りに始められた。

 4寮の代表が優雅に、あるいはややぎこちなく踊り始め、しばらくするとマクゴナガル先生の手をとったダンブルドアが踊り始めた。

 それを合図に生徒たちも曲に合わせて踊り始めた。

 踊りが始まると、ハーマイオニーやほかのことに気をとられるゆとりはなくなってしまった。

 なにせハリーとジニーはお互いに緊張しており、ハリーはジニーの足を踏まないように懸命にリズムをとらなければならなかったからだ。

 

 なんとかジニーの足を踏まずに一曲終えた頃にはすっかりハリーもジニーも緊張を忘れていた。

 2曲目の演奏は先程よりもずっと速くて激しいテンポの曲となっており、ハリーとジニーはお互いに少し休憩を入れるためにダンスフロアから抜け出した。

 その際に近くのテーブルからバタービールを拝借し、広間の出入り口側のテーブル席に二人で腰掛けた。

 フロアではフレッドとイズーがかなり激しい踊りを踊っており――――気の所為でなければ今しがたフレッドが5mほど宙を舞ったような気がした。

 

「あー……いい曲だね」

 

 なんとなく会話しなければいけない気がしてハリーは言ってみた。

 

「そうね。でも……今は少しアナタと話がしたいわ」

 

 ドキリとしてハリーはジニーを見た。

 いつも寮で見ているはずの顔が、化粧のせいか、今日はなぜかまったく違う女の子のように見える。

 脳裏になぜかロンのことや、サクヤのこと、ハーマイオニーのことなどが次々によぎったが、ジニーを見つめていると、それらがすべて流れていくように思えた。

 話がしたい。そう言われてもハリーには咄嗟につなげる話題が思い浮かばず、ジニーもなぜか話題をつくろうとせずに視線をフロアへと向けた。

 メルディナがスリザリンの6年の監督生と優雅に踊って周囲の注目を集めていたり、ネビルがハッフルパフ6年の小さな女の子とぎこちなく踊っているのが目に映った。

 

「ポッター」

 

 不意に、低く唸るような声で呼びかけられてハリーはぎょっとして振り向いた。

 

「ムーディ先生?」

 

 声をかけてきたムーディ先生は、片方の目をジッとハリーに向けており、魔法の義眼はくるくると広間のあちこちへと向いていた。

 

「ポッター、私の部屋に来い」

「え、ムーディー先生?」

 

 ハリーは困惑し振り向いて隣に座っているジニーと顔を見合わせるが、どうやら彼女も困惑しているらしく、意味が分からないといったふうに眉を寄せている。

 

「重要な要件だ。来い」

 

 有無を言わせないような強い瞳と口調で言われて、ハリーの困惑はますます深まった。

 それならばパーティが始まる前か後にしてくれればよかったのにと思うが、どうも急務らしいというのが伝わってきた。

 

 戸惑いつつもハリーはジニーに場を離れることを謝った。

 

「ごめんね、ジニー。あー……誰かに誘われたら踊ってきて構わないから」

 

 ――嘘だ。本当はそんなことを思っていないのに――

 脳裏をよぎったその考えをハリーは自分で否定した。

 彼女はロンの妹だ。今日一緒に来たのは……一緒に居て嬉しかったのは……そう、ロンの妹で、家族みたいに思っているからなんだ。

 広間にはパートナーの見つからなかった男子が何人もいるのだから、彼女がパーティ会場で一人でいて放っておかれるはずはない。

 どれだけの時間抜け出すことになるか分からないのでハリーは、本心とは違う言葉を口にした。

 

 しかし苦笑して頭を横に振った。

 

「大丈夫よ。待ってるから」

 

 微笑みながら言われたその言葉で、ハリーはお腹のあたりがカーッと熱くなったように感じられた。

 

「う、うん。それじゃあ……すぐに、戻ってくるから」

「ええ」

 

 耳に入ってくる音楽が雑音のように聞こえた。

 どうして静かにしてくれないのだろう、という考えが浮かんだ。

 

「いくぞ、ポッター」

 

 もう一度ムーディ先生に声をかけられてハリーはハッと我に戻り、慌ててムーディ先生の後を追って広間から出た。

 最後にもう一度ジニーの方を見ると、にこりと微笑んでくれた。

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 ハリーはムーディ先生に引きずられるように強引に3階にある先生の研究室へと連れていかれていた。

 “闇の魔術に対する防衛術”の先生の部屋に入るのは今年になってからは初めてだ。

 去年の担当だったルーピン先生の時や一昨年のロックハート先生の時とはまた内装がガラリと変わっていた。

 ロックハートの時は論外としても、ルーピン先生の時にはこの部屋は授業で使うための魔法生物が置かれていたのだが、今のこの部屋にはそういった生物はいなかった。

 代わりにムーディ先生の“闇祓い”時代のものと思われる道具が一杯置かれていた。

 怪しい人物が傍にいるとクルクルと回るスニースコープや金色のくねくねとしたアンテナのよなもの、姿が映らない代わりになにかぼやけた靄のようなものが映っている鏡などだ。

 

 ハリーは好奇心が首をもたげ、部屋の中をよく見てみたいという気持ちが湧きあがりかけたが、すぐに早くジニーのところに戻らないといけないと思い返して急かすようにムーディ先生を見つめた。

 先生はハリーを先に部屋に入らせた後、かちゃりと鍵を閉めてから部屋の奥まで歩き、そこにあった机の上にいつも懐に入れてある携帯用酒瓶をことりと置いた。

 普通の方の目が靄しか映っていない鏡を見て、魔法の義眼が今さっき鍵を閉めた扉を見た。

 ハリーには何が見えているのか分からないが、その魔法の義眼は物を透かして見ることができるらしい。

 

「ポッター。お前は魔法世界に行ったらしいな?」

 

 ムーディ先生は急にそんなことを聞いてきた。

 

「どう思った?」

「え? あの、どうって……?」

 

 まったく意味が分からない。

 ダンスパーティを中断させて、重要な要件があると連れ出して尋ねることが魔法世界旅行の土産話を聞きたいというのか。

 

「向こうの魔法使いとやらはどうだったと聞いているのだ。どうだ? 強かったか? 恐ろしかったか?」

 

 訝しげな顔をしたハリー。多分自分は先生をものすごく睨み付けているだろうと分かっていたが、眉間が険しい皺を作るのは止められなかったし、止めようとも思えなかった。

 

 ―― 一体、ムーディ先生はなにがしたいんだ?――

 

 いい加減、意味のない世間話ではなく本題の要件を告げるか、そうでないのならば広間に戻らせてほしい。

 ハリーは口を開きかけた。

 

「よくないことが起きている。実によくないことだ」

 

 しかしムーディはハリーを見ずに、こつこつと歩きながら深刻そうになにかを話し始めた。

 

「ポッター。闇の帝王は怒っている。怒りだ、ポッター」

 

 なにか、不穏な気配がしたように感じられた。

 違和感があった。

 

「闇の帝王は、全ての魔法使いを統べる存在なのだ。魔法の闇を深く識り、汚らしいマグル生まれを粛清し、魔法の世界を正しい形に導き、頂点に立つお方」

 

 言葉が、違う。

 

 “闇の帝王”とは、あのヴォルデモートのことのはずだ。だがなぜ闇の魔法使い捕獲のスペシャリストである“闇祓い”がそんな風にアイツを呼ぶ?

 帝王、などと敬意を抱いているかのような呼び方を…………いや!

 言葉だけではない。ムーディ先生の姿が変貌していっていた。

 顔の傷跡が消え、皺の刻まれた肌は滑らかになり、削がれていた鼻が盛り上がっていった。義肢がつけられていた右肢には左と同じように肢が生え出てきた。

 魔法の義眼がポトリと落ちて、眼窩に本来の瞳が填まっていた。

 

 その容姿は、もはや完全に別人のものだ。

 

「あ、あなた、お前は……!!」

 

 まったく知らない人物が目の前にいた。

 ギラギラとした狂気を孕んだような視線をハリーに向けている。

 

 バチン、という音が、室内、ハリーの背後で響いた。

 どこかで聞いた音。

 そうだ、屋敷しもべ妖精が“姿現し”した時と同じ音だ。

 “姿現し”。

 そんなはずはない。だってこのホグワーツでは“姿現し”も“姿くらまし”もできないと、ハーマイオニーは言っていたのだから。 

 

 振り返ったハリーは、そこに魔法使いが居るのを見た。

 闇のように昏いローブを被り、ハリーを歪んだ笑みで見ていた。何かを抱えている。黒いローブで包まれた赤ん坊のような何かを。

 

「な、あ…………」

「ハリー・ポッター。生き残った少年……ああ、13年前の過ちを、今日こそ、正すのだ。ハリー・ポッター」

 

 月のない夜空に、まるでオーロラのような光が虫食いのわいた布のように広がっていた。

 

 


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