春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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飛行訓練

「えっ! サクヤ、箒で飛んだこと無いの!?」

「うん。昔リオンの杖に乗せてもろたことはあるんやけど、自分では飛んだことないんよ」

 

 初めの1週間が終わり、2週目も半ばを過ぎたあくる朝、寮の掲示板に貼られた1年生の飛行訓練のお知らせを見て言った言葉にリーシャが驚愕の表情となった。

 

「そういえば得意じゃないって言ってたわね」

「サクヤ。スプリングフィールド先生は箒じゃなくて、杖で飛ぶの?」

 

 あらあらといった風に顎に手をあてるフィリスは歓迎式の時のことを思いだし、クラリスは咲耶の言ったちょっとした言葉の違いに反応した。

 

「うん。リオン普段はおっきい杖もっとるから、箒やのうて杖に乗るらしいえ」

「なるほど」

「しかしどうしたもんかな……」

「スプラウト先生とフーチ先生に言ったら、練習場の許可下りるんじゃないかな?」

 

 飛行訓練は基本的に1年生のみの授業だ。自由時間に練習することはできるが、クィディッチのシーズンが始まってしまえばそうもいかない。幸いにもまだシーズンは始まっておらず、本格的に練習を開始しているチームもない。

 飛ぶことの楽しさを教えることが吝かではないリーシャはどうしようかと首をひねっていると、4人の背後からセドリックが提案してきた。

 

「よし! それじゃあ週末。サクヤの飛行訓練やろうぜ!」

「うん! ありがとうな、セドリック君。リーシャもよろしゅうおねがいします」

 

 セドリックの提案にリーシャが嬉しそうに練習をもちかけ、咲耶はぺこりと頭を下げた。

 

「なになに、飛行練習すんの? セド。俺も混ぜてくんね?」

「僕が決めてるわけじゃないよ、ルーク」

 

 予定を立てて楽しそうにしている4人組を微笑ましげに見ていたセドリックに別の男子が声をかけてきた。

 

「あ、ルーク君」

「おいおい、なんでセドリックが来ることになってんだよ」

 

 セドリックの飛行技術は認めているが、それでもライバルの参加が規定事項のことのように言う男子、セドリックのルームメイトの、ルークの言葉にリーシャが口をとがらせた。

 

「いいじゃん。一番箒に乗るの上手いのセドだし。それにほら。俺とサクヤはネコ好き同盟だし、な?」

「えへへ~、いつもお世話になってます」

 

 寮の3年でネコを連れてきている者は実はそう多くない。ルークの飼い猫リアは咲耶にとって貴重なオアシスの一つだ。ミセス・ノリスとの件を気を付けるように言われた咲耶は、早速翌日からリアと戯れていた縁でルークと知り合ったのだった。

 

「くっ、ネコをダシにつかうなんて……」

「姑息」

 

 すっかり懐柔されている咲耶の様子にリーシャとクラリスは悔しげな表情となっており、フィリスやセドリックは苦笑いを浮かべている。

 

「あはは。まぁ、僕でよければ手伝わせてほしいけど、どうかな?」

「まあ、セドリックが居た方がいろいろ指摘できるでしょうし、いいんじゃない?」

「くっ! 今年こそは必ずチーム入りして……」

「どのみちリーシャの教え方で覚えるのは無理」

 

 以前留学生と関わりたい、と言っていたようにセドリックもどうやら飛行訓練の参加には乗り気らしく、控えめに提案し、フィリスは肯定的な返事を返した。

 リーシャは少なくとも地位的には、クィディッチチームを落ちた自分よりも、選手であるセドリックの方が上であることを悔しそうに認め、クラリスは追い打ちをかけている。

 

「そしたら、みなさん。土曜日、よろしゅうおねがいします」

 

 

 第8話 飛行訓練

 

 

 土曜日

 

 

「あれ? ハリー君や、やっほー」

「サクヤ?」

 

 咲耶の飛行訓練のため、フーチの監督のもとクィディッチ競技場の使用許可が下りた咲耶たちは練習に訪れていた。そこで出会ったのはハリーとグリフィンドールの男子生徒だった。

 

「なっ!? なぜここにいるんだ! 練習場の申請は僕たちが出している! チームの秘密兵器の練習のために!!」

「ウッド。使用許可は出しましたが、申請は彼女たちの方が先で、そのことはあなたが申請を出しに来た時にも伝えたでしょう」

 

 がっしりとした感じの体躯の男子は、他寮の生徒と出くわしたのが嬉しくないのか怒鳴るように食いかかろうとしてフーチの制止を受けた。

 

「あかんかったんですか?」

「申請出した時は、誰も使用申請出してなかったから大丈夫よ、サクヤ」

「ええ。別にウッドたちも、まさか、競技場の全部を二人で使おうとは考えていないでしょう」

 

 先輩と思しき生徒の反発に咲耶は少し不安そうにフィリスたちに振り返り、フーチもウッドを嗜めるように言った。

 

「いえ、それは、しかし……はい」

 

 ちらちらとセドリックの方に視線を彷徨わしたウッドはがっくりと肩を落して頷いた。

 

「よろしゅうな、ハリー君」

「あ、うん。サクヤもクィディッチの練習?」

 

 なんとか同意が得られた咲耶は嬉しそうにハリーに手を振り、ハリーも少し嬉しそうに問いかけた。

 

「ううん。うち箒で飛んだことあらへんからその練習」

「えっ? そうなの?」

 

 教科書を見ながらなんとかなる部分やある程度の監督ならリオンにもできるのだが、せっかく友達が教えてくれるというのならそれを拒否する気は咲耶には無かった。

 

「うん」

「サクヤ。彼らはクィディッチの練習で来てるみたいだから、あまり邪魔はしないように……」

「あれ? そういや1年は箒の持ち込み禁止じゃなかったっけ?」

 

 ハリーと話し込み始めた咲耶にウッドがいらいらとした視線を向け始めたのを感じたフィリスは二人から離れようと言いかけて、リーシャによって阻まれた。

 咲耶も持って来ていないが、本来1年生の箒の持参は禁止されている。しかしハリーの持っている箒はどう見ても咲耶が手にしているような学校所有のボロい箒ではない。

 

「彼は特別です。マクゴナガル先生から許可が下りていますから」

「フーチ先生。その、あまりこのことは……」

 

 どうやら先ほど言っていた秘密兵器というのはハリーのことらしく、事情を話してしまいかねないフーチにウッドが顔をしかめながら進言した。

 

「そうですね。それではコノエたちはあちらの方で練習しましょう。さあ!」

 

「ほななー、ハリー君」

「うん。またね」

 

 せめてもの抵抗なのか、ウッドはハリーを連れて咲耶たちから最も遠い位置まで移動して練習を再開した。

 リーシャたちも他寮のチームの練習の邪魔をする気はないので、素直に離れた位置で準備を始めた。

 

「しかし、流石はハリー・ポッターってことか? 1年でクィディッチチームに入るなんて、前代未聞じゃね?」

「いや、たしかかなり昔にあったらしいけど……マクゴナガル先生が許可したってことは、相当やり手なんだろうね」

 

 ただ、やはり規則を逸脱してまで参加を許可された有名人には、ルークとセドリックも興味を抑えられないようで、準備をしつつも話題はハリーのことだった。

 

「持ってた箒、あれニンバスだったしな~」

「にんばす?」

 

 リーシャは先ほどハリーが持っていた、本来は持ち込み不可のはずの1年生のマイ箒に興味があるようだ。

 

「箒の種類よ。ちなみにリーシャの持ってるのはクリーンスイープで咲耶の持ってる学校のはシューティングスターよ」

「ニンバス2000だったら、最新式だね」

 

 フィリスから箒の種類の説明を受ける咲耶だが、あまりよく分かっていないようでポカンとした表情で首を傾げて飛び交う謎の単語を聞いていた。

 

「ほらほら、そろそろ練習しましょ。サクヤがついてけなくなってるわよ」

「あっ! サクヤ、ごめんごめん」

 

 フィリスの声で肝心の咲耶を置いてけぼりにしていることに気づいたリーシャたちが慌てて視線を戻して、ようやく練習へと入った。

 

「それじゃあ、まずは箒を地面において」

「は~い」

 

 教え役筆頭に任じられたセドリックの指示に従って咲耶は箒を地面において準備を整えた。

 

「右手を前に出して―――」

 

 

 セドリックの指導を中心に、箒の上げ方、握り方、落ちにくい跨り方を教わりひとまず実践してみようという段階となった。

 

 

「飛ぶんに術式とかいらへんの?」

「基本的に箒に魔法がかかってるから乗り手はコントロールをするのが中心だよ」

「箒によっちゃ落下防止の魔法がかかってたり、飛び方にクセがあったりするんだよ」

 

 精霊魔法における飛行では飛行のための術式に落下防止の術式、認識阻害の術式と飛行においても複数の術式を同時展開するのが基本だが、こちらの魔法では基本的にそれがない。

 セドリックとリーシャの説明にこくこくと頷きながら飛ぶための準備に入った。

 

「サクヤの持ってるシューティングスターは結構古いから変なくせとかあると思うわ。あんまり高く飛ばないで低めでコントロールするようね」

「はいな」

 

 フィリスの言う通り、咲耶が借りている箒は尾の部分がばらばらで整っておらず、古いものであることが一目瞭然だった。

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 ちょうど金と赤とが半々ほどに混じった色合いの髪のリオンが塔の高台から外を見下ろしていた。

 視線の先は遠く、目視ではただ虚空が広がるのみだ。

 

「……聞きたいことがあるなら、いい加減陰から眺めてるだけじゃなく喋ったらどうだ?」

 

 ただ一人しかいなかった蒼天の下、不意に口を開いたリオンの言葉に反応するように、物陰から影のような男が姿を現した。

 

「……聞けば答えるのか、リオン・スプリングフィールド?」

「さて、な。気が向けば答えてやらんでもないぞ? セブルス・スネイプ」

 

 土気色の顔色の中、警戒と猜疑心とを秘めた瞳がリオンを見つめ、リオンはそれに対して鼻で笑うような笑みを浮かべて返した。

 

「貴様は……何者だ」

 

 スネイプの言葉にゆっくりと振り向いたリオンはスネイプと視線を合わした。

 覚悟のある瞳。闇にありながら、暗闇を進むのではなく、決意した何かに向かおうとする瞳がそこにはあった。

 

「貴様からは、闇の気配がする。ここには何をしに来た?」

 

 リオンがここに、ホグワーツに来てから幾人かの教師が彼を警戒しているのは知っていた。中でも最初に出会ったこの男の警戒心は他よりも圧倒的に強く、警戒していた。

 

「ふん。忙しいことだな、貴様は。闇に光にばたばたと。こちらは平穏と聞いたが飼い鳥のようにのんびりと過ごすのは性に合わないのか、蝙蝠には?」

「……貴様!」

 

 スネイプの問いに答えず、揶揄するようなリオンの言葉にスネイプの瞳が危険な色に染まる。

 

 リオンや生徒には知られていないことがホグワーツにはある。特に今年は彼以外の教師によって編まれた防衛陣がホグワーツには秘されているのだ。

 

 あるモノを狙う闇の勢力から、内外に潜む敵からそれを守るために。

 

 それのために動いているスネイプはリオンの言葉に、その身から漂う闇の気配に、臨戦態勢で構えた。

 

 しばし、スネイプの苛烈な睨みとリオンの愉しむような視線が交わり、二人の魔法使いが対峙した。

 

「……平穏など、一時の仮初に過ぎん。闇はまだ消えてなどいない。消えることなどありえん」

 

 再び口を開いたのはスネイプだった。

 

 イギリス魔法界においてこの10年は平穏な安定期と言えた。台頭していた闇の勢力が解体し、生活を脅かしていた死喰い人の多くは逮捕され、“操られていた”魔法使いも正気を取り戻した。

 国内が治まり、ようやく国外の、世界外の魔法勢力とも交流を持ち始めようとしていた。

 

 だが、彼はそれが仮初であることを知っていた。闇の印をその腕に刻むその男には、まだ闇が消え去っていないことを誰よりも確信していた。

 そしてそれは、この学校の長であるあの人も同じだった。

 

「貴様がいくら見つめようと、光は闇を求めはしない。貴様が見ているあの娘は、貴様とは違う」

 

 だからこそ、なぜそこにこのような男を招き入れたのか理解できなかった。

 

 あの少女はいい。

 ただ光しか知らないように笑う少女。個人的にその思考は唾棄すべき思いを抱かないでもないが、あの少女は間違いなく闇ではなく光に属する者だ。

 

 極東における古来からの魔法組織の長の孫娘。魔法世界とも関わりをもつ留学生。

 イギリス魔法界の発展のためにも必要であることは、政治家でないスネイプにも分っている。

 

 だが、目の前のこの男は違う。

 この男は闇に属する者。

 自分と同じくらいに、いや、もしかすると自分よりもなお深く、かの闇の帝王に匹敵するほどに深い、闇の気配を身に秘めている。

 

「それは経験則か? 闇の魔法使い」

「…………」

 

 この男があの少女を気にかけているのは見ていれば分かる。先ほど虚空を見つめていたように見えて大方、遠見の魔法などを使って気にかけていたのだろう。

 

 揶揄するようなリオンの口調にスネイプの視線の強さが増す。

 

「闇の中で、泥にまみれ、それでもなお光を求めたいのか?」

 

 だが、その頑なな戦意は、リオンの一言で揺るがされた。

 

 闇がいくら光に焦がれても、光は闇を求めない。

 闇が光のまねごとをしても、それは何も生みはしない。10年前にそれは身に染みて分かっている。

 

 あの瞳が欲しかった。あの瞳が自分を見てくれることを願っていた。

 

 だが、この身に流れる血は、彼女に流れる血は、それを許さなかった。

 

 いや、もっと早くに気づいていれば、気づけていれば、あるいは違っていたのかもしれない。

 しかしもはやそれは還らない。

 せめてと願った思いは砕かれて、残ったのはたった一つの光。

 

 憎むべき光だけが、その愛すべき色を残しているのだ。

 

「若造が。何を知ったような口を! ……!?」

 

 ぎしりと奥歯を噛み締め眼前の闇の魔法使いを睨みつけた。スネイプのその視線は揺らぐものではなかった。しかし、

 

 

 一瞬のうちに目の前の男は消え失せた。

 

 

「あいにくと、ただ光しか認められぬくだらんヤツに興味はない。だから、まあ貴様の大事に“憎んでいるもの”には手は出さんさ」

 

 次に近くしたのは肩に手を置かれ、すれ違うような立ち位置から声をかけられた時だった。

 

「キサッ……!!!」

 

 肩に置かれた手を振り払うように腕を振り、激高したように振り返るスネイプだが、そこには既に何者もいはしなかった。

 

 

 

 ・・・

 

 

「おお! 大分できてきたじゃんサクヤ!」

「えへへ。空浮かぶん楽しーなぁ」

 

 しばらくの練習の後、咲耶は見事箒を使った飛行魔法を成功させ、宙に浮いていた。その横を並走するリーシャは、特に危なげなく飛んでいる咲耶に笑みを向けた。

 

「うん。サクヤのみ込みいいよ。結局ほとんど僕が教えることもなかったしね」

「いやいや。ご指導、おおきにありがとうございます」

 

 反対側を並走する教師役、セドリックの言葉に咲耶はぺこりとお辞儀してお礼を述べた。

 

「よっし! サクヤ、最後はあそこの柱まで競争しよう!」

「はぇ?」

「はは。よし僕が受けよう!」

 

 楽しげな顔のリーシャが練習のシメを呼びかけ、セドリックもまた乗り気となった。

 真ん中にいる咲耶は左右に顔をふり、

 

「あーん、待ってよ~」

 

 左右の二人が微笑んだ瞬間、二人は猛烈な加速によって咲耶を置いてけぼりとした。慌てて咲耶も加速するが、出だしが遅れたことに加えて箒捌きや箒の性能が違うこともあって、どんどんと距離は離された。

 リーシャが指示した柱のとこまで到着したのは二人に暫く遅れてのことだった。

 

「二人とも早すぎやぁ」

「はは。ごめんごめん」

 

 到着順位はセドリック、リーシャ、だいぶ遅れて咲耶だった。悔しがるリーシャを宥めつつ、三人は地上で待っていたクラリスたちの下に戻った。

 

「うん。これだけ乗れればばっちりじゃない、サクヤ」

「ええ、基本的なことはちゃんとできています。あとはどれだけ箒に馴染めるかですが、今日はもう十分すぎるほどでしょう」

「ありがとうございます、フーチセンセ。みんなもおおきにな」

 

 地上に戻ってくると、フィリスやフーチもまた咲耶の飛行魔法に合格点を出した。

 

「さて、それでは片づけをして、終わりにしましょう! さあ!」

 

 頃合いとなったことでフーチは練習の終了を告げ、ハキハキとした調子で手を打ち慣らして片づけを促した。

 

 箒を片付け、最後にちらりとハリーの方を見ると、そちらではゴルフボールを使ってキャッチングの練習をしており、咲耶よりも何倍も素晴らしい箒捌きで空を駆け、次々にボールをキャッチしていた。

 

 

 寮へと戻ってきた一同は談話室へと集まり、

 

「さてと、サクヤの練習も終わったことだし……遊ぶか!」「精霊魔法の練習をしましょうか」

 

 腕を伸ばしたリーシャと、杖を取り出したフィリス、二人が同時に次の予定を口にした。

 言葉がかぶり、しかし方向性が真逆な二人は、互いに顔を見合わせて主導権争いをしている。

 

「どないしよか?」

「サクヤ、疲れてない?」

 

 咲耶としては、友人と過ごせればどちらでも構わないと思っていたため、ほわほわと微笑んだままクラリスに問いかけた。クラリスは先程まで飛行練習を頑張っていた咲耶を気遣った。

 

「うん。うちは大丈夫やえ。これでもリオンに鍛えられたこともあるもん」

「僕としてはできれば、せっかくの機会だから精霊魔法の練習をしたいな」

「あっ、俺もサンセー。この間の授業の終わり、スプリングフィールド先生の終わり方からすると、今度の授業までに成功率高めとかないと、すっげえ怖ぇえし」

 

 魔力的にも体力的にもまだまだ余裕があることを咲耶が告げると、セドリックとルークはフィリスの勉強案に一票を投じた。

 

「と、言うことで、今度はうちがセンセー役やらしてもらうことになりました」

「よろしく、サクヤ~」

 

 結局、勉強4、遊び1、中立1で咲耶の精霊魔法講座となった。リーシャも座学ならともかく、咲耶の実技講座ということで素直に参加している。

 

「言うてもお手本見せるくらいしかできへんのやけどね」

「それでもありがたいわ。全然勝手が違うから、手ごたえがまるで分からないもの」

 

 今週で精霊魔法講座は2度目。初回の授業では咲耶を除いて誰一人発動することはできなかった火を灯す魔法だが、2度目の授業では数人の生徒がかろうじて火花らしきものを微かに散らすことに成功していた。

 

 本来ならばそれほど早くに、微かとは言え発動するものではない。だが、魔法学校で魔力制御を習っているが故に一般人が0から習得するよりも早かったのだろう。

 またばらつきがあるのも、精霊魔法に興味のある生徒の自己努力によるところもあるのだろうが、魔力制御の得手不得手が生徒によって分かれていることや、発動した生徒の得意属性が火属性よりなのだろうということだった。

 

 咲耶のクラスでは、グリフィンドールのウィーズリー兄弟や他数人。ハッフルパフではなんとリーシャがいの一番に微かながら発動させたことで寮に動揺が走ったりしていた。

 

 

 幾度か手本に火を灯す呪文を見せながら、時折アドバイスをしながら5人の精霊魔法を見た。

 

 

「灯れ!」

「うーん。もうちょい力抜いて軽く振ったほうがええよ~」

 

 リーシャのやや力のこもった呪文は、一応成功したらしく、杖の軌道に合わせて赤い光が微かに走った。

 

「ちょい休憩しよか~」

「やっぱり難しいね」「サクヤは簡単そうに出してるのになー」

 

 流石のセドリックも不慣れな魔法の連続使用には精神的にくるようで、疲れを色濃くした顔で休憩に入った。ルークもまた大の字で椅子の背もたれに腰掛けるようにして伸びをした。この二人は前回の授業中にこそ発動できなかったものの、その翌日には小さな火花を散らすことに成功しており、今も成功率は低いながら、幾度か明確な火を灯すことができていた。

 

 咲耶は休憩に入り、しかし悔しそうにじっと自分の杖を睨んでいるクラリスの姿に気づいた。

 

「そんな気にしたあかんえ、クラリス」

「……リーシャはできてるのに……私だけ火が灯らない……」

 

 5人の中では比較的優等生のクラリスが最も苦戦しており、リーシャの火は目視できるレベルであるのに対し、ようやく微かな煌きがでるかでないかというところだった。

 

「うちかて最初はものすご時間かかったし、数日でできるようなった方がびっくりやわ」

「まあそう言われればそうなのかもしれないけどね……」

 

 しょんぼりとした様子のクラリスの頭を撫でながら慰める咲耶を見て、リーシャよりも成功率の低いフィリスもまた複雑な表情を向けた。

 

「多分リーシャ、火の精霊さんと相性ええんとちゃうかな?」

「……」

 

 優しい声をかけられたクラリスは、悔しげな視線をリーシャに向けつつも、少しは納得したようだ。 

 

「へー、私は火か~。あ、そだ。サクヤはなに得意なの?」

「あっ。たしかにそれ気になるわね」

 

 自分の得意属性が早々に判明したっぽいリーシャは嬉しそうな顔で、咲耶に問いかけた。フィリスも気になるらしく、セドリックやルークも身を乗り出して戻ってきた。

 

「うち? んー、うちは一応、光と風かなあ。あと花精も得意やと思う」

「花精? って、どんなのができるんだ?」

 

 咲耶の返答にリーシャはなんだか一風変わった属性に興味が惹かれたのか目がキラキラとし出した。見ればクラリスも聞きたそうに咲耶を見上げており、咲耶は苦笑して、どう答えるべきか考えた。

 

「んーっと……そや! ちょいじっとしとってな」

「?」

 

 なにか思いついたのか、咲耶は自分の本来の魔法発動体である扇を取り出した。不思議そうに見るリーシャたちの前で咲耶は扇を少し開いて風を送るように呪文を唱えた。

 

「アステル・アマテル・アマテラス。花の香りよ。仲間に元気を、活力を、健やかな風を」

 

 ―レフエクテイオー(活力全快)

 

「うん?」「なに?」

 

 送られてきた風がクラリスたちを包むと、なんだか疲れていた体がほんの少し軽くなったような気がして、だるかった頭がすっとしたように感じられた。

 

「なんの呪文だったの?」

「えへへ。気分がすっとする魔法」

 

 魔法の効果はなんとなく察しがついたが、興味を持ってフィリスが尋ねると咲耶は微笑みながら答えた。

 

「うち、こういう回復系の魔法が得意なんよ」

「へー、すごいな」

「おお! なんか頭良くなった気がする!」

 

 特に疲れていたからだろうが、効果のほどは身をもって感じられるほどだったため、セドリックやリーシャが感心と驚きの声を上げた。

 

「あはは。頭ようなる呪文はちょっと知らんなぁ」

「……サクヤの魔法。どのくらいのものなら治せる?」

 

 いつもであればリーシャの言葉に微笑むサクヤと呆れるフィリス。そしてクラリスのツッコミが入るところだが、なぜだか今日のクラリスはどことなく期待するような、真剣な眼差しで咲耶に問いかけた。

 

「んー。うちまだまだ修行中やから、簡単な切り傷とか、できてもひび治すくらいまでしかできひんのよ」

「そう……」

 

 どこか残念そうなクラリスに咲耶は小首をかしげるが、いつにもまして無表情なクラリスからは残念ながらその意図を読み取ることはできなかった。

 

「うちのお母様がすごい治癒術士らしくてな、そんで世界中でいろんな人を救っとるらしいんよ」

「へー、この前言ってた立派な魔法使いって人?」

 

 らしい、という言葉が気にはなったが、フィリスは嬉しそうに母のことを語る咲耶に言葉を返した。

 

「うん。せやから、うちもお母様みたいに、自分の力をいろんな人の役に立つために使いたいんよ」

 

 明るい笑顔で夢を語る咲耶にクラリスはハッとしたような表情で振り向いた。優しそうな笑顔。苦しんでいる誰かのために、手を差し伸べることを当然のように夢として語る異国の少女にクラリスは驚いたような視線を向けた。

 

 その意味がなんなのかを、大体知っているフィリスは、少し顔を暗くし、リーシャは少し頬を描いてから明るい声で話しだした。

 

「でもまあこれならセドリックがブラッジャーに骨叩き折られても平気だな!」

「ははは。まあその時はよろしくお願いするよ、サクヤ」

 

 空気を変えるようなリーシャの明るい声で雰囲気は変わった。ダシにされたセドリックはそれに対して半笑いで答えた。

 

「そういえばさー。スプリングフィールド先生はそういうのどうなの?」

 

 明るい笑いが零れる中、ルークが思いついたように問いかけた。

 今の所、リオンの腕前を知るほどの魔法はまだ見ていない。

 例えばマクゴナガル先生であれば動物もどきという、世界的に見ても希少な、ハーフによるものや幻術ではない、動物への純粋な自己変化魔法が使えるということがその腕前の高さを証明しているし、スネイプ先生にしても、授業の内容から、彼が魔法薬学において非常に優れた魔法使いであることは分かる。

 

「リオンは雷と氷が得意らしいけど、だいたいどんな魔法も使えるて聞いたわ。あっ、でも治癒魔法は苦手らしいんよ」

 

 ルークの問いに、咲耶はいつか本人が言っていたことを思いだしながら答えた。

 

 雷と氷。

 間違いではない。だが、それは両立を意味している訳ではない

 

 

 


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