魔法世界、某所。戦いの大勢が決したと思われる戦場にて。
「間に合ってくれていればいいんだけど…………アルフレヒト。さっきの術式は本当に機能したんだろうね?」
先ほどまで転移ゲートがあった場所を見ながら、タカユキ・G・高畑は残っている友人に問いかけた。
去って行ったのはリオン・スプリングフィールド。今回の作戦においてこちらの世界に連れてきてしまったタカユキの友であり元修行仲間だ。
残っている方の友人、アルフレヒト・ゲーテルは宙に浮かべたモニターを睨みながら、何かのデータを物凄い勢いで打ち込んでおり、どうやら先ほどの問いかけは耳に入っていないらしい。
「………………」
「アルフレヒト!」
もう一度、今度は先ほどよりも大きな声で話しかけると、ようやくアルフレヒトは気が付いたのか、モニターから一瞬だけ目を離してタカユキを見て、またすぐにモニターに顔を戻した。
「うん? ああ。うん。理論上は完璧。リオン君の魔力ならば座標設定さえ間違えていなければちゃんとたどり着いているはずさ」
満足そうに話しているのは彼にとっての実験、リオンやタカユキにとっては真剣な魔法術式の成果。
「座標設定が上手くいっていなかったら?」
「それは僕の責任じゃない。今頃時空の狭間に落ちているか、火星と地球の間を漂っているか…………」
「オイ」
「どっちにしろリオン君なら死にはしないだろう? それに僕としては今回の個人レベルでの異世界間空間転移術式のデータがとれたので十分さ!」
“個人規模での異世界間空間転移”
これまで大規模な施設型のゲートでしか為しえなかったその大規模魔法を個人レベルで行える術式に改良したアルフレヒトの次世代魔法。
現実世界に残してきた大切な者に訪れた危機の報せに、リオンがとった方法だ。
リオンとアルフレヒト。
天敵とも親友とも言っている間柄だが(これに関する見方として両者の意見が一致することはまずない)、この急場に際して珍しくリオンが、アルフレヒトに助力を求めたのだ。
彼にとってそれの意味するところが何かを、予想できないはずはなかろうに、それでも残してきたものの大切さゆえに、それを選んだリオン。
「十分なら、リオンに出していた条件は要らないんじゃないのかい」
上機嫌で実験データを纏めているアルフレヒトに、冷めた視線とともにとりあえず言ってみた。
今回のアルフレヒトの術式は、常駐設置型でないという点でこれまでと違いはするが、その分、消費する魔力は個人のものに依存する。
空間転移はただでさえ高等魔法であり、よほど高位の魔法使いしか使えない。そして魔法の威力は術者自身以外の要素として時間と空間にも依存する。
同じ世界の中でさえ、国を超えるほどの転移魔法は困難なのに、それが異世界間だ。膨大な魔力の氾濫により世界間が接続しているならともかく、おそらく現時点ではアルフレヒトの新術式を実践で作動できるのは、規格外の魔力を持ち制御に長けるリオンやネギ、エヴァンジェリンくらいであろう。
そういう意味では、アルフレヒトの研究を実際に試した貴重な経験であり、今彼が怒涛のごとく打ち込んでいるデータは、リオンが自ら実行してくれたからこそできた貴重なデータだ。
助力の対価としては十分なはずだが
「それとこれとは話が別。あのリオンが僕に頼み事をしてくるなんてまたとない機会!! いやぁ、親友の頼みを叶えることができて喜ばしい限りさ!!」
アルフレヒトは満面の笑みで、観測データを調べつつ、どのような対価をリオンに求めるかを夢想していた。
「親友なら対価を求めないものだと思うけどね、アルフレト」
タカユキはため息をつきながらぼやく様に言い、空を仰いだ。
第78話 激突! ホグワーツ城
「やはり……お前とは決着を、つけるべきなのだろうな、アルバス」
「ゲラート……」
目に映るかつての友の姿は、まるでそのかつてを思わせる青年の姿。ダンブルドアと夢を語らい、彼が惹かれたその時の姿。
「だがここではふさわしくない。分かるだろう? “あの時”を繰り返すつもりはない」
「………………」
放たれる光。怒れる弟。息絶える妹……
グリンデルバルドの言葉に、ダンブルドアは瞳に炎を燃やした。
グリンデルバルドは視線を上へと向け、くるりと体を回してマントの中に吸い込まれるように“姿くらまし”した。
「だ、ダンブルドア……」
怯えの残るマクゴナガルの震える声。救いを求める生徒たちの眼差し。
それを感じながら、ダンブルドアはくるりと回転し、グリンデルバルドを追って“姿くらまし”した。
ホグワーツの天頂。
二人の魔法使いが雌雄を決するために向かった頭上を見上げ、デュナミスは頭を振った。
「やはり調整を終えていない段階ではムラがあるな」
グリンデルバルドの持つ伝統魔法の闇の魔術と“始まりの魔法使い”の系譜に連なる秘術による使徒化。デュナミスや、今は裏切りの一人を残して稼働していないアーウェルンクスシリーズなどとは違い、こちらの世界由来の使徒。変わっていく世界に対応していくために取り込んだ新たなる使徒ではあるが、流石に“主”の調整なしの現状では、完全体とはいかなかったらしい。
「他の心配よりも自分の方を案じたらどうだ?」
「案じる? ふん。如何に貴様でもこの状況、足手まといを大量に抱えた状態を一人でどうにかできるのか?」
リオンの言葉にディナミスは向き直り、二人の最強の魔法使いが視線を交えた。
高められていく戦気と魔力。
ハリーやマクゴナガルたちは押し潰されそうな圧力が増していく中、固唾をのんで二人の対峙を見つめ――――赤髪の魔法使いの姿が一瞬で消えた。
「!!?」
直後、ハグリッドが振るった剛腕と同等以上の衝撃がホールを震わせた。
“入り”も“抜き”も見せない完璧な縮地でデュナミスへと迫ったリオンの拳撃。その一撃はデュナミスが常に展開する曼荼羅のような積層多重障壁によって阻まれた。
「ダメだっ!! またあの障壁で止められた!!!」
スプリングフィールド先生の攻撃ですら阻まれた。その光景に叫び声が上がった。
突き出され宙に止まるリオンの右腕。
「――――ぬっ!?」
両者の視線が至近で交わりリオンはにっと笑みを浮かべた。
次の瞬間、リオンは左の掌に顕現させた破壊の爪牙を振るった。その爪牙は夕映やマクゴナガルたちの攻撃をものともしなかったデュナミスの障壁を粉々に砕いたが、間髪入れずにデュナミスは影の槍を八条、リオンへと反撃に繰り出した。
リオンは脚を踏み込み、槍を回避しつつさらに接近し、体を翻してデュナミスの体に蹴撃を叩き込んだ。
「ぐぅっ!!!」
魔法使いとは思えぬ――いや、人の攻撃とは思えない威力にデュナミスの体が吹き飛び、轟音を響かせて城壁を突き破って外へと放り出された。ダンブルドアとグリンデルバルドが懸念したように、このまま屋内で戦えば余計な被害が出る可能性が高い。
まずはこの敵を外へと追いやり、開けた空の下でなら大魔法を行使できる。
追撃をかけて一気にここから引き離す。立て直される前に瞬動で再度距離を詰めようとしたリオンだが、しかし
「! ちっ」
跳んだのは前方ではなく、後方。
ギリギリで躱したそこには、ディナミスによって召喚された魔物の攻撃が突き刺さっていた。ホールに召喚された魔物の中でも中型の魔物が4体、手に持つ武器を振りかぶってリオンが居た場所を砕いている。
それだけでなく、先程まで生徒や教師たちを牽制していた魔物の全てがリオンへと殺到していた。
「アス・ラック・アレイスト・クルセイド。来たれ虚空の雷、薙ぎ払え」
上に飛び、素早く周囲に視線を巡らせながらの詠唱。
――「
迫る魔物たちへの雷斧一閃。全方位の魔物を一気に消し飛ばした。
「すっげ……先生、アレを一撃って」
イズーに肩を貸しながら階下から見上げていたリーシャが唖然として言った。
咲耶の治療を受けたイズーは危機的な状態は脱しているが、それでもまだ十分には回復しきっていない様子だ。意識を取り戻して痛みに顔を顰めながらも、昔自分を助けてくれた人物が再び背を向けて戦っているのを見ていた。
「!! リオンさん!」
次の瞬間、城壁を突き破って、巨大な腕がリオンへと振り下ろされた。ドラゴン姿のイズーを圧倒した超巨大召喚魔による攻撃。
思わず声を上げたイズーだが、それよりも早くリオンは反応しており、召喚魔のあまりにも巨大な腕に対抗できるとは思えない細腕を突きつけた。
イズーだけではない。先ほどのドラゴンを握りつぶさんとした光景を覚えていた全ての生徒、教師たちが思わず悲鳴を上げそうになる目の前で、リオンは轟音と共にその巨腕を真っ向から受けた。
「なっ!」
「ちょっ!! 止め、た……?」
リーシャも、咲耶に肩を貸しているフィリスもあんぐりと顎を落した。
リオンが受け止めているのは、すでにホグワーツ城すらも超えるほどのサイズになっている超大型だ。ただの人――まっとうな魔法使いでは盾の呪文を使ったところで粉々に潰されるのを免れることはできないだろう。
だがリオンは止めている。
左腕一本で隕石のような拳を止めており、その体から魔力が雷光現象となって溢れた。
「来たれ雷精、風の精!! 雷を纏いて吹きすさべ、南洋の嵐!!」
――「
その呪文は夕映がデュナミスに放ったのと同じ“雷の暴風”。だが威力は桁違いのものであり――――轟ッ!!!!! と旋風をともなった雷の砲撃が超大型召喚魔の腕を吹きとばし、山のような召喚魔の半身を消し飛ばし、空へと昇った。
「きゃああああっ!!!」
吹き荒れる余波と衝撃に生徒たちの悲鳴が上がる。箒もなしに宙に浮かんでいる魔法使いは桁違いの魔法を放ってなお、そこにいた――――
「ちぃっ!!!」
鬱陶しいデカブツを仕留めたリオンだが、“雷の暴風”の技後硬直が解けぬ間に、その脇腹に攻撃を受けて吹きとばされた。
「リオン君!!」
吹き飛ばされて地面に直撃したリオンに夕映が声を上げた。
咄嗟に体を捻って着地態勢をとっているが、着地した地面には大きく亀裂が走り、陥没が広がった。
「そう簡単には、いかないか」
「無論だ。利のある場所で戦うのは戦術の基本。ここならば貴様には枷がはめられ、大規模魔法も使えまい」
間隙を狙ったのは召喚魔とは異なる異相の魔法使い。
先程の魔法使い然とした黒ローブ姿ではなく、ハグリッド程の大きさもある四腕の異形。顔を覆っていた仮面は狐のようにも見える表情へと変わっており、左右の肩から生える2本目の腕はその体躯の足元につきそうなほどに大きい。
「このデュナミスの大幹部戦闘形態。大戦を知らぬ若造がこれについてこれるか!?」
裂帛の気合いと共にデュナミスの背部から十数条の影の槍が飛び出し、リオンへと襲い掛かった。
「まずいですね」
次々に襲い掛かってくる黒い槍を躱して、城壁を激走しているリオンを見て夕映が眉を顰めて呟いた。ディナミスの攻撃の他に、残っていた魔物たちも休む暇なく襲い掛かってきており、返り討ちにしているが、積極的な攻勢をかけている様子がない。
しかもリオンは時折、わざと攻撃を回避できない袋小路に動いており、障壁を使って直撃を防いでいた。
「流石は幹部クラス。リオン君が押されています」
「ならばセタ先生。援護をしなければ!」
夕映の言葉にマクゴナガルが声を上げた。
「いえ。むしろ逆です」
「逆!?」
「こちらに攻撃が流れてこないようにするためにリオン君の行動が大きく制限されています。しかもこの状況では大魔法もそうそう使えない。私達がここに居る限り、リオン君の足枷にしかなりません」
魔物の攻撃がスプリングフィールド先生へと向いたために扉への道が開け、生徒たちは外への脱出ができているが、まだそれは完了していない。
リオンは階下の咲耶の方に万一にも攻撃が流れないようにするために動きでデュナミスを牽制せざるを得なくなっているのだ。
デュナミスもリオン・スプリングフィールド相手ならばともかく、階下の生徒たちを殺害することはできないため、本気でそちらを狙うことはない。だが、その素振りを見せるだけでリオンの動きを制限できるのならば狙わない手はないだろう。
そしてリオンの魔法の本領は大規模・高火力な攻撃魔法だ。まだ“咲耶”の避難が完了していないこの状況で全力の魔法行使は著しく制限されているのだ。
だが――――
「アス・ラック・アレイスト・クルセイド。契約に従い、我に従え、高殿の王!」
「むっ!? ハイエイシェント!?」
古代ギリシャ語による詠唱。しかも術式に込める魔力は今までの比ではないほどに高められている。デュナミスもそれに気づき、呪文詠唱を止めるために攻勢を強めた。
「彼方より来たれ、争覇する雷鳴!! 物皆悉く打ち砕け、轟く鉄槌!!」
リオンはその攻勢を体術でもって受け流し、振るわれた腕を掴み力の向きを変えて投げ飛ばしながら詠唱を続けた。だが確実にその位置取りは追い込まれている。
「ちょっ!? それはっ!!?」
詠唱されている呪文の脅威度に、デュナミスよりもむしろ夕映が驚愕の声を上げた。
ハイエイシェントの中でも明らかに高威力の呪文を詠唱している。込められている魔力も並の魔法使いでは到底ひねり出すこともできないような規格外。このままあれが解放されれば避難の完了していない自分たちはもとより、外にでた生徒にも被害の及ぶほどの馬鹿げた攻撃だ。
だがリオンの詠唱も術式の展開も淀みなく紡がれていく。
――『
リオンの右腕の掌に膨大な雷光の塊がまるで小さな太陽のように煌いた。放たれることなく、そこに留まる雷光玉。
デュナミスの顔色が変わり、その背後の腕がまるで千手観音のように広がった。
「“それ”はやらせん!!!」
召喚魔と影槍により逃げ場は封じた。
千手の腕が秒間2000撃の重拳の連発、巨竜を屠り、芥子粒も残さないほどの攻撃が――――
「
逃げ場を失ったリオンの体に暴雨の如くに降り注いだ。
城壁を砕く轟音が刹那の内に連続して鳴り響き、ホグワーツ城を揺らした。すでにその拳の下に在るのは岩塊にもならない粉塵ほどのモノしか残されておらず、
「――ヌゥッ!!!!」
次の瞬間、デュナミスの巨体が吹き飛んだ。
衝撃を受けた腹部には雷電の残滓。デュナミスは先程の攻撃による惨禍の跡地を確認しようとし――――ド、ガッッ!!!! と、別の方向からの衝撃を受けて吹き飛んでいた軌道を無理やり変えられた。
見えない攻撃はそれで終わらない。光の奔流がデュナミスの周囲を囲むように迸り、牢獄のようにデュナミスを捕えた。
「な、なにが起こってるんだ!!?」
「キャァ!!!」
紫電が宙に走り、怪物のような魔法使いであるデュナミスが何もできずに攻撃を受け続けている光景に、リーシャたちは驚愕の声を上げていた。
デュナミスの体が光にぶつかり弾けるたびに衝撃が波のように連発し、離れた階下にいた彼女たちのところにも容赦なく押し寄せていた。
降り注ぐ衝撃波に生徒たちはホールから逃げるどころではなく、吹き飛ばされるものもいた。
「!!」
「っ、らぁっ!!」
雷光の猛撃により跳ね飛ばされ続けていたデュナミスが、強烈な一撃を受けて弾け飛び、穴の開いた城壁から外へと吹きとばされた。
腹部に強打を打ちこんだリオンの姿は、雷の精霊のように白く瞬き、飽和した雷子がバチバチと周囲で弾けている姿。
「これはっ!? “あの時”の変身技!?」
セドリックは衝撃波に耐えながらあの規格外の魔法使いの姿を見て声を上げていた。
2年前の悪魔襲撃の際に見せたスプリングフィールド先生の変身技。まるで雷の精霊そのものであるかのような雷速の移動術と溢れる雷子と魔力。
「くっ。これは、リオン君の“空間掌握型”術式兵装です!!」
夕映が衝撃から身を庇うようにしながら言った。
リオン・スプリングフィールドの“3つ”の空間掌握型術式兵装の一つ。周囲数キロの電荷を支配し、“自身を含めた”上級以下の雷撃属性魔法を無詠唱“任意”座標に発動させる術式兵装。
――
リオンが雷の魔力を纏わせた右腕を振るう。掌握された雷精が距離を越えて輝きを放ち、直後、遠く離れた禁じられた森の上で“零距離”から発動した極太の“雷の暴風”がデュナミスの体を呑み込んだ。
「アス・ラック・アレイスト・クルセイド。契約に従い、我に従え、高殿の王! 来たれ、巨神を滅ぼす燃え立つ雷霆。百重千重と重なりて、走れよ稲妻!!」
すぐさまリオンはハイエイシェントを詠唱し、再び膨大な魔力を漲らせた。空に描かれる巨大な魔法陣。かの“サウザンドマスター”が“得意”としたと言われる雷系最大規模の大軍勢用広範囲呪文。
――「
その詠唱どおり、巨神をも討ち滅ぼすであろう数多の雷霆が、禁じられた森の上空を震わせた。
鼓膜が破れるかと思うほどの轟音は一瞬、玄関ホールの全ての人間の動きを止めた。
「あれが、リオン・スプリングフィールド様の力……」
「すごい……」
まさにその容姿通り、かの英雄たちにも引けを取らないであろう規格外の戦闘力。その姿は魔法世界の出身であるメルディナやアルティナとって驚嘆するほどのものであり――むしろ二代英雄の伝説的な強さを伝聞においてのみ知っている分、その度合いは強かった。
授業では習った。あの大戦争を影から操り、さらには僅か10人足らずで魔法世界を崩壊寸前まで追い込んだ秘密結社“
かのサウザンドマスターとも互角に渡り合ったというほどの最強の魔法使いの一角だ。
その強さの一端は今しがた自分たちも味わったばかりだ。
彼が来るまで、あの魔法使いはまったく本気を出していなかった。ただ召喚した魔物たちを適度に操っていただけにすぎない。それだけでも自分たちを含めて、ホグワーツの戦力の全てを圧倒していたのだ。
リオン・スプリングフィールドはその大幹部と互角以上に渡り合っているのだ。
いつの間にかリオンは雷速瞬動を発動させてホグワーツ城の中から消え、禁じられた森上空で雷光を撒き散らしながらデュナミスと激戦を繰り広げていた。
・・・・・・・・
「…………あれが魔法界の英雄、スプリングフィールドの血族の力か。たしかに、昔の俺たちを遥かに超える馬鹿げた力だな、アルバス」
ホグワーツ城の最も高い塔の上。グリンデルバルドは禁じられて繰り広げられている戦争かと思えるほどの激戦を見て呟いた。
かつて自分こそが、魔法界で最も優れた魔法使いだと思っていた。
そしてその自分こそが死を克服する唯一の魔法使いとなり、そして魔法使いの中でも最も優れた自分こそが、魔法使い、マグル、全てを支配する存在になるのだと思っていた。
やがて彼は自分と肩を並べる存在と出会った。
アルバス・ダンブルドア。
友となり、同志となり、そして一つの死を経て敵となった存在。
新たな世界が広がり、自分たちは決して最強ではないと思い知らされた。
自分たちがまだ見ぬ世界があり、まだ知らぬ魔法が存在する。
ならばどうすればいい? ――――知ればいいのだ。
統べる存在でないというのならば、なればいいのだ。
「…………だからそのようなモノになったというのか、ゲラート」
そのかつては互角以上に渡り合った友、アルバスは息を乱して膝をついていた。
たしかに魔法の妙はかつて以上に磨きがかかっている。この半世紀牢獄暮らしだった自分と比べればその研磨のされ方は比べようもないだろう。
「いいや。まだだ。まだ辿りついていない」
だがアルバス・ダンブルドアは老いた。
彼に言わせればそれによって知恵は増し、術は深くなったとでも言うのだろう。しかし明らかに反射速度は遅延し、体力は衰えている。ゲラートに言わせればそれは弱体化だ。
ゲラート・グリンデルバルドは成ったのだ。
こちらの世界と魔法の世界、どちらにおいても最強となる存在に。
そしてやがては
・・・・・・・・
玄関ホールでは再び戦闘状態となっていた。
かつての主に呼び出され、応じた結果その主を失う現場を目撃する羽目になった死喰い人たちが動き始めたのだ。グリンデルバルドによって“姿くらまし”を封じられたことで恐慌状態に陥った彼らだが、幾人かは混乱に紛れて逃亡をはかり、もはや姿を隠すことを諦めた者たちは自身の狂乱の心のままに敵対する者たち――ダンブルドアの配下である魔法教師たちやハリー・ポッターへと襲い掛かったのだ。
マクゴナガルや夕映たちはそれらと戦っていた。
デュナミスやヴォルデモートと比べればその戦闘力は格段に劣るものの、その彼らと戦っていたマクゴナガルたちにも余力はほとんどなくなっていた。
暴走した死喰い人の一人、マクネアが近くの生徒へと襲い掛かり、飛来した閃光をもろに受けて踊るように宙を舞った。
「ムーディー先生!! 今までどこにおられたのですか!?」
呪文を放ち、死喰い人を倒したマッドアイ・ムーディの姿に、疲労していたマクゴナガルは声を荒げて問いただした。
マッドアイは歩行用の杖を気忙しくつき、魔法の義眼をぎょろぎょろと忙しなく動かして何かを探していた。その様子は学期が始まって以降見てきた彼の姿とは全く違っており、動揺し、取り乱しているように見える。
流石にこの状況ではそれも仕方ないことなのだろう。
なにせ最高の闇祓いとも呼び声高いアラスター・ムーディの前にこれほどの死喰い人がうろついているのだから。
「ポッターはどこだ!」
「なんですって?」
「ポッターだ!! ハリー・ポッターはどこだ!?」
マッドアイはマクゴナガルの問いには答えず、声を荒げて少年について詰問した。
なにか決定的な違和感のようなものを覚えて、マクゴナガルは眉を顰めた。たしかにポッターのことは重要だ。だが、現状重要なのはこの騒乱の場から生徒全てを守ることにある。
「ポッターは――」
友人たちに肩をかつがれて避難している。そう答えようとした瞬間、ムーディーの胸元に飛来した失神の呪文が突き刺さり、彼の体が吹き飛んで玄関から外に投げ出され、動かなくなった。
「なっ!?」
驚き、振り返って見たものは、杖をつきつけ、冷たい眼差しを扉へと向けている一人のスリザリン生。
「クロス!! なにをやっているのですかっ!?」
スリザリン6年の監督生、ディズ・クロスだ。
ダンブルドアもスプリングフィールドもそれぞれの敵と対峙している今、おそらく最も戦闘に長けた魔法教師を気絶させてしまったことに、マクゴナガルは激昂して彼に杖を突きつけた。
ディズはマクゴナガルがゾッとするほどに冷たい視線をマクゴナガルに向け――
「なんの真似だ、ディズよ」
扉の外に立っていた一人の魔法使いがディズの名を呼んで問いかけた。
振り向き、見たのは死喰い人“だった” 左手のない男。あのヴォルデモートを謀り、ゲラート・グリンデルバルドの復活の贄に捧げた張本人。ソーフィン・ロウル。
「この期に及んで、ハリー・ポッターをどうこうしたところで意味のないことは貴方も分かっていると思いますけどね」
「だが、放っておく意味もない。なぜあの小僧やその魔法使いたちを庇うような真似をした? もはやまともな判断力もないとはいえ、まだ暴れさせるだけでも十分に利用価値はあったはずだ」
まるで旧知の仲であるかのように、ディズは死喰い人と話している。
しかしその内容は、まるでおかしなものだ。
元“闇祓い”のムーディを倒したことがハリー・ポッターや自分たちを守るためだった?
驚き、マクゴナガルが振り向いてディズを見ると、彼はふっと口元に笑みを浮かべて“敵”を見据えていた。
「もう分かっているのでしょう? 俺がどちらについているかは」
左手に持つ杖を突きつけるディズ。
それを見てソーフィンはギシリと歯を噛み、憎々しげにディズを睨み付けた。
「やはりかっ! 俺の息子がっ! あの大魔法使い、ゲラート・グリンデルバルドの血を引く唯一の魔法使いがっ!! 裏切るというのか、ディズ!!!」
「なっ!? 息子っ!!? クロス! アナタはっ!?」
マクゴナガルだけではない。
近くに居たセドリックやリーシャ、フィリスたちも、その他の生徒たちも驚愕してディズ・クロスを見た。
マグルの孤児院出身。だが、彼はスリザリンに選ばれた。それは彼が純血とまではいかなくとも、魔法族に関わる家系に連なっているということを意味していた。
それにしてもよりにもよってというものであろう。今日ここに現れ、往時以上の力を得た最悪の魔法使いの直系だなどということは。
だがたしかに、彼の金の巻き毛、整った容姿、威風と自信に溢れる様は今まさにダンブルドアと戦っているであろう魔法使いと似て見える。
「関係ないな。俺はアンタに育てられた覚えはないし、古ぼけた爺さんの妄想とやらよりも、俺は“あちら”を選ぶ」
「キサマァ!!」
だが、そのディズの拒絶するかのような言葉に、ソーフィンは憤怒の形相を浮かべた。
「クロス。君は……」
セドリックは友だと思っていたディズに震える声で呼びかけた。
「手を出すな。あの男は――俺が仕留める」
返ってきたのは手助けを拒絶する言葉と、これまでに彼が幾度かだけ漏れ出るように見せたことのある好戦的な顔。
道を選んだ魔法使いが、その血を否定する戦いを始めようとしていた。