春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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事後処理

 ――もふり、もふ、もふ、もふり…………――

 

 ふかふかとしたベッド。咲耶は微睡の中、触り心地のよい何かを堪能していた。 昨日の就寝時間は遅く、また色々と騒動があったことから疲労が抜け切っていないのだろう。魔力もかなり出し切っていたし、未だに虚脱感があるのはベッドのぬくもりのせいだけではないだろう。

 胸元にある“抱き枕”。ふわふわ、もこもことした感触。

 ぎゅぅと抱いても受け入れるように体が沈み込んだ。

 

「ほわぇ?」

 

 寝ぼけ眼を薄らと明けた咲耶の目に、白いもふもふが映りこんだ。

 

「…………」

 

 もふ、もふ。抱き心地のよい白い毛並がベッドの上にあった。

 咲耶は気怠い体に力を入れてベッドの上で身を起こし、周囲を見回した。

 外の景色を写す魔法の窓は、まだホグワーツの魔法全体が完全に修復されていないために様子が分からない。

 おなかのすき具合からすると早すぎる時間、ということはないだろう。だが、ルームメイトも昨日の疲労が残っているのか、まだベッドのカーテンが引かれたままだ。

 咲耶は自分のベッドに視線を戻した。

 木の葉型のもふもふとした尻尾。童姿のシロくんが、くー、くーと安らかな寝息をたてている。時折頭の犬耳がぴくっと動き、尻尾がもぞもぞと咲耶をくすぐるように動いた。

 咲耶は小首を傾げた。

 

「……はれ?」

 

 咲耶の疑問の声がその触り心地のよさそうな耳に届いたのか、式神は主に遅れること数分、身じろぎして目を開け、「ほわ?」と口を開けて体を起こした。

 ゆっくりと体を咲耶の方に向けて、まだ眠たそうだった瞳を見開き、ハッと慌てた様子で飛び跳ねて正座した。

 

「お、おはようございます、姫様!」

「うん。おはようさん、シロくん…………」

 

 ベッドの上で両手をついて挨拶するシロくんに咲耶も挨拶を返した。

 主の挨拶を受けてシロくんは「えへぇ」と相好を崩し、ふわふわの尻尾がぱたぱたと左右に揺れた。

 咲耶はジッとシロくんを見た。

 シロくんは咲耶の傍にいるのが嬉しいのか、ご機嫌なようすで尻尾を振っている。

 

「シロくん。今日はどしてそっちなん?」

「はい?」

 

 童姿のシロはきょとんと首を傾げた。

 

「いつも朝はワンコのカッコやのに、今日はそっちなんや」

 

 言われてシロくんは気づいたのか、自分の体を見下ろして首を傾げた。

 

「あれ? そ、そう言えば……? も、申し訳ございません! 姫様の褥の一角を与えられているに過ぎない身の程で、このようなっ!」

「あ、うん。それはええんやけど」

 

 咲耶の護鬼であるシロは、基本的に咲耶の傍についてその身を守護するのが役目。

 そして基本的に子犬の姿でいるシロは、寝る時には咲耶のベッドの枕元で尻尾を丸めて休む姿勢を見せているのがいつものことだ。

 当初本人はこの“主と同じ布団に入る”という行いを恐れ多いと固辞していたのだが、ほわほわもこもこなシロの尻尾が好きな咲耶は好んでシロをベッドに引き入れていた。

 本人曰く、「式神には休息は必要ない」ということなのだが、それでは見ている咲耶の方の気が休まらないというのもある。

 だが、一応男子型の式神であるシロは、これまで咲耶やルームメイトの女子がいるこの部屋の中では子犬形態でしか過ごしていなかった。

 

 指摘されたシロは顔を真っ赤にし、痛恨事とばかりに大慌てし――――「あれ?」と小首を傾げた。

 

「どしたん?」

「も、申し訳ございません! むんっ!」

 

 なにか不具合でもあったのか、シロは今度は少しばかり気合いを入れて力をいれ――――何も起こらなかった。

 

「あ、あれ? ならばっ!」

 

 首を傾げている咲耶の前でシロは手印を組んで念じるように瞼を閉じた。

 そして、なにも起こらなかった。

 

「は、はわっ!!?」

「なにやってるの、サクヤ、シロくん?」

「あれ? 今日はそっちのカッコなんだ、シロくん。同じベッドで寝てたのか、サクヤ?」 

 

 バタバタとした音で目を覚ましたのか、他のベッドからフィリスが起きてきて、リーシャも仕切りを開いて顔を出してきた。

 

「はぅっ!!? ひ、姫様!!」

「うん?」

「じゅ、獣化の形態になれません!」

「…………うん?」

 

 シロくんが涙目になって主に自分の不具合を申告した。

 クリスマス翌日のことであった。

 

 

 

 第81話 事後処理

 

 

 

 

 闇の魔法使いヴォルデモートの復活と失墜。そしてゲラート・グリンデルバルドの再誕。

 イギリスのみならずヨーロッパの魔法界を恐慌させるにたる事件の情報は、その対処にあたる者たちにとっては幸いなことに、そしてその情報を発表する者にとっては不幸なことに、速やかに魔法界を巡ることとなった。

 なにせ事件の舞台であったクリスマス・パーティにはイギリス魔法省の大臣であるファッジ自身がおり、新聞記者までおあつらえ向きに居たのだから。

 ただそれは保守的なファッジにとっては決して望んだ展開ではなかった。

 出来るのなのならば目を閉じて見なかったふりをしたいとさえ思っていただろうことは、グリンデルバルドたちが撤退した後の始末でのわめき散らした醜態から容易く察することができた。

 だが翌日朝刊、その醜態ほかなんやかんやと一緒に日刊予言者新聞一面に張り出されては対処せざるをえないだろう。おまけに魔法省国際魔法協力部部長であるパーテミウス・クラウチが自宅にて服従の呪文を受けていたと思われる状態で監禁されていたのを発見されるにおよび、省内の混乱は極限と言ってもいい状態にまでなっていた。

 

「ダンブルドア。是非とも聞き分けていただきたい。これは現魔法大臣の指示でもあり、闇祓い局の局長としても同意見だ」

「ルーファス。幾度言われようと、例えコーネリウスの言葉であろうと、わしは言を翻すことはない」

 

 一方ホグワーツにおいても、翌日およびその次の日になっても一先ずの後始末がつかなかったのは、ダンブルドアが負傷したことだけでなく、魔法省からの事件調査という名目による足の引っ張りがあったためだ。

 ホグワーツ教師陣は生徒の安全のため、クリスマス休暇における生徒たちの速やかな帰宅の手配と破壊の爪痕著しい天文塔の撤去または修理を進めようとしていたのだが、魔法省から派遣された役人は事情を聞きたいからと教師や生徒の時間を削り、無駄に何度も同じ質問を繰り返した。

 そしてほかにも問題を複雑にしたのは、事件が魔法世界の動向とも関わっていることなども理由の一端にあっただろう。

 

「復活した闇の魔法使い、ゲラート・グリンデルバルト。その孫など危険分子以外のなにものでもない。生徒たちの安全のためにも配慮すべきことではないだろうか」

「ディズ・クロスのことならばルーファス。彼も生徒じゃよ」

「渡す気はない。あえて獅子身中の虫を抱え込むと? ならばそちらの闇の魔法使いについてもですかな? 話によればかの“ダークエヴァンジェル(闇の福音)”の息子だとか。カンサイジュジュツキョウカイの手前、魔法大臣も事を荒立てるつもりはありませんが、魔法省に出頭する必要はあると思われます」

 

 職員室では、また別の――――事態を一つ厄介にした件についての始末について話し合われていた。グリンデルバルドの孫がホグワーツに入学していたことについてだ。

 完治とまではいかなくとも治療を受けたダンブルドアや他の教師陣、魔法省から派遣されてきたルーファス・スクリムジョールと闇祓い。話し合いの当人であるスリザリン生――ディズ・クロス。そして魔法世界側からの代表たちが集まっていた。

 

「だそうだけど、リオン?」

「ふん。荒立てたければ勝手にやってろ」

「こらこら。調整するのは僕なんだからあんまり立てないでよ」

 

 リオンの代理としてやって来ていた夕映は事の次第をISSDAに報告するためにすでにホグワーツを発っており、代わりに臨席しているのはリオンと、今回の件を調査していたタカユキ。

 

「いやいや。たしかリオン君は“こちらでは”懸賞金がかけられていないはずでしょう。闇の福音も今は懸賞金を停止されていますし、ここはメガロが責任をもって引き取るというのはどうでしょう?」

「できればゲーデル博士は黙っていただけないかな?」

 

 そしてMM元老院の遣いとして来ているアルフレヒト・ゲーデルだ。

 胡散臭い笑顔で提案したアルフレヒトの言葉にタカユキは口元を引き攣らせながら制した。

 バチバチとした緊張感が魔法世界側の魔法使いたちの間で高まり、アルフレヒトの戯言を受けたわけではないだろうが、会議のざわつきは大きくなり、ルーファスはリオンたちを睨み付けた。

 リオンは猜疑と敵意の込められた視線を向けてくる顔を一瞥し、「はぁ~」と長々と溜息を吐いた。

 

「おい、ディズ・クロス」

 

 そして睨み付けてきている“お偉方”ではなく、自分同様、“禍中”にある子供――ディズへと声をかけた。

 今や優等生然とした皮を被ることなく負けん気の強い挑発的な視線が返ってきてリオンはニヤリとした笑みを浮かべた。

 

「このままならお前はめでたく危険分子の芽として摘まれるわけだが、なにか言いたいことはないのか?」

「………………」

 

 二人のやりとりに、ダンブルドアが議場のざわめきを黙らせて二人の睨みあいを注視した。

 

「ならこうしようか。――――」

 

 タカユキは友人の口から飛び出したびっくり提案に呆れた表情となっており、他の教師たちは顰め顔、闇祓いたちはギリギリと歯軋りするように睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

「なんでわざわざ厄介事を引き起こすかなぁ、リオンは?」

「福音の御子ともあろう者が、似た境遇に同情でもした、というところなら、まさに鬼の霍乱だな」

 

 先程の話し合いで決まった事項を思い返してタカユキは頭痛を堪えたような顔になっており、アルフレヒトはにやにやとリオンを揶揄した。

 

 今回の事件の後始末の中でも頭を悩ませた案件――――ディズ・クロス。

 どうやら彼がかのゲラート・グリンデルバルドの孫であるということは、事実であるらしい。

 孤児院出身である彼にそのことを告げたのは裏切りの死喰い人“ソーフィン・ロウル”だが、谷底に落ちた後行方不明となった彼が、どうやって嗅ぎつけたのかは分からないままだが、ディズの血統についてはダンブルドアが認知していたというのだ。

 他の教師たちは無論そんな話は聞いておらず驚き、闇祓いはダンブルドアの正気を疑った。

 ディズ・クロス自身が何か目立った悪事を働いたということはないのだが、あの最悪の闇の魔法使いの血を受けているということだけでも、彼を危険視する理由は十分であり、まして親である死喰い人を谷底に突き落とすということまでしでかしたのだ。

 状況が状況だけにそれは防衛行動ではあるだろうが、闇の魔法使いの卵と危険視している子供を連行するのを戸惑う理由にはならない。

 

 闇祓いたちを戸惑わせ、激高させたのは、日本の魔法協会の長の肝いりでやってきているリオンが彼を庇護するともとれる発言をしたことにある。

 しかもその当のリオン・M・スプリングフィールドにしても些か以上に重大な問題ごとを抱えている。

 闇の福音――真祖の吸血鬼の直系の眷属。

 闇の魔法の継承者。

 イギリス魔法界の悩みの種である闇の魔法使いの中でもとりわけタチの悪い

 そしてだからこそ、魔法省にとっても未曽有の大問題であるこの事案の山に対しても、魔法大臣コーネリウス・ファッジはホグワーツにやってきていないのだ。

 最悪とも名高い吸血鬼の血を引く半人と差向うなんてことは恐ろしく、できるのならば闇祓いに命じてアズカバンにでも放り込みたいところだが、日本の関西呪術協会やISSDA、ほかにも魔法世界の後ろ盾がある相手に無謀なことはできない。

 おまけに“狡兎死して走狗烹らる”ではないが、ダンブルドアですら歯が立たなかったグリンデルバルドたちを圧倒する様を見てしまえば、敵対することは得策とはいえまい。

 

「リオンが弟子をとるとはねぇ……本気であの子を鍛えるつもりなのかい?」

「あいつが途中で死ななければ、短い期間だが鍛えることになるだろうな」

 

 厄介事(ディズ・クロス)の解決のために口を挟んだのは意外なことにリオンであり、その提案は孤児ということになっているディズを、彼が弟子にするということであった。

 

 タカユキですら眉を寄せたその提案だが、ダンブルドアはそれを否定しなかった。

 どうやらダンブルドアとグリンデルバルドには、かつての決闘の勝者と敗者と言う関係以上の何かがあるらしく、自身ホグワーツに勧誘したディズに対しては特別な思いを抱いているということを察するのは容易かった。

 ディズも大人しく魔法省の管轄に免れないとあっては――というよりも、その展開を願っていたらしく、リオンの提案にありがたく従い、歯ぎしりする魔法省の役人の前で弟子となったわけだ。

 そのディズは、ダンブルドアが話したいことがあるということで校長室に連れられていっており、二人で話しているところだ。

 

 にやにやと興味深そうにしているアルフレヒトはともかく、タカユキは地獄を味わうだろう少年のことを考えて溜息をついた。

 

「リオン!」

 

 不意にリオンは耳に慣れた少女の声で呼ばれて視線を向けた。

 咲耶が隣に童姿の式神を伴ってやってきた。その顔は少々困っているようで、隣の式神は仏頂面で険しい顔をリオンに向けている。

 

「あ、タカユキさん……とゲーデルさん、こんにちは」

「こんにちは咲耶ちゃん」

 

 タカユキは顔見知りの少女の、少し見ないうちにますます母親に似て美人になっている姿を見て頬を緩めた。

 咲耶はタカユキと、ゲーデルがいることに少し驚いた顔になり、それでもぺこりとお辞儀をして挨拶をした。それからこの数日、忙しくてあまり真正面から見ることのなかったリオンの方へと向き直った。

 

「リオン、センセ。今、ちょいええかな? 相談にのってほしいことがあるんやけど」

「……なんだ?」

 

 リオンは見上げてくる咲耶の顔をじっと見て、ちらりと隣の式神を視て、続きを促した。

 

 

 クリスマスから数日。

 クリスマス休暇ということで授業はなかったのだが、この数日間、咲耶は中々に大変な状態にあったらしい。

 

「ほう。式神が形態変化できなくなったと……?」

 

 咲耶の相談事というのは、式神のシロのこと、そして咲耶の魔法のことであった。

 普段は小型の白狼の姿をとっているシロは、あの日以来以前の姿に戻ることができなくなったのだという。加えて咲耶自身も、魔法の挙動がやたらと安定を欠くようになってしまったらしく、咲耶自身に原因の心当りがないが、少々厄介な状態になっているのだそうだ。

 リオンはわずかに口角を歪めて咲耶の状態をマジマジと視た。

 

「問題ない。その状態に慣れろ」

「リオン?」「ふぅん……」

 

 リオンの告げた言葉に、タカユキは不審そうに眉根をよせており、ゲーデルは面白そうに見物していた。

 

「やっぱそれしかないんかなぁ?まほーもなんやよう安定せんのよ」

「魔力の質が多少変質したんだろ。ちょうど治癒術士の必要があるところだったから、お前の方も視てやろう」

 

 言われた内容を反駁して作屋は一瞬キョトンとなり、それからぱぁっと顔を綻ばせた。

 

「それてリオンがうちの魔法みてくれるん?」

「そういうことだな」

 

 先生からの補習の宣告。生徒であれば「うげぇ」と顔をしかめるそれは、しかし咲耶にとってリオンからのものだけは、大好きな人が自分を見てくれることであり、「やったー!!」と嬉しそうな声を上げた。

 

 だが

 

「本気かい、リオン?」

 

 喜んでいる咲耶とは異なりタカユキは不信感を露にしていた。

 その険しい声音に咲耶はキョトンとなって二人を交互に見上げた。

 

「咲耶ちゃんのこれは、魔力の加減がうまくいかなくなっているからだろう? バランスが崩れて普通の魔法の行使ですら難しくなっている」

「だから?」

「何らかの処置をするか、一度日本に戻って、詠春さんに見てもらうべきじゃないのかい!?」

 

 淡々として韜晦するような態度のリオンにタカユキが激しく詰問した。

 

「必要ない」

 

 友人の詰問に対して、リオンは平静な声で否定した。

 

「むしろこっちが本来の“こいつ”に近い。いい加減、余計な首輪を外してやる頃だ」

「首輪をつけようとしているのは君じゃないのかい、リオン」

 

 静かながらも激した様子のタカユキに、咲耶はビクッと体を竦ませた。会話の意味は分からないが、どうやら二人の間で、咲耶の状態に対する視立ては異なるらしい。

 タカユキからは怒気にも似た気が溢れ出ており、リオンを威圧しようとしていた。

 

「タカユキ」

 

 対するリオンは、底冷えするかのような声でタカユキの覇気に応えた。

 

「今回のことを招いたのはお前にも一端がある。わざわざうまく運んだものを俺が崩すと思うのか?」

「リオン。君は本気で……!」

 

 リオンの言葉にタカユキは両手をポケットへと納め、

 

「そうそう。邪魔はよくありませんよ、タカユキ」

 

 背後からかけられた傍観者の言葉に腕の動きを止められた。

 

「アルフレヒトっ! ……どういうつもりだい?」

「おや、意外かい? 言っただろう。僕はリオン君の親友だからね。親友なら対価を求めないものなのだろう?」

「ッッ!」

 

 嘯くアルフレヒトにタカユキはギリッと歯を噛んだ。

 リオンは余計な事をという目を向けたが、タカユキにとって極めて厄介な状況だ。元々リオン一人とってもタカユキでは相手にもならないのだ。

 

 タカユキの言葉でリオンが今さら止まるとは思えない。

 リオンの言う通り、堰き止められていた堤を壊す一役をかったのはたしかにタカユキだ。

 リオンは確かに近衛咲耶を守護するという役目を忠実に実行した。

 出来うる限り彼女の傍に居て、そばを離れる際には可能な限りの護りを用意した。

 そこに堤の一穴を穿つ一刺しを仕込んでいたのは、僅かに生じた余禄で足掻いたリオンの抵抗。

 “彼女の力の発現のキー”

 それが彼の願いに反するものだったのか、望みに反するものだったのか、それはタカユキにも分からない。

 ただ確実に言えることは、リオンは彼の目的の為に咲耶を利用しようとしていること。そして今回の一件は、その準備を大きく進めたという事だ。

 問題は、その目的が決してリオンが好ましいと思っている内容ではないと言う事だ。

 

 睨みあうリオンとタカユキに、咲耶はおたおたと視線を彷徨わせた。

 そして―――――

 

「!」

 

 近づいてくる気配――リオンすらも超える強大な魔力を感じ取って二人は視線を切った。

 

「貴様…………」

 

 副校長のマクゴナガルに先導されてやってきている二人の日本人。リオンは睨み付けるように眉を顰め、咲耶は嬉しそうな笑顔になった。

 一人はスーツに身を包み、腰に大きな刀を下げているサイドテールの女性。

 そしてもう一人は、

 

「咲耶、元気やったー? お、リオン君も久しぶり~」

「お母様!? 刹那さんも!」

 

 関西呪術協会、長の娘にして両世界最高の治癒術士と名高い立派な魔法使い(マギステル・マギ)“近衛木乃香”だ。

 黒く長い髪は癖がなく腰元まで下ろされており、咲耶の母というにはかなり若いように見える外見。だが、その容姿はたしかに咲耶の母と思わせるものだ。

 

 咲耶は嬉しそうに母親のもとに小走りに駆け寄り抱き着いた。

 

「お母様! どうしてここに?」

「この前は色々大変やったみたいやな、咲耶。今日はな、そのあと片付けのお手伝いとかをネギ君から頼まれてなぁ。あとは…………」

 

 抱きついてきた娘を抱きしめ返し、頭を優しく撫でて微笑みかけた。咲耶を見つめる木乃香の眼差しは柔らかい。

 じっと咲耶を視た木乃香は、ついで顔を上げてリオンに視線をうつした。

 

「リオン君もおおきにな~。魔法世界からこっちにすっ飛んで来たて聞いたけど、色々大丈夫なん?」

 

 ちらりとリオンの後ろに視線をずらせば、そこには魔法世界から正規のゲートを使ってやってきたと思われるタカユキとアルフレヒトの姿。

 タカユキはともかく、アルフレヒトはリオンと非常にリスキーな関係なため、ここで顔を合わせていること自体が、なんらかの取引の結果だということが容易に想像できる。

 

「別に。対価は支払った」

「そうですよ、近衛木乃香様。すこーし研究用の血液サンプルをいただいただけです。それに僕としてもこちらの魔法を見ておきたいと思っていましたからね」

「相変わらずやなぁ。二人とも」

 

 吸血鬼の眷属から血を貰うというのはこれいかに、と思わなくもない。

 だが、常々リオン・M・スプリングフィールド(福音の御子)の血統を探りたがっていたアルフレヒト・ゲーデルにとって、リオンの血液サンプルは貴重な研究対象だろう。

 なにせ普通ならばリオンは字義通り超人的な再生力を持っているし、そもそも傷をつけることすら困難だ。

 

 リオンとは犬猿の仲と評されているメガロの魔法科学博士に木乃香は苦笑いを返した。

 

「色々とやらなあかんことはあるんやけど。まずは……リオンくん、ちょっとええかな?」

 

 木乃香はにっこりとした笑みをリオンへと向けた。リオンは彼がもっとも苦手とするその笑みに、しかめっ面しい顔となった。

 

「木乃香様」

 

 どうやら木乃香はリオンと二人で話がしたいらしく、木乃香のパートナーである刹那は眉を顰め、リオンと二人きりになるのに難色を示してか咎めるように木乃香に呼び掛けた。咲耶も母とリオンとが内緒話をしようということに心配そうな顔になった。

 

「大丈夫。咲耶。せっちゃんと少しお話ししとって?」

 

 だが木乃香は撫で撫でと娘の頭を撫でながら、リオンとの対談をセッティングした。

 

 

 

 


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