春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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ディズ・クロス奮闘記

「くっ! インペディメンタ!! っ、シュバルツ・シュタル・デア・シャッテン! 光の精霊11 、っ、5柱! 集い来りて敵を射て!! 魔法の射手!! 連弾・光の5矢!!!」

 

 小杖から精霊魔法による妨害呪文(インペディメンタ)を放って迫りくる相手を牽制しつつ、同時に精神を介した術法で精霊を呼び集め、精霊魔法による魔法の射手を放って後衛から放たれていた魔法の射手を迎撃した。

 だが“普段よりも圧倒的に少ない”本数の矢では完全には撃ち落とせず、いくつかの氷弾が追尾の機能によってディズへと襲い掛かった。

 

「っ! 風盾(デフレクシオ)!」

 

 撃ち落としきれなかったことを悔やむよりも先に、ディズは防御の為に魔力を回して氷の矢を防いだ。

 致命的な直撃コースこそ防いだが、全てを防ぐことはできず、風盾を突破した幾つかがディズの体に赤い筋を刻む。

 痛みを顧みる暇はない。ディズはすぐさま先程妨害呪文で牽制したもう一人を探し、瞬時、背後にプレッシャーを感じて反応した。

 

風よ(ウェンテ)っ!」

 

 相手と自分の接近戦での実力差は明確。おまけに今は常時展開している物理保護の魔法障壁は著しく減弱しており、攻撃のいくらかを減衰することはできても防ぎきることは到底できない。

 実際この数週間――この別荘での生活を含めての数週間――幾度も血反吐を吐かされてきたのだ。

 修行の始めに手首につけられた鉛の腕輪が物質的な重み以上に負荷をかけている。

 

 防御は必須。かといってさらなる防御を行うにはすでに状況は追い込まれ過ぎていた。

 せめてと風をその身に纏わせてなんとか衝撃を減らそうと試みるが、振り返る途中で脇腹に刺さった拳打が、まるで臓腑を抉るように響き、ディズの体が吹き飛ばされる。

 

 うめき声を噛み殺し、無言呪文でクッション呪文を発動し、着地の衝撃を和らげて少しでもダメージを減弱しようとした。だが常の状態であれば余裕で発動できたはずのその呪文の威力は、弱々しい効果しか発揮できず、ディズは想定よりも強すぎる着地の衝撃に呻いた。

 だがそこに怒声混じりの詠唱がふって来て、反射的に顔を上げた。

 

「この距離で足を止めるな! ――アス・ラック・アレイスト・クルセイド。闇の精霊37柱!! 魔法の射手、連弾・闇の37柱!!」

「くっ、シュバルツ・シュタル・デア・シャッテ、ぐぁあああっ!!!」

 

 すでにボロボロのディズの体に、闇色の魔弾が降り注いだ。

 ディズの周囲の床面を破壊し、ディズ自身にも容赦なくダメージを付与していった。

 

「ちょっとはその状態でも魔法を使えるようになってきたが……茶々丸´何秒もった?」

「25秒です、マスター」

 

 ぷすぷすと煙を上げて横たわるディズの傍らに、容赦なく痛めつけていた二人が降り立ち、先程の荒事がなんだったのかというような会話をしている。

 25秒。その数字を聞いた魔法使いは溜息をついてディズを見下ろした。

 

「2対1とはいえ、これだけ手加減をやってるんだ。せめて1分くらいはもちこたえろ」

 

 傍らに立つ内の一人は、つい先日ディズの師匠となった“闇の魔法使い”、リオン・スプリングフィールド。そしてもう一人はこの“別荘”の管理を行っている人形の内の一体である、茶々丸´(チャチャマルダッシュ)というらしい魔法と科学の融合したガイノイドなのだそうだ。

 前衛の茶々丸´と後衛のリオン。完全に役割分担しているこの状況は、ハンデだ。

 リオンは無詠唱魔法は使わず、接近戦も仕掛けてこないスタイル。典型的な魔法使いが多い伝統魔法族との戦いを想定した訓練でもある状況なのだが、前衛の存在は厄介極まりない。

 ディズ自身、伝統魔法と精霊魔法を組み合わせた我流のスタイルであり、精霊魔法による身体強化を使った接近戦を幾度かやったことはあるが、茶々丸´の接近戦の実力は我流で付け焼刃のディズのレベルとは比べ物にならないレベルだ。

 おかげで未だに師匠(リオン)が求める1分という時間を耐えきることはまったくできていない。

 

 ――簡単に言ってくれるな、くそっ!――

 

 痛みが間断なく襲ってくる中、脳内では散々な悪態をついてはいるが、それでもディズはなんとか体を起こそうとした。

 手加減してもらっているのは分かるが、それ以上に今の自分の状態はその手加減どころではないほどに弱体化させられているのだから。

 

「おら。とっとと起きて距離をとれ。お前のスタイルの距離から始めてやってるんだ」

「つぁ!?」

 

 距離をとれ、という言葉とは真逆に、リオンはディズの体を(本人にとって)軽く蹴り飛ばし、無理やりに距離を離した。

 

「襲撃してくる側はのんびりお前の準備を待ってくれないぞ」

「失礼します、クロス様」

 

 ディズの体が宙を舞っている間にも、リオンの詠唱が開始され、丁寧にもことわりをいれて茶々丸´が距離を詰めてくる。

 

「ッ、セクタムセンプラ!」

 

 その接近を阻むためにディズは着地も待たずに小杖を振るって殺傷魔法を放つ。

 だがその斬撃の魔法は、手首につけた腕輪に魔力を吸い取られ、ヘロヘロと弱々しい効果しか発揮できず、茶々丸´にぺしんと軽々撃ち落とされた。

 

「なんだそれはっ! 撃つならもっとまともに撃ってこい!!  魔力を扱うために必要なのは強い精神力だ! その腕輪の効力を破ってみろ!! ――アス・ラック・アレイスト・クルセイド。来たれ氷精、大気に満ちよ、白夜の国の凍土と運河を!! こおる大地(クリュスタリザティオー・テルストリス)!!」

 

 着地した矢先にディズの足元の床が凍りつき、鋭い氷柱が突き出て襲い掛かる。

 止まることは許されない。

 止まれば容赦なくリオンからの攻撃が雨霰と浴びせられ、茶々丸´からはボールか何かのように蹴り飛ばされるだろう。

 

 

 

「リオンよーしゃないなー」

 

 咲耶は傍らに以前よりも少し大きくなった犬型のシロくんと、まさしく作り物の笑顔を貼り付けたチャチャゼロとともに、再び始まった20秒ばかりの魔法の撃ち合いを見学していた。

 

「十分容赦シテヤッテンジャネーカ」

「そうけ?」

「ドウセコノ後回復スルンダ。ドウセナラモット派手ニ血トカ出サセレバ少シハオモシレーノニナ」

 

 今現在はリオンはディズの戦闘訓練をみているが、同時に咲耶の治癒魔法と魔力制御の訓練もみている。

 とりあえずの方針としてはディズをボコボコにして咲耶に治癒を実践させる。

 おかげでディズは雷撃による熱傷・感電、氷撃による凍傷、ほかにも打撲に刺創、闇属性による精神攻撃系などなど様々な種類の怪我を負って咲耶の治療の練習に貢献しているのであった。

 

 

 

 第83話 ディズ・クロス奮闘記

 

 

 

 波乱に満ちたクリスマス休暇が明けた頃、ホグワーツの住人は大きく様変わりを余儀なくされていた。

 

 各寮の談話室こそ無事だが、修復の間に合わなかった教室のいくつかは変更になったし、ホグワーツを守護してきた幾つかの古代魔法は最早修復できなくなっていた。

 当然、あのような危険なことのあった学校に留まることを懸念する保護者は多く、留学生の幾人かは自国へと戻り、ホグワーツの生徒の幾人かはホグワーツに戻ってこなかった。

 特にヴォルデモート復活の報せを受けて馳せ参じた魔法使い――死喰い人であることを宣言する羽目になった家は、当人も学校側も、そして魔法省も対応に苦慮することとなった。

 

「なんかクロスのやつ、やつれてね?」

 

 昼食時。激戦の中心地であった大広間は、全学生が日常的に使用するという理由から真っ先に修復作業が着手され、なんとか生徒たちが食事をとるには不都合ない程度にはなっている。

 ただし、天井にかけられていた外の天候を写す魔法や重厚な飾り付けなどの必要機能以外の部分は、他にも色々と着手すべき優先順位の問題からまだ回復していない。

 その武骨な内装が剥きだしの大広間にて、友人たちと昼食をとっているリーシャは、他寮の友人であるディズ・クロスの、ぐったりとした姿を見て、事情をしってそうな友人に尋ねてみた。 

 常であればハッフルパフの誇る優等生、セドリック・ディゴリーと人気を二分するほどのハンサムぶりと余裕ある態度のディズだが、クリスマスがあけて、痩せたというよりもやつれたと言うのが相応しい疲れ具合が露わとなっており、控えめに言っても以前の紳士然とした振る舞いが失われていた。

 それはクリスマスパーティで明かされた彼の出生、血筋にまつわるあれこれで、スリザリン内部からは畏敬の念を、その他の多くからは畏怖の感情を向けられているから……ではなく、

 

「修業が大変みたいやからなぁ」

 

 共に修行している――といっても方向性と内容は全く異なるのだが――咲耶は苦笑交じりに答えた。

 咲耶自身もリオンから本格的に魔法の手ほどき、特に膨大かつ暴れ馬のような魔力を制御する修行を受けているために正直言って結構キツイ。

 だがそれでもディズと比べると地獄の1層目と3層目くらいの差があると言えるだろう。

 いくら1時間を1日にする“別荘”を使っているとは言え、疲労も溜まれば精神的な疲労はもっと溜まる。

 

 過酷な修行が日常生活におよぼす悪影響は存分にディズへとふりかかっており、午後の授業、変身術のスリザリン―ハッフルパフの合同授業にて、いつもであればいの一番に華麗な魔法の成功を魅せるディズは失敗の連続を晒す羽目になっていた。

 

 

「らしくないミスだったね、クロス」

「あ~……ああ。まあ、ね」

 

 失敗を晒した変身術の授業後、ディズは疲労の色濃く残る顔を隠すように掌を額に当てて溜息をついた。

 その腕には武骨な腕輪が嵌められ、ジャラリと音を鳴らす鎖が短く伸びていた。セドリックはそれに気づいて不思議そうに指さした。

 

「その腕はどうしたんだ?」

 

 どう見てもオシャレグッズには見えないし、スマートなディズのセンスに見合う物ではないだろう。

 どちらかというと囚人が足首にはめる拘束用の腕輪にも見える。

 

「鉛の腕輪。マスター……スプリングフィールド先生につけられたんだ」

「鉛? 筋トレか?」

 

 ディズの答えにルークが首を傾げて腕輪を見た。

 鈍く光る鉛の腕輪は単なる腕飾り以上の筋力を要求しているように見えるのだ。だが勿論、その程度で済むはずがない。

 

「精神力と魔法発動力の強化だよ。鉛には魔力を吸収する性質があるらしいからね」

「ああそれで……」

 

 げっそりといった様子で言うディズ。

 これのおかげで、普段であれば楽々できる無言呪文も、本来のディズであれば失敗するはずのないNEWTクラスの高難度魔法でも不発か失敗が多発しているという。

 

「でもまあ問題はそれだけじゃなさそうだな」

 

 しかもそれ以外にもディズの精神に負荷をかけているものは存在する。

 ルークが指さす方向を見てみると、階下の方からクリスマス以降もホグワーツに残っている留学生、ビクトール・クラムが睨み付けていた。

 ディズは、深々と溜息をついた。

 いつものディズなら、そんなあからさまなリアクションはとらずに軽く微笑んで誤魔化す程度であっただろうが、修行の疲労と魔法の失敗という屈辱がディズから余裕を奪っているのだろう。

 

「あっちはどうしたんだ?」

 

 6年同じ学び舎で生活していながら初めて見るディズの余裕ない態度に、セドリックは意外さと同情を交えて尋ねた。

 クラムはどうやら遠くから睨みつけるだけではなく、肩をいからせてディズの方へと足早に駆け寄ろうとしていた。

 

「ダームストロングはゲラート・グリンデルバルドの母校だからね。いろいろとあったんだそうだよ……っと」

 

 言いながらディズは逃走を決め込むつもりらしく、足に魔力を集中させて勢いよく地面を蹴り、ひゅんっと風を切る音だけを残して階上へと跳び上がった。

 

「おおっ。今のってイズーがやってたやつだよな」

「瞬動術、だったかな。修行の成果かな」

 

 クリスマスの戦いの際、ルークとセドリックもディズの戦いぶりを見ていたから、彼があの瞬動術を会得していたことは知っている。ただし、あの時の瞬動術は着地のことを考えない体当たり攻撃で、実際そのせいでディズは肩を脱臼するというダメージを負っていた。

 それを考えれば逃走という手段に平然と使用しているのは術が熟達しているということなのだろう。

 もっとも

 

「ディゴリー。さっきまでここにいた彼ヴぁ、どこに行った?」

 

 今にも杖を抜いて呪いを打ち出しそうな形相のビクトール・クラムから逃れるため、というのは残されたルークとセドリックにとって災難以外の何物でもないのだが。

 

 

 

 ハッフルパフの主席候補が留学生に質問攻めにされているのを階下に見下す階上にディズは着地した。

 実のところ、まだ瞬動術は成功したことがない。

 今回は単に足に魔力を込めての特大ジャンプをしただけで、運動エネルギーがほとんどなくなる上階に着地したにすぎないのだが。

 

「へー、身体強化の魔力強化、この短期間でものになってるんだ」

「アリアドネーのイゾルデ……」

 

 声をかけられて振り向くと、褐色の肌に大きな角と尻尾を持つ少女、イゾルデがいた。

 

「クリスマスの時に見た瞬動モドキは抜きはできてなかったし、入りもバレバレだったけど、それからこの短期間でここまで形になるなんて……リオンとの修行とか羨ましいけど、なんか色々大変そうだな」

「君にそう言ってもらえるとは光栄だな」

 

 リオンに助けられたことがあり彼のファンだというイズー。彼女の瞬動術は虚空すらも足場にするほどのもので、今のディズとは比べ物にならないレベルのものだ。

 だがほんの少し前はまともに“抜く”もできない自爆技だったことを考えると大きな進歩といえるだろう。

 

「アリアドネー組は全員ホグワーツに残っているようだけど、いいのかい?」

「私ら一応騎士団候補生だからね。それにここにリオン・スプリングフィールドがいるならその方がずっと安全だよ」

 

 彼女の傍には相棒であるメルルやメルディナ、アルティナもいる。ディズの問いにイズーは軽く笑って答えた。

 

 最強の魔法使いの一角、リオン・スプリングフィールド。

 それが単に魔法世界だけのものでないことは、先日の戦いで見た通りだ。だが一方で弟子入りしておいて今さらだが、リオンの立場は不思議なものだ。

 

「気になっていたんだけど、リオン・スプリングフィールドという人は、魔法世界では悪ではないのかい?」

「真祖の息子だから?」

 

 敵が言っており、そして本人も認めていた彼の正体。

 最強最悪の魔法使い、真祖の吸血鬼、闇の福音――ダーク・エヴァンジェリン……その息子。

 かのヴォルデモートよりも古い、闇の純血統だ。

 そして本人自身も、かつてダンブルドアとグリンデルバルドが探究したという秘術“闇の魔法”を継ぐものだという。

 どう考えても“偉大なる魔法使い(正義の魔法使い)”ではなく、悪い魔法使いだろう。

 

「咲耶から聞いてないのか……」

 

 イズーはふむと顎に手を当てて考える風な顔になった。ディズはそんな彼女の顔をじっと見つめた。

 別に今さらリオン・スプリングフィールドが悪人だろうと極悪人だろうと構いはしないが、気になるのはたしかだ。

 なにせ当の本人の関心の大部分は、ディズにも教えることのないなんらかの企みにのみ向いているのだから。

 

「ま、そこらへんは色々とあるらしくてね。昔はダーク・エヴァンジェルも600万ドルの賞金首だったけど、今はそれも解除されてるし。」

 

 

 

 

 

 ディズに逃げられて厳しい顔であたりを睨み付けるクラムを、セドリックとルークは宥めつつ咲耶たちと話をしていた。

 クラムがディズへと向ける明らかな険悪な雰囲気。クリスマス休暇前には見られなかったそれの理由を咲耶たちは聞いていた。

 

 クラムの、というよりもクラムの通う学校であるダームストロングにおけるゲラート・グリデルバルドの悪評。

 彼の出身地における彼の悪逆な行動による結果、多くの人々が殺された過去。

 クラムの血族の者もその犠牲者に連なっているらしく、残された一族の人間としてグリンデルバルドに激しい憎悪を抱いていること…………そしてその子孫に向ける複雑な感情。

 

「それでクロスに決闘を申し込んでいたのかい?」

 

 クラムの話を聞いたセドリックが眉根を寄せてクラムに尋ねた。

 セドリックにとってディズは、寮こそ違うが同じ決闘クラブの友人であり、入学以来常に成績で自分を上回る唯一の存在でライバルのようにも思っている人物だ。

 

「そうだ」

「分かんなくもないけど、クロスは孤児院出身、というか祖父どころか親の顔も知らなかったみたいだし…………」

 

 厳しい顔で頷くクラムにルークも頭を掻きながら困ったように言葉を濁した。

 イギリス魔法界においては、史上最悪の闇の魔法使いという称号はヴォルデモートによって塗り替えられたといっていい。グリンデルバルドも勿論悪名高い闇の魔法使いではあったのだが、彼自身はイギリスにおいてはそれほど猛威を振るっていなかったのだ。 

 ルークもセドリックも勿論、ディズがあの悪名高いグリンデルバルドの子孫だと聞いて思うところがないわけではない。だが、ディズはあのクリスマスの日、死喰い人でありながら闇の帝王を裏切りグリンデルバルドの復活に暗躍していた実父(らしい)と対決してそれを打ち破ったのだ。

 友人としての彼を知っているだけに、血筋だけを理由に彼を否定してどうこうしようという気にはなれないのだ。

 

「ディズくん、ええ人やと思うけどなぁ……」

 

 ただクラムの思いも分からなくもない。

 たとえば、考えたくもないがもしもヴォルデモートの息子が居たとして、ヴォルデモートとは無関係に育てられていたとして、それで親しくできるかというと、そうは簡単に納得できない。

 きっと恐ろしく、そして過去の親の悪行が頭をよぎって感情は到底収まりはしないだろう。

 実際、魔法省の大人の魔法使いの間でも相当に意見がもめているらしいというのを咲耶は聞いているし、セドリックもそうであろうと予想していた。

 子供の魔法使いよりも成熟し、賢いであろう大人の魔法使いですらそうなのだ。ましてや子供の魔法使いならばなおさら感情のままに動かずにはいられないであろう。

 

「彼が闇の魔法使いと戦っていたのヴぁ、ヴぉくも見ていた。けれど、どうしても彼と正面から向き合わずにヴぁいられないんだ」

 

 クラムの言葉にセドリックたちは困ったように咲耶を見た。

 現在ディズ・クロスは魔法使いの弟子としてリオン・スプリングフィールドの庇護下にある。

 庇護といっても守護ではないようだが、それでも咲耶と共に彼の修行を受けている。

 その庇護の範囲は、関西呪術協会やウェスペルタティアの後ろ盾もあって、少なくとも魔法省の干渉を寄せ付けないほどにはあるらしい。

 ゆえにクラムがディズにグリンデルバルドの罪を理由に決闘を挑むことに問題が生じる可能性はありうる。

 だからこそ…………

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

 グリフィンドール寮談話室。

 大広間からホグワーツ城で最も高い8回の東塔へと昇り、太った婦人の肖像画を開いた先にあり、フレッドやジョージといったグリフィンドール生が過ごしていた。

 ハーマイオニーはそこで大量の本を図書室から借りて談話室の一角を占拠していた。

 ぺらぺらと凄まじい速度でページが捲られていき、とある部分を見つけてハリーとロンへと振り向いた。

 

「ハーマイオニー、見つかった?」

「ええ。けど…………これよ」

 

 探していたのはラテン語のとある言葉。あのクリスマスの夜にダンブルドアと、あの蘇った闇の魔法使いが呟いたとある言葉。

 

「マギア・エレベア……ラテン語で闇の魔法」

 

 

 イギリス魔法界において闇の魔法使いというのは表向きは忌避される存在だ。

 闇の魔法使いを拿捕、あるいは殺害するための専門家として闇祓いまでいるくらいなのだから。

 ただ、クリスマスの夜に多数の死喰い人の残党が現れたように、あるいはかつてヴォルデモートが健在だったころの暗黒期において、死喰い人とそれに対抗するための組織の人数比が20対1で死喰い人が上回っていたという事実が示すように魔法界において闇はありふれたものだ。

 そしてリオン・スプリングフィールドがあの夜用いたのがずばりそのまま闇の魔法

 つまりは彼はイギリス魔法界の基準に照らせばヴォルデモートやグリンデルバルド、そして死喰い人たちと同じ側の危険な魔法使いというわけだ。

 

「なんだって、ダンブルドアはそんな危険なのを迎えたんだよ!」

 

 ロンは嫌悪を露わに声をあげた。

 

「ニホンの魔法協会が認めているからでしょ」

 

 ハーマイオニーはそんなロンに溜息交じりに言った。ただそんな彼女も眉根を寄せており、困惑が伺えた。

 

 ロンとハーマイオニー、そして保健室での数日の療養から退院したハリーの三人はクリスマスに起こった事件について調査するために行動を起こしていた。

 

 クリスマスの事件後、ハリーはしばらくは保健室へと強制収容されていた。

 ヴォルデモート復活の供物とされたハリーは、ムーディ先生に化けていたクラウチJr.によって傷を負わされ、その後復活したヴォルデモートによって磔の呪文を受けたのだ。さらには自身の中から正体不明の黒い靄のようなものが溢れてグリンデルバルドに吸い取られたとあれば、気にならない方がどうかしているだろう。

 ハリーとて当然その質問はぶつけてみた。

 まずは目が覚めた時にいたマダム・ポンフリーに。だがこれは当然ながら失策だった。ポンフリーは怪我を負った経緯については関心が薄いが怪我を治すこと、あるいは悪化させることに関しては凄まじい執念を発揮する。

 ハリーの質問はポンフリーの中では療養に差し障るに十分なものと判断されたらしく、一刀両断にされる形で封殺され、事件について知っているであろう先生のほとんどは療養中のハリーのお見舞いに来る暇もないほどに忙しなくホグワーツ城の復旧や生徒の安全確保に奔走していたし、ハリーが保健室でもっとも頻度多く見かけたのは大怪我を負って入院しているスネイプ先生だったのだから。

 そして最も多くを知っているであろうダンブルドアも、ハリーに事情を説明することはなく、結局ハリーは数日後に到着したサクヤの母という治癒術士の手によって治療を施されて全快し退院させられたのだ。

 一応、お見舞いに来てくれたハーマイオニーたちからあの事件のその後の顛末についてはある程度は聞いていた。

 ――――事件の発端であったクラウチJr.が森で捕縛され、強襲してきた死喰い人のほとんども先生たちが捕縛するか、あるいは大々的に悪だと報道されるにいたったということ。クラウチJr.が化けていたムーディ先生は先生の部屋のクラウチJr.のトランクの中から衰弱した状態で発見された事。そのため急遽臨時の“闇の魔術に対する防衛術”の先生として、そして護衛役として魔法省から闇祓いが派遣された事。…………逃走したグリンデルバルドたちの動向は不明。

 

 ハリーはとりわけ事件の中心近くに居たのだから、自分の身に何が起こったのかを知りたいと欲したのは行動力溢れる彼らにしてみれば当然のことだろう。

 とはいえまだその調査は始まったところでしかない。

 

「なんだハリー、ロン。ハーマイオニーも」

「もしかして今度はスプリングフィールド先生に探りを入れるつもりか?」

 

 そんなハリーたちを見つけてジョージとフレッドが声をかけてきた。

 

「だったらどうなんだ?」

 

 兄たちに対してロンがやや挑戦的に応じた。

 弟からの棘のある問いに、フレッドとジョージは顔を見合わせた。

 

「三人でやるならやめといた方が良いぜ」

「実は俺たち、クリスマスの後、こっちに来てたゲーデル博士と話したんだけどさ。あの人、魔法界じゃ有名な使い手らしいぜ」

 

 事件後、調査として魔法世界からやってきたアルフレヒト・ゲーデルとこの二人がなにやら話をしているらしい場面はハーマイオニーたちも何度か見かけたことがあったが、その時は二人が発明した悪戯魔法具についての意見を交わしているらしかったのだが、どうやら知らぬ間に交友関係を深めていたらしい。

 

「別になんでもないさ、ジョージ、フレッド」

 

 ハリーは誤魔化すように、そして干渉を拒否するように言った。

 そんなハリーの拒否の態度を察したのかフレッドとジョージはにっと笑うと逆に顔を近づけて声を潜めて話しかけた。

 

「やるなとは言ってない。ただもう少し手を考えた方が良いって言ってるんだ」

「例えばこういう手はどうだ? ―――――――――――――」

 

 

 




今回作中出てきた設定、”鉛は魔力を吸収する”というのはオリジナル設定ではなく、”ネギま!? neo”に登場する設定です。原作からのスピンオフという位置づけなので公式設定とは言い難いですが、原作では特に言及されていないし矛盾もないので今回設定として取り入れました。

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