春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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潜入! 闇の魔法使いの居城

 混乱のあったクリスマス明けの授業も徐々に落ち着きを見せ始めていた。

 

 もはや恒例とばかりに1年持たずに先生が病院送りとなった“闇の魔術に対する防衛術”は、校長が担当の先生を見つけられなかったということで魔法省から“闇祓い”が派遣されることでどうにか授業が再開していた。

 ただしやはりマッド・アイムーディーのような(ただし偽者だったわけだが)過激な授業は流石に行われず、ほどほどの授業カリキュラムに沿った内容となっていた。願わくば“名前を読んではいけない例のあの人”の呪いが今度こそ解けてほしいものだが……

 ヴォルデモートとの戦いによって片腕に重傷を負ったスネイプも、近衛木乃香という優れた治癒術士の治療の甲斐あってほぼ元通り――平面上はなにごともない授業の形へと戻っていた。

 そんな中、例年に比べると些か遅い時期となったが、各寮の掲示板に一部生徒の関心を引く掲示が告知されたのであった。

 

 ―――――――――――――――――――

   【“姿現し”練習コース】

 十七歳になった者、または八月三十一日までに十七歳になる者は、魔法省の“姿現し”の講師による十二週の“姿現し”コースを受講する資格がある。

 参加希望者は、リストに氏名を書き込むこと。

 コース費用 十三ガリオン

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

「ほぅ。受ければいいじゃないか」

 

 休憩時間のほんの雑談代わりに提供した話題に、リオンはあっさりと答えた。

 返答はあっさりとしているが、現在ハードな修行中の見であるディズにとってはそうもいかなかった。

 

「同じ移動術ならば“姿現し”を練習するよりもその時間で瞬動術の練習をしたいのですが…………」

 

 現状、毎回ボコボコのボロボロになるまで戦闘訓練と基礎能力向上訓練を叩きこまれている身としては、そちらに専念したいという思いがなくもない。

 魔力抑制のために左腕につけられている鉛の腕輪が、単なる質量以上の意味合いで負担になっているのも問題だ。

 “姿現し”の習得に自信がないわけでは無論ない。

 バラけるリスクのある魔法だが、有用性は高いし、限られた魔法使いしか習得できないというようなほどに高難度というわけでもない。

 ただ同じ移動術ならば、瞬動術でも……という思いがよぎらなくもない、というよりも心が休息を欲しているのだろう。

 

「瞬動術と転移系の魔法は用途が全く違う。それぞれに利点と欠点がある。その“姿現し”とやらもまたしかりだ。どっちかというとお前は魔法の方に適性があるんだ。ぱぱっと習得して来い」

 

 ディズ自身、理解していることを師匠の口から声に出して告げられてしまえば、もはや頷く以外の選択肢はなかった。

 

「利点と欠点て?」

 

 ただ、一緒に修行中の咲耶にとっては“姿現し”は興味惹かれる魔法だからだろう、小首を傾げて尋ねた。

 

「瞬動術は達人クラスの縮地ともなれば話は別だが、だいたいは6~7m程度の基本的に短距離を移動する歩法だ。出の早さは戦闘時には大きなメリットだが長距離の移動には根本的に向いていない。転移系の魔法は逆に瞬動ほど早さはないが、術者次第でかなりの距離を一瞬で移動できる。何度か見たが“姿現し”とやらはその中間だな」

 

 伝統魔法による転移系移動魔法“姿現し”。

 精霊魔法による境界を利用した転移術(ゲート)

 歩法による瞬動術。

 それぞれに適した場面があり、それぞれに欠点がある。

 例に挙げれば“姿現し”はバラけるというリスクの他に発動前に回転する前動作やポップ音といった入りの分かりやすさがあるのが欠点と言えるだろう。

 

 だが、何事も長所と短所がある以上、習得できるものならば習得しておいた方が良いのには違いないだろう。

 特にディズの魔力量は一般的な学生の魔法使いと比べれば抜きんでて多いが、リオンや咲耶、あるいは世界最強クラスの連中と比べれば規格内に収まっているレベルであり、突出した固有技能などもないのだから。

 伝統魔法における最大のメリット。多種多様な指向性の強く速射性に優れた魔法を状況に応じて使いこなす。それがディズの基本方針となっている。

 

 ただ問題は……

 

「マスター・リオン。その時はこの腕輪――」

「つけたままに決まっているだろう」

「デスヨネ」

 

 この色んな意味で重たい枷は、まだつけたままになるということだ。

 

 

 

 第84話 潜入! 闇の魔法使いの居城

 

 

 

 ホグワーツに残ることを選んだ留学生にとってもそろそろと半年間の期間が迫ってくる年度明けの授業。

 

「サクヤ!」

 

 N.E.W.Tクラスであっても比較的継続受講者の多い呪文学の授業後、赤髪双子のウィーズリーたちに声をかけられて咲耶は足を止めて振り返った。

 

「どないしたんジョージくん、フレッドくん?」

 

 授業が終わり、咲耶はいつも通り友人たちと一度寮に戻ってから、リオンの“別荘”で修行を行う予定で帰寮しようとしていたのだが、それほど急ぐわけではない。

 二人はなにやら悪だくみを考えているような笑顔で咲耶に近づいてきた。

 

「サクヤ。最近スプリングフィールド先生のところで勉強してるんだよな?」

「今日も行くのかい?」

 

 尋ねてきた二人に、咲耶は「うん」と首肯した。咲耶の返事に二人は顔を見合わせてニヤリと笑みを深くした。

 

「それって決闘クラブのメンバー、ディゴリーとか彼女たちも行ってるのかい?」

 

 ジョージの質問に咲耶は意図をつかみかねてリーシャたちにちらりと振り向いた。

 今まで自身の修行(とディズの地獄メニュー)に一生懸命で考えていなかったが、たしかに自分たちは決闘クラブのメンバーであり、そういえばリオンはその顧問だ。

 

「ううん。クラブの活動っていうよりもリオンが個人的に修行つけてくれとるだけやから、うちとディズ君だけやよ」

 

 リーシャたちも修行でぐったりしている咲耶たちを見ているから、自分たちも参加しようという話にはならなかったのだが、言われてみれば参加していてもおかしくはないのかもしれない。

 

「ふーん。そっか……」

「それがどかしたん、ジョージ君、フレッド君?」

 

 顔を見合わせて思案顔になったジョージとフレッドに咲耶は小首を傾げた。

 この二人、以前からおもしろ怪しげな発明に没頭していたようなのだが、最近はそれに拍車がかかった様子となっており、先生がたのみならず生徒たちからの警戒レベルも上がっているのだが、不思議と騒動は起きていない。

 起きてはいないのだがそれだけに、何かとてつもない一発がそろそろ起きるのではないかともっぱらの評判だ。

 

「その修行さ、スプリングフィールド先生の部屋でやるんだろ?」

「俺たちも見学できないかな?」

 

 二人からの続けざまの質問に咲耶はきょとんとなった。

 

「見学?」

「そ、見学」

 

 小首を傾げたままおうむ返しに尋ねた咲耶に、フレッドがにんまりとして頷いた。

 咲耶だけでなく、リーシャやフィリスたちももの問いたげな視線を二人に向け、関心の眼差しが集まったのを見た二人は演説でも行うかのように大仰に手を振った。

 

「ご存知の通り、我々は日々、有益な魔法道具の研究に勤しんでいるわけなのだが――」

「有益な魔法道具?」「悪戯玩具の間違いでしょ?」

 

 フレッドの説明にリーシャとフィリスが胡乱げな声を挟み、クラリスも胡散臭そうな眼差しを隠そうともせずにぶつけた。

 

「とっとっと。これは残念な結果だなフレッド」

「ああ、まったくだ。俺たちの研究成果は魔法科学統合学の権威である博士からも一目置かれたものだというのに」

 

 わざとらしく嘆く二人。だがその内容は少々どころではなく気になるものだ。

 

「そうなん!?」

「そういえばメガロのあの怪しい博士さんとやたらと親密そうに話してたわよね、貴方たち」

 

 いつのまに!? と驚愕する咲耶だが、騒動の後数日、こちらにやってきていたアルフレヒト・ゲーデル博士と親密そうに彼らの開発した悪戯玩具について話し合っていたのをフィリスはじめ多くの生徒に目撃されていた。

 

「その通り。そして博士から素晴らしい研究だとお褒めの言葉を授かったというわけさ」

「それで?」

 

 大仰ぶった説明がどこまで本当かは分からないが、真に受けて目をまん丸にしているサクヤとリーシャを脇においてフィリスは疑り深い目を二人に向けた。

 

「それで我々の研究の発展のために、ここは是非とも精霊魔法についての知識と実践を深めたいと考えていてね」

「するとどうだろう? 折よく精霊魔法の達人であらせられるスプリングフィールド先生が、本校屈指の天才であるディズとニホンの伝統魔法の名家の息女であらせられるサクヤに修行をつけているというじゃないか」

 

 ふむふむと感心して聞きいっているサクヤとリーシャに対して、フィリスとクラリスの視線はますます冷めて白い眼差しとなっている。

 

「これは是非とも我々もその修行の一端を目に焼き付けて、研究に活かすところがないかを探りたいと考えた次第なのさ」

「そかそか」

 

 これを信じるのかと思いたくなる理由を述べた二人に、咲耶はほわほわ顔で頷いており、フィリスは思わず額に指をあて、とりあえず注意をしておこうと口を開いた。

 

「サクヤ、これ――」

「でも修行に関してはリオンも真面目にやっとるからなぁ。リオンが許可してくれるかは分からんよ?」

 

 だがフィリスが忠告をする前に咲耶は少し困ったように釘を刺した。

 ジョージとフレッドはちらりと互いを見て頷くと「それじゃよろしく」と同行を願い出たのであった。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 

 “少々”人数は増えたが予定通り一度それぞれの寮に戻ってから咲耶たちは寮を出て、途中同じく修行を行っているディズ“など”と合流し、スプリングフィールド先生の部屋へと赴いた。

 

 

 

「オイ」

 

 部屋に訪れてきたメンバーの多さに扉を開けたリオンは低い声を出して弟子二人を半眼でねめつけた。

 

 咲耶の背後には彼女の友人たちであるルームメイトといつぞやも来ていた決闘クラブとかいうクラブのメンバー。そして赤毛が二人。

 ディズの背後にはリオンにはあまり見覚えのない、ホグワーツの学生とは違う制服に身をつつんだガタイのいい男子生徒。

 

「というわけでジョージ君とフレッド君、それからセドリック君とかクラブのメンバーも見学したいんやって」

「なにが“というわけで”だ。適当に誤魔化して説明したふりをするな」

 

 えへへと誤魔化し笑いで説明を省略して友人たちを研究室にあげようとした咲耶の頬をギリギリと抓りあげてリオンは鬱陶しげな顔をした。

 

「それで貴様の方のソレはなんだ」

 

 頬を抓りあげられてぱたぱたと悶えている咲耶をそのままにしてリオンはもう一人の方の弟子が連れてきた男子生徒の方についても顔を向けた。

 

「……俺と決闘がしたいそうです」

 

 ディズは師匠の威圧と背後から漂ってくる敵意混じりの戦意を感じて疲れたように溜息をついた。

 もはや説明するのも気鬱だが、説明なしに事を進めた場合、咲耶のような抓りあげの刑では済まないことは簡単に予想がつく。説明しないわけにはいかないだろう。

 

 

 ダームストロングからの留学生、ビクトール・クラム。

 クリスマス以降、事あるごとに――というか事無くとも決闘を申し込んでくる彼につかまったディズがなんか色々諦めたのかここに連れてきてしまったのだそうだ。

 説明を聞いたリオンは微かに鼻で笑って愉快そうにディズとクラムとを見た。

 

「なるほど。なかなか愉快なことになってるじゃないか」

「全然愉快じゃありません」

 

 しかめっつらで睨んできているクラムとニヤニヤと笑っている師匠(リオン)

 

「まあいいだろう。決闘の場所くらいは都合してやる」

「むしろ止めてください」

 

 一応こういう事態を避けるためにディズはリオンの庇護下に入ったということになっているのだが、どうにもこの保護者はまったく止める気はないらしい。

 

「せっかくの実戦経験の機会だ。無駄にすることもあるまい」

「ならせめてこの腕輪外してください」

 

 ディズのせめてもの願いは当然のごとく否の一文字で結論付けられていた。

 

 

 

 結局、クラムだけでなくセドリックやルーク、リーシャ、フィリス、クラリスにフレッドとジョージといった面々もなし崩し的にリオンの研究室に入室を許され、ぞろぞろと入り込んだ。

 部屋の中を見渡せば、以前よりもやや古書の類が整理されており、代わりに巻物の類が多く机の上を占拠するようになっている。

 ガイノイドというらしいロボットメイドも相変わらず無表情で佇んでおり、ディズと咲耶は慣れた様子で、セドリックたちはやや緊張気味に、フレッドとジョージは冒険にのりだした子供のように目をきょろつかせて部屋の扉をくぐり、最後のフィリスがなぜか閉まり悪い扉をなんとか閉めて――――

 

「おい」

 

 ピクリと何かを感じ取ったように反応したリオンに、不機嫌通り越して戦闘態勢一歩手前のような目で睨みつけられてフィリスたちはぎょっとした。

 

「教師の部屋に入るにしては随分と礼のない入り方をするもんだな」

「え?」

 

 スプリングフィールド先生の言葉に、フィリスたちは意味が分からず顔を見合わせた。先ほどまで来客の多さに鬱陶しがっていたが、ディズの決闘騒動の話などで決してここまで機嫌を損ねてはいなかった。

 咲耶たちはリオンを見て、そしてその視線が彼女たちではなく別の、誰でもない壁の方に向いているのを見て首を傾げた。

 リオンは何かを待つように数拍間を置いたが、何の反応もないことを見ると片眉を不快げに吊り上げた。

 

「茶々丸´」

「了解しました。サーチモード、熱源感知――――」

 

 リオンの一声に、控えていたガイノイドの瞳が光った。

 

「客人でもないなら遠慮はいらん」

「了解しました。—―――サーチ完了。排除行動を開始します」

 

 排除という不穏な言葉にリーシャたちはぎょっとするが、ガイノイドの視線はなにやら彼女たちとは別の、何もないところへと向いており、そちらに向けて腕を伸ばし――――

 

「ま、待ってください、スプリングフィールド先生!!」

 

 慌てた少女の声が突然そちらの方から上がり、バサリと水でできた透明なマントがはためいたかのように見つめていた場所から少し離れた空間が揺れ、そこから3人の子供が姿を現した。

 それは見覚えのよくある咲耶の友人たちを含んでおり

 

「ハーミーちゃん!?」

 

 咲耶が驚いた声を上げて友人の少女の名前を呼んだ。

 咲耶と親しいグリフィンドールの下級生ハーマイオニーとその友人の少年たち。現れたハーマイオニーは敵意がないことを示すためか両手を上げており

 

「ロックオン」「やれ」

「ストップストップ、リオン、茶々丸´さん!!」

 

 まったく容赦なく排除行動を継続しようとしているガイノイドと主に咲耶が慌てて飛びついた。

 姿を現したのに攻撃されそうになったハリーはぎょっとして、すぐさま杖を引き抜いて構えを見せた。

 茶々丸´は一応咲耶のお願いに反応してか攻撃を一時保留し、主に判断を仰ぐように振り返り、リオンはめんどうくさそうに顔を顰め、軽く手を振って一時中止を指示した。

 ガイノイドが腕を下して攻撃状態を解除したことにハーマイオニーや咲耶はほっと胸をなでおろし、ハリーとロンは警戒心剥き出しの顔でリオンを睨みつけた。

 

「ふぅ…………ハーミーちゃん、どないしたん? いきなり……出てきて」

 

 とりあえず友人が排除されることを阻止した咲耶は抱き留めていた茶々丸´を解放してハーマイオニーに向き直った。

 

「ありがとう、サクヤ。えーっと、ここに居る理由なのだけど…………」

 

 危うい状態だったということの認識はあるのか、ハーマイオニーは不機嫌そうなスプリングフィールド先生をちらちらと伺いつつ、答えようとして口ごもり、

 

「僕たちも見学に来ました!」

 

 答えにつまったハーマイオニーを制するかのように、ハリーが前にでてスプリングフィールド先生に聞かせるように大きめの声で答えた。

 ただその言い訳があまりに苦しいものであるのは言った本人も分かっているのか、判決を待つようにリオンを睨み付けている。

 

 大方“闇の魔法使い”であることを暴露したリオン・スプリングフィールドが、巨大な悪の“闇の魔法使い”ゲラート・グリンデルバルドの孫を使って何をしようとしているのかを探ろうとして来たのかというところだろうが…………

 

「茶々丸´」

 

 冷ややかに見下ろしていたリオンが口を開いた。それは判決を待っているような気分のハリーたちにはひどく冷たい声に聞こえたであろうもので

 

「窓から蹴り落とせ」

「ストップストップストップ!!」

 

 到底生徒に対するものとは思えない判決を下したリオンを咲耶が再び止めることとなった。

 

 

 

 

「お前は俺の研究室を保育所にでもしたいのか、咲耶?」

「まぁまぁ。それにしてもよう分かったなぁ、リオン」

「魔法使いなら自分の研究室に入って来たものくらい感知できて当たり前だ」

 

 結局敵意剥きだしのハリーとロンはともかく、ハーマイオニーと咲耶のとりなしもあってハリーたちも室内への入室をきちんと了承されることとなった。

 部屋の主は苦々しげにぶつくさ言っており、咲耶は困り顔でそれを宥めることとなっている。

 

 

 一方でハリーたちは穏やかに潜入に成功していたフレッドとジョージから呆れと称賛の言葉をかけられていた。

 

「スプリングフィールド先生の部屋にこっそり潜入なんてよくやるな、ハリー、ハーマイオニー。それに我が弟よ」

「君たちに言われたくないよ」

「おいおいハリー。俺たちはちゃんと相手を見てやってるぜ。それにしてもこれ透明マントか? なかなか面白い物を持ってるじゃないか」

 

 まさかこんなにもあっさりとばれるとは思わなかった。

 ハリーは自慢の透明マントが入室と同時に看破されたことでイライラとしながら二人をあしらっていた。

 ダンブルドアから渡された父からの遺産の透明マント。これが看破されたことはハリーの知る限り魔法使いではダンブルドアだけしかなかった。それはこのマントが完璧ではないということなのだが、それにしても今回はよりによってという相手だ。

 ちらりと彼の方を見てみると、仏頂面の先生をサクヤがほわほわと微笑みながら「まぁまぁ」と宥めており――その自分には向けられていない微笑にハリーの心はますます苛立った。

 

 

 

 ぶつくさと言いながらも“別荘”への転移準備を整えたリオンは、一行を引率して転移した。

 惨劇の試験を思い出す魔法儀を使うことにハリーやロンだけでなくフレッドやジョージも顔を引き攣らせ、初めてのクラムも驚いた顔をしていたが、それにはリオンもディズもまったく気にかけずにいつもの修行場へと移動した。

 

「ここなら学校の教師どもの監視は届かん。存分にやっていいぞ」

 

 向かい合うディズとクラム。

 そもそも、彼がディズに対して執拗に決闘を申し込んでいたのは、ディズの血縁上の祖父、ゲラート・グリンデルバルドがクラムの親族をはじめ、ヨーロッパの大陸で暴虐な行いをしていたことが根底にある。

 そして、その母校、ダームストロングでは闇の魔術に関して熱心な指導が行われており、かの闇の魔法使いの信奉者も多いのだそうだ。かつてとはいえ親族に対して悪辣な非道を行った魔法使いを崇める輩。クラムにしてみれば、そんな連中に我慢できるようなものではなく、今回のように決闘を申し込んでそれらに思い知らせてきたそうなのだ。

 世界的に有名なクィディッチの選手であるクラムだが、他校に留学してきたことや決闘の経歴、今も決闘に臨む佇まいからして魔法の腕前も秀でているであろうことが見てとれた。

 

「…………マスター。決闘はいいんですが、腕にこれがついたまま――」

「心配はいらんぞ。どっちが勝とうが死ぬ前には止めてやる。一応はまだ教師だからな」

 

 本当かどうか分かったものではない。

 嘘ではないだろうが、彼の基準での死ぬ前など、一歩手前どころか、片足踏み越えて後ろ足だけで堪えているような状態であろう。

 

「少々要らん観客が多いが、気にする必要はない」

 

 いつも一緒に修業しているサクヤだけでなく、セドリックやルーク、女子陣、おまけに生き残った男の子までついているのだ。普通なら気にするなというのはなかなかに難しい話であり、

 

「貴様が無様を見せた場合は、死んでいた方がましだったと思うメニューで鍛えてやるからな」

「………………」

 

 そんな余裕を見せると相手にではなく師匠によって襤褸雑巾にされるのが想像できた。

 ディズはここまでの地獄を思い返してぶるりと身震いし、杖を持つ左手に力を込めてクラムを見据えた。

 

 

 

 

 ディズ・クロスとビクトール・クラム。おそらく学校に在籍している魔法使いの中ではそれぞれ屈指の魔法使いの二人が向かい合う。

 

 ハリーは思いもかけず見学することになった決闘を行う二人の学生を見比べた。

 1人はホグワーツの上級生。サクヤと同じ学年のスリザリンの生徒。ゲラート・グリンデルバルドというダンブルドアがかつて倒した魔法使いの子孫。

 

「両方相討ち、っていうのが一番いいと思わないか?」

「えっ!?」

 

 ハリーの耳元でこっそりとロンがささやいた。

 意外に思ってロンを見ると、どちらかというとクラムの方を苦々しげに見ていた。

 ビクトール・クラム。クィディッチ・ワールドカップ、ブルガリア代表としても活躍している世界最高のシーカー。 

 クィディッチ・ワールドカップの決勝を観戦したハリーもロンも彼のファンだった。

 それがなんでまたこんな敵意をむき出しにしたような目で彼を見ているのか…………思い当たるのは一つ。

 クリスマスダンスパーティの時の件だ。

 正直あの時は、ハリー自身ジニーをパートナーにしていたり、その後のあれこれのせいで記憶があいまいではあるのだが、たしかあの時クラムのパートナーとして来ていたのは彼らの親友のハーマイオニーだ。

 あの時の彼女はいつもの――当然今の――ハーマイオニーとはまるで違う女性に見えた。

 思えばあの時、ロンはクラムと一緒にいるハーマイオニーを敵視するような眼差しで見ていたが…………

 

 ハリーとしては、クラムを応援したい。だってクラムはハリーにとっても尊敬に値するクィディッチ選手で。この決闘だって悪い魔法使いの系譜に対して挑んでいるのであって……ハーマイオニーとのことは思い返せば気になっては来るものの、相手と比べれば絶対に応援するのはクラムだ

 

 ディズ・クロスはスリザリンの生徒で、闇の魔法使いの系譜で…………実の父親を倒したようなヤツなんだから。

 

 抱える思いに些かの矛盾があることに、ハリーの心は気付いていた。

 彼が闇の魔法使いならば、あの父親と戦いはしなかっただろう。彼はそうではないからこそ、あの時杖は父親ではなくこちらに向いていただろう。

 けれども…………彼は孤児院で育ったと聞いた。

 ならハリーと同じように親が居て欲しいとは思わなかったのだろうか?

 父親の手助けをしたいとは思わなかったのだろうか?

 悪人の父親の味方になんてハリーならばならない。そう思いはするものの、それでも思ってしまう。

 なんで父に杖を向けたのか、と。

 

 

 

 

「それじゃあ――――始め」

 

 両者の決闘はリオンの合図によってその口火が切られた。

 クラムは抜群の反射速度で杖を振るい、無言呪文を放とうと杖先をディズへと向け――

 

「!?」

 

 瞬間、目前からディズが消えた。

 ディズは杖にではなく、足へと魔力を集中させ、一気に床を蹴ったのだ。

 瞬動術。

 一瞬でディズはクラムの背後へと――無防備なその背中の2mほど後方へと跳んだ。

 

 ――遠いっ!――

 

 上手く瞬動術を成功させたディズだが振り返って彼我の距離を目にして内心舌を打ちそうになった。

 まだ上手く制御ができていないために距離が遠すぎたのに加え、瞬動術の速さに身のこなしがついてきておらず、体が流れる。

 だが実際に舌を打つ間も省いてディズは今度こそ杖へと魔力を流して左腕を振るった。

 

エヴァーテ・スタティム(宙を踊れ)!」

「がっ!!」

 

 クラムも気配で察知したのか、流石の反応を見せようとしたが、それよりも早くにディズの杖から閃光が放たれ、直撃を受けたクラムは舞うように宙を吹き飛んだ。

 クラムは4、5mの距離を吹き飛ばされるも、クィディッチで鍛えた体は咄嗟の事態に反応して宙にある内から大勢を整え、床に体を打ち付けながらもすぐさま起き上がった。

 その反応は“まっとうな”決闘であれば、致命的にまではならなかっただろう。

 だが

 

「シュバルツ・シュタル・デア・シャッテン。風の精霊5人。縛鎖となりて敵を捕まえろ。魔法の射手(サギタマギカ)戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)!!」

「っ!!」

 

 ディズはクラムが起き上がるのどころか着地するのもまたずに次の詠唱を始めており、クラムがディズへと顔を向けたときにはすでにその詠唱は完成し、5本のサギタ・マギカがクラムへと殺到した。

 クラムは体勢を整える暇もなく杖を振るうが、5つの矢を同時に迎撃することは不可能で、攻撃は杖を持つ右手、左肩、右腰へと着弾した。

 

「くそっ!」

 

 魔法の矢が着弾した箇所から白い帯のような拘束が広がり、見る間にクラムの体を抑えつけていく。クラムは悪態をつきつつも杖を振るってその魔法を解除しようとして――――しかし杖腕を捕えられた状態では杖を振るうことができず、ついには床に縫い付けられるように拘束が完成した。

 

「これで、終わりだな」

「ッッ!」

 

 それでもなおもがこうとしたクラムの首元にディズの杖が突きつけられた。クラムは視線に呪いが込められたらとばかりにディズを睨みつけ、ディズはクラムを見下した。

 睨みあう二人。だがクラムにもすでに決着は明白であることは理解できているのだろう。敗北を認めるように顔をうつむかせた。

 クラムから戦意が消えたことを見てとったディズは拘束を解除した。

 体の自由を取り戻したクラムは、睨みつけるような視線は変わらないが、それでも襲いかかるような真似はせず、問いかけた。

 

「…………なぜ君ヴぁ、あの時ゲラート・グリンデルヴァルドについて行かなかった?」

 

 本当はこんな決闘やらずとも、分かっていた。

 

 ――ディズはゲラート・グリンデルバルドとは違う――

 

 分かっていて、けれどやらずにはいられなかっな。

 

「ついて行きたいと思わなかったからだな」

「君の祖父だろう?」

「らしいな」

「なら――――」

「けど、他人だよ」

 

 いいきるディズにクラムは目を細めた。

 

「俺が育ったのは魔法使いの家でも、闇の魔法使いの巣窟でもない。マグルの孤児院で、割とあの場所が好きだったからな」

 

 語るのは紛れもなく本心の一端。

 

 連中はどうにもマグルの支配とやらがしたいらしいが、それよりも彼にとってはマスターやサクヤの方の魔法使いが進めようとしている融和の方がいいと思ったのだ。

 

「それに、俺の母親が死の間際にそういうところの前に居たってことに、きっとなにかの意味があったんじゃないかって、少し思うからな」

 

 

 


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