春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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最終章、突入です。




第5章
ディズ・クロスの敗北


 パチパチと弾ける音が聞こえてきた。

 

「……? ぐっ…………!」

 

 寝ている状態から身を起こそうとしたディズは、しかし激痛によってそれを断念させられた。

 周囲は暗く、今の時間は夜なのだということは分かる。ただ完全な暗闇ではなく仄明るい光源が灯っていた。

 ただ意識に靄がかかったように頭が重く、指を動かすのでさえ錆びついたブリキを動かしているようなぎこちなさが感じられた。

 現状が理解できない。

 

「目が覚めたか」

 

 声が聞こえてきて、そちらに目を向けると、たき火の向こうに見覚えのある魔法使い――師匠であるマスター・リオンが座っていた。

 周囲は岩場のようであり、人工的な建物は見られない。

 

「ここは……? ぐっ、つぅ!」

 

 首を巡らし、今度は身体を捻って起き上がろうとしたディズだが、僅かでも体を動かすとこの激痛は起こってしまうらしい。

 

「一応は治癒魔法をかけておいてやったが、元々俺は治癒魔法が苦手だからな。無理に動くと死ぬぞ」

「治癒?」

 

 自分が意識を失う前の出来事がぼやけており、体の現状を確認しようにも満足にそれすらもできない。

 何があったのかを思い出すことだけが現在ディズにできることであり――――不意に自身の体から吹き上がる鮮血の光景を思い出した。

 

「…………俺は、負けた……のですか?」

 

 この世界に来て、最初の実戦。左頬から右脇腹にかけて、深く切りつけられて吹き上がった血。そこから先は覚えていないが、おそらく自分は負けたのだろう。

 

 襲い掛かってきたあの亜人との戦いに…………

 

 

 

 第87話 ディズ・クロスの敗北

 

 

 

 周囲の景色は見渡す限り砂と岩。荒野の大地と呼ぶのにふさわしい光景がディズの前に広がっており、彼は師であるリオンとともにその中を走っていた。

 魔力による身体強化を施した状態での全力疾走。その速度は瞬動術、とまではいかなくとも非魔法族のトップアスリートの走力を楽に超える速度であり、魔力消費による精神力の消耗も体力の消耗もそこそこきている。

 それに対して少し前を行くリオンは同等以上の速度で走っているにもかかわらず涼しい表情のままで大して疲労も消耗もしていないように見えた。

 

「マスター。ここはどこなんでしょうか?」

 

 魔法世界を訪れたのはこれで2度目。だが今回は前回と違い、ウェールズのゲートは使用しなかった。

 マスター・リオンの指示するままにイギリスから飛行機でニホンへ、そしてどこかの都市のゲートを使って魔法世界へと転移した後、前回とは違う船に乗って暗い海中のようなところをさらに移動。

 ようやく辿り着いたのが、この砂礫の大地に囲まれた街であり、現在はそこから出て荒野を疾走している最中だ。

 消耗もきついが、よくわからない場所をよくわからないままどこまで走ればいいのかも分からずにかけ続けるのは精神的につらい。せめてなんらかの情報をと尋ねてみると、リオンは後ろのディズを振り返らずに答えてくれた。

 

「“ベルト”と呼ばれているところだ」

 

 ただし返ってきた答えは、当然と言えば当然だがまったく知らない場所の名前。

 

「ベルト、ですか。魔法世界とはまた違う……?」

「魔法世界には違いないがムンドゥス・マギクスとはまた別の異界だ。向こうと違ってこっちは開拓地だらけだからな。賞金稼ぎやら無法者が流れてきてる。気を抜いてると生き残れんぞ」

 

 魔法世界――ムンドゥス・マギクス。

 昨年訪れたのは魔法世界の中でも大都市に分類される治安のいい街ばかりだったということや、しっかりとした護衛がついていたこともあって危険はなく帰還できた。

 だが今回はそうはいかない。

 “ベルト”と呼ばれるそこは昨年訪れたメガロやヘラス、アリアドネー、オスティアのどれとも違っていた。しかも開拓地という言葉と、周囲の景色を見るにどう考えても治安がいいとは思えない。

 

「目的地まではどれくらいあるんですか?」

「さあな」 

 

 せめてどれくらい走り続けるのかと尋ねた質問には、そっけない返事が返ってきた。

 

「探索任務だ。強いて言えば目標が見つかるか、こうしてうろついて怪しい反応がでてくるかするまでだな」

「………………」

 

 今回の旅はディズの修行を目的としたものというよりも、師匠の用事のついでに修行をつけてもらうというのだから、そこに文句をつける権利はディズにはない。

 探索、というのが何を探しているかまでは分からないが、おそらく人か生き物であろう。

 予想できるのは、昨年ホグワーツに襲来した使徒たち、というのが有力な候補ではある。

 

 ひとまずディズはこれも修行という風に捉え、リオンの後を離されないように懸命に追いかけた。――――実際、これほどの身体強化を持続させているのはキツイ。

 

「とりあえずはここら辺を仕切ってるやつのところに向かってるが…………」 

 

 走りながらちらりと視線をディズの背後に向けたリオンは目を細めて顔を険しくした。

 

「マスター?」

「……そろそろか。向こうに岩場が見えるな?」

「? はい」

 

 何がちょうどいいのか。やや不穏な気配を感じながらもディズは促された方向を見て、岩に区切られた一角があることを認めた。

 

「あそこで一旦止まるぞ」

 

 はい、とディズが首肯する前にリオンは縮地を使って一瞬で駆け、ディズが反応する前に岩場へと跳んでいた。

 ディズもまた足に魔力を集中させ、ギュッと解放するとともに一気に跳躍し瞬動術でその後を追った。

 

 

 

 岩場にたどり着いたディズは、ようやく走ることを止めての休息に大きく息を吐いて呼吸を整えた。

 走り始めてどれくらいの時間がたったのか、日の昇り具合で確かめることはできそうにない。というのも空を見上げるとそこには一つの太陽、青い空に白い雲――なんてありふれた景色は広がっておらず、どう見ても岩や島にしか見えないものがあちこちに浮かんでいるのだ。

 太陽も知っているよりもずっと小さい大きさしかないように見える。

 とりあえず時間をはかることを諦めたディズは師匠へと疑問をぶつけることにした。

 

「どうしたんですか?」

 

 疲労の見えるディズへの休息のため、などという優しい理由からこの休息時間が設けられているのではないことくらいは分かる。

 

「くるぞ」

「? ……ッ!」

 

 答えはリオンからの返答よりも明確に上空から飛来してきていた。

 上空から五十を超えるほどの光の筋が飛来し、二人の頭上へと振ってきたのだ。

 

魔法の矢(サギタマギカ)!?」

 

 ディズは咄嗟に杖を引き抜き、リオンは片手をすぅと掲げて魔法障壁を強め、着弾して爆ぜる魔法の矢を防いだ。

 面制圧攻撃ではなく、ピンポイント爆撃のように続く魔法の矢を障壁で防ぐディズは、その矢の一本一本に込められている魔力の多さに呻きながらもなんとかその矢の雨を防ぎ切った。

 

「っ、ぐっ! 敵っ…………!?」 

 

 ようやく魔法の矢による爆撃が終わった時、周囲には着弾の砂煙が立ち込めており、視界がけぶる中、超感覚魔法で視界を補って周囲の状況を確認した。

 当然だが師匠はまったくの無傷で平然と立っており、それとは別、岩山に立つ襲撃者が一人いた。

 

「リオン・スプリングフィールドとお見受けする!!!!」 

 

 はたしてそいつが師匠が捜索しているという対象なのかはディズには分からないが、襲撃者と思しき男は岩山の上で大音声を上げた。

 はためくローブの中に見える体躯はがっしりとしており、ハグリッドほどではないがかなりの巨躯。一瞥するに魔法使いといよりも戦士という表現が似合いそうな男だ。

 

「魔法世界に悪名高き“福音の御子”よ! 決闘を所望する!! かの“闇の福音”の唯一の後継と噂される魔法使い! 貴様の首を挙げればベルトにおいても俺の名は轟くことになるだろう!」

 

 どうやら男の目的はリオンただ一人らしく――とはいえこの場に居る以上ディズに対しても注意の幾割かを割いてはいるが――持っている剣をリオンへとつきつけている。

 先程の攻撃を考えるに、魔法の矢はリオンが最初に教えた基礎攻撃魔法ではあるが、奇襲となる程に離れた距離から百を超える数をピンポイントで撃ってきた腕前、最強クラスであると言われるリオンを相手に挑んでくる自信。それらを考えると相手はかなりの遣い手なのだろう。

 

 リオン・マクダウェル・スプリングフィールド。

 英雄と怪物の名を冠する出自不明の魔法使い。

 その力は魔法世界において広く知られるほどに強力で、どちらの名前も多くの者に畏怖と警戒とを与え、そして倒すだけの価値あるものとみなさせることができるのだろう。

 男の目的は強敵と戦うという喜びのためか、名のある魔法使いであるリオンを倒すための功名心がゆえか、

 

「いずれ誰もが知ることになる俺の名は――――」

 

 男は大見得を切るようにばさりとローブを落とし、

 

 

「―――――――ノン ♡ タン !!!」

 

 

 聞いてもいないのに大見得きってその名を宣言した。

 異形の様相。肌の色は魔法世界独特なのか灰色がかっかており、瞳も人ではありえない色で輝いており、ヒューマンではなく亜人であることが分かる。

 

「………………」「………………」

「さあっ! 臆したのでなくば決闘を受けよっ!!」

 

 名前と外見があっていない。

 ディズはちらりと視線を男からリオンへとうつした。

 リオンは目を細めてノン♡タンなる男を見ており、その顔が奇妙に平坦に見えるのは感情を殺しているからだろうか。

 

「思ったよりもバカがかかったがまあいい」

 

 リオンははぁとため息をついてぽつりと漏らした。その言葉はおそらくノン♡タンなる男には聞こえなかったであろうが、ディズには聞こえた。

 ディズが訝しげに視線を向けるが、リオンはその視線を無視したてノン♡タンへと返答した。

 

「決闘は別にいいが、一々雑魚の相手をするのも面倒だな…………ふむ、おお、そうだな。ここにいる俺の弟子に勝てたら、相手をしてやろう」

「マスター、なにを……?」「なにっ!?」

 

 随分とわざとらしくけしかけるリオンにディズは訝しみを深め、ノン♡タンは真に受けたのか強烈な視線をディズへと向けた。

 

「お前の相手だ、ボーズ」

「気づいていましたね、マスター」

 

 口元に笑みを浮かべたリオンが顎で男を示しているところからするに、どうやら本当にディズがあの男の相手をするらしい。というよりもわざわざ休憩をとったのもあの男が仕掛けてきやすいようにしたのが理由だろう。

 ノン♡タンも本命(リオン)の前に、その弟子なる人物をかたずけるのは吝かではないのか、岩山から跳び下りた。

 

「お前は魔法世界の遣い手と交戦経験がないからな。丁度いい実戦の機会だ。殺す気で行けよ。あの男、見たところ本気だ。甘く見るとすぐに死ぬぞ」

 

 弟子に襲撃者を押し付けた師匠は、決闘の場をあけるためにか短い距離をひゅんっと移動した。

 ディズはあらためて男を観察した。ハグリッドほどには大きくはない体躯は、しかし今まで見たどのような魔法使いよりも格闘戦に向いていそうなほど筋肉が盛り上がっている。

 おそらく最初に“ベルト”に転移してやってきた街からここまでのどこかから、あの男につけられていたのだろう。

 ディズにはそれがどこからだったのかは分からない。

 走っている時であればそちらに注力しすぎていたからだが、街からつけられていたとしたら、抜けているにもほどがある。あるいは、それにも気づかないほどに、相手とディズの間には実力差があるのか。

 何も知らなければ、筋骨隆々とした体躯から接近戦を得意とするタイプとみなして遠距離からの攻撃に終始したいところだが、最初に受けた魔法の矢による奇襲攻撃を考えるに、魔法使いとしての実力も一級品なのだろう。

 

「子供よ! 福音の御子の弟子というのは本当か」

 

 ディズの瞬動術で一足飛びにできる距離、そのわずかに外側にまで近づいた男は確認の問いかけをした。

 ディズは答えの代わりに杖を構え、身体強化と障壁の強化を行って戦闘準備を行った。

 それだけで十分だった。

 

「ならば仕方あるまい。俺の名はノン♡タン! きたる宇宙開拓時代に先駆けてこの名を高めるため! 貴様に私怨はないが、このノン♡タンが福音の御子を倒す前の前座となってもらう!!」

 

 なんかやたらとヘンテコな名前を強調したがっているのには意味があるのかないのか…………よほど功名心が強いのか。

 男の周囲から砂が宙に浮きあがり、さらさらと形を変えて幾本もの刃へと変わった。

 

 宙に浮く砂の刃がディズに襲い掛かるのと同時、ディズは左腕を振るって杖先から閃光を放った。

 

 

 

 魔法世界の住人との初めての戦い。 

 模擬戦闘ではなく、本当の戦い。

 伝統魔法族とは幾度か経験したことはあるために、今更脚が震えて身が縮こまるということもないが、相手の戦い方は今までのモノとは全く違っていた。

 浮き上がる砂の刃は次々にディズへと襲い掛かり、あるいはその刃をもった男が直接薙いできた。

 

 魔法戦士――――魔法と近接術の融合、それはディズが取り込もうとしていた戦術であり、ディズにとって交戦したことのない相手。

 トム・リドルの記憶は純魔法使いとしての戦い方、あるいは蛇をけしかけることしかしなかった。

 死喰い人、ソーフィン・ロウルは大柄な体躯こそあったが、近接術をマグルが行う野蛮なやり方と見下し、忌避していた。

 それらとは違う初めての経験。魔法使いとしてではなく、魔法を使う戦士として襲い掛かってくる相手。

 その相手の瞬動術は明らかにディズのものよりも上で、身のこなしも速度も圧倒的に相手が上。砂の刃を操作しながら自身でも振るってくる技量も高い。

 だがそれでもディズはそれらに反応することができていた。

 近接戦闘は茶々丸´の苛烈な攻撃。放たれる魔法は師匠が繰り出してくる容赦なく降り注ぐ攻撃。

 これまで散々に鍛えられた経験が、今ここでも活きている。

 瞬動術はまだ隙が多いが、自身の攻撃特性が最も活きる中距離を保ち、技の多彩さと出の早さに勝る伝統魔法で攻撃を防ぎ、隙を埋め、相手の攻撃の鋭さに対しては反応と判断の早さによって伝統魔法、精霊魔法の最適解を当てることによって対抗する。

 

 ディズの魔力は、一般の魔法使いに比べれば多いが、サクヤ・コノエはもとよりリオン・スプリングフィールドよりも圧倒的に少ない。

 彼ほど頑強な魔法障壁は張れないし、山を消し飛ばすような出力の魔法は放てない。

 だが彼らと違い、ホグワーツにて50年に一度の天才と言われるほどに――ダンブルドアに匹敵するほどの伝統魔法の才がある。

 

「なかなかだな、若造」

 

 詰め切れない距離。押し切れない攻防に襲撃者はディズの力量を見誤っていたことを認めた。

 目の前に立つ魔法使い――リオン・スプリングフィールドの弟子とやらは単なる子供ではなく、力持つ魔法使いだ。

 

 

 ――やれる。俺の力は、こちらの魔法使い相手でも十分に通用する――

 

 押し切れない展開はディズにとっても同様だが、ディズは自身の必殺技を放つタイミングを見計らっていた。

 半純血プリンスのオリジナルスペル“セクタムセンプラ”。

 その呪文とディズが出会ったのは偶然だった。

 孤児院出身であるディズは新品の教科書を買うことができず、学校に寄贈されている教科書を借り受けて勉学を行っていた。

 その中の一冊、予習のためにと借り受けた古い魔法薬学の教科書に、その呪文は記されていた。

 半純血のプリンスとやらが誰だかは知らないし、興味もない。

 だがどうやらその人物はかなり魔法薬学や、呪文の考案に造詣が深かったらしく、教科書にはセクタムセンプラ以外にも多くのオリジナルスペルが記され、魔法薬学の注釈もページが真っ黒になるほどに書き込まれていた。

 

 魔法戦闘において非常に役立つ魔法であるセクタムセンプラ。

 だが訓練において師匠に通用したことはない。

 彼には強固な魔法障壁が存在するからだ。それにまともに撃ってもまず当たることもほとんどない。

 彼のような遣い手に当てるためには、当てるための状況を作ること、そして障壁破りの手順が必要となるのだ。

 

 セクタムセンプラには残念ながら障壁突破の効果はない。

 だからこそ能力を付加するか、あるいは障壁自体を破壊する必要がある。

 ノン♡タンの魔法障壁も、師匠程ではないがかなり強い。だが割合としては身体強化に割いている割合の方が多いらしく、師匠の障壁ならばいざ知らず、この敵の障壁を破ることはそう難しくないとディズは視ていた

 

 ディズは攻防を行いながらさらに障壁破壊の魔法を構築していた。

 

 しかし

 

「だが――――まだ青いっ!!」

「ッ!」

 

 突如足元の砂が螺旋を描いて一気に舞い上がりディズの視界を消し、同時に高速で舞う砂礫がディズの体を打ち、集中を奪わんとする。

 視界を奪った以上、勝負を決める気であろう、相手が撃ってくる手は――

 

 ――接敵! 超感覚魔法を強化!!――

 

 相手の土俵である接近戦。

 ディズは超感覚魔法の出力をあげて視界によらぬ対応に切り替えた。

 向こうは視界を奪ったと思って接近してくる。その距離はディズにとって相手の魔法障壁を破るための好機でもある。

 

 

 ――捉えたっ!!!――

 

「むっ!!?」

 

 嵐砂を破り接近し、大剣を振りかぶっていた相手の動きを捉え、振り下ろされた剣を躱すと同時に構築していた障壁破りを起動。

 硝子が砕けるように身を覆っていた障壁が砕けるのを感じたノン♡タンの顔色が変わった。

 

 ――無詠唱魔法っ!!!――

 

 ディズはこの機を逃さず右手に無詠唱のサギタマギカを込めて掌で触れて零距離で放とうとし―――――

 

「なっ!!!!??」

 

 次の瞬間、ディズの体から血が噴き出した。

 

 ――斬られた? 躱したはずなのに?――

 

 左頬から右の脇腹にかけて。

 噴水のように鮮血が吹き上がり、ディズは信じられないように目を見開いた。

 

「残念だったな若造。この俺、ノン♡タンの前に立つには、5年早かったな」

 

 体の力が一気に抜け、足元に生じた血だまりに膝が落ちる。

 

「なん、―――――」

 

 何を受けたのか、それを見極めることもできなかった。

 視界が暗く閉じていき、意識が闇に呑まれて沈んでいく。

 

 

 魔法世界最初の戦いは――――相手との本当の力量差すら分からずに敗北するという形で終わった。

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

「ド派手に血を吹き上がらせてハラワタぶちまけかけてたんだ。文句のつけようのない負けっぷりだったな」

 

 どうやら一命はとりとめたらしい。

 治療を施されてはいるが、師匠は治癒魔法が苦手だという自己申告通り、完全には治っておらず、傷口は熱を持ち、ずくずくとした痛みは間断なく続いている。

 ディズは体を起こすことを諦めて目だけを動かして周囲を再確認した。

 

 一応たき火で明るくはあるが、少し離れた所は暗すぎてここが先程まで居た場所かどうかは確信がもてない。

 師匠があの後、あの襲撃者と戦ったとしたら、地形が変わっていたとしてもおかしくはないのだから。

 

「あの男は……?」

 

 分からないので、率直に尋ねた。

 師匠が負けたとは思わない。

 信頼があるから、というよりも単純に師匠の旅装には元から以上の汚れも攻撃を受けた様子もないからだ。

 

「お前が無様に負けたからな。俺が適当にあしらっておいた」

「あしらって……?」

「ああ。多少傷は負わせた程度だったからな。また来るだろう」

「…………」

 

 ただ、予想よりもあの相手と師匠の間には圧倒的な差があったらしい。

 それはディズにとっては期待通りであり、同時に自身の未熟さ、非力さを一層教えるものであった。

 

「あの男…………マスターから見るとどのくらいの強さなんですか?」

 

 五分に、そこまでいかなくともまともに戦えていたと思っていた。

 だが、おそらく実際には相手はただこちらの力量を確かめる程度の力しか出しておらず、ただ仕留めるときにだけ本気を出したのだろう。

 もっとも、それがどの程度の本気だったのかすら、ディズには分からない。

 

「雑魚は雑魚だが……ぎりぎりAAクラス、いわゆる達人クラスってところだな」

 

 AAクラス。

 戦闘力で見れば、ダンブルドア校長がAAの上位からAAAクラスであり、一般的な魔法学校職員のレベルがAクラス、ということを考えるとありふれたレベルではないが、決して数少ない遣い手というわけでもないのだろう。

 なによりも魔法世界に来て早々に襲い掛かってきたのだ。

 

「ここには、ああいうやつが大勢いるのですか?」

「開拓地といったはずだ。賞金首みたいなならず者やそれらが目当ての賞金稼ぎ。一攫千金狙いの冒険者、ここはそういうやつらが流入している場所だ」

 

 昨年の夏休みの研修旅行で見た光景が魔法世界の全てだとは思ってはいない。イギリス一国に留まっているよりも世界ははるかに広く、そして今もなお広がっているのだ。

 これからもあのレベルに遭遇しないという保証はなく、リオンが雑魚、と言ったからにはドンドンと出てくるレベルなのだろう。

 あのレベル相手に瀕死の重傷を負った、ということはディズ一人では到底この魔法世界を生きていくことはできないと証明したともとれた。

 

「あの男は……目的の相手ではなかったんですね」

「まあな。あれは俺の首を狙ってきた武芸者か賞金稼ぎか……一応俺の賞金は凍結したはずなんだがな」

 

 そういえばこの人は魔法界の軍隊ともやり合ったという話を聞いたことをふと思い出した。聞いた時は半信半疑であったが、おそらくは事実なのだろう。

 魔法省から危険視されている自分と同様――いや、実際にこうして襲撃者が居る以上自分よりもさらに過酷な生き方をしてきたのだろう。

 生きていくために力を身につけることを迫られる。

 望む、望まざるとに関わらず。

 

 それはディズに歩んでいくことになる道とて同じだ。

 ダンブルドアはともかく、イギリス魔法省はゲラート・グリンデルバルドの血縁である自分を野放しにはしておかないだろう。

 ダンブルドアの庇護下である学校を出れば、その先に待っているのは自分を偉大なる闇の魔法使いの再来として“闇”に引き込もうとする闇の魔法使いの歓迎か、混乱を収めようとする“正義の魔法使い”たちによる排斥か。

 どちらの道もディズ本人の意に沿うものではなく、道としても過去にしか向いていない。

 だが力を身につけなければ、自ら道を切り開かなければ閉ざされてしまう道が自分の前には延びている。

 そして今の自分には魔法族と非魔法族の安定に関わる程の力も立場もない。

 

「実戦は百度の練習にも勝る。当面の目標は最低限あのレベルを自力でなんとかできるようになることだな。もっとも、出来なければ今度は死ぬだろうがな」

 

 AAクラス以上の遣い手。

 それは望むところであり、あのダンブルドアやグリンデルバルド、そしておそらくはヴォルデモートがそのクラスの魔法使いであるのだから、ディズ自身にとっても超えるべき目標だ。

 

 とはいえ今は休むことしかできそうにないのが現状だ。

 まだ傷口が完治していないこともあり、徐々に睡魔がディズの頭を再び侵しはじめていた。

 

「マスター、もう一つ聞いていいですか?」

 

 ただ、この機会に聞いておきたいことはあった。

 一つではなく、いくつも聞きたいことはあった。だが、今の朦朧としつつある状態では一つが限界。

 リオンは否定を返さず、質問を受け付けるように視線を返した。

 

 

「なんで、俺を弟子にしてくれたんですか?」

 

 以前から聞きたかったこと。

 彼を弟子にとったその目的だ。

 

 初めて彼の戦い方を見たとき。

 この人の持つ力を知りたいと思った。

 全てを打ち砕き、凌駕する力。

 自分の知っている魔法とは違う種類だからこそ、余計に印象づいたという面もあったかもしれないが、時が経つにつれ、ディズは自身の目が間違いではないことの確信を深めていった。

 だから弟子として認められた、というのは望ましい事ではある。

 だがこの人にとって、それが何の益となったのかは分からない。

 

 この人は何かの目的のために全てを懸けている、そんな人であることは薄々察することができた。もとより、語る気がないだけで殊更隠してはいないのだろう。

 

 だから分からない。

 サクヤがこの人の目的のために、何らかの役割をもっていることは分かる。

 ならば自分は?

 一体どのような歯車の中に組み込もうとしているのか、そもそもそんな気があるのか。父親と名乗ったあの魔法使い(ソーフィン・ロウル)とは違いまるで見えてこなかった。

 

「お前が…………」

 

 リオンは言葉を答えかけ、考え込むようにして言葉をきった。

 そして

 

「いや。お前が俺とまともにやりあえるような魔法使いになったら、教えてやる」

 

 今はまだ知る必要がない。

 まだ弱く、卵でしかない魔法使いに語る意味はない。

 

 反発し、追求する言葉の代わりに、ディズの意識は再び睡魔の中に呑まれていった。

 


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