春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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再会……っていつの間に会ってたんだよお前ら!

「よっ、しょと……はぁ~、毎年のことやけどすごい人だかりやな……ディズ君?」

 

 9月1日。キングスクロス駅9と3/4番線プラットホーム。

 例年通り、魔法で秘匿されたプラットホームへと入った咲耶は、隣を歩く友人へと振り向いた。

 

「…………そう、だね」

 

 師匠から彼女の護衛役を仰せつかったディズは、なにやら感慨深げに紅い列車――ホグワーツ特急を見つめていた。

 

「ディズ君?」

「ああいや……よくこの列車をまた見ることができたと思ってね」

 

 幾度死にかけただろう。

 少なくとも死を覚悟したのは片手の指では足りない回数を、この夏休みの内に体験した。

 

 ゲラート・グリンデルバルドの系譜に連なり、そして外れた者にして、リオン・スプリングフィールドの弟子、ディズ・クロスがホグワーツ最後の年を過ごすためにここへと帰ってきたのだ。

 

 

 ちなみに、咲耶の横に侍る童姿の式神シロは、護衛役が自分一人ではないことになにやら不満顔で口をへの字にしていた。

 

 

 

 第91話 再会……っていつの間に会ってたんだよお前ら!

 

 

 

「よ~っす、サクヤ!」「久しぶり、サクヤ」

「おはようサクヤ。……シロくんが随分と機嫌悪そうね」

 

 ホグワーツ7年目の友人、リーシャやクラリス、フィリスと再会し、ディズもセドリックやルークと挨拶を交わした。

 

「クロスと一緒に来たのか?」

「うん」

「一週間ほど前に魔法世界から戻ってね。それまでの間、ニホンのサクヤの家で厄介になっていたんだよ」

 

 リーシャがサクヤの隣に立つディズを見て尋ね、咲耶は他意なくその質問に頷いた。セドリックたちからもうかがうような視線を向けられてディズは補足するように説明した。

 

 師匠の魔法世界での用事とディズの修行は些かのゆとりをもって終了した。

 ただしリオンの方はその後も行くところがあると言ってディズを咲耶の実家、へと分投げてどっかに行ってしまった。

 

「サクヤの家で!?」

「何を考えているかはだいたい予想できるけど、サクヤの家、物凄く広いから、変な心配はしなくていいよ」

 

 ニホンで一緒に過ごした上にニホンから一緒に旅行してきた。

 いつの間にかあまりに親密な関係になっていそうなそんな行動に驚くリーシャ。彼女だけでなく、クラリスなどは射殺さんばかりの目でディズを睨み付けており、ディズは顔を能面のようにして淡々と少女たちの妄想を先に否定した。

 

「そなの?」

「うん、まぁ……そかな」

 

 確認するように視線を向けるリーシャに咲耶はぽりぽりと頬をかきながら首肯した。

 

 咲耶にとって、実家の広さは孤独と結びつくような象徴なので複雑だが、否定することができない広大さがたしかにあった。

 咲耶の実家、つまりは関西呪術協会総本山、炫毘古社はそれこそ家というよりも邸宅というか屋敷というか……呪術協会の術士も多数詰めており、お手伝いさんなども大勢在住している、ある種の城といっても差し支えないような広大さがあるのだから。

 

「おかげでなんとか宿題をするゆとりがあったよ。実は今年は課題の提出をほとんど諦めてたんだけどね」

「珍しいなクロス。そんなにスプリングフィールド先生の修行きつかったのか? なんか傷作ってるみたいだし」

 

 ディズは肩を竦め、ルークが意外そうに尋ねた。ディズの口元から首筋にかけてなにやら切り付けられたような大きな傷が覗いており、服に隠れているが傷跡は胸元の方にまで及んでいるように見える。

 彼は1年生のころから学年で成績一番で、5年生からは監督生、7年生では主席確実と目されていたくらいの優等生だったのだが、そんな彼が夏休みの宿題を諦めていたといのは驚きものだろう。

 

「まあ……死んだら宿題は提出できないからね」

 

 ディズは死んだ魚のような遠い目をして呟いた。

 まるで悟りを開いた隠者のような雰囲気のディズに思わずルークが頬を引き攣らせた。

 

「……そういえばクロスはなんで監督生バッチつけてないんだ?」

 

 話題の転換も兼ねてセドリックはもう一つ、以前のディズとは異なる点があることに気づいて尋ねた。

 以前のディズには、5年生の時からセドリックと同様、監督生に選ばれた証である監督生バッチを胸につけていたのだが、今のディズにはそれがなかった。

 監督する他の生徒のいない夏休み中にまで監督生バッチをつけている必要は勿論ないのだが、ホグワーツ特急に乗ると監督生には車内の見回りをするという仕事が与えられるため、だいたいの監督生は列車に乗る前からバッチはつけていた。

 ハッフルパフの監督生であるセドリックやフィリスもその胸元には監督生バッチが光っている。

 

「去年の学期末にダンブルドアに返上したんだよ」

「えっ!?」

 

 だがセドリックの質問に対してディズはなんでもないことのように、なんでもある答えを返してセドリックのみならず友人たち一同を驚かせた。

 

 監督生とは5年生になった生徒の内から基本的には成績優秀で、他者の模範となるような生徒が各寮から男女1名ずつ計2名、学年では8名が選ばれるものであり、校長によって決定される義務であり資格だ。

 寮生の模範となり、下級生や他の寮生を指導し、必要ならば監督生以外の生徒に罰則を与えることすらできる権限を校長から与えられる。

 選ばれた生徒は大体の場合において卒業まで継続して監督生を務めることになるのだが、ディズはその大体から外れた珍しい事例になったらしい。

 

「どうせ魔法省だの理事会だのから文句が上がるのが目に見えていたからね」

「いやでも主席間近の7年生で?」

 

 監督生、というのは明確な選定基準がないものの、基本的には成績優秀な生徒が任命されるものであるからして、成績優秀者ということとほぼ同義と見なされる。

 7年生ともなれば、卒業後の就職を決める年でもあるのだから、評価に影響するその職をこの時期に辞するというのは今までの労苦から考えると割に合わないものだろう。

 

「別に監督生が必ずしも主席になるわけではないし、そもそも主席になったところで魔法省が俺を評価するはずはないね。興味もないし」

 

 ただディズにとってはやろうがやるまいが、もはや魔法省からの評価は最悪レベルから上がることはないだろう。

 史上最悪の闇の魔法使いの血統。

 そんな肩書の上に成績優秀な学生生活をおくったとついたところで無駄に警戒心を煽るだけだ。

 

 

「その代わりに選ばれたスリザリンの監督生がアレか?」

 

 空いている席がないかを窓から探しながらプラットホームを歩いていると、なにやら剣呑な雰囲気を撒き散らしている一角があり、リーシャが半眼になって指さした。

 

「あ、ハリー君と……マルホイ君やっけ?」

 

 フィリスとセドリックがつけているのと色違いのPの文字が刻まれたバッジをつけているドラコ・マルフォイとハリー・ポッターがなにやら睨みあいをしていた。

 

 その横ではそれぞれガタイのいい2人の男子生徒と赤毛のロン・ウィーズリーも同じく喧嘩直前の雰囲気で睨みあっている。

 

 

 

「ウィーズリー、所詮君はポッター程度の腰巾着にしかなれないんだよ。どんな気持ちだい? 大勢の生徒の前で情けなく泣きわめいた無様なポッターの下につくというのは。血を裏切る者にはお似合いだな」

「このっ!」

「ヴォルデモートの腰巾着の君の父親はどうなんだ? ディメンターと仲良くやれてるのかい?」

「ッッ。いい気になるなよポッター。ファッジなんかが父上をアズカバンに入れられるものか。父上はすぐに出てくる」

 

 今にも呪いのかけあいに発展しそうな雰囲気だ。

 

 

 

「止めなくていいのか、クロス?」

「元監督生が監督生を? 冗談だろ」

 

 呆れたように溜息をついたディズにルークが顔をにやりとして尋ね、ディズは肩をすくめて応えた。

 優等生、監督生として体面を作っていた前までならいざしらず、今はもうあんな鬱陶しそうな子供同士の諍いに首を突っ込む気にはなれない。

 

 一方で咲耶は諍いに顔を顰めている友人、ハーマイオニーの姿に気づいてぱたぱたと近寄っていた。

 

「やっほ、ハーミーちゃん! おっ! ハーミちゃん監督生なったんや!」

 

 ハーマイオニーの胸元に飾られた監督生バッジを見て、咲耶はおめでと~とほわほわ笑顔で友人の栄達を祝福した。

 

「ありがと。ハリーもよ」

「あ、そなんや。ハリーくんもおめでとーなーって、あれなにしとんの?」

「いつものことよ」

 

 どうやら彼女も監督生になっても変わらない男子どもに辟易としているらしく、はぁ~、と思い溜息をついた。

 ハーマイオニーに声をかけたことでハリーとマルフォイもサクヤたちに気づいたのか、ハリーは「サクヤ!」と嬉しそうに顔を緩め、マルフォイは「ちっ」と忌々しそうに舌を打った。

 

 

 

 “和やかな”挨拶を交わした一同は、それぞれ監督生は監督生用の車両に、ロンは兄たちの車両に、そして咲耶はディズとリーシャとクラリスとルークとともに空いているコンパートメントへと入っていった。

 

「なんか色々大変だな。クロスも、ってかスリザリンとグリフィンドールも」

 

 先程のスリザリンとグリフィンドールの新監督生のいがみ合いを思い返してリーシャがしみじみと呟いた。

 同じ学年の一番身近な監督生がセドリックとフィリスという寮でも最も良識ある二人だからこそ特にそう思うのかもしれないが、ハーマイオニーはともかく、会うなり非友好的な言葉のやりとりをするようなあの二人が他の生徒の模範として寮の規律を守るというのはどう考えても無理なように思える。

 しかもマルフォイの方はディズと同じ寮なのだ。

 これから一年、彼が尊大な態度で寮を闊歩するのは想像に難くない。

 

「まあマルフォイのとこも、家のごたごたで大変なのは間違いないだろうけどな」

「なんかあったん、ルーク君?」

 

 ただ外面ほど彼は横柄な態度ではいられないだろうと言うルークに咲耶は首を傾げた。

 

「ほら、去年の騒動であいつの父親、死喰い人としてホグワーツに来てたからさ」

 

 昨年の騒動にて、ヴォルデモートが復活の狼煙を上げたことにより、かつての暗黒時代終焉時に粛清を免れた裏切者の死喰い人たちは、強大なご主人様の勘気を恐れてあの場所に召集されていた。

 だが集ったものの、闇の帝王の頂点は三日天下どころかあっという間に弾け飛んでしまい、残ったものは死喰い人としてのレッテルのみ。

 ほぼ全員があの場の魔法先生たちによって捕縛され、魔法省へと引き渡された。

 

「もっともあのマルフォイのとこのことだし、すぐに出てきそうだけどな」

「そうなん?」

「マルフォイ家は狡猾で知られている。たとえ凶器の杖が彼らの指紋だらけでも、犯行現場に彼らの姿があることは決してないとも言われるほど」

 

 リーシャが諦め交じりのように言い、きょとんと小首を傾げる咲耶にクラリスが淡々とマルフォイ家にまつわる評判を述べた。

 

 “純血”の一族、マルフォイ家。

 その歴史は古く、ウィルトシャー州を地盤とするイギリス魔法界でも屈指の富豪の一族だ。その財貨をもって魔法省に多額の寄付を行っており、魔法大臣とてマルフォイ家を粗略に扱うことはできないという。

 ヴォルデモートが健在であるならばともかく、魔法省がその復活と消滅を目撃している以上、マルフォイ家は思う存分保身のための行動に走り、元同志や亡き主を裏切るであろう。

 

 気分の悪くなるような話をしている間に、ホグワーツ特急は出発の時間を迎え、ホグワーツへ向けて走り始めた。

 咲耶たちは話題を夏休みのことに変えてわいわいと愉しげな会話をし、車内販売でやっていた魔女からお菓子などを購入した。

 カボチャジュースに百味ビーンズ、蛙チョコレート。

 イギリスに暮らすリーシャたちからすると昔から慣れ親しんだものであり、けれどもニホンから来ているサクヤを交えてそれが食べられるのは今年が最後。

 ホグワーツ特急でこうしてホグワーツに向かいながらみんなで食べられるのはこれが最後だ。

 

 しばらく小さな宴会を楽しんでいると、監督生として見回り途中のセドリックとフィリスがコンパートメントへとやってきた。

 ふぅと疲れたようなため息をつくフィリスにリーシャがカボチャジュースを差し出してねぎらった。

 

「おつかれさん、フィー。なんかいつもより大変そうだな?」

 

 差し出されたそれをフィリスはお礼を言ってから受けとり、まだ十分に冷えているジュースで喉を潤した。

 

「大変も大変よ。ハリーとスリザリンのマルフォイがもう、ずぅっと空気を悪くしてるの。先生が同乗してなかったら監督生が監督生を取り締まらなきゃならなくなってたわ」

 

 フィリスはうんざりとした様子で眉を顰めてぼやいた。

 温厚でフォロー上手なセドリックからもなんの訂正も入らず、顔を向けてもため息とともに肩を竦めている様子から、件の二人が相当に険悪な関係なのだとうかがい知れた。

 

「先生が乗ってるの?」

 

 フィリスとセドリックのお疲れの原因の話は脇に置いて、クラリスは気になることについて尋ねた。

 ホグワーツ特急は先生に引率されるものではないので、必ずしも教師が同道しているというわけではない。だが必要があれば教師が乗っていることもあり、今回で言えば

 

「ええ。ほら、“闇の魔術に対する防衛術”の先生じゃないかしら」

 

 “闇の魔術に対する防衛術”の教授。

 

「魔法省の闇祓いで、去年臨時で来られた先生とは別の人よ」

 

 今までも年の最後まで教授がもたなかったという事態は起こっていたのだが、昨年に至っては半期を超えることもできずなかった。しかもその人物ははじめから別人であったわけで……事態を憂慮した――というよりもそうほいほいと“闇の魔術に対する防衛術”のスペシャリストを用意できるはずもなく、先年の残り半期は魔法省の職員が派遣されたのであった。

 そこにはかなり衝撃と混乱のあったホグワーツに対する監視の意味合いもあったのであろう。

 そしてどうやら年度が替わっても、“闇の魔術に対する防衛術”の相応しい人材を校長は見つけることができなかったようだ。

 まあ何十年にも渡って、一年限りで席が空いてしまう呪われた教授職と噂されているのだ。無理もないだろう。

 

 リーシャたちは今年の先生こそ、まともに最後まで残ってほしいと話し、いよいよ今年に迫ったがどのようなものかを話題に移した。

 めちゃくちゃ疲れる魔法テスト(Nastily Exhausting Wizarding Test)、通称N.E.W.T。

 イギリス魔法界の就職において、この出来栄えで就職の可否が決まると言ってもいいほど重要な試験であり、例年5年生時のO.W.L試験以上に多くの生徒をノイローゼに陥れる関門だ。

 

 例年の先輩方の死にそうな顔や奮闘ぶりについて話したりしながら、列車はガタゴトと森林地帯を走っていき平穏な時間が流れ――――不意に、ピクンとなにかに反応したディズとシロが扉へと視線を向けた。

 

「どうかしたのかい、クロス?」

「シロくん?」

 

 セドリックと咲耶が、急に気を張り詰めさせた二人にきょとんと尋ねるが、二人は扉を睨みつけており…………ガラリと、ノックの音もなくコンパートメントの扉が開けられた。

 

「ん?」「なんだ?」

 

 リーシャたちが一斉に扉の方に視線を向けると、そこにいたのは青白い顔の細面の少年――ドラコ・マルフォイだった。

 ノックもない無礼と、あまりよい印象のない――はっきり言って嫌な奴の来訪にフィリスやクラリスは露骨に顔を顰めた。

 

「どうしたんだい、マルフォイ?」

 

 ただ流石にセドリックは同じ監督生としてというのもあるのだろうが、コンパートメントのみんなの嫌悪感を感じ取って自分からマルフォイに声をかけた。

 

「サクヤ・コノエ」

 

 だがマルフォイはセドリックなどまるで相手にもならないと言わんばかりに――いや、眼中にも入っていないかのようにただじっと咲耶だけを見据えていた。

 

「先生が呼んでいる。来い」

「先生?」

 

 青白い顔には能面のように表情がなく、不気味さがあり、咲耶は怪訝そうに首を傾げた。

 まだ授業が初めってもいないのに先生に呼び出しを受ける理由が思い当たらない。

 

「先生ってドーリッシュ先生かしら? さっき出ていくときにはなにもおっしゃられていなかったけど……」

「何の用か言っていたかい?」

 

 どうやらフィリスは見回りの前に同乗していた先生に言葉を交わしたらしいが、その時には何も言伝のようなものは受けていなかったらしい。

 他の寮の監督生に連れてくるように言うよりも、同じ寮のフィリスかセドリックに言った方がよかったのでは、とどこか引っかかったように訝しげな表情となった。

 

「お前には関係ない。用があるのはコノエだけだ」

 

 マルフォイはフィリスやセドリックの疑問など知ったことかとコンパートメントの中にずかずかと入りこもうとし、

 

「マルフォイ!」

 

 外からの怒鳴り声によってその歩みを止められた。

 

 

 

 マルフォイは能面のような顔でぐるりと声のした方へと振り向いた。

 

「なにをやっているんだ。こんなところで」

「ポッターか」

 

 声をかけてきたのは、同じく監督生として見回りに来たハリーだった。

 見回り、といってもそれが建前であり誰かさんに会いに来たのであろうことは、隣にハーマイオニーを連れていることからも簡単に分かることであった。

 

 ハリーは見回りという口実のもとサクヤへと会いに来て、そこに最も嫌悪する相手の顔が見えたことで反射のように怒鳴り声が上げたのだ。

 なにせ碌でもないスリザリン生の筆頭――腐れマルフォイのことなのだから。

 どうせ碌でもない考えのもと、サクヤに絡んでいるのだろう。

 

「お前には関係ない……いや、お前もだ、ポッター」

「はぁ?」

 

 ハリーの嫌悪の視線と態度に対して、マルフォイはいつにもまして憎らしく青白い顔をしていた。

 

「あの方が呼んでいる……来い、ポッター、コノエ」

 

 いったいマルフォイはどういうつもりなのか。

 ハリーは眉根を寄せてマルフォイを睨みつけ、ちらりと隣のハーマイオニーにどう思うか尋ねようと視線を逸らした。

 その瞬間、

 

「クルーシ―――――!!!!!」

 

 ハリーや咲耶たちからは見えない位置で杖を抜いていたマルフォイが突如として呪いをかけようとし、しかし光線が放たれる前にコンパートメントの中から飛来した光弾によってマルフォイは吹き飛ばされた。

 

「クロス!?」

 

 コンパートメントの中から驚きの声が上がった。

 

 

 

 マルフォイの礼儀のない誘いに困惑していたのは咲耶も同じだった。

 コンパートメントの壁の向こうでマルフォイとハリーとが会話しているのを見守りながら、まあついて行くくらいならいいかと軽く考えていた矢先のことだった。

 

 突如として膝上に居たシロが尻尾の毛並みを逆立て、クロスが早業で杖を抜き去って無言呪文で閃光を放ってマルフォイを吹き飛ばしたのだ。

 

「ディズ君!?」

「下がっているんだ、サクヤ」

 

 咲耶やセドリック、他のみんながギョッとしてディズの行動に驚く中、彼は杖を左手に持ち、吹き飛ばしたマルフォイへと歩み寄ってコンパートメントを出た。

 

 ハリーもぎょっとして出てきたディズを見た。

 壁に打ち付けられたマルフォイを油断なく見おろすディズに、ハリーは「なにをしているんだ!」と詰問しようとして、しかし声がでなかった。

 それはゆらりと立ち上がったマルフォイの幽鬼のような動きのせい以上に、目の前に立つ魔法使いが、明確に“違う”雰囲気を発していることにあった。

 気圧された、と言っていいだろう。

 

 

 ディズは後ろのグリフィンドール生のことにはわずかに意識を残しつつ、ゆらりと立ち上がったマルフォイを見定めた。

 先ほどの呪文はただ吹き飛ばしただけだったから、別に気絶していないことはさして問題ではない。

 だがディズの知る“ドラコ・マルフォイ”という少年は、常に自分が属するなにかの権力を傘にして威を張り、普段は取り巻きを後ろに引き連れ、いざとなれば真っ先に逃げ出すようなとるに足らない子供だ。

 大きな傷をつくるような魔法ではなかったとはいえ、壁に打ち付けられるような痛みを味わった直後では喚き散らすか、少なくとも腰が引けるような程度の子供だったはずだ。

 だが今、ドラコ・マルフォイは腰が引けた様子も、何かの虚勢を張っているわけでもなく、それどころか自分を傷つけた相手に対する憎悪やいらだちなんかも感じ取れはしなかった。

 ただただ目的を果たそうとすることと、そこに障害があることを認めただけのような操り人形のような動き。

 

「服従の呪文か……」

「えっ!!?」

 

 ディズの呟きが聞こえたのだろう。

 背後にいた二人のグリフィンドール生の驚愕したような声が上がった。

 

 服従の呪文。

 それは、死の呪文、磔の呪文と並んで伝統魔法における許されざる呪文と定められている闇の魔法であり、同族である人に対して用いれば、アズカバンで終身刑に値するとまでされる呪文だ。

 昨年の“闇の魔術に対する防衛術”の授業によって、ディズはもとより咲耶やリーシャたちも、そして今年で5年生になるハリーたちも知ることになったおぞましい魔法。

 当然一介の学生がかけられてよい魔法ではなく、それがかけられているということは、まさに碌でもない企みがあるということなのであろう。

 

 遅まきながらハリーも杖をポケットから引き抜き、戦闘態勢をとりマルフォイに相対した。

 

 だがその次の動きはハリーの予想を大きく超えていた。

 

「アバダ―――」

 

 それは少年の力量、覚悟では唱えることなどできるはずのない闇の呪文。

 あらゆる生物に“死”という不可逆をもたらす禁忌の魔法であり、それをためらいもなく唱えようとしていることからも、マルフォイが平静の状態ではないことが明白だった。

 

 素早くハリーの杖が動き、しかしマルフォイとハリー、どちらの呪文も唱え切るには至らなかった。

 シュンッとハリーの目の前から一瞬にしてディズ姿が消えた。

 

 瞬動術によってマルフォイの背後に回り込んだディズは杖腕とは逆の右手をマルフォイの背に押し当て、無詠唱で魔法を発動させた。

 

 —―魔法の射手(サギタ・マギカ) 戒めの風矢《アエール・カプトゥーラエ》!!――

 

 おそらくマルフォイには背後をとられたと意識する間もなかっただろう。

 気付いた時には“戒めの風矢”による捕縛魔法が発動し、その体を光の帯が拘束して地面へと縫い付けていた。

 腕に、脚に拘束帯が巻き付き、身動きがとれないほどにガッチリと捕縛の魔法がかかった。

 

 ハリーは驚き、唖然としてディズ・クロスに視線を向けていた。

 

 —―速い…………ッッ――

 

 一瞬の早業だった。

 ハリーが習った魔法の使い方とはまるで違うやり方で、けれども圧倒的に戦い慣れた動き。

 圧倒的な格上、というにはハリーにはディズの力のほどがまるで見えなかった。

 

 

 瞠目して見つめるハリーや友人たちの視線をなんとも思っていないのだろう。ディズは床に縫い付けたマルフォイを見下ろした。

 

「がぁっっ!!!!」 

「っと、一応武装は解除しておくか」

 

 完全に封殺され、それでもなお暴れようとするマルフォイに、ディズは杖を一振りしてマルフォイの手から杖を弾き飛ばした。

 今のディズからすればいくら操られているとはいえ、子供の魔法使いが暴れたところでどうということはない。それでも無力化したのは、さらに不意の事態を考えたればこそで―――

 

「!!」

 

 ディズはばっと身を翻して杖をコンパートメントのハリーたちの居る方とは反対の出口へと向けて振るった。

 扉を突き破り、二つの閃光がディズへと襲い掛かり、しかしディズの張った障壁に遮られてはじけて消えた。

 

 

「クラップ! ゴイル!」

 

 襲撃者はマルフォイの腰巾着の二人の姿にハリーが叫んだ。

 だがその顔は、いつもの愚鈍な様子にも増して虚ろであり、マルフォイの危機にかけつけたというような様子ではない。

 おそらくマルフォイ同様“服従の魔法”を受けているのかもしれない。

 クラップとゴイルはディズの足元にマルフォイが捕まっているのにもかかわらず、杖を構えて振るってきた。

 同時にディズは右手を前に突き出して迎撃の魔法を放った。

 

 ――魔法の射手(サギタ・マギカ) 雷の七矢(セリエス・フルグラーリス)!!――

 

 無詠唱で放たれた7本の雷の矢の内の二本がクラップとゴイルの放った閃光とぶつかって消し去り、残りの魔法が二人に降り注いだ。

 麻痺の付加属性を持つ魔法の矢を受け、二人はビリビリと体を痺れさせられ、ガクリと膝から崩れ落ちた。

 

 

 

「なんなんだ一体」

 

 襲撃が一段落し、コンパートメントから顔を出したルークが倒れているクラップとゴイル、そして拘束魔法を解こうと足掻くマルフォイを見て顔を顰めた。

 

「クロス、彼らは……」

「ああ。服従の呪文で操られているな…………」

 

 同じく出てきたセドリックは、二人を拘束するのを手伝いながら確認するように尋ね、ディズは首肯しつつジッとセドリック、そしてフィリスやグリフィンドールの二人を観察した。 

 

 生徒が“服従の呪文”をかけられた、というのも異常事態であり重大案件ではある。だがそれは誰が、いつ仕掛けたのかという問題を考えれば一層その混迷を深める。

 

 ディズたちはホグワーツ特急に乗車する直前にマルフォイたちと会っているのだ。“服従の呪文”はかけられた者を見分けるのが非常に困難な魔法だ。

 かつての暗黒時代にはこの呪文によって、誰が敵で、誰が味方か分からない疑心暗鬼の世界となっており、魔法省も大いに手を焼かされたらしい。

 問題は誰がそんな魔法をマルフォイたちにかけたのか。

 マルフォイたちは列車に乗車してから監督生車両に居た筈だ。

 そこにはセドリックやフィリス、そしてグリフィンドールの二人もまた一緒に居た筈で、もしもマルフォイがそこで服従させられたのだとしたら、彼らもまた実は服従させられており、それを隠している可能性は十分に考えられた。

 ただその場合はそれこそ、マルフォイが行動するよりもセドリックかフィリスが咲耶を誘いだした方が確実であり、ついでにハリーを連れていこうとするというのは理に合わない。

 だがそれも周囲の人間を欺き、彼らが服従させられていないと思わせるために裏をかいていて……などと疑心暗鬼に陥ってしまうのが恐ろしいところだ。

 

「サクヤ。解呪できるかい?」

「うん。ちょい待ってな」

 

 ただディズ自身が警戒しているのに加え、サクヤには式神が目を光らせている。

 彼らが妙な動きをしても対処できるだけの自信は、この夏の修行で十分についており、事実それだけの力はあった。

 

「姫様!」「サクヤ!」

 

 襲撃して来る者が列車の中に居る者だけであったのなら。

 

 警鐘を鳴らしたシロとディズが全力で魔法障壁を展開し、咲耶や友人たち、そして拘束してあるマルフォイたちを守ったのと同時、咲耶たちの居る車両を側面から轟炎が薙いだ。

 

「づぅ!!!」

 

 先のクラップやゴイルの魔法とは桁外れの魔力が込められた重い一撃に、ディズとシロの顔が歪んだ。

 

「この魔法は……ッッ!」

「きゃああっっ!!!」

 

 修行中に遭遇した下位の竜種のブレスに勝るとも劣らない高威力の炎熱魔法の放射。

 ディズの全力展開した魔法障壁が軋み、罅割れていく。

 ホグワーツ特急は轟炎の衝撃によって大きく揺らされ、脱線を警戒してか急ブレーキがかかる。

 炎の衝撃に加え急激に減速して揺れるホグワーツ特急。咲耶やハーマイオニーたちの悲鳴が響き、しかしディズはさらに魔力を叩き込んで障壁を補強して攻撃を防ぎ切った。

 

「くっ――――はぁ、はぁ……」

「ディズくん、シロくんッ!」

 

 轟炎が過ぎ去り、ディズは荒い息をついて熱を帯びた左腕を抑え、咲耶はすぐさまディズと式神へと声をかけた。

 だがそれに応える余裕はない。

 動きの止まったホグワーツ特急の、外装が吹き飛んだその外に一体の人影が宙に浮いていた。

 

 

「おやおや。まさか受けきるとは思いませんでしたよ」

 

 

 かつて一度だけ聞いた覚えのある声が愉快そうな口調で話していた。

 

「なっ!!」

「お前はッ!!」

 

 白いスーツに外套を纏った優雅な装い。背中では括られた白銀の髪が風に靡き揺れている。

 瞳は赤く、その顔には魔的な微笑が浮かんでいた。

 杖も箒もなく空に佇む浮遊術。

 

 セドリックやハリーたちは驚きに目を見開いた。

 あの姿を覚えている。

 その身から溢れ出る強大な魔力と存在感。

 

「久しぶりですね ―――― ディズ・クロス君」

「―――― ロキ!!」

 

 2年と少し前、ホグワーツを襲った侯爵級悪魔、ロキが再びその姿を咲耶たちの前に顕していた。

 

 

 

 


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