春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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最終学年

 車両を再編してホグワーツ城に向かった列車は、ホグズミード駅にて待機していた魔法先生たちによって出迎えられた。

 特に咲耶やハリー、悪魔と直接遭遇した生徒たちは急ぎマダム・ポンフリーのもとへと連れて行かれ、保健室にて治療を受けつつ事情聴取を受けた。

 そして何者かから“服従の呪文”を受けたと思われるマルフォイ、および二人のスリザリン生は呪いの解呪を受けた後、そのまま聖マンゴ疾患病院へと送られることとなった。

 

 

「狙いはなんだったのでしょうか、スプリングフィールド先生。捕らえたのですよね、襲撃者を」

「さあな。首から上は回収させたが、まだ氷漬けのままだ。この後ゆっくり聞いておくさ」

 

 保健室に集った魔法先生たち ――ダンブルドア、リオン、マクゴナガル、スネイプ、新任のドーリッシュ。

 マクゴナガルから向けられた問いにリオンは肩を竦めた。

 治療を行っているポンフリーは保健室で緊急会議染みたことを行っていることに苛立ちを隠せない様子だが、当事者であるハリーたちの話も聞かずにはいられないだろう。

 

「数人の生徒が“服従の呪文”をかけられていたのは、例の悪魔の仕業と考えるべきでしょうか、ダンブルドア?」

「ふむ……どう思うかね、スプリングフィールド先生?」

 

 マクゴナガルから推測を求められたダンブルドアはリオンに振った。

 スネイプはもとより猜疑的な眼差しをリオンに向けており、魔法省から派遣されてきた闇祓いのドーリッシュの向けている視線に込められているのも闇の魔法使いであるリオンに対しては警戒するように通達されているのか同様だ。マクゴナガルも瞳の奥に疑念が宿っているようであるが、今回の場合は経緯が経緯だけに闇の魔法使いを黙認しているようだ。

 

 他の魔法使いたちならともかく、老獪な魔法使いであるダンブルドアの思惑はリオンにも読めない。

 この好々爺としたジジイも、やはり魔法使いらしく秘密主義的だ。

 融和政策を推し進めてきた対外勢力に対して、バカ正直にあけっぴろげにはしていまい。

 

「アレの狙いはともかく、そっちの方は咲耶とあのガキを狙ってたんだろ、ボーズ?」

 

 リオンは自身が到着するまでの餌にしていた弟子に尋ねた。

 

「はい。部屋に入ろうとしたドラコ・マルフォイはサクヤに、それからやってきたハリー・ポッターに対してどこかに連れていこうとするような発言をしていました」

 

 ディズからの報告にリオンは不機嫌そうにふん、と鼻を鳴らすと

 

「…………絞れんな」

 

 言葉短く、襲撃者たちの戦略目的がどこにあったのか、決定づけるには不十分だと断じた。

 

 夏休み中、リオンは自身が動くことによって“敵”を釣ろうとした。

 だが奴らは結局動きを見せず、今になって襲撃をしかけてきた。

 それもリオンにではなく咲耶とこちらの世界の子供に対してだ。

 

 ハリー・ポッターはイギリス伝統魔法族にとってはたしかに重要な役目を果たした価値ある少年かもしれない。

 あるいはヴォルデモート一派にとっては憎悪の対象であり、未だに彼の復活のカギと見なしている者もいるかもしれない。

 だがリオンや魔法世界に者たちにとってはそれほど重要な価値はない。

 

 それに対して咲耶は、彼女に手を出すとリオンが釣れるという餌の意味でも利用価値がある。

 あるいは彼女自身の神殺しの力や関西呪術協会に及ぼす影響も考えられる。

 

 咲耶とハリーをどちらも狙ったということが敵の狙いの的を絞れなくしていた。

 

 

「ダンブルドア。まさかあの件が……」

 

 一方で、伝統魔法族側には読み取れたものがなにがしかあったのか、スネイプがダンブルドアに小さく耳打ちした。

 ダンブルドアはスネイプにらしくない鋭い眼光を向けると小さく首を横に振った。

 

「そっちには、心当たりがありそうだな」

 

 

 

 第93話 最終学年

 

 

 

「始まらねーなぁ~……」

 

 仕方ないこととはいえ、大広間ではここに来るまでに起こった異常事態と、いつまでも始まらない組み分け式と、空腹とで生徒たちの間には困惑と不平とが広がっていた。

 

「それにしても……あ゛ぁ~~。もうおなかすいたぁ~~」

 

 机の上に身を投げ出してぐだっているリーシャの愚痴は、ほとんどすべての生徒の気持ちを代弁していた。

 

「我慢しなさい、リーシャ。アナタ最終学年なのよ。下級生の見本になるようにしなきゃ」

「でも無理もない……おなかすいた…………」

「クラリスまで……まぁ、そうよね」

 

 最終学年の監督生としての立場と責任のあるフィリスはなんとか毅然とした風を保とうとしているが、彼女も、そして普段無口なクラリスまでもが空腹を訴えていた。

 

 何事もなかった例年であっても、ホグワーツ特急の長い旅が終わってホグワーツに到着した時点で生徒たちはおなかがペコペコなのだ。

 まして今年は途中でひと騒動あって到着が遅れ、騒動に関しての簡単な調査や手当てなど、色々と時間をとられることになったのだ。

 かといって始業式では新入生の組み分けも行われるため翌日に、というわけにもいかない。

 結果広間ではぐーぐーという音があちこちで響く結果となっていた。

 

「サクヤとクロスは……ああ、来たわね」

「おまたせ~」

 

 広間には事情聴取に連れて行かれ、遅れたディズと咲耶の二人も広間に入ってきて、咲耶はハッフルパフ席に、ディズはスリザリン席にそれぞれ座った。

 

「ありゃ、まだ始まてないん?」

「まだよ。けどいい加減、組み分けを始めてもらいたいわね」

 

 その数分後、ダンブルドアやマクゴナガルがやってきて、新入生の組み分けが始まり、ようやく晩御飯にありつけたのであった。

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 歓迎式“は”無事に終わった翌朝。

 生徒たちは朝食を摂るために大広間へと集い、そこで各寮の寮監の先生から時間割を配布された。

 

「ドーリッシュ先生の“闇の魔術に対する防衛術”は……明日ね」

 

 ハッフルパフのテーブルでスプラウト先生から時間割を受け取ったフィリスは、ひとまず新任の先生の初授業の日程を確認した。

 

「闇祓いの先生だからな。今年は期待できるか?」

 

 フィリスもそうだが、リーシャも、そして多くの生徒がそうであるように、現役闇祓いの授業という看板はなかなかに魅力的に映るらしい。

 

「どうかしらね。まあ、去年みたいなことがなければいいわよ」

 

 昨年度の“闇の魔術に対する防衛術”の教師、“元”闇祓いのマッドアイは、授業こそ素晴らしかったが、その内実、教師が本人ではなく死喰い人。おまけに“名前を呼んではならなかったあの人”の復活のために工作していたなんていう偽物だったのだ。

 それから比べれば、どんな教師だろうとまあ許容範囲だろう……はずだが、

 

「去年だけか?」

「…………」

 

 リーシャの確認にフィリスは無言の返答を返した。

 

 その前年、人狼であったルーピン先生は、体質に問題こそ抱えていたが、まあ授業内容自体はよかった。その体質は学校という場所ではかなりの問題になってしまうのだが……

 そのさらに前年、名高い冒険家にして闇のハンター(笑)ロックハート先生は、もはやなんの授業だったのかすら記憶にない。

 そのさらにさらに前年では、これまた“例のあの人”の配下であったという……しかも授業はとびっきりおもしろくなかった。

 

 これはこの科目に期待するだけ無駄と言うことなのだろうか。

 

「サクヤはどんな感じかしら?」

「あ、話反らした。」

 

 フィリスは咲耶の時間割を覗き込んで、強引にリーシャとの不毛な話題を切った。

 咲耶も苦笑しながら渡された時間割表を見せあいっこしながらおしゃべりをし、おおよそ時間割表を受け取る生徒全員に表が渡った頃合いで、広間の前方からパンパンと注意をひくための音が聞こえて話を中断した。

 前を向くと、グリフィンドール寮寮監にして副校長であるマクゴナガル先生が、相変わらず厳格そうな顔つきで、ぐるりと生徒を見回し、おしゃべりを続けている生徒が居ないかを確認してから、口を開いた。

 

「みなさん! 昨日は色々とありましたのでお伝えしませんでしたが、今年のハロウィーンではとあるゲストがここ、ホグワーツへとやって来ます」

 

 内容はどうやら昨晩伝え損ねた――というよりも時間が時間だっただけに生徒を休ませることを優先させたのだろう――今年の特殊な行事についてだった。

 

「ゲストは魔法界の今後に関わる重要な会談がここで行われるためにやってきます。みなさんの授業見学が目的というわけではありませんが、パーティも開かれるので生活態度を目にすることはあるでしょう。くれぐれもホグワーツの学生として、恥じない行動をとるように普段から心がけてください!」

 

 マクゴナガルはちらりと厳しい視線を自寮の生徒の、特に幾人かに向けて言った。

 

 

 マクゴナガルの話が終わり、朝食時の喧騒が戻ると、そこかしこでマクゴナガルが言ったゲストとは誰なのかを噂しあっていた。

 

「お客って誰かしら?」

 

 ハッフルパフ席のフィリスも当然その一人で、彼女はクラリスやリーシャ、咲耶たちに答えを求めるでもなく尋ねてみた。

 リーシャは肩を竦め、クラリスは無言で首を横に振って不明を表した。

 

「たぶんネギさんちゃうかな」

 

 む~、と咲耶が自信なさ気に答えた。

 

「ネギさん? たしか魔法世界の英雄って人よね?」

「うん。夏休みにそんなよなこと言うとったから」

 

 先の夏休み、日本の魔術協会の本山の一つである咲耶の実家にはいろいろな人の出入りがあった。

 その中にはISSDAのメンバーであり、ブルーマーズ計画に関わっている人もいた。

 特にネギは、咲耶の祖父と親しい関係にあるし、母はネギの教え子の一人だ。

 そこからもたらされた情報は、かなり信頼度が高く、少なくとも魔法ばらしに関するゲストが来ることだけは確かだとわかる。

 

 

 

 

 咲耶たち最終学年の授業、N.E.W.Tクラスはやはり難度の高い授業ばかりだった。

 咲耶の受講している科目は治癒術師のカリキュラムでもあるため、薬草学や呪文学もそうだが、スネイプ先生の魔法薬学やマクゴナガル先生の変身術などは元々厳しい先生の授業が一層厳しさを増しており、受講の継続を許された他の優秀な生徒たちも頭をパンクさせられそうになっていた。

 

 咲耶が趣味で受講を継続している占い学も、近く大きな天文イベントが迫ってきていることもあってトレローニー先生ははりきって星占いの宿題を出していた。

 

「占い学の宿題?」

「うん。来月のハロウィンの日に皆既月食があるから、星占いの宿題がいっぱい出とるんよ」

 

 横から覗き込んで話しかけてきたリーシャに咲耶は羊皮紙に羽ペンを走らせながら答えた。

 

「ふーん。皆既月食ねぇ……占い的になんかあんの?」

 

 きたる来月末、ホグワーツではハロウィーンのパーティが行われるのであるが、おりしもその晩に昇る月は、通常の天体運行においては少し特殊な満ち欠け、月食の日となっている。

 太陽の光を照り返す月が地球の影に隠れ、一晩のうちに満月から半月、新月と刻々と変化していく天体ショー。

 古来よりそういった特殊な天体現象は何かの前触れとされることが多く、トレローニー先生もこれ幸いとばかりに、その誰が見ても分かる現象を不吉な予兆ととらえて予言を撒き散らしているのであった。

 

「トレロニセンセの占いによると、うちは赤い月の光を受けると恐ろし目に遭うらしいわ」

 

 自身に関する不運の予言を、のほほんと語る咲耶にリーシャやフィリスたちはげんなりとした顔になった。

 

「まだ言ってるのかよ、あの先生」

 

 シビル・トレローニー先生。

 高名な予見者の血を引く予言者とは本人の弁だが、実のところ占い学を履修した生徒の多くはそれを信じていない。

 咲耶が4年生の初回のころに託宣され、その後もことあるごとに不運な予言をなされているのと同じように、挨拶と同じような感じであの先生は不運な予言を行うからだ。

 

「五年生に悪しきものを吸引する鷹の星に生まれた人が居ってな。うちの厄災もいつもならそれに引かれていくらしいんやけど、赤い月はそれを越える不運をもたらすんやって」

 

 とりわけ各学年で一人ほど、極め付けに運の悪い生徒を見定めて死の宣告やそれに準じる予言を行うのが、あの先生のパフォーマンスであり、彼女たちの学年では咲耶がその“運の悪い生徒”に選ばれているのだ。

 ただ、その予言は当たらないことで有名であり、他の諸先生方――特に占い学を好ましく思っていない某グリフィンドール寮寮監などはほとんどはっきりとそれが当たらないことを喧伝していたりする。

 

「赤い月ねぇ……」

 

 そもそもトレローニー先生の授業では、彼女の好みの未来――つまりはいかに自身の未来を悲惨なものにするのか、という点に注力していれば受けがよいため、N.E.W.Tクラスの進級を認められなかったリーシャやフィリスはまったく彼女の占いを信じていない。

 ちなみに占い学をとってすらいないクラリスももちろん信じていない。

 

 おしゃべりしながらも、咲耶の羽ペンは羊皮紙に仕上げの文言を書き記し、咲耶は満足そうにそれをしまった。

 

「そういえば、夏休みにお母様から変わった占いのやり方教えてもろたんやけど……」

 

 片付け終えた羊皮紙の代わりに咲耶は鞄に手を入れてガサゴソと何かを引っ張り出してきた。

 

「へぇ~、なにこれ? どうやって使うのかしら?」

「サクヤの占いは当たりそうなんだよなぁ」

 

 占いに使うのだろうが、フィリスたちから見ると用途不明の木製の棒っきれの束。トレローニー先生の占いはあまり信じていないリーシャだが、咲耶の占いは妙に当たりそうだと冗談交じりに言っており、クラリスも多少興味が湧いたのか、口は挟まないまでも顔を向けてきている。

 

「易占いう占いやって。……というわけでリーシャの運勢占ってもええかな?」

「何がというわけなのかよく分かんないけど、まあいいや。よろしく」

 

 言う間に咲耶は手元に黒い布をそれらしく敷いて場を整えていた。

 

 ほんわか笑顔で尋ねられるとリーシャはポリポリとうなじを掻きながら頷いた。それは彼女自身去年から気になっている問題ごとがあるからであり

 

「ほんなら、リーシャの恋愛模様をと」

「オイコラ」

 

 知ってか知らずか、その問題ごとにダイレクトアタックかましてくる天然娘にリーシャはドスの利いた声を響かせた。

 

 昨年訪れた彼女にとっての転機。

 自身の恋心と自身に向けられていた恋心。

 それに関する決着はついていない……とうよりもつけられていない。

 求めるモノと求められるモノが絡んでしまい、どうやれば解けるのかが分からなくなってしまった状態。

 授業の頃からよく一緒に組んでいたリーシャにしてみれば咲耶の占いは先生よりかは信頼してもいいし、気楽なものだ。

 

「あ~たる~も八卦。あたらぬ~も八卦」

「その掛け声はどうなの、サクヤ……」

 

 みょうちくりんな掛け声を唱えながら幾つかの竹の棒をジャラジャラとすり合わせる咲耶に、フィリスは呆れ交じりに呟いた。

 

「え~、これはな、日本の由緒正しい占いの掛け言葉なんよ。とりゃ!」

 

 ジャラジャラとすり合わせていた棒っきれを机の上に勢いよく撒き散らした。竹の棒っきれはジャララと机の上に広がり、模様なんだかよく分からない状態に広がった。

 

「それは占いの仕方としてあってるのか……?」

 

 ふむふむと顎に指を当ててバラバラに散らばった棒っきれを見ている咲耶だが、そんな友人を見つめるリーシャやフィリスの眼差しは胡乱なものとなっており、クラリスに至っては自分の読書に戻っていた。

 

「えっとな~。リーシャは…………あれ?」

 

 フィリスたちにはさっぱりだが、咲耶にはなんらかの結果を読み取れたのか、占いの結果を口にしようとし、しかし首を傾げた。

 ますます心配になるリーシャとフィリスだが、

 

「リーシャ、夏休みにご両親に男の子紹介した?」

「ぶぅっ!! なっ!!?」「はぁっ!!?」

 

 占者から出てきた問いかけに、リーシャは吹き出し、フィリスはぎょっとなってリーシャに振り向いた。ちなみにクラリスの瞳も怪しく光り、素早く本をたたんで身を乗り出してきていた。

 男の子が親と顔を合わせる、という程度ならば、まあ普通にありえそうなシチュエーションなのだが、咲耶が読んだのは“恋愛”の占いだ。そして顔を真っ赤にして慌てふためくリーシャの反応。

 胡散臭い掛け声から始まった謎の占いは、リーシャの真実味を帯びたようなリアクションに、一瞬で格好のゴシップ入手の場となっていた。

 

「えっとな。易の結果が二つあってな。一つはその男の子が出とるんやけど、もう一つは――――」

「うぉらっしょいっ!!!!」

「うにゃぁ!!」「あっ! こらリーシャ!」

 

 ただし、その結果は、発表の最後を待たずに奇声を発して飛びかかったリーシャによって、ほんわか占い師の口が封じられるというものであった。

 

「なんでもねーよ!!」

「なんにもなくないでしょ! ちょっとなにがあったのよ!? ルークと? それともセドリックと?」

「な、なっ!?」

「うちの、見立てではリーシャからじゃなくて、リーシャへの想いの強い――へぶっ!!」

「フィーのラブ臭とかいうのといい、サクヤの占いといい、なんなのこいつら!?」

 

 フィリスのラヴ臭センサーと咲耶の占い。二人合わさればリーシャの夏休みに起こった“青い春”を完全に暴きたてることなど造作もないといわんばかり。

 リーシャはバチンと咲耶の口に手を押し当てて再びその口を封じて絶叫した。

 

「相変わらずにぎやかだね」

「宿題やってんじゃないのか」

「お前らまでこっちくんなぁっ!!!!!」

 

 騒ぎを聞いてか顔を出しきたセドリックとルークには、手近にあったもふもふとしたクッションをブン投げて全力の拒否を示すリーシャであった。

 

 

 

 

 

 忙しくなっているのはN.E.W.Tを控える最上級生たちだけでなく、O.W.Lを控えるハリーたち5年生もであった。

 どちらの学年も授業難度と宿題の量が昨年までとは一線を画すような状況になっており、まだ新学期が始まってからまだ一月も経たない内から、課題の多さに絶叫やうめき声を上げる生徒は多かった。

 

 

 もっとも、修行としてとある魔法先生に教えを受けている生徒――――現在、3対1で暴れまわっている彼、ディズ・クロスほど身体的に厳しい目にあっている生徒はいないだろう。

 

 

 

「ッく!!」

 

 足元から氷柱が槍の如くに突き出し、襲い掛かる。

 短距離の瞬動術で地面を、氷柱を蹴って動き、相手の攻撃を利用して襲い掛かってくる相手を撹乱――

 

「なっ!!」

 

 できてはいなかった。

 襲い掛かる三人の内の一人――リオンがくんっと指を上に向けた瞬間、両腕が後ろに捻られ、両の足首も宙に止められた。

 

 ――魔力糸を飛ばした操糸術っ!!――

 

 ディズは瞬時に魔法の矢を周囲に展開し、乱回転させることで糸を切断。身体を自由にすると、今度は接近してきていた他の二人に対応。

 完全に懐に潜り込まれればディズの技量ではすぐさま詰みになるためにそこまでは踏み込みを許さない。

 小杖を仕込んだ短剣を振るって魔法を放ち足を止める。――が、その内の一体、チャチャゼロは両手に持った大きなナイフを投擲。空気を切り裂いてディズへと2本のナイフが迫る。

 今度は短距離ではなく、思い切って距離を離すために瞬動術で地を蹴った。

 接近を試みていたチャチャゼロと茶々丸´からは距離を離した、だがディズの瞬動での高速移動はリオンの縮地により完全に捕捉されており、“抜き”の直後にはその背後をとられていた。

 攻撃よりも一瞬早く圧し掛かる圧力にディズは反応し、“抜き”の状態から素早く翻身。

 

「ほう!?」

 

 姿くらましによって転移を行いリオンの目前から姿を消した。

 流石のリオンもわずかに驚いたのか軽く瞠目し、しかしすぐさま気配を察知して転移先を見抜いた。

 転移先は背後。

 ディズは右手に持った短剣に障壁破壊の術式を付与してリオンへと切りつけ――

 

「!!」

 

 それを振り向きざまの体術で受け流そうとしていたリオンは、咄嗟に前方に跳んだ。

 瞬間、先程までリオンが居た場所をディズの短剣が横薙ぎに振り抜かれ、リオンの魔法障壁の一つを破壊し、上空から剣が高速で飛来し、その軌跡で十字を刻んだ。

 

 ――これは!――

 

 リオンは十字のその先に、ディズが左手にロザリオを持ち掌打の構えを見せているのを見た。

 退魔の力を宿す銀で作られた十字架。

 

 ――対吸血鬼古式封印術“十字封棺”!!――

 

 十字に十字を重ねて吸血鬼の体に刻み込み、行動の自由を奪う封印術。

 まともに直撃すれば上位吸血鬼に属するリオンといえどもかなりの制限を受ける可能性は十分にあり、

 

「っ!!  ――――が、はっ!!!!」

 

 しかしディズの掌打に対してリオンは踏み込んでそれを躱して、ディズの腹部に後ろ回し蹴りを叩き込んで上空へと蹴り上げた。

 リオンは瞬時に地を蹴り、ディズの背後に回り込み、右拳に魔力を込めて打ち下ろした。

 上から下へ、地面に叩きつけられたディズは床を割ってめり込まされた。

 

「ふむ。以前よりかは随分とマシにはなったか」

「…………」

 

 リオンは半分地面にめり込む形で倒れているディズの横に、しゅと降りると夏休みからの弟子の成長をまずまずと評した。

 残念ながら弟子はそれに答えられていないが…………

 

「十字封棺とはなかなかだったが、俺に近接戦を挑むには実力不足だな」

 

 伝統的儀式術衣則った吸血鬼を封印するための術式。

 たしかに半分とはいえ吸血鬼に特性を持つリオンにはかなり有効な手ではある。

 だがそれも当たらなければ意味がない。

 いかに強大な力を振るおうとも当たらなければ意味がないのだ。特にあれほどの封印術はゼロ距離で当てなければ意味がない。その点でディズの接近戦のスキルは、多少死角を突いた程度でリオンに攻撃を当てられるほどは洗練されていないようだ。

 

 ただ――――

 

「だが……やはりお前は勘のいい奴だな、ディズ・クロス」

 

 答えの返ってこない弟子に、師匠は呟いた。声は小さく、届きはしなかっただろう。

 ただ、その顔には苦笑が浮かんでいた。

 

 勘のいいこの弟子はおそらくもう分かっているのだろう。

 だからこそ今のようなスキルが実際にリオン(上位吸血鬼の眷族)に通用するのかを試した。

 

 吸血鬼――いや、不死者を狩るための手法。

 

 本命の手段が役に立たなかった時の保険。

 

 そう

 

 リオン・スプリングフィールドにとって、終わらせるための相手を滅ぼすための、自身が及ばなかった時に、自分の意思が、アレを終わらせることを望むためのもう一つの駒であり…………そして―――――――― 

 思考していたリオンを回帰させたのはディズがめり込んだ床の中からゆっくりと身を起こした動作によってだった。

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

 “塔”にあるとある一室。

 秘書であるガイノイドすらも席を外してもらった状態で、“彼”は一人の盟友と会っていた。

 

「今度のイギリス魔法界との会談。やはり君が行くのかい……ネギ君?」

「そのつもりだよ、フェイト。イギリスは僕の故郷でもあるし、リオンからの報告にあった悪魔のことも気になるしね」

 

 現代の英雄、立派な魔法使い、ネギ・スプリングフィールドと3番目の使徒、フェイト・アーウェルンクス。

 フェイトは常と変らぬ無表情で盟友にしてライバルの予定に憂慮を示した。

 

「彼と、その剣が近くにある時に君が近づくのは賢明とは言えないと思わないかい?」

 

 今、あの男の手元には“剣”がある。

 人の身を越え、より上位の存在となっているネギであろうとも、いや、かの“闇の福音”ですら滅ぼしうるであろう、不死者に対する圧倒的な“剣”。

 それをあの男――リオン・マクダウェル・スプリングフィールドは手にしている。

 それは非常に危険な状況だ。

 並みの相手ならば、例え“剣”があろうとも、最強の魔法使いの一人であるネギ・スプリングフィールドが討滅されることはない。

 千の呪文を操り、雷神と見紛う姿へと変ずることのできる、使徒をも凌駕する魔法使いがネギという男なのだから。

 だが相手があのリオンならば話は異なる。

 二人に優劣をつけるとすれば、ネギに軍配が上がるであろうが、それでも“剣”をもったリオンが相手ではネギが滅ぼされる可能性がある。

 他の余人ならばいざしらず、今の情勢下でネギにもしものことがあれば、魔法世界の存亡を賭した計画に影響が出る恐れがあるのだ。

 

「リオン君のことを懸念しているのならば、大丈夫だよ。それに咲耶ちゃんだって、彼女は道具じゃない」

「あの男が君と同じ考えだとは思わないことだ。事実彼は近衛咲耶を利用する気なのだろう?」

 

 この件に関して、ネギとフェイトの意見はどこまでも平行線だった。

 どこまでも――そう、あのリオン・マクダウェル・スプリングフィールドが“生まれることをネギが認めて以来”ずっと。

 

「違うよ、フェイト」

 

 フェイトの懸念をネギは穏やかな顔で否定した。

 

 彼にとって彼女が道具だなんてあるはずがない。

 

 たしかに彼女は彼にとって、彼の願いにとって必要な存在だ。

 

 けれども……

 

「リオン君は――――」

「僕は今でもあの時の君の判断が正しいとは思えない」

「…………」

「君が今斃れることは君の計画の頓挫にも繋がることだ、くれぐれも気を付けることだね。ネギ君」

 

 かつて敵対する者同士であった盟友からの、気に掛ける言葉にネギは少し驚いて、そして笑みをこぼした。

 

「大丈夫だよ、フェイト。こちらからの代表には関西呪術協会の代表として木乃香さんと刹那さんにも同行してもらう予定だから」

 

 だからどんな問題が起こってもきっと大丈夫。

 かつての仲間を、そして次の世代に紡がれていく意思を、ネギは信じているのであった。

 


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