――ただ時間だけが過ぎてゆく。
このままひたすらに時間が経てば、解決するだろうか?
解決したとして、それは私が望んでいた答えなのだろうか?
望んでいる答え……それは決まっている。でも、そこで必ずあの疑問に戻ってしまう。
妹紅お姉ちゃんはどう思っているのか?
何十回、何百回とループし続けてきたこれに、瑠梨はついに答えを出した。
妹紅お姉ちゃんにとって、たとえ私がただの迷子でも、どうしても――――
「――ただいま~……瑠梨?」
すっかり茜色が空を覆い尽くした頃、慧音が帰宅した。しかしその慧音の視界に、瑠梨の姿は無い。
奥の部屋……にもいない。台所にも、風呂にも……
家の中に瑠梨がいない。この状況、考えられることは1つしかなかった。
もうすぐ夜になる。まだ里の中にいれば良いが……
慧音は野菜の入った買い物袋をテーブルに落とし、家を飛び出した。もしも瑠梨に何かあったら、自分の失態以外の何物でもない。
「ピンク色の髪の女の子を見かけなかったか!?」
「いえ、見てませんねぇ」
――
「胸に黄色いリボンをつけた……」
「いや……」
自分の知る限り、全ての場所を探し回る。周囲の人にも尋ねてみるが、誰も見ていない。
子供たちが隠れそうな場所も、秘密基地のような場所も、隈なく探したが、瑠梨はどこにもいない。
もしかしたらと一縷の望みをかけて家に戻ってみたが、やはり帰ってもいない。里の中にいない。
それならば……「あそこ」に行ったとしか考えられない。
慧音は瑠梨の無事を祈りながら、瑠梨が行ったであろう場所に向けて走り出した。
迷いの竹林へと――
「――ハァッ、ハァッ……」
竹林を全速力で駆ける。もう日は暮れてしまった。まもなく妖怪たちが活動を始める時間だ。
絶対に瑠梨は妹紅の家へと向かったはず。そこ以外に考えられる場所は無い。
しかし、そこにいるという可能性は低いだろう。この迷いの竹林を、たった1回通っただけで覚えられる者などいない。それでも、絶対にそこにいてほしい。もしもいなかったら……瑠梨が無事だという保証は無くなる――
「妹紅っ!!!!」
いつも欠かさずノックをする慧音も、今回ばかりは焦りまくっていて、それを忘れて勢いよく妹紅の家のドアを開ける。
部屋を見回すが、料理中で台所の前にいる、唖然としてこちらを見ている妹紅以外に誰もいない。
「ど、どうしたの慧音?」
「瑠梨……瑠梨は来てないか!?」
「瑠梨?いや、来てないけど……なにかあったの?」
「帰ったらいなくなってたんだ。里中探してもいなかったから、ここに来たんじゃないかって……」
半日悩まされたその子への感情が、また妹紅の脳裏に蘇る。
私が逃げようとしても、瑠梨はそれを許してくれない。しかも、瑠梨は私を探して1人でまだこの竹林のどこかにいる――
私は確かに逃げたい。瑠梨と仲良くして、また苦しむくらいなら、瑠梨から逃げ続け、孤独のままでいたい。
それが本心のはずなのに……
それが朝出した答えだったはずなのに……
やっぱり本当は――――
もっと瑠梨と一緒にいたい
「2手に分かれて探そう!!慧音は永遠亭の方に行って!!」
「ああ分かった」
暗闇が徐々に視界を奪っていく時間。すでに近くの竹林すら見えにくくなってきている。状況は最悪だ。
確実に妖怪たちは瑠梨に迫っている。もう一刻の猶予も許されない。手分けして瑠梨を探すため、妹紅と慧音は闇に包まれた竹林に駆けて行った――
――一方瑠梨は自身に危険が迫っていることも知らずに、竹林を彷徨っていた。
確か人里に向かってた時は10分もかからないで行けたはずなのに、なぜかもう1時間以上妹紅お姉ちゃんの家に辿り着けない。
迷わないように、里から真っ直ぐに歩いてきたはずなのに、私の後ろに歩いてきた道は無い。
今は何か広場のように丸く開けた場所にいる。周りを見回しても茂みと竹やぶだけで、進めそうな道はどこにも見当たらない。
どうしようかと悩んでいると、奥に見える茂みが音を立てて揺れる。
誰かいる……それが誰かは分からないが、私の期待する人はただ1人しかいない。
「妹紅お姉ちゃん?」
一歩ずつゆっくりと茂みに近づきながら問いかけてみるが、返事は無い。
もう一度名を呼ぼうとした時――
「グアアァァァ!!!!」
茂みから瑠梨の身長の倍はあろうかというくらいの、巨大な妖怪が出てきた。
身体は全身植物のツルのようなもので覆われていて、真っ赤な眼だけが恐ろしく光っている。
「あ…………いやぁ……」
初めて見る妖怪に恐怖で身がすくみ、その場にヘタッとお尻をついた。
赤い眼がギョロリと動き、瑠梨に焦点を合わせる。
逃げなきゃ、逃げなきゃ!!
頭の中ではそう繰り返すのに、体はまったく動かない。
妖怪を見上げたまま、なんとかして逃げようと手で地面をかいて少しずつ距離をとろうとする。
しかし、瑠璃が逃げるのを妖怪が待つわけはない。
妖怪は右腕を高々と振り上げ、瑠梨めがけて振り下ろした。
殺される!!
そう思った瞬間瑠梨は腕を顔の前に持っていき、目を瞑る――――
――いったいどうなったのか?
ゆっくりと目を開けると、自分と妖怪の間に立ち、妖怪の腕を掴む人……妹紅の姿があった。
「この子に……手を出すな」
殺意を込めた目でギロッと妖怪を睨みつける。
その鋭い眼光にビクッと怯んだ妖怪は、ガタガタと震えだすと妹紅の腕を振り払い、一目散に竹林の中へと消えていった。
「……ふぅ、瑠梨大丈夫?」
クルッと瑠梨の方を振り返る妹紅。そこに妖怪に対して放っていた殺気は微塵も無く、まるで妹を心配するかのような優しい表情をしていた。
妹紅に助けてもらい安心したのか、瑠梨の目には涙がこみ上げてきて、妹紅の胸に顔を埋める。
「う……怖かったよぉ~!!」
「もう大丈夫だからね」
抱きついてわんわんと泣きじゃくる瑠梨を抱きしめ、頭をポンポンと撫でて励ます。
そして何回も何回も優しく「大丈夫」と囁き続ける――
「瑠梨!!」
妹紅に助けられてから数分、ようやく泣き止んだところで慧音がやっと瑠梨を見つけた。
妹紅に抱きついている姿を見て安心したようでホッと胸を撫で下ろす。
「あ、慧音――」
しかし慧音は無言のまま、泣き崩れた瑠梨の頬を叩いた。乾いた音が夜の竹林に響く。
瑠梨は少し目を潤ませて叩かれた右頬を手で押さえる。
「いきなりいなくなったら心配するじゃないか!!どうしてこんなことをした!!」
「ちょっと慧音落ち着いて」
いきなり姿を消した瑠梨に対し、見つかった安堵と共に来た怒りをそのままぶつける。一歩間違えば妖怪に喰われていたかもしれないだけに、慧音が怒るのも無理はない。
「だって……」
ただ、瑠梨には瑠梨の考えがある。
「だって、妹紅お姉ちゃんに会いたかったから!!ちゃんとお礼……してないから」
再び出てくる涙も気にせずに、怒る慧音をまっすぐ見上げる。
見ず知らずの自分を助けてくれて、いろいろと教えてくれたのに、そのお礼も何もしないままお別れなんて嫌だった。だから、どうしてもお礼だけは言いたかった。もう一度だけ、ちゃんと会って、話したかっただけだった。
瑠梨のそのまっすぐな視線に、慧音は冷静さを取り戻す。
少しの時間でも一緒にいた人がいなくなり、知らない人の家に預けられれば、こういう行動をとるのは仕方のないことであるとも言える。それに、目を離していた自分にも十分責任はある。
「……まぁちゃんと見ていなかった私にも非があるが、今度からは勝手にいなくなるのは止めてくれよ?」
「うん……ごめんなさい」
素直に謝る瑠梨に、それ以上言うのはあまりにも大人げない。慧音はフッと微笑むとポンと瑠梨の頭に手を乗せる。
「それじゃあホラ、もう1つ言うことがあるんだよな?」
慧音はわき目で妹紅の方をチラッと見ながら瑠梨に言う。それに気づいてか、妹紅は瑠璃が言葉を発するのを待っている。
コクンと頷いた瑠梨は泣き崩れた顔を整えて妹紅の前に行き、声を大にしてどうしても言いたかったことを伝えた。
「妹紅お姉ちゃん、本当にありがとう!!」
一日中ずっとため込んだことを1つの言葉に集約した。
お礼を言われると分かっていても、ここまで面と向かって言われるとさすがに妹紅も照れてしまい、瑠梨からちょっと目を逸らし人差し指で頬をかく。
しかし、すぐに瑠梨の方を向くと、瑠梨と同じ高さまでひざを折った。
「どういたしまして」
ニコリと微笑んだ妹紅、それが瑠梨は本当に嬉しかった。
「さ、早く里に帰らなきゃ」
「あ……うん」
妹紅の一言で、瑠梨の表情が曇る。ちゃんとお礼を言ったということは、これで妹紅とはお別れということ。
瑠梨の脳裏を、あの時と同じ言葉が駆け抜ける。
別れたくない――
「あ~そのことなんだが、妹紅には悪いが、瑠梨を人里に住ませることは出来ない」
瑠梨がそれを口にする前に、慧音が予想外のことを言いだした。
本当のことを言えば、慧音は初めからこうするつもりだった。あらゆるものを受け入れる幻想郷で、別れたくないと願った2人を別つ必要がどこにある?
それに、たとえそうでなかったとしても……この瑠梨の悲しそうな笑顔を見て、里に帰ろうなんて言えるわけがない。
「ちょっ慧音!!それ――」
「妹紅……素直になれ」
全部見透かされた言い方をされ、妹紅はもう言い返せなかった。そこにさらに追い打ちが来る。
「私……妹紅お姉ちゃんと一緒にいたい!!もっと仲良くしたい!!」
私の袖を掴み、瑠梨は見つめてくる。瑠梨の気持ち、それは自分と一緒にいたい。
私の気持ちは……もちろん――
「私も……瑠梨と一緒にいたいよ」
顔を赤らめて、妹紅は自分の本当の気持ちを口にする。
それは、心に思い抱きながらも言葉には出来なかったもの。その先に待つ結末を恐れ、避けてきたもの。
妹紅は、ようやく一歩踏み出したところ。
それでも、そこには――
最高の笑顔を浮かべてくれる少女がいる。未来への不安を全て振り払ってくれる少女が――
「だから……一緒に帰ろう、瑠梨」
「うんっ!!」
妹紅の手をギュッと握る。もう二度と、この手を離したくはない。
そう心に抱き、瑠梨は妹紅に寄り添った。
「……っとと?」
「おっ……と、大丈夫?」
寄り添った瞬間、急に立ちくらみが瑠梨を襲った。ふらつく瑠梨をしっかりと支え、ゆっくりとその場にしゃがみこむ。
いきなりのことに妹紅も慧音も心配そうに見つめる。
しかし、次の瞬間情けない声でお腹が空腹を告げる。
恥ずかしさで徐々に顔が赤くなっていく瑠梨は、ついに妹紅の胸に顔を埋めた。
「ぷっ……アハハッ!!」
「うぅ~」
朝ご飯以来、何も食べていなかったことによる立ちくらみだろうか……
緊張の糸が一瞬で切れ、思わず笑い出してしまう。それがさらに瑠梨の顔を真っ赤にさせ、よりいっそう深く顔を埋めさせた。
「そういえばお昼も食べてなかったもんな。早く妹紅の家でご飯にしようか」
慧音はそう言いながらスッと左手を瑠梨の前に出す。
「そうなんだ。じゃあホラ、瑠梨」
妹紅は立ち上がり、自分を見上げる瑠梨に右手を差し出す。
その差し出された手を瑠梨は少し見つめる。
今朝も見たはずなのに、その時とはまるで違うように見えた。その2つの手をゆっくりと、そしてしっかりと握る。まるで本当の家族に差し出されたかのように温かく、どこまでも私を包んでくれる……そんな風に感じた――
妹紅お姉ちゃんの家に向かう途中、色んなことを教えて貰った。私が思うように、妖怪は人間と仲良くなることはほとんどないらしい。他にも、人里以外の場所には、さっきのように人間を襲う妖怪たちがいっぱいいることとか。
でも……それならどうして妹紅お姉ちゃんは、そういう危険な場所に1人で住んでるんだろう?
妹紅お姉ちゃんも人間なんだから、慧音さんと一緒に人里に住んだりしないのかな?
私の中に、ふとそんな疑問が浮かぶ。でも、それを聞こうとはしなかった。
正直に言えば、そんなことはどうでもよかった。
どこにいようが妹紅お姉ちゃんは妹紅お姉ちゃんで、私の大好きな人であることに変わりは無い。それに、今はその大好きな人と一緒にいられることが嬉しくてしょうがない。
抱いた疑問などすぐに忘れ、瑠梨は今この瞬間の幸せを噛み締めた――