家に着くと、すぐに妹紅お姉ちゃんが夕飯の準備を始めた。今は私を探している間に冷めてしまった料理を、再び過熱している。
その間に、私は慧音さんに連れられてお風呂で体を洗う。
慧音さんが言うには、女の子は常にキレイじゃなきゃダメらしい。なぜか妹紅お姉ちゃんの方をジーッと見ながらそれを言ってて、妹紅お姉ちゃんは聞こえないフリをしていた。
お風呂を終えた頃には、もうテーブルに料理が広がっていた。
急いで椅子に座り、いただきますの合掌をする。談笑しながらも、あっという間に夕飯を食べ終えると、慧音さんが問いかけてきた。
「そういえば、瑠梨はいくつなんだ?」
「この前10歳になったばっかりなの!!」
つい最近誕生日を迎えたことを、瑠梨は嬉しそうに話す。
「おめでとう」と微笑みかける慧音は、年齢を確認するとある提案をした。
「じゃあまだ外では小学生だな。なあどうだろう?瑠梨さえよければだが、寺子屋に通わないか?」
「寺子屋って何?」
「寺子屋は、慧音が先生として子供たちに授業してるところよ。お勉強するところ」
つまり外の世界で言う学校に位置するもの。そこに通わないかという話を慧音はしているわけだ。
「行ってみたい……けど、授業料とか払えないし……」
「へ?」
弱弱しい声で、どうしようもない問題を口にする。それを聞いた妹紅は思わず情けない声を発した。そしてほどなく2人の笑い声が部屋に響く。何か変なことを言ったのか?と、瑠梨はポカンとしてしまう。
学校に通うには、授業料などの多額のお金を必要とする、それが常識である。しかし、その瑠梨の「常識」は外の世界でのもの、常識が非常識の幻想郷では、そんな心配事は無用なのだ。
「寺子屋に通うのにお金なんていらないよ。慧音が好きで授業してるだけだからね」
「じゃあ……私寺子屋に通いたい!!」
唯一の問題がアッサリ解決し、瑠梨の表情はパァッと明るくなる。
「それじゃあ、明日からよろしく頼むな」
「うん、慧音先生!!」
初めて瑠梨の笑顔をちゃんと見て、慧音は妹紅の気持ちを理解した。
ただ瑠梨の笑顔を見ただけなのに、胸の奥まで届くような温かいものを感じる。まるで瑠梨の嬉しさが乗り移り、自分まで嬉しくなってしまうかのような感覚だ。
そして、慧音は妹紅と似た気持ちを抱く。この子に、幻想郷にずっといてほしい、と――
もう夜も更け始める時間。そろそろ寝ようかという頃なのだが、ここで1つの問題が発生した。
妹紅の家には、自分が寝ているベッドの他に、来客用の布団が1つしかない。そして、その布団を敷くと、あと1人寝るスペースなど無くなる。他で寝ることが出来るスペースと言えば、椅子に座ってテーブルに寝るくらいだ。
瑠梨はベッド、ということは2人の間で確定しているため、どちらかが椅子で寝ることになる。
「慧音は布団で寝ていいよ。お客さんなんだからさ」
「いや、妹紅の家なんだから妹紅が寝てくれ」
お互いがお互いに譲り合い、どうにも話がまとまらない。そこにずっとベッドに座って2人のやり合いを見ていた瑠梨が割って入ってくる。
「2人で一緒に寝ちゃダメなの?」
純粋な瞳をパチクリと動かし、2人に問いかける。本気で「どうしてそうしないの?」と思っていることが伝わる眼だ。
半分取っ組み合いになっている2人は動きを止めて瑠梨の方を注視する。
「あ、あのね瑠梨?大人2人で1つの布団はさすがに狭すぎるよ」
優しい口調で妹紅が諭す。確かにその方法を取れば全員布団で寝れるが、おそらく朝起きてみれば、妹紅と慧音のどちらかは布団から押し出されているはずだ。だから瑠梨の提案は、2人の間では議論の余地無しであった。
「じゃあ私と一緒に寝よう?」
慧音と妹紅で寝たら無理。だが瑠梨と寝たらどうだろう?
妹紅は瑠梨に横になるように言いベッドに寝かせる。そしてその横に自分が寝てみると……大丈夫だ。
「これでみんなお布団で寝れるね」
ニコッと笑顔を浮かべ、妹紅と慧音に言う。これでどちらかが椅子で寝ることもなく、万事解決である。2人の頭に、こういう結論があっただろうか?
「まったく、瑠梨には敵わないな」
フッと笑みを浮かべた慧音は、そのまま床に敷いた布団に寝る。
何も言わずとも、瑠梨が一緒に寝たい相手など分かりきっているから。
「大丈夫?狭くない?」
「うんっ」
「そう?じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい、慧音先生!妹紅お姉ちゃん!」
私にとって短いようで、非常に長く感じた1日が終わった。明日から、私にとっても瑠梨にとっても、新しい日常が始まる。
瑠梨となら、絶対に楽しい毎日が待っている。瑠梨の笑顔を思い出すと、なぜかそう確信出来る――
「ん……」
まだ日は昇ったばかりだが、台所にある窓から木漏れ日が射してくる。
慧音は体を起こし、寝ぼけ眼でテーブルの上に手だけを伸ばす。何回か外してテーブルを叩いた後、いつも被っている帽子を捕まえる。
それを被り、目をこすりながら立ち上がると、ベッドで寝る2人が視界に入った。
横になって寝てる妹紅の背中にくっつくようにスヤスヤと寝ている瑠梨。微笑ましいその光景にフッと笑みをこぼした慧音は台所に向かおうと2人に背を向けた。
「慧音」
「起きてたのか、妹紅?」
妹紅は体勢をそのままに慧音を呼ぶ。慧音はそれに反応し、背けた体を再びベッドの方に戻す。
「うん。いつもこれくらいの時間に起きてるから。ただね……」
「ん?」
妹紅はスーッと自分の背中を指さす。慧音がその先を覗き込むと、瑠梨の手が妹紅の服をキュッと人差し指と親指で握っている。
「だから起きるに起きれなくてね」
瑠梨が起きないように声を潜め、少し苦笑いを浮かべる。
「もう離れたくないってことじゃないか?起きた時に妹紅がいなくなっていたら嫌なんだよ、きっと」
慧音はニヤニヤしながら妹紅をジーッと見る。
恥ずかしいことを言われて照れる妹紅は、頬を赤らめて慧音から目を背けた。
妹紅自身も気づいてはいる。
瑠梨は自分にとって何か特別な存在だと、だからこそ今こうして一緒に寝ているのだと。他人と深く関わることを出来る限り避けてきたのに、瑠梨はその隔たりをアッサリ超えてきた。
それは絶対に偶然などではないのだろう。誰かの言葉を借りるなら、そういう運命だった。そう思いたい――
目を逸らしながらそんなことを考えると、自然と笑みがこぼれた。それは普段人に見せるような笑顔ではなく、心から純粋に浮かんだ笑顔だった。
長いこと妹紅と付き合っているが、こんな笑顔は見たこと無い。慧音はそれを嬉しいと思うと同時に、少し寂しく感じた。
妹紅にとって私は……
「あぁ、朝ご飯は私が作るから、妹紅は瑠梨の傍にいてやってくれ」
悟られる前に背を向ける。瑠梨に出来て、自分に出来なかったこと……それがおそらくこの笑顔に繋がっているのだろう。
それを寂しいと感じたのは事実。だが、自分じゃないからなんだと言う?
別にそんなことどうでもいい。妹紅がこの笑顔を浮かべてくれたのだから――