一度だけの指切り   作:ペンタくん

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新しい日常

――昨日同様、さほど時間もかからずに里の入り口まで辿り着いた。妹紅は入り口の手前で立ち止まると、口を開いた。

 

「じゃあ慧音、あとはよろしくね」

 

昨日も聞いたその言葉、それが瑠梨に不安を覚えさせた。

妹紅がまたいなくなるのではないか、と――

 

 

「妹紅お姉ちゃん……」

 

絶対に別れたくない、ということがヒシヒシと伝わるほど、瑠梨は寂しげな表情を浮かべ、妹紅の袖をギュッと握る。

その瑠梨の心情をすぐに察した妹紅は、瑠梨と同じ高さまでしゃがみむ。

 

「大丈夫、ちゃんと迎えに来るからね」

 

妹紅はニコッと笑顔を見せる。

今度は昨日と違う。決して瑠梨をおいていなくなったりしないし、したくない。

 

瑠梨が妹紅に対して抱いてることと同様に、妹紅も瑠梨がいなくなることは嫌なのだ。

 

「だから授業が終わる頃、また会おうね?」

 

「うん!!」

 

 

そこで妹紅と別れ、慧音と手を繋いで里に入っていった。

 

完全に2人が見えなくなったことを確認して、妹紅は踵を翻す。そして帰路に着こうと歩み出した。

どうしても気になった「あのこと」を考えながら――

 

 

昨日、瑠梨は確かに言った。

『名前以外何も覚えていない』と。

でも、夜慧音が聞いた何気ないことに対して『この前10歳になったばかり』とも言っていた。

 

記憶喪失の人間が、何か過去のことを覚えているのかは分からない。少なくとも、妹紅が今まで出会って来た記憶喪失の人は全員そんなことは無かった。でも、これだけは断言できる。

瑠梨は絶対に嘘をついていない。

 

実は記憶喪失じゃないとか、名前だけしか覚えてないのは嘘、とかはありえない。

そもそも、あれだけ無邪気な笑顔を浮かべ、心の底から喜んだり、悲しんだりする瑠梨を疑うことなど、妹紅には考えられなかった。

 

だとすれば、瑠梨の記憶喪失は……

 

「……どういう事なのかな?」

 

つまるところの結論が分からず、1人首を傾げた。

なんとなく瑠梨の記憶を取り戻す手掛かりになりそうな気がしたのだが、ただの考えすぎなのだろうか……?

 

妹紅はずっとあごに手を当てたまま考え込み、そのまま竹林へと消えて行った。

 

 

 

一方、瑠梨と慧音は真っ直ぐに寺子屋に向かい、教室の前まで来ていた。

教室の中からは、子供たちの声がひっきりなしに聞こえてくる。

 

「それじゃあ私が呼んだら入ってきてくれ」

 

「う、うん」

 

みんなの前に出ていくことを考えて、瑠梨の心に緊張感が襲ってきた。ここに来るまでは特に意識しなかったのに、やはり直前になると緊張してしまう。

そんな瑠梨をしり目に慧音は教室に入っていった。

 

1人残された瑠梨には、心臓の鼓動がハッキリと聞こえている。

妹紅と慧音以外の人、しかも同い年の子たちとの対面を目前に、緊張感はどんどん増していく。

 

「――でだ、今日はお前たちに嬉しい知らせがあるぞ」

 

ハッと我に返ると、慧音先生の話が進んでいた。

もうすぐ呼ばれる……

 

瑠梨は自分の胸に手を当てて、大きく深呼吸をする。

そして、いよいよその時が来た。

 

「それじゃあ、入ってきてくれ」

 

気持ちを整え、教室の引き戸に手をかける。

中に入ると、10人くらいの子供たちがいた。その全ての視線が自分に集まっている。

少しぎこちない動きだと自覚しながらも、急いで慧音先生の横まで歩いて行く。

 

「えと……た、立花瑠梨です!!よろしくお願いします!!」

 

勢いよく、深々とお辞儀をする。そしてシーンと静まり返っている中、瑠梨は恐る恐る顔を上げた。

視界に入る子供たちの表情はほとんど変わらず、どちらかと言えば「唖然としている」という表現に近い表情をしている。

 

すぐに仲良くなれるかな……?

 

みんなの表情を見て、少し不安になってしまう。

 

「瑠梨は外の世界から来た子なんだ。みんな仲良くしてあげるんだぞ」

 

「はぁ~い!!」

 

そんな瑠梨の不安を打ち消すかのように、子供たちは手をあげたり、笑みを浮かべたりして返事をする。

一言も会話を交えていないけど、みんなに受け入れられた気がした。

 

「よし、瑠梨の席はそこだ。机の中に教科書は入っているからな」

 

「うんっ」

 

慧音に指差された、一番前の左隅にある空席に向かう。

 

「それじゃあ授業を始めるから、教科書を開いてくれ!!」

 

慧音の声が一段と大きく、教室全体に響く。そして1時限目の授業が始まった。

 

 

「――で、この公式に当てはめるんだ」

 

慧音先生が説明を加えながら、黒板に数字と記号、そして図形を並べる。1時限目は算数の授業だ。

今日は筆算のやり方、円の特徴、小数の足し算だ。慧音先生は細かく説明してくれて、その口調もどんどん熱がこもっていく。

私は黒板に書かれたことをちゃんとノートに書き写す……のだが――

 

(円周率って何???)

 

先生が黒板に書いた、円周率というもの。慧音先生は特にその説明をすることなく、「円周率=3.14…」と書いたのだが、それは私の中に一瞬で疑問を生み出した。

 

(円周率ってなんで3.14なんだろう……?それに、3.14なら、その後の「…」はなんであるんだろう??)

 

瑠梨は淡々と進む説明の中に、瑠梨の疑問を解決してくれるものは無かった。なんとか自分の中で結論を作ろうと、瑠梨は頭をフル回転させて考えるが、当然答えは出てこない。なぜなら「円周率=3.14…」以外の情報を瑠梨は持っていないのだから。

 

「それじゃあ、次のページに行くぞ」

 

小さく「あっ……」と声を漏らすが、ハイペースで進む慧音に質問をかける隙はもう無かった。

次のページに進み、黒板に書かれた円周率も消されてしまう。すぐに声を出せなかった自分にも、やたらハイペースで進む慧音先生にも少しムッとして、教科書を立てて口元を隠し、プーッと頬を膨らませた。

 

(……後で聞けばいっか)

 

ちょっと拗ねはしたが、すぐにそう考えて頬を元に戻す。教科書も元のように机に寝かせて次のページを開く。

そこには練習問題がビッシリと書かれていた。

 

一瞬苦虫を噛み潰したような表情をした瑠梨は、その現実から逃げようとページを戻す。授業を聞き、出来る限りノートをとりはしたが……それを理解しているかは別だ。

 

「じゃあそのページの問題を解いてくれ。しばらくしたら何人かに黒板に書いてもらうからな」

 

(うぅ~……)

 

涙目の瑠梨は教科書と睨めっこしながらなんとか問題を全部解いた。そして当然のように慧音に指名され……やっぱり間違えて怒られた。

 

 

「――よし、じゃあ今日はここまでだ。忘れずに宿題してくるんだぞ」

 

ちょうど教科書の1章が終わり、一段落ついたところで算数の授業が終わった。時計が無いから分からないけど、たぶん1時間くらい授業していたと思う。チャイムも鳴らなかったし、その時その時で終了時間は変わるのだろう。

 

なかなかハードな慧音の授業を初めて経験した瑠梨は、ふぅと大きく息を吐きながら教科書を片付ける。

 

「る~り~ちゃん!!」

 

「わっ……!!」

 

女の子の声と共に、両肩に何かがのしかかりガクッと下がる。それに瑠梨は思わず驚いて声を上げた。

後ろを振り返ると、女の子が3人いて、その中の1人が私の肩に手を乗せている。

 

「瑠梨ちゃんって外の世界から来たんでしょ?外の世界ってどんなところなの?」

 

瑠梨の肩を掴んだ子が質問をしたことが合図のように、クラスのみんなが集まってきた。教室の隅っこに生徒全員が集まり、1人の少女を囲んでいる状況だ。

そして瑠梨への質問攻めが始まった。

 

「外の世界って幻想郷より凄いって本当?」

「里の中で分からないところとかある?」

「住む場所とか大丈夫なの?」

 

男の子も女の子も、みんながみんな一斉に質問を放ってくる。

 

「え、えっと……えっと……」

 

全部の質問に答えたいけど、答えようにも次々と間髪入れずに質問が飛び込んでくる。どうしようもなくわたわたしていると、慧音先生が手を2回叩いて場を静かにした。

 

「あんまり一斉に聞いてあげるな、瑠梨も困ってるじゃないか。それと、外の世界のことは瑠梨も知らないんだ、記憶喪失だからな」

 

慧音先生は私の記憶喪失をみんなに伝えた。すると数秒の沈黙の後に最初に話しかけてきた女の子が口を開く。

 

「そうなんだ。ごめんね、嫌なこと思い出させちゃって」

 

「ううん、全然気にしてないよ?」

 

その気持ちとはすでに今朝決別している。純粋な笑みを浮かべて言葉を返すと、しゅんとして謝ってきた子にも笑顔が戻る。私はそれが嬉しかった。みんな笑顔でいた方が自分も嬉しいし、周りも楽しそうに見える。

 

やっぱり誰かが悲しそうな、寂しそうな表情を浮かべるのを見るのは嫌だから、少なくとも自分はそういう表情を見せない。そう胸に強く思い、休み時間・昼食・授業の合間でもずっと笑顔を絶やさず友達と話した。

 

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