虚空を翔ける鋼の騎士   作:匿名希望

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第一部完結するので初投稿です。
十四話もエピローグも微妙な長さなのでくっつけてみたら過去最高の文字数になりました。阿呆みたいに長いです。
ここまで読んでくれた方々に対して、今更注意喚起は必要ないでしょう。

言うなれば、一つだけ。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
この後も物語は続きます。しかし何はともあれ一区切りです。
途中で何ヶ月も開けたりしましたが、それでも見続けてくれた方には心の底からのお礼を。
この投稿の後に見始めて下さった方にも、同じく感謝を。

それでは第十四話、始めさせて頂きます。





第十四話──エピローグ

ずっと昔の話だ。

 

 

俺はそれをひたすらに追い続けていた。

 

それを守ろうとして、守られて。

 

助けようとして、助けられて。

 

 

 

それでも、きっと何かできるだろうと、戦い続けて。

 

西暦の最果てに、俺は揺り籠を守る事ができた。

 

 

 

俺の俺たる原動力。

 

生き方を教えてくれた人。

 

 

 

 

 

そんな人の名前は──────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──そーきくん!』

 

かちり、と。

意識の狭間で、二つの魂が噛み合う。

 

大丈夫、俺は俺。

天童蒼騎で御童陽彩だ。

だから、そんな声を出さないで────

 

「────アルトリアスさん」

『違う、陽彩!ごめん、なんか間違えた!』

 

左の剣でウラヌスを押し留める。

剣の使い方、やっと思い出した。

一度死にかけないと十分に剣も振れないなんて、俺はどれだけ鈍いんだか。

 

「……キマリス、頼めるか?」

『承知。アスタロト、世話になった』

「今更ね。行きなさい、キマリス」

 

彼女にはオーリスの下に居てもらう。

アルトリアスさんのクローンなのだから、適性はあるだろう。

 

さて。

俺はずっと、焼べる薪を間違えていた。

 

負の感情は一過性だ。

怒りは悠久の時間が鎮め、憎しみは復讐を終えれば燃え尽きる。

 

しかし。

どれだけの刻を経ても衰えず、何があろうと消えたりしない。

 

そんな感情(あい)が、ここにある。

 

 

 

───────《Chi》───────
──────《Va》──────
───『ReversalShift:OverDrive』───
──────《L》──────
───────《Ry》───────

 

 

 

この焔はきっと、燃え尽きない。

 

「オーリス、いける?」

『まだ戦える。ラプラスも限界だけど、死に損ないくらいなら抑えてみせるよ。なるべく急ぐから』

「よし。アスタロトはゼロの所に行ってくれ」

「良いの?確かに足手まといかもしれないけど……」

「二人共心配なんだよ。ゼロだってかなり無理してたみたいだし」

 

本来の紫色の魔力が翼に宿り、アスタロトは身を翻す。

バエルもキマリスも出て行ってしまった以上、彼女はもう戦えない。

死に体の体を三人分の魔力で無理矢理に動かし続けていたのだから、これ以上戦わせる訳にはいかない。

 

「アリサ、聞こえる?」

『聞こえてるよ』

「クレイドルに戻って。ベリアルの企みがやっと解った。アルティエさんには見えてるだろうから、一緒に帰る場所を守ってほしい」

『…………解った。バルバトス、借りてくよ』

 

一度五千年前の事を思い出してから、やっと気が付いた。

ベリアルはそもそも、あの時から準備を進めていた。

たかだか怪異(ホロウヘイズ)程度の戦力で満足するような性格じゃないんだ、あいつは。

 

アリサとアルティエさんだけで大丈夫かどうかは、ちょっと解らない。難しいところだ。

せめてバルバトスが万全なら、無双ゲームのように蹴散らしてくれるのだろうが。

 

『余所見とは……嘗めた真似を!』

「悪いが油断はしてない」

 

ずっと自由にしていた右の剣で、振り下ろされる大剣を受け止める。

赤い炎の残滓を乗せれば、黒い魔力にだって対抗できた。

 

『時間切れのようだな』

「どうだろうな。俺はまだ生きているぞ」

『五千年前の焼き直しだ。もう一度殺してやる!』

 

蒼い焔が機体から立ち昇る。

確かに熱いし、身を焦がすような熱量を感じる。

だがこれは、俺を直接焼いている訳ではない。

当然だ。無理矢理に燃やされた感情ではなく、これは俺自身の持ち合わせた心意の発露だ。

俺が抱えた感情で、俺自身が焼かれる事は無い。

 

「バエル、桜花は?」

『無事ですが、戦闘に耐えられる程ではないので待機させています。マスターの中は相変わらず居心地の悪い、殴って良いですか?』

「お前ほんと変わらないな……」

 

ウラヌスを蹴り飛ばし、剣を投げつける。

 

「五千年前のリベンジだ。今度は殺してやる」

 

突き刺さったそれを更に蹴り込んで、魔導炉に直接ダメージを与える。

 

『野蛮な戦い方を……』

「嫌いじゃないだろ?」

『あなたはわたしを何だと思っているのです』

「だってお前割とがさつじゃん」

『殴りますよ』

 

深く刺さった剣を抉るように引き抜き、追撃の構え。

しかし脇腹が再び痛みを発し、動きが止まる。

 

『マスター!』

「止ま、るな……!」

 

ブースターから炎を吐き出して強制的に回避。

痛みは悪化したが、致命傷は避けた。

 

更なる追撃を前にして、ウラヌスに影が覆い被さる。

互いに動きが止まった世界で、その影の主だけは飛翔を止めなかった。

 

『アリアス=ヴェイン・()()()()()()!戦線に復帰します!』

 

光を束ねた実体剣が、ウラヌスの背中に勢い良く突き刺さる。

血飛沫の中から現れた切っ先には、黒く光る心臓──魔導炉があり。

刀身を滑り落ちていくと、やがてそれは地上へと姿を消した。

 

『あ、あ────』

『今度こそ終わり。五千年よ、復讐劇は存分に楽しんだでしょう?』

「…………終わった、か」

 

焼け落ちた半身が、徐々に消えていく。

世界に溶け込むように、光に同化するように。

夕陽が、その光景を静かに映し出していた。

 

『こんな……これが、ワタシの最後か」

「トドメが必要か?」

「は……愉快な話だ。こうまで完膚なきに仕留められるとは』

『不気味なやつ、さっさと消えなさい』

「混ざっているぞ、小娘。精々気を付ける事だ、レイリッターの亡霊……」

 

不敵に笑い、ウラヌスは黒い魔力の剣を手放した。

 

「ワタシは……仇を討ちたかっただけなのにな。ベリアルに付き合い、人間の敵で居るうちに、どうしてこんなにも汚れてしまったのか」

「良心に訴えかける相手を間違えてるんだよ、お前は。そもそもの話だ。仇討ちは、自分でやるものだろ」

「そうか…………そう……だった、な……。

 ────馬鹿、だなぁ……わたし…………」

 

粒子と化して、ウラヌスが消える。

今度こそ、終わりなのだろうか。

魔弾は代替わりするものだったが……魔神がどうなのかは、俺も知らない。ゼロならば、知っているだろうか。

 

ふと、痛みを思い出した。

 

脇腹、左腕、両足、そして心臓。

 

「なあ、オーリス」

『うん』

「俺ってさ、左腕火傷して、脇腹斬られて、最後の攻防で両足も駄目になってるんだよね」

『……うん?』

「クレイドルまでよろしく」

『陽彩っ!?ああもう、締まらないなぁ!』

 

 

 

───────《Chi》───────
──────《Va》──────
───『SystemDown:BurstEnd』───
──────《L》──────
───────《Ry》───────

 

 

 

 

 

 

 

 

起きろ、鼓動を止めるな。

抜け殻一歩手前のこんな体でも、まだ果たすべき事が残っている。

だからまだ死ぬな、正義の味方(アスタロト)

 

「……律儀なものだね、君も」

「最初の友達を特別扱いして悪い?」

「冥利に尽きるさ。どうせ特別なら、最後の一日を一緒に過ごしてくれても良かったと思うんだけどね」

「貴女の悪趣味、五千年前から大嫌いよ」

 

長剣を持ち上げた手が震えている。

もう体を維持するだけで精一杯なのに、更にここへ新たな魔導炉を取り込んだらどうなる事か。

でも、やらねばならない。

陽彩はその前提で、私を戦力に数えたのだから。

 

「遺言、付き合ってくれるかい?」

「五分までよ」

 

一つ、長い息を吐いた。

五千年の旅の終わり。

潰えた目論見の残骸を前にして、彼女は何を思うのだろう。

 

「最後の足掻きまでもが呆気なく潰されたのは、正直言って想定外だった」

「だって陽彩、蒼騎よ?貴女の思惑くらい、見通しているわ」

「……君のその神聖視は辞めた方が良いかもしれないね」

 

珍しく苦笑するベリアル。

自覚はあるが、まさかこいつに言われるとは思わなかった。

 

視界に映るクレイドルは無事だ。

周辺空域には何もないが、つい先程までは大量の怪異と新種の生体兵器が大量に存在した。

己の生命を引き換えにそれらを殲滅したのはベリトとバルバトス。二人は既に消滅した。

次代の二席は、どうなる事やら。

 

「ねえ、アスタロト」

「何よ」

「もしも私達が逆だったら、蒼騎を守るのは私だったのかな」

「……さて、ね」

 

考える必要のない事、考える意味のない事。

そういう事を考えるのは、大の苦手なのだが。

 

「でも、ベリアルみたいな変態が、陽彩に受け入れられるのかしら?」

「好きな人の前でくらい、可愛い私で居るさ。現にそうだったろ?」

「ひょっとしてもうそこまでイカれてるの?」

「まさか、冗談だよ」

 

夕陽が沈む。

どれだけの間、この世界で戦っていたのだろうか。

八千年もの悠久の時間は、一個の生命として戦い抜くには、少しばかり長過ぎたのかもしれない。

 

「怪異の生産プラントは地上に封印されている。まだ起動していない所もあるけど、直に全部稼働する。そして、私が居なくても悪を担う存在は何処かに生まれる」

「解っているわ」

「ねえ、アスタロト」

 

もう一度、問い掛けられる。

今度のそれは、答えを求める問いではなかった。

 

「私ね、ずっと正義に憧れてたんだ」

「……そう」

「だから、正義の味方を真っ直ぐに目指せる君が、私には眩しかった」

 

ずっと知っていた事だった。

だけど。

 

「私、臆病だからさ。こんな奴が正義の味方になんてなれるのかって、悩む度に引っ張られて。気が付いたら、自分でも止まれなくなってた」

「……」

「もし……もしも、だよ。私に、次があるのなら。もう一度を願う事が、許されるのなら」

 

初めて、その涙が溢れる所を見た。

 

「今度こそ、私は正しい事をできるかな」

 

祈りを込めて、剣を持ち上げる。

手はもう震えなかった。後はただ、全てを込めるだけ。

 

「ねえ、アスタロト。ずっと、言いたかった事があるんだ」

 

きっとそれが最後の言葉。

私はそれを聞く為に、ずっと戦い続けてきた。

 

「ありがとう」

 

黒い長剣が、夕陽を浴びて金色に輝いている。

刃に映るその光景を、私は絶対に忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしてベリアルは斃れ、クレイドルに迫っていた危機は退けられた。めでたしめでたし、と。

 

え?解りづらい?

そんな事言われてもな……俺寝てたし。

いや、確かに当事者だけどさぁ。

 

そんなに気になるならアルティエさんかアリサにでも聞いてくれ。最後の戦いで活躍したのはあの二人だからさ。

アスタロトは……暫く寝かせてやれ。ずっと走り続けてたんだ。

 

そういえば、お前の傷は良いのか?

アーガナだって、結構深手を負ってたと思うんだけど。

……そうか。なら良かった。

アスタロトには礼を言っとけよ。

 

 

 

そろそろ時間か。行かないと。

ベリアルが居なくなっても、一日も放置すれば怪異はまた出てくる。まだ休めそうにないな。

 

ああ、それと。

お前の呼び方な。

アーガナが嫌なら、アグニって呼ぼうと思うんだけど、それで良いか?

じゃあ、これからはそういう事で。

 

遅刻するとゼロに怒られるからな、行ってくるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クレイドル04及び06襲撃事件に端を発した一連の戦闘は、暫定的にクレイドル07攻防戦と名付けられる事になった。

魔神の存在が世の明るみに出る直接の原因となった事で、俗称は魔神戦線。空に住まう全ての人々に、この戦いは瞬く間に広まっていった。

 

あの戦いに対する反応は複数。

揺り籠を守った契約者(テスタメンタ)や魔神への称賛、感謝を送る者。

魔神という危険な存在を秘匿していたクレイドル管理者への批判。

そして、それらを置いて怪異を討滅すべきという、いつも通りの意見。

 

ずっと考え込んでいた俺に、ベッドの上のアスタロトが首を傾げる。

 

「陽彩?」

「……何でもない。それより、お前はどうなんだ?傷の方、少しは良くなった?」

「回復はしてるわ。ベリアルの中にあった物も、一度は私が持っていた物だしね」

 

空歴4996年。揺り籠が空に打ち上げられてから、もうすぐで五千年。

西暦の終わりからそれだけの時間が過ぎたのに、人は変わらずに地球で生きている。

 

アスタロトの座るベッドに突っ伏して、ゼロが寝ている。

ここ最近はずっと戦い詰めだった。元より長時間の戦闘ができないゼロにとっては、地獄に等しい時間だったのだろう。

それでも無理を通して頑張ってくれたのだから、今はゆっくりと寝かせてやりたい。

 

「陽彩、私ね。やる事終わらせたら、全部どうでも良くなっちゃったの」

「あまりふざけた事抜かすと殴るぞ」

「仕方無いじゃない。明確な悪が居なければ、正義を示す事はできない。(ベリアル)が消えた今、正義(わたし)が倒すべき相手は居ないのよ」

「……戦う為に生まれた訳じゃないだろ、お前は」

 

空虚なアメジストの瞳が、虚空を見つめている。

その気持ちも、解らないでもないけど。

 

「それにさ、アスタロト。お姉ちゃんなんだろ?だったら、最後まで弟の面倒は見ていけよ」

「…………ふふ。そうね……そうだったかしら。だったら……まだ、死ねないか」

 

アスタロトとは思えない程、穏やかな瞳。

いつも凛としていた彼女らしくない。

いや、これこそが彼女の本来の表情なのだろうか。

 

「……そんな顔を見るのは久しぶり」

「起こしちゃった?」

「最初から起きていた」

 

少し眠そうな顔で、プラチナブロンドの少女が起き上がる。

 

「少し、席を外す」

「良いのか?」

「アスタロトの無事が確認できたのならそれで良い」

 

言うや否や、さっさと寝室から出て行ってしまう。

……どうしてだろう。目を覚ましてから、ゼロが冷たくなった気がする。

 

「……拗ねてるのね、あの人。可愛い所もあるんだ」

「拗ねてる?ゼロが?」

「ええ。だって、やっと振り向いてくれた人が、昔の恋人の名前なんか呼んでたら、寂しいものでしょう?」

 

昔の……というと、アルトリアスさん、か?

いや、でも、ゼロは…………。

 

そうか。ゼロはアンドロマリウス、セラフィなんだ。

ずっと失念していた。

好きだと思っているのは俺だけじゃなかったって事を。

 

「馬鹿だなぁ俺。ちょっと話してくる」

「ふふ、行ってらっしゃい。後で改めて、お話聞かせてね」

 

微笑んだアスタロトに見送られ、寝室を出る。

行きがけに扉を閉めて、廊下を見渡す。

クレイドル07は俺の家だ。どこまで行っても、必ず追い付いてみせる。

 

「バエル、手伝ってくれ。まだ遠くまで行ってないと思うんだけど……」

『目の前の光も見失いましたか?わたしが居なくともすぐに見えるでしょう』

 

この魔弾まるで言う事聞かないんだけど。

キマリスと交換してくれないかなぁ。

 

ぼやきは心の裡に閉じ込めて、廊下を走り出す。

何となく、だが。

アンジェだと思えば、どっちに行ったかは予想がつく。

 

一分ほど走って、建物の外へ出る。

そのまま裏手に回り、影になっている中庭に入る。

 

「やっぱり居た、ゼロ。ちょっと話に付き合ってくれ」

「……陽彩」

「嫌だって言っても捕まえるけどな」

 

プラチナブロンドの髪を風に靡かせて、彼女はそこに佇んでいた。

陽の光が当たらないここでは、その金も輝きが陰っていた。

 

「えっと、さ。色々と、複雑なんだけど……何から話そうか」

「なら、私から一つ」

 

昏い金の瞳が、こちらを真っ直ぐに見据える。

姉妹なだけあってそっくりな顔付きだ。

でもそう言うと、彼女は恐らくまた拗ねるのだろう。

 

「姉様に勝てないのは知っている。だから、わたしは二番でも……構わなくはないけど、良い。でもだからこそ、わたしを見るなら、ちゃんと見て」

「……ごめん。何言っても言い訳になっちゃうな」

 

過去に縋るのは、悪い癖なんだろうか。

それでも、ゼロを見ると思い出してしまう。

幸せな記憶を象徴する、大切な一人なんだから。

 

「俺、未練がましい人間だからさ。きっと、アルトリアスさんの事を忘れたりはできないと思うんだ」

「……ん」

「だけど」

 

それでも、と言えるのは、それだけ成長したのだろうか。

或いは、単に強欲になったというだけの話なのか。

 

「今は、お前が一番だよ。ちゃんとゼロだけを見るから、それで許してくれ」

「……嘘つき。浮気性のくせに」

「手厳しいな……」

 

小さく、本当に小さな笑みを浮かべて、ゼロはそっと空を見上げた。

五千年前と変わらない、抜けるような青空。

あの先の宇宙が、昔よりは近くなった筈なのだが。

今もまるで、星には手が届きそうにない。

 

「別に、わたしだけなんて我が儘は言わない。アリアスも、アリサも、もしかしたらアスタロトも。目移りしたって良い。君の世界にわたしが居れば、わたしはそれで良いよ」

 

彼女に釣られて空に視線を移すと、その瞬間にゼロの姿が消えた。

慌てて周囲を見渡すと、真上にセラフの姿があった。

純白の熾天使は、最早一切の武装は持っていない。

ただ己が主を空に飛び立たせるための翼のみを携えて、彼女はそこに毅然と立っている。

 

『私はアンドロマリウス。

 そしてわたしは御童零。

 最後の魔弾にして、世界の均衡装置。

 最初の魔神で、地球の意思の代行者。

 でも、今は────』

 

呼応するように、俺の背中に翼が現れる。

金色のそれは、左側だけが赤く染まっている。

誰かさん、未だに俺を助けてくれるらしい。

 

『────君の、パートナーだ』

 

差し伸べられた手を掴むと、ゆっくりと体が持ち上げられていく。

 

あの日掴んだ流れ星。

バエルの名を冠する奇跡を手にしたあの日から、俺はずっと戦い続けた。

契約者(テスタメンタ)として、一人の人間として。

 

何も解らないままに戦場に巻き込まれ、それでもアルトリアスさんの力になりたくて。

そうして守った揺り籠で、俺はまた生まれ直した。

今ここで俺は再び、奇跡に手を伸ばしている。

 

『わたしで良ければ一緒にいこう、陽彩』

「今度は……今度こそ、死ぬまで一緒だ、ゼロ」

 

情景が蘇る。

 

ずっと昔に見た、光。

夜空を翔ける金の騎士が、世界を守る夢。

 

どうだったかな、天童蒼騎。

御童陽彩は、夢に見たような存在になれたかな。

 

ああ、きっと。

今の俺は、思い描いた幸せを掴んでる。

俺の願った、他でもない俺になれた。

 

そう確信し、自分の翼で羽ばたく。

今は剣は要らない。

ただこの翼で虚空を翔ける、それだけで良い。

 

 

 

 

 

 

魔神戦線終結から一週間。

生存した全員の怪我が完治したので、祝勝会を開く事に。

未だに契約者(テスタメンタ)不明のアルビレオを除き、あの戦いを生き延びたみんなでクレイドル07に集合した。

 

「という訳で、珍しくもこれだけのメンバーが集まっての宴会です。普段は話さない相手とも話してみたりして、是非親交を深めていってくれ」

 

なんで俺が音頭を取る必要があるんですか。

 

不満は飲み込むとして、開幕の挨拶を終える。

集まったのは、契約者(テスタメンタ)組のほぼ全員と、あの戦闘に参加した魔弾と魔神。

因みにバルバトスはしれっとアスタロトの中に居る。お前死んだんじゃなかったのか。

 

「お待たせー!遅刻したけど、アーガナもちゃんと連れて来たよ!」

「姉さん、離して。もう歩ける」

 

オーリスに抱えられてアグニが到着したので、これで揃った事になる。

改めて乾杯して、俺はそそくさと端に逃げる。

視線が怖いのが何人か居るので、同じく端に居たアスタロトの下へ。

 

「……アンドロマリウスじゃなくて良いの?」

「今のお前が一番怖くない」

「そうかしら」

 

正直オーリスやゼロに比べればアスタロトなんて全然可愛いと思う。

あの苛烈さが向かうのは敵だけだし、彼女が俺の敵になるとは思えないし。

 

「じゃ、乾杯」

「なんだ、それ?洒落た色してるけど」

「カクテルよ。飲みたい?」

「遠慮する」

 

グラスを合わせて、小さく鈴のように音を鳴らす。

 

「酔うなよ?」

「既に酔ってるから平気よ」

「安牌が地雷だった」

「気が抜けている証拠ですよ、陽彩。如何にアスタロトが腑抜けているからといって、魔神を相手に油断してはいけません」

「アルティエさんどこから出てきたの?」

 

アスタロトとは反対側から突き出されたカップとかち合わせ、再び小さく鈴を鳴らす。

いつもは黒いその義肢(うで)が、今はとても人間らしいものだった。

 

「義肢とは思えないくらい精巧だね、それ」

「ゼロは優秀ですから。暇潰しに少しずつ作っていたようです」

「急造品って訳じゃなかったのか」

 

カップの中身、紅茶と思われるそれを飲み干すと、アルティエさんは長い息を吐く。

あの戦いで一番負担を強いたのはたぶん彼女だ。シェキナーはただでさえ、戦闘時の負荷が大きいのだから。

 

「アスタロト」

「なに?」

「オリジナルから伝言です。今のあなたは斬ろうとは思わないし、斬れそうにない。だから、勝ちは預けておく、との事です」

「……自分で伝えろと言うに」

「素直じゃないですから、オリジナルは」

 

何の為の祝勝会だと思っているのやら。

まあ、オーリスらしいと言えばそうなんだけど。

 

「そういえば陽彩、怪我はもう良いのですか?」

「大丈夫だよ。軽い火傷と切り傷だったから、すぐ治った。アスタロトも居たからね」

「そうですか」

「何が軽い火傷なもんですか。骨まで焼けてたでしょうが」

「原型残ってたら軽傷なんだよ」

「五千年前とは違うのよ?」

 

バエルも居たし何とかなると思ってた。

今は反省している。

 

「アルティエさんの方は?」

「僕は特に何も、少し疲れた程度です。オリジナルのように頭を撫でて労う事を所望します」

「もしかして酔ってる?」

「少しだけブランデーを貰ってきました」

「駄目みたいですね……」

 

この人は酔ったら訳の解らない事を言い出す、と。

クローンだからか知らないが、大元と同じ性質なんだな。

 

「というかアルコール大丈夫なの、年齢的に」

「僕は十八ですよ?」

「えっ」

「冗談です。たぶん同い年ですよ」

 

真顔で天然入るとどうしようもないからどうにかしてくれ。

そう思っていると、救世主が現れた。

 

「陽彩お兄ちゃん、姉さん借りてくね」

「アーガナ?待ってください、時間はまだ……」

「一周するまで待機。次はアリサお姉ちゃんの番だよ」

 

一体何を以てして定められた何の順番なんだ……?

 

「そういう訳で、交代だよ、アルティエさん」

「……アリサ相手では無理も言えませんね。オリジナルだったなら……」

 

アルティエさんはそろそろ姉を丁寧に扱ってやってくれ。

 

「それじゃ、次の相手は私が務めるね」

「……何だかそういうお店みたいね」

「変な事言うのは辞めろよアスタロト」

 

本当に変な気分になったらどうする。

 

「とは言っても、改まって話す事も無いんだけどね。とりあえず、陽彩が無事で良かったよ」

「……直前にさ。ちょっと、迷惑掛けた」

「良いよ、今更」

 

控えめに差し出された小さなグラスの縁に、優しく自分のグラスを当てる。

アリサは果物系のジュースを飲んでいるらしい。

漸く普通の飲み物を飲んでいる相手が居た。

 

「そういえば、あの時にも言ったけど、ちゃんと言葉にしておくね」

 

一旦グラスを置いて、話に耳を傾ける。

できるだけゼロの方は見ないように。

 

「陽彩、好きだよ。君が私を好きになるかは解らないけど、誰よりも君を好きになる自信はある」

「……アリサ、その」

「解ってるよ。無理を言ってるのは知ってる。だけど、知っていてほしいんだ。君の事をとっても愛してる女の子が居るって事を」

「いや…………契約者(テスタメンタ)同士はさ、互いに束縛が多いと思うんだ。オーリスはまあ、なんか自由だけど」

 

本当になんであいつはあんなに自由奔放なんだろうな。

 

「俺もお前も、まだ戦わないといけないからさ。だから、お前と向き合うのはそれからにしたい。せめて、真剣に向き合いたいから」

「…………」

 

ゼロにはあんな事も言ったけど。

契約者(テスタメンタ)ってのは、制約も多いし、死の危険がある仕事だ。

いつ死ぬか解らないのに、共に生きるなんて無責任に過ぎると俺は思う。

だから、全部終わらせてから。

 

「優しいね。別に、私の言葉なんて無視しても良かったのに」

「こんなんでも幼馴染だろ、俺達は。無視なんてできるか」

「そうだったね。最近、ずっと遠い所に行ってるような気がして……陽彩がちゃんと戻ってきてくれて、良かった」

 

心配を掛けたのは変わらない。

それは、取り繕えないからな。

 

「よし、言い切った。アリアス、次」

「はーい、正妻の登場だよー」

「は?」

「なんかわたしだけ当たり強くない……?」

 

落差が酷すぎる。チェンジで。

 

「にしてもお前、左目赤くなるといよいよあの人(アルトリアスさん)に似てきたな」

「そう?」

 

ウィンクと共に突き出されたグラスを打ち鳴らし、通過儀礼と成す。

 

「ま、大本のオリジナルだからね。似てるのも当然でしょ」

「……クローンだって事、何か思った事は無いのか?」

「別に。わたしはわたし、アリアス=ヴェイン・オーリアルだから。レイリッターなんて名乗っても良いけど、どうせならそれはアーガナに譲るよ」

「……そっか」

「だから陽彩、こんなに器の広いわたしを、君の物語のメインヒロインに据えても良いんだよ?」

「せめて文脈を繋げろ」

 

メインヒロインはゼロなんだよなぁ……。

 

「あ、それからアスタロト」

「聞いた」

「そ。なら、良い」

「当分は預かっておくわ。しがらみが無くなった時、本気の貴女と戦わせてね」

「……勿論」

 

不敵に笑うと、オーリスはグラスを一気に傾ける。

中身が何だったのかは解らないが、たぶんハーブティー辺りだろう。あいつが飲める洒落た物なんてそれくらいだ。

 

「後は二周目にね。桜花、代わるよ」

「はいな、オーリスさん。という訳で少しだけ付き合ってね、陽彩」

「……回転寿司」

「おいアスタロト」

 

言ってはいけない。

思ったとしても口にしてはいけない事もあるのだ。

 

「まず、助けてくれてありがとう、陽彩。こうやってまたクレイドルに戻れて、本当に感謝してる」

「あまり早く行けなくてごめん。無事で良かった」

 

四度目、グラスをまた鳴らす。

桜花は何を飲んでいるのだろう。色合いからしてミルクが入ってそうだが。

 

「それにしても女の子ばっかりだね。息詰まらない?」

「言われると緊張する」

「じゃ言わない」

「……性別が偏るのは魔導炉の……いえ、契約者(テスタメンタ)の性質ね。適性の出現には一定の波がある。今回はたまたま、そういうタイミングだったってだけよ」

「じゃあこのエロゲみたいな展開の後は乙女ゲーになるの?」

「さあね」

 

桜花にまで言われるなんて思ってもいなかった。

 

実はクレイドルに生まれてから、未だにラプラスの整備士くんと家の近所で遊んでる子供以外の男と話した事がない。

契約者(テスタメンタ)だからって引いた目で見てくるのはどうなのだろうか。

 

「ま、そうなる頃には私は君共々お役御免だろうけどね。それまで、元気にやってこうか」

「もう墜落すんなよ?」

「寧ろ初めての操縦でいきなり戦闘できた陽彩がおかしいんだよなぁ……」

 

切羽詰まってたら人間誰だって限界は超えられる。

まあアリサが来なかったら俺も墜落してたんだろうけど。

 

「うーん、ネタ切れです。何かある?」

「特には。桜花とは割とよく話してるしな」

「遠いのに結構会う事多いもんね。別に話したい事はいつでも話せるし……アーガナちゃん、交代ね」

「ん。アンカーはわたし、アグニが務めます」

「やっぱり回転……」

「アスタロト」

 

酒が入ると余計な事ばかり言うようになるのかこいつ。

普段が有能なだけに駄目さ加減が目立つ。

何と残念な姉なのか。

 

「そもそも前哨戦で時間稼ぎだけして寝落ちしてたのでちょっと気まずい」

「いや、ヴァサゴの本気を先に引き出してたから、アスタロトが十分に対処できたんだろ。アグニが居なかったらもっと苦戦してた」

「……私もそこそこ瀕死だったからね。ウラヌスを抑えるだけの力を残してヴァサゴとアガレスを相手取るのはたぶん無理よ」

 

直前にゼロに喧嘩吹っ掛けてたからいけないんだと思うんだけど。

バルバトスが勘違いしてたのもあるけど、そこでもう少し会話を試みるべきだったと思う。

 

「役に立てた?」

「勿論。お前を呼んで正解だったよ」

「……だったら、一安心かな」

 

少しの逡巡を挟んでから差し出されるグラスに、そっと乾杯。

三姉妹の中では一番大本に近いアグニだが、控えめな所も強く受け継いでしまったのだろうか。

 

「それからアスタロト姉さん。改めて、ありがとう」

「律儀な所、ちゃんと継いでるのね。どういたしまして、アーガナ」

 

アルトリアスさんを彷彿とさせる微笑みを残して、アグニは姉達の所へ帰っていく。

折角三人とも一堂に介したんだ。いつもできない長話なんかしてみても、罰は当たらないだろうさ。

 

さて、これで残すはゼロのみなのだが。

彼女はどうも、こちらに来るつもりは無さそうだ。

アスタロトには悪いが、あちらに移らせてもらおう。

なんか三姉妹とかアリサとかは女子会みたいな雰囲気になってるし。

 

「ゼロ……ああ、バエルも居たのか」

「居てはいけませんか?」

「姿が見えなかったからさ。どこ行ったのかと思って」

 

もうバエルとの契約が形而上の物でしかない以上、彼女の気配を辿るのは難しい。

ゼロとアスタロトの魔神としての存在が大きすぎるから、紛れようと思ってしまえばもう見つけられなくなってしまう。

 

「……わたしはキマリスの所に居るとしましょう。アスタロトも捕まえておきます」

「一緒に居れば良いのに」

「昔話は済みましたから」

 

姿を消すと、机に置いてあったグラスが一つ消える。

器用なものだ。しかし、どこから魔力を調達しているのやら。

 

「ゼロ、隣良いかな」

「……座れば」

 

腰を下ろすと、真っ赤なワインが注がれたグラスを突き出される。

他のみんなと比べてぶっきらぼうな態度に苦笑しつつ、最後の乾杯。

 

「わたしは最後なんだ」

「好きな物は後にとっておく主義でね」

「詭弁。でも、今は騙されておく」

「いつにも増して辛辣だな?」

「これのせい」

 

セラフィの頃から、ゼロが飲酒している所を見た事がなかった。

そもそもアルコール大丈夫なんだろうか。既に酔ってそうなんだが、アスタロトよりも解りやすい時点で色々と駄目な気がする。

 

「アスタロトに付き合うんじゃなかった」

「あいつ混ぜ物飲んでるから度数が違うだろうに」

「……狡い」

「というか宴会前に飲むな」

「だってアスタロトが」

「お前止めなきゃいけない方だろ」

 

珍しく拗ねたような表情をしている。

基本的に表情が動かないゼロだが、酒が入れば少しは素直になるらしい。

 

「あいつら何か企んでるみたいだけど、お前は参加しなくて良かったの?」

「……あんな事言った手前、恥ずかしい」

「お前にも羞恥心とかあるのな」

「君がそれを言うか」

 

血のような液体を煽り、ゆっくりと息を吐く。

ワインならいつか飲んだ記憶があるが、そんなに美味しい物だっただろうか。

そもそも俺は、アルコールの入った飲み物が苦手なのかもしれない。

 

「……陽彩」

「ん?」

「わたし、もう戦えないかもしれない」

 

ぼんやりとした金色の瞳が、どこか虚空を見つめている。

毅然とした態度が見えないのは、酒のせいだけではないのだろう。

 

「あの時、アンドロマリウスの力が消えていくのを感じた。ウラヌスに持っていかれた、という訳でもなさそうだけど……」

「丁度良いだろ、セラフィ。五千年の節目でさ」

「……」

 

彼女にとっては文字通り、半身を喪うような感覚なのだろう。

生まれてからずっと自分の中にあった魔弾の力、それが失われていくというのは。

とはいえ、魔弾としての契約証明はゼロの体内にある。彼女が何を考えてセラフィの内部で沈黙を保っていたのかは解らないが、再契約は不可能ではない筈だ。

 

まあ、何にせよ。

アンドロマリウスには、お疲れ様と言ってやらないとな。

 

「……もう、君の役には立てない」

「俺が何の為に戦っているか、トーリスリッターに初めて乗った時に言った筈だけど」

「でも」

「それに、戦うだけがお前の取り柄じゃないだろ。俺に名前をくれたのはゼロなんだからさ」

 

俺が生きる(しるべ)になってくれたのは、他ならないゼロだ。

御童陽彩として俺が今も生きているのは、彼女が居たからだと言い切れる。

 

ふと、反対方向に目を向ける。

オーリス、アルティエさん、桜花、アリサ。

そしてバエル、キマリスにアスタロト。

時代も超えて、俺の大切な人達がここに居る。

ゼロが居なかったのならば、俺はきっとこの光景を見る事は無かった。

 

「今まで通りだよ。今回がおかしかっただけだ。本来お前は、前線に出ちゃいけない人間なんだからな」

 

俯いているゼロに向き直って、その金髪を梳かすように撫でる。

 

「それにさ。お前の方がずっと年上になっちゃったけど、やっぱり俺は義兄(あに)なんだよ」

「……狡い人だ、あなたは」

「自覚してるよ」

 

アスタロトの気持ちが、ほんの少しだけ解った気がする。

守らなきゃいけない存在が、どれだけ心の支えになるのか。

心がそのまま熱量に変わるキャバルリィの性質上、それは俺にとって一番の武器になる。

 

「だからさ、ゼロ。俺に守られていてほしいんだ」

「……陽彩のくせに、兄様みたいな事を」

 

静かに笑う様子は、ゼロでもアンドロマリウスでもなく、セラフィの姿を幻視させた。

どれだけの時間が経っても、人間そうそう変わりはしない。俺の義妹はずっとそこで待っていたんだろう。

 

「バルバトス」

「はいな、お嬢様。どうしたんだい?」

 

“親友”ではなくセラフィを呼んでいるという事は、もう魔神としてのアンドロマリウスは完全に停止しているのか。

……いや、それはアスタロトに聞いた方が早いか。魔神の命を受け止めているのはあいつだからな。

 

「統括権を、正式に移譲する。陽彩と一緒に世界樹に向かって、情報の更新を」

「……でも、(わたし)はもう死んでるよ?」

「だから。二階級特進」

「なるほど。これまでの(わたし)は一兵卒ですらなかった訳だ」

 

なんで俺まで……いや、フェネクスに呼ばれていたか。どの道あそこに向かわないとな。

ユグドラシル、元気してるかな。

 

「じゃあ、(わたし)はアスタロトについていく形になるのかな。癪だけど、了解したよ」

「ん。それから陽彩、バエルと再契約してあげて。彼女はまだ、君の力になる事を望んでる」

「……それは本人と相談するよ」

 

五千年前の最終決戦で、バエルとの契約は一度解かれている。

確かに作戦の一環であり、俺も彼女も納得した上での行動だったが、今は少しだけ後悔している。

 

「形見が無くても気にするような性格じゃないでしょ、貴方(キミ)もあの人も」

「さて、どうだかな。あれで割とロマンチストだぞ、バエルは」

「ふぅん。最強の魔剣とすら呼ばれた人が、ねぇ」

 

イメージなんかよりもよっぽど人間らしいのは、たぶん魔弾も魔神も同じだ。

バエルに始まりアンドロマリウスに終わる、七十二の奇跡。

例え五千年の時が過ぎようと、本質は変わっちゃいない。

 

「さて。アリアスと話を付けてくる」

「うん?何かあったっけ」

「どちらが一番に相応しいかはここで決める」

 

こいつ酔ってるな。

とんでもない酔い方してるな。

 

……まあ、良いか。

オーリスには悪いが、それはそれで平和な感じがして良い。

 

自身の姉の鏡写しの少女を捕まえて外に向かったゼロを眺めながら、俺は年甲斐もなくそんな事を思った。

 

 

 

 

 

 

空歴4996年、九月。

クレイドルを騒がせた一連の事態は収束し、平和で平穏な日常へと俺達は帰還した。

とはいえ怪異(ホロウヘイズ)は未だに存在する。契約者(テスタメンタ)の仕事が無くなった訳じゃない。

 

それと、これは俺の個人的な話だが。

守るべき者が、あまりにも増えた。

いや、そうだったと思い出しただけかもしれないが。

どちらにせよ、俺はまだ剣を置けない。

戦い続ける理由がある。

 

青空を背景に、ペンを走らせる。

文才なんてものは無いが、誰に見せるものでもないんだから、構いやしない。

 

「あ、こんな所に居た。何書いてるの、そーきくん」

「何でもないよ、アルトリアスさ──え?」

 

ペンを挟んで手帳を置き、顔を上げる。

アンバランスに伸ばした前髪で片目を隠したオーリスが、楽しそうに笑っていた。

 

「なんだお前か。びっくりさせんでくれ」

「みんな面白いくらい引っ掛かるね。そんなに似てるのかなぁ?」

 

髪を弄りながら不思議そうにしている彼女を見て、溜め息を一つ。

その小さな動作一つ一つですらそっくりなんだから、やっぱりクローンなんだなと実感する。

 

「で、何しに来たんだ?」

「ゼロが呼んでる。あと、アスタロトも」

 

そういえば、彼女との決着は付けたんだろうか。

しがらみが無くなって正義の味方を辞めたアスタロトは、正直化け物みたいに強いんだけど。果たしてオーリスが勝てるのか。

その辺は楽しみにしておくとしよう。

 

で、ゼロとアスタロトが待ってるって事は、フェネクスの所に行くのかな。

世界樹に行って統括権の移譲も行われるから、メンバーは俺とアスタロトにバルバトスか。

 

「ところでこれ、どうかな。似合ってる?」

「悪くはないけどな。似すぎてるよ、それ。本当に見間違えそうになる」

 

立ち上がり、手帳をトーリスリッターの格納領域に放り込む。

どうせロクに武器なんか積んでないんだし、少しくらい娯楽品を入れても良いだろう。

 

「ふーん。ま、行ってらっしゃい。遠出するんでしょ?ここは、わたしが守っておくから」

「どうせすぐに帰ってくるとは思うけど、留守は任せるよ」

 

暫く銀色の髪を弄っていた彼女だが、素直にそれで紅い瞳を隠しておくらしい。

両目を顕にすればアルトリアスさんとそっくりだし、かといって隠してみればまたそれはそれで似ている。難儀な話だ。

……しかし、いつの間に髪なんて伸ばしたんだろう。祝勝会の時は前と同じだったんだけど。

 

「それじゃ」

「うん。気を付けてね、陽彩(そーきくん)

 

待ち合わせ場所はクレイドル07の中央、管理施設の出撃用ゲートだ。

そこに向かって歩き出し──少し、後ろを振り返った。

 

そこには当然、オーリスが居る。

だが、ぼんやりと空を見上げる彼女の背後に、薄っすらともう一つの影があった。

 

「………………」

 

その人影はこちらを向くと、ふんわりと微笑んだ。

前髪は器用に右の金眼を隠しており、顕になっている左の瞳はルビーのように紅い。

長い銀髪を風に靡かせて、彼女は小さく手を振る。

 

「またね、アルトリアスさん」

 

笑って手を振り返してから、俺は彼女に背を向ける。

 

今度こそ、前に歩こう。

 

一歩先の、未来へ。





以上、十四話とエピローグでした。
フェネクスの出番……まあ、第二部で必ず登場するから、多少はね?
最後が駆け足すぎるのにも一応理由はあって、執筆中にキーボードが壊れるという事故があったりなかったり。
半ギレになりながら新しいキーボードでエピローグ書いてました。

さて、折角なので本編では絶対に明かされないであろう設定を投下します。単に自分でも忘れていたとか言っちゃいけません。
どうでもいいって人は軽く読み飛ばしてください。



まず魔弾、ロストバレットですけども。
これはどこぞのイスラエルの王様、ソロモンが掻き集めた七十二の災厄たる概念と、それに当て嵌めた人格です。魔導炉の元になった存在でもあったり。
まず先に魔弾、悪魔という名前に付随する概念が存在し、そこに押し込められた人格はその概念に強く影響を受けます。
ベリアルが正義に憧れながら悪にしかなれなかった理由はこれです。変態なのは元からだけど。

それで次は祈紋(トリガー)
こいつは契約者(テスタメンタ)と呼ばれる特別な性質を持つ人間に現れる、半無限の魔力供給機関です。これがないと魔弾はまともに力を使えないので、祈紋を求めて彼女らは契約者と契約を結びます。魔力を補う対価として魔弾は人間に能力を与え、仕える相手として振る舞います。
魔力を通す事で魔弾への絶対命令権とする事も可能ですが、逆にこれを失うと契約は失効します。中には祈紋無しでも言う事を聞くバエルみたいな例外も居ますが、大抵は契約失効時点で殺されます。契約者は同時に七十二人までしか現れないので。
祈紋を持つ人間は魔弾と契約を結ぶから契約者と呼ばれ、同じく魔導炉も動かす事ができるからそのまま呼ばれ続けています。

そんでもって、その祈紋(トリガー)を吸収した魔弾(ロストバレット)は、魔神(アンリミテッド)と呼ばれます。
文字通り神様みたいな連中で、片思いしてた義兄を五千年も待ち続けたり、正義の味方になろうとしたりしてます。
ただしアンドロマリウスとフェネクスだけは例外で、魔弾か魔神か分類ができません。
アンドロマリウスは融合型の魔弾なので契約時点で祈紋を吸収し、フェネクスは不死者をそこへナンバリングしているだけなので、どちらも生まれながらにして魔神のようなものです。後者に至ってはそも魔弾ですらありません。

あと、アスタロトがちょっとだけ言及した女神ですが、そいつは第二部の核心に直球で激突するのでここでは伏せておきます。ただ、一個だけ。
彼女が女神と契約できたのは、アスタロトの概念の源流が女神に近しい者であったからです。魔神なら神格の力を引き出せる訳ではありません。

それから友達に言われたんで追加しますが、強さ的な序列について。
作品内の最強存在の定義として、全盛期のアンドロマリウス。それと互角に戦えるのが、正義を捨てたアスタロトや天童蒼騎の下に居るバエル、アルトリアスと契約時のキマリス。

次に来るのが融合魔神ウラヌス、ベリアル、御童零、三位一体のアスタロト、それぞれの特殊システム起動時の魔導機鎧(アサルトフレーム)
残りはバルバトスとベリト、アリアスヴェイン辺りがウラヌスやベリアルに善戦できます。
後はアルティエ≫アリサ≫桜花≫アルビレオ≫陽彩≫≫≫絶壁≫≫≫ドラグーンの順番で並んでます。

陽彩くんが強いのは天童蒼騎として魔弾と戦った記憶があるのと、トーリスリッターの機体性能に助けられてるだけです。
人外染みた精神構造の持ち主とか、思考を看破されてる幼馴染とか、普通に強い普通の女の子とか、まるで正体が解らない変なのとか、そんなのと比べてしまえばクソザコナメクジです。
ドラグーンの契約者はもっとクソザコナメクジです。



という訳で裏話とか設定とかはこの辺まで。
後書きっぽい事は最初に書いちゃったのでもう書く事はないです。

第二部書き始めるのはもう少し先になりますが、今度は計画的に進めて、間隔をあまり開けずに投稿していきたいです。
それでは今度こそ幕を下ろしましょう。

虚空を翔ける鋼の騎士、第一部はこれにて終了です。
お付き合い頂き、ありがとうございました。
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