虚空を翔ける鋼の騎士   作:匿名希望

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設定の穴を見つけてやる気が銀河の彼方までゼロシフトしたので初投稿です。
注意喚起は今までと同じく。
ついでに設定も少しばかり投下。別に読まなくても何とかなると思いますけど。

用語解説
怪異(ホロウヘイズ)
五千年以上前に現れ、西暦に終止符を打った異形の化け物。作り物のような白い体を持つ。遺伝子の構造が地球の生物とは大きく違い、呼吸や食事を必要としていない。また、既存兵器の一切が効かない。倒す事ができるのは魔導機鎧のみ。つまりは契約者のみが現在の人類の怪異に対応できる戦力である。その為に契約者は一般人とは比べ物にならない程の待遇を許され、一部は貴族のような振る舞いすら見せている。

一つだけでしたが以上です。
それでは、第三話を始めさせて頂きます。


第三話

 大空を切り裂いて奔った、ラディアントマグナムの閃光。

 姫様の従者(ソードサーヴァント)によって多重に屈折すると、それは光の檻を作り出した。

 触れた物を一切の容赦無く切り裂く、絶対的なライン。

 剣による反射を経る毎に光は強さを増していく。そして、あの光は循環している。

 もはや線ではなく面と化す程に膨大の熱量を纏い始めた光は、たかが怪異如きには破れはしない。

 

『そこで休んでいなさい。お前の分もわたし達が片付けましょう』

「でも姫様」

『あの檻を軽く閉じるだけで終わる話です。お前が気に病むような事は何もありませんよ』

「……姫様、今日はなんか優しいな」

 

 いつも優しいのは確かだが、それでも表面的にはもっと冷たい筈だ。それなのに、今の姫様は全体的に優しい気がする。

 一体どうしてかは解らないが、姫様が楽しそうで何よりだ。来る途中で何かを見つけたりしたのだろうか。

 

『……主様、姉さんはたぶん先程の会話で喜んでいるのかと』

「さっきの?……お願いした時、だよな?」

『はい。あの人は何だかんだ言って主様の事が好きですから。頼ってもらえて嬉しいんでしょう』

「……へえ」

 

 俄には信じ難い。あの姫様が、俺の事を好きだって?

 いいや、そんな筈が無い。だってそれなら、姫様だって俺に快く協力してくれる筈だ。あえて刺々しい態度を取って、人から嫌われるような事を言う必要は無いだろう。

 だから姫様はあまり俺の事を好きじゃないんだろうと思っていたんだけど。

 

『世の中には素直になれない人だって居るんですよ、主様。ゼロなら解るでしょう、西暦にはそれを一言で表した表現があります』

「そうなの?」

『西暦の人はあんな人の事を「ツンデレ」と呼びます。もし気が向いたら呼んであげてください』

 

 リタは物知りだな。西暦の言い回しなんて、俺は殆ど知らない。

 どんな意味かは解らないけど、後で呼んでみよう。

 

『ヒイロ、余所見をしている暇があるなら前を見なさい』

「はいはい、了解ですよっと……」

 

 怒られてしまったので別方向に向けていた意識を戻す。

 銃のグリップを握る指に力を入れ直し、剣に光を当て続ける事に集中する。

 剣に当たり増幅反射された光は、様々な角度に曲がりつつ怪異を的確に貫いている。あの命中率の高さは姫様の器用さ故だろう。

 それを回避して近付いてくる敵には、左手のフォトンライフルを向ける。放たれた弾丸を姫様が拾い、数倍の出力まで高めて死角から放つ。光の檻を免れた怪異も、それで沈んでいった。

 

『怪異、全体の四割の撃破を確認!……凄い、圧倒的です』

「だから単機じゃないって言ったろ。オペレーター、向こうにもレーダーを共有して。06の物よりも07の方が良い機材使ってるでしょ」

『はい、仰る通りです。……ですがトーリスリッター、後で話があります』

「悪いけど急用が入ってる」

『任務以外は暇だと抜かしていたでしょうが……!』

 

 さて何の事やら。俺はこのあと姫様にツンデレって言ってあげなくちゃいけないから。

 

「リタ、ラディアントマグナムのエネルギー容量は足りる?」

『はい、主様。フォトンライフルのリロードも十分間に合います』

 

 マグナムのエネルギー源は魔導炉と直結している為、面倒なリロード作業は存在しない。言ってしまえばフォトンライフルもそうなのだが、あちらは一定まで充填されるとチャージを止めてしまうのだ。

 因みにラディアントマグナムにはチャージショットなる機能が搭載されており、エネルギーを温存しておく程に次の一射の威力が上がる。エネルギーチャージの上限が無いのはその為である。

 あんなの使った事は無いが。

 

「なら消化試合だな。でも気は抜くなよ、リタ」

『もちろんですよ。姉さんが頑張ってるのにわたしが手を抜ける訳がないでしょう』

 

 そういえば、ふと思ったが。

 リタはいつも俺にとって姉のような存在なのだが、彼女は魔導機鎧(アサルトフレーム)として考えると末妹である。特に直接データがフィードバックされているグレイエンプレス、要は姫様に対しては姉さんと呼んでいる。

 だが、姫様の方はどこか妹のように思える性格をしているのだ。アリサと並んでいると仲の良い姉妹にしか見えない。まあ、人の形を見せてくれるのは稀なんだが。

 

『ヒイロ、出力を上げなさい。片付けます』

「ん、解った。制御は任せるよ、姫様」

 

 さて、ずっと機体のエネルギーを右腕に集中させていた訳だが。その全てがラディアントマグナムから撃ち出されていた訳ではない。

 供給されていたエネルギーの余剰分は、少しずつしかし着実に溜め込まれていたのだ。

 それを、ここで一気に解き放つ。本来なら上級種の怪異ですら抵抗を許さずに一瞬で消し飛ばすような威力のラディアントマグナム。それをソードサーヴァントにより、数十倍まで出力を補強している。

 クレイドルの防護バリアですら容易く穿けるであろう極光が、前方空域を包み込んだ。

 

『流石はトーリスリッター、わたしの妹ですね。ヒイロ、感謝なさい。その子と共に在れる事を』

「……ああ、もちろん。俺には勿体無いくらいの、最高の相棒だよ」

 

 トーリスリッターは俺には過ぎた宝物だ。正直な話、俺に使いこなせているかと聞かれたらそれを肯定する事はできない。リタはきっとそうでは無いのだろうけど。

 

「輸送部隊、聞こえますか?無事に殲滅を終了しました。当初の予定通りに運行を再開してください」

『ああ、了解だ。感謝する、トーリスリッター。それと、グレイエンプレスにも』

『……感謝は無用です。私はただ、軽い散歩をしていただけですから』

 

 アリサの声も、ゼロに負けず劣らず抑揚が薄い。ともすれば機械が喋っているのかとでも勘違いしてしまいそうなその声に、輸送部隊の隊長は誠実に応じた。

 

『それでも、礼くらいは言わせてくれ。そうでなきゃこっちの面子が潰れちまう』

『……難儀ですね。では、礼の言葉は受け取っておきます』

 

 別にお礼くらいは素直に受け取っておけば良いのに。どういたしましての一言で済む話だろうし。

 アリサの奴はいくら人見知りだからって、それくらいのコミュニケーションも取ろうとしないのはどうかと思う。後々苦労する羽目になるのは彼女自身だと思うのだが。

 

『そうしてくれると助かる。トーリスリッター、この先も頼むぞ』

「解ってますよ。カラドリウス、後は任せておいて」

『……ん。じゃあ、また後で』

 

 一応は人前である為、隠し名の方を使う事にする。

 魔導機鎧(アサルトフレーム)のパイロットである契約者は、その生命の重要さから本名を隠す事を認められている。

 

 アリサの場合はカラドリウス、太古の時代において神鳥の称号を冠していた伝説の存在だ。

 因みに俺の場合は特に無い。隠すような名前でもないし、そもそも基本的にトーリスリッターと呼ばれる。

 

 俺はどうやらクレイドル07において政治的にも重要視されている為、俺が他のクレイドルから手を出された場合はゼロが本気で潰しに掛かるとか言っていた気がする。

 

『……陽彩。気を付けてね』

「言われなくても。そっちこそ、帰り道は気を付けて」

『お前はどうもわたし達と居ると隙だらけでいけません。留意しなさい、ヒイロ』

「姫様は厳しいなぁ……」

 

 相も変わらず言葉の切れ味が凄まじい。人の褒められる部分は褒めてくれるが、そうでない部分は徹底的に叩いてくる。

 しかし特に何のフォローも無く身を翻したグレイエンプレスを見て、俺はふと思い出した。

 言ってみたい事があるんだった。

 

「所で姫様、一つ良い?」

『何でしょう?手短にお願いします』

「姫様みたいな人をツンデレって言うんだって」

『……っ!』

 

 幾つか予想していたのとは違う反応だ。何というか、図星を突かれた時のアリサと似ている気がする。

 となると、言葉の意味は合っていたのだろうか。それとも間違っていたか。リタがそんな事して人で遊ぶとは思えないけど。

 

『……誰の入れ知恵ですか……いえ、その答えは見え透いていますね。リタ、覚悟なさい』

『さあ、何の事でしょう。主様は博識ですから、わたしも知らないような言葉を知っているんですね』

 

 ……えぇ……?

 リタさんや、ちょっと薄情なのにも程がないでしょうか……?

 

『誤魔化しても無駄です。……いえ、ヒイロの手前、騒ぎ立てる事もありませんか。アリサ、帰りましょう』

『え、あ、うん。それじゃあ、今度こそまたね、陽彩』

「……ああ、またな」

 

 姫様はどうやらリタの方に狙いを定めているらしい。良かった、これなら単なる姉妹喧嘩で済む。

 心なしかいつもより速く戦域を離脱していく灰色の魔導機鎧(アサルトフレーム)を見送りながら、俺は輸送部隊に相対速度を合わせた。

 

「ところでリタ、ツンデレってどんな意味の言葉?」

『素直になれなくて可愛い、という意味です』

「……お前さては良い性格してるな?」

『よくご存知で。さあ、行きましょう主様。置いて行かれてしまいます』

 

 よく言う。

 ……まあ、そんなリタだから好きなんだけどさ。

 

『因みに主様、死ぬ時は一緒です』

「え」

 

 男に二言は無い物だが。

 前言は撤回しても良いかもしれない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 白銀の魔導機鎧(アサルトフレーム)が、空を疾走る。

 それが追い掛けているのは二つの機体。怪異とよく似た姿の、瓜二つの二機。その色は白だが、作り物の白だ。

 既存のどの魔導機鎧(アサルトフレーム)とも違う姿、違う武装を持つ二機は、人類の切り札足り得る最強戦力から無様に逃げていた。

 

 ────世界を救う第一の剣。

 

 人々にそう呼ばれた魔導機鎧(アサルトフレーム)、英雄の忘れ形見。

 最初の契約者(アルトリウス)が遺した機体。

 

 白磁の翼は、クレイドル04の空を翔けていた。

 

『ラプラス、回避行動を。所属不明機、尚も抵抗を続けています』

『────、っ!』

 

 予測や直感を超越した“何か”を以てラプラスの契約者(テスタメンタ)、アリアス=ヴェイン・オーリアルは虚空へ身を擲つ。

 するとつい直前まで彼女の存在した座標に、三本の魔導光線が放たれた。

 

『嘗めないでよね、これでもわたしは人類の剣なんだから────!』

 

 御童陽彩と出生を同じくする彼女は、故郷であるクレイドル06の防衛任務に就いていた。任務自体はグレイエンプレスとの共同なのだが、互いに反対側の防衛を行っていたので今は分断されている。

 通信は恐らく届くが、クレイドルの防御を手薄にするのはまずいだろう。それに何より────

 

『恋敵の力なんて借りなくても、わたし一人で!』

 

 ────黒鐡アリサの力を借りてしまえば、それは自身の敗北を意味する。

 これは単にアリアスヴェインの独り善がりだが、同時に正解でもある。

 今この状況でクレイドルから防衛戦力を引き離すのは自殺行為に等しい。圧倒的な性能を誇る所属不明機が三機も同時に奇襲を掛けてきている以上、この二機はこちらで抑え込んでおくべきだろう。

 

『行くよラプラス。わたしの全てを掛けて、守ってみせる──ッ!』

『Code Lhaplace────ON』

 

 緋く染まりゆく視界に敵を見出して、アリアスヴェインは両の瞳を限界まで見開いた。

 それに反比例して小さくなっていく虹彩が、真紅の世界に自分と敵だけを映し出した。

 

『Buster Blaze,Over Heat』

 

 両肩に備え付けられた後ろ向きの翼が閉じられ、前方へと向けられる。翼と高出力魔導光線射出装置を束ねるこのラディアントウィングなら、連続した直線機動から即座に射撃体勢へ移る事が可能だ。

 撃ち出された光の球体は十八。その全てが所属不明機の手前で弾け飛び、多分の熱量を孕んだ迎撃弾として機能する。

 

『Barn Out────Stratos』

 

 前方の爆発には目もくれず、両の腰に差してある剣の柄を引き抜く。その剣に刀身はなく、しかしてそれはラプラスを人類の剣足らしめる最強の剣である。

 両手に握り締めた特殊金属の柄から、指向性を持たされたエネルギー粒子が吹き出していく。

 徐々に刀身を形成する光が切っ先へ辿り着く前に、アリアスヴェインは右腕を振り翳した。

 

『落ちなさいっ!』

 

 振り払われた刃の残滓が空を舞い、青白い軌跡が機体の腹を滑り落ちていく。

 両断された機体は、即座にラディアントウィングによる砲撃で爆散していく。砕け散って破片を撒き散らしながら、クレイドルから遙かな地上へと落ちていく。

 

один(アジン)……まずは一つ』

 

 ラディアントウィングへエネルギーを充填させると、翼として開いたままそれを爆発させる。

 本来の用途からは掛け離れているが、それは通常では手に入らない加速を齎す。その速度を以てして、ラプラスの右腕は致死の斬撃を放つ機構と化す。

 

『次は────、っ!?』

 

 戦闘勘と経験則、それに未知の予感が加わる事で、アリアスヴェインは未来余地に等しい危険察知を可能とした。

 そちらを見るなんて愚は犯さずに、すぐさまその場から離脱する。

 次の瞬間には、その空間は()()()()()()()()()

 

『ラプラス、今の攻撃の分析!データベースの重力波攻撃を調べて!』

『Yes────Master』

 

 連続する謎の攻撃の前に、防御はせずに回避を選択するアリアスヴェイン。その選択は間違いではない。

 不可視のままに空間を喰らうその攻撃の正体は重力波による時空歪曲攻撃である。

 現存する技術ではその再現は不可能であり、この時点でまず敵との戦力差は歴然である。

 

『あの娘が逃したとは思いたくない……新手、か』

『Emergency』

『っ──!』

 

 続いて飛ばされた魔導光線。最初に取り逃した片割れは未だ健在である。

 

『あっちはα、重力波の方はβ、観測お願い!』

『了解。α、来ます』

 

 冷静な、言ってしまえば冷酷な声音のオペレーターの言葉から、アリアスヴェインは再び回避行動を取る。

 ラプラスの機体性能と武装出力は七機の魔導機鎧(アサルトフレーム)の中でも最高クラスだが、最初期の機体なだけあって防御力は殆どない。フォトンフィールドが申し分程度に展開されている程度である。

 人類を守護する最強の剣とは言うが、性能面はかなりピーキーなのだ。

 

『β、攻撃体勢へ移行。αを優先して撃破してください』

『解ってる、よ──っ!』

 

 魔導光線を紙一重で回避すると、両手のエネルギー粒子の剣を振るう。

 αと簡易的に呼称した機体をあっさり斬り裂き、彼女はそのまま直上へと飛び上がる。

 座標の高速移動で重力波による時空歪曲を回避、反転すると剣を後ろに引き絞るように構えた。

 

『これで、落ちて────ッ!』

 

 振り払われる空間ごと、βと呼ばれた機体は斬り裂かれた。

 何処かから現れ、クレイドル04を目指して進んでいた三つの機体。実際にはもう一機居たが、そちらはグレイエンプレスに撃破されているだろう。

 戦術的な視点で考えるのなら、恐らくはクレイドル06にもあと何機かの増援が向かっているだろう。戦力の逐次投入は悪手だと言うのは初歩の初歩、これだけの戦力を保有する相手がそれだけの事を理解できていないとは思えない。

 

『……それでもまだ、希望的観測なんだけどね』

『ラプラス?』

『いいや何でも。どこに向かえば良い?』

『クレイドル06へ戻ってください。戦局は急速に変わりつつありますから、指揮系統を統一する事を優先します』

 

 ────急速に変わり、ね。

 

 その呟きは心の裡に留め、アリアスヴェインはラプラスへ命じる。

 主の一番の理解者でありその手足である魔導機鎧は、意を完璧に汲んで翼を広げた。

 余剰エネルギーを全て消費すると、爆発的な加速でクレイドル06へ向かった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 クレイドル06、及び04襲撃事件から数日。

 俺はゼロの命令によりクレイドル07の中心部、魔導炉の防衛に当たっていた。今回は新兵器のテストも兼ねている部分もあるのだが。

 所属不明機、現状では暫定的に《(ファントム)》と呼ばれているが、あれがいつ襲撃を仕掛けてくるか解らない。その為の防衛戦力として俺達が選ばれている。

 因みに構造上の問題で怪異が現れないクレイドル01や03の魔導機鎧(アサルトフレーム)は、他の場所へ増援として回されている。

 

『そういう訳で、宜しくねっ、陽彩!』

「あぁ、宜しく……オーリアルさん」

 

 クレイドル07には、01からラプラスが回されている。

 前回の襲撃時に敵の情報をある程度割り出せたようで、クレイドル05と07は襲撃の可能性が高いらしい。敵をしっかりと鹵獲(ろかく)してくれた姫様には感謝の言葉もない。

 向こうは歴戦のアーセナルと桜花が居る為に03から戦力が向けられたが、こちらは契約者(テスタメンタ)としての戦歴も浅い俺とまだ戦闘データの取れていないトーリスリッター。なので、最強戦力足るラプラスが差し向けられたらしい。兵器のテストの為に万全の状態を保つ、という意味合いもあるが。

 俺としては、ゼロの過保護か或いはラプラスの契約者(テスタメンタ)の意向が多分に含まれているように感じる。

 

『そんな他人行儀な呼び方しないでよ。気軽にオーリスって呼んで?』

「いや、でも、俺達が出会ってからまだ半年も経ってないでしょ……」

『半年、ね……。いいえ、時間なんて関係無いの。わたしがどれだけ君を愛してるか、それだけが問題なんだから』

 

 俺個人としてはこの少女の事はかなり苦手だ。

 初見でいきなり「君のお嫁さんになりたい!」とか言われたら誰だってそうなると思う。

 理由、動機、意図、目的、何もかもが見えない恐怖。

 

 端的に言えば、俺はこの人が少し怖い。

 

「あ、そう。一方通行の愛は虚しいと思うよ……?」

『何だって良いの。全てわたしの自己満足。君が受け入れてくれなかったとしても、きっとわたしは君を愛し続けてみせるから!』

「……そっか……」

 

 実に返答に困る。その言葉に一切の欺瞞は無く、善意と本物の愛情から来ている事が解り切っているから尚更に。

 俺が好きなのはまた別の娘なんだけど……。

 

『因みに陽彩、クレイドルでは重婚が許されてるよ。西暦と比べて自由になったね』

「なに、俺の心でも読んでるの?」

『旦那さまの言いたい事を解ってあげるのはお嫁さんの第一歩だから』

「へぇー……」

 

 ────アリアス=ヴェイン・オーリアル。

 ラプラスとの適合率が歴代の契約者(テスタメンタ)の中でも最高であり、本人の戦闘能力も非常に高い。

 また、クレイドルを守るその意思の強靭さからも高い評価を得ており、事実上の人類の切り札となっている。

 しかし、全てを平等に見過ぎる癖があり、付いた二つ名は“氷剣”。氷のように凍て付いた人類の剣は、誰にも飼い馴らせないと言われている。

 

『だから君の理想のお嫁さんを目指して今日も頑張るよ!』

「文章の前後がまるで繋がってないんですけど……」

 

 とまあ、ラプラスの契約者(テスタメンタ)の情報を軽く思い返してみたのは良いが。

 それとこの少女がまるで結び付かない。まさかゼロが偽の情報を掴まされたとは思えないし、たぶんこの人は他人に対しては凄い無関心なんだろう。

 俺以外だとアリサなんかにはとても好意的に接していたように思える。だから彼女はきっと友人と他人への態度の違いが激しい人なんだ。そう思っておく事にする。

 

『そうそう陽彩、わたしは何番目でも良いからね。君がわたしにとっての一番である事が重要なんだから。君の視界のどこかにわたしを置いてくれれば、それで良いんだよ』

 

 ……彼女の愛は無垢で、きっと対価を求める類の感情ではないんだろう。

 だからこそ怖い。どうして俺にそんな無条件な信頼を置けるのか。

 俺も知らないような俺を知り尽くされているようで、とても恐ろしい。

 

『だからわたしの事は片隅程度に。都合の良い女、程度に思っておいてね』

「────」

 

 聞く、べきなのだろう。

 彼女が、何を知っているのかを。

 でもそれは、怖い。彼女の事が怖い以上に。

 それを聞けば、俺が俺じゃなくなってしまうようで。

 

『……いい加減昔みたいに接してくれても良いのにな』

「────、え?」

『いいえ、何でもない』

 

 今、なんと?

 昔みたいに、だって?

 

 ────俺の、何を知っている?

 

「……オーリアルさん」

『だからオーリスって……あぁもう良いや。なぁに?』

「出身は06だって言ってたよね」

『うん、そうだよ。君と同じ、クレイドル06生まれ』

「……ずっと気になってた事がある」

 

 俺はオーリアルさんに対して、自分の個人情報を何一つ明かしていない。

 それを何故、彼女は“俺と出生が同じ事を知って”いるのだろうか。

 

『何かな?何でも聞いてくれて良いよ』

「どうして俺の事を知ってるんだ?」

『そりゃまあ、同じ契約者(テスタメンタ)ですから』

「そうじゃない」

 

 別に俺の事なんて調べれば解る。ラプラスの契約者(テスタメンタ)であるなら、クレイドル07のデータベースにもアクセスできるだろう。

 そしてすぐに理解できる筈だ。

 ────五年以上前の事が何一つ解らないという事が。

 

『……?』

「トーリスリッターの契約者(テスタメンタ)じゃない。御童陽彩の……俺の何を知っているんだ」

『……っ!』

 

 ゼロでさえ調べが付かなかった、記憶を失う前の俺。

 “あの日”よりも前の俺の手掛かりを、彼女なら持っているのかもしれない。

 

『…………そっか。そう、だよね』

「オーリアルさん?」

『あぁ、そうに決まってた。だって君は、わたしの事を忘れているんだもの』

 

 その物言いからして、やっぱりオーリアルさんは俺の事を知っているんだ。

 それも、記憶が飛ぶ前の頃から。

 

『きっと、そうなんじゃないかって思ってたけど……あぁ、そっか……。陽彩は、何も覚えてないんだね』

「えっと、その……ごめん、オーリアルさん」

 

 言う事が見付からず、つい謝ってしまう。

 きっとそれが一番間違えた答えだと言うのに。

 

『ううん、良いの。気にしないで、それは仕方の無い事だから』

「でも、俺はたぶん……」

『良いってば。律儀で面倒なのは相変わらずなのね、陽彩は』

 

 どこか安心したようなその声音に、今度こそ何も言えなかった。

 俺が喉元まで出そうになっている言葉を吐き出すのに難儀していると、ふと彼女が呟いた。

 

『……知らない女から変な事を言われるのは、嫌だったでしょ……?』

「えっ……?」

 

 それは本当に唐突で。

 何があっても熱情が止まらないような人だと思っていたから、少しだけ驚いた。

 でも、すぐに思い直した。

 あれはきっと、彼女なりの強がりだったんだろう、と。

 

『好き勝手に自分の想いばっかり言って、君の事を考えてなかった。……ごめんね、陽彩』

 

 ……どうしてかは、解らない。

 解らないけれど、一つだけ。

 心の底から、たった一つの感情が湧き上がってきた。

 ────もう、その言葉は聞きたくない。

 

「……誰かを愛するのは、誰かの自由だと思うよ。それに、好きになってもらえて感謝こそすれ、それを嫌がる人なんて居ない」

『……あはは。やっぱり陽彩は陽彩なんだね。また惚れ直しちゃいそうだよ』

 

 少しだけ声に元気が戻ってきた。

 そうだ、これで良い。この人には、無駄なくらいの元気が似合うんだから。

 

「迷惑にだなんて思わないからさ。もし良ければ、今まで通りにしてほしい。ついでに昔の俺の事も教えてくれると嬉しいかな」

『うん、解った。とは言っても、陽彩は今も昔も変わっていないと思うけどね』

 

 記憶が無くても、人間なんてそう変わる生き物じゃないという事だろうか。

 それなら安心する。俺は俺らしく振る舞っていて問題ないらしい。

 

『わたしみたいな人間と普通に接してくれる人は陽彩くらいしか居ないよ。君さえ良ければ、優しいままで居てね』

「優しい、か?……いや、そう言ってくれるなら、そう居られるようにするよ」

『うんうんっ、陽彩は変わらないね。……あぁ、良かった』

 

 楽しそうに笑う彼女に、ふと一つ思い出した。

 いや、記憶が戻ったという訳ではないのだが。

 

「ねえ、オーリアルさん」

『何かな、陽彩』

「オーリスって呼んでも良い?」

『……っ』

 

 はっと、息を呑むような音。

 今度はきっと、間違えていない筈だ。

 

『……陽彩、何度だって言ってあげるよ』

 

 その声は震えていた。

 でもそれは、慟哭から来る震えではなく。

 

『わたしの事は好きに呼んで。良ければ、オーリスって呼んでくれると嬉しいな』

 

 ……ああ、それは。

 その、言葉は。

 俺の心の、どこかに……。

 

「……オーリス」

『うん、君のオーリスはここに居るよ』

「……ありがとう」

『どういたしまして、陽彩』

 

 こっちの方がしっくり来る。他人行儀な呼び方よりも、こうしている方が正しいような、そんな気がする。

 まあ、そう言われたからそう思うだけなのかもしれないが。

 

『あのさ、陽彩──』

『怪異反応、確認しました。無駄話の時間は終わりです、ラプラス』

『──タイミング悪いなぁ!行こう、陽彩っ!』

 

 奴らのタイミングの悪さはいつもの事だが。

 オーリスに返事を返しつつ、無意識に呟く。

 

「ああ、了解。……無駄話、ね」

『何か文句でも?』

「いいや」

 

 その呟きを拾ったラプラスのオペレーターが、こちらにも通信を向けてくる。

 別にあんたと話したかった訳じゃないんだけど。

 

「文句は無いよ。単にあんたとは気が合わないだろうなって思っただけ」

『陽彩!“無駄話”なんかしてる時間は無いよ!』

「解ってる。……リタ」

 

 装甲を開いて戦闘形態へ移行する。

 この数年で手慣れた動作を手早く終わらせて、俺は両手に銃を実体化させる。

 

『……良い性格をしていますね』

「自覚はある」

 

 なにせリタにもよく言われるもので。

 自分の性格は程々に自覚している。

 

『アリアスヴェインをよろしくお願いします』

「え?」

 

 そんな事を言ってくる相手だから、その言葉は予想外に過ぎる物だった。

 反射的に声を上げると、彼女は嫌味な声で言った。

 

『くたばれクソ野郎、と言ったのです』

「あんたも中々に良い性格してんな……」

『自覚はあります』

 

 本当に、この人とは気が合わないらしい。

 オーリスも付き合う相手は考えておいた方が良いと思うんだけど。

 

『陽彩、援護お願い!』

「背中はこっちに任せといて。当たるなよ?」

『もちろん!』

 

 乱雑に撃ったラディアントマグナムの火線から逃れると、オーリスは両手にエネルギーの剣を生み出した。

 人類を守る最強の刃は、怪異上級種の硬い装甲を物ともせずに斬り裂いていく。

 

 怪異の数を大雑把に測る。レーダーの反応に自分の感覚を合わせて、それをより正確に洗練させていく。

 狙撃型がおよそ二十。という事は、それに追随する下級種が六十。周囲を守る上級種が六十。上級種に取り巻く下級種は百八十。

 雑な足し算だが、だいたい三百以上の怪異が居るという計算になる。

 

『気が遠くなりそうだね……。いつもの事、だけどさ……っ!』

「まだ三百だろ。四桁いかないなら問題無い」

『経験がお有りで?』

「クレイドル06では二千近くの相手もしたからな」

『わぁお』

 

 どっかの無能のせいでアリサが出払っていた際に、魔導炉連結実験が執り行われたせいでな。

 あの場に試験稼働中のトーリスリッターが居なかったらクレイドル06が完全に崩壊していたと考えると、つくづく管理者達は考え無しのように思える。

 ゼロは俺の配置についてはよく考えてるようだけど、さてその真意は如何に。彼女は彼女で考えている事が不明瞭だ。

 

「なあリタ、今日は試験兵器があった筈だけど出せるか?」

『はい、一応は格納してあります。展開には少し時間が掛かりますけど』

「じゃあ頼む。テストには丁度良い敵の数だと思うんだ」

 

 新兵器の構造上、左手の武装は使えなくなる。今の内にフォトンライフルへの供給は切っておき、弾幕をバラ撒いておこう。

 ラプラスへの援護をしつつ、クレイドルへ近付く怪異を撃ち抜く事数十秒。

 背中に翼以外の重さが乗り、機体高度が少し落ちる。

 

『準備できました。フォトンライフル、格納します』

「今撃ち切る……。よし、仕舞ってくれ」

『はい。……試作型簡易時空歪曲再現砲(ラウムシュトゥンデ)、起動開始』

 

 伸ばされたアームが左腕を取り込み、背中の重さが滑り落ちていく。

 巨大な箱のような物体が変形し、左腕全体を包んで徐々に設計された通りのフォルムを形作っていく。

 

『ジェミニシステム、接続します。ここから先は本当に予測不能です。気を付けて、主様』

「ああ。……ありがとう、リタ」

 

 ラディアントマグナムの残弾は十分。魔導炉のエネルギーを全てラウムシュトゥンデへ移しても問題は無い。

 機体の推力に関しては各部のジェネレーターで補えるし、ここにホバリングしているだけならばあと数分は飛べる。

 

『チャージ終了まで五……ん……さ……二……』

「リタ?」

『ごぶ……を、あ……さま』

 

 返事は無くとも左腕の重みから撃てる事は理解した。

 なるほど、トーリスリッターのエネルギーの大半を食われるからリタが喋るだけの余裕が無くなるのか。

 ラウムシュトゥンデは封印しよう。

 

「ぶっつけ本番だけど……いや、怖気づいてなんか居られないな。オーリス、上がって!ラウムシュトゥンデ、撃つ!」

『解った!思いっきりやっちゃって!』

 

 視界の奥の方でラプラスが高速浮上していく。

 それを見届ける前に左腕を前に突き出し、トリガーを引いた。

 歪な砲台のような形をした左腕の先端から黒い球体が吐き出された。

 何もかもを吸い込んでいるような真っ黒い闇。見ていると自分の意識まで吸い込まれそうだ。

 そこそこの速度で飛ぶそれが怪異の群れに到達した瞬間に、俺はトリガーから指を離した。

 

 黒い闇が停滞し、やがて膨張していく。

 一定の大きさになると再び停止、今度は重力を発した。

 それに怪異が吸い込まれていく中、ラプラスがこちらへ飛んできた。

 

『陽彩、あれが?』

「この前の(ファントム)の武器を再現したらしい」

『へぇ……』

 

 直径にして十メートル程だろうか、さもブラックホールのように怪異を取り込んで大きくなっていく闇は、際限など無いかのように更に成長していく。

 

「……リタ」

『……、はい、主様。わたしはここに居ます』

「良かった、無事だったか。……こいつは使わないようにしよう。リタに何かあったら心配だし」

『でも主様……』

 

 リタが何かを言いかけた途端、ふと闇が動きを止めた。

 怪異を吸い込むのは辞めていないが、膨張するのを止めたのだ。

 

『…………あれは』

「……」

 

 嫌な、予感が、する。

 あれをあのままにしていちゃいけない。

 

「オーリス、防げ!来るぞ!」

『────!』

 

 直感から何かを察知して、オーリスにも防御する事を促す。

 あれが何かと説明するのは無理だが、途轍もなく危険だ。間違いなく、人の手で操れる物では無い。

 

 

 

 闇が十分の一くらいの大きさまで小さくなる。

 まるで、弾ける前に縮むようなその動き。

 

 

 

 そして、次の瞬間に。

 世界を埋め尽くすように、光が爆ぜた。




以上、第三話でした。
何とか予定通りに週末に投稿できました。これではタグの不定期更新が詐欺になってしまいます。

それは良いとして、気付けば誰かがお気に入り登録をしてくれていたようで。こんな駄文に枠を使っちゃって大丈夫なんでしょうかね?
とりあえず、その期待に答えられるように頑張ります。

それでは、また次回。
予定通りならば次の週末にお会いしましょう。



追記
2018/02/05-2:00、アリサの一人称を修正
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