虚空を翔ける鋼の騎士   作:匿名希望

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人生で初めてインフルエンザを患ったので初投稿です。
一週間と一日、大変お待たせしました。待ってる人が居たかどうかはちょっと解りませんが。
これからもたぶん投稿ペースはガタついていくと思われます。安定した軌道に戻せるかは全て気分次第。なお最近スランプから抜け出せない模様。
と、ぐだぐだ言っても仕方無いのでそろそろ切り上げましょう。
第六話、始めさせて頂きます。


第六話

 あの日からまともにオーリスと目も合わせられずに、そのまま数日が経過した。

 翌日だかその次の日だかに偶然出会(でくわ)したカーライルさんが異様に殺意の籠もった眼をしていたのを今も覚えている。それを見て慌てるオーリスの姿も。

 

 まあそれは良いとして……いや、良くないんだけど。契約者(テスタメンタ)としての役目を果たすのに支障が出れば、それは全然良くない事なんだけど。

 一旦その話は置いておくとしよう。

 

 今朝方、俺はゼロからの要請でクレイドル07周辺空域の警戒及び防衛に出撃した。嫌な予感という信憑性がまるで無い根拠を信じて、一応ラウムシュトゥンデも持ってきた。

 その結果────

 

『主様、前方に四機、依然として健在です!』

「一向に減らないな……というか、バルバトスは何をしてるんだよ」

 

 ────総勢三十六機の(ファントム)に追い回される羽目になった。

 

 先手として放った重力波攻撃でその三割程は撃墜したのだが、それを警戒されたのかまるで接近してくれなくなった。

 

(ファントム)はできるだけ魔神(アンリミテッド)がどうにかするとか言ってたくせに……」

『きっと彼女達にも事情があるんでしょう。……第二波、来ます!』

 

 ラディアントマグナムを撃っても回避され、フォトンライフルでは火力不足。まともにダメージを出せるのがラウムシュトゥンデのみという状況であり、そしてそれを完全に対策されている。

 

 あのブラックホールみたいな弾丸、強いけど遅くて使えない。目標地点まで到達するのに数秒を要し、更に重力を発するまではそれもまた時間が掛かる。

 (ファントム)達はそれをよく知悉している。こいつは役に立たない────というか、トーリスリッターの武装そのものが対策されているような。そんな気さえする。

 

「……ん?」

『主様?』

「ああ、いや……」

 

 何か、閃いた。

 武装が対策されている。というのは、当然俺の戦いを見てきたから。

 (ファントム)が知っているトーリスリッターの武装。対策できるのはそれに限られる。

 だとしたら。

 俺が使わない武器。

 たった一つ、緊急時用の奥の手。

 

 ────なんだ、まだやれるじゃないか。

 

「リタ、武器を全部戻して」

『それは……はい、了解しました。確かに、他の手段があるとは思えませんね』

 

 ラウムシュトゥンデはブースター部分を残して格納、ラディアントマグナムとフォトンライフルは粒子と化して背中に仕舞う。

 そして、機体の両前腕部の装甲が展開する。

 開いた装甲から迫り出した棒状の物体を掴むと、それを一気に引き抜く。

 

 それは“柄”だった。

 鍔があり、引き金のような部位を持っている。

 握り締めると、特殊合金の刀身が伸びる。強度は魔導機鎧(アサルトフレーム)の装甲よりは期待できないが、少なくとも怪異(ホロウヘイズ)の攻撃くらいは防げる代物だ。

 

「残りは八か。全部斬り殺せるか?」

『主様ならきっと。次の接近に合わせてこちらも行きましょう』

「了解、ナビゲートよろしく」

 

 剣を構えた所で前方の四機がこちらへ接近、それに合わせて背中の翼に力を込める。

 遠距離にはもう四機の(ファントム)が重火器らしきものを用意している。先程からあの後方支援のお陰で隙を突けなかったが、至近距離での格闘戦なら援護射撃もし難いだろう。誤射してくれると嬉しいが。

 

『欲を出してはいけませんよ?主様はアリアスのように剣を振るえる訳ではありませんから』

「解ってるよ。一機ずつ、丁寧にな」

 

 間合いに入り込んだ先頭の一機へ剣を振り下ろし、縦に両断する。

 やっぱりオーリスのようにはいかない、か。

 解っては居た事だけど、あいつかなり凄かったんだな。こうして近接格闘戦を実際にやってみて、あの華麗なまでの剣舞がどれ程凄まじい物であったのか漸く解った。

 

「……っ!」

 

 もう一つ狙いを定め、今度は装甲の繋ぎ目を狙って突き込む。

 しかしこれはこれで難しく、少しズレた位置に切っ先は突き立った。

 

「……俺には向いてないな、こりゃ」

 

 それを引き抜いて横一文字に斬り払うと、半ばまで寸断された(ファントム)を下へ蹴り飛ばす。地上まで落ちてくれれば良い。

 

「あと六……」

『射撃、来ます。ガトリングとレーザータイプがそれぞれ二つずつです』

「はいよっ、と」

 

 こちらを誘うように距離を離す二機の(ファントム)に合わせて、後方から二種類の砲撃が飛んでくる。

 あれに釣られていれば今頃蜂の巣だったんだろう。

 もしラプラスであれば、あの弾幕すら斬り拓いてみせたんだろうな。

 

 弾幕の射線上から逃れ、左手にラディアントマグナムを展開。それを照射しつつ薙ぎ払うように手首を回す。

 怪異(ホロウヘイズ)とは比べ物にならない装甲強度を持つ(ファントム)には、照射モードの攻撃ではさしてダメージにはならない。

 だが、こうして牽制程度には役に立つ────

 

「っ……?」

 

 ────突如感じた違和感を元に、俺は突進しようとしていた体を留める。

 

 この感覚……あの機体。

 魔神(アンリミテッド)の気配だ。

 

『記録にある反応……バルバトスです。援軍と見て良いでしょうね』

「……遅いな」

『まあ、あまり辛辣にならないであげてください。本人は大急ぎで来ているみたいですし』

 

 リタがそう言った直後、視界を黒い疾風が横切っていった。

 その軌道上に居た二機の前衛(ファントム)が爆ぜ、次いで瞬く間に後方の四機も殲滅された。

 やはり圧倒的だ。これが魔神(アンリミテッド)、バルバトスの力。

 

「……っと、こんにちは陽彩くん。ごめんね、世話掛けて」

「まったくだよ、バルバトス。何してたんだお前?」

 

 爆発の残滓から目を逸らすと、バルバトスは俺の目の前で静止した。ブースターも無いのにこの速度、更にあの制動力。魔神(アンリミテッド)は一体どんな原理で飛んでいるんだろうか。

 

 それから俺を真っ直ぐにその視界に収めると、申し訳無さそうな声を出した。

 そんな彼女に、つい悪態を付くような言葉遣いになってしまう。だって本人が言った事を守ってくれないし。

 

「あの連中、他の所にも出てたからさ。とりあえずアリアス=ヴェインは放置して良いと思ったんだけど、あのアルビノの娘は危なかったんだ」

「……アリサが?」

 

 アルビノと言うと他に思い付かない。とは言え、アリサがそう簡単に追い詰められるとも思えなかったが。

 

「ごめん、名前までは解らないんだ。えっと、灰色の機体だったよ」

「姫様なら大丈夫だと思うけど……」

 

 ほぼ確定だ。灰色と称されるカラーリングの魔導機鎧(アサルトフレーム)はグレイエンプレスしかありえない。

 アリサの方に行っていたなら遅れるのも仕方無いか。八つ当たりもこれくらいにしておこう。

 

「でもごめんね、後回しにしちゃって。陽彩くんならきっと大丈夫だと信じられたからさ」

「……狡いやつ」

「何とでも言えば良いよ。他でもない本心なんだから」

 

 ……卑怯な。

 そういう事言われたら、八つ当たりして悪かったなって思ってしまう。この罪悪感も読んだ上での言動なんだろうか。

 もしそうなら、こいつかなりの策士だけど……。

 

「ところで陽彩くん、今日は時間あるかな?」

「はぁ?予定は特に無いけど……」

「そっか、良かった。じゃあクレイドルの管理者に伝言を頼めるかな」

 

 はて、伝言と来たか。

 しかしゼロに伝えるべき事ってなんだろう、何か重要な事なのかな?

 

「アスタロトはもう動き出している。アリアス=ヴェイン……ラプラスは堕ちた。そう伝えて」

 

 バルバトスがそう言った瞬間に、血の気が引いていくのが解った。

 頭が真っ白になっていく。

 それはこの言葉の衝撃だけではなく。

 すぐそこに、計り知れない程の殺意を放つ存在が居る。

 

「…………は?」

「────早く。クレイドルに戻って、陽彩くん」

 

 俺に背中を向けると、バルバトスは大剣を引き抜くようにその手に顕した。

 それを半身の姿勢で構えると、はっきりとした殺意を放ち始める。

 

 唐突に過ぎる展開は俺を置き去りにしようとするが、俺はこれでも契約者(テスタメンタ)の一人だ。

 相手が例えラプラスを上回る存在であっても、少しくらいは手伝える事が────。

 

「俺も戦える。足は引っ張らない筈だ」

「だとしても。……いいや、はっきり言おう。今の貴方(キミ)は決して弱くはない。だけど、今はまだ」

 

 次の瞬間に、バルバトスは大剣を振るう。

 その軌道はまるで視認できず、この前の怪異(ホロウヘイズ)との戦闘では全く本気を出していなかった事が伺える。

 

「……まだ、貴方(キミ)に勝ち目は無いんだ。アスタロトは、今の貴方(キミ)で立ち向かえる相手じゃない」

 

 たった一度の剣閃で四つの何らかの攻撃を弾き飛ばしたバルバトスは、そのまま大剣を構えに戻す。

 

「────行け、御童陽彩。今の貴方(キミ)に……きみにできる事を、成せ」

「…………ごめん、バルバトス。借りは絶対に返す」

「良いさ。これは元々(わたし)達の喧嘩だ。それに人類を巻き込んだのはアスタロト。貴方(キミ)(わたし)も魔神も人類も、みんな被害者でしかない」

「だとしても。……オーリスは、無事なんだな?」

「心配しないで。きっと生きてるから」

 

 そうだと祈るが。

 一先ずここはバルバトスに任せておこう。

 

 ……正直に言おう。怖気づいた。

 あれでは俺は足手纏い……いや、そうですらない。道端の小石のように、意識さえもされないだろう。

 バルバトスとの実力の乖離はそこまでのレベルなのだ。あの一閃のみで俺にそれを解らせた彼女は、実際化け物と称して良い程に強い。

 

「リタ、ゼロに報告!バルバトスに預けて俺は戦域を離脱する!」

『了解です、主様。……思い詰めないでくださいね』

 

 ただひたすらに祈りつつ。

 俺は、後ろで響いた高らかな金属音を聞いて。

 振り向かないように必死に、翼へ力を込め続けた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 漆黒の全身鎧、魔導機鎧(アサルトフレーム)に似たその姿は、どこか生物のような印象を受ける。

 その右手に携えた大剣は、切っ先が微かにも震えない。それは彼女の実力の高さを示すのと同時に、決まりきった覚悟の硬さを示していた。

 

「……姿を見せなよ、アスタロト」

「まあ、バレてしまっていたのね。それなら仕方無いわ」

 

 可憐な少女のような声。

 その持ち主は、バルバトスの目の前に現れた。

 

 金の髪は肩まで伸び、紫の瞳は虚ろに世界を映し込む。

 二対の翼を背中に広げ、生身のままに彼女は空を踏み締めていた。

 

「……気持ち悪いな、それ。一体どれだけ“喰って”きた?」

「さて、数えていない事は解らないわ。えっと、なんて言ったかしら……」

 

 人差し指を唇に当てて考え込む仕草をすると、彼女はすぐに思い至ったらしい。

 邪気の無い純粋な笑顔に乗せて、答えを投げ放つ。

 

「そう、これよ。バルバトス、貴女は今までに食したパンの枚数を覚えているの?」

「……生憎と(わたし)は和食派なんだ。確か、三十二万六千と二十七、だったかな」

「……あら、おかしいわ。その答えはちょっと予想外ね」

 

 何という事は無い、今のバルバトスはアンドロマリウスを継いで最強の存在として魔神を統括しているのだ。

 その座に着いたものには、世界を監視する能力を与えられる。監視できる範囲に限界は無く、それは過去すらも容易に見る事ができる。

 例えどんなに馬鹿らしい事であっても、現在のバルバトスに対して隠し事という物は成り立たない。

 

 だから、あの少年が恐怖を覚えていた事も、手に取るように解る。解ってしまう。

 

 

 ────怖がらせたこと、謝らないとね……。

 

 

 内心で一つ反省すると、彼女は大剣を握り締めた手に更なる力を込めていく。

 魔神を魔神足らしめるその力。

 嘗ての人類が“魔力”と呼んだ、世界を塗り替える力。

 

「もうお話の時間は終わり?寂しいわ、これでも昔の仲間でしょうに」

「それは全ての生きとし生ける者への侮辱と捉えて良いのかな?」

「辛辣ねぇ……」

 

 大剣が光を帯びる。

 運命という名の、存在の器を形に成した物。バルバトスのそれは、並の生物では対処できる領域には無く。

 

「じゃ、少しだけ本気を出すわ。精々足掻いて頂戴ね?」

 

 同時に、それと互角に戦う事が可能なアスタロトの強さを証明している。

 

 

 ────勝率は五分。長期戦ともなれば、あの毒は強い。

 

 

 刹那の隙に、バルバトスは思考を走らせる。

 それはとても、勝つ為の戦略を練っているとは言えないが。

 

 

 ────そうなった場合、わたしが生き延びる可能性は限りなく零に近い、けど……。

 

 

 研ぎ澄ませた刃は、最早鈍りはしない。

 その太刀筋に迷いは無く、大剣はその重量感とは裏腹に鋭く大気を裂いた。

 

 

 ────“確率論に、ゼロは無い”……この世界には、何だって有り得るんだから。

 

 

 親友(ゼロ)の言葉に背を押され、第八の魔神は虚空を翔ける。

 その先に死線のみが待ち構えていたとしても、彼女は止まれない。

 退いた先にも進んだ先にも、どの道バルバトスには敗北か死の二択である。それならば、せめて前に。

 一歩でも、前に。

 

 その決意が、大剣をまた一つ加速させた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 クレイドルに戻り、直ぐ様ゼロにバルバトスからの伝言を伝える。

 そして、恐らくはバルバトスがアスタロトと交戦している事も。

 すると彼女は俺に一言だけ残してから、脇目も振らずに駆け出していった。

 行き先は解らないが、それよりもオーリスが気に掛かった。ゼロが言い残した事も含めて、俺はすぐにクレイドル01へ向けてトーリスリッターを翔び立たせた。

 

「……リタ、ラプラスの反応は見えるか?」

『はい。向こうです。それからもう一つ。ラウムシュトゥンデの加速力ならば、クレイドルの防護バリアを擦り抜ける事も可能です』

「なんだ、これも役に立つんだな」

 

 視界の先に余りにも巨大な飛行建造物が見えてきた所で、俺は背中に新たな重みを受ける。

 それが後ろへ向けて焔を吐き出せば、機体は凄まじい加速を以て景色を置き去りにしていく。

 

 そのままバリアを抜け、俺はラプラスの反応目掛けて更なる加速を試みる。

 機体のリミッターが何やら騒がしいが黙らせ、速度を殺さずに装甲を解除する。

 魔導機鎧(アサルトフレーム)が粒子と化して消えていく光景は最早見慣れたもので、それを横目に俺は生身で駆けていく。

 この先は────出撃ゲートに併設された、医療施設だ。

 

「……ここは部外者の立ち入りは禁じられています。直ちに立ち去らなければ、あなたは────」

 

 感情という物を感じられない受付の女の言葉を遮り、こちらの素性と要件を叩き付ける。

 

「部外者じゃない!俺はトーリスリッターの契約者(テスタメンタ)だ!ラプラスは、その契約者(テスタメンタ)はどこに居る!」

「……契約者(テスタメンタ)の方で在られましたか。これはとんだご無礼を────」

 

 そんな事はどうでも良い。

 

「良いから言え!オーリスはどこに居る!?」

「アリアス=ヴェイン様でしたら最奥のナノマシンベッドに」

 

 そこまで聞けば十分だ、もうこの女に用は無い。

 最奥、と言ったが。ナノマシンベッドとなるとそれなりの設備が必要になる。つまりは、この施設の中心部にある可能性が高い。

 そして先程確認した構内図からして、間違いなくオーリスはこっちに────俺の行く先に居る。

 

『主様、ラプラスの反応、近付いています。先の角を曲がり、進んでから右手の部屋です』

「解った、ありがとうリタ」

 

 手短に礼を言ってから、俺はまた急ぎ足でリタの示す方向へ進む。

 

 時間にして、五分も掛からなかっただろう。

 俺は、とある一室の前に辿り着いた。

 

『……間違いありません。彼女はここに居ます』

「……無事だと、良いけど」

 

 軽く切れた息を整えてから、俺はその部屋のドアをノックする。

 すると、オーリスじゃない女性の声が返ってきた。

 

「はい、どうぞ入ってください」

「その声……カーライルさん?」

 

 どうして……と、思ったが。

 よく考えてみればおかしい事じゃない。本人が言うには、姉妹のような関係らしいのだから。

 

「……見舞いですか?随分と慌ただしいですね、御童陽彩」

「ちょっと用事があったもんで。オーリスは?」

 

 世間話も挟まずに尋ねると、カーライルさんは無言で視線を俺から逸らした。

 その先を見遣ると、カプセルとベッドを融合させたような物に液体が満たされ、その中で一人の少女が眠りに就いていた。

 

「……外傷は特に見当たりませんでした。ただ、機体の負荷が高過ぎた」

「後遺症は?」

「それはまだ何とも言えませんね。あの女……アスタロト、と名乗りましたか。それと交戦してからずっと気を失っています」

 

 ……なんでそんなに細かく知っているんだろう。もしかして一緒に戦っていたんだろうか。

 

「予想通り、と言いましょうか。私はオリジナルの後方支援に当たっていました。……でも、私は何もできなかった」

「……アスタロトは、そんな化け物だったんですか?」

 

 あのオーリスが、何もできないままでやられたとは思いたくない。

 ……でも、あの時のバルバトスの殺意。彼女にあそこまで本気を出させるような存在となると、俺達にどうにかできる事には思えないのも、また事実だった。

 

「オリジナルは善戦しました。ですがあれは、生物の範囲には収まっていない。……同じ人外だから解ります。あれは他者を喰らって生きる獣。命を強さに変換する、生粋の化け物です」

「……そう、ですか。……でも、俺は貴女が人外には見えませんけどね」

 

 クローンだろうが何だろうが、カーライルさんもまた一人の人間だ。アスタロトとは違う。

 だって、そうでなきゃあんなに悔しそうな表情はできないだろうから。

 

「……僕の身の上話など、興味は無いでしょう。……いいえ。私はオリジナルとは違います、聞かれてもいない事を話す程、社交的じゃない」

「いつか聞かせてもらえると嬉しいですけど。……何にせよ、オーリスが無事で良かった。いつ頃起きるとかは解りますか?」

「……恐らくは今日中にでも。このまま待っていれば、そう遠くない内には」

 

 となれば俺はここで待っていたい、けれど。

 それだとカーライルさんにも迷惑かもしれないな。それなら俺は、そこら辺で時間でも潰そうか。

 

「……御童陽彩」

「はい、何ですか?……あと陽彩で良いですよ」

 

 わざわざフルネームで呼んでいるのを見ると、なんだか言い辛そうに見える。

 それもあって意見すると、彼女は素直に頷いてくれた。

 

「ならそのように。……一人には慣れていますが、私とて孤独に待つ事は退屈に感じます」

「……えっと」

 

 もしかするとこの人は、俺が思うよりもずっと優しい人なのか。

 そんな俺の予想は、呆れたような視線と共にため息を零した彼女自身が裏付けてくれた。

 

「鈍い人ですね。話相手になれと言っているのです」

「……カーライルさん」

 

 やっぱり、優しい人だ。そういう所はオーリスに少し似ている。

 アルトリウスに似ているのかは、解らないけど。

 

「どうせならアルティエと呼んでください。家名に当たる名前は、あまり好きじゃない」

「それじゃあ……アルティエさん、と」

「それから敬語も。畏まられるのは苦手ですから」

 

 そうは言うが、彼女はその態度を崩そうとしない。

 とはいえ自然体に見えるから、アルティエさんにとっての普通がこれなのかも。

 

「……私のは癖です。特に害も無いので、直すつもりはありませんが」

「はぁ……育ちが良いんですかね?」

 

 話相手になれと言われたから、月並みでも答えを返さないといけないだろう。

 そんな風に考えた俺に、何気無く放たれた言の葉は、余りにも予想外だった。

 

「いえ、環境は劣悪でした。でも、兵器は殊勝でないと困るでしょう?」

「……兵器、って……」

「……こちらは悪い癖ですね。オリジナルから移されてしまったようです」

 

 やっぱり姉妹なんだろう。アルティエさんは寡黙に見えたが、意外と喋ってくれる。

 ここまで来たからには身の上話っていうものにも興味が湧く。一応、聞いてみようか。

 

「……アルティエさんは、オーリスと同じだったよな。アルトリウスのクローン……」

「ええ、私は失敗作ですが。クローンと言っても試験管から生まれてきた訳ではないのですよ?」

「人工受精か何か?」

「殆ど正解です。……まあ、人の胎から生まれた訳でもないのですけれど」

 

 クレイドル01って結構黒い実験とかしてるよな……。

 魔導機鎧(アサルトフレーム)に代わる戦力として生体兵器を作っているって噂もあるし、アルトリウスのクローンはその一環なのかもしれない。

 そんな俺の考えを見透かしたように、アルティエさんは目を細めた。

 

「……この付近に、一つ研究所があります。できるだけ、近寄らないように」

「オーリスが起きたらすぐに帰るつもりだから大丈夫だよ」

「なら、良いのですが。……誰にも起動できなかった第七の機体、トーリスリッターを起動させた人間……陽彩、あなたには計り知れない程の利用価値がある。不用意に01を彷徨わない事です」

 

 薄ら寒い話だ。確かに俺は現状ではトーリスリッターを唯一起動させる事のできる契約者(テスタメンタ)ではあるが。

 俺が居なくてもトーリスリッターは戦える。その為のリタであり、その為の疑似人格採用試験機なのだから。

 だから、俺に付随する価値はそこまでではないだろうと高を括っている。もうしばらく探せば、俺以外にもきっと見つかるだろうし。

 

「……自分を過小評価するのはあなたの悪い癖と言えます。私が見た限りではありますが、あなたは決して弱い人間ではない。……私と違って、あなたはあなた一人しか居ないのですから」

「代えが効かないのはアルティエさんも同じだよ。寧ろシェキナーを使いこなしているんだから、希少価値の話ならそっちの方が上だと思う」

「それは……いえ、これはあまり意味の無い問答でしたね」

 

 向こうは折れてくれる様子はない。かと言ってこちらも曲げるつもりは無いけど……。

 意味も無く意地の張り合いなんかしていても仕方無いな。

 

 話題が切れてしまい、気まずい沈黙が数分程続いた。

 それを破ったのはこの部屋の主、他ならないアリアス=ヴェインその人だった。

 

「……やぁ、陽彩。アルトも、珍しくお見舞いに来てくれたんだ」

 

 ナノマシンベッドに満たされていた液体が排出され、カプセルのようになっていた天井部分が開かれる。

 ゆっくりと外された拘束具を蹴り飛ばすと、オーリスは勢い良く身を起こした。

 元気そうで良いが、先程まで水中に居たせいで着ている服が肌にぴったり張り付いている。つまり大変目に優しくない。

 

「ちょっと不甲斐ないとこ見せたね、アルト。次はきっともう少し上手くやるよ」

「……なら良いのですが。不調は無いようで安心しました」

 

 アルティエさんの言った通り、確かに外傷の類は無い。後遺症も無さそうだし、俺も一安心だ。

 

「私は特にオリジナルに用事があった訳でもないので、後は好きにどうぞ、陽彩。何かあれば呼んでください」

「あれ、もう行っちゃうの?……恥ずかしがり屋さんだね、アルトは」

 

 足早に立ち去ろうとしたアルティエさんが足を止める。半分だけ振り向き、オーリスへ睨み付けるような視線を送っている。

 

「……何がですか」

「気付かないとでも思った?陽彩の事、随分と気に入ったんだね」

 

 ……何か、嫌な予感がする。

 そのままこいつに話をさせれば、アルティエさんとの間に決定的な溝ができてしまうような。

 

「……あなたはいつも、そうやって……!」

「オーリス、病み上がりだろ?無理しないで寝てろ」

 

 彼女の声を遮って吐き出した声は、自分で思うよりもずっと冷たかった。

 震えた金色の瞳が、恐る恐るこちらを見遣る。その髪に手を置いて、またベッドに横にさせる。

 

「アルティエさん、今日はありがとう。話せて楽しかった」

「…………そうですか」

 

 こちらに向けていた視線を前に戻して、アルティエさんは病室のドアへと歩みを再開した。

 病人や怪我人にも開けやすいように設計されている引き戸が、軽い音を立てて開かれた。

 

「陽彩」

「ん?」

「……いえ。君と話せて、僕も楽しかったです。ありがとう、とは、こういう時に使う言葉なのでしょうね」

 

 全く思っても見なかった言葉の連続に何も言えないでいると、彼女はそのまま外へ歩いていった。

 義足の硬質な足音が離れていき、角を曲がったらしく聞こえなくなった。

 

「……意匠返し、か」

「オーリス?」

「いや、何でもないよ。わたしも考え無しの愚か者だね。今の言葉がアルトにとってどんな意味を持つのか、考えてなかった」

 

 やっぱり、あの流れは良くない物だったんだろう。落ち着けばそういう事にも気が配れるクセに、さては起き抜けに見舞いが来てたのが嬉しくて何も考えてなかったなこいつ。

 

「ごめん陽彩、君が止めてくれなかったらわたし、またあの娘と喧嘩してた」

「喧嘩で済めば良いけどな。……こんな時間か。病室にあまり長居するもんでもないな」

「結構長い時間寝てたんだね、わたし。体が鈍らないか心配だな」

 

 特に荷物らしい物も無いが、一応忘れ物を確認。

 このまま行って問題無さそうだ。

 

「俺も帰るよ。じゃあな、オーリス」

「うん、またね陽彩。来てくれて嬉しかった」

「そりゃ良かった。折角だからゆっくり休めよ」

 

 俺の言葉に頷くと、彼女はまたベッドに身を委ねた。

 随分と寝心地が良さそうだな、なんて考えてから、俺は病室を出た。

 

『……もっと話したい事があったんじゃないですか、主様?』

 

 施設の出口へ向かって歩く俺に、リタが問い掛けてくる。

 

「いや、今は良い。アスタロトについても、バルバトスにまた会った時にでも聞けば」

『なら良いんですけどね。主様は自分の要望を抑え込む事がありますから』

 

 囀るように彼女は笑うが、果たしてその言葉の真偽は如何に。

 俺は自分の望みを抑えるどころか、その望みすらもよく解らない人間だから。

 

「そうか?俺は結構、欲望には正直な人間だと思うよ?」

『それなら、そういう事にしておきましょう』

 

 リタとはずっと一緒に居るが、いつまで経っても勝てそうにない。

 少なくとも、こうして話している時には、先手を取られっぱなしだ。

 

『……誰か居ますね。義肢が四つ……アルティエでしょうか』

「さっき帰ったと思ったんだけど。忘れ物でもしたのかな」

 

 確かに、廊下の先に人影が見える。髪は銀色だと辛うじて判別できるが、流石に瞳の色までは解らない。

 それに、全体的な背格好が違う。義足を変えれば背の高さは誤魔化せるだろうが、そんな事をして彼女に益があるとは思えない。

 

『……違う。四つなんかじゃない、あれはもっと全身に……!』

「リタ?」

『主様、あれはわたし達の知己ではありません。全身が造られている……まるで、何かの制御をさせる為に設計されたような……』

 

 そういえば、昔ゼロに聞いた覚えがある。

 何かのアニメだか漫画だかで見たんだと思うが、人を魔導機鎧(アサルトフレーム)と直接繋げる事は可能なのかという疑問をぶつけた記憶がある。

 答えは肯定だった。人体接続型有機デバイス、とかいう設計思想そのものはあり、それを利用した機体は、作り物の肉体でも生身のように稼働させる事ができるとか何とか。

 

『こっちに向かって歩いてきます。できるだけ刺激しないように、素通りしましょう』

「賛成。ちょっとお近付きになりたくない」

 

 互いに通路の端に居る為、ぶつかるような心配は無いが。

 それでも、何というか、言い知れない不気味さのような物を感じていた。

 

「……ねぇ」

 

 背中越しに掛けられた声に、足を止める。

 擦れ違って一安心かと思えば、まだ少し早いらしい。

 振り向くと、そこにはオーリスやアルティエさんによく似た少女が居た。背は少し低いから、並べればきっと妹のように見えるんだろう。

 

「……御童陽彩っていうのは、あなた?」

「……そうだけど」

 

 どうして皆して俺の名前を知っているのか。しかも一方的に。

 クレイドル07ならそれも解らないでもないんだが、生憎とここはクレイドル01。俺を知っている人間なんて数える程も居ない筈だ。

 

「ふぅん……?」

「えっと、何か用事?」

「……いいえ、少し気になっただけ」

 

 左手をポケットに突っ込むと、そこから何かを取り出した。

 それが小さく折り畳んだ紙だと気付く前に、彼女はそれを投げ渡してきた。

 慌てて受け止めると、少しだけ端が折れた。

 

「……わたしはアーガナ。アーガナ=ディーヴァ・レイリッター。きっと必要無いだろうけど、解りやすい武力が欲しかったら頼ってね、トーリスリッターさん」

「なんで、それを……」

「……少しくらいは調べるよ。姉さんが世話になってるみたいだし」

 

 彼女は────アーガナは、再び進行方向へ向くと、何事もなかったかのように歩き始めた。これ以上の会話はしないつもりらしい。

 とはいえこちらはまだ聞きたい事がある。次いつ話せるか解らない相手に、勝手に行かれたら困るんだが。

 

「待てよ。随分と忙しそうだな?」

「……わたしにはあまり自由な時間が無いから。邪魔しないで」

「そう言うな、幾つか聞かせてくれ」

 

 その銀色の髪……そして、特徴的な金色の瞳。きっとアーガナもまた、オーリスやアルティエさんの関係者だ。

 

「お前はオーリスと……アリアス=ヴェインとどういう関係なんだ?」

「それを言う必要は?」

 

 少しだけ振り返って睨み付けてくる様は、アルティエさんのそれとよく似ていた。

 

「いいや。単に俺が気になっただけだ」

「……あの人はわたしの姉。生い立ちは知ってる筈だから、それで察して」

 

 予想通りという事で良いのだろう。彼女はオーリス達と同じくアルトリウスのクローンであり、恐らくは魔導機鎧(アサルトフレーム)に合わせた調整がされている。リタが何か言っていたのはそれだろう。

 

「やっぱりか……。それと、他には同じ境遇の人は居るのか?」

「居ない。三番……わたしで最後」

「そっか……ありがとう。それだけ聞ければ良い」

 

 他には居ない、か。

 打ち止めとなった理由は複数考えられるが、別に俺がそれを気にしていても仕方無いだろう。

 気になった事は他にそんな境遇の人間が居るのかどうか、その一点。

 

「引き留めて悪かった。じゃあな、アーガナ」

 

 今度は俺が身を翻し、その場を後にする。

 

 受け取った紙を開いて見ると、中には何かの番号が記されていた。予想だが、アーガナへの連絡先だろう。こちらが取れる手段は向こうの予測の範囲内の筈、つまりは俺が所有している携帯端末からこの番号を使えば連絡が取れると考えて問題は無いだろう。

 

 どうしてこんな物を渡してきたのか……そんな予想は後でもできる。

 今はとりあえず戻る事を考えて、俺はクレイドル01のゲートへ向かった。




以上、第六話でした。

病気でずっと寝てたので気が付きませんでしたが、UAが百を超えていました。その瞬間を見れなかったのが残念で仕方ありませんが、まあ良しとします。

お祝いも手短に、今回の投稿間隔についての話をします。言い訳がましいですが、病気と同時にスランプに陥ってました。冗談抜きで全然書き進められなくなっていたので、本気でこの作品凍結してやろうかと思いました。

まあそれは良いとして。
今回から漸く魔神連中を話に絡ませられるかと思ったら、陽彩くんがヘタレなのであまり関わってきませんでした。代わりに描写外でバルバトスを虐める事にします。

という訳で方針も決まったので、ここいらで終わりにするとしましょう。
また来週にとは言い切れないのが痛いですが。
次回投稿時にお会いしましょう。
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