虚空を翔ける鋼の騎士 作:匿名希望
今回はいつにも増して説明不足なので理論ではなく感覚で捉えてください。
そもそもこの作品はずっと昔に書いた小説もどきの遠い未来のお話なので、前日譚としてそちらを投稿しないとよく解らないという事に漸く気が付きました。矛盾点いっぱいあるから出したくないけど。
今話は、一気に事態が動き出す第九話です。
アスタロトちゃんが少しだけ世界情勢を語ってくれて、昔話をしてくれます。あまり頭を使わないで読めるようにしているつもりですので、斜め読みくらいが丁度良いかと思います。
それでは、始めさせて頂きます。
翼に魔力を流し、それを風に変換する事で莫大な加速を得る。
それができるのはお互い様。つまり、私もベリアルも、機動力に関しては互角。
「その程度かい?五千年で衰えたんじゃないか、アスタロト」
「どうでしょうね?それは自分で確かめると良いわ」
腕と直結された、元は私の一部だった歪な大剣。
あの毒は私自身の物だから、特に警戒は要らない。
問題は質量そのもの。仮にも魔神の一部、それも大量に同族を食らってきた私の物となれば、見た目の遥か数百倍の重さはある。
速度が乗った大質量の物理的な衝撃というのは、純粋に強い。下手に魔力が通っているから防壁を展開しても突き破られるし。
「所でベリアル」
「何かな」
「その重し、外してあげましょうか?」
「────っ!?」
斬り結ぶ度に少しずつ毒を流していた甲斐もあって、ベリアルの翼は腐り落ちていく。
昔の私の毒を耐えられたからと言って、今の私の毒に耐えられるとも限らない。慢心が過ぎるのは昔から変わらない、か。
「まさかここまで本気だなんてね」
「そりゃ本気にもなるわ。私自身の蹴りも付けなきゃいけないし、バエルと蒼騎の仇討ちよ。全力で殺すわ」
五千年前。
クレイドルの最初の一つが空に上がる時の話。
七十二の全てが健在だったあの頃に、ベリアルは最初の罪を犯した。
即ち、ラプラスの初代の
そして、魔神の大多数を率いて世界各地で人類への殺戮を始めた。
怪異が現れたのは私の責任でもあるけど……あれを利用したのは他ならない魔神達。あの残骸から怪異を作り出せるプラントを生み出して、それを地球そのものに植え付けて……地上はもう、お終いだ。
「はは、泣かせるねぇ。君が見捨てた男の仇討ちだなんて、実に最高じゃないか!」
「黙りなさい。あんまり喋ると舌噛むわよ」
この現状に終止符を打つ為に、私は序列二十九位を捨てた。
それを使って私が食らった魔神は全て、ベリアルに賛同してきた連中だ。当然、それで私が正当化されるとも言えないが。
五十一。今までに殺した同族はそれだけ。まだ七匹、残っている。
「君がバエルを信用したから!私は天童蒼騎を死に至らしめる事ができた!全て君のお陰だ《
「……」
……そう。
私が、バエルの傍に居れば。
自惚れじゃない。私ならベリアルを殺せた。
そうすれば、蒼騎はきっと生きていた。
それなら、アルトリアスが死ぬ事も無かった。
罪を背負っているのは私も奴も同じ。
受け止め方は絶対に違うが。
「友達だと、ずっと思っていた」
「……なんだい、今更説得かい?」
「一番の理解者だって、信じていた」
思い出も捨てる。できない事はない。
何せ私は、名前も自分も何もかもを捨て去った《アスタロト》なのだから。
「だから、悪いのは私。最後まで気が付けなかった、私自身」
「……へぇ?」
「────行くよ、バエル。待たせちゃったけど…………五千年越しのリベンジマッチと行こう」
敢えて口調は彼のように。
私の中に眠っているのは二人の魔神。
第一位のバエルと、第六十六位のキマリス。
どっちも長らく反応が無かったけど、ベリアルを見つけてからはやけに騒がしくなった。
バエルなんて放っておいても私を乗っ取って戦ったんじゃないかってくらい。
……ああ、そうね。それはしないわね、貴女。
「面白いな、実に面白い!一度ならず二度までも、大切な物を守れなかったバエルが!三度目の正直とでも言いたいのか!」
「────何とでも言いなさい。わたしはもう、何者でもない。貴様を殺す為だけの、剣でしかないのだから」
持っていた剣に雷が宿る。
全身へ青白い雷霆が響いていく。
金色の“最強”が、私を作り変えていく。
「
空いている左手に、巨大な機械槍が姿を現す。
私の体はバエルに貸す。全ての魔力はキマリスに預ける。
さあ、敵を殺して。
「一つの器に三つの光……君は歪んでいるよ」
「当たり前……この程度も耐えられないようでは、貴様を殺せない……っ!」
両手に武器がある事のアドバンテージ。
向こうが一つしか獲物を持っていない事も相まって、戦略差は圧倒的。
なのに。
一歩。
押しが、足りない。
「さあ、それなら見せてくれ、その力を!不条理も理不尽も殺し尽くせるのなら、私を!」
「────力を貸して、
こんな時にはいつも、彼が助けてくれていた。
不慣れな戦い方で、見ていて怖くなるような人だったのに。
私やバエルが危なくなると、自分の危険を顧みずに戦いに身を投じて。
今なら解る。彼が、どれだけ強い人間だったのか。
「死んだ人間は何もできやしない!今も昔も、何も変わりはしない!」
「さあ、それは
剣と槍、そのリーチの違う二種類の武器は、振るだけではまともに戦う事すらもできない。
だけど、それを扱い切れると言うのなら。
間合いに囚われない、常に翻弄し続ける戦い方ができる。
「くっ……!」
「一対一なら互角だった!二対一でなら優勢だった!なら────
ベリアルの武装は腕だけ。翼も落とした以上、機動力はこっちが上。
このまま殺す。何かさせる前に、わたしの手で。
「……ふふ」
「
内部から放たれた魔導光線によって確実なダメージを与えつつ、剣を振り上げる。
振り下ろした雷撃は、確かにベリアルを斬り裂いた。
「ははっ……あははははっ!」
「何よ……まだ何かあるって言うの?」
「いいや、何も!何もない!私は終わりだ!」
不気味なので腕を片方斬り落としておく。
「容赦ないなぁ。まあ、どの道私はここで死ぬんだけどね」
「なら良いじゃない。そのまま消えてくれると助かる────」
「そして!」
腕と接続された剣も斬り落としてやろうと構えた所で、唐突に魔神の気配が増えた。
……
「これから君もまた、死ぬ!」
同時に、後方から魔力の塊が飛んでくる。
凄まじい質量、それを暴発しないように抑え込みつつ、弾丸に成形している。
こんな荒業をできるのは、私が知る限り一人しか居ない。
「アンドロマリウス……?」
『アスタロト、一旦下がって。事態が変わった、クレイドルに戻る』
「了解……ベリアルは」
『放っておいて』
魔力に弾き飛ばされたベリアルには目もくれず、不完全な融合状態を解除して私は揺り籠へ向かう。
「世界を巡る戦いはもう始まった。私が居なくともそれは止まらない。既に幾つものシステムは動いている。後は、君達の役割だ」
それだけ言うと、ベリアルは分厚い雲海へ消えていく。
地上に落ちれば即死、どこかで拾われても死ぬだろう。
それよりも、速くクレイドルに向かわないと。
私の予想が正しければ……きっと、事態は一刻を争う物だ。
◆
白昼夢、と言うのだろうか。
雷霆を纏って戦うアスタロトを見て、俺は何かを見た。
そして思い出した。俺が何者か。
御童陽彩が誰なのか、天童蒼騎が誰なのか。
記憶に不完全な部分は多いけど……まあ、何となく解る。
『お久しぶりですね、マスター』
「俺は
白い世界、肉体から切り離された意識の世界で、一人の少女が俺を見ていた。
『だとしても。同じ記憶と同じ思考、その人格も魂も何もかもが等しいのなら、それは同一人物と呼んでも差し支えは無いでしょう?』
「そこから先は哲学だね。議論する時間は無いから辞めておこう」
十五年前、俺はこの時代に来た。生まれ直した、と言っても良い。
途中から記憶が飛んだ理由は解らないし、どうして死んだ筈の人間がここに居るのかも解らない。
そもそも、俺が天童蒼騎自身なのかも解らない。記憶を引き継いだ赤の他人と言われた方が受け容れ易い。
「それで、ここは?外はどうなってるんだ?」
『ここは貴方の意識の中枢。外では時間は止まっていると考えてください』
「じゃあ安心か」
気を失っている、とかは無さそうだ。
『マスターはきっと理由を問うでしょう。なのでわたしはこう答えます。貴方に聞きたい事があったから、と』
「……懐かしいな、その話し方」
『貴方はあくまで御童陽彩として生きたいのでしょう?』
「うん」
『ですが、相手によってはそれを認めないと言うかもしれない。覚えておいてください、貴方がかつて天童蒼騎であった事を』
「……解ってる」
今はまだ混乱で、二つの記憶が別々にある。
だけど俺はただの人間だ。そんな器用な事、アスタロトじゃあるまいしできる筈もない。
いつか二つは一つになって、俺はその時に御童陽彩でも天童蒼騎でもない、どちらでもある人間になる。
その時に、俺が俺で居られるか。
『ラプラスはどうなりましたか?』
「五千年間受け継がれてるよ。この前ちょっと手酷くやられたけど」
『契約者が無能と言う訳でもないのでしょう?』
「アルトリアスさんのクローンだよ」
『なるほど』
相変わらず感情の薄い。
何とも言えない懐かしさに揺られていられるのは、あと幾ばくか。
『……聞くまでも無い事でしたね』
「ん?」
『いいえ。しかしロストセイバー、ですか。皮肉な物です』
何の話だ。今度は記憶についてじゃない。
流れからしてラプラス……?
『また会いましょう、マスター。その時には、昔話でもしましょう』
「いやまだ聞きたい事が……って」
マイペースな所も変わってない。
身を翻してそのまま何処かへ去っていくバエルを見送って、俺は一つ息を吐く。
まだまだ整理は付いていないが。
とにかく、混乱を落ち着けなきゃいけないな。
『……バエルのマスター』
「うわっ!?」
落ち着こうとした矢先にこれだよ……。
「キマリス?」
『久しぶり』
後ろを向けば、さっきとは違う少女が居た。
青い髪に、やる気の無さそうな顔付き。間違いない、キマリスだ。
「感動の再会なんて間柄でもないだろ、俺達は」
『そう。一つだけ』
彼女は俺と直接の関わり合いもあまり無い。
単に、アルトリアスさんの契約相手だっただけで。
それが、俺に何の用だろう。
『私のマスターから伝言』
「アルトリアスさんから?」
『“ずっと愛してる。例えどれだけ離れても、必ず会いに行く”……だそう。恥ずかしい。伝える側の気持ちも考えてほしい』
「あの人そういう事恥ずかしがらずに言うからなぁ……」
羞恥心の薄い人だったと記憶している。
最期はどうなったのか解らないが、恐らくは歴史にあった通り、誰かの墓に寄り掛かって、眠るように終えたんだろう。
……その墓、今からでも取り壊してくれないかな……。
「もしかしてだけどさ」
『ん』
「あの人、自力で転生とかできるの?」
『やろうと思えば』
「……」
これは全力で逃げるしかない。
「じゃあ、そろそろ戻らないと」
『逃げる……まあ、良い』
そう言うと、彼女も背を向けて何処かへ歩いていく。
しかしその途中で止まり、こちらへ向き直った。
『アスタロトは今も昔も、純粋で変わらない。……正義の味方、支えてあげて』
「解ってるよ」
『無念は託す。成すべきと思った事を、君の思うがままに』
今度こそ彼女は、この空間から立ち去った。
これでここには俺一人、か。
……さっさと行こう。
バエルとも話したい事は残っているし、アルトリアスさんへの謝罪とアスタロトへの説教もある。
まずは、戻らないと。
◆
臨時の司令部となったクレイドル02。
ここには、俺とアルティエさんとアリサ、合計で三人の
魔神の方はゼロ、バルバトス、アスタロト。バエルとキマリスはカウントするべきか否か。
ベリトは統括局とやらに報告へ向かった。もしかしたら援軍が見込めるかもしれないとの事。
アンドロマリウスについて色々と聞こうと思ったのに、その時間も無くなってしまったのだから残念だ。
「まず、今回の概要」
とりあえず仕切っているのはゼロ。クレイドルの管理者の一人であるから
「ベリアルに賛同した魔神の生き残り七人が、それぞれの軍勢を率いてクレイドルを強襲しようとしている。狙われているのは太平洋上と極東上空を巡回しているクレイドル07」
よりにもよってそこか。
どこだろうとやる事は変わらないが。
「クレイドル防衛戦力の兼ね合いもあるから、出せる
オーリスも機体の修復が間に合うかどうか。それに、桜花も気に掛かる。
「魔神からはアスタロトとバルバトス、ベリト。そしてアンドロマリウス。援軍は期待しない方が良い」
この場に七人、そしてオーリスを含めて八人となる。
無人駆動の
「ベリアルの性質を考えると、アーセナルは最悪の場合を想定しておくに越した事はない」
「……桜花が死んでるって事?」
「いいえ」
あまり想像したくないその可能性を挙げると、ゼロは否定した。
じゃあ、何だと言うのか。
「敵としてクレイドルを襲撃するかもしれない。ベリアルが死んだか解らない以上、その可能性は取り除けない」
「……あそこで完全に消すべきだった。また、私は……」
「アスタロト。君を下がらせたのは他でもない私。ベリアルを撃破するよりも先に、この現状を把握する方が重要だった」
「解ってるわよ、そんな事」
吐き捨てるように言うと、アスタロトは軽く俯いた。別に誰も責めはしない。彼女を責め立てるのは彼女だけだ。
……正義感ってのは難儀だ。無ければまずいが、あっても厄介だなんて。
「……予想では襲撃は三日から四日後。ラプラスの修復も間に合うし、指揮系統の統一もできる。足を引っ張る者はここには居ない、負ける勝負じゃない」
「ここ以外には居るでしょう、足手纏いが」
「居る。でも、無視はできる。最悪黙らせれば良い」
「過激ねぇ……他に戦力として見込めるのは居ないんでしょ?」
「居ない。私の知る限りでは」
戦力……そういえば、何か忘れてるような。
何だったか、解り易い武力を……。
────あ。
「陽彩?」
「いや……何でもないよ、ゼロ。続けて」
「解った」
期待させるのも悪いし、ここは黙っておこう。
後で連絡入れないと。番号は登録済みで向こうから連絡が来た事もあるので、繋がる事は解っている。
「これから
「了解です。ですが、質問が」
「なに」
「他の地点を襲撃される危険性は?」
「無い。……とは言い切れないけど、無いと考えている」
ベリアルの性格上、自分で言った事を曲げたりしない。
つまり、大きな戦いになるような事が起きるのは確実。
七人の魔神の位置と、それが襲撃できる位置を考えると、クレイドル07が一番可能性が高い。次点で01か。
だから、02にシェキナーを配置して狙撃させるのは悪い采配じゃない。
「それに、その為にシェキナーを後方に配置する。他の場所へ何かあれば、頼りになるのはアルティエと
「……なるほど」
大まかな方針は決定され、そこで一度話は終わる。
どうやらゼロはすぐにでも07へ向かって魔導機装兵の調整に移りたいらしいので、俺もそれに着いていきたい。
が、近所まで来たのでオーリスの所に行っておきたいとも思う。という訳で、クレイドル01を経由して07に戻ろう。
「……ねえ、陽彩」
「アリサ?」
「何か……変わった?」
「……さあ、どうだろう」
人の機敏に一番敏感なのはアリサだった。
彼女は二度目に記憶を失った直後から親交があるから、尚更かもしれない。
「例えば、記憶とか」
「お前エスパーか何かか」
「大当たり。でも、どうして?」
「なんでかな。アスタロトを見てたら、なんか急に」
「へぇ……」
そこは俺にも解らないけど。
アスタロトの中に居たバエルを見て、記憶が刺激されたんだろうなって思っている。
それだとオーリスを見た時点で思い出しそうだけど……初見の時のあいつ怖かったから仕方無い。
「これで全部思い出した事になる。ちょっとあやふやな所も残ってるけど、元来記憶ってそういう物だし」
「……まあ、陽彩にとって良い変化なんだろうね。良かったよ」
「良い変化、なのかな」
「そうでしょ?君に欠けていた物が、これで漸く元に戻った。アリアスヴェインの方が有利になったけど……私は幼馴染だからね。君が誰であろうとも、傍に居るよ」
今ならアリサが想っている事も理解できる。
だからこそ、その言葉の重みは桁違いだ。
「迷惑じゃなければ、これからも一緒にね。……さ、アリアスヴェインの所に行ってあげて。私は先にクレイドル07に行ってるよ」
「ああ……アリサ、ありがとう」
いつか、俺の答えを出さないといけない。
いつまでも気付かないフリはできないし、この戦いが一段落したら少し考えるとしよう。
……いや、これは死亡フラグって奴かな?
『……ヒイロ』
「え?」
『女の子をいつまでも待たせるのではありませんよ。お前は既に、幾つもの想いを取り零しているのですから』
「……解ってるよ、姫様。それじゃ、行ってくる」
話を切り上げ、クレイドル01方面の出撃ゲートに向かう。
既にゼロとアスタロト、バルバトス達はクレイドル07へ飛び去った。
アリサも恐らくはすぐに行くんだろうし、俺は少し遅れる形になる。
「……やはりここに来ましたね」
「アルティエさん?」
「何が為に行くのかは敢えて聞きません。代わりに、一つだけ」
金と銀の瞳が、俺を真っ直ぐに射抜く。
後ろに控えた
……遠隔操作。あの義肢は、機体と繋がっている。
「君はアスタロトやベリアルの戦いを見て、記憶を取り戻した。それがどのような影響を齎すのかは、今は誰にも解りませんが……君は、誰が相手だろうと戦う覚悟はありますか?」
「……ある、とは言えないな」
少し考えるが、俺にはできない。
そんな覚悟を決められる程に精神が強いのなら、今まで苦労はしてこなかっただろう。
「さっきも桜花の話が出たけど、もしも仮にあいつが敵として現れたら。俺はきっと、あいつを撃てない」
「……」
「撃たないで済むようにどうすれば良いのか、最後まで考え続けると思う」
俺の意思をしっかりと言葉にして、捻りもなく伝える。
すると彼女は、シェキナーの構えていた砲身を音も無く下ろした。
「意外だとは言いませんが。甘い人です」
「自覚はしてるよ。ずっとこんな感じだから」
「……君はそれで良い。歪んだ覚悟を抱くのは、僕一人で十分なのだから」
何を試されたのかはよく解らないが、彼女なりの判定基準があって、俺はそれに認められた、らしい。
表情の変化が解りにくいアルティエさんが笑っているんだから、それは確かだろう。
「オリジナルをよろしくお願いします。寂しがり屋ですから、もし良かったら連れて来てあげてください」
「解った。じゃあ、行ってくるよ」
ゲートの手前まで進むと、呼び掛ける前に機体が展開される。相変わらず人の事をよく解っている相棒だ。
「陽彩」
「ん?なに、アルティエさん」
「アーガナはクレイドル01の第二区画、第六研究所に居ます。行き方はオリジナルが知っているでしょう」
「……なんで?」
「見れば解ります。僕はあの子に嫌われていますが、君の言葉なら聞くでしょう。外に連れ出してあげてください」
どうして看破されたのかまるで解らないが、その情報は活用させてもらうとしよう。
まずはオーリスの所へ。話は全てそれからだ。
ゲートから飛び立って、ブースターを全て起動。
そして俺は、クレイドル01へ進路を取った。
◆
ラプラスと同じ、白銀の装甲を持つ
四脚に六本腕という異形のその機体は、この時代ではシェキナーと呼ばれている。
魔神を元に生み出された原初の
「……陽彩はもう、着いた頃でしょうか」
二本の腕に背中から展開された四本の腕を合わせて、三本ずつの腕を使って二つのスナイパーキャノンを保持。それをクレイドル07の方へ向けつつ、
四本の足は折り畳まれ、人で言う膝関節が地面に突き立てられている。二倍の数の足がある事でシェキナーは通常の機体のそれよりも遥かに優れた安定性を持ち、複数の腕によって砲身を支えられた狙撃砲はどれだけ離れた地点からでも敵を穿つ。
それこそ、地球の裏側だろうと。
ラディアントマグナムの光線、その四十倍の出力を持つ光の弾丸は、減衰を極限まで抑えられた狙撃特化型の代物。射程距離はアルティエの視界そのものだ。
「ゼロ……貴女は……どうして」
そして、アルティエの眼は特別製である。
その銀色の左眼は、本来はアリアスと同じく金の虹彩を持っていた。彼女はそれを生体兵器に作り変える事で、人間の限界を超えた視力を得ている。
脳への負荷を考慮して最大連続使用時間は十二時間までとなっているが、その際に発揮される視力や“先読み”の力は平常時の彼女を凌駕する。
「……貴女が一言、陽彩に伝えていれば……彼はアルトリアスなんて過去の遺物に囚われることは無かった。陽彩の望み通り、貴女は結ばれる事ができた。それなのに……」
いつの間にかクレイドルの地面よりも落ち着くようになっていたシェキナーの中で、彼女は一度ゆっくりと深呼吸する。
「……僕は認めない。天童蒼騎など、神話の置き土産に、陽彩を奪われるなんて……」
瞳を閉じて、左眼の機能を開放する。
距離にして一万キロメートル程度離れたその場所へ、彼女は意識を集中させていく。
「あぁ……ごめんなさい、アルトリアス。僕のもう一人のオリジナルと言って良い貴女に、僕は……」
手足と機体の境目が解らなくなりつつある中、閉じた瞳をそっと開く。
アルティエは、その六本の腕で携えた二つの砲身が、自分自身の体の延長に接続された事をしっかりと認識した。
「────こんなにも大きな、憎しみと嫉妬を抱いている────」
人機一体。
アリアス=ヴェイン・オーリアルですら不可能な領域に、彼女は平然と辿り着く。
機体と一体になる程に、人間の体との差異は違和感となって現れる。
その中で異形の機体を好んで扱うアルティエは異端と言って良い。
四肢全てが義肢である感覚に加え、自分の体とは別に複数の手足が存在するその状態。
六本の腕と四本の足を自在に操る彼女は、歴代の
理性と冷徹で、狂気と熱情を覆い隠す者。
それが彼女────。
────アルティエ=オルレア・カーライルという少女である。
「────狙撃テストを開始。弾着観測、お願いします」
『……了解。外すとは思わないけど』
「こんな状況は僕だって初めてなんです。付き合わせてごめんなさい、アリサ」
『別に構わないよ。どうせ私はやる事も無いしね』
クレイドル07、その周辺空域には、既に平常時を超える密度の
アスタロトの話では地上に多数のプラントがあり、それが怪異達を生み出し続けているとの事だったが。
あの量はそれを考えても多すぎる。
「第一射、いきます」
二つの砲口から放たれた魔導光弾が、一万キロメートルの長距離を刹那に翔け抜ける。
そして、白い影を数十、一気に地上へ叩き落とした。
『……着弾。馬鹿げてるよ、その眼』
「これくらいしなければ、オリジナルには勝てませんから」
『そう……それは人の勝手、と言いたいけど』
「はい?」
『陽彩はきっと悲しむよ。そういう事言うと』
「……そう、でしょうね」
着弾と同時に大規模な爆発を起こしたその弾丸は、今も尚黒い煙を吹き出している。
それが晴れた時には、先程までよりも更に多い怪異が蠢いていた。
『私も少し働く必要があるかな。アルティエ、合わせてね』
「了解です。そちらは好きに動いてください。僕は遠くの物から始末します」
冷却機関から上がる水蒸気を見送りながら、彼女は二つの砲を横に置いた。
シェキナーは本来、複数の腕を用いて多数の火器を扱う近距離戦闘用の機体だった。その為、武装の格納領域にそこまでの余裕は無い。
この二つの大型スナイパーキャノンはシェキナー本来の武装ではなく、それ故にそのまま置いておくしかない。
「行きますよ、シェキナー。いつも通りです」
人間と同じ位置に存在する両腕には、リロードが長い代わりに高い精度と火力を誇るスタンダードなスナイパーライフル。
背中に展開する四本の追加腕には、連射性の代償に一発の火力を落とした弾幕形成用の物。
一瞬で展開された武装を握り、先程までと同じようにクレイドル07の方へ向ける。
合計で六つの火器によって散乱するレティクル。視界はかなり情報過多になりつつあるが、彼女は落ち着いて機体の機能を落とす。
まずは銃身の冷却状態。クールタイムなど覚えているのだから、これは要らない。それから機体の状況。向こうから狙撃されるような距離ではない為、今回はこれもシャットダウン。
そんな調子でセッティングを進めつつ、アルティエは六発の弾丸を順番に撃ち出していく。
リロードのタイミングに合わせた一定間隔の射撃によって絶えず強力な弾幕を展開しつつ、合間に放たれる貫通力の高い弾丸が的確に上級種を屠っていく。
グレイエンプレスは多数殲滅に向いた機体だが、戦闘序盤では瞬間火力が足りない。長時間継続戦闘ともなれば右に出る者は居ないが、今はまだ戦端が開かれたばかり。ここは上級種を受け持つ事で負担を減らすのが先決だろう。
程なくして、アルティエの放った弾丸を数回反射する事で火力を確保したグレイエンプレスにより、その怪異集団は殲滅された。
そしてこの戦闘から、地球上の全ての怪異が、距離や数に関係無くクレイドル07へ向かっている事が発覚したのだった。
以上、第九話でした。
アスタロトちゃんの一人称視点に挑戦してみたり、三人称でアルティエさんの狂気を書こうとしたり、色々と頑張りたかった話でした。
バエルちゃんは本来喋らせる気は無かったのに気付いたら勝手に忠告みたいな事してて困惑しました。この作者キャラを制御できてませんね。
それと、最近何故かUAが伸びたので、このまま行けば200を突破できそうです。目指すは四桁、まだまだ頑張ります。
あ、そうだ。
次くらいに人が死ぬ予定なので苦手な人は今の内に切ってください。
それではまた来週の土曜日に、第十話でお会いしましょう。