四葉を継ぐ者   作:ムイト

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第102話 2096年バレンタイン直前

 

 

 

 ―在日USNA大使館―

 

 

「大使、これが我が国で作られた清酒です。私のお気に入りでしてな」

 

「ほう、それはそれは・・・・・・私もこの国に来てから良く飲んでおりますよ。上品な酒というモノを透明度で表しているようです」

 

 テーブルを挟んで座っているUSNA大使と日本の外交官の間には日本酒が置かれていた。

 会話の内容は明るいが、部屋を満たす空気は重い。

 

「このまま酒でも楽しみたいのですが、我が国に現在無法者がおりましてな。ゆっくりできないのです」

 

「ええ。その件で同胞の安全に配慮してくれている事に関しては感謝しています」

 

 USNA大使は日本酒をテーブルの端に寄せて話を続ける。

 

「我が国にも理屈が通じない人間もおりましてなぁ。ヨコハマの戦いの終わりに朝鮮半島の形を変えた大爆発を悪魔の仕業ではなく魔法だと何度も説明しているのですよ」

 

「なるほど。貴国も苦労しますな」

 

 横浜事変の際に使用された戦略級魔法は2種類。

 智宏のコメット・テイルと達也のマテリアル・バーストだ。

 あの後、智宏は国家公認戦略級魔法師となったが、達也に関しては完全に伏せられた。智宏の影に隠れた形となる。

 

 2人の魔法は恐ろしいものであったが、隠されたもう1つの魔法に対し、各国は情報の収集に力を入れたものの、現在に至るまで詳細は明らかになっていない。

 

「せめてグレート・ボムの概要だけでも明かしてくれれば大人しくしてくれると思うんですけどねぇ」

 

「そうしたいのはやまやまなんですが情報は軍部が握っておりましてな。連中が軍事機密を盾に明かさない技術はいくつもある・・・まったくシビリアンコントロールとはなんなのか」

 

 両者の視線がぶつかり火花が散る。外交も戦争であると実感できる一幕だった。

 

 なお、この会話は録音された物である。

 盗聴された会話を聞いているのは、司波家に集まる智宏と達也、深雪に響子だった。

 

「聞いてもらった通りよ。なんとか達也君の事はまだバレてないみたい」

 

「それに智宏兄様が表に出てくださったおかげで深く追求する人も少ないみたいですね」

 

 今回、響子が達也の戦略級魔法について、海外の連中が探りを入れてきたのでその会話を教えてくれたのだ。わざわざ達也の家まで来て。

 

「まぁそんな感じだから一旦は安心していいわ。じゃあそんな訳で・・・・・・」

 

 響子はそう言って立ち上がり、荷物をまとめて帰り支度を始めた。国防陸軍の軍人が達也の家にいるなんておかしな話だからである。

 だったら智宏の家でもよかったんじゃないかと思うが、逆に軍と四葉家の関係を探られても困るのだ。

 

 智宏達は玄関まで響子を送る。軍人である前にお嬢様であるため、歩く姿は美しく見える。

 

「あ、そうだ」

 

 靴を履いた響子は思い出したかのように、わざとらしくポンと手を叩く。何かと思いきや、鞄の中から2つのラッピングされた箱を取り出した。

 

「これ、チョコレートよ。1日早いけど」

 

 この時期のプレゼントはある程度予想できたので、あまり驚きはしなかった。バレンタインデーは明日だが、当日響子に会うわけではないので、渡せる時に渡した方が良いという彼女の判断を尊重したい。

 

「いいんですか!」

 

 でもこんな美人から貰えるのであれば嬉しいに決まっている。達也はともかく、智宏は嬉しそうにチョコレートを受け取った。

 

「ありがとうございます!」

 

「ありがとうございます」

 

 途端に背後から冷気が流れてきた。発生源はわかっているので気にしない。気にしてはいけない。

 達也もそれをわかっているらしく、発生源には触れずに響子へ礼を言う。

 

「義理だけどね」

 

「・・・・・・その割には立派ですね」

 

「あら達也君。義理じゃ不満?」

 

 年甲斐もなく可愛げに首を傾げる響子。頭は良いのだろうが、高校生を揶揄うのは如何なものか。将来真由美もこんな感じになるのかなぁと思う智宏だった。

 

 呑気な事を思っている智宏だが、それには理由がある。後ろからの冷気の温度がさらに低下したからだ。

 発生源・・・いや、深雪の目から虹彩は消え、じぃっと兄を見つめている。自分じゃなくてよかった。

 

「いえ全く」

 

 妹の視線を気が付かないはずもなく、達也は響子の問いに対して即答した。

 さすがは深雪の兄だ。妹の扱い方を熟知している。達也の返答に深雪の機嫌は戻り、周囲に漂っていた冷気もすっかりなくなった。

 

「じゃね〜」

 

 笑いながら消える響子。

 まったくどうしてくれるんだと思う智宏と達也は、無かったかのようにリビングへ戻る。

 その際、深雪の口から小さく「歳上が好み?」という言葉が聞こえたのは内緒だ。

 

 

 ♢ ♢ ♢ ♢

 

 

「ではこれでHRを終わります。じゃ、さようなら」

 

 担任の言葉で今日の学校生活は終わりを迎えた。普段より言葉が少なかったのは、教室から早く脱出したいという意思の現れだろう。

 

 無理もない。明日はバレンタインデーなのだから。

 チラチラと男子の視線を受ける女性陣は、それらを全く気にせずに下校した。むしろ一部の女子からはピリピリとした気が感じられる。

 担任は「早く帰らせろ」という彼女達の殺気立った視線から逃れたかったのかもしれない。

 

 互いに牽制している者もいれば、買い物の相談をする者、相手の男子に熱い視線を向ける者がいた。ほのかも例外ではなく、クラスで1番やる気のある生徒ではないだろうか。

 なかなかどうして、こういった時の女子は強者も怯むほどの恐ろしい気配を発する。

 

 智宏は女子生徒達の発する気から逃げるように、深雪とリーナを伴い教室を後にする。昇降口で達也と合流すると、周りから様々な視線を受けながら通学路を歩き始める。

 

「・・・・・・なんか学校中が浮ついた雰囲気なんだけど気のせいかしら」

 

「いや?気のせいじゃないよ。明日はバレンタインデーだから」

 

「なるほどね。チョコレートか」

 

 リーナはいつもとは異なる学校の空気を感じ取っていたが、それが何かは分からなかった。智宏の説明を受けると納得がいったように頷く。

 

「あら。チョコレートをあげるのは日本の文化だと思ってたけどよく分かったわね」

 

「まぁバレンタインデーにチョコレートを渡すのは有名なジャパニーズカルチャーだし。ステイツでも真似してる子いるのよ?」

 

 指で可愛らしくハートを作るリーナ。

 そう、バレンタインデーに女子から男子にチョコレートを渡すのは日本だけなのだ。海外では男女関係なくプレゼントを渡している所もある。

 

 しかし、まさかの文化の逆輸入とは・・・・・・日本の文化も捨てたものではない。というか日本の場合は文化や技術を輸入して改造した上で他国に広まっているパターンが多い。

 良い意味でも悪い意味でも自国の文化なので、そこは誇るべきだろう。

 

「リーナは誰かに渡すのかしら?」

 

「まさか。こんな事言うのもアレだけど、私って結構人気あるのよ」

 

 自身ありげに言うリーナ。

 本当の事だから何も反応はするまい。

 

「あげたら問題になるかもしれないから、私は参加しない。それよりミユキよ?貴方はもちろんタツヤよね?」

 

 リーナの行動は誰かに監視されている(軍ではなく生徒に)ので、チョコレートをあげた相手がいるとなった場合、その相手に降りかかる敵意は如何程のものか。

 それをわかっているのか、リーナは公に誰かにチョコレートを渡す事はしないと決めていた。

 

 自分の事は放っておけという風に話題を深雪に変えたリーナ。だが深雪に対してそれは悪手だ。

 

「何言ってるの?私達は兄妹よ。兄に対して本命チョコなんてありえないわ」

 

「へ・・・・・・?」

 

 この時智宏は思った。

 今この瞬間だけなら、リーナとエリカは仲良く同じ反応をするだろう、と。

 

 普段からベタベタと兄にくっつく深雪だが、こと恋愛に関しては兄妹という大きな壁を盾に否定をしてくる。まるで自分に言い聞かせているように。

 

 

 ―七草邸―

 

 

「ただいま」

 

「あらお姉様。おかえりなさいませ」

 

「キッチン誰もいないわよね。しばらく借りるから」

 

 自宅に帰って早々、真由美は妹の香澄と泉美に挨拶をすると、そのままキッチンへ引きこもる。

 七草家は使用人がいるため基本的に一族の人間がキッチンへ立ち入る事はないが、全く料理をしない訳ではない。特に女性陣がお菓子等を作るために利用している。今回の様に。

 

 鼻歌を奏でながらキッチンへ入る姉を見た妹達は、何事かと興味津々にキッチンの入口から顔だけ出して中の様子を確認した。

 

「さてと。まずはこっちね・・・ホホホ」

 

 不敵な笑みを浮かべる真由美は袋の中からある物を取り出し、残りを冷蔵庫の中にしまう。

 作り方は普通のチョコレートと同じ。チョコを砕き、溶かし、混ぜ合わせて固める。

 

 溶かしたチョコレートを他の材料と混ぜ合わせる真由美の目はどんよりと曇っている。まるで魔女が怪しい薬品を作るかのような光景だ。まぁ魔法使いなのは間違っていないが。

 

 ただ、普通にチョコレートを作っているだけで特別な作業はしていないので、使っている材料に妹達は目をつけた。

 

「香澄ちゃん・・・あれって」

 

「うん、カカオ95%のチョコレートに・・・隣にあるのは・・・・・・」

 

「エスプレッソパウダーですわね」

 

 彼女達は姉が一体何を作っているのかわかった。バレンタインデー用のチョコレートだ。

 しかもただのチョコレートではない。圧倒的苦さを誇るであろう、真由美特製の激苦チョコレートだ。

 

 真由美は普段人を振り回しているが、逆も然り、「コンチクショー」と思いたくなるくらいにお返しをしたい人物が何名かいる。

 バレンタインデーという大義名分があるため周りは不思議に思わないだろうし、相手も油断するのではないか、というのが真由美の考えだ。

 

「あれ食べたいと思う?」

 

「いやです。人の食べるモノではありませんよ」

 

 想像しただけでも口の中に苦味が出現する。

 2人はこのチョコレートの味については考えるのを止めた。

 

「こっちは出来た。次は・・・・・・」

 

 真由美は完成したチョコレートの様な物体・・・いや、あれはチョコレートなのだろう。そうだと思いたい。それを冷蔵庫の中に保管し、次の材料を取り出した。

 

 今度はおかしな材料は確認できない。むしろ少し値段は高めだが普通の材料だった。

 

「・・・・・・今度は普通だね」

 

「ね。本命かな」

 

 妹達の意外そうな視線を受けながらも、真由美は2種類目の製作に取り掛かる。作り方は先程とほとんど変わらないものの、キッチンの中に漂う香りは先程とは変わって甘いものになった。まるで真由美から発せられる気のようだ。

 

 溶かしたチョコレートを型に入れ、冷蔵庫に入れて冷やすと、仕上げやラッピングの準備を始める。1種類目より手の込んだ見た目にするらしい。明らかに量産型ではない。

 

「ねぇ。あれはやっぱり本命だよ」

 

「確か四葉家当主の息子さんとよく会ってらしてますね」

 

「この前だって別の場所のデパートにデートしにいったはず」

 

 あれは夏休みだったか、真由美は智宏とデートをしていた。互いに似たような上着を買い、昼食まで一緒に食べて帰ってきたのだ。

 帰ってきた姉の様子は他所様にはお見せしたくなかった。

 

「ボク、あんなに気持ち悪いお姉様初めて見た」

 

「失礼ですよ香澄ちゃん・・・否定はしませんが」

 

 2人が話す中、真由美は2種類のチョコレートを完成させ、機嫌良く片付けを始めた。後は渡すだけ。彼らの反応が楽しみだ。

 

 パウダー系の掃除に手間取ったものの、無事片付け終了。キッチンから退出しようと真由美が出入口に近づくと、妹達の話し声が聞こえた。

 

「――だからさ、四葉さんに本命を渡して、あとは毒殺するつもりなんだよ」

 

「あれだけエスプレッソパウダーを入れたらもはや薬ですわよね」

 

 なんと失礼な。

 確かに2作目は智宏に渡す用でしっかり作ったが最初のチョコレートは普段世話(・・)になっている人に渡すのだ。きちんと食べれるし怪しい物も入っていないのに。

 

 むしろ十師族の一員として見られていた事に気が付かなかった自分を恥じるべきだが、それよりも真由美は盛大に勘違いをしている妹達を教育しなければならなかった。

 

「おほほ」

 

「「あっ」」

 

 真由美は音も無く近づくと双子に声をかける。香澄と泉美はビクッと身体を震わせて声の主の方を向く。

 

「何を話しているのかしら」

 

「これはですね。麗しのお姉様が誰にチョコを渡すのか気になったものでして・・・ねぇ?」

 

「そうですそうです。確か四葉の御曹司にご執心でしたよね。私もお会いしたいですわ」

 

 必死の言い訳に真由美は額を抑えたくなるのを我慢し、改めて妹達を睨みつける。

 

「このおバカ!聞こえてるっての!」

 

「痛っ!」

 

「あうっ・・・・・・」

 

 ゴチンといい音を立て、真由美の拳骨は双子の頭に落とされた。さすがにこんな所で防御魔法を使う事は無いので、モロに打撃ダメージを受けた双子は命中箇所を抱えながら床に蹲る。

 

 噂が好きなのな年頃の娘としては当たり前だが、もっとこう慎ましやかに育って欲しかったなと自分の事を棚に上げて思う真由美。

 しかし今は明日のバレンタインデーに備えなければいけない。未だに蹲る妹達を置いて自室に戻っていった。

 

 

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