四葉を継ぐ者   作:ムイト

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第103話 第一高校バレンタインデー

 

 

 

 2月14日

 

 生徒達の朝は早い。

 

 女子生徒は冷蔵庫に保存しているチョコレートをラッピングし、一部は手紙を添えて決戦に備える。

 男子生徒はいつもより外見に気を使い、無意味な期待を胸に登校するのだ。

 

 一科生も二科生も関係ない。選ばれた男女が等しく楽しむイベント。バレンタインデー。

 これは魔法という特殊な環境に身を置きながらも、一般市民と変わらない1日を送った一高生の物語である。

 

 学校へ登校した男子生徒は、そわそわとした様子のまま、最初に自分の机へと向かう。現在の学校では下駄箱というものは存在せず、昔の雑誌にあったような下駄箱の中にチョコや手紙は入れられなくなっているのだ。

 ある者は机の中が空である事を認識すると崩れ落ち、ある者は手紙が添えられている包みを手に取ると周りにバレないようにガッツポーズを取る。

 

 さて、智宏もなんだかんだバレンタインデーを楽しみにしている1人でもある。智宏はクラスメイトに挨拶しながら席に座ると、鞄の中身を机にしまう振りをしてチョコの存在を確かめる。

 

 結果は無し。

 

 とはいえここで残念がる智宏ではない。

 直接渡すという選択肢もあるからだ。そして必ず渡してくれるであろう女子生徒も把握している。

 それに、家に帰れば彩音が渡してくれるだろう。智宏を送り出した彼女の顔はいつもより緊張したものだった。

 あれは間違いなくバレンタイン関係だ。そうだとも。そうに違いない。

 

 この日はいつもいるはずの担任教師の姿はない。学校としてもなんだかんだバレンタインを黙認している・・・というのが表向きな理由。

 実際の所、将来的に魔法師の人数を増やすためにカップルを作り、卒業後はそのまま早い段階で子供も作れよという裏の事情もあったりなかったり・・・・・・。

 

 教室に生徒が集まり出し、朝礼まであと15分となった時、勇気ある女子生徒達は一斉に動きだした。

 

「智宏さん。おはようございます」

 

「おはよう深雪」

 

「さっそくですがチョコレートです。どうぞ」

 

 トップバッターは深雪。いつも人前で達也にベタベタしているだけあって肝が座っている。深雪の一挙一手に注目していた男子生徒は悔しそうな雄叫びを上げ、血の涙を流していた。他のクラスの連中も窓際にいたが気にしない。

 

 深雪らしい水色の包紙にラッピングされたチョコレートを受け取りつつ、智宏は自身に向けられた多数の鋭い視線の持ち主や深雪へのフォローを忘れない。

 

「ありがとう深雪。ところで達也には渡さなくていいのかい?」

 

「はい。お兄様には家に戻ってからごゆっくりと召し上がっていただきますので」

 

「やっぱり達也が1番なんだね。ブラコン度が日に日に増してきているなぁ」

 

「それは褒め言葉として受け取っておきます」

 

 この会話は周囲に聞こえるように意識したもの。深雪もそれをわかっているのか、いつもより声が大きかった。ただ最後のは余計だったらしく、智宏に向ける笑みが強い。

 

 智宏は冷や汗をかく。

 ただ深雪も智宏に悪気があった訳ではない事はわかっていたため、発したプレッシャーを引っ込めて後ろで待機していた女子生徒に場所を譲った。

 

「智宏さん」

 

「おはよう、ほのか」

 

 次に来たのはほのかだった。手には手提げ袋を2つ持っている。

 もしかしなくても、片方はここにいない人の物だろう。

 

「チョコレートです。いつもお世話になってるので」

 

「うん、ありがとう」

 

「こっちは雫からです。やっぱりUSNA(あっち)で作って贈るのは難しいらしくて・・・・・・」

 

「しょうがないよ。まぁもらえるだけ嬉しいかな」

 

 ほのかは残念そうな顔で雫のチョコレートを渡す。親友の気持ちを1番に理解している分、自身の顔にも出やすいのだろう。

 

 長居をしてもアレなので、2つのチョコレートを渡したほのかは、去り際に智宏へこう囁いた。

 

「雫の箱の中に手紙が入っているって。私も中身は見ていないから帰ってから見てくださいね」

 

「わかった」

 

 雫のチョコレートはメッセージカード付きのようだ。何が書いてあるのだろう。

 

 ふと時計を見ると、1時限目が始まる時間が近づいている事に気がつく。

 どうやら2人しか渡せなかったらしい。智宏を狙っていた生徒達は悔しそうな表情で撤退して行く。

 まぁ教師の前で堂々とチョコレートは渡せまい。

 

 

 ♢ ♢ ♢ ♢

 

 

 昼休みに突入すると、我先にチョコレートを渡したい相手へと群がる女子生徒。

 もちろん智宏も例外ではなく、数名のクラスメイトにチョコレートを渡された。九校戦のメンバーに、個人的に助けた女子数名だ。

 かなり長時間の受け取りになると覚悟するが、幸運にも携帯端末に着信履歴が残っている事に気が付き、その相手に折り返す・・・が、反応は無い。

 

 智宏は追加で送られてきていたメッセージを確認し、念の為達也にも連絡を入れた。

 

「もしもし達也?今俺の所にSOSが届いたんだけどさぁ」

 

『誰だ?』

 

「服部先輩。でも折り返しには出ない」

 

『何?メッセージは来ていたか?』

 

「七草先輩に不気味な笑みで呼ばれたとしか」

 

 この段階で達也はあまり問題では無い事は察した。だったら適当に切ってやろうかと同時に思ったが、ある人物から自分に来たメッセージで気が変わった。

 

『残念だが俺達も逃げられないようだ。今七草先輩から智宏を連れて来いというメッセージを受け取った』

 

「そっかー・・・・・・じゃあ行くよ。現地で合流しよう」

 

『わかった』

 

 通話しながら教室を出た智宏は、自身へ視線を向ける女子生徒と目を合わせないように目的地へと向かう。

 

 達也と合流した後、互いに嫌そうな顔をして再び歩き出す。

 目的の建物へ入ると、入口からも見える位置に服部と真由美はいた。

 しかし――

 

「服部先輩!?」

 

「遅かったか」

 

 メッセージでSOSを受けた智宏は、その送り主である服部がカフェスペースのテーブル席で突っ伏しているのを発見した。

 

 下手人は目の前にいる真由美だろう。2人の間には空になった箱が置かれており、もしかしなくてもチョコレートが入っていた物だろう。

 となると彼の状態は――

 

「なるほど、毒殺か」

 

「七草先輩、やっちまいましたね」

 

「ちょ、2人とも!」

 

 服部の状態から冷静に分析する達也と智宏。もちろん冗談だが、いつもからかわれているのでこれくらいのお返しはいいだろう。

 ただ、ここは他の人もいるので真由美的にはあまり誤解を招くよう言動はしないで欲しかった。

 

「先輩、どうか安らかに」

 

「待て四葉・・・死んでないぞ」

 

「あ、生きてた」

 

 ゾンビの様に復活した服部。

 そんな様子にケラケラと笑う智宏。普段から真由美にいじられている3人は若干楽しんでいるので、こういった冗談も言い合える。まぁ被害にあった人間はそれどころではないだろうが。

 

「服部先輩、何かいりますか?」

 

「おお司波か・・・水をくれ」

 

 達也は服部に紙コップに入った水を渡す。普段はあまり話さない2人だが、これまでの出来事を受け信頼関係というものが構築されつつあった。

 

 服部は水を一気に飲み干すと、完全復活とはいかなかったが、ゆっくりと席を立った。

 

「じ、じゃあ自分は戻ります」

 

 フラフラと不自然な足取りでカフェスペースから退出する服部。

 腹を押さえているのを見ると、やはり口に入れたモノに何か入っていたのだろうな・・・と察する智宏と達也だった。

 

 となると次に犠牲になるのは智宏か達也か。

 この状況から脱するは逃げるしかない。2人の思った事は同じだった。

 

「では俺も(・・)行きます」

 

「しまっ・・・・・・!」

 

 先に撤退を口に出したのは達也だった。

 さすがだ。智宏より実戦経験が豊富なだけある。逃げのタイミングも完璧だ。

 

「あらそう?じゃ、次の休み時間にね。確か風紀委員の倉庫の関係書類を作成する予定でしょ?」

 

「え、えぇまぁ・・・わかりました」

 

 スタスタと早足でその場を去る達也。問題が先送りになるだけで脅威からは逃れられないらしい。

 というか一体なぜ達也の行動予定を知っていたのだろうか。まさかとは思うが先程の服部から聞き出したのかもしれない。

 哀れ服部・・・達也の情報を得るために尋問されるとは。

 

 さて、残ったというか逃げ遅れた智宏は真由美の熱い視線を受けていた。

 

「ねぇ智宏君、渡したい物があるの。一緒に来てくれない?」

 

 腕をガッシリ掴まれた智宏。単純な力は彼の方が上だが、今回に限り真由美に謎のバフがかかっているらしく、逃げる事はできなかった。

 甘えるような声で智宏の動きを止める真由美。狙った獲物は逃がさないといった意志を感じる。

 

「今ですか?」

 

「い・ま♡」

 

「・・・・・・お供します」

 

 段々と近づいてくる真由美。あの声色のまま耳元で囁かれるとどうにかなってしまいそうだ。学校・・・というか大衆の場では紳士的に女性に接している事にしているので、人が多いカフェスペースで反撃する事は叶わない。

 

 むしろカフェスペースにいるカップル連中から同情するような視線を向けられ、いたたまれなくなってしまった。

 普段あまり使われていない会議室・・・一応【会議室】という名称だが、レイアウトは応接室に近い。そこへ放り込まれた智宏は真由美が戻ってくるまで軟禁される事になった。

 

「お待たせ」

 

 真由美が出ていた時間はそんなに長くなく、数分もしたら戻ってきた。逃げる隙すら無い。

 

「これを受け取って欲しいの。今日バレンタインデーでしょ?」

 

 そっと机の上に置かれたのは綺麗にラッピングされたチョコレートだった。

 

「お姉さんからチョコレートよ」

 

「有難くいただきます」

 

 真由美は智宏の隣に座るとチョコレートと一緒に身体を近づけた。女性らしい柔らかい感触に、少女から大人の女性へと変わり始めた独特の色気が真由美から智宏に伝わる。

 そう言えば横浜事変前にもこんな事があったな、と思う智宏だった。

 

「智宏君・・・これ、一応本命だから」

 

「・・・・・・ええ。そこまで鈍感じゃないので」

 

 顔を赤くしながら智宏にチョコレートを押し付ける真由美。彼女にとっては雫がいない時を狙った最大のチャンス。怯む訳にはいかなかった。

 

 智宏自身、彼女の気持ちには気がついていたし、これまでチョコレートを渡してくる女子生徒が義理なのか本命なのかの判断もついた。

 だが肝心の人がここにはいない。だからこそ返事はしなかった。

 

「先輩・・・俺は・・・・・・」

 

「待った」

 

 真由美は智宏が自分をどう思っているのかはわかっていた。だかその心の中に別の人がいる事もわかっていた。

 

「北山さんが向こうにいる時にこういった事をして勝ってもイヤよ。私は正々堂々と戦うわ」

 

「じゃあ?」

 

「返事はしなくていい。その代わり」

 

 真由美はチョコレートの包装を解くと、中身を摘み智宏の口元にもっていく。

 これはもしや「あーん」というやつでは?

 

「ここでチョコレートの感想を聞かせてね。はい、あーん」

 

「・・・・・・いただきます」

 

 やってる方も恥ずかしいのか、先程より顔の赤みが増している。普段はからかっているのに本番には弱いのか。

 

 だが精一杯頑張っているのは智宏もわかっている。おそらく無理にでも食べさせようとするだろう。それにここまでしてくれたのに拒絶するのは失礼にあたる。

 

 智宏は口を開けてチョコレートを受け入れた。

 その際真由美の指が口に触れた気がしたが、気の所為だと思いたい。

 真由美の作ったチョコレートはいい材料を使っている分、後は彼女の腕次第となっている。

 

「どうかしら」

 

「美味しいですよ。あ、いけますねコレ」

 

 服部の様子を見てこのチョコレートにも何か仕込まれているのではないかと思っていたが、それは杞憂だったらしい。

 

 大きいとは言えない箱の見た目から予想していた通り、チョコレートの量はそこまで多くなかった。

 あっという間に食べ終わった智宏は、ウェットティッシュを真由美に渡す。

 

「ご馳走様でした。本当に美味しかったです」

 

「こんなに喜んでくれるとは思ってなかった」

 

「そうですか?」

 

「予想外の反応だったけど・・・よかった。えへ・・・・・・」

 

 指からココアパウダーを拭き取りながら照れる真由美。よほど嬉しかったのだろう。普段のキャラを忘れて微笑んだ。

 育ちの良さもあるのか、深雪といい真由美といい、大人びた女子生徒が多くいる。しかしこういった時に年相応の反応をするのを見ると、普段とのギャップの違いから大変微笑ましく思う。

 

 チョコレートを食べ終わったのでこれで解散。という事になるかと思いきや、真由美は智宏から離れずむしろ身体を限界まで密着させてきた。

 

「あの・・・先輩?」

 

 腕を絡ませてくる事はなかったが、撓垂れ掛かる形となったため、2人の色んな部分が密着している。

 

 柔らかいし、いい匂いがするし、なにより顔が近い。相変わらず羞恥で顔を赤くしているが攻勢を止める事はなかった。

 

「ふふっ、まぁ北山さんがいない分攻めさせてもらうわよ?休み時間もあと少しで終わるし、このままね」

 

 この状態で助けを呼ぶ事はできない。見られたら物凄い誤解をされそうだからだ。特にほのかには見られたくない。雫に報告されてしまう。

 

 真由美も理性が働いているのか、学校で一線を越えようとはしないらしい。

 ありがたいが、智宏の理性はガリガリと削れているので早く休み時間が終了して欲しいと願う智宏だった。

 

 休み時間が終わると真由美は智宏から離れ、ようやく会議室から2人は退出した。

 心なしかツヤツヤしている真由美。対して智宏はゲッソリとまではいかないが精神的に疲労している様に見えた。

 

 教室に戻ると女子生徒達の恨めしそうな視線を受けた。まぁチョコレートを渡す絶好の機会に本人がいなくなったのだから仕方ない。しわ寄せは午後の休み時間に来るのだろう。

 その事を考えた智宏は内心戦慄したのだった。

 

 

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