四葉を継ぐ者   作:ムイト

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第104話 第一高校バレンタインデー《夕方の部》

 

 

 

 ―2月14日 下校時刻―

 

 学校でのバレンタインデーイベントも終盤に差し掛かる。渡せた者や渡せなかった者、受け取った者や受け取らなかった者、彼らの様々な感情が教室に満ちていた。

 普通の人とは異なり魔法を使う者は、智宏や深雪ほどではないが、魔法干渉力で周囲に影響を与える場合がある。今回の場合は上記のような感情により、奇跡的に発生したパターンである。

 

 帰りのHRで教室に戻ってきた担任は異様な空気にドン引きし、いつもより早いペースでHRを進め、昨日と同じく逃げるように教室から去っていった。

 

 教室の扉が閉められると、女子生徒の顔が一斉に智宏の方へぐりんと向く。恐ろしいったらありゃしない。

 羨ましがるであろう男子生徒もこの時ばかりは智宏から視線を逸らした。都合の良い連中だ。

 

「四葉君、チョコレートあげる」

 

「わ、私も!」

 

 乙女達はやいのやいのと智宏に群がりチョコレートを渡していく。本命だろうが義理だろうが渡してくれるのは嬉しい。

 

 本命の生徒の中にはちゃっかり手を握ってくる者もおり、いつもより距離が近い状態となった。

 ふと深雪の方を見るとほのかと何やら話している。時々こちらを見ているので智宏に関する事だろう。

 直ぐに結論が出たのか、深雪は携帯端末を操作し、ほのかは雫の机―今はリーナが座っているが―まで歩き、ポンポンと智宏に見せつけるように机を叩く。

 

(ああ・・・まずい)

 

 これは「雫に報告するからね」というサインだ。

 後が怖いがチョコレートを受け取らないという選択肢は無い。深雪やほのかのチョコレートを堂々と貰った手前、この状態で断る事は不可能だからだ。

 状況的には【詰み】だ。

 

 いつまでも彼女を作らないままバレンタインデーを迎えた智宏が悪いのだが、家の事情もあるため仕方がない。

 ここは腹を括るべきだろう。

 

 クラスメイトの次は他クラス、他学年の女子生徒だった。もちろん世話になったお礼にという生徒もいるが、明らかに気合いが入った生徒もいた。

 教室はこのクラスに関係の無い人間がいっぱいだ。自分のクラスなのに追い出された生徒もいる。

 

「四葉君、九校戦見たよ。私感動しちゃった。これはお近づきに」

 

「はい、これ使っていいわよ」

 

 後半は3年生のお姉様方が大半だった。これは先に1,2年生に渡させる事により、後の自分たちの時間を長く確保するという作戦だ。

 

 時に子供っぽく、時に大人っぽくなる真由美とは異なり、少女の面影を残しながらも常に大人の雰囲気を漂わせる女子生徒達。

 持ち帰り用の紙袋をくれる辺り、智宏への気遣いをする事で歳上の余裕を周囲へアピールしていた者もいる。

 

 クラスメイトで智宏に接触した女子生徒は戦慄した。そして秘めたる闘志を燃やし、今後の行動の再計算を始める。

 

「うわぁ・・・・・・」

 

「智宏さん。そろそろ帰りましょう」

 

「うん。そうしましょう」

 

 チョコレートの受け取りが終了すると、智宏は机の上に積み上がるチョコレートに圧倒されながらも、助け舟を出してくれた深雪に感謝し、下校準備を始めた。

 

 校門に歩いていくと、そこには達也と先に行ったリーナが待っていた。いつの間にか教室から姿を消したので、てっきり帰っているのかと智宏は思っていた。

 

「あれ、達也はわかるとしてなんでリーナが?」

 

「いちゃ悪い?周りの視線がイヤだからタツヤといたの」

 

 なるほど。人気者のリーナから誰がチョコレートを貰うのか、男女問わず気になるのだろう。その視線に耐えられないリーナは戦略的撤退をしていた。そして達也という要塞を見つけ避難したと。

 

「じゃあ帰ろうか」

 

「ああ」

 

 そうしていつもの親戚メンバーとプラスワンは通学路を歩く。

 周りから互いを守っているため、近寄ろうと考えている生徒がいても、実際に近づく者はいない。鉄壁の防御だった。

 

「ねぇ、気になったんだけどその紙袋・・・何?」

 

 リーナは不思議そうに智宏の持つ紙袋を指す。

 普段は鞄1つしか持たない智宏が珍しいのだろう。

 

「チョコレートだよ」

 

「ああ・・・そう言えばバレンタインデーだったわね」

 

 興味なさげな声色で納得したリーナ。だが視線はチラチラと紙袋に向かう。

 嘘が得意では無いのがバレバレだ。査問会を受けてもそう簡単に治らないらしい。

 

「リーナはチョコレートを誰かに渡したのかしら?」

 

「そんな訳ないでしょ。争いを生むのなら渡さない方がマシよ」

 

 深雪は少しだけ気になったようだがリーナの答えは予想した通りだ。

 それからしばらくは他愛もない話をしなから下校していたが、智宏の携帯端末に突然メッセージが入った。なんとリーナである。信号待ちの時間で送信したらしい。

 

 内容は「2人になれるか」というもの。

 危険ではあるが最悪の場合は達也に助けを求めれば良い。

 今いる場所はいつもリーナが別れる交差点だ。丁度いいタイミング。

 

「あ、そうそう。少し買い物して帰るから俺もここでお別れだった」

 

「ワタシも行くわ。いつもの通りだし」

 

「そうでしたか。では智宏さん、リーナ、ご機嫌よう」

 

「じゃあな」

 

「ああまた明日」

 

 別れる瞬間、達也と深雪は何か察したような顔をした。深雪はともかく達也を誤魔化す事は難しくなってきている。

 まぁ2人きりにしてくれるのなら越したことはない。

 

 智宏はリーナと2人で帰り道を歩く。

 少しの間会話はなかったが、意を決したかのようにリーナが小さく「ヨシ」と呟いた。

 

「トモヒロ」

 

「んー?」

 

「このチョコレートには他意は無いわよ。パラサイトの件で助けてくれたお礼」

 

 そう言ってリーナが取り出したのは小さな箱。中身は言わずもなかチョコレートだ。

 智宏はありがたくそれを受け取り紙袋の中に収める。

 

「ありがとうございます。お礼は必ず」

 

「チョット。それだと返事をされたみたいに思われるじゃない!」

 

 リーナは慌てて智宏の方を向く。

 

「どのみち何名かにお返しはするんだからいいだろ?それにここにいるリーナはただの留学生なんだから」

 

「もう・・・・・・」

 

 智宏が自分の事を1人の留学生として、女子として、見てくれている事がわかったのか、リーナの顔に笑顔が戻った。

 最近デレの割合が増えてきているので彼女の本心が聞ける日が近いかもしれない。

 

 なお、リーナの用事はチョコレートを渡すだけだったらしく、この後直ぐに別れてしまった。残念な気持ちがなかった訳ではないが、智宏は手荷物の事を気にしなければいけないので真っ直ぐ帰路に着く。

 智宏が自宅に到着したのはいつもより20分ほど遅い時間だった。

 

「ただいまー」

 

「おかえりなさいませ智宏さ・・・ま・・・すごい荷物ですね」

 

 彩音は智宏が抱えた紙袋を見て素直に感心した。紙袋も小さくはないので、袋の外から箱の形状がわかるくらいは中に入っている。一体いくつ貰ったのだろう。

 

【四葉】という苗字に影響され、学校であまり関わらないようにされたらどうしようと考えていた彩音だが、それは杞憂だったらしい。

 結構人気がある主にホッとしたが、同時にチクリと胸の中で別の感情も芽生えた。

 

「まぁね・・・・・・食べ切れるかなぁ」

 

 智宏は彩音にリビングの扉を開けるように促しながら中へ入っていく。紙袋をテーブルの上に置くと、なにやら重そうな音がした。

 

「彩音。夕飯までどのくらい時間ある?」

 

「2,3時間はあります」

 

「ちょっと仕分けを手伝ってくれない?顔も知らない人からももらったんだ」

 

「かしこまりました」

 

 何が悲しくて主を狙う雌猫のチョコレートを触らなくてはいけないのだろう、とドロリとした感情が生まれる。先程のチクリとしたモノは、彩音の内に眠る感情の結界が破れた音だったのかもしれない。

 

 だが、チョコレートに何が仕込まれているのかがわからない。それで智宏に何かあった時が1番大変だ。

 彩音はテーブルに並べられたチョコレートに手を伸ばす。

 

「ああ、この山は知ってる人から貰ったやつね。深雪とかほのかとか」

 

 智宏が指差すチョコレートの小山は親しい友人達からもらったヤツ。対して残りの山はクラスメイトを含め、あまり関わりが無かったり全く知らなかったりする生徒から貰ったヤツだ。

 

「左様でございましたか。ではこちらは先にしまいましょう」

 

 彩音は深雪達のチョコレートを冷蔵庫に入れる。この日のためにスペースは確保してあるのだ。

 

「さてと・・・・・・始めるか」

 

 こうして2人のチョコレート分別作業が開始された。

 このご時世、見た目で判断する事はほとんど無い。ちゃんと食品をスキャンする機械が実在する。サイオンを注げば動く珍しいタイプだ。

 

 あまり一般家庭に普及されてはいないが、智宏の場合は真夜が持たせたのだ。名家の跡継ぎ候補として必要なのだと言う。

 まぁ【信用】という問題もあるので、普通は変な物は入れないだろう。普通ならば。

 

 やはり全てが安全というわけではなく、いくつか怪しいチョコレートが発見された。

 

「やっぱりあったな」

 

「全くどういうつもりなのでしょうか。許せませんね」

 

 フンス!と可愛く怒る彩音。

 まぁそれはいいのだが、怪しいチョコレートの数は全部5個。髪の毛入りはさすがに無かったものの、チョコレートから媚薬―と言ってもその成分は科学的に証明されているのでそれに準じたモノ―等の性的興奮を誘発させる成分や、なんと血液が入っていた。

 

 まさかこんな物がと戦慄する智宏。女とは恐ろしい生き物だ。その後、ヤバいチョコレートは彩音が処分し、残りは冷蔵庫へ片付けられた。

 

 チョコレートの仕分けが完了すると、そのまま夕飯タイムへ突入した。

 今日はバレンタインだが、祝日でもないため夕飯のメニューは特別なものではない。2人はいつも通りに夕飯を食べた。

 

 食後の緑茶を待っていると、キッチンからおずおずと彩音が姿を表した。いつもとは異なる物をトレーに乗せて。

 

「智宏様。貴方様に仕える身ではございますが、このような物をお渡しする私をお許しください」

 

 彩音がテーブルの上に置いたのは予想通りチョコレートだ。しかも外に持っていかない分手の込んでいるやつ。

 これはザッハトルテというお菓子だろう。

 

「いやそんなに畏まらなくても・・・・・・」

 

「いえ。私は従者です。本来ならば烏滸がましい事をしてはいけないのです」

 

 そう言ってのけた彩音の手は震えていた。

 彼女の言う通り、そうでなくてはならないのだ。

 智宏は主、彩音は従者。この関係は変わらない。四葉家当主直々の命令で智宏の下へ行ったのに、その主に対して恋心を抱き、あまつさえ困らせるような事があれば真夜の顔に泥を塗ったも同然だ。

 

 だが彩音は調整体と言えども人間だ。感情はある。だからこそバレンタインで葛藤し、結果智宏にチョコレートを渡したのだ。

 智宏はその決断をした彩音に同情しながらも、真夜()はそこまで気にしないのではないかと思った。むろん智宏がそう判断すれば(・・・・・・・)の話だが。

 

「とにかくありがとう。食べてもいいかな」

 

「は、はい!どうぞ!」

 

 彩音は緊張した顔で智宏にフォークを渡す。

 智宏はザッハトルテにフォークを入れ、1口たべる・・・・・・全く問題無い。むしろすごい美味しい。

 

「美味しいじゃないか。練習したの?」

 

「いえ、レシピ通りに作っただけです」

 

「そっか・・・本当にありがとうな。嬉しいよ」

 

「はひ!?あ、その、えへへ」

 

 智宏は彩音に向かって微笑む。真正面から。

 渡した本人も面と向かって礼を言われると照れてしまう。緊張が一気に解れたので油断しきっていたのだ。

 

 これにて一件落着。

 

 さて、彩音からのチョコレートを食べた後、智宏は自室へ戻り、雫のチョコレートの箱を開けた。なるほど、確かにほのかの言う通り折り曲げられた紙が入っていた。

 

「どれどれ?んー、URL?」

 

 手紙には雫からのメッセージではなく、URLだけが記載してあった。

 PCでこれを開けという事だろう。智宏はさっそくURLを入力する。

 

 すると海外にいても会話が可能な通話システムの画面が映し出された。確か達也の家で使っていたやつだ。

 URLは雫が設定した通話画面に直通のものらしく、通話の待機画面に移動した。パスワードを求められるが、手紙には書いていない。

 良く画面を見ると、ヒントが書いてあった。【私の誕生日は?】。

 

(・・・・・・雫は6月20日っと)

 

 日付を入力すると【相手を呼び出し中】の文字が画面に映る。これでよかったみたいだ。

 

 しかし両国の時差はかなりあるだろう。こっち(日本)は夜だがあっち(USNA)は真昼間のはず。雫にも予定だってあるはずなのに、通話できる状態でないのならどうしようもない。

 

 向こうの都合に合わせて出直そうかと思い、1度通話を切ろうとするが、タイミング良く画面が明るくなった。

 画面には急いで呼び出しに出たであろう、雫の姿があった。少し走ったのだろうか、息が乱れている。服は乱れていないので少しだけ安心。

 

『智宏さん!』

 

「久しぶり。こんな時間に連絡してごめん。今日平日でしょ」

 

『ううん。今日はリモートで授業を受ける事にしているから大丈夫。授業中でも智宏さんの方を優先するつもりだった』

 

 なんと嬉しい事か。留学先の授業よりも智宏を優先してくれるとは。

 真由美と同様、雫に対して特別な感情を抱いている智宏は少しだけ感動してしまった。

 

 自身の乱れを直して髪にクセがないか確認した雫は、「改めて」という感じに画面を見つめた。

 

『チョコレートは食べた?』

 

「まだだよ。ほのかから聞いた通りに開けたらこのURLがあったんだ」

 

 親友は自分のお願いをしっかり聞いてくれたらしい。互いに恋する乙女。相手は違うので相互協力が可能なのだ。

 雫はよかったと内心ホッとした。

 

「チョコレートは今から食べるよ」

 

『うん。どうぞ』

 

 智宏はさっそく雫が買ってくれたチョコレートに手を伸ばし、ひとつを口の中に放り込む。そこら辺の安物とは違う味がした。

 

「おいしい」

 

『だろうね。有名な店なんだよ?』

 

「本当に?調べてみようかなぁ」

 

 そう言いながらチョコレートを食べる智宏。よほどおいしいのか、先程から手が止まらない。個数はそこまで多くないので、箱からチョコレートが消えるのにそう時間はかからなかった。

 

 満足そうな表情をしながらウェットティッシュで手を拭く智宏を見る雫の顔は、贈ってよかったという表情をうつしていた。

 

「ご馳走様でした。雫、ありがとうね」

 

『ううん。来年こそは手作りをあげるから』

 

「そりゃ楽しみだ」

 

 来年もチョコレートをくれる。雫はさらっとそう言ったが、その意味を彼女はわかっているのだろうか。まぁリーナほどポンコツではないので、わかって言っているのだろう。

 

 次回のチョコレート作成に意気込む雫だったが、突然思い出したかのように動きを止めた。

 

『手作りといえば智宏さん。今年はチョコレートいくつもらったの?』

 

「え?」

 

『い・く・つ・もらったの?』

 

 カメラ越しでも雫から発せられる謎の圧力に智宏は怯む。いや、やましい事はないはずなのだが、それでも謝ってしまうんじゃないかというくらい雫が恐ろしい。

 

 下手に嘘をつけば怒るだろうし、ここは正直に言うのが定石かと判断した智宏は前日に貰った響子の分も含め、素直に白状した。

 おそらく深雪やほのかから詳細は聞いているだろうし。

 

『ふーん。そんなにもらったんだ。よかったね』

 

 普段から感情がわかりにくいと1部から言われている雫だったが、今回は明らかに機嫌が悪いとわかるトーンでコメントをした。

 

『となると七草先輩のやつもあるんだよね』

 

「ある」

 

『・・・・・・七草先輩が普通に渡すとは思えないな。何かあったよね』

 

 ズバッと智宏が触れてほしくない事を言ってのける雫。ずばり当てた・・・というよか、1番のライバルの行動を予測していたといったと所だろう。

 だからこそ智宏は下手に誤魔化さない。

 少しこちらも動くとしよう。と考えた。

 

「人目につかない所でチョコをもらったよ。さすがに大衆の前は抵抗があったみたい」

 

『2人きり・・・だね』

 

「もちろん」

 

『智宏さんの事だから無いとは思うけど襲われてはないよね』

 

「もちろん。というか雫は2人だとそういう事(・・・・・)が起きると思ってるの?もしくは自身が望んでいる事・・・かな?」

 

『そ、そんな訳ない!』

 

 無表情だった雫が珍しく頬を赤らめて反対する。まぁ智宏達は希少な魔法師の上に高校生だ。そういった教育(・・・・・・・)は家でも受けてきているし、もちろん学校でも教えてもらうが、前者の方が生々しい。

 

 雫の場合は真由美ほど押す事はないだろうが、危機感を覚えて暴走する可能性もある。普段のイメージは奥手といった感じだ。

 だからこそ今回の場合は智宏の反撃に対応できなかった。

 

『と、とにかく来月には戻るから。その時にちゃんと話をしようよ』

 

「わかった。今度はちゃんと雫が作ったお菓子を食べたいな」

 

『うん・・・うん!頑張る!』

 

 智宏のお願いに雫は嬉しそうに応えた。

 大切なバレンタインデー。想い人に手作りのチョコレートを渡せない事はどんなに辛い事だっただろう。

 

 その後、智宏は日付が変わるまで雫と話し続けた。今日女子生徒と交流した時間と同じくらいに。

 

 

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