ミツケタ。
その声と共に達也に襲いかかったピクシー。その動きはとても滑らかで機械である事を一瞬忘れそうになる。
動く速度はそれほど早いものではないが、このまま回避すると後ろにいる深雪に激突する可能性があった。何かあっても治せば問題ないと考えた達也はピクシーを受け止める事を決意。
ピクシーは達也に近づくと両腕を動かし彼の顔の方へ持っていく。
顔を掴む事もなく、首を締める事も無い。ただ恋人のように首に腕を回したのだ。
この間は10秒に満たない。
だが目の前の光景はまるでドラマのワンシーンを観ているかのようにゆっくりに感じた。
「おお〜」
感心する智宏。
「あら、司波君は機械にもモテるのね」
ニンマリと笑ってからかう花音。
「こんな機能あったっけ?」
技術屋として考え込む啓。
「お兄様・・・・・・お人形遊びがお好きとは存じませんでしたが」
冷たい声で兄を威圧する深雪。
科学や魔法が発展したこのご時世でも、女児の遊び相手は人形だ。
しかし深雪の言う人形は少し違う。世の中にはピクシーのような人形を相手にする娯楽が存在する。世間体にはよろしくないイメージがあり、例え兄であっても深雪は咎めるだろう。
色んな意味で可愛いお人形なら私がいるのに。
など、思ってしまう。
違うそうじゃないとツッコまれるかもしれないが、これは彼女の本心だ。
とは言うが、もちろん達也にも言い分はある。
「受け止めるしかなかったんだ」
「お兄様なら避ける事は造作もないはずです!」
達也の事を過剰に評価している(事実だが)深雪。それに同意するかのようにほのかが可愛くキッと睨みながら頷く。
「そうしたらお前達に突進していただろう?怪我はして欲しくないんだ」
もし達也以外であったならば「本当かなぁ」と思ってしまうが、彼ならありうる。達也のシスコンっぷりは日本一かもしれない。
達也がシスコンなら妹はブラコンだ。
こんな相思相愛な兄妹は今後見ることはないだろう。
シスコンの兄に対して妹は「キモイ」だの「近づかないで」と反応するのが普通の反応だ。内心どう思っていようが、表の反応はそうする。
(深雪なら「お兄様サイテーです!」ってセリフが似合いそうだなぁ)
などと、デレッデレになる深雪を見ながら下らない事を考えている智宏だった。
「とりあえずピクシー、離れて寝台に座れ」
「畏まりました」
そう言ってピクシーは達也の首にまわした腕を解き、部屋の中央にある寝台に座る。その時名残惜しそうな顔(ロボットなので表情は変わらないはずなのだが・・・・・・)をしたのは気のせいだと思いたい。
達也は熱っぽい眼差しをピクシーから受けながら、不思議そうな顔でこちらを見ていた美月に話しかける。
「美月。ピクシーの中を視てくれ」
「は、はい?」
「もしかしてピクシーが取り憑かれているかもしれないのかい?」
いきなり話しかけられた美月だか、彼女より先に幹比古が反応した。
「ああ」
「じゃあ僕は柴田さんのガードをするよ。柴田さんもいいね」
「え、えっとはい!頑張ります!」
可愛く気合いを入れた美月はメガネを外してピクシーをあらゆる方向から観察する。
頭、胸、腹、背中、下腹部。エンジニアのように真剣な眼差しだ。
最初は離れて見ていたが、彼女の中で結論が出た時は少しだけ近づいてある一点を見つめていた。
「いました。パラサイトです」
その言葉に部屋の中に緊張が走る。
花音は五十里の前に立つが、それを抑えるように五十里が彼女の肩を抱く。その行動に花音は頬を染めて大人しくなった。
第一高校では司波兄妹の砂糖を吐くほどの戯れが名物だが、こいつらも大概だろう。
「・・・・・・でもこのパターンはほのかさんと似てる?」
チラリとほのかを見た美月。
なんどかほのかとピクシーを交互に観察するが、その結論が覆る事はなかった。
「え・・・・・・?」
「つまりどういう事だ?」
ほのかが目を丸くする。
智宏は自然な動きでほのかとピクシーの間(視線を遮らない位置)に移動すると美月に問いかける。
「パラサイトはほのかさんの思念波の影響下にある、という事です」
「影響下。コントロールではないんだよな?」
「はい。具体的に言えばほのかさんの想いをパラサイトが写し取ったのだと思います」
「ピクシー騒ぎは最近起きた・・・ということはだ」
智宏はとある結論に達した。
最近起きた事と言えば校内へのパラサイト侵入とバレンタイン。前者でないとするならば答えは1つだ。
「ほのか。最近この近くで『幸せだ』と感じた事があったんじゃない?」
「ひえっ」
智宏の問いにほのかは小さく声をあげる。心当たりがあるのだ。
ほのかはチラリと達也を見る。それに習うように全員が達也に視線を向けるが、達也はサッと違う所に顔を背けた。気持ちはわかる。
この建物は普段人の来る所ではない。
智宏の言葉通り、この場所で幸せを感じる事があるとすれば、チョコレートを渡したタイミングだろう。
全員が智宏と同じ様に結論づくと、今度はほのかを見た。ほのかは顔を真っ赤に染め、じり・・・と後ずさる。
「光井さんの想いがパラサイトに影響を与え、ピクシーにまで影響している。ピクシーが笑ったように見えたのは、特別な意思を持ったパラサイトに
五十里が真面目な顔でまとめた。
その時――
『その通りです』
この場に存在しないヒトの声が聞こえた。
いや、聞こえたと言うよりかは脳内に響いたと言うべきか。
『私は彼に対する、個体名光井ほのかの想いによって生まれました』
「頭の中に直接・・・・・・?」
「なるほど。サイキックだったんだね」
明らかにピクシーから声は発せられていない。とはいえ、科学と魔法が発達したこの世界においては結論は出やすい。五十里の言葉に全員が頷いた。
ピクシーもといパラサイトは達也に対して話しているようなもの。智宏は肘で達也を小突き話をするよう促す。
「パラサイト・・・いや、お前はピクシーと呼ぶ。いいな?」
『はい』
「ピクシー、俺達の言語はお前たちの世界でも使われているのか?」
『いいえ。我々は宿主の知識によって言語を学びました』
ピクシー曰く、パラサイトは取り憑いた人間の知識を吸収して知能を向上させるのだと言う。
つまるところ、日本人なら日本語を、USNA人なら英語をパラサイトは発するのだ。
しかし、宿主の肉体が維持できなくなり再び外へ出てしまうと、知識はそのままだが記憶を持っていく事はできない。
前の宿主の時に何をしたのか、宿主が何を考えていたのかがわからないのだ。
「率直に聞こう。お前は我々に敵対する存在か」
『いいえ。
「俺に?」
このパラサイトの個体は達也に従うと言った。深雪も似たような事を言っているが、それに近い想いだろう。
『貴方のモノになりたい。個体名、光井ほのかの強い想いによって私は覚醒しました』
ガタンッ!
物音がした方を見るとほのかが逃げようとして近くのワゴンに接触してしまったのが見える。
それに気がついた深雪とエリカは両脇からほのかを抑え、叫びだそうとする口を封じた。
「人間の思念の影響を受けやすいのか?」
『いいえ。強く、純度の高い想念のみが影響を与える事が出来ます。感情の爆発ではありません。祈りという概念が影響を与えています』
(つまりピクシーはほのかの祈りを受け取ったから達也に従属したのか。達也め・・・バレンタインの時ほのかに何をしたんだ?)
智宏は得意げに話すピクシーを見ながらそう思った。
達也も原因に気がついているからこそ深堀りするような事はしなかった。
だが、ピクシーが止まる事はなかった。
『光井ほのかは、私は想いました。貴方の役に立ちたい、と』
ピクシーの達也に向ける視線の圧がさらに強まった。
ほのかも何かを察したのか、深雪とエリカを振りほどこうと藻掻くが実戦経験が多い2人には敵わない。
『貴方の尽くしたい』
『貴方に仕えたい』
『貴方のモノになりたい』
この段階で智宏は嫌な予感がしてきた。
ピクシーは次々に自らの・・・いや、ほのかの本心を公開するかのように話し続ける。
『この心も、身体も、生涯全てを貴方に捧げたい』
哀れほのか。
この公開処刑と言うべき告白は、多数の人間にいつも考えている事を暴露されてしまった。
彼らはまだ子供だが幼稚ではない。ピクシーの言葉の意味を理解できてしまった。
全てを捧げる。
それは将来的に結婚してください、と言っているようなものなのだ。
智宏達はほのかが達也に向ける感情がlikeではなくloveなのを知っていたが、こうして言葉にされると少し恥ずかしさがあった。特に異性に「身体を捧げる」なんて言葉は普通は発する事が無い。
ほのかには可哀想だが、相手が達也でよかった。
普通の人間なら照れくさくなってしまい、微妙な空気になりかねないのだ。現状ほのかしかダメージを受けていないので部屋の中は少しだけ落ち着いた空気も漂っていた。
『これが私が貴方に服従する理由です』
「ぐすっ・・・・・・」
得意げな顔(?)でそう宣言したパラサイトもといピクシー。
ほのかの顔は沸騰するのではないかと言うくらい真っ赤に染まり、フラフラと立っていられそうにない足元が覚束無い。
ついには泣いてしまいその場にペタリと座り込んでしまう。
両脇にいた深雪とエリカもそれにつられるように床へしゃがみこみ、倒れそうになるほのかを支えた。
いやしかし、これは教育的によろしくない。
魔法科高校でも普通科高校と同じように・・・もしかすると彼ら以上に
可憐でスタイル抜群、血筋も悪くない(これは推測の域だが)少女から「私を好きにして」と言われて反応しない日本男子がどこにいるだろう。あ、いるか。
部屋全体に気恥しい雰囲気が漂う中、達也だけは異なる反応をしていた。さすがは科学者だ。
「ほう。興味深いな。お前たちに自我が存在する事が意外なのか」
『私達はただ存るだけのモノ。望んでこの世界に来たわけではありません』
「お前の望みは俺に従う、と言うことでいいんだな?」
『はい』
「では俺の命に従え。許可なくサイキックの使用、表情も変える事を禁ずる。今まで通りピクシーとして振る舞え」
『ご命令のままに。マイマスター』