九校戦3日目。
今日は男女のピラーズ・ブレイクとバトル・ボードの決勝が行われる。真由美はこれを九校戦前半の山場だと言っていた。
智宏達は試合会場に行こうとすると、後ろからその真由美から声がかかった。
「いたいた。達也君!」
「会長、なんですか?」
「手伝って欲しい事があるの!来て!」
真由美はあっという間に達也を引っ張って行ってしまう。
後ろから達也に向けられた冷たい視線を感じながら、智宏はそのまま会場に向かった。
そして達也が戻ってくる頃にはもう摩利はスタート位置についていた。
智宏は取っといた席を達也に譲り、スタートの合図を待った。
試合開始の合図が出ると摩利は一気に先頭に躍り出る、だがその後ろには七高の選手がぴったりくっついている。
「強いな」
「さすがは『海の七高』ですね」
「去年も同じ光景だったよ」
摩利と七高の選手はもつれ合うように走り、ほとんど差が出ないまま鋭角のカーブに差し掛かる。
この時、智宏と達也は大型スクリーンに目を奪われて小さな異常を見逃してしまった。
「あ!」
「何!?」
「オーバースピード!?」
会場の誰かが叫んでいた。
七高の選手は既に水面を飛ぶように滑っており、このままでは壁に激突してしまう。その先に誰もいなければ・・・
だが前方には摩利がいる。摩利は斜め後ろからくる気配に気が付き、七高選手を受け止めるために現在の魔法をキャンセルし、ボードを弾き飛ばす魔法と選手を受け止めた衝撃を無くす魔法を発動しようとした。
その瞬間、摩利のボードの先端がいきなり沈み込んだ。それにより魔法の発動が遅れ、ボードは弾いたが七高の選手を受け止めるタイミングが早く、摩利は衝撃を吸収できないまま自身もフェンスに突っ込んでしまう。
フェンスを突き破り、意識がない摩利を見た生徒達は悲鳴を上げ、審判は試合の中止を告げる旗を掲げる。おそらく摩利は受身が取れなかったはずだ。
智宏は自然と立っていたが、達也に止められた。
「達也!」
「智宏。お前はここでみんなを見ててくれ。俺が行ってくる」
「・・・わかった。みんな落ち着いてくれ!深雪、会長は?」
「連絡がつきました。もう会場に着くそうです」
達也は人混みで溢れるスタンドを誰にもぶつからずにすり抜け、急いで摩利の所に向かって行った。
しばらくして試合は再開し、他の競技も続けられたが、一高生徒と他校の摩利ファンはそれどころではなくなってしまった。
夕方。3日目全ての試合が終わり、病室にも夕日が差し込んでいる。
摩利は意識に靄がかかったまま覚醒した。
「こ・・・こは?」
「摩利、摩利。気がついた?」
「・・・真由美・・・か」
「よかった。後遺症はないようね」
「あたしはどれくらい意識がなかったんだ?痛っ」
「まだ起きちゃだめよ。肋骨が折れているわ」
ベッドから起きようとする摩利を真由美は素早く押し戻す。摩利も身体の痛みでどれくらいの怪我を負っているのかを理解していたので、素直に従った。
「今は魔法で骨を繋いでいるわ」
「定着までどれくらいかかるんだ?」
「全治1週間」
「お、おい。それじゃあ・・・」
「競技は全て棄権ね」
「そうか・・・」
「レースなんだけどね。七高は失格、決勝は三高と九高よ。ウチは3位に入れたわ」
「・・・相手を助けてもあたしが重症を負うなんてな」
「いいえ。摩利の判断は間違っていなかったわよ。あそこで摩利が受け止めていなければ七高の選手は魔法師生命を絶たれていたと思うの。これは達也君も同意見ね」
「まて。なんでアイツの名前が出てくる?」
「摩利をここまで運んで治療に付き添ったのが彼だからよ」
「なっ」
摩利が驚いた顔をしたのを満足したのか、真由美はにんまりと笑っていた。
「着替えの時は廊下にいたわ。でもお礼は言っときなさい、摩利が骨折してるって見抜いたのは達也君なんだから」
「・・・・・・何者なんだ?」
「怪我人に慣れてる感じだったけどね・・・・・・じゃあ摩利」
「なんだ?」
「あの時第3者から魔法による妨害を受けなかった?七高の選手を受け止める時に摩利が体勢を崩したのは魔法による水面干渉のせいだと思うの」
「・・・確かにあの時は不自然な揺らぎを感じたな」
「これも達也君も同意見よ。彼がさっき大会委員からビデオを借りて解析してるところよ」
「高校1年生のスキルでできるものじゃないぞ・・・」
「五十里君も手伝うって言ってたし・・・じゃあ私そろそろ行くね。何か思い出したら連絡ちょうだい」
「・・・・・・ああ」
真由美は病室を出ていく。
ひとりぼっちになった摩利は静かに天井を見つめていたのだった。
達也と智宏、深雪が試合の映像を観ていると、ドアがノックされた。
深雪がドアを開けると、そこには呼び出した男女の上級生がいた。
「お待ちしておりました。お兄様、五十里先輩と千代田先輩がお見えになられました」
達也は五十里と花音の姿を確認すると立ち上がった。
「先輩方、わざわざすいません」
「いいんだ。こっちから手伝うって言ったんだし。それで何かわかったかい?」
「やはり第3者の介入がありました。確認をお願いします」
「わかった」
「智宏、席を替わってくれ」
「はいよ。先輩、どうぞ」
「うん。ありがとね」
五十里は智宏に椅子を譲ってもらい、達也は解析した試合の映像を五十里に観せた。
シュミレーション映像には、摩利が七高の選手を受け止めようとした場面が映し出されており、水面が陥没した瞬間画面にunknownという文字が表示される。
これはありえない『力』が水中から掛かっている証拠だ。
画面を止め、振り返った五十里の顔は難しそうな表情をしている。
「これは難しいよ」
「啓、どーゆーこと?」
「花音も知ってると思うけど、九校戦は外部からの干渉を防止するために魔法師や機械を大量に設置してあるんだ。だから普通は無理。後は水中に工作員を潜ませれば・・・・・・って思ったけどそれは有り得ないよ」
「司波君の解析が間違っているんじゃない?」
「それこそ有り得ない。彼の解析は完璧さ」
達也を除いた全員がうーんと考え込んでしまう。
時計の秒針が2週ほどすると、またしてもドアがノックされた。
達也が深雪に開けさせると、そこには幹比古と美月が立っていた。
「お兄様、吉田君と美月が・・・」
「俺が呼んだ。入ってもらってくれ」
「先輩、2人は達也のクラスメイトの吉田と柴田です」
「うん、吉田君は知ってるよ。ところで・・・」
「2人には事件解決の謎を解くために来てもらいました」
智宏が五十里と花音に2人の紹介をしていると同時に、達也は幹比古と美月に事件の詳細を教えていた。美月がなんか落ち込んでいた。達也が何か言ったんだろうか?
互いに説明が済むと、達也は幹比古に視線を向けた。
「俺と智宏、五十里先輩は水中で何者かが妨害したと考えている。しかし警備が厳しい中では人間以外の何かを使った方がいい。これは智宏もわかってるだろ?」
「ああ。あの監視の中で水中に完璧に姿を隠す事はできないからな」
「・・・・・・達也は精霊魔法の可能性を考えてるんだね」
「そうだ」
現代魔法を行使している魔法師は、普通は想子の波動で魔法を感知している。
しかし精霊を使役する精霊魔法は活性を低くすれば現代魔法師は精霊を感知する事は難しい。
つまり遅延発動型の術式が仕掛けられていたとしたら、大会委員の目をすり抜けて妨害した可能性は充分に高い。
達也は全員の顔を見回し、もう一度幹比古に向き直った。
「幹比古。特定の条件で水面を陥没させる遅延発動魔法は精霊魔法で可能か?」
「可能だよ」
達也の問いに幹比古は即答だった。
「お前にもできるか?」
「できる。半月の期間があれば確実に」
次の問いにも即答だ。
精霊魔法を専門としている幹比古にとっては容易い事なのだろう。
「でも渡辺先輩がバランスを崩すほどの威力は出せないよ。七高の選手が突っ込む事故が重ならなければ、子供の悪戯にしかならない」
「あれが
「え?」
「智宏」
「おう。みんなこれを観てくれ」
智宏はディスプレイを胸辺りまで持ち上げ、全員に見えるようにした。
達也はリモコンでシュミレーション映像を再生し、衝突する手前で映像を止める。
ここからコマ送りで再生した。
「七高の選手は本来ならばここで減速しなければいけません。しかし、ここでは加速してしまっています」
「・・・不自然ね」
「花音も感じたかい?」
「ええ。こんなミスをする選手は九校戦に出ないわよ」
「俺は何者かがCADに細工したのだと思います」
「細工?」
「事故にあった2人は去年の決勝と同じです。俺が犯人なら2人を1度に潰すチャンスだと思います」
「達也、もしかして君は大会委員の中に工作員がいるって考えてるんだね」
「ああ」
達也が幹比古の言葉を肯定すると、部屋の中が驚愕の声でうまる。
誰もが信じられないという顔をしていた。
「お兄様、CADに細工するのはいつなのでしょう?」
「CADは必ず1度大会委員にチェックされる」
「まさか!」
「そうだ。おそらくそのタイミングで細工したのだろうな」
「でも手口が見つからないわよ?」
「そうだね花音。司波君、なんだかわかるかい?」
「今ところは何も。ただ警戒はした方がいいですね。証拠がないのでは訴えようがありませんし」
「そうか・・・じゃあ花音、会長にこの事を伝えといてくれないかい?十文字会頭には僕が伝えておくから。司波君もそれでいいよね?」
「お願いします」
「任せて!」
ここで達也達は解散となり、五十里と花音は小走りで真由美達の所に向かって行った。
それから2時間ほどした後、達也の携帯端末で真由美から呼び出しを受けた。
「達也?」
「会長から呼び出しだ」
「俺も行く。暇だし」
2人は部屋を出てミーティングルームに足を運ぶ。
するとそこで深雪と合流した。
智宏と達也は先程の妨害工作についての話と思っていた。しかしそれなら深雪を呼ぶ必要はない。
考えてもなにも始まらないので、達也はミーティングルームのドアを開けた。
「失礼します」
「ご苦労様・・・・・・って智宏君も来たのね」
「すいません」
「いいのいいの!むしろ来て欲しかったわ!」
「え?」
「真由美」
「あ、摩利・・・ごめんなさい。3人とも座ってくれる?」
ミーティングルームには真由美、鈴音、克人、そして怪我人であるはずの摩利が座っている。
智宏達は真由美に勧められるがまま椅子に座る。
すると真由美は改まった口調で話し出した。
「達也君と深雪さんに頼みがあります」
「なんでしょうか」
「深雪さん、貴女には摩利の代わりにミラージ・バットの本戦に出てもらいます。そして達也君はその担当エンジニアとして会場に入ってください」
「「え?」」
真由美からのお願いに智宏と深雪が同時に疑問の声を出してしまった。
ただ、達也は冷静だった。
「なぜでしょうか」
「実はな・・・ミラージ・バットには補欠がいないんだ。その場合1年から抜擢する事になる」
達也の質問に答えたのは摩利。
選手として落ち込んでいると思ったが、そうではなかったらしい。
風紀委員長として部下をまとめ上げているため、心身共に丈夫なのだろう。
そして摩利は畳み掛けるように達也にふっかけてきた。
「だが・・・君の妹なら優勝できるだろ?」
「もちろんです」
「だな」
「お兄様・・・智宏さん・・・」
摩利の問い智宏と達也は即答した。
深雪は自信をもって頷いた2人を見て顔を真っ赤にしている。
「深雪をそこまで評価してくれるなら兄としてありがたいです。深雪、やれるな」
「は、はい!」
深雪はただでさえ美しい背筋をさらにピンと伸ばし、達也に答えた。
その問いに満足した上級生はさっそく深雪を選手として登録したのだった。
そしてミーティングルームから退出する時・・・
「智宏君」
「なんです?」
「後で私の部屋来ない?同室の摩利が病室に戻るのよ」
「・・・何冗談言ってるんですか。夜更かしはいけませんよ」
「はーい(冗談じゃないけどね。でも時間が悪いか・・・)」
真由美に小声で話しかけられたが、智宏は面倒な事になりそうだったので自然に断って部屋に戻った。
あれは痛そうだ