「お、おい。達也、大丈夫か?」
「大丈夫だ」
達也は雫以外にもほとんど同時進行で他の2人のCADも調整している。
雫の試合前になって控え室に駆け込むように入ってきたのだ。さすがに智宏でも心配する。
達也は智宏の質問に短く答え、CADのチェックた入る。話すのは時間が勿体無い。それを智宏もわかっているのか、それ以上聞かなかった。
智宏と雫が見ている中で、達也は急いでかつ正確に調整を行い、変なところが無いのを確認してようやく2人の方を向いた。
「雫。今回のCADは全くの別物だ。何か不具合があったら言ってくれ」
「うん・・・・・・・・・大丈夫、異常は無いよ」
「そうか」
「達也、お前は休んでいていいぞ。雫の試合は俺が観ておくからさ」
「うん。無理させちゃったから・・・ごめん」
「雫が謝らなくていい。まぁ、そうだな。休ませてもらうよ」
「じゃあ行こうか」
「わかった」
達也を控え室で休ませ、智宏と雫は試合会場に通じる通路を歩く。
すると前を歩く雫がくるりとこちらを向いた。
「雫?」
「智宏さん。2人は勝ったんだよね」
「そうだな」
「じゃあ・・・頭撫でて」
「え?」
「そうすれば優勝できる」
「・・・いいよ(優勝ってちょっと気が早いんじゃね?)」
智宏は雫のリクエスト通り頭を撫でた。
もしかすると初めての対戦で緊張しているのかもしれない。
小銃形態のCADを抱えた雫は顔を伏せていたが、普段
智宏が手を離すと、雫は力強い視線で智宏を見た。
「頑張るね」
「いつも通りにやればいい。行ってこい」
「うん。行ってきます」
こうして雫は試合会場に出ていった。
その頃、観客席では雫の登場を今か今かと待っているメンバーがいた。
なぜか美月が緊張しているが、それを深雪がちょっとだけからかっている。
すると雫が下から出てきた。
「お、雫が出てきた・・・・・・ってあれは」
1番最初に雫を見たエリカはなにかに気がつく。
隣に座っていた幹比古はその視線を追って雫の抱えているCADを見る。
「あ、あれは汎用型?」
「マジか!」
「小銃形態でですか?」
幹比古の驚いた声にレオと美月もびっくりしている。
彼らが驚くのも無理はない。小銃形態の汎用型CADは聞いた事がないのだ。ましてや照準補助が搭載された物なんて。
唖然としている同級生に対し、深雪は得意げにニッコリしていた。
「よくわかったわね。アレは全てお兄様がお作りになったものよ」
「「ええ!?」」
「み、深雪?一応聞いとくけど・・・何のために?」
「もちろん試合のためよ?エリカ、何を言ってるの?」
「そ、そうよね〜」
深雪が色々と答えていると、ついに雫の試合が始まろうとしていた。
そして試合開始の合図が鳴った。
同時に両側から紅白のクレーが複数発射され、有効エリアに向かって飛んでいく。雫の色である紅色のクレーは、中央に集まると衝突して砕け散った。
雫は自分のクレーの軌道を曲げるだけでなく、壊さないように相手の白いクレーも一緒に曲げて妨害している。スピード・シューティングは選手を直接攻撃しない限り妨害はありなのだ。
しかし妨害は難しく、自滅してしまうケースが過去にも多く存在している。
残り時間もわずかになってきた時、智宏は雫の勝利を確信した。
(残り・・・30秒)
雫もこの日のための練習で撃っている時に時間が体感で測れるようになった。時間をしっかり確認する事で、『残り時間を気にする』という事が無くなった。現に今の雫には焦りはない。
雫はゴーグルの内側に写しだされた球体の内側に紅いクレーが入り込むと引き金を引く。その瞬間標的は砕け散った。
それと雫は魔法を行使する時のストレスを感じていなかった。
汎用型は処理スピードが遅いため、その分自分の処理能力で補う必要があるのだが、達也の組み上げた術式はそれを全く必要としていなかった。
(あと5秒)
クレーが飛び込む。
引き金を引く。
この2つ動作を雫はしているだけ。
もうカウントをする余裕も生まれる。
(4・・・3・・・2・・・1)
「・・・パーフェクト。やった」
試合は終わり、雫の圧倒的勝利に観客席は歓声に包まれた。
雫は会場を後にすると、試合会場の選手出入口に立っていた智宏のところに小走りで向かう。
「智宏さん。勝ったよ」
「やったな」
「うん。智宏さんが頭撫でてくれたから」
「や、照れるじゃないか」
「じゃあ控え室に行こ」
「おう」
雫は智宏の前に立って歩き出す。
そして智宏のと比べて雫の小さい手はしっかりと智宏の手を握っていた。
午前12時。
スピード・シューティングの試合は全て終了し、1高の天幕には興奮した空気に包まれていた。
「達也君!快挙、これは快挙よ!」
「会長、落ち着いてください。少し痛いです」
「・・・あ、ごめんなさい」
1高の天幕では達也が真由美に背中をバシバシ叩かれていた。無論達也は痛くもなんともないのだが、さすがにしつこいと思ったのか真由美を落ち着かせた。
真由美もはしゃいでいた自分に気づいたのか、叩くのを止める。
しかし達也は解放されなかった。
「でもすごいわ!まさか1位と2位と3位全て独占できるなんて!北山さん、明智さん、滝川さん、よくやってくれました!」
「「「ありがとうございます」」」
「もちろん達也君もね」
「そうだな。君の功績も確かだ」
真由美も摩利、そして雫達選手も達也を称賛した。
すると鈴音も会話に入ってきたが、その内容はとんでもない事を言い出した。
「ちなみに、北山さんの魔法は『インデックス』に採用するかもしれないらしいですよ」
インデックス。この正式名称は『国立魔法大学編纂・魔法大全・固有名称インデックス』と呼ばれている。
これは魔法の百科事典みたいなもので、新種の魔法はここに載る可能性もある。それは魔法を開発している者にとっては名誉な事だ。
しかし――
「そうですか。では開発者は北山さんの名前を入れといてください」
「え、ダメだよ!」
「俺はあの魔法を使用する時は長い時間を必要とする。これでは使えないのと同じだ」
「でも・・・」
「雫」
「智宏さん?」
「達也がそう言ってるんだからいいじゃないか。登録したのは雫、でも開発したのは達也。周りが知らなくても俺達が知っていればいいんじゃないか?」
「そうね。魔法が使えないレベルの達也君より実際に最初に使用した北山さんの名前を書いといた方がいいかもしれないわ」
「会長・・・・・・わかりました」
達也の言った通り、新種の魔法を開発したとなれば、その実演を求められる事が多い。しかしそれが『使えない』となれば他人の開発を横取りしたと疑惑を持たれてしまう。
達也はそれを回避したかったのだ。
雫も渋々納得し、この場は収まる。
そして午後の試合に向けて天幕の中は再び動き出したのだった。
一方、3高のミーティングルームでは緊急の会議が開かれていた。
進行は一条将輝と吉祥寺真紅郎だ。
「じゃあ将輝は1高の優勝が彼女達の個人技能じゃないと思ってるのか?」
そう言った疑問に将輝に視線が集中する。
将輝はその全員に肯定するように頷いた。
「ああ。確かに北山って子の魔法力はずば抜けていた。だが他の2人は違う」
「他に要因があるって事?」
「そうだ。ジョージ、なんだと思う?」
「エンジニア・・・だね」
「正解。おそらく相当の腕前だったんだな。優勝選手のデバイスは汎用型だった」
将輝の言葉に吉祥寺以外の1年生に大きな衝撃が与えられる。
信じられなかったのか、反論も上がる。
「小銃形態の汎用型なんて見た事ないわ!」
「メーカーのカタログにもないぞ?」
「市販はないだろう・・・でも実例はある」
「そんな・・・」
「去年の夏にデュッセルドルフで発表があったよ。でも結果は惨敗。その試作品は実戦に耐えるほどのレベルじゃなかったんだ」
「そうだったのか・・・」
「さすが私達のブレーンだわ」
吉祥寺の説明に一同が重い空気に包まれると、将輝がまとめにはいった。
「今回の北山選手の使ったデバイスは汎用型。もしそれがエンジニアの腕で実現できているのなら・・・そいつは1種のバケモノだ。俺達はCADだけでも2、3世代分のハンデを負っていると考えてほしい」
「将輝がそこまで言うなんて」
「そうね。気を引き締めていきましょう」
こうして達也は3高からバケモノ扱いされ、警戒の対象となる。
将輝達もこれから達也が担当するかもしれない競技には1層注意が必要だと考えさせられたのだった。
他校から見ればバケモノなんだろうな