四葉を継ぐ者   作:ムイト

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第32話 将輝の挑発

 

 

 「あれ?智宏さん顔色が少し悪いよ。どうしたの?」

 「いや・・・なんでもない」

 

 

 雫が観客席に戻ってきた智宏の顔を見て問うが、智宏は先程の出来事を一切口に出さない・・・いや、出せないため、あえてなんでもないと言い張る。

 雫もそれ以上深入りしたくなかったのか、何も聞いては来なかった。

 

 これから始まるのは『岩場』ステージで始まる3高と8高の試合だ。

 会場は『岩場ステージ』。障害物が少なく足場が悪いが視界が広くなるステージでもある。

 将輝は試合開始の合図が鳴ると真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに8高のモノリスへ歩いていく。相手選手が大きめの岩を大量に将輝へぶつけるが、将輝はその全てを魔法で撃ち落としている。智宏には及ばないが、直接撃ち込まれた魔法は領域干渉で無効化していた。

 まさに8高選手の妨害を嘲笑うように将輝はゆっくりと歩いている。

 

 そして将輝は前衛の2人を容易く蹴散らし、最後に怯んだ8高のディフェンスに圧縮された空気の塊を叩き込んだ。

 3人全員が戦闘不能になったことにより試合は終了。結局この試合で働いたのは将輝だけだった。

 

 1高の天幕では摩利を除いた幹部達がこの試合を観ていた。

 

 

 「予想以上ね。試合スタイルは十文字君に似てるわ」

 「意識しての事でしょう。本来ならば一条選手は中距離からの飽和攻撃を行うはず。これは司波君に対しての挑発ですね」

 「挑発?なんともまぁ・・・」

 「俺も同意見だ。そして司波はこの挑発に乗るだろう」

 「え!?」

 

 

 まさか克人が鈴音の意見に同意するとは真由美は思ってもいなかった。

 確かに達也達が勝つには正面からの真っ向勝負に持ち込むしかないだろう。その事は控え室にいる達也や観客席に座っている智宏にもわかっていた。

 

 

 「うーん・・・まいったな。一条の挑発に乗らなければいけなくなった」

 「お兄様達が勝つには真っ向勝負を挑むしかありませんもの」

 「でも『草原』や『岩場』以外なら勝てるかもしれませんよ?」

 「ほのか、それはないな。大会委員の動向を見ると相手高に有利なステージが選ばれている。次の試合も3高と当たる時も達也達に不利なステージが選ばれる可能性が高い」

 「そんな!」

 「まだわからないわよ?」

 

 

 智宏の意見にほのかが心配そうな声を上げ、深雪がほのかをなだめているが智宏達の心境は不安だった。

 また、『プリンス』や『カーディナル・ジョージ』の相手をするのに一筋縄ではいかないと1高の全員が感じた。

 

 その頃控え室では、達也達が座りながら会議をしていた。

 

 

 「達也、警戒するのは一条将輝か?」

 「いや・・・吉祥寺真紅郎もだ。吉祥寺は『カーディナル・ジョージ』と呼ばれている。油断はできない」

 「マジか!」

 「え?彼があの!?」

 「そうだ。2人共『不可視の弾丸(インビジブル・ブリッド)』に注意しろ。吉祥寺は一条を俺にぶつけてレオと幹比古を無力化するかもしれない」

 「わかったぜ」

 「わかったよ」

 「さて。そろそろ次の試合だ。行くぞ」

 

 

 3高に警戒心を強めた達也達は、気を取り直して9高との試合に望んだ。

 

 フィールドは『渓谷ステージ』。

 人工の谷間には川があり、それぞれのモノリスの近くには大きめな水溜りがある。

 林もあるのであまり走り回れないが、ここは幹比古の独壇場だった。

 試合開始直後にフィールドは霧に覆われた。もちろん幹比古の魔法。幹比古は味方には薄い霧を、敵には濃い霧を纏わせた。

 9高選手は霧に阻まれて1高のモノリスにたどり着く事ができず、しかも魔法で霧を吹き飛ばしても霧が空いた空間を埋め尽くすように迫って来る。これではいくら魔法を行使しても視界をクリアにする事ができないままだ。

 

 霧を恐れて崖沿いに進んでいる相手選手とは違って達也は霧に紛れて9高の陣地に到着した。木の枝に隠れている達也の視線の先には、遊撃とディフェンスがいた。

 すると9高の遊撃担当の選手は霧で足元が良く見えず、足を滑らせて川に落下してしまう。その音に気を取られ、モノリスから3mほど離れてしまったディフェンスの隙をついて達也はモノリスに魔法を撃ち込んだ。

 モノリスが開いた音にディフェンスは驚いて辺りを見回したが、達也は既に味方の陣地へ離脱している。

 

 後は幹比古が精霊を使ってコードを打ち込み、戦闘が1度も行われることなく試合は終了したのだった。

 次の試合は2時間後らしく、達也はCADの調整に、レオはホテルの部屋で休憩するようなので、幹比古は1人でホテルの最上階に向かう。

 屋上に出ると、幹比古がよく知っている女子がそこにいた。

 

 

 「あれ?エリカじゃないか」

 

 

 屋上にいた先客は麦わら帽子を被ったエリカだった。

 

 

 「何しに来たの?」

 「僕は富士山を見にね。エリカは?」

 「あたしは・・・・・・ひとりになりたかったのよ」

 

 

 エリカが珍しくこんな言葉を口に出すなんて幹比古は想像もできなかった。

 返す言葉が見つからずにいると、エリカは富士山の方に振り向いてそのまま話しかけてくる。

 

 

 「あんたさ・・・ちゃんと気吹を感じてる?」

 「え・・・・・・・・・?あっ」

 「なんだ。やっぱり治ってるじゃん。幹比古、もうあんたは事故に会う前の吉田幹比古よ?わかってる?」

 「う、うん。確かに前より波動を感じるようになったかな」

 「・・・良かったじゃん!」

 「い、痛っ!」

 

 

 エリカは本来の自分を取り戻した幹比古の背中をバシン!と叩く。

 

 

 「ミキ、決勝戦もこの調子で頑張りなさい」

 「僕の名前は幹比古だ!」

 

 

 幹比古とのいつものやり取りに満足したのか、エリカはその返しに何も言わずに去っていく。

 

 その頃、達也に合流した智宏はある人物と会っていた。まぁ、用があるのは達也の方なのだが・・・。

 

 

 「小野先生、わざわざすいません」

 「本当よ。私はカウンセラーであって運び屋じゃないの・・・って隣の彼は四葉のご子息?」

 「ええ」

 「はじめまして。四葉智宏です。まさか公安の諜報員にお会いできるなんて思っていませんでした」

 「む・・・司波君?」

 「俺は教えていません。もちろん師匠も」

 「母上の方からです」

 「なるほど。わかってると思うけど内緒だからね」

 「わかってます」

 「じゃあこれ」

 

 

 遥は達也に持ってきていたキャリーバッグを渡した。

 

 

 「もういいかしら?」

 「すいません。もうひとつ仕事をお願いしてもいいですか?」

 「私パシリじゃないのよ」

 「・・・税務申告がいらない臨時収入欲しくないんですか?」

 

 

 この瞬間、遥の目に動揺が走ったのを智宏と達也は見逃さなかった。それは「マジ?臨時収入くれるの!?」といったような目だ。

 はたしてこんなのが公安の諜報員を務めていいのか2人は不安になったが、ひとまず答えを待った。

 

 しかし待ち時間はそう長くはなかった。

 

 

 「・・・・・・仕方ないわね、何をすればいいのよ。どうせ裏の仕事なんでしょ?」

 「香港系国際犯罪シンジゲートの無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)のアジトを調べてもらえませんか?」

 「っ!?」

 

 

 遥は周りに他に人がいないのを確認すると素早く達也に詰め寄った。その距離は10cmもない。深雪が見たらどうなってしまうのだろうか?

 

 

 「なんであの組織を知ってるの!?」

 「自分達に危害を加えようとする輩の正体は既に調べがついています」

 「何を企んでるの?私達公安も今回の件で目をつけているわ」

 「別に深い意図はありません。ところで、この体勢はいささかまずいのではありませんか?」

 「・・・はっ!」

 

 

 遥は今自分がどのような状態に置かれているのかを理解し、詰め寄った時より早く達也から離れた。しかも顔を真っ赤にして。本格的に諜報員を辞めるよう進言した方がいいんじゃね?と智宏は思ってしまう。

 

 しかし、すぐに落ち着いた遥は1回咳払いをして真剣な表情で智宏と達也を見た。

 

 

 「保険よね?」

 「保険です」

 「もちろん」

 「はぁ・・・わかった。1日頂戴」

 「へぇ、1日ですか。達也、奮発してあげたら?」

 「考えておくさ。さすがは先生ですね」

 「もう。大人をからかっちゃダメよ」

 

 

 自分の仕事(公安の方)を褒められた遥は、まんざらでもないような顔をしていたのだった。




お金を詰めば動いてくれる公安の秘密捜査官・・・

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