「今の・・・何?」
真由美は狼狽した声で周りの幹部達に訊ねる。
最初誰も答えなかったが、1番最初に口を開いたのは克人だった。
「指を鳴らす時に音を増幅させたのだろう」
「ですね。大音響を一条選手の耳元で鳴らす事によって鼓膜の破裂の三半規管のダメージが発生したのでしょう」
「ああ。それにルール違反はしていない」
「そんな事は観れば解るわ!そうじゃなくて!何で達也君は一条選手の攻撃で倒されたはずなのに立ち上がっていたの!?迎撃は間に合わなかった。しかも2発直撃していたのよ!」
「落ち着け七草」
若干ヒステリックになっている真由美を克人が落ち着いた声でなだめた。
このように混乱する人もいるのだが、それは真由美だけではない。観客席に座っている1高女性陣(特にほのか)が真由美と同じような症状が出ていた。智宏も自己修復術式を知っていたが、使わなければいけない状況に持ち込まれた事に少しだけ驚いていた。
「ほのか、落ち着いて」
「雫!だって達也さんは直撃をくらったのに立ったのよ!?」
「ねぇ深雪。達也君って体術やってるのよね?」
「そうよ」
「じゃあ衝撃を受け流す技とかあるのかなぁ・・・」
「そうだよほのか。きっと達也さんは上手く躱したんだよ」
「・・・そ、そうだよね」
テンパっている人達がなんとか落ち着いてきている頃、その状況を楽しんでいる男が1人いた。
それは独立魔装大隊で軍医を務めている山中だった。
「いやぁ。いつ見てもすごいな彼の自己修復術式は」
「本当に使っていたのですか?」
「なんせ彼の魔法発動スピードは我々が認知できる速度を超えているからねぇ」
「せ・ん・せ・い?」
「・・・あ、いや、確かに見えなかった。私は司波達也君が使えないはずの魔法を使ってたなんて見てないぞ。なんとも頑丈な男だ」
「だからと言って実験台にはしないでくださいね。達也君は貴重な戦力なんですから」
「そんじょそこらの怪我で壊れる男ではあるまい」
「壊れなければいいという問題ではありません!」
藤林にピシャリと怒られて山中は首をすくめる。しかしあまり反省していないようだ。
それどころか話を別の物に逸らしてきた。
「それはそうと・・・やはり使ったな」
「ええ。低スペックのCADでは仕方ないでしょう」
「ま、機密が守られただけよしとするか」
達也が入隊している独立魔装大隊において秘密にしなければいけないのは達也本来の魔法だ。
体術が禁止されているこの圧倒的不利な競技で達也は『分解』を使わなかったのに加えて自己修復術式を誰にも認識されずに発動できた。本当の殺し合いなら将輝など一瞬で消えていたはず。達也は自らの戦闘力を大幅に失いながらも彼なりに頑張っているのだ。
というかフラッシュ・キャストを秘匿しておきたいのは独立魔装大隊と言うより四葉の方だろう。
智宏も非人道的な技術を知って「これはダメだ」と思ったくらいだ。
何にせよ、山中はそれなりにホッとしているのだった。
「相変わらずあのスピードは脅威だな。ウチで彼に匹敵するのは柳ぐらいか?」
「そうですね。ウチの隊では他に思いつきません」
もう2人は試合ではなく膝をついている達也を見つめているだけだった。
将輝が倒れるのを見た吉祥寺は軽いパニック状態になっていた。まさかあの将輝が倒されるなんて思ってもいなかったからだ。
(将輝が・・・負けた?)
「吉祥寺!」
「ッ!」
吉祥寺がフリーズしている隙を狙って幹比古が魔法を発動したが、3高のディフェンスが叫んだためかわされてしまう。
慌てて前を見ると先程押さえつけた幹比古がよろよろしながら立っている。
現在、幹比古の身体はボロボロだった。
長時間地面に押し付けられていたせいで軽い酸欠状態になっているかもしれないし、身体の至る所が悲鳴を上げていた。
しかし、ここで諦める訳にはいかなかった。
(やったんだね達也。達也が『プリンス』を倒したんなら僕だって!)
幹比古はキッと吉祥寺を睨みつけ、CADを操作した。
すると先程と同じように幻術で幹比古の姿はぼやけてくる。
しかしダメージは大きかったらしく長くは持ちそうにない。
そう思った幹比古は唇を噛みきって意識を吉祥寺に集中させ、コマンドをCADに打ち込み、右手を地面に叩きつけた。
すると地面が揺れ、吉祥寺に向かって地割れが走る。実際には土に圧力をかけているのだが、今の状況では現実的な考え方は失われていた。
吉祥寺は空中へ逃れようとした。しかし吉祥寺の足は地面を離れない。草に絡みついているのだ。もちろんこれも気流を発生させただけだが。
地割れが吉祥寺の目前まで迫った時、吉祥寺は一気に跳躍して上へ逃げた。
だがそこには幹比古が仕掛けた最後の術式『雷童子』が発動し、吉祥寺を空中で撃ち落としたのだった。
「この野郎よくも!」
達也と同じように膝をついた幹比古に、残った3高のディフェンスが魔法を放つ。
土砂の波が幹比古に迫ってくるが、今の幹比古に回避する力は残っていない。
幹比古が覚悟して目を閉じる。
するとどこからは薄い鉄の壁のような物が幹比古の前に突き刺さり、土砂を防いだ。
それはレオが使っていたマントだと幹比古はすぐに察する。横を見るとレオは立ちあがっており、小通連を横に薙ぎ払っているのが見えた。
小通連の刃は今度こそ相手選手に命中し、3高最後の選手も倒したのだった。
「勝ったか・・・」
「やった・・・やったよ雫!」
智宏がこう呟くと、ほのかは自分が大きい声で喜んでいるのを知らずに雫に抱きついた。
それが引き金となり、観客席に大歓声が上がる。
1高の最前列では深雪が口を押さえ、ボロボロと涙を流しながら観客席に近づいてくる兄を観ていた。
観客席から溢れていた歓声もやがて拍手に代わり、全員が決勝戦を戦った1高と3高の両選手を讃えていた。
今日で新人戦は終了し、結果は優勝だった。
新人戦優勝のパーティーはモノリス・コードの3人が負傷しているのと、明日のミラージ・バット本戦の下準備を行う予定があるのでお預けとなる。
レオと幹比古は部屋で寝ているのだが、達也はミラージ・バットの本戦に深雪が出場するので、医療用の耳当てを耳に着けながらCADの調整をしていた。
達也は五十里やあずさが休めと言っても中々休まず、結局真由美が追い立てるように達也を部屋に戻した。
一方で、とてつもなく追い詰められている者達もいた。
「第1高校の優勝はもはや確定していると言ってもいいだろう・・・」
「そんな馬鹿な!」
「ここで諦めては座して死を待つ事になるぞ」
「いや、楽には死ねまい。今回の損失は大きすぎる。良くて『ジェネレーター』、悪くて『ブースター』だろう」
男達はしばらく黙っていると、1人の男が意を決したように口を開く。
「もう我々に迷ってる時間はない。強硬手段に出る」
「そうとも。証拠さえ残さなければよいのだ」
「明日のミラージ・バットでは全員棄権してもらう。死ぬことはないと思うが・・・・・・まぁ死んだら運が悪かったというだけだ」
この会話を聞いているのは数人の護衛。
辺りが寝静まった現在でも、男達の怪しげな会議は続いていた・・・。
わーい、勝った勝った〜
誤字報告ありがとうございます