四葉を継ぐ者   作:ムイト

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第36話 飛行魔法の晴れ舞台

 智宏と達也が第1高校の天幕へ戻ると、達也に向けられている視線が変化しているのに智宏は気がつく。もしかすると先程の出来事がもう周りに広まっているのかもしれない。

 

 そんな中でただ1人、達也を心配して駆け寄ってきた少女がいた。

 

 

 「お兄様!智宏さん!」

 「深雪、心配かけたな」

 「そんな!私のために怒ってくれたのでしょう?」

 「そうだ。兄が妹のために怒るのは当たり前だからな」

 「へぇ、事情まで周りに広まっていたのか」

 「いえ・・・まだ事情は聞いていませんが、私にはわかります。お兄様がお怒りになるのはいつも私のためですし・・・」

 

 

 顔を伏せた深雪の声は段々と涙声になっていく。

 

 智宏は2人の邪魔をしないように数歩下がり、達也は深雪の頬に手を添えてそっと自分の顔に向かせ、ポケットからハンカチを取り出して深雪に渡した。

 

 

 「深雪?せっかくメイクしたのに泣いては台無しだ。これから深雪の晴れ舞台があるんだから」

 「お兄様・・・・・・」

 

 

 この時深雪は既に泣き止んでおり、メイクが多少落ちてしまったが、それでも兄から励ましの言葉を貰った彼女の顔は美しく、誰よりも輝いていた。

 

 この光景に智宏以外の生徒は甘ったるい空気にウンザリしながらも生暖かい視線を2人に向けている。

 すると智宏の横に大会の本部から事情を聞いてきた真由美が現れた。

 

 

 「会長?」

 「智宏君、上から事情は聞いたわ」

 「あ、本当ですか?(なんでこんなにくっつくんだ?)」

 「ええ」

 

 

 智宏にぴったりくっついた真由美は、視線を智宏から場違いな雰囲気を出している兄妹に向け、からかうように2人に話しかけた。

 

 

 「達也君、大会本部から『1高の選手が暴れた』って聞いた時は驚いたけど、とってもシスコンな人が大事な大事な妹にちょっかいをかけられて怒ってただけなのね」

 「・・・・・・」

 

 

 真由美が達也をからかうと、達也は生暖かい視線に耐えきれずエンジニアが使う作業室に逃げ込んで行った。

 こうして達也が1高で孤立するという事はなくなったが、それがシスコンのおかげだと達也は思いたくはなかった。

 

 2試合目。

 深雪が出場するこの試合の天気は曇っており、このまま晴れない事を願うばかりだ。

 

 

 「いい天気だな」

 「そうですね」

 

 

 会場の端っこで会話をしている達也と深雪を近くの椅子から聞いていたあずさは、2人を「呑気だな」とは思わなかった。

 

 なぜなら、あずさから見ても深雪が負ける要素がないから。

 本戦に出場する1年生ははめったにいない。そして試合前だというのに緊張している素振りを深雪は見せていないのだ。

 あずさには深雪が優勝を狙える実力がある事はわかっていたし、それにあの達也がサポートとして入るなら「負ける」という言葉が見つからない。

 

 あずさはこれまで達也と深雪は自分にとってライバルだと思っていた。

 しかし、先程の出来事でその気持ちはどこかへ行ってしまった。

 

 

(ライバル・・・か。私には司波君みたいな実力はないのに・・・)

 

 

 大会本部から達也がした行為を聞かされた時はなにより怖かった。

 あずさは達也が理由もなしに人に暴力を振るう人ではないと理解している。しかし、それと同時に理由があれば(・・・・・・)徹底的に力を使う事も察していた。

 きっと彼はその鋼のような心を持って相手を殺す事も厭わないだろう。

 怖くて震えそうになったあずさの感情が「驚き」に変わったのはその経緯を聞いた時だった。

 

 CADの不正工作を見抜き、その犯人を取り押さえたと聞かされた時は本当に驚いた。

 小早川を担当していたエンジニアが悔しそうに表情を歪ませている光景が今でも瞼に焼き付いている。自分が調節したCADに不正工作が行われていた事がわからず、そのせいで小早川の魔法師生命が終わってしまうかもしれないのだ。

 自分だったらその場から逃げ出してどこかで泣いていたかもしれない。

 あずさはここで考えるのを止めた。

 これ以上深く考えても自分が追い詰められるだけ。そう思ったあずさはフィールドに立った深雪に視線を合わせた。

 

 選手がほぼ全員位置についたのを確認した智宏は、雫に「席には戻れないけど試合は観る」と連絡し、観客席の1番上に立って辺りを監視し始めた。

 

 試合は予定通り開始され、少女達が一斉に舞い上がる。

 フィールドを妖精が舞っている光景は誰が見ても綺麗な物だった。

 第1ピリオドが終わり、深雪は奮戦したおかげで1位をとれたが、2位との差がわずかしかない。さすがに本戦は厳しいらしい。第2ピリオドも同じ結果だった。

 

 

(深雪との差があんまりない。さすが本戦だな。でも達也が完成させたあの魔法なら)

 

 

 智宏も深雪と2位の選手のポイントの差を見ていたが、不安はなかった。

 それは実際に出場した深雪やそれをサポートした達也も同じ。

 深雪は達也の所に戻ると、意を決したように真剣な眼差しを達也に向けながらこう言った。

 

 

 「お兄様。アレを使ってもよろしいでしょうか?」

 「わかった。全ては深雪の望むがままに」

 

 

 第3ピリオドが始まる直前、深雪のCADが変わった事に智宏以外で最初に気がついたのはエリカだった。

 

 

 「あれ?深雪のCAD、変わってない?」

 「そうよ。アレは深雪と達也さんの秘密兵器」

 「「秘密兵器?」」

 「みんな驚くわよ」

 

 

 ほのかは深雪がこれから何をするのかわかっていた。

 事情を知っているほのか以外の雫やエリカ達は、第3ピリオドが始まった瞬間深雪を集中して観た。

 

 深雪がCADのスイッチを押すとふわりと身体が浮き、上昇していく。行く手を他校の選手が阻むが深雪はそれを回避し、光球を打ち消した後そのばで静止した。

 普通なら上昇した選手は下の足場に降りなければ次の目標に向かえない。しかし、深雪は下に降りることなく目標に定めた光球を打ち消すために滑走していた。

 

 深雪が同じような行動を取っていると、観客も何が起こっているのかに気がついたようだ。

 

 

 「ま、まさか飛行魔法?」

 「そんな!先月発表されたばかりだぞ!?」

 「こんなに早く実装してくるなんて・・・」

 「偽物か?」

 「いや、あれは紛れもなく飛行魔法だ・・・」

 

 

 この日。この場に居合わせた人、テレビで試合を観ていた人は性別関係なく空中を自在に舞う少女に視線が釘付けになっていた。

 

 そして試合は終わり、深雪は2位との差を倍にして決勝へと進んだのだった。

 

 一方、中華街のホテルでは――

 

 

 「17号からだ。司波深雪が予選を突破した」

 「まずいな・・・」

 「向こうは電子金蚕を見抜いたどころか飛行魔法まで使う相手だぞ」

 「くそ!もはや手段を選ぶ必要などないのでは!?」

 「・・・そうだな。100人ほど殺して騒ぎになれば大会は中止になるだろう」

 「上が騒がないか?」

 「問題ない。では『ジェネレーター17号』のリミッターを解除する」

 

 

 男が操作したデバイスを通じ、ミラージ・バットの観客席入口の暗がりにいたジェネレーターのリミッターが外され、同じに自己加速魔法が発動された。

 

 そして目の前を横切った男の背中に鉤爪のように曲げられた指を振り下ろす。

 だがその瞬間、ジェネレーターの腕は絡め取られ、その勢いを利用されてジェネレーターは観客席の外に吹き飛ばされていった。

 およそ20mの高さから落ちるとなると、恐怖で身体が動かせなる。しかしジェネレーターはそのような感情は持ち合わせていない。素早く猫みたいに四足で衝撃を受け流しながら着地する。

 

 ジェネレーターを外に放り投げた男、独立魔装大隊の柳(むらじ)大尉はポケットに手を突っ込んだままジェネレーターの数m前に着地した。

 大の男2人が観客席から突如消えた光景は、注意深く監視している智宏を除いて誰も気がついていない。智宏は誰にも気づかれないように観客席から出て行った。

 

 柳は改めてジェネレーターを観察し、期待せずに問い掛けた。

 

 

 「何者だ・・・いや、どうせ答えられないだろうしな。答えなくてもいい」

 「問い掛けたのに答えなくていいなんて、おかしくないかい?」

 

 

 ジェネレーターが柳に気を取られていると、退路を塞ぐかのように同じく独立魔装大隊の真田繁留(しげる)大尉が後ろに回っていた。

 普通ならここで逃げるのが賢明だろうが、ジェネレーターは組織の命令だけに従う人形。観客の殺戮が指令されたジェネレーターにとって、前後にいる2人は「観客」として殺戮対象に入っている。

 

 グッと踏ん張り、バネのようにジェネレーターは再び柳に襲いかかった。

 しかし、柳の突き出した手に触れるか触れないかの距離で元の位置に吹き飛ばされ、仰向けに地面へ叩きつけられた。

 

 

 「いやー、いつ見ても見事だね。その『(まろぼし)』の応用は」

 「違う。『(てん)』だ」

 「どっちでもいいじゃないか」

 「なんだと?」

 

 

 

 「あのー。どうでもいいんで取り押さえません?」

 

 

 

 「「ん?」」

 

 

 口喧嘩をしている2人は、後ろから来る智宏の存在に気づいていなかった。

 

 独立魔装大隊の隊員なら察知してても良いはずだが、これは智宏が気配を消していたからでもある。

 智宏は彼ら2人でジェネレーターを捕まえられるなら放っておこうかと思っていた。しかしこの状況では隙をつかれない。なので智宏は重力魔法でジェネレーターを地面に押し付けながら柱の影から表に出て行った。

 

 智宏の接近に気がついた2人は、警戒しながらいきなり現れた智宏の服装と顔を見て誰だかわかったようだ。

 

 

 「お前は四葉家の・・・」

 「四葉智宏だね」

 「そうです。お2人は独立魔装大隊の方ですね。達也が世話になってます」

 「そうだ。だが君は九校戦のメンバーのはずだ。どうしてここに?」

 「会場を警戒していたらそこの大男・・・ジェネレーターでしたっけ?そいつが外に吹っ飛んでいくのが視えた(・・・)ものですから」

 「それで重力魔法で取り押さえたと。でももういいですよ。藤林君が被雷針で確保したから」

 「・・・気付いていたなら声かけてください」

 

 

 真田の言う通りジェネレーターを見ると、電気が流れている針のようなものが刺さっている。

 すると森の中から響子が出てきた。

 

 響子は確実にジェネレーターを捕らえている智宏の重力魔法に舌を巻きながら針を飛ばしたのだ。

 

 

 「私は藤林響子です。智宏君、よろしくね」

 「はい」

 「もう帰らないとチームメイトが心配するわ。ジェネレーターは私達に任せて。それとこれは外部に漏らさないように」

 「わかりました。では」

 

 

 智宏は重力魔法を解除して観客席に戻っていく。

 重力魔法が解かれたジェネレーターは動き出そうとしたが、その瞬間自身に流れている電流が強くなり、完全に身体が麻痺していた。

 

 

 「・・・全く。お2人は本当に仲がいいですね」

 「何を言っている?お前の目は節穴か?」

 「いいカウンセラーを紹介するよ」

 「ほら、息ぴったりじゃないですか」

 

 

 響子がさらっと言い返すと、柳と真田は互いの顔を見て顔をしかめたのだった。

 




驚く顔がいいのだ

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